紗亜弥デビュー1周年☆アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 切磋巧実
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 普通
報酬 9.4万円
参加人数 6人
サポート 0人
期間 10/24〜10/28

●本文

●サプライズ企画
 ――10月24日(16:15)。
 紗亜弥演歌歌手としてデビュー――――。
「早いものだな、紗亜弥がデビューしてから1年か‥‥」
 壮年の男はデスクに資料を広げ、懐かしむように微笑みを浮かべた。
 路上ライブという大胆な初披露から、もうすぐ1年になろうとしている。
 一時期は仕事のオファーが全く来なくなり、傷心の日々を繰り返した事もあったが、格闘技のリザーバーとして活動範囲を広めた事を切っ掛けに、多くの仲間達に支えられて今は定期的に仕事も入って来るようになった。
「紗亜弥ちゃん、気付いてるスかね?」
 所長のデスクに顔を向けたのは、佐武。次いでガッシリとした男と向かい合ったデスクでクリスティが妖艶に微笑む。
「あの娘の事だから、気付いてないわよ☆ 学業との両立で忙しいでしょ? もしかしたら新作ゲームの事でも考えたりしてね」
「はぁ? 新作ゲームって何スか?」「紗亜弥にそんな趣味があったのか?」
 疑問符を投げかける二人の男に、美女が呆れたような溜息を洩らす。
「これだから男は鈍いのよねぇ。あの娘の言動に妙な例えが出るのに気付かなかったの? 本人の口から趣味の事を聞いた事はないけど、紗亜弥はTVゲーム好きよ」
「TVゲームって‥‥ブロックを崩したりするヤツか?」「違うスよ所長、ラケットで球を打ち合うんスよ」
 ――いつの時代の話しているのよ‥‥。
「ま、本人が言わないんだから余計な事を聞かない事ね。所長もゲーム買ってあげようなんて思わないでよ? 今のコンシューマーゲームはジャンルが広くて好みが分かれるんだから」
「こんしゅ‥‥? も、勿論だ。レディが秘密にしている事は胸に閉まっておくタイプなんでな‥‥な、なんだ、そのシラっとした眼差しは?」
「はいはい、それで? 紗亜弥デビュー1周年で何を企画するんです?」
「お、鋭いな★ 1周年をアピールして演歌番組に出演か、路上ライブでもやった後、パーティーでもと考えていたが。折角だから驚かせたいよな」
「サプライズってやつスね。早朝忍び込んで寝起きにバズーカでも撃つスか♪」
 どうやら所長に任せても期待できないらしい。佐竹、TVじゃないのだから間違えば犯罪だ。
「‥‥募集しましょうか? 紗亜弥デビュー1周年サプライズ企画って感じで」
「よし、それで行こう!」
「(随分と早いこと)私に案があるんだけど‥‥芝居を打つのはどうかしら? 殺人事件で次々殺されてゆくとか‥‥ゾンビとか幽霊モノとか、映画やゲームでもあるのよ☆ あの娘、WEFのイベントで場を想定した芝居をしたそうじゃない♪」
「お化け屋敷みたいなもんスか?」
「い、今のゲームはゾンビや幽霊や殺人事件が起こるのか?」
「‥‥もういいです」

●紗亜弥デビュー1周年サプライズ企画募集
 趣旨は紗亜弥に驚いて頂くような企画。尚、クリスティの提案は一つの案です。
1:サプライズ企画
 全員で一つの企画を決めて下さい。セッティングはお任せします。

2:デビュー1周年パーティー
 紗亜弥に驚いてもらった後、パーティーを行います。セッティング及び紗亜弥のコーディネートはお任せします。思い出に花を咲かせるもよし、厨房で料理を作って披露するも、歌などを披露するもよしです。

・サポート参加:初日を使い、メッセージカードやテープなどを事務所に渡せておけます。
 パーティー時、紗亜弥に渡され、現場で読んだり聞いたりする事となるでしょう。

●今回の参加者

 fa0851 高野正人(23歳・♂・アライグマ)
 fa0968 シャウロ・リィン(16歳・♀・猫)
 fa2321 ブリッツ・アスカ(21歳・♀・虎)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa3161 藤田 武(28歳・♂・アライグマ)
 fa4479 榊 太一郎(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文

