舞台裏の美術室アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 霜月零
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/29〜11/02

●本文

「ちょっとちょっと! これはいったいなんの冗談よ?!」
 春日部小劇団のはえぬき女優、葛西由紀乃は目の前の惨状に台本を壁に叩き付ける。
「由紀乃さんっ、僕たちにもちっとも分からないんです。朝着たらこんな状態に‥‥」
「言い訳は結構よ! こんな状態じゃ一週間後の劇は無理ね? あたしは帰るわよ。じゃあね!」
 ふんっと踵を返して、ほかの団員たちがとめるのも聞かずに去ってゆく由紀乃。
 がっくりとうな垂れる団長。
 一週間後。
 地元の春日部の小学校で劇をする予定だったのだ。
 ギャラも大して良くないし、エキストラとはいえ映画にも出演したことのある由紀乃にとってはくだらない仕事だったのだろう。
 小学校での劇の話が出たときから『何でこの私がそんなガキどもの相手をしなくちゃならないのよ!』と由紀乃は乗り気じゃなかった。
 けれどこの小さな劇団では一番華のある女優だし、何とかかんとか宥めすかして今日までやってきていたのだが‥‥。
 団長は、無残にもぼろぼろになっている舞台設備を見つめる。
 あともう少しで完成するはずだったベニヤ板に描かれた舞台背景は、修復不可能なほどにボッキリと折れ、衣装はぼろぼろに引きちぎられていた。 
 このままでは一週間後の劇は確実に無理だ。
「子供たちが楽しみにまってくれているのに‥‥そうだ! だれか、美術関係の知り合いはいないか? 絵や裁縫が上手ならこの際ド素人でもいい。とにかく人手が足りないんだ、手を貸してくれ!!」

●今回の参加者

 fa0126 かいる(31歳・♂・虎)
 fa0169 最上さくら(25歳・♀・狐)
 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0521 紺屋明後日(31歳・♂・アライグマ)
 fa0528 都築敦也(20歳・♂・竜)
 fa0833 黒澤鉄平(38歳・♂・トカゲ)
 fa1501 束佐・李(22歳・♀・牛)
 fa1763 神流木 叶(15歳・♀・リス)

●リプレイ本文

●ぼろぼろの舞台道具
「しっかし、誰がやったんだか‥‥酷えもんだな」
 春日部小劇団に助っ人にやってきたヘヴィ・ヴァレン(fa0431) が折られたベニヤの背景を手にとって眉を顰める。
「衣装もボロボロか‥‥イタズラにしちゃ悪意がたっぷりだな。誰だか知らないがこのやり口は気に入らないね」
 黒澤鉄平(fa0833) も冷静を装いつつ、あまりの酷さに怒りが言葉の端々に現れている。
「ヘヴィ君、私の荷物はありますか?」
 ボロボロの衣装を何点か手に取り、損傷の具合を確かめている束佐・李(fa1501) 。
「おうっ、束佐の荷物ならもう隣の部屋に運び込んであるぜ」
「そうですか、ありがとうございます。損傷がここまで酷いとなると、この服を直すよりも新しく作り直したほうが良いと思います。出来れば今すぐ作業に取り掛かりたいのですけれど、団長、余り布や型紙はありますか?」
「型紙ならあります。ですが布は端切れぐらいしか」
 舞台設備を見つめ、肩をがっくりと落とす団長。
「ま、元気を出してくれや。一週間もあれば元通り以上にしてやるからよ」
 黒澤が団長の肩をたたき、励ます。
「かな、紺屋さんと布を買ってきます。一人じゃきっと持ちきれないから、手伝ってください」
「よっしゃ、まかされたでぇ♪」 
 紺屋明後日(fa0521)が神流木 叶(fa1763)の手を引いて買出しに走る。



●背景製作がんばろー☆
「こんな感じだよね」
 壊された舞台背景と、元になったラフを見ながら土台のベニヤ板に背景を描いてゆく最上さくら(fa0169) 。
「なんだか可愛らしいですね」
 布の買出しから戻ってきた神流木が、最上の手元を覗き込む。
「そうでしょう? 多少子供向けにアレンジしたんだよ」
「何かお手伝いすることはないでしょうか? 雑用があれば言って下さい。買い出しとかお茶くみとか、お部屋のお掃除からお洗濯までなんでも頑張りますから」
「雑用はちょっと‥‥」
「‥‥雑用、何か無いんですか?」
 うるうるうるっ。
 瞳を潤ませて最上を見つめる神流木。
「やっぱり私なんかに任せられる用事なんて、無いんですね‥‥。分かってます、私みたいな人間に仕事を任せるなんて、失敗するのと同義。世の中は、そんな人間に仕事をくれるほど甘くないですよね。どーせどーせ、かななんて要らない存在なんです。そのうちゴミの日に捨てられるんですーっ!!」
「そそそ、そうだわっ、私、喉が渇いたなー、なんておもってたんだよ。キミ、お茶でも入れてくれる?」 
 被害妄想大爆発! 
 どんどん自虐気味に落ち込んでゆく神流木に慌てて雑用を頼む最上だった。


「束佐、縫製はこんなもんでどうだ?」
「まあ、お見事! 正直、こんなにお上手だとは思いませんでしたