紗亜弥――心の病アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 切磋巧実
芸能 3Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/09〜10/13

●本文

●或る日の事務所
「はー、そうですか‥‥。いえ、入院とか酷くなっていなくて良かったです。演歌番組が最終回を迎えますので、出演はどうかと‥‥。は? 学校にも行っていないし、部屋からも出ない? 失礼ですが‥‥所謂ひきこもり‥というものですか? え、ええ、勿論私達も或る意味家族のようなものですから、努力させて頂きます。‥‥はい、それでは失礼します」
 珍しく丁寧な対応を済ませ、受話器を置いた所長は溜息と共に煙草に火を点ける。ヒールの靴音を響かせて、クリスティが顔色を曇らせた。
「‥‥ひきこもり、と聞こえましたが」
「まあ風邪になる前はブッキングやら忙しかったからな。長期の休みの後にプツンと糸が切れるのは珍しい事じゃない。問題は‥‥」
「立ち直り、よね」
 人気上昇中なら兎も角、若さとルックスを武器とした歌手が落ちるのは早い。出演交渉も困難になる場合もあるだろうし、そのまま掻き消えてしまうケースも少なくないというものだ。
「兎に角、俺達にとって紗亜弥が消えてしまうのは大きなダメージだが、TV局はそれほどでもないだろう。若く容姿の良い歌手は星の数ほどいるってもんだ。それに、他の事務所から新人のお披露目もセッティングされているらしい」
 神妙な面持ちの男に、久し振りの(?)佐武も不安の色が濃い。
「大丈夫なんスか? 菓子でも届けて来ましょうか?」
「今は会いたくないそうだ。まあ引き篭もりだからなぁ、そう簡単に面会は期待しちゃいないさ。とはいえ、紗亜弥だってコンビニ位は出掛けるだろう」
「そこで説得する訳ね」
「俺達より身近な相手の方がいい。仕事で関わった者達にメールを送ってくれないか? 家から出す協力は家族もしてくれるそうだ。強引に押し入って部屋の掃除をするのも出す手段にはなるか‥‥鍵が掛かっているそうだがな。今回は仕事というか、協力依頼だ。報酬は多めに出そう」

●糸の切れた少女
 よれよれのパジャマ姿の少女は、ベッドの上で膝を抱えながら携帯を弄っていた。カーテンの隙間から覗く外の明かりに浮かぶ艶を失った長髪が痛々しい。円らな瞳は光を失い澱んでいるようだ。
 携帯のボタンを押す度に電子音が響く部屋は、年頃の娘としては有り得ない惨状だった。ゲームソフトのケースが散乱しており、幾つかディスクが割れて床に数多の輝きを不釣合いに放っている。点けっ放しのTV画面は、ゲーム画面の『スタート』を無音のまま点滅させていた。菓子の包みやペットボトルの転がる光景が、何日も経過した惨状を物語る。
「あっ」
 紗亜弥は小さな呟きを洩らした。携帯のメールに映る文字が滲む。

 ――●●●たなら、こっちに●●いか? 芸能人なんて紗亜弥には●●だったんだよ。

 少女は力が抜けたようにベッドへ倒れ、虚ろ気な眼差しで天井を見つめた。
「あんな電話‥‥しなきゃよかった」
 思い出したく言葉を掻き消し、脳裏に少女の声が甦る。
『風邪で休んでる? だからなに? 私に励まして貰いたい訳? 紗亜弥さー、私の●●りにデ●●ーできたのよね? 私が●●●んしてるとでも思ってた訳? 何度ス●●ンダルや●●い目に合わせてやろうかって考えてたのにバッカじゃない! あんた、●●●うの噂話知らないでしょ? 男子達はね、あんた‥‥』
 親友と思っていた少女の言葉が胸に突き刺さる。
「あたし‥‥どうしたら‥いいんだろう‥いっそタケルお兄ちゃんの田舎に‥‥」

●今回の参加者

 fa0491 ハディアック・ノウル(23歳・♂・鴉)
 fa0851 高野正人(23歳・♂・アライグマ)
 fa1681 木野菜種(23歳・♀・亀)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa3161 藤田 武(28歳・♂・アライグマ)
 fa3392 各務 神無(18歳・♀・狼)
 fa4554 叢雲 颯雪(14歳・♀・豹)
 fa4768 新井久万莉(25歳・♀・アライグマ)