●紗亜弥ドキュメント番組出演!?
「えぇっ!? 新人特集番組ですか!?」
 ピクンと身体を跳ね上げ、紗亜弥は素っ頓狂な声をあげた。仕事の連絡で事務所を訪れたものの、あまりに予想外だった為、驚き様も何時もより激しい。長い黒髪が一瞬ふわりと浮きあがった程だ。
 壮年の男は少女がそのまま倒れるのではないかと苦笑する。
「まぁ、詳しくはカメラマンに聞いた方が良いだろう。お、来たようだぞ」
 視線が紗亜弥の後方に向けられると、制服のスカートを揺らして不安げに踵を返す。瞳に映ったのは、筋骨逞しい長身の青年と、ベストを羽織った小太りな背の高い青年だ。少女の瞳が大きく見開く。
「榊さん! パリではお世話になりました! あ、写真届けて頂いて有り難うございました☆」
 ペコリと頭を下げる紗亜弥に、榊 太一郎(fa4479)は黒髪を掻きながら何処かぎこちない。
「お、おぅ‥‥久し振りだな」
 彼は異性と話すのがやや苦手らしい。当然そんな事は分からず真面目そうな雰囲気に「相変わらずですね☆」と少女はクスリと微笑むと、隣で温和そうな眼差しで見守る藤田 武(fa3161)に顔を向けた。紗亜弥は顎に人差し指を当てると僅かに考える素振りを見せて、自信無げに小首を傾げる。
「えっと、ヴァルキリークリエイトの方、ですよね?」
「うん、直接仕事をするのは初めてかもしれないね。宜しく」
「こちらこそ、ふつつかものですがよろしくおねがいします!!」
 それはもう首振り人形の如く、何度もペコペコとお辞儀を繰り返した。武は短めの茶髪をポリポリと掻いて困惑気味だ。紗亜弥は落ち着きを取り戻すと、所長に振り向く。
「あの、今回のお仕事は榊さんと藤田さんの2人だけなんですか?」
「言っただろ? カメラマンに聞けって。榊君、先を進めてくれないか?」
「そうですね。‥‥今回の仕事は、期待の新人特集という企画の一つで紗亜弥君に一日密着ルポという形で、実況リポート兼カメラ持ちとして付いて回らせて貰う」
「き、期待の新人特集!? 1日密着ですかぁ!? あたしの家に来るんですか? 部屋にも入りますよね? ごはん食べたり、おトイレ行ったり、お風呂に入ったり、ベッドで眠る所も撮るんですか!?」
 豊かな胸元を庇うように両手を運び、頬を紅潮させながら身を退くと上目遣いで太一郎を見据えた。
 ――そりゃどんな番組だ。
 深い溜息を吐いて青年が応える。
「紗亜弥君‥‥バラエティ番組はあまり観ていないだろ? 安心してくれ、家に行かないし、キミの思っているような映像は撮らない。それ以前にTVでの放送領域を越えている」
「え? でも密着って‥‥」
「仕事の企画だよ。そこで尤もらしいリアクションを頼むね。そうねぇ、ヴァルキリークリエイトのリポーターと思えば良いかな」
「だが、紗亜弥君はリポートをせず、普段の仕事として、共に働く者達を訪問する訳だ。納得してくれたか?」
 武に次いで太一郎が補足しながら、ガッシリとした肩にデジタルビデオカメラを掲げた。
「あ、はい。‥‥ややこしい、お仕事ですね」
 少女のはにかむような笑みに、一室の者達は一抹の不安を感じた事だろう。

