ファイティングロードアジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 切磋巧実
芸能 2Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 3.6万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/03〜07/07

●本文

「スミマセンっ!」
 事務所に駆け込んで来たのは紗亜弥だ。両手で膝を押え、荒い息を吐いている。そればかりか、黒髪は濡れており、夏服のセーラー服は水分を吸って大変な事になっていた。
「ハァハァ、追試があって遅れてしまいました。もう少しだったんですけど‥‥あっ!」
 呆れたように溜息を洩らし、事務所員のキャサリンが鋭い眼光を壮年の男に向けながら、少女の手を引いて一室に導いてゆく――――。
 ――数刻後。
「すみません。衣装借りちゃってます。風邪ひいたらどうするのって注意されちゃいました」
 チロリと舌を出しておどけて見せるのは、何時ぞやの大正時代の女学生をイメージした衣服に身を包む紗亜弥だ。
「‥‥まぁ、キミの衣装だから問題は無いが、傘は挿さなかったのか?」
「朝、降ってなかったじゃないですか。忘れちゃって‥‥」
「‥‥いや、コンビニでも売っているだろう?」
「でも、家に帰ればあるんですよ」
「‥‥そうか。その辺はキャサリンに色々と聞いてくれ。早速だが、合宿に参加してくれないか」
「それって、TOMITVの格闘技番組の合宿ですか?」
「おぅ、読み込めて来たじゃないか! まあ前回と同じ雰囲気だと思ってくれて間違いはない」
「はい、参加させていただきます! 皆さんも気を遣ってくれますし、運動不足かいしょーには良いかなって思います☆」
 紗亜弥は豊かな胸元に手を添えて、微笑んで見せた。話によればコーチは何もせず、紗亜弥は素人という事で参加格闘家達に手加減してもらったそうだが‥‥。
「合宿の参加は自由だ。間違わないでくれよ? 同じ顔ぶれが集まるとは限らない。ましてスケジュールでは同じTOMITVのショープロレス番組『Guerrilla St.St.03』の興行が近いタイミングにある。そちらに行く者は合宿には参加しない。集まる者の違いで環境も空気も変わるだろう。甘い考えは禁物だぞ」
「は、はい! が、がんばります!」

 ――ある一人の男に参加案内の手紙が届いていた。
「やれやれ、またコーチ参加案内か。足を折って現役を退いた男に何をしろというのか。まぁ、金になるなら出てもいいが、俺は何もしないからな」


●ファイティングセミナー募集区分
 先ずは共通関連から説明させて頂きます。
 一日を【朝】【午前中】【昼】【午後】【夜】【就寝】の6項目に分けてスケジュールを組んで下さい。勿論、一部のみでも構いません。

・コーチ:性別不問、格闘技経験者で無名で無い方。
 一日の特訓メニューやスケジュールを管理して指導する方です。
 参加した動機と目的、及び簡単なスケジュールを明記して下さい。台詞歓迎☆

・マネージャー:性別不問。
 合宿時の管理をして頂きます。分かり易く言えば、今回は炊事係とも言います(笑)。
 参加した動機と目的を明記して下さい。台詞歓迎☆

・訓練生:若い女性(格闘技未経験でもOK)。
 コーチの立てたスケジュールでメニューをこなして頂きます。
 尚、コーチがいない場合、各自で特訓メニューを決めて、それぞれ自由に行って頂きます。
 また、マネージャーがいない場合、食事は参加メンバーで分担、自炊して頂きます。
 参加した動機と目的を明記して下さい。台詞歓迎☆
 番組では無いので、女装して紛れ込む事も一応可能です。

●NPC一覧
・紗亜弥:16才の新人演歌歌手。外見意外は色々と発展途上の少女。明日はどっちだ!

・コーチ:ジャージ姿にサングラスを掛けた細身の男です。足が悪いらしく杖をついています。基本的に何もしません。

●合宿所
 山の奥深くに建てられたさびれたペンションです。裏庭は広く、野外トレーニングにも適しており、周囲には滝があります。山の中も広大で、一周するだけで10キロはあるでしょう。
 ペンションにはリングも設置されており、室内でのトレーニングも各種可能です。
 尚、部屋にシャワー施設と1階に共同浴場があります。