●リプレイ本文

●えっ?
「あ‥お久しぶりです‥。私です、夜倉紗無です‥あっ」
 夜のコンビニで紗無こと変装していたDESPAIRER(fa2657)と出会った紗亜弥は、驚愕と共に駆け出した。後姿に儚げな白い細腕を差し伸ばすが、国民的暗黒歌手として知られる為、下手に動けない。
 紗亜弥は人に会いたくないから引き篭もっていた。逃げる選択を想定していなかった事が悔やまれる。このままコンビニを飛び出されたら捜索は困難。
「ひッ!?」
 出入り口で少女は戦慄の色を浮かべた。瞳に映るのは高野正人(fa0851)と、ぺろぺろキャンディーを舐める黒尽くめのハディアック・ノウル(fa0491)。スーツとサングラスにダイヤピアスの青年は、褐色も相俟ってチンピラかヤクザだ。引き攣ったように見える笑顔は、とても押し退けて出ようとは思わせない。
「お久し振りです、紗亜弥嬢」
 ハディアックと共に訪れた正人が、線の細い眼差しを向けて微笑んだ。
「ま、正人さんっ!?」
 少女は青年に戦慄の風貌を流すと、ボサボサの髪を隠すように背中を向ける。
「(な、な、なんで正人さんが‥それに紗無さんまで)あ、あたし帰るんですっ。そこ退いてくれませんか?」
 俯きながら顔を覆い、エビの如く後ろ歩きする少女はさぞ奇妙に映った事だろう。オロオロする青年が視線を正人に向けると、細目の彼は手土産の果物を掲げて口を開く。
「風邪って聞いていたのでお見舞いに行く所だったんですよー。風邪は平気そうだけど元気が無さそうですね。気晴らしはいかがです?」
 ゆっくりと青年を見上げる紗亜弥。傍で紗無が薄く微笑んで頷く。
 ――見舞い? 風邪? そ、そっか‥所長が!?
 逃げられない。察すると少女は正人等と共に店を出た。店員の瞳に映る光景は、強面のスーツ姿と変装女も相俟って、刑事に連行されるかヤクザに捕えられた少女のようだったという‥。

 その後、あたしはボウリング場に連れて行かれ、壊滅的な腕前の紗無さんと組んでプレイしました。だって、お見舞いって家に来るって事でしょ? それに、あんな部屋‥見せられない!
「そういえば、今年ももうすぐですね‥?」
「二周年記念もかねて気晴らしに‥と思ったんですが、あまり楽しそうじゃなかったですねー」
 紗無さんが小首を傾げると、正人さんが頭を掻いて苦笑しました。ハディアックさんの奏でるトランペットの音色が公園に響き渡ります。‥なんだか、病んだ心に哀愁の旋律が染みます。
『紗亜弥さんにヤクザやらマフィアなんかに間違えられたら‥と心配でした』
 ぺろぺろキャンディーを舐めながらギコチナク微笑みましたが‥間違えてたなんて言えません。
 あたしは二人の言葉に戸惑いつつ微笑みました。でも、紗無さん達に見透かされていたんだなと思います。
「みんながみんな、友達には、なれないですけど‥。それでも‥支えてくれる仲間も、沢山、いますよね‥? 紗亜弥さんとは‥ぜひ、また、一緒に‥と、思っていますし‥辛い事も、沢山、ありますけど‥楽しい事も、沢山、ありますよね」
 あたしは紗無さんの微笑みから視線を逸らし、微笑んだ、と思います。
「た、楽しかった、の、かな? 忙しいばっかりで‥夢中になっていただけで‥」
 その時でした。正人さんが手を握ると、公園を散歩しようと言ったんです。
「一緒にこの辺ぶらぶらしてくれませんか?」
「え? でも、あたし、そろそろ帰り‥わっ!?」
 半ば強引に引っ張られて暫く無言で公園をグルグルと何度も周りました。トランペットの音色が心を落ち着かせる中、彼が口を開いたんです。
「僕はなんだかんだで今までなあなあで生きてきてますし、紗亜弥嬢が辛く思ってる事とか先が見えなくなってる苦しみとか、充分には分かってあげられません。紗亜弥嬢も初めて当たる壁だと思います」
 ‥やっぱり見透かされてる? そっか、芸能人はみんな感覚が鋭いのかもしれません。
「初めての、壁、ですか? せめてもう少し‥低かったら‥よかったなぁ」
 あたしは声が震えたけど、夜空を見上げて微笑んでいたと思います。
「だから‥初めて同士、僕にも少しでも分けてもらって、どうすれば良いか、一緒に悩みませんか? 僕は、紗亜弥嬢が嬉しい時、楽しい時だけじゃなくて、大変な時とか悲しい時とかも一緒にいさせて欲しいんです。そうやって支えたいと思う事、紗亜弥嬢にとって迷惑でないのなら」
 え!? 立ち止まって正人さんが言いました。あ、霞んで見えなく‥。
「紗亜弥嬢‥いや、紗亜弥の次の涙は、僕が拭きます。だから、これ以上1人で泣かないでくださいな」
「まさ、と、さん‥」
 あたしは微笑みながら、ゆっくりと後じさりながら伝えたんです。
「あ、あたし、実は従兄のお兄さんがいて‥そっちで暮らさないかって‥言われてるんです。そ、それもいいかなぁなんて‥ッ」
 ずるいけど、あたしは駆け出しました。涙を拭った視界にハディアックさんが映ります。
「誰か合わせて歌ってくれる方がいたらいいんですが‥」
「ごめんなさいっ」
 多分、紗無さんやハディアックさんに正人さん誤解されるかもしれないけど‥。