●紗亜弥のおつかい
 紗亜弥の後姿を太一郎のカメラが追う。武は被らない位置で大きなカバンを持ちながら歩いていた。チラリと少女が視線を流すと、カバンからレンズが覗いている。隠し撮りはバラエティ番組の基本らしいが、どうにも落ち着かない。青年の実況が流れる中、一室のドアに辿り着いた。
「失礼します! あ、高野さん☆」
 見慣れたツナギ姿の背中を捉え、紗亜弥は小走りに近付く。振り向いた高野正人(fa0851)の細い目が穏やかな色を浮かべた。相変わらず茶髪に白い布地を巻いており、少女にとって共に仕事をした回数が最も多い馴染みの青年だ。
「やあ、お久し振りすねー」
「いつもお世話になってます♪ 何となく高野さんに会えるんじゃないかなぁって思っていました☆」
 ――ほう‥‥。
 レンズ越しの視界に、正人をやや見上げる少女を捉え、太一郎は心の中で唸った。被写体のみを映した時、カメラは心の中まで映し出すとも謂われている。
(「パリでは気付かなかったが、動きの一瞬を捉えるより動いている方が分かる事もあるものだな」)
 フリーカメラマンが撮り続ける中、キラキラと少女特有の輝きを放つ紗亜弥が、番組らしい言葉を投げる。
「舞台セットを作っているのですか?」
「ええ、そうすよー」
「今回のセットは何のテーマなんですか?」
 ピタリと青年の手が止まった。そりゃそうだ。演歌番組が予定されている訳でも無いし、そもそも普段の姿を見せているだけに過ぎない。
「‥‥高野さん?」
 紗亜弥は腰の後ろで両手を組み、サラリと黒髪を揺らして顔を覗き込む。
(「うーん、線のように細い目からは何も分からないなぁ」)
「それは秘密すよー」
「えー? 秘密なんですかぁ?」
 さも残念そうに眉をハの字にして見つめる姿に、青年は平静を保ちながら細い瞳をカメラに流す。
「ええ、カメラの前でお話しする訳にはいかないすからねー」
 正人が太一郎の廻すカメラに向けて微笑んだ。空かさず青年がナレーションを紡ぐ。
『どうやらカメラの前では語ってくれないようだ』
「そ、そうですね。では、楽しみにし‥‥」
「あれー!?」
 肩を竦めて少女がはにかんで見せた刹那、正人が一際大きな声を張り上げた。
「ど、どうしたんですか!?」
「工具が足りないすよー。アレがないと作れないものがあるんですよねぇ‥‥あ、貸していたのを忘れていました。紗亜弥さん、ちょっと取って来て貰えますか?」
「はい? あたしが、ですか? 構いませんけど‥‥」
 思わず自分の顔を指差し、瞬きを繰り返す紗亜弥。
「他の作業が出来るんでお願い出来ると助かるんすけどねぇ」
「分かりました☆ あたし、取って来ます!」
 グッと胸元で両の手を固めて意思表示。正人は穏やかに微笑むと、懐から折り畳み式携帯電話を取り出す。
「連絡しますから、宜しくお願いしますねー」

 ――プロレスラーの入場曲と思われるメロディが鳴り響いた。
 椅子を運んでいたブリッツ・アスカ(fa2321)は手を休めて携帯を耳に運ぶ。
「俺だけど‥‥あぁ、あんたか。工具だって? OK分かった」
「アスカ、連絡が入ったんだね」
 上着を脱いだライダースーツ姿の背中に、シャウロ・リィン(fa0968)が声を掛けた。ヘルメットを掴み、駆け出しながらボーイッシュな茶髪の娘が肩越しに振り返る。
「ああ、戻ったら手伝うさ! 準備に時間が掛かるようなら引き止めて置くけど、どうする?」
「こっちは大丈夫だよ☆ 少し話してくればいいんじゃないかな?」
「そうだな、ひとっ走り行って来る!」
 アスカは会場を飛び出すと、愛車『パイレーツ1200S』に跨り、エキゾーストを轟かせてゆく――――。

 ――その頃、紗亜弥達は正人と別れ、メモ書きされた地図を頼りに歩いていた。
「(外に出なきゃいけないなんて‥‥衣装に着替えなくて良かったかも。でも、制服のまんまで番組に出て良いのかなぁ?)‥‥あ、この辺ですね。えーと、ガレージがれーじ‥‥あ♪」
 瞳を泳がせていた少女の声が弾んだ。一点を捉えて駆け出す中、太一郎と武が追う。紗亜弥の前方に映し出されたのは、シャッターの開いた小さなガレージだ。そこには一台の大型バイクが停車しており、後輪辺りで魅惑的なラインを描くライダースーツの背中が片膝を着いていた。どうやらメンテナンスか、修理中らしい。
「あの、ブリッツ・アスカさん、ですよね?」
 前屈み気味に身を乗り出し、恐る恐る背中に声を掛ける紗亜弥。程なくライダースーツの背中が立ち上がると、短めの茶髪をサラッと揺らし、端整な風貌が微笑んだ。
「久しぶり! 直接会うのは4ヶ月ぶりくらいだっけ?」
「そう、ですね。お久し振りです! 合宿の時は色々とお世話になりました!」
「合宿か、懐かしいな」
「最近はヴァルキリーインパクトに出場していないですよね。忙しいんですか?」
「まぁね、プロレス興行も多くなって来てさ。あ、工具だろ? 返す前に他に異常ないか調べていたんだ。ほら、預けたよ」
「あ、はい、確かにうけたまわりました」
 ――承りましたぁ? 使い方、合っているんだっけ?
 アスカは額に人差し指を当て、首を捻って片眉を跳ね上げていた――――。

 ――再び正人の元に戻ると、彼は地図が描かれた紙切れを渡す。
「所長さんがいらしてね、紗亜弥さんが来たらそこへ向かうように伝えて欲しいと言われたすよー」
「‥‥はぁ。分かりました‥‥!! あっ!」
 行き先に会うべき相手の名前が記されており、少女は驚愕の中に声を弾ませた。瞳に映るのは、DESPAIRER(fa2657)の文字。一度だけ共演した事のある演歌歌手である。
「会うのは久し振りです☆ お仕事の打ち合わせかな? それじゃ高野さん、頑張って下さいね」
「行ってらっしゃーい」
 ヒラヒラと手を振る正人の作業部屋から離れ、紗亜弥は再び外へ繰り出した。
 相手が同業者という事もあり、疑いを微塵も感じていないらしい。刹那、少女はクルリと踵を返し、カメラに顔を向ける。
「大変ですね、あちこち歩かせちゃって。撮影止めて休憩しますか?」
「俺は大丈夫だ」「僕も平気だよ」
「そうですか? でも、バラバラに打ち合わせなんて‥‥近い方が良いのに変な感じですよね〜」
 人差し指を顎に当て、小首を傾げる紗亜弥。動揺を押し殺して太一郎が口を開く。
「さ、紗亜弥君、休日は何をしているんだ?」
「休日ですか? えーと‥‥勉強したり、友達と遊んだりしてますよ☆」
 ――嘘だ。真っ先に勉強などと口から出る少女が追試常習犯な訳がない。
 仮に勉強ならその方法を見直すべきと教えなければならないだろう。
 紗亜弥が背中を向けて歩き出したので、次の機会となりそうだ。尤も太一郎の問題が克服していればの話となるであろうが‥‥。
「ここですね、ディスペラーさんが待っているスタジオって」
 三人は静かな通路を歩いてゆく。物音一つしない小さなスタジオは、鮮明さに欠けた照明も相俟って異様な雰囲気だ。ドアを開けるとキイィィィっと耳障りな軋み音を鳴らす。灯りは点いているが、そこには誰もいない。
「あれ? 外しているのかな? ここなんだけど‥‥」
 ――ッ!?
 太一郎と武は戦慄を覚え、声をあげそうになる所を慌てて自分の口に手を当てて堪えた。
 カメラ越しに映し出されたのは、黒いドレスに身を包む不健康に痩せた女の背中だ。だらりと肩を落とし、パサついた長い黒髪をゆらゆらと揺らしながら紗亜弥の背後に迫る姿は、和製ホラー映画かあなたの知らない世界。思わず小太りな青年が回り込む。
 きっと隠しカメラには、キョロキョロと怪訝そうに辺りを見渡す少女にヌゥーと痩せこけた貧相な顔を近付ける衝撃のシーンが撮られているに違いない。見出しに『スタジオで死んだ薄幸の歌手が怨霊となって出現!!』なんて載りそうだ。否、ここは彼女の迫真の演技を賞賛するべきか。
「うーん、やっぱりいないみたいで‥‥」
 肩越しに振り向いた紗亜弥の言葉が途切れた。瞳に飛び込んだ暗黒歌手が弱々しく微笑む。次の瞬間、少女の悲鳴が響き渡り、DESPAIRERは更に戦慄の(楽しそうな)笑みを浮かべたという――――。
「この箱を持って、ホテルに向かって下さい‥‥。決して開けないで下さいね」
 ディーはズィと顔を寄せて念を押すと、紗亜弥達は腰を退きながらコクコクと頷いた。彼女が持つだけで白い箱が奇怪なオーラを放つ感じがするのは、きっと気のせいだろう。
「わ、分かりました。それでは‥‥失礼します」
 15インチほどの白い箱を手渡され、一向は次の目的地へ進んでゆく。

●サプライズ
 そのホテルの一室は両脇が垂れ幕で囲われた細い一本道だった。
 紗亜弥の行く手にはテーブルが一つ設置されているのみで、室内は長方形の空間を思わせる。
「何だか勇者になった気分ですね♪ ここに置けばディスペラーさんのお使いは終わりなのかな?」
「(勇者?)足元に気をつけろよ」「転ばないようにねぇ(どうして勇者なのかしら?)」
 両手で抱えた白い箱を運ぶ少女を不安げに太一郎と武が追う。静寂の中、響き渡るは三人の靴音のみだ。僅かな明かりが灯る室内をゆっくりと歩いてゆくと、辿り着いたテーブルに箱を静かに置いた。
 刹那――――。
「ひゃっ! えっ?」
 一斉に眩い明かりが周囲を照らし出し、紗亜弥が瞳を細めて戸惑う中、赤毛の少女が背後に佇む。
「紗亜弥」
「きゃうッ!」
 ビクンと弾かれるように振り向く紗亜弥。
「リィンさん? あの‥‥これって、何ですか?」
 動揺する紗亜弥の許に歩み寄り、リィンが赤毛のポニーテールを揺らしてニッコリと微笑んだ。

 ――シャウロ・リィンさん。
『そんな紗亜弥見たくないよ! 今日はお終い! ‥‥あたし、出来るって信じてるから!』
 挫けそうになって弱音を吐いた時、怒られちゃった記憶が脳裏を過ぎりました。
『うん、とっても上手だよ? 紗亜弥の元気さと一生懸命さがすっごく出てる!』
 でも‥‥本気で怒ってくれた分、上手く踊れた時の言葉が嬉しかったなぁ――――。

「あ、あの時はお世話になりました!」
「紗亜弥、この箱を開けてみてくれるかな?」
「箱って‥‥あたしが運んで来たものですか? は、はい」
 恐る恐る箱に手を運ぶ紗亜弥。その指は小刻みに震えており、太一郎の捉えるレンズ越しに映る少女は、まるで爆弾の箱でも開けようとしている様相だ。頬を一筋の汗が伝う中、ゆっくりと箱は開けられた。刹那、円らな瞳が驚愕に見開く。
「え?」
 飛び込んで来たのは、イチゴがたっぷりと載せられたラウンドケーキだ。中央にマジパンで作られた紗亜弥の人形と『紗亜弥一周年おめでとう!』の文字が描かれた板チョコが載せてある。
「これは私たちからの紗亜弥へのプレゼントだよっ! 一周年おめでとう!!」
 動揺する中、左右の垂れ幕が白い滝の如く落ち、色とりどりの飾りつけを施された会場が華やかさを解き放つ。瞳を泳がせれば、事務所のスタッフや今日会った顔ぶれが映った。正人の用意したクラッカーが祝福の音色を派手に鳴らし、太一郎がゆっくりと背後から歩み寄る。
「おめでとう」
 ――いっしゅう、ねん? あたしの?
 頭の中が一瞬にして真っ白になったんです。
 これはあたしの為に皆が用意してくれたパーティーなんだと気付くまで、何度もリィンさんやアスカさんに肩を揺すられたり、目の前で掌をパタパタさせていました。
「紗亜弥? 大丈夫?」
「おい? そのまま失神してるんじゃないよな?」
 目の前にある光景が滲んでよく見えなくなったんです。きっと、あたしは放心状態のまま泣いていたんだと思います。込み上げる嗚咽を必死に堪えて、それでもなかなか声が出ませんでした。
「あの‥‥あの‥‥あ、ありがとうございます!! あたし‥‥ひくッ、うわあぁーんっ!!」
 それからあたしは堪えきれず、子供のように泣き出してしまいました――――。

●一周年記念パーティーの中で
 紗亜弥が落ち着きを取り戻すと、会場には美味しそうな料理やお菓子が運ばれて来た。リィンとDESPAIRERの手作りである。料理が趣味のフリーカメラマンも感嘆の声を洩らす出来映えだ。
 会場のプロジェクターには、武が編集した紗亜弥の一年間を振り返る映像が流された。影の働きとしては相当の労力を費やした事だろう。
「何だか恥ずかしいですね。はい、どうぞ☆」
 小皿に分けたケーキをはにかみながら手渡す紗亜弥。武は受け取りながら口を開く。
「紗亜弥さんはこれからも活躍していくだろうし、仕事で関わった人がメジャーになるのはうれしいよ。僕自身の励みにもなるから、がんばってね★」

 ――藤田 武さん。
 お話したのは初めてだけど、子犬みたいな円らな瞳が優しそうな方です。
 わざわざあたしを信じ込ませる為に隠しカメラで撮影しているのを気付かせたり、こんなにステキで大変な映像を作って頂けるなんて――――。

「はい、ありがとうございました☆ 藤田さんも頑張って下さいね」
 ペコリと頭を下げると、少女は次のケーキを小皿に太一郎の許に向かった。フリーカメラマンの撮り続けるレンズ越しに紗亜弥が近付いて来る。
「あ‥‥俺は遠慮しておく。皆の楽しそうな様子を記録しておくのも俺の務めだからな」
 映し出される少女が困惑の色を浮かべた。全く分かり易い被写体だと内心笑った事だろう。
「え? でも‥‥じゃあテーブルに置いときますね☆」

 ――榊 太一郎さん。
 不安なパリ旅行に付き添って頂き、お世話になったけど、本当に責任感がある方なんだと思いました。相変わらず言葉は少ないですが、真面目な方ですから仕方ありません。きっと肩や腕も疲れてるんだろうなぁ。後でマッサージしてあげようかな――――。

「榊さん。一日、ご同行ありがとうございました☆ また伺いますから食べて下さいね!」
 カメラにズィと近付き、念を押しながら人差し指を見せる。少しは手を付けなければ何を言われるか分かったものじゃない。少女の遠ざかる背中を捉えながら、ケーキの一切れを口に放り込んだ。
「ほぉ、悪くないな」
 カメラに捉え続ける少女はケーキを携えて、格闘アイドル女優の許へ向かう。
「今日はありがとうございました☆ あれも女優さんの演技だったんですね。アスカさん、どーぞ☆」
「あ、サンキュ☆ 紗亜弥さんを見てると、俺もいろいろ頑張らなきゃな、って思ってね」
「そんな、あたしはまだまだ頑張りが足りないですよ」
「そう言うなって‥‥で、また大会あるみたいだけど、今度もリザーバーで出るのか?」
「うーん、どうかなぁ? いちおー候補には上げさせて頂いてます」
「どれだけ強くなったか、今度機会があったら一度試合してみたいな」
「ふえっ? そ、そんな、あたしじゃ試合になりませんよー」
 紗亜弥はパタパタと両手を振った。狙い通りに本気で慌てた少女に、クスリと微笑む。
「ははっ、試合ってのはさすがに冗談だよ。それはまだ早いよな。だけど、ヴァルキリーインパクトに関わる以上は、エキシビジョンで指名だって出来るんだ。腕を磨いておきなよ☆」
「お、おどかさないで下さいよぉ」

 ――ブリッツ・アスカさん。
『よし、紗亜弥さん、スパやろうぜ☆ 泣きそうな顔するなよ〜。大丈夫、最初の2ラウンドは俺の方からは一切攻撃しない。最後の3ラウンド目も頭部への打撃やミドルキックは全て寸止め、でどうだ?』
 合宿時は朝の練習や夕刻の自由練習に誘ってくれたり、本当に色々と面倒を見て頂きました。そして、あたしはアスカさんの姿に、どうするべきか考えさせられたりしたんです。
 今回のパーティーの為に、時間を割いて来て頂けるなんて――――。

「もし試合する事があれば、よろしくお願いします!」
 紗亜弥は一礼すると、ケーキを切り分ける為、中央のテーブルへ戻ると、続いて向かう先は、暗黒歌手の許だ。とても楽しそうには見えないが、きっと本人は楽しいに違いない。
「ディスペラーさんも料理を作ってくれたんですよね。ありがとうございました☆」
「気に入って頂けましたか?」
「はい♪ どれも美味しかったですけど、これとかあれとか美味しかったです☆ でも」
「‥‥それ、リィンさんが作ったものです」
 しくしくと悲しげに目元を拭うディー。紗亜弥は頭の上に汗マークでも浮かべたように慌てた。
「え? で、でも、あたしはこっちの料理が一番好きです‥‥って、これも」
 刹那、少女の手を両手で握り、一気にディーが迫る。
「本当ですか? 紗亜弥さんが好きな食べ物をクリスティさんに聞いて、レシピを見ながら初めて作った料理なんです(何度も微妙に違うとリィンさんに突っ込まれましたけど)」
「え? あたしの為にわざわざそこまでして頂いたんですか?」

 ――ディスペラーさん。
 厳しい現実を紡ぐ歌声は綺麗なのに切なくて‥‥初めて聞いた衝撃は忘れられません。
 ちょっと怖そうな雰囲気だけど、本当は優しくて、愉快な方なんだって改めて感じました。
 いつか満面の笑みを見てみたいなぁ――――。
 
「これからもお互いに頑張りましょう」
「はい! えん歌だいで一緒にお仕事する際はよろしくお願いします! もう、驚かすのは無しですよっ!」
 ペコリとお辞儀すると紗亜弥は再びケーキを切り分けに向かう。カメラが捉える中、少女は楽しそうに微笑みながら、小皿いっぱいにケーキを載せた。彼女が場所を再確認して見つめる先にいるのは、線の如く細い目の青年だ。静かに小皿を後ろ手に隠してゆっくりと近付いてゆく。
「はい☆ 高野さん、ケーキどーぞ♪」
 一瞬、戸惑いを見せる正人(相変わらず目は細いが)。頭を包む布地をポリポリと掻いて微笑んだ。
「これはこれは、大きいですねぇ」
「だって甘いもの好きじゃないですか☆ だからサービスですっ♪」
「有り難うございます。うん、美味しいですよぉ」
 早速口一杯に頬張る姿に少女はクスリと笑った。
「美味しそうに食べますよねぇ。あ、クリームついてますよぉ」
 ハンカチを取り出し、手を伸ばすと青年の口元を拭う。正人は困惑気味だ。
「改めまして、一周年おめでとうございます。僕と会ってからも一周年記念ですねー」
 直後、沈黙に包まれた。青年が再び髪を掻きながら困惑する中、紗亜弥は紅潮しながら俯く。
「やだ‥‥あたしったら‥‥高野さんっ!」
「はいっ!?」
「1年間ありがとうございました!! あたし、お礼を言う前にはしゃいじゃって‥‥高野さんがいなかったら‥‥あたし」

 ――そうだ。
 つい会えた事が嬉しくて‥‥。あたしのデビューからずっと支えてくれた人なんだ。辛い時や悩んだ時に沢山甘えたのに‥‥初めての不安なパリ旅行にも付き添って頂いたのに‥‥。
 あたしの頭に中は思い出に誘われました。
『いやー、しかし‥‥プロポーション抜群とは聞いてましたが。うーん、役得♪ ま、こちとら新人といえプロなんでご安心を』
 ちょっとHなお兄さんと思った初対面。挫けそうな時にファンだと励ましてくれた夜。勉強が苦手だと知って学生時代のノートを渡してもくれた。弱音を吐きそうになった時に支えてくれたひと――――。

