えん歌だい♪/紗亜弥アジア・オセアニア

種類 ショートEX
担当 切磋巧実
芸能 3Lv以上
獣人 フリー
難度 難しい
報酬 10.4万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/25〜10/29

●本文

●ある日の脅迫
 あたしの原点‥‥。幾つもの想いと沢山助けてもらったから、想いに応えたい‥‥。
 ――想いは力になるって分かったからッ、そんな気持ちをあたしの歌声で届けられたらって!
 ――流されるままにデビューしたと思います。でも、演歌が好きですし、歌う事も大好きです。
『紗亜弥さー、私のかわりにデビューできたのよね?』
『つかれたなら、こっちに来ないか? 芸能人なんて紗亜弥には無理だったんだよ。今度、そっちに迎えに行くから一緒に田舎で暮らそう』
『私がおうえんしてるとでも思ってた訳? 何度スキャンダルやひどい目に合わせてやろうかって考えてたのにバッカじゃない! あんた、がっこうの噂話知らないでしょ?』
 少女は虚ろ気な眼差しを見開き、頭を抱えて首を横に振る。甦る声と共に脳裏に浮かぶのは、見舞いとして会いに来てくれた人たち。
「どうしたらいいんだろう? やっぱり、聞けば良かったかな? でもっ!」
 携帯が何処かで聞いたようなリズミカルな音色を鳴らす。紗亜弥は躊躇いながら応じた。
『紗亜弥ー? 私、麻耶よ。あ、魔阿耶って呼んでくれる?』
「な、なに? マアヤって‥‥」
『私ね、やっとデビューが決まったの♪ えん歌だい♪ 知ってる? そこで演歌歌うのよ☆』
「‥‥そ、そう、おめでとう」
『なあに? あんたも出演するんでしょ? ね、お願いがあるんだ♪ 紗亜弥本番で●●●いしてよ』
「えっ?」
『う●わ●●で突っ●ってて●しいの☆ あん、●たっ●も●いわよ? その代わり、出演者やスタッフに何かあっても知らないから♪』
「それって‥‥どういう意味?」
 動揺した紗亜弥の声に少女は微笑む。
「言っちゃ駄目よ? 本番前に大変な惨劇になっちゃうかもよ♪」
『もしもし? 麻耶ちゃん?』
 少女は電話を切ると、長い金髪のツインテールを解き、衣服を床に滑り落とす。
「勿論、危険なのはあんたも、ね」
 薄い膨らみの胸元に刺青のようなものが浮き上がっていた――――。

●魔阿耶
 壮年の男は煙草を咥えたまま呆然とする。瞳に映るのはゴシックロリータ調の衣装に包まれた金髪の少女だ。ニッコリと微笑んだ魔阿耶が口を開く。
「この度、ご一緒させて頂く新人の魔阿耶でーす♪ ご挨拶に伺いましたー」
「ま、まあや? やけにストレートなぶつけ方をするプロダクション様だな。ユニットでも組ませようって気もなさそうじゃないか?」
「紗亜弥の事ですかー? 私はどっちでも構わないですけどー。それより所長さん、紗亜弥とやっちゃいました? 大人しくて馬鹿っぽいしー、顔と身体も悪くないから手ぇ出したんでしょ?」
「‥‥な、なん‥‥で」
 事務所に沈黙が過ぎる。慌ててハイヒールを響かせたのはクリスティだ。
「ちょっと所長! まさか? 紗亜弥は未成年ですよ? それにあなた、挨拶の割に喧嘩売っているように見えるけど、弱小プロダクションだからって嘗めない方が良いわよ」
 男がブルブルと首を横に振る中、少女が仰け反るように高い声で笑う。
「いやですよー、じょしこーせーの軽い世間話じゃないですか? おばさん」
 クリスティ撃沈。所長はニヤリと微笑んだ。
「なるほど、胸がツルペタで幼児体型だから嫉妬してる訳か? さぞデビューまでの道程も背徳的だったんじゃないのか?」
「なっ‥‥す、少しは」
 壮年の男は溜息を吐きながら魔阿耶に宣戦布告。幼児体型を気にしているのか、少女は返す言葉もなく『うー』と唸りながら愛らしい風貌を真っ赤に染めた。所長は不敵な笑みと共に瞳を研ぎ澄ます。
「残念ながら紗亜弥は娘みたいなものでね。それに影響の悪そうな娘とは友達にしてやる気もない」
「ふ、ふんッ。まあいいわ。学校には噂が流れてるもの♪ 登校してたら大変な目に会うかもねー」
「キミが紗亜弥の引き篭もりの原因って訳スか」
 佐武が太い腕をデスクに叩き付け腰をあげる。最後の登場だ。
「あら? 私は聞いた噂を教えてあげたのよ? 感謝して欲しい位だわ☆ それじゃ、本番まで宜しくお願い致します♪」
 険悪な空気を残し、何度も頭を下げるマネージャーと少女は出て行った。
「紗亜弥の曲を作ってくれる者を募集するとして‥‥人知れずその噂が嘘って事を何とかしてくれる者もいれば助かるな。問題は学校内で収まっている所か‥‥」
「TVで公表したら悪戯にマスコミの興味を惹くわね。でも、あの娘リハーサルに来てくれるかしら? 説得は出来たようだけど‥‥」