●今回の参加者

 fa0750 鬼王丸・征國(34歳・♂・亀)
 fa1528 凛華(32歳・♀・一角獣)
 fa1890 泉 彩佳(15歳・♀・竜)
 fa2076 武宮 美咲(15歳・♀・一角獣)
 fa3034 牙龍(32歳・♂・竜)
 fa3116 ヴィクトリー・ローズ(25歳・♀・竜)
 fa3342 不破・美影(18歳・♀・狐)
 fa3671 風宮・閃夏(18歳・♀・虎)

●リプレイ本文

●合宿の朝
「ふぁふぅ‥‥ん?」
 パッタンパッタンとスリッパの音を鳴らして、武宮 美咲(fa2076)が眠たげに目を擦りながら食堂に姿を現わした。
 早朝にも拘らず、既にトレーニングウェアーに魅惑的な身体を包んだ愛らしい風貌の少女は、冷蔵庫の前で前屈みになる。ファスナーから覗く胸元が、たぷんっと音を立てそうだ。
「特製プロテインドリンクを用意しました。ご自由にお飲み下さい‥‥」
 円らな赤い瞳を流して棒読みで張り紙を読むと、美咲は冷蔵庫を開けた。中には合宿メンバー分のコップがラップに包まれて並んでいる。管理を務める、凛華(fa1528)が用意したものだ。
「あ、バナナ発見♪ いっただきまーす☆」
 パクパクとバナナを頬張り、特製プロテインドリンクを喉にググッと流し込む。ハチミツと牛乳を加えてミキサーに掛けたドリンクは、程好い甘さで味も良かった。
「わぁ、プロテインがこんなに美味しく飲めるなんて、後でレシピ聞かなきゃです☆」
「グッモーニン♪ ってカンジぃ?」
 陽気な声を響かせ、微妙な挨拶で食堂に姿を見せたのは、ヴィクトリー・ローズ(fa3116)だ。魅惑的な褐色ボディの赤い髪の女子プロレスラーを捉え、現役高校生で既にプロレスラーの卵として団体にも所属している少女は羨望の眼差しで返す。
「おはようございます! ローズ先輩☆」
「OH、先輩はノーっていうかぁ、ユーと同じ訓練生ってカンジぃ」
 穏やかだか眠そうなのか微妙な緑の瞳を向けて微笑みながら、バナナを口に入れるローズ。
 そんな中、不破・美影(fa3342)が端整な風貌を覗かせる。
「おはよう、7時起きでは遅いようだな‥‥」
 茶髪を掻きながら苦笑する少女はグラビアアイドルでもあり、トレーニングウェアーから窺えるプロポーションは抜群だ。朝早いのは巨乳の特質なのか?
「おはよう、皆、早いんだね」
 次に食堂を訪れたのは風宮・閃夏(fa3671)。迷彩柄のタンクトップから覗く胸元はやはり大きく、引き締った筋肉に鍛えた跡が浮かぶ。
「あれ? 朝食は未だなんだね?」
 長い茶髪を揺らす凛とした整った顔立ちの少女は、キョロキョロと辺りを見渡した。どうやら朝食の後にトレーニングするつもりだったらしい。
「プロテインドリンクとバナナならありますよ。美影さんもいかがですか?」
 美咲はニッコリと微笑み、ポニーテールの黒髪を揺らした。
 あと数分もすればラジオ体操が始まる――――。

「皆おはよう。皆さんの栄養管理を担当する凛華よ。じゃ、体操しましょう」
 庭に訓練生達が集まると、明朗さと妖艶さを醸し出す端整な風貌の美女が朝の挨拶後、早速ラジオ体操のCDを掛けた。馴染み深いメロディが流れる中、若い娘達が身体を動かす。
(「これは役得だな。最近の格闘家はルックスやスタイルがこんなに良いのか!?」)
 溢れるパトスを筋骨逞しい肉体に漲らせ、爛々と赤い瞳をギラつかせるは、牙龍(fa3034)。一見頼りなさそうな彼は、ローズ専属のコーチとして合宿に参加した訳だが、殆どが10代の少女とは予想外だった。
(「紗亜弥だけでもお近付きになれればと思っていたが‥‥。おぉっ! 待ちに待ったジャンプだ! トレーニングウェアーが切な過ぎるぞ! ッ!?」)
 ギラリと緑の瞳が殺気を放ち、金髪の男は慌てて視線を逸らすと心のガッツポーズを解く。どうやらローズには頭が上がらないらしい。
 ラジオ体操の旋律が深呼吸に入ると、訓練生の動きは止まった。程なく娘達の前に立ったのは、漆黒の着物と羽織り姿の、鬼王丸・征國(fa0750)だ。オールバックの黒髪に鋭い眼光が衣装と相俟って、かなり渋い。
「おぬし等のコーチを務める鬼王丸ぢゃ。朝食後の午前中はウェイト中心にトレーニングするが、先ずはロードワークじゃのう」
「さぁ、美味しい朝ご飯を用意して待ってるから頑張りなさい。解散よ」
 征國の後に続いて、凛華が告げると、訓練生達がペンションから飛び出して行く――――。