「紗亜弥さん?」
「ごめんなさいっ!!」
 おいおい、これではまるで正人が口説いて断られたように見えるじゃないか。
 太一郎は苦笑しながらカメラを廻す中、正人がおどけた調子で口を開く。
「困りましたねぇ。今日の為にマイクを作ったんすけどー」
「へ? マイク? あたしに?」
 思わず顔をあげた紗亜弥の瞳に、戦乙女文様入りのマイクが映った。
「いらないって言うんじゃ仕方ありませんけどー」
「ち、ち、違いますっ! そんな、あたし、いらないなんて‥‥使わせて頂きます!」
 両手を胸元で組んで哀願する姿はどこか滑稽だ。青年は苦笑しながらマイマイクを差し出す。
「どうぞ。使ってもらえるでしょうか」
「もちろんですっ! ありがとうございます☆」
 ひしと手渡されたマイクを胸に抱き、少女は瞳を潤ませた。
『紗亜弥』
 背中に投げ掛けられた声はリィンのものだ。
「わがまま言っていいかな‥‥このお祝いのお礼に、私たちに歌をプレゼントして欲しいんだ」
「バックボーカル位なら、私にもできるかと」
 黒いドレスの胸元に手を運び、ディスペラーが薄く微笑んだ。
「あ、あたしの歌がお礼になるなら‥‥歌わせて頂きます!」

●無色から彩られて
 席を外した少女が再び会場に見せた姿は、大正時代の女学生を連想させる羽織袴だ。結い流しの黒髪を揺らしながら向き直り、プレゼントされたマイクから声を響かせる。
「今日は有り難うございました! あたしが歌い続けて来れたのも、皆さんの支えがあったからです。1年が経ったなんて信じられないけど、その始まりとなった歌を唄わせて頂きます!」
 CDからバイオリンの旋律が奏でられた。
 明るいメロディが流れる中、紗亜弥は正人が初めて作成してくれた衣装に身を包み、優雅に踊りながら歌声を響き渡らせてゆく。
 それは、16歳の少女が演歌歌手としてデビューした初めて作られた曲。
 優麗に流れるディーのバックコーラスの中、紗亜弥の歌声は周囲をセピア色に染めるような懐かしくも優しい波長で流れた。
 リィンは流れそうになる嬉し涙を堪えつつ、笑顔で紗亜弥を見つめる。
 一年間頑張ったね‥‥紗亜弥、素敵だよっ――――。

「何とか成功したわね」
「ああ、一時は次の依頼を準備しようとしていたからな」
 クリスティが安堵の微笑みを浮かべる中、壮年の男はホッとしたように溜息を洩らした。
「次の依頼?」
「佐竹がな、紗亜弥の学園を通った時、生徒の数名が1年経った事を知っていたらしくてな。彼女が傷つく前に生徒達を説得して貰おうとした訳さ」
「芸能界の力で?」
「芸能人の魅力、と言って欲しいね。兎に角、集まってくれて助かった。俺からも皆に有り難うと言いたいよ。残念ながらボーナスをやれるほど余裕はないがな。ん?」
 視界に一眼レフカメラを携えて駆けて来る太一郎を捉えた。
「事務所の皆さんも並んで下さい。これから記念写真を撮らせて頂きますので」
 紗亜弥が手招きする中、所長とクリスティが列に加わる。
 フリーカメラマンが合図を出すと、幸せそうにはにかむ少女と仲間達は思い出に刻まれた。
 
 ――紗亜弥の一周年記念パーティーは成功した。
 しかし、1年が経過したに過ぎず、これからも少女は芸能界で彩りを与えられてゆくだろう。
 彼女に如何なる運命が待ち受けるのか? 今は誰も知る由がない。

●エピローグ
「あ、榊さんからだ」
 後日事務所に呼ばれた紗亜弥は小包を開けた。中に入っていたのは、ビデオテープと『デビュー一周年おめでとう』のメッセージカードと、パネルにした集合写真だ。因みにテープと集合写真は参加者全員にも送られたらしい。
 ――来年もこのような事が出来たら良いな。
 記されたメッセージに少女は微笑む。
 ――はい、そうですね。あたし、頑張ります!