演歌百花繚乱アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
|
担当 |
切磋巧実
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
やや易
|
報酬 |
0.7万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
11/25〜11/29
|
●本文
――TV画面に映ったのは壮年の男と少女の二人組だ。
白髪混じりの男がマイク片手に口を開く。
「えー、近日放送予定の『演歌百花繚乱』の司会を務めさせて頂く北森晃です。この番組は新人演歌歌手の紹介を兼ねた歌番組。次代を担う演歌歌手とはどんな方々なのか私も楽しみにしています」
次に口を開いたのは大正時代の女学生を思わせる衣装を纏った少女だ。
「演歌百花繚乱では出演者を募集しています。現在、演歌歌手として活動している方、自己紹介と歌声を披露してみませんか?」
「そう言えば、紗亜弥さんも最近デビューライブを行ったそうですね」
「え、はい。デビューしたてでCDも未だですけど、新人の皆様を紹介するなんて申し訳ありませんが、頑張ります☆」
「こちらこそ。それでは沢山の参加お待ちしています」
二人がお辞儀した所で画面は出演者募集要項に切り換わる。
演歌百花繚乱出演者募集。
自己PRと自作の歌をご用意下さい。新人の方ならどなたでも構いません。
●募集区分
・演歌歌手
TVで演歌を披露する歌手です。尚、楽屋は共同です。新人として紗亜弥が挨拶に伺いますので、見えないドラマを作りましょう(笑)。
歌に歌詞は必要ありません。どんな感じの歌かと題名を明記して下さい。
☆裏方区分
・コーディネーター
紗亜弥や北森晃の服装などを決める方です。打ち合せによりますが、演歌歌手の衣装も任せてもらえるかもしれません。
・ディレクター
新人の紗亜弥には台本が用意され、台本通りに台詞を喋らされます。誰にどんな事を話すのか、構成するのが仕事です。
・プロデューサー
演歌百花繚乱のセット演出を担います。つまり背景はどんな色だとか、周りの大道具はどんな感じか等を決めて下さい。
・その他、衣装作成や美術作成など上記に付随する仕事。
●リプレイ本文
●裏方さんは大忙しです
「さて、と‥‥今回は作るもん多いすね」
高野正人(fa0851)は作成リストを眺めて、腕を組むと溜息を洩らした。彼は大道具・セット係だ。歌番組『演歌百花繚乱』に参加する歌手三名分の舞台セットを作らなければならない。勿論、直ぐに要望や意見を纏めて準備していたのだが、CETとなればセット一つにしても妥協は許されない。遅らせれば今後に支障を来たすだろう。
「お、やってるじゃんか」
「高野君、調子はどうですか」
耳に飛び込んだ軽い調子と落ち着いた二人の声に、白いバンダナを短い茶髪に巻いたツナギ姿の青年が顔を向ける。線の如く細い目に映ったのは、宇賀 朧(fa0692)と、ハグンティ(fa0088)だ。
「ひとまずロッシさんと悠さんの分の舞台セットから取り組んでいるんですけど、なかなか順調とは言えません」
穏やかな微笑みを浮かべ、茶髪を掻く正人。銀髪の端整な風貌の青年と、灰色の短い髪を逆立てた、がっしりとした壮年の男が視線を交差させ笑みを浮かべる。
「そんな事じゃないかと思ったぜ。俺は特殊効果が仕事だから今は空いてんだぜ☆」
「どういう素材を使うか知っていれば、光の反射具合などもわかり易いですからな。私にやれる事があれば手伝おうと来てみたのです。こちらも実際の撮影時にお手伝い頂くこともあるでしょうから」
特殊効果係と撮影係の男が助っ人に参上したのである。二人の申し出に、正人は細い目を潤ませた。
「マジすか? 助かりますよ」
三人は早速打ち合わせを始める。
「ロッシさんの方は林みたいな感じにするらしいので、大きめの土台2つの上に枯れ木林のセットを組んでいきましょう。悠さんの分は町中情景って事なんで、屋台は調達してありますから、後は酒場通りっぽいハリボテですかね。夜景ライトは電飾か‥‥安っぽいですかね?」
「安心して下さい。光の加減と撮影の仕方で何とでもなります」
「富士川のはカラーライトに被せる穴を開けた蓋が必要じゃんか。それ、俺の方でやるぜ!」
任せてくれとばかりに、朧が親指を突き出して微笑んだ。
「助かります。確か、日本の伝統的な花火で、ドカンと爆発すると金色や赤っぽい火の粉を引きながら燃えていき、その先に紅とか青とかに変化するやつです。菊の後に紅になり、その後青になるのが菊先紅青らしく、先端は白。観覧車のイルミネーションがイメージとか」
それぞれのイメージを伝えると作業分担を行い、作業が再開された――――。
作業が進行してゆく時だ。スタジオの方から感極まった声が響いて来た。
「うう、初めてのTV出演がCETでだなんて、ワタシとても幸せ者ダワ〜♪」
男達の瞳に映ったのは、豊かな胸元で両手を組み、感動に打ち震えている金髪の女性だ。風貌は明らかに日本人ではない。瞬時に出演者リストを思い出し、彼女がアドリアーネ・ロッシ(fa2346)と導き出した。
「あぁ、泣いちゃってますよ」
「感情の豊かさは流石にイタリア人ですな」
「こんな発音で演歌歌手って、ジョークじゃねーの?」
『ちょっと、あんた達なにしてんだよ?』
壁から顔を出していた三名の男は、不意に背中に飛び込んだハスキーボイスにビクッと肩を跳ね上げた。別に疚しい事をしている訳ではないのだが、男達はゆっくりと顔を向ける。瞳に映ったのは、煙草を咥えて訝しげな表情を浮かべる革ジャン姿の若い女――宗像 悠(fa0132)だ。
「挨拶に回ってんだけどさ、スタッフだよな? 宗像悠、まぁヨロシク」
気だるそうな雰囲気を漂わせる彼女は軽く挨拶すると、長い黒髪を翻して彼等から離れて行く。
「‥‥他のスタッフにもあんな挨拶してるんですかね?」
「そうだと思うぜ? 演歌歌手って感じじゃねーけど」
「‥‥高野君、宇賀君‥‥作業に戻りましょう。他のスタッフが待っていると大変です」
こうして、多忙を極める裏方作業が進む中、次第に出演者達も顔を見せるようになる――――。
「おはようございます☆ お仕事ご苦労様です」
芸能界の基本はきちんとした挨拶と、富士川・千春(fa0847)が挨拶に訪れた。絹の様なサラリとした黒髪と女性らしい凛とした容姿は、18歳という年齢以上に淑やかに見える。
「今回のお仕事は願ってもない演歌を歌えるチャンスなので楽しみです♪」
少女は胸元に手を当て、円らな瞳を閉じて微笑む。鼓動の高鳴りは未だ治まっていないようだ。「宜しくお願いしますわ☆」と丁寧にお辞儀をして千春は歩いてゆく。
「礼儀正しい娘ですね」
「あぁ、大和撫子って感じだぜ」
「こんなに若い演歌歌手がいるのなら日本演歌も安泰です」
『‥‥きゃんッ☆』
遠くで少女の悲鳴が流れて来た。次に響き渡るは周囲で何かが崩れる耳障りな騒音だ。どうやら、多少ドジな面もあるらしい。
「‥‥で、ここに歌手への質問が入るのである」
「‥‥あ、はい。うわ、質問の順番まちがえたらどうしよう‥‥」
「大丈夫である。漢字にルビも振ってあるし、全力を尽くせば自然に神様が未来を決めてくれる」
「‥‥あ、ありがとうございます」
靴音を響かせる男の声と共に、少女の声が耳に流れて、正人は顔を向けた。スキンヘッドで口髭を生やし、鋭い眼差しの厳つい雰囲気を醸し出す、茶臼山・権六(fa1714)と共に、台本を開いたまま歩いて来るのは、紗亜弥だ。
「どーも、裏方万歳高野おにーさんですよっと。今回も宜しゅうに♪」
「あ、エッ‥‥じゃなくて、高野さん。おはようございます☆ こちらこそ宜しくお願いします」
――今、僕の事を何と言おうとしていました?
「高野さんはいつも大変ですね。これ全部つくったんですか?」
「僕一人って訳じゃないですよ。‥‥あ、晃さん、衣装の採寸済ませたいんで後でお願いします!」
司会を務める北森晃を捉え、青年が声を響かせた。衣装製作も彼の仕事らしい。正人は細い目を少女へ向けて微笑む。
「紗亜弥嬢の採寸はいらんすね」
「うぅ‥‥やっぱりえっちです」
――見てない見てない! なんで胸を隠すっスか?
「それより、デビューの衣装を使ってくれてるみたいだから歌いませんか? セットは作らせて頂きますよ」
「えっ? そんな、急に言われても‥‥困ります」
「それは面白いのである。うむ! さっそく提案してみよう!」
権六はポンと手を叩くと、筋骨逞しい背中を向けて駆け出した。少女は豊かな胸元に手を当て、困惑の色を見せる。
(「これから歌手の皆さんとこ挨拶に行くつもりだったのに‥‥どうしよう‥‥」)
●楽屋の風景
――ただでさえ緊張しているのに、歌うなんて困ります。
「し、失礼します」
あたしは楽屋の前で深呼吸してからドアを開きました。そこには二人の歌手の方がいます。‥‥やっぱり手前からですよね? ソファーで煙草を吸って寛ぐ、長い黒髪の女性の方に近付きます。スラリとしてカッコイイけど‥‥ちょっと恐そうなお姉さんです。
「こ、今回はアシスタントを務めさせて頂く紗亜弥です。宜しくお願いします!」
あぁ、声が震えているのが自分にも分かります。お姉さんは青い瞳を流して視線を向けました。
「あたしは悠だよ、よろしく」
うわ、掠れた声と印象が合っててやっぱり恐そう。つ、次の挨拶行かなきゃ。
「‥‥待ちなよ、あんた」
「(えっ)は、はい!」
悠さんがあたしの背中を呼び止めました。なんか失礼な事しちゃったのかな? 彼女は視線を向けずに煙草の煙を吐いて、ゆっくりと口を開きます。
「あんたさ、最近デビューしたんだよな? なんでこの世界を目指したんだよ? しかも演歌だ。若い演歌歌手は少ないからアイドルより入り易いとか思ったのか?」
「あなた、そんな言い方は酷いんじゃないかしら? 私だって‥‥」
「あんたに訊いてないよ‥‥あたしは紗亜弥に訊いてるんだよ」
割って口を開いてくれた少女に鋭い視線を向けました。あぁッ、空気が‥‥。あたしは悠さんを見つめて口を開きます。
「あたしは未だ芸能界を目指してた訳じゃありません。偶然だったんです。でも、演歌は好きですし、歌う事も大好きです。それに色んな方が、あたしに沢山の想いをくれたんです。だから、想いに応える為、そして、本当にあたしの演歌で心を癒す事が出来たら素敵だなって‥‥えっと、だから」
「もういいよ」
悠さんが止めました。ゆっくりと煙草を吸い、煙を吐きます。間違った事を言っちゃったかな?
「‥‥どんな歌でも、歌を真剣に好きな人は、嫌いじゃない‥‥あたしは演歌が本業ってわけじゃないけど、たとえどんな舞台で一緒になっても、今のあんたを信頼できると思うよ‥‥」
あ‥‥。彼女が僅かに微笑んでくれたように感じました。このひと、見掛けよりも――――。
「精一杯がんばります! 宜しくお願いします!」
あたしはお辞儀をして悠さんから離れて、鏡台の椅子に腰掛けている方に近付きます。絹の様な黒髪の左脇を一寸結んでいて、大きな茶色の瞳が可愛い感じ。あたしと同じ年齢かな? 鏡に映る彼女の瞳があたしを捉えると、椅子を回して微笑んでくれました。割って入ってくれたお礼いわなきゃ。
「あの、先ほどはありがとうございました」
「ううん、気にしないでいいよ☆ 私は千春、宜しくしくお願いしますわ」
何かとても感じが良い方です☆ それに丁寧な挨拶がとても清楚な感じで。
「紗亜弥さんも演歌歌手よね。歌い手、ファン共に若年層が少ない演歌界にあって、あなたとは年も近いし、仲良くしましょう。頑張ろうね!」
「はい! 千春さんは先輩です。宜しくお願いします」
「ね、彼女の言った事は気にしないでね」
端整な顔を近づけ、瞳をソファーに流すと、千春さんは手を当てて小声で囁きました。
「いえ、厳しい言い方をする人も、それだけ真剣なんだと思いますから‥‥それに初めは恐そうだなって感じたけど、きっと、いいひとだと思います」
「うん、そうね☆ あ、携帯持ってる? メアド交換しましょう♪ よかったら今度一緒にカラオケとか遊びに行こうね☆」
「は、はい☆」
それから暫らく、演歌の話や日常の話をしました。まるで学校で話をしているみたいで、緊張感はスッカリ解れていました。そんな時です。
「サーヤ! チハール! それにユウ!」
楽屋のドアが開いたかと思うと、不思議なイントネーションで名前を呼ぶ声が飛び込んだんです。金髪の外人さんだ‥‥えっと‥‥。あたしは台本に瞳を流しました。
「アドリアーネさんよ」
「あ、宜しくお願い‥‥」
アドリアーネさんは、あたしに向かって走り寄ると、両手を握ってブンブンと振りました。本当に外人さんはリアクションが激しいみたいです。
「ヨロシクお願いするワネ。デモ、ステージに上がったらお互いライバルよ。若いコに負けないカラね☆」
青い瞳をウインクして見せ、アドリアーネさんが微笑みました。こんな調子で次々に彼女は挨拶してゆきます。やっばり悠さんは面倒そうな困った顔をしていたけど‥‥そんな遣り取りが微笑ましいって感じでした。あ‥‥そろそろ戻らなきゃ。
あたしはドアの前でもう一度挨拶して、楽屋を出ました。自然と安堵の息が洩れ、胸を撫で下ろしていました。
「あ、やっと見つけましたわ☆」
あれ? 淑やかな声に顔を向けると、フランス人形のような容姿の少女が映りました。Camille(fa0340)さんです。でも、どうして‥‥。
「あ、お世話になっています。お仕事ですか?」
「まあ☆ 紗亜弥さんがTVに出るから馳せ参じましたのよ♪ はい☆」
彼女はあたしにカセットテープを差し出しました。Camilleさんの白い手から、視線をお嬢様のような顔に移すと、青いリボンを巻いた銀髪をサラリと揺らして、ニッコリと微笑んで小首を傾げます。
「ん? どうなさったのかしら? 紗亜弥さんのカラオケテープですわよ☆ 勿論、わたくしの演奏したものですわ♪ 無いと歌う時に困りますでしょう?」
「ありがとうございます☆ とても嬉しいです。わざわざ届けて頂けるなんて‥‥」
「あら? 勿論、お仕事させて頂きますわ☆ それにバイオリンも持参しておりますのよ♪ 番組の都合がつくのでしたら、紗亜弥さんも歌えるとよいですわね。わたくしが伴奏いたしますわ☆ もし、紗亜弥さんが歌わない場合、ディレクターとしてお仕事させていただきますわ。その時は、わたくしも未成年者ですので、獣化で誤魔化しますけどね☆」
えぇ? 本当に歌うことで話が進んでいるんですか? あたしが歌わないと獣化って‥‥。
「でも、歌のタイトルって未だ決めてないですよね? 紹介があるんですよ」
「あらあら? そうでしたかしら? ‥‥そうですわね、カットしてもらいますわ☆」
彼女の笑顔はいつも穏やかな陽射しのようです。
●演歌百花繚乱
――スタジオは静かな緊張感に包まれていた。
「本番5秒前! 4、3‥‥」
秒読みが刻まれる中、撮影を担うハグンティの瞳が研ぎ澄まされてゆく。
セットの脇では正人と朧がそれぞれ待機し、互いに視線を交差させた。やるべき事はやった。後は本番で問題無く成果が発揮されれば成功だ――――。
番組のテーマ曲が流れ、司会を務める白髪混じりの男と、結い髪の少女を映し出す。二人の身を包む衣装は華やかなものだ。簡単な挨拶が終わると、出演する演歌歌手が一人ずつ登場し、用意された椅子に腰掛けてゆく。出演者は計5名。フレームにも無理なく映るようハグンティは構成済みだ。
「さて、いよいよ質問であるな」
状況を見守る権六の瞳に、紗亜弥と千春が映る。
「富士川千春さんが、この道へ入った訳は何なのですか?」
「そうですねえ、演歌が好きだから、演歌を若い世代にも共感してほしいなって思ったからですね。実は私、お仕事がアイドル活動ばかりだったので前の事務所を脱退したんです。心機一転、目指すは年末の大舞台! 応援よろしくお願いします☆」
カメラに向け、満面の笑みを浮かべて丁寧にお辞儀する千春。
「はい、頑張って下さい。それでは、歌の方をお願いします」
清楚な足取りでステージへと向かう着物姿の少女をカメラが追う中、司会者の男が映し出され、声を響かせると同時、前奏が流れてゆく。台詞は権六が書き上げたものだ。
「演歌は冬の時代。それを彼女は、あえてアイドルの道を捨て演歌の道を取りました。そんな彼女の歌は気負った大仰な物ではありません。永遠のテーマ恋人達の愛歌。『菊先紅青』富士川千春熱く歌います」
千春のよく通る歌声が響き渡る。その歌詞は、多くの歌手がモチーフにしてきた港町・横浜、その中でもMM21地区あたりを舞台にした惚気モノの歌だ。
若さを表現するように映し出される鮮明な映像の中、花火の菊模様が金色から紅、青、白と、火の粉を引きながら散るイメージの照明ライトが、ゆっくりと回り、彩りを与えてゆく。歌のタイトルでもある『菊先紅青』を表現する為に、正人と朧が施した特殊効果だ。
歌い上げるとゆっくり頭を垂れ、拍手が響き渡る。カメラは切り換わり、紗亜弥とアドリアーネを映す。金髪の女性は髪をあげて、落ち着いた和服に身を包んでおり、大人の色香を引き立てている。
「有り難うございました☆ アドリアーネ・ロッシさんはイタリアの出身との事ですが、演歌は自分にとって何ですか?」
「そうね、演歌はワタシのタマシイよ。ご年輩の皆さんに『外人なんかに演歌の神髄がわかってたまるけぇ!』なんて、理解されずに早幾年‥‥それがこんな機会に巡り会えるなんて、諦めて国に帰らなくてホントウによかったわ」
「(え?)」
ほろりと青い瞳が涙で潤む。僅かに戸惑いの表情を見せたのは紗亜弥だ。空かさず前奏が流れ、晃が歌手の紹介を響き渡らせる。
「イタリア出身異色の新人の彼女。カンツォーネは歌えても、日本人の心の演歌を歌えるかとお思いの貴方。どうかお聴き下さい。アドリアーネ・ロッシ『くれない慕情』しっとり切なく心に染み渡ります」
アドリアーネを映すカメラは、若手では出せない色気を醸し出すように艶やかな光を湛え、彼女は枯れ林のセットに立ち、切ない声を響かせた。何故か歌う時の日本語は流暢で、歌詞は、遠く離れた愛しい人の帰りを待つ、少し浪速調の切ない女を紡ぎ出す。サビに入ると共に、ドライアイスのスモークが流れ、感情豊かに情熱を表現しながら、心を込めて歌い上げた。切ない表情にカメラがズームインすると、青い瞳に涙がほろりと零れる。拍手と共にカメラは悠と紗亜弥へ切り換わった。
(「おいッ、カメラ向いてるぞ」)
僅かに呆然としてしまった少女に、女が瞳で注意を促がす。つい見惚れてしまったのだ。ハッとして紗亜弥は口を開く。
「‥‥有り難うございました☆ えっと、宗像 悠さんはデビューして変わった事ってありますか?」
「(デビューだって?) ‥‥あたしは本来は演歌歌手ってわけでもないんだけど、変わったって言えば、演歌が嫌いじゃないから歌うようになった事かな? あたしを見て演歌を歌うなんて思わないだろ? ジャンルなんか関係ない。そう思ったんだよ」
巧くフォローしておどけて見せる悠。彼女はミュージシャンであり演歌歌手ではない。演歌番組で違うジャンルのデビューなど話して良いのか微妙だ。前奏が流れ、男が紹介を始める。
「演歌歌手は和服、という概念に挑戦する様に彼女は今風の洋服でアコースティックギターとハスキーボイスで味わい深い演歌を吟じます。宗像悠『氷雪』冬の悲恋の物語」
ギターを肩に掛け、悠が立つのは酒場通りを思わせるセットの中だ。傍には調達された屋台が置かれており、町中の情景を描いている。カメラが冬の悲恋を演出するように、ややソフトな光を湛える中、しっとりと悲しげな声を響かせた。歌詞は、真冬の中で繰り広げられる、一人の女の悲恋を描いたものだ。やや掠れ気味のハスキーボイスが深みを増し、味わい深く染み渡る。サビに入るとギターの旋律と共に愛憎の激しさを表現し、ステージに銀紙を細かくした『雪』が軽く降り注いだ。ギターが最後に軽く爪弾かれ、佇む女からライトが消えてゆくと共に拍手が響き渡った。
「はい、有り難うございました! え、どうして司会者の私が映っているかって? おじさんより若い娘を出せ? では、ご紹介しましょう」
カメラが映し出したのは、レトロな室内セットに佇む、大正時代の女学生風な衣装に身を包んだ少女だ。やや後方にバイオリンを構えた銀髪の少女がおり、晃の紹介が響き渡る。
「この間まで16歳の普通の少女。それが今や『若者に癒しと活力を』とバイオリン演歌歌手としてデビューを果たしました。バイオリン演奏Camille、歌、紗亜弥。どうぞ癒されて下さい」
カメラは声を響かせる結い髪の少女を映す中、間奏時にCamilleが優麗な旋律を奏でるとズームインしてソロで絞った。拍手と共に歌が終わると二人の少女はお辞儀をし、照れたような表情を浮かべる紗亜弥に、出演者と司会者が近付いてゆく。再び少女が結い髪を揺らす。
「ありがとうございました☆ 歌わせて頂いて本当に嬉しいです」
「こちらこそ!」
カメラへ身体を向けて晃が続ける。
「いかがでしたでしょうか? 全国にはまだまだ新人演歌歌手の方がおられると思います。そして、彼女達のように若い方の中には演歌も良いなと感じた方もおられるでしょう。演歌百花繚乱では、引き続き出演者を募集しています」
「はい、次に歌うのはあなたかもしれません。またお会いしましょう☆」
出演者達がお辞儀する中、カメラは引いてゆく。
CET 演歌百花繚乱 終 ――――。
●お疲れ様でした☆
――番組撮影が無事に終わり、スタジオは一気に安堵の空気に包まれた。
ハグンティは肩を押さえて太い腕を回し、正人と朧は汗を拭い安堵の息を吐き出す。スムーズなセット移動や特殊効果が成功したのも彼等裏方の働きあっての事だ。それぞれが互いに労をねぎらう中、紗亜弥が顔色を曇らせて悠の背中を呼び止める。
「あの‥‥申し訳ありませんでした。あたし、動揺しちゃって‥‥」
女が青い瞳を肩越しに流すと、結い髪の少女は瞳を潤ませ俯いていた。
「‥‥気にしちゃいないよ。あたしもプロだからね、何を訊かれても対応はできるよ。まぁ、色んな連中がいるから気をつけるんだね」
そんな中、正人がスタッフ達に声を掛ける。
「‥‥いやぁ、今回流石にハードでしたな。近くのケーキ屋にでも足伸ばしたいですが。紗亜弥嬢やら、その他後輩の皆さんにケーキセットぐらいなら奢りますですよ、一緒にどうです?」
しかし、和洋問わず甘味が好物な正人は兎も角、大道具スタッフの男達が欲しがるものではない。自然に少女の返事を待つ結果となる。
「えっと、悠さん御一緒しませんか?」
「はぁ? ケーキ食べる位なら、あたしは酒を呑みに行くよ」
「まあ☆ ケーキですの? いいですわね♪」
「あ、Camilleさんも行きましょうよ」
「え? 紗亜弥さん、これからどこかに行くのかしら?」
「はい☆ 高野さんがケーキセットを御馳走してくれるんです。千春さんも行きませんか?」
「アマイものは疲労カイフクにピッタリよね☆ ワタシも御一緒させてもらおうかしら?」
「アドリアーネさん、勿論ですよ☆」
次々と承諾してゆく紗亜弥を呆然と見つめるのは正人だ。ポンッとそんな青年の肩が叩かれる。
「お疲れ様☆ 良いじゃん、女性に囲まれてケーキなんて羨ましいぜ」
「私は次の仕事の準備がありますから、失礼しますよ。高野君」
「女性には興味がないのだ、我輩も失礼するのである」
流石に女性5人となると財布の中身が些か不安だ。否、悠が同行するか否かは問題ではない。1名減った位で金額が大きく変わるものではないだろう。危惧するのは追加オーダーだ。男として払わねばなるまい。
「高野さーん、着替えたら来ますからー☆」
少女の元気な声に応えた青年の手は、弱々しく振り続けられた――――。