・『えん歌だい♪』出演者募集
 番組が課題とするものでオリジナルの演歌を歌って頂きます。
 今回のテーマは最終回に因んで『出会いと別れ』。唄う順番を決定させて下さい。

・魔阿耶デビュー曲の協力者募集。
 いなくても問題はありませんが衣装位は用意してあげて下さい。

・『えん歌だい♪』裏方募集
 舞台演出、衣装、メイク、大道具、司会など。及び、紗亜弥の作詞作曲及び協力者を募集します。

・サポート:学校の噂(推測するに紗亜弥は躯で仕事を得ていた)を何とかして頂けると助かります。直接番組には関われませんが、多少は出番があるかもしれません。

●今回の参加者

 fa0851 高野正人(23歳・♂・アライグマ)
 fa1681 木野菜種(23歳・♀・亀)
 fa2346 アドリアーネ・ロッシ(30歳・♀・狸)
 fa2472 守山千種(19歳・♀・ハムスター)
 fa2657 DESPAIRER(24歳・♀・蝙蝠)
 fa3161 藤田 武(28歳・♂・アライグマ)
 fa4135 高遠・聖(28歳・♂・鷹)
 fa4768 新井久万莉(25歳・♀・アライグマ)

●リプレイ本文

●迎え?
『サーァーヤー、あっそびまショー‥‥じゃなくって、一緒に行きまショー☆』
 外から陽気な声が聞こえたんです。ドアをノックしたお母さんも「お友達が迎えに来たわよ」と知らせてくれました。あたしはベッドから離れ、半信半疑でカーテンを開けると窓から階下を覗きます。
「あ、サーヤー、ワタシよー☆」
 波打つ金髪を泳がせ、和服姿のアドリアーネ・ロッシ(fa2346)さんは青い眼差しを和らげ手を振りました。
 えぇっ!? アーネさんっ!? どうして‥‥。
「マダ着替えていないノー? はやく支度ナサイヨー」
 こ、声が大き過ぎますっ。窓を開けていないにも拘わらず、発声が良いだけによく通りました。こ、このままじゃ降りて来るまで呼び続けるようで不安です。
「サーァーヤー、マダー?」
 やっぱり呼んでるッ! しかも容姿は十分大人の淑女なのに、どうして子供みたいな‥‥。呼ばれる方も恥ずかしいけど、アーネさんを見る他人の目が気になりますっ。
 あたしは着替えを済ませ、慌てて玄関のドアを開けました。 
「ハァ、ハァ、お、お久し振りです‥‥。どうしたんですか? こんな早朝から‥‥? あんっ」
 たおやかな身のこなしでアーネさんは近寄ると、突然抱擁に包み込み、それから手を握って引っ張ったんです。不意を突かれたあたしが戸惑う中、開かれるタクシーのドアが映りました。青い瞳が微笑みます。
「えん歌だいの打ち合わせじゃナイノー♪ さ、行きまショー☆」
「ま、待って下さいっ! あたし未だ用意してないしッ‥‥きゃんッ」
 アーネさんは強引にあたしを車内に押し込めると、肉感的なお尻から入り、更に圧迫させながら隣で満面の笑みを朗らかに浮かべました。反対のドアはロックされているようで開きません。
 さながら誘拐じゃないですかっ? って、お母さんッ、玄関前でお辞儀なんかしてっ‥‥。
「出して下サイ♪」
 こうして、あたしは半ば強引に打ち合わせへ向かう事になったのです――――。

「‥‥元気ないわネ、お仕事自信ナクなった?」
 車内でアーネさんが小首を傾げました。そっか、あたしの今を知らないんだ。何から掻い摘んで話そうか困惑すると、遠くを見つめるような眼差しで再び唇を開いたんです。
「ワタシもね、前はヨク営業先で落ち込んだりシタノ。日本人じゃナイから演歌は無理だとか、酷いと水を掛けられたりネ」
 クスリと微笑み話してくれました。そっか、アーネさんでも落ち込んだりするんだ。
「水を? ‥‥そんな事されちゃったら、あたし立ち直れないかも‥‥強いんですね」
 だって、笑みを浮かべながら話せちゃうんだから‥‥。羨ましいなあ。
「強イ? そうじゃナイのヨ? デモ、どんなに辛い思いをしても、自分の気持ちに素直でいたいから。だからワタシは心のままに歌い続けるノ。サーヤは? これからもずっと演歌を愛していきたい?」
 ――心のままに歌い続ける‥‥。演歌を‥‥愛していきたい‥‥?
「どうかな? よく分からなくなっちゃったんです‥‥」
 あたしは青い瞳から逃れるように窓へ視線を流すと、自嘲気味に微笑みました。だって、答えちゃったら‥‥アーネさんに嘘をつく事になっちゃう‥‥。呆れられてもいい。嫌われても仕方ないよね。
 でも、アーネさんは何も訊ねたりしませんでした‥‥。

●学校の噂
 アドリアーネと紗亜弥が辿り着く前、今回の仕事に関わる者達はテーブルを囲んでいた。
 幸い魔阿耶も未だ来ていない。紗亜弥の所属事務所に詳しい話を聞いて来た新井久万莉(fa4768)は、白のやぎジャンに包まれた腕を組み、眼鏡の奥で円らな瞳を研ぎ澄ます。
「所長の話だと中々いい性格みたいだけど、あのくらいは反抗したい年頃ってものさね。ただ、友達の醜聞でっちあげるのは感心しないね」
 対策は紗亜弥が躯を使って仕事を得ているという噂の件と、今回デビューを果たす魔阿耶に関して進んでいるようだ。皆、視線を落として神妙な顔色を浮かべている。
「紗亜弥さんがしっかり舞台復帰できるように目指したいよ‥‥」
 静寂の中、小太りな身体にベストを羽織った藤田 武(fa3161)は、背中を丸めて頬杖を突きながらポツリと呟いた。何か閃いた高遠・聖(fa4135)が、肘を突き手を組んでいる精悍な風貌をあげる。
「つまり、噂は学校内、と言う事だな? これでもカメラマンだ、俺が何とかしよう」
「ね、えん歌だい♪ の収録を学校で中継するってどうかな? 精一杯歌う紗亜弥の姿を見れば悪い噂も消えると思うんだよね」
 久万莉が茶のポニーテールに弧を描かせ、人差し指をあげながら提案した。聖は茶の前髪を掻き上げ、不敵な笑みを浮かべる。
「分かった。交渉のプランに組み込んでおこう。そんな訳だから、仕事的には外野だな。魔阿耶と番組の進行は任せ‥‥ッ」
 カーキー色のGGを羽織った青年が腰をあげた刹那、ドアをノックする音が響くと、羽織着物姿の守山千種(fa2472)が眼鏡に浮かぶ瞳を和らげニッコリ微笑んだ。
「どうぞ☆」
「お久し振りデース♪ そして初めましてー☆」
 ドアを開けてアドリアーネが室内に飛び込むと、そのまま立ち上がっている聖に抱擁を食らわす。動揺を浮かべるものの、肉感的な歓迎は悪いものではない。彼女は次々とハグを交わし再会に喜びを弾けさせた。チャイナドレスに肉感的な肢体の起伏を浮かばせる木野菜種(fa1681)が、開け放たれたままのドアにふと視線を流し、声を響かせる。
「紗亜弥!?」
「‥‥えっと、ふ、ふつつかものですが宜しくお願いします‥‥」
 首を竦めて視線を落としたまま佇む少女に、カメラマンが近付く。紗亜弥が上目遣いで視線をあげる中、青年は自己紹介を済ますと続ける。
「噂について所長に聞いた。何というか‥‥年相応に程よいバランスが一番。土偶や埴輪は敬遠したいね」
「‥‥はあ」
 何を言っているのか分からず半信半疑に返すと、聖は髪を掻き上げ苦笑した。
「まぁ俺の好みは兎も角。四知って知っているか?」
「‥‥しち? ですか? えっと、お金を貸してくれる所‥‥」
「世間をうまく欺けても、自分自身は欺けない。逆に言えば、自分自身に誇れるものがあれば、どんな風当たりにも堂々として良い。そんな風に覚えていてくれればいい。だからそう弱気になりなさんな。紗亜弥嬢」
「あ、はい‥‥有り難う、ござい‥ます」
 ポンと肩を叩いて通路へ出てゆく後姿を、少女は暫く呆然と見送っていた。
「あの‥‥お仕事の方じゃ‥‥あっ」
 ゆっくりと室内に視線を流し、紗亜弥は戸惑いの声を洩らす。瞳に映るは、夜倉紗無ことDESPAIRER(fa2657)や高野正人(fa0851)だ。見渡せば千種を始めとした馴染みの顔ぶれが多い。
「お久しぶりでこんにちはです☆ お仕事‥‥最後まで頑張りましょうね!」
 ――あたし、帰って来た、のかな?
 瞳が潤み、頬が熱くなるのを少女は感じていた。
 しかし、喜びは暫くした後に訪れる存在により、掻き消える事となる事を未だ知らない‥‥。