「はぁ、はぁ、や、やっぱり皆はやいですね‥‥」
 紗亜弥は追い着いた閃夏に声を掛けた。カモシカのような引き締った足を半ズボンから曝け出し、健康美を弾ませる少女の靴に違和感を覚える。注がれた視線に格闘家が二ッと微笑んだ。
「あぁ、これかい? 重り入りのワークブーツだよ。私の愛用なんだ」
「お、重りですかぁ? (そっかぁ、だからあたしが追い着けたんだ‥‥すごいなぁ)あ、美影さんだ」
 前方に足取りの重くなった少女を捉えた。スタミナが切れたのだろう。その後、閃夏に追い越され、演歌歌手とグラビアアイドルは仲良く(?)ペンションまで走ったらしい。

●朝食後はウェイトトレーニング
「増やすだけではなく、上手く統合して使える様にする事じゃ。男衆に比べて筋肉が付き難いからの」
 単純に局所の筋力だけでなく、体中の力を上手く使えばより一層大きな力が出せる。それぞれのトレーニングを観察しながら、征國コーチはアドバイスして周っていた。
「体力作りは紗亜弥さんの歌唱力にも繋がるのかな?」
 泉 彩佳(fa1890)は、傍で腕立て伏せを続ける少女に声を掛けた。年齢も近いような、小柄で一見おとなしそうなキラキラとオーラを放つ美少女に、紗亜弥が苦笑する。
「んー、どう、なのかな? でも、歌の、レッスンでは〜、お腹からっ、声がっ、出てっ、ないってッ、注意ッ、さーれーまーす〜ッ」
 どうやら持久力不足のようだ。彩佳はクスッ☆ と可愛らしく微笑むと、円らな緑の瞳を他の訓練生に流した。視界に捉えたのは、ベンチプレスと腕立て伏せを交互に行い、バーベルスクワットとヒンズースクワットを同様に繰り返す美咲だ。
「へぇ〜、こういうトレーニングも良いわね♪」
「マシントレーニングは筋肉がこわばりやすいから、フリーウェイトと腕立て伏せとか自分の体重を使ったトレーニングをしているんです。精神力を支える根っこは基礎体力と言いますしね。トレーニング、頑張りますよー☆」
 それぞれスケジュールに合わせて自分なりの特訓に筋肉を酷使していた。ローズや閃夏も軽く筋力維持トレーニングに時間を費やす。そんな中、紗亜弥と同じく格闘経験が低い美影は、大きなボールに腰を落として困惑の色を浮かべていた。堪らず征國が声を掛ける。
「ん? 何のトレーニングぢゃ?」
「ボディバランスと体の動かし方について練習しようと思ったんだけど、よく分からないから、最近流行りのバランスボールでも使おうかなって‥‥」
「エクササイズのつもりで来たなら構わないがの、おぬしの目的はなんぢゃ?」
「‥‥ヴァルキリーインパクトでボロ負けしたから、ずぶの素人は抜け出したいと思って‥‥。指導して頂けますか?」
 縋るようなグラビアアイドルの眼差しに、渋い男の顔が不敵な笑みを浮かべる。
「その為に来たのじゃからな」
 一つ一つ、美影は基礎を覚えてゆく。次の力となる事を信じて――――。

●昼食とお昼寝
「今日のお昼ごはんは温野菜の煮物と豚肉の冷しゃぶよ。ゆっくりよく噛んで食べてね☆」
「「「「「いただきます♪」」」」」
 白い割烹着姿の凛華が献立を説明すると、少女達の元気な声が食堂に響き渡った。さながら女子校の昼食を思わせる華やいだ雰囲気の中、舌鼓と談笑に華が咲く。
「皆さんの将来の夢って何ですか? 私は古臭い言い方ですけど『華』のある選手になりたいです」
 先ずは自分からと、将来の夢を語ったのは美咲だ。
「アヤはプロレスの世界だと試合に出させて頂いたばかりのジョバーの新人レスラーだから、早く華麗な技で『魅せる』レスラーとしてリングに上がりたいな」
「ミーは将来の夢っていうかぁ、なんとしてもヴァルキリーインパクトで優勝ってカンジぃ」
「将来の夢か‥‥何だろうな。グラビアアイドルの仕事はしているが、私は何で格闘技に夢中になっているんだろう?」
「それは、美影さんが闘う本能に目覚めたんじゃないかな? 私は芸能活動よりも、強い相手と闘っていきたいね」
「‥‥えっと、あたしは沢山の方に演歌を聞いて貰う事です。‥‥って、じゃあどうして合宿に参加しているんだろ? って、思われるかもしれないけど‥‥」
「いいんじゃないか? 仕事なんだろう?」
 苦笑する紗亜弥に応えたのは男の声だ。突然テーブルに顔を覗かせた牙龍に驚き、ケホケホと咳き込み、喉を詰まらせた。隣の彩佳が少女の背中を擦りながら、緑の瞳で彼を睨む。
「驚かせるつもりはなかったんだが、俺も会話に混ぜて貰おうと‥‥そんな敵を見るような視線を流さないでくれよ」
「‥‥ガリュウ? ジャマっていうかぁ、自主トレまでいらないってカンジぃ」
 口調は穏やかだが、ローズの瞳は笑っていない。そんな気まずい雰囲気の中、征國の声が響く。
「昼食後は14時まで昼寝ぢゃ。酷使した筋肉を和らげておくのじゃぞ?」
「‥‥昼寝か、横になるだけで消化の助けになると本に書いてあった気がするな。眠っちゃうと脂肪が付くって聞いたこともある」
 何気に美影は読書家のようだ。
「ごちそうさまでした☆ さて、私は後片付けしてお昼寝の準備をします」
 キレイに平らげた食器を重ねたトレイを持って、美咲が立ち上がった。次々に食卓を離れる少女達を見送り、牙龍が再びアプローチに挑む。
「昼寝か‥‥。なぁ、紗亜弥、俺と一緒に昼寝しないか?」
「‥‥こふこふッ、な、なに言うんですか? そんな、困ります」
「困る事はないだろ? なんなら夜でも大歓迎だけど‥‥今夜部屋に‥‥!」
 再び咳き込み動揺する少女を楽しむように窺っていた男が、漂う殺気を感じて言葉を飲み込んだ。突破すべき関門は多いぞ! 牙龍――――。

「うぬ? なんじゃ、昼寝はせぬのか?」
 征國の鋭い眼差しが捉えたのは、站椿を続ける閃夏の姿だ。
「はい、これ日課なんだよね」
 站椿とは太氣拳の稽古体系の核心である。平歩で行う健身椿と、実戦に近い状態で行う技撃椿があり、自然呼吸により精神と肉体の融和を計り、実戦に不可欠な六面力(上下・左右・前後の力)を養成するのだ。
「午前中もやっておったのう。站椿じゃな」
「‥‥随分前だけど、先生から最初に教わったのがこの站椿でね。それから軽くない怪我や病気のとき以外毎日やってるんだよ‥‥」
「なるほどのぅ。先生、か‥‥」
 男はこれ以上、何も訊かずに立ち去った。少女の鍛錬は続く。