●その頃
「むー、変にぽっかり時間が出来ると、妙な方向に頭がいっちゃったりすることがあるのよねー。紗亜弥の場合はそれが風邪をひいたタイミングだった訳で。‥病気の時ってただでさえ気が弱りがちなんだから、変な嵌り方するとそれが致命的になっちゃうしー」
 木野菜種(fa1681)は紗亜弥宅の前で悩んでいた。豊かな胸元を抱くように腕を組み、頭の上に汗マークでも浮かんでいるかのように街灯の傍に佇んでいる。そんな中、響き渡る靴音。
「あ、な、菜種さんっ!?」
 涙の雫を散らせた少女が驚愕して立ち竦む。躊躇いながら踵を返そうとした刹那、菜種は無言で紗亜弥をぎゅーっと抱き締めた。
 ――あ、温かい‥‥あれ? 力が抜けそう‥‥。
 菜種は無言で身を離すと、背中越しに口を開く。
「待ってるわよ、紗亜弥」
 ギタリストは静かに旋律を奏でながら立ち去る。見送る中、背後に明るい少女の声が飛び込んだ。
「あ、紗亜弥さんっ!」
「風邪が長引いていると聞いて見舞いに来たのだが‥外を出られる位には良くなったのかな?」
 視界に映ったのは、叢雲 颯雪(fa4554)と、銜えた煙草の各務 神無(fa3392)。背後で、藤田 武(fa3161)が微笑んでいた。立ち尽くす紗亜弥に少女が駆け寄る。
「あのね、私、ケーキ買って来たんだ。私と神無姉の分も一緒に買ってあるからさ、一緒に食べよ♪ ぁ‥えっと‥ダメ、かな? ‥まだ具合が悪かったのならゴメンね? 今の紗亜弥さん‥辛そうに見えたから‥」
「僕もお土産に甘いケーキ買って来たよ。できたら食べてほしいな。まあ、食べ過ぎたら、僕みたいになっちゃうかもしれないけどさ」
「‥う、うん‥どうぞ」
 菜種の抱擁が無ければ逃げるように擦り抜けたかもしれない。三人は紗亜弥宅に招かれた‥。

「紗亜弥さんの部屋とか興味あったんだけどな。神無姉の部屋なんて何も無いからつまらないし」
 颯雪ちゃんが天井を見上げて言いました。み、見せられませんっ。
 神無さんがフォローしてくれた後、口を開きます。
「紗亜弥、何かあったのかい? 髪だって随分と痛んでいる。もう何日も家に籠もっているんじゃないかい?」
 うっ! す、鋭すぎですよっ。次いで颯雪ちゃんがクリーム塗れの顔を近づけ小首を傾げます。
「んと‥らしくないって言うか‥何かあったって、そんな瞳をしてるよ? 紗亜弥さんは笑っている方がずっと良いな。んと‥ドライブでも行く? 私、新しい車買ったんだ。峠攻めなんて、気晴らしには最高だよ?」
 スピード狂って言われちゃうけどね。って髪を掻いて笑いました。あたし、巧く笑えたかな?
「その気持ち‥解るよ」
 え? 神無さんはポツリと洩らした後、挫折の経験を紡ぎました。
「――そして、自分の想いの原点を忘れない様に父と同じ煙草を持ち続けている。紗亜弥の歌手としての原点は何かな? パリで彼の取材に答えた時の言葉‥私は今でも覚えているよ」
 あたしの歌の原点‥。幾つもの想いと沢山助けてもらったから、想いに応えたい‥。
『紗亜弥さー、私のかわりにデビューできたのよね?』
 ッ!!
「紗亜弥。大事な事は『如何すれば良いか』じゃない、紗亜弥が『如何したいか』‥その想いが重要なんだ。紗亜弥が後悔しないなら‥笑顔でいられるなら。如何な選択であれ、間違ってはいないと思うよ」
 あたしの選択? でも、どうすればいいのか‥。言ってしまえば聡明な彼女は答えてくれる。けど‥視線を逸らしてあたしは俯いたんです。
「自分がどれだけの事が出来るかを思い出してよ」
 武さんがビデオを写しました。映し出されたのはあたしの姿と歌声‥。
「僕としては今までの紗亜弥さんの輝いていた映像を編集したんだけど‥」
「‥なんだか、あたしじゃないみたい」
「ね、これだけは憶えていて。そして忘れないで!」
 颯雪ちゃんが可愛らしい顔に真剣さを浮かべて割り込みました。
「紗亜弥さんにそんな顔をさせる人がいる事以上に、紗亜弥さんの笑顔を望んでいる人がいるって事を。他の誰が何と言おうとも、私は紗亜弥さんを拒絶しないから。その先にどんな結果があったとしても、私は紗亜弥さんの友達だからね?」

 ――未来を再度見てほしいよ。
 紗亜弥宅を後にする中、灯りの消えている窓を見上げて武は願った――――。