●ふーん、この人たちなんだ♪
 私はえん歌だいの打ち合わせに参加する為、ノックしてからドアを開けたわ。
「失礼しまーす☆ この度、ご一緒させて頂きます魔阿耶です。あ、紗亜弥じゃない♪」
 ふふ、動揺してる♪ 私は紗亜弥に駆け寄り、両手を握って喜びを示す。
「久し振りね! 最近TVに出ないから心配してたのよ。あ、この娘とは同級生で友達なんです」
「えっと‥‥友達の、ま‥魔阿耶、です」
 なぁに? 久し振りって言ったのに‥‥まるでデビュー知ってるみたいじゃない。ったく、相変わらず馬鹿よね‥‥。きゃっ!? なに? 金髪の女性が突然抱きついて来たの。ハグってやつ? ってゆーか、胸に押し潰されそーなんだけどっ。
「ハァハァ‥‥。ふーん、外人さんでも演歌唄えるんですねー。あ、でも髪を染めないのは珍しさをアピールする受け狙いですか?」
 アドリアーネって人に訊ねながら紗亜弥の顔色を窺うのが狙い☆ あの娘、顔に直ぐ出るから分かり易いのよねー。って、この外人なにニコニコと微笑んでるのよ?
「新人サンがそんな態度してちゃ嫌われちゃうワヨ、めっ」
「んきゃッ、ごめんなさい!」
 ううっ‥‥まさかオデコを突いて来るとは予想外だったわ。‥‥ん?
「‥‥夜倉紗無です‥‥よろしく、お願いしますね‥‥?」
 な、なに? 怖っ! てゆーか暗っ! 夜倉? 関わり合いたくないタイプだけど仕方ないわね。
「有名になると二つ名が貰えるんですね。でも、何か名前きもくないですか? 幽霊みたいですよ」
 紗無がニヤリと寒気のするような笑みを薄く浮かべたの。
「‥‥そう思って頂ければ本望です」
 ひいぃぃッ、どんな演歌を唄うのよ。あら? 今度はマトモそうなお姉さんみたい。
「私は魔阿耶の衣裳を担当させてもらうね。よろしくー」
 新井って若い女性が自己紹介したわ。え? 私だけ?
「そんなっ、私専属ですか? 紗亜弥や他の皆さんは?」
「紗亜弥や他の皆さんは僕が担当しますー」
 高野って細目のおじさんが答えたの。頭にタオル巻いてるツナギ姿は、見るからに裏方ね。あら? 紗亜弥、名前を口にされた時にビクッとした?
「えー? 私も細目のおじさんに衣装つくって貰いたいですー」
「お、おじさん、ですか?」
 両手を組みながら顔を覗き込んで甘えてみたけど‥‥。若いの? ちょっと失敗しちゃった? 彼が困惑気味に頭を掻く中、私の衣装担当が再び口を開いたの。
「いいのかなー? 衣装合わせって採寸計るから裸みられちゃうわよ?」
「裸!? 紗亜弥はどうなのよ? それに女性が多いじゃないっ! 紗亜弥、高野さんの前で脱いだの?」
「え? そ、そんな‥‥こと」
「お馬鹿さんよねー。あなた新人でしょ? データが必要なだけよ。私に任せなさい」
 なんか嘘っぽいけど、まあいいわ。
「紗亜弥、曲の打ち合わせをするわよ。どうしたの? いらっしゃい」
 チャイナドレスの女性がソファーから腰をあげて紗亜弥を呼んだの。ふふ、あの娘、動揺してるわ。それにしても‥‥なに? 自分のボディーラインを自慢してるつもりかしら? 
「え? 菜種さんが‥‥あたしの曲を?」
「‥‥いつもの事でしょ? 今まで以上にいい曲を紗亜弥に提供してあげなくちゃね☆」
 ちょっと紗亜弥、こっちに困ったような視線を流さないでよっ。
「行きなさいよ。あたしは衣装合わせするから♪ 新井さん、宜しくお願い致しまーす☆」
「ん、じゃあこっち来て服を脱いでくれるかな?」
 し、仕方ないわね。私は指示されたように彼女の前に立ったわ。
「す、素直ね。あら? 刺青?」
「いやですよー。これシールなんです。知りませんか? 学校で流行っているんですよ」
「‥‥本当にー?」
 ジロリと私の顔色を覗き込んだわ。どうやら無知って訳じゃなさそーね。
「駄目なら本番前まで剥がしますけど‥‥着物ですよね? 見えませんよね? 貼ったばかりなんですー☆ お願いしますっ」
「そ、そうね。演歌だから着物のつもりだけど‥‥。いいわよ、このままで‥‥」
 普通はそうよね。それでも触れられないか気をつけたけど‥‥。我ながら見るに耐えない胸元だわ。

●不安を解くものは‥‥
 衣装や大道具の準備が進む中、出演者達のレッスンも熱を帯びてゆく。
 菜種は何時ものように獣化で仕上げた曲を紗亜弥に渡し、ギターを携えながら説明する。
「まず歌詞の内容ね。出会いはいつか訪れる別れの時への歩み。立ち止まっても何しても、避けることは誰にも出来ない。けれど出会えたこと、一緒に歩んだ日々の全てが糧となり、また新しい出会いに繋がってゆく。嬉しいことも、悲しいことも、全て。夜が明けて、また新しい朝が訪れるように――別れを経て少女は1つ大人になる。‥‥と、こんな感じね。‥‥聞いてる?」
「‥‥えっ? ご、ごめんなさい」
 少女は未だ何かに迷っているようだった。ギタリストの女性は軽く溜息を吐き、チャイナドレスの腰をあげる。
(「紗亜弥があれこれ悩んだりしてるのも最終的には糧になってくれたらいいんだけど‥‥」)
 歌詞を見つめたままの紗亜弥へ近付くと、身体を引き寄せ、ぎゅーっと力強く抱き締めた。
「あ‥‥な、菜種さんっ」
「紗亜弥、歌うことが好きなんでしょ? だったら、何も考えず全力で歌いなさい。今のあなたのその想い、皆にしっかり聞いてもらうといいわ」
 ――あたしの‥‥想い‥‥。
「だ‥‥だめなん‥‥ッ!」
 少女は慌てて声を止めた。菜種は彼女を抱き締めたまま、耳元に語り掛ける。
「何が駄目なのかしら? あたしに隠し事してない?」
「ち、違うんですっ! 隠し事なんて‥‥だめじゃ‥‥なくて‥‥わ、忘れて下さい‥‥」
 ビクンと少女の身体が弾けた事を密着させた肢体は感じた。紗亜弥が声を殺して嗚咽を洩らす中、再び安心させるように囁く。
「噂なら、彼を信じなさい。あたしが紗亜弥の傍に居て、いつでも盾になって護るから」
 暖かい温もりの中で一頻り泣いた後、少女は歌い始めた――――。

 ――刻は平穏に流れてゆく。
 暫く歌っていなかった紗亜弥が感覚を取り戻すのは大変な事だった。それでも、少女は自分の歌を取り戻すべく、菜種のレッスンに費やする。
 その頃、DESPAIRERは密かに行動していた。獣化できる状況を予め打ち合わせ、『知友心話』で久万莉に精神会話を試みる。
『胸元の刺青を隠すかと思ったんだけどね、予想外だったよね。『筈透過金瞳』で確認したけど、あの刺青は本物らしいよ。DSの可能性は高いわ。でも、約束してくれるかな?』
 この情報は仲間達に伝えられた。続いてDESPAIRERは紗亜弥に近付く。
『‥‥紗亜弥さん、聞こえますか? 探さないで下さい。心で言葉を紡いで‥‥』
『紗無‥‥さん?』
『誰にもこの会話は聞こえません‥‥何があったのか、教えて頂けますか?』
 少女は迷った。でも、聞かれないなら‥‥楽になりたい。紗亜弥は脅されている事を告げた。
『でも‥‥変に警戒しないで下さい‥‥あたしが本番まで黙っていれば‥‥』
『‥‥分かりました。何か細工をしたり邪魔するだけでしょう? 私達は大丈夫ですから‥‥』
 事態は順調に進んでいるかのように見える。しかし、この依頼に関わった者にとって最大の問題点は、ダークサイドやナイトウォーカーに精通している者が少ない事かもしれない。

 ――行きなさい!
 揺らぐ視界が深夜の通路を飛んでゆく。捉えたのは肉感的なチャイナドレスの背中だ。セミロングの黒髪が揺れる中、風を切るスピードで羽音が柔肌に迫る。
「なに? うあぁんッ!」
 背後から首に激痛が迸り、菜種は悲鳴をあげて床に崩れた。苦悶の色を浮かべながら辛うじて視界に捉えたのは、甲殻に覆われた小さな虫のような姿。凶悪そうな顎が赤く染まっている。
「ナイト、ウォーカー!? んあッ!」
 菜種は尚も洗礼を与えられながらもドアを開けて身を転がすと、亀に獣化して強固な甲羅に身を庇う。暫くすると羽音が消え、彼女は獣化を解くと床で倒れた‥‥。

「菜種さんっ!」
 悲痛な声を響かせ、医務室のカーテンを開けたのは紗亜弥だ。半獣化で『超回復力』に努めてベッドで横になるギタリストが微笑む。
「大丈夫よ。3時間も安静にしていれば治るわ☆ そんな顔しないでよね」
「な、何があったんですか? 紗無さんっ、か、かの‥‥」
 DESPAIRERに縋りつく少女に菜種が口を開く。
「ちょっと疲れただけよ。通路で倒れちゃったの‥‥」
 彼女も『知友心話』で事情は聞いていた。ミスがあったとするなら、勘付かれずに魔阿耶を監視できない事だったかもしれない。

●えん歌だいオンエアー
 ステージが照らされ、雪国の漁港町風な景色が浮かび上がる。武の演出コンセプトで描かれるは、ぎりぎりの生活が漂う雪国ならではの厳しい人情だ。旅情的なセットが、旅立ちの似合いそうな雰囲気を醸し出す。
 裏腹にスポットライトを浴びて姿を見せた若い娘は、秋を匂わす紅葉柄の着物に包まれていた。司会を担う千種が、絶やさぬ笑顔に華を咲かす。
「秋と言えば何を思い出しますか? 私の秋と言えば‥‥やはり味覚の秋でしょうね〜♪ 栗を使ったお菓子が大好きなんですよ〜☆ 後は、やはり秋刀魚でしょうかね? 七輪の上で焼かれた秋刀魚が‥‥いけないいけない‥‥つい、夢中になってしまいました☆ でも、秋が去れば寒い冬がやって来ます。今回の課題は出会いと別れ。この『えん歌だい♪』も冬篭り。それでは、唄って頂きましょう。アドリアーネ・ロッシさんで、曲は『冬ごもり』です」
 前奏が流れる中、スポットライトに照らされた金髪の淑女がステージ中央へ向かう。アドリアーネの希望を汲んで正人が作成した着物は、襟や袖に動物のような毛皮をあしらった飾りが施されていた。彼女は半獣化しており、狸の耳と尻尾を晒していたからである。不自然に映らないよう配慮した訳だ。
 青い瞳を照明に輝かせ、日常会話とは異なる流暢な日本語が紡ぎ出されてゆく。よく通る歌声が表現するは、冬が近づき冬眠が迫った動物達の、暫しの別れと再会の誓い。たおやかな微笑みと共に、周囲に見えない『和気穏笑』の和みオーラが波紋のように広がった。舞台はTV視聴を重視する為、広い訳ではない。2番手として端で待つ魔阿耶や、ステージを見つめる紗亜弥等に穏やかな波動が伝わってゆく。動揺したのはポニーテールの少女だ。
(「な、なに? これって彼女の歌が放つ力? それとも半獣化の‥‥」)
 歌い上げたアドリアーネがお辞儀をしてステージを降り、出番を控える魔阿耶に微笑む。
「さ、新人サン、初ステージ頑張ってネ☆」
「わ、分かってるわよっ‥‥」
 千種の紹介が終わり、久万莉の作成した衣装に身を包む魔阿耶がステージにあがった。アドリアーネの解き放った能力は、抗戦的な雰囲気や緊張を緩和する。その甲斐あってか、少女の初ステージは問題なく幕を閉じるに到った。若さも伴い、紗亜弥と異なる雰囲気を放つ少女は関心を得られた事だろう。活躍は今後の努力次第かもしれない。
「TV初登場の魔阿耶さんでした☆ 続きましては、僭越ながら私が歌わせて頂きます」
 司会の流れから歌手へと大和撫子は切り換わる。絶対音感で紡がれる歌声は、秋っぽいしんみりとした感じを漂わす曲を歌い上げた。お辞儀の後、微笑みと共に司会へ戻る。
「続きまして、国民的[暗黒歌手]の夜倉紗無さんで、『愛別離苦』です」
 淡く暗めなスポットライトに、悲壮感の漂う風貌の若い女性が浮かび上がった。汚くならない程度に括れた様にシックな着物に包まれた紗無は、ゆっくりとした足取りでステージに立ち、歌を紡ぐ。