●午後の柔軟体操と技術的な練習
 少女達が、むっちりボディをみっちりと柔軟体操で馴染ませる中、彩佳は征國の前に立っていた。
「つまり、体の上手い使い方を知りたいのじゃな?」
「アヤの課題はやっぱり軽量級だということです。打撃に必要な体重の乗せ方と、重量級の相手からの打撃の防御、これらをいかに補うかがポイントだと思います。あとは魅せる試合に必要な瞬発力とバランスも伸ばしたいけど、先ずは体重の乗せ方を指導お願いします!」
 不敵な笑みを浮かべて顎に手を当てるコーチ。
「いいじゃろう。最初は寸頸、次は沈墜勁の体の使い方を例にあげるかのう。わしの話を聞きたい者は集まるのぢゃ! 技術的な事を教えてやろう」
 駆け寄ったのは、何をやったらいいのか分からないでいた美影と紗亜弥だ。彩佳を含めた三人の少女を前にして、征國が指導に入る。
「壁に向かって伸ばした腕を肩の高さに上げ、肩を前に出してみるのぢゃ。‥‥うむ、次は、壁に対して、肩の高さより手のひら1つ分位下に手を置いて、そのまま膝を折り、体を沈める‥‥。どうじゃ? 壁からの反発で己が弾かれたぢゃろう? 人を相手とすれば打撃になる。これが寸頸と沈墜勁じゃ! それに肘・歩法・捻りを加えれば、空手などの攻撃と同等の威力を零距離に近い打撃で出せるぢゃろう」
 寸頸とは、拳や掌を相手の体に接触したままの状態で、通常のパンチ以上の威力を与える打撃技だ。その衝撃は、皮膚ではなく、体の内部へと伝わり、直接内臓まで届くと謂われている。
 パンチの打撃は、目標へのインパクトと同時に腕が伸びきった状態で威力が最大となるが、寸頸は、この伸びきった状態のタイミングに合わせて相手の身体に接触した状態から発動する。
 沈墜勁とは、熊歩などで身体に掛かる重力感覚の基本を練ると共に、陽腎の気を用いて体幹を導き、重力を利用して全身を効率よく沈墜させる事だ。水分で構成されている人体特徴を巧く利用する事で、更に効率よく沈墜する事が出来ると謂われている。
「まぁ、リング上での戦い方としては不向きなので勧めんがのう」
 狙いは『ボディコントロール』と『物理学や体の仕組みから技を再考』であったのだ。
「さて、実戦に移ろうかのう」
 征國は紗亜弥や格闘に不慣れな者にも配慮し、基本を重視したメニューを作成していた。計6名の訓練生を組ませ、格闘技術を学ばせてゆく。
「基本動作の際にも、熟練者は特にどうしてこう動くのかまで考える事ぢゃ。わしから向かって右側の者から寸止めで攻撃、左側の者は防御や避けのみ反撃は禁止。これを互いに繰り返す!」

 ――夕刻。
「基本は高タンパク・高ミネラル・低脂肪・低炭水化物。その上でおいしい献立を考えないとね」
 筋肉質なボディを白い割烹着に包み、凛華は腰に手の甲を当てて食材と睨めっこをしていた。三角頭巾に艶やかな黒髪を詰め、キッチンに立ちながら困惑する妖艶な美女の姿は、一見プロレスラーとは見えないかもしれない。
「温野菜にすれば量も多く取れるし、ドレッシングなどの油も抑えられるわ。和風の煮物ばかりじゃ飽きが来るから、ブイヨンで煮て洋風にしたりしてみましょう。肉類は赤身を使って薄切りに‥‥」
「ハァ〜イ☆ ミーが空いてる時間は料理手伝うっていうかぁ、料理得意ってカンジぃ♪」
「あら、ローズさん。そう? じゃあ豚肉を薄切りにしてくれるかしら?」
「OK☆ 節約ってカンジぃ?」
「それもあるかもしれないけど、薄切りにすれば量が少なくても多く食べた気分になれるでしょ? アスパラ巻きにしても火が通り易いし、野菜の甘味を損なう事もないわ。肉野菜炒めも出しましょう。ま、タンパク質は豆腐や鳥ササミ肉、プロテインでの補給が基本ね。ローズさんが手伝ってくれるなら、偶には皆でワイワイと鍋物もいいわよね。しゃぶしゃぶや水炊きをポン酢で頂くような場も何回か持ちたいわね。どうかしら?」
「OK☆ ワイワイやるなら鍋物でしょ♪」

●夜・食事後、自主練
 夕食後、入浴までは各々が自由にトレーニングに費やす時間となった。
「せいッ! ふんッ! たぁッ!」
 美咲はリングを先に使い、レスリングの練習にマットへ鈍い音を響かせている。受身を行ったり、タックル用の人形を使って体当りや投げに、肢体を躍動させていた。持参したリングコスチュームから覗く窮屈そうな胸元が舞い踊る様は、刺激的だ。
「ふぅ、誰か練習に付き合って頂けませんか?」
 煌く汗を手の甲で拭いながら少女が呼び掛けた。視界を流せば、閃夏が站椿を続けているが、自分の稽古に集中しているらしい。そんな中、いそいそとリングへ上がる男が興奮気味に荒い息を吐く。
「俺で良ければ上になったり下になったり、美少女と絡むのは大歓迎‥‥ぐはぁッ!!」
 美咲が胸元に両手を当て、ススッと身を退くと同時、油断した所にローズのパンチが鳩尾に叩き込まれ、志半ばで牙龍が崩れた。ズルズルと引っ張られてゆく姿が憐れだ。
「ユーの相手はミーっていうかぁ、何の為に連れて来たってカンジぃ」
「じょしこうせーの方がいい〜」
 ホッと安堵の息を吐くと、リングに上がる気配を感じた。背後から流れるは聞き慣れた女性の声だ。
「私で良ければ付き合うわよ☆ 空いた時間に参加するつもりだったし♪」
 光沢のある紫のリングコスチュームに妖艶な肢体を包み込んだ姿を指差し、美咲は記憶した女子プロレスラーデータから弾き出した。
「り、凛華さんッ!? あ、このコスチュームって‥‥」
「あら? 知っていてくれてたなんて光栄ね☆」
 切れ長の赤い瞳が鋭さを増し、割烹着の宿舎管理人の面影は掻き消えている。相手にとって不足は無いだろう。美咲はポニーテールを揺らして一礼すると、愛らしい風貌を引き締めてゆく。
 ――刹那、鈍い音が連続してトレーニングルームに響き渡った。
「1ッ2ッ3ッ4ッ5ッ6ッ7ッ8ッ9ッ20ッ! 次、右ミドル20だッ!」
 インパクトに合わせて腕に装着したキックミットを押し込む為、衝撃音は割れるように響いていた。事実、ローズの放つミドルキックの度、牙龍の屈強な足腰が僅かに揺れ、破壊力を物語る。
「つぅ〜、腕が痺れるな」
「次は左手にパンチングミットにぃ、右手にキックミットってカンジぃ」
「OK! コンビネーションはコッチが出させてもらうぞ! 少しずつ動くからな」
 ミット打ちは実戦的トレーニングとして有効だ。特に慣れた相手となら欠点を鍛える事も出来る。専属トレーナーとして牙龍を誘ったローズの判断は間違いではない。
 その後、パンチとキックのサンドバック打ちを7ラウンド分。牙龍にサンドバックを支えさせ、左ミドル20連発。右ミドル20連発。シャドーを1ラウンド分消化していった。
 そんな中、美咲のミット打ちの練習も凛華の時計確認と共に終演を迎える。
「さぁ、そろそろ汗を流して、明日に備えなさい。今夜の自主トレは終わりよ」
「くぅ〜、スパまで入らなくて助かったぜ‥‥ん?」
 腕を振りながら苦痛に顔を歪める牙龍の視界に映ったのは、迷彩色の衣服から覗く胸元だ(注:牙龍目線)。歩み寄った少女の胸の谷間を、珠のような汗が滴り落ちてゆく。
「ちょっと‥‥。見る場所が違うんじゃないかな?」
 視線が上がり、閃夏を捉える。勝気そうな稍つり上がった目が挑発的だ。
「悪かったな、丁度、目に飛び込んで来たからつい‥‥。で、俺に用か?」
 金髪を掻き払う牙龍に、ピクッと形の良い眉が跳ねた。
「覗きは許さないからね」
「はぁ? 風呂の事か? 俺にそんな趣味はないぞ。観戦より実戦の方が好きなんでな」
「ふざけるのも程々にしといた方が‥‥身の為だよ!」
 微笑みから一転、閃夏の左掌底や右廻し蹴りが放たれた。しかし、インパクトが無い。そればかりか、叩き込んだ蹴り足は掴まれる始末だ。動揺に少女の瞳が揺れる。
「なにッ!?」
「おいおい、いきなりだな。これでもプロレスラーだ、簡単に当てられる訳にはいかないな」
 閃夏は左足で床を蹴り、男へ飛び込むと同時、掴まれた足首の膝を曲げて膝蹴りを繰り出す。次に直ぐさま掴まれた手を掴み返し、ツボを押して力が緩んだ所を両腿に腕を挟み込むと宙で腕拉ぎに入ってゆく――筈だった。床に鈍い音と共に二つの影が崩れる。組み敷かれたのは閃夏の方だ。
「変に打たないようにしたが、大丈夫か? 言って置くが、不可抗力だか‥‥ぐはぁッ!!」
 断末魔の後、ポスッと胸の谷間へ牙龍の顔が埋もれた。
「OH! ソーリーねぇっていうかぁ、退かすから待っててってカンジぃ」
 脳天に踵落としを叩き込まれ、意識を失った男がズルズルと引き攣られて行く。
(「ローズさんって、あの男よりも強いって事だよね‥‥どんな試合をするのかな?」)

●紗亜弥の丸秘バスタイムレポート☆
 ――かこぉぉーん♪
 おっきなお風呂です☆ 湯気でぼやける視界に訓練生の皆さんが映ります。みんなスタイルすごいなー。あれ? 美影さんが首を傾げながら腕や足を揉んでます。
「‥‥ん? なに?」
 わ、目が合っちゃった! 変な風に思われなかったかな?
 エコーを伴って、澄んだ声が響きました。次にあたしの素っ頓狂な声が響きます。
「えっ? とー、どこか痛めたんですか?」
「あぁ、これか。しっかりと全身マッサージしておこうと思ってね」
「ぜんしん(禅針)マッサージ‥‥ですか。なんか神秘的な響きですね」
「そうか? よく分からないから真似事だけど‥‥」
 真似事で出来るなんてスゴイです。さて、湯船に浸かろうかな☆ あれ? 閃夏さんが切なそうに溜息を洩らして俯いてます。髪の毛が濡れて憂いの顔色が妙に色っぽいんですけど‥‥。あ、目が合っちゃった。え? また溜息ですか?
「あ、あの、あたし、何かしちゃいました?」
「え? ゴメンね、気を遣わせちゃったかな? 気にしないでね。コンプレックスってやつだから」
「‥‥コンプレックス? あ、やっぱり胸が大きいと大変ですよね。和服は似合わなくなっちゃうし、タオル巻いたりしなきゃならないし、肩も凝りますよね」
「‥‥まあ、自分の胸がやたら大きいのは特に気にしてないけど‥‥身体に筋肉ついてると、紗亜弥さんや美影さんみたいに女らしい体した人を見るとブルーになるかな」
 なんて言いながら、弾力がありそうな二つの膨らみを両手に抱えて眉をハの字にしました。きっと指で押したらあたしのとは全然違う感触なんだろうなぁ。でも‥‥この引き締ったウエストでお腹もへっこんでるのに‥‥なに言うかなぁ。
「そんなマッスルって感じじゃないですよ! 運動で鍛えられた肉体美って感じですか。いらない肉が無いけど肉感的で、ほら、映画とかに出るセクシーなアマゾネスっぽくて、食べたら美味しそうだなぁとか」
「‥‥な、なに言ってるのよ? そっちの趣味はないわよ?」
 あぁっ、そんな目で見ないで下さい! そんなに広くないお風呂だけど、湯気に紛れて閃夏さんが手の届かない所に行っちゃった感じは気のせいですか?
「なに支離滅裂な事を言ってるの? 隣、入って良いかな?」
 しりめつれつ? どっかで聞いたけど‥‥。うわぁ☆ 水滴がキラキラと輝いて彩佳さんキレイです! ほんのりと赤くなった柔肌が可愛いっていうか‥‥なんで、どうして‥‥。
「えーと、そんなに見つめられると恥かしいんだけど‥‥」
「彩佳さんっ、こんなに可愛くて綺麗なのにっ、どうしてアイドルじゃなくてプロレスラーなんですか!?」
「きゃっ!」
 思わず身を寄せてしまうと、悲鳴をあげられちゃいました。あ、胸元に手を当てて固まってる‥‥。
「どうしてって‥‥魅せるプロレスがしたいからだよ? 歌と踊りにトークや笑顔で、そして華麗な技で強いレスラーになりたいかな? アヤが頑張りたいステージがリングだっただけだよ。勿論、学業も頑張りたいしね☆」
「勉強かぁ‥‥あたし、苦手なんですよね〜」
「紗亜弥さん演歌歌手でしょ? 英語は兎も角、国語は勉強しないと‥‥。学校でもあんな感じで話してるのかな?」
「‥‥クラスの友達に日本語が変とか、思った事を整理しないで話しているとか言われます」
「‥‥笑い事じゃないよ紗亜弥さん。いい? 芸能活動も大事だけど、アヤ達は高校生なんだよ?」
 ピッと指を立てて叱られてると、何だか妹に注意されているような錯覚を感じました。ん? でも、ちっちゃいお姉さんって雰囲気かな? どっちもいないから分からないけど、彩佳さんは可愛いなぁ‥‥じゃなくて‥‥あたしも勉強がんば‥‥」
『ちょっと? 紗亜弥さん? えぇ? まさか、のぼせてるのかな?』
 あたしがサルページされて目が覚めたのは真夜中でした――――。

●早めに就寝しよう
 ――コンコン☆
「こんばんわ♪ 失礼します」
 枕を抱いて彩佳達の集う部屋を訪れたのは美咲だ。彼女の後を格闘技やスポーツ生理学の本を携えて、美影が姿を見せる。
「10時には眠るつもりだったんだが‥‥」
「ミーもそのつもりっていうかぁ、朝のトレーニングに響くってカンジぃ」
「そうよね。けど美咲さん、どうして枕持参なのかな?」
「え? 枕投げ、しないんですか?」
 一同が一瞬だけ固まった。静寂を解いたのは彩佳だ。
「枕投げも良いけど、色々とお話したりしない? その前にアヤからちょっと提案〜☆」
「提案?」
「気分転換も兼ねてせっかくだから川で遊びませんか? 水圧負荷による足腰の強化はもちろん、流れで転ばないように遊んでいるうちに打撃の基礎となる足腰の動かし方も自然と学べると思うんだけど、どうかな?」
「OH! ナイスアイディアっていうかぁ、バーベキューにベストマッチってカンジぃ」
 厨房で凛華が提案していた事もあり、ローズは快諾した。他に異論も無いらしい。
 少女達は学業や格闘技に華を咲かせる中、夜に語らう乙女達の話題はお年頃らしさを加速させる。
「あの〜、好きな人って‥‥います? 私は‥‥てへっ☆」
 ――コンコン☆
 はにかむように微笑む美咲が惚気ようとした刹那、ドアがノックされた。
『いつまでも起きてないで早く寝なさーい』

 ――草木も眠る丑三つ時。
 通路を忍び足で歩く人影があった。
(「紗亜弥が風呂で倒れたって耳に挟んだからな、心配になって来たっていう口実はバッチリだ。待てよ、風呂で倒れたって事は、素っ裸で横になっている可能性もあるな‥‥」)
 邪なオーラを漂わせてアレコレと妄想を膨らませて忍び寄る魔の手。いや待て、いくら紗亜弥でも夜這いはマズイだろう。確かに無防備そうだが‥‥。そんな屈強な背中へ黒い影が重なる。殺気に振り向いた男の瞳に映ったのは――――。
 翌朝、リングのコーナーに逆さまにされた百舌鳥の早ニエ状態で牙龍が発見された。

●すぺしゃるな昼〜川遊びとバーベキュー〜
 或る日の午前中。訓練生達は付近の川へ赴いた。山中だけの事はあり、流れる水は清らかで陽光にキラキラと輝いている。せせらぎだけでも癒されるようだ。
「意外と流れが急‥‥きゃっ!」
 派手に飛沫をあげて尻餅を着いたのは美影だ。続いて助けに行こうとした紗亜弥が悲鳴をあげ、閃夏が救助に向かう始末である。
「大丈夫? さ、立ち上がって‥‥。あ、紗亜弥さん、頑張って! 流されてるよ!」
 渓流を舐めてはいけない。足場も悪いし、一度体勢を崩せば転んでしまうのだ。しかも急流に掛かる水圧に耐えられず流されるケースもある。しっかりとした足腰と体重移動やバランスが大切だろう。
「あ、彩佳さん、お魚です!」
「え☆ どこかな? あ、いるね! それっ♪」
 美咲の指差した水面を捉えると、美少女は躊躇いも無く川へピョンと飛び込んだ。‥‥キミは熊か? 唖然とする少女にズブ濡れの彩佳がグラビアのようにペタンと座り込んだまま振り返り微笑む。
「魚の動きを読んで捕まえることで瞬発力と相手の動きを読む練習に応用できるんだよ♪ でも、そんな難しいことはアヤにはあまりよくわからないけれど、何よりも、みんなで遊ぶと楽しいよね☆」
「そうですね☆ 私もお魚を捕まえますよ〜♪」
「それミーもやるっていうかぁ、面白そうだしぃ」
 ワイワイきゃいきゃいと少女達の艶やかな声が山に響き渡った――――。

「よし♪ 網焼きにすれば余分な油は下に落ちるから、バーベキューもいいわね☆」
 せっせと食材を切り、火をおこして昼食の仕度に汗を拭うのは凛華だ。
 そんな中、透ける衣服も気にせず少女達が渓流から戻って来た。気温も高い所為か、水遊びで誰一人として濡れずに済んだ者はない有様だ。
「あらあら、男の人がいないからって、はしゃぎ過ぎよ? 風邪ひいたらどうするの? 髪もよく拭きなさいよ? 換えのシャツは持って来てるの?」
 注意を受ける少女達が肩を竦めて微笑み合う様に、凛華も思わず穏やかな笑みを浮かべていた。
 楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。
 こうして合宿の日々は繰り返され、それぞれの力となって成果を見せる事だろう――――。