 ――出会ってしまえば必ず別れがくる。そのことは当然わかっていたはずなのに。
 別れがこんなに辛く苦しいのならば、はじめから出会わなければよかったのに――――。

 その歌声は、悲しみと後悔と絶望を鬱々と表現した、救いの皆無な歌詞だった。噂では、『ソロライブを開催した場合、帰りに集団自殺が起きかねない』とまで評された完全暗黒モードらしい。
 リハーサルでも聴いていた魔阿耶だが、本番は数倍の悲壮感を漂わせた。
「じ、冗談じゃないわ‥‥順番が逆じゃなくて良かった。残念ね、紗亜弥? 尤も、演出としては丁度いいかもね。いっそ舞台で胸でも刺してみたら?」
 少女達は小さな声で会話を交わす。紗亜弥は俯いたまま躊躇いがちに呟く。
「‥‥あ、あたしが歌わなければ‥‥何も起こらないのよね?」
「そうよ。あんな脅しじゃ済まさないわよ?」
「脅しって‥‥まさか、菜種さんを‥‥」
「無事だったでしょ? どーせ歌わないんだから良いじゃない。あ、終わったみたいね」
 圧倒された会場を後に、戻って来た紗無が薄く紗亜弥に微笑んだ。
「ちょっと遣り難い空気を作ってしまいましたね‥‥」
「い、いいえ‥‥凄かったです。それじゃ、あたし‥‥」
 華美にならない落ち着いた雰囲気を醸し出す着物に身を包む、結い髪の少女がステージへ向かう。曲のイメージから正人が作成した衣装は、少女から一つ大人となる段階を示す演出だ。回復した菜種が奏でるギターの旋律が前奏を響かせてゆく。
「‥‥」
 紗亜弥の声は聞こえなかった。ギタリストは慌てて前奏を繰り返す。舞台の影で、いつでも飛び出して庇えるよう半獣化した正人や武が息を呑んだ。司会を務める千種が僅かに動揺を浮かべる。しかし、学校に中継されている以上、急に幕を閉じる訳にはいかない。アドリアーネがステージの前からオーラを放ち見守る。

 ――サーヤ‥‥。
 ――紗亜弥さん。
 ――紗亜弥。

 紗亜弥さん、歌って下さい! 私が何も起こさせません――――。 

 DESPAIRERの精神会話が響く。
 脳裏を過ぎる様々な言葉が甦る中、少女は菜種に振り向き、眼差しに光を取り戻し頷いた。
(「紗亜弥、分かったわ!」)
 ギタリストは曇った表情に華を咲かせ、演奏を変化させる。
 紗亜弥は瞳を閉じると、マイクを唇に運んだ‥‥。

●決着
「えっ? あの娘、どうして歌っているのよ!?」
 魔阿耶は動揺を露に浮かべて唇を噛み締めた。淡々とした旋律が流れる中、紗亜弥の歌声が引き立つよう菜種が構成した歌が紡がれてゆく。音を極力薄くしており、歌声を前面に出した曲だ。
「このサイズならTVカメラに映る心配はないわ! 歌声を悲鳴に変えてあげる」
 ツインテールの少女は邪悪な笑みを浮かべて胸の刺青から凶悪な昆虫を浮遊させる。刹那、背後から響いたのは陰鬱な声だ。
「‥‥これで証拠が揃いましたね」
 弾けるように振り向き身構える魔阿耶の瞳に、チスイコウモリに半獣化したDESPAIRERの姿が映る。ツインテールの少女は苦渋の色を浮かべ、ナイトウォーカーに指示を飛ばす。
「余計に薄気味悪くなって!」
 極小の昆虫が羽音を鳴らして迫る。獣化しても追い着けない程のスピードだ。
「‥‥これなら背後から襲えば有利ですね。でも、狙っているのが私と分かれば」
 暗黒歌手は漆黒の翼を広げると、聞こえない声の波動で衝撃を叩き込む。サイズが小さい昆虫型は体力と生命力も貧弱だ。『攻律音波』の洗礼を浴び、衝撃に吹っ飛ぶ。
 紗亜弥の響かせる歌声は、サビに向けて次第に盛り上がりを見せてゆく中、ステージ影の戦場に新たな人影が駆けつける。
「もう観念したらどうだ? 嬢ちゃんの流した噂も効力は無いぞ」
 薄暗い視界に浮かび上がったのは、裏工作に労力を注いでいた聖だ。青年が不敵な笑みを浮かべる。
「『演歌界の新星』って取材で嬢ちゃん方の学校を訪ねてな。話し好きな子を茶店に誘ってパフェでも奢りながら聞いて来た。ついでに俺のネタ帳を忘れて来てしまってな、今頃新鮮な芸能人のネタに話題を咲かせているだろうさ。勿論、親身な子には紗亜弥嬢の噂が根の葉も無いと伝えた」
「噂? 私が流したんじゃないわ! それよりナイトウォーカーが現われたのよ! いま、紗無さんと‥‥」
 一瞬動揺を浮かべたものの、魔阿耶は食い下がった。完全にナイトウォーカーは支配下にある為、証拠は暗黒歌手が言うほど揃っていない。青年は髪を掻いて溜息を吐く。
「もうやめろ。芸能記者のパイプラインを甘く見るなよ。なんなら、WEAに報告だって出来るんだぜ? 戦闘のプロは非情だぞ」
「私は何も知らないわ! そんな証拠‥‥あ、久万莉さぁん」
 少女は現われたポニーテールの娘に救いの声をあげた。久万莉は魔阿耶を受け止める。
「どうしたの? そろそろ紗亜弥の歌も終わる頃よね」
「え? ひゃんッ!」
 アライグマに半獣化した刹那、久万莉は少女の衣装を掴み、横薙ぎに切れ端を毟り取った。乱れた合わせから刺青の消失した胸元が覗く。
「いやッ、何するのよ!」
『‥‥あ、あたしが歌わなければ‥‥何も起こらないのよね?』
『そうよ。あんな脅しじゃ済まさないわよ?』
『脅しって‥‥まさか、菜種さんを‥‥』
『無事だったでしょ? どーせ歌わないんだから良いじゃない』
 流れたのは密かに交わした会話だ。ICレコーダーを再生させ、久万莉が哀切な眼差しで見つめる。
「衣装に縫い込んでいたのよ、ただの生意気な娘であってくれれば一番だったんだけど‥‥!」
 瞬時に猫へ獣化した魔阿耶がICレコーダー強奪に転じた。久万莉に爪を薙いだ刹那、彼女の姿は水の如く湾曲して水滴を散らせてゆく。少女が戸惑う中、『身代水形』で逃げたポニーテールの娘が遠くで苦笑する。
「冗談じゃないっ、そう簡単にいかないわよ。ね、もう諦めてよ」
「‥‥ふふ、私、泳がされていたんだ‥‥。あーあ、歌も終わっちゃった‥‥」
 瞳に映る紗亜弥がマイクを下ろしてお辞儀する中、魔阿耶は獣化を解いて観念したように薄く微笑んだ。

●フラグって知ってます?
「皆さん、色々とご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!」
 ペコリと頭を下げる中、武が子犬のような眼差しを和らげる。
「再び羽ばたいてくれて嬉しいよ。紗亜弥さんには笑顔が一番♪ 新たに生まれ変わった紗亜弥さんを見せて欲しいな」
「有り難うございます! あれ? 麻耶は?」
 紗亜弥がステージから戻ると、魔阿耶は既にいなかった。
 割と単純な少女を言い包めるのは容易であり、久万莉は魔阿耶がDSと知られないよう努めたのである。
「‥‥ヘビーな出会いと別れだね」
 屋上で佇む紗亜弥と正人の後姿を見守りながら苦笑した。そんな中、細目の青年はようやく伝えたかった言葉を紡ぐ機会を得る。今回は状況が交錯するだけに、なかなかタイミングが見つからない。
 惚れた女性の為に身一つくらい張らにゃ男が廃りますもん。と覚悟を決めていた訳だが、魔阿耶の標的は一番親しそうに窺えた菜種に絞られたようだった。彼は今回あまり紗亜弥と言葉を交わしていない。
「紗亜弥は色々心配しすぎです。僕らは望んで紗亜弥の力になりにきてるんすよ。だから、僕らの事を気にするなら自分の力を発揮してください。変な噂を吹き飛ばす位の力が紗亜弥の歌にはあると思ってます‥‥ついてきますから、頑張って」
「ついて‥‥く?」
 ――どうして? あたしのこと‥‥どんな風に思っているの? もっと他に‥‥。
 少女は小首を傾げると、正人から視線を逸らす。
「‥‥高野さん、フラグって知ってます?」
「はあ? 旗、ですか?」
「違いますッ! イベントを発生させたり、好感度が上昇したり‥‥もう、いいですよっ」
 紗亜弥が頬を膨らますと、青年は困惑気味に頭を掻いた。ゲームの事と察するが何を言いたいのか? 
 暫しの沈黙が過ぎると、少女は背中を向けて腰の後ろで両手を組む。
「従兄が来ていたんです。あたし、これから田舎へ連れて行こうとするお兄さんに返事しなきゃ駄目なんですよ。だから、トゥルーエンドじゃないけどバッドエンドでもありません」
「‥‥それって、どういう意味でしょうか?」
 紗亜弥はピョンと跳ねながら踵を返すと微笑んだ。

 皆さん、ふつつかものですが、これからも宜しくお願いします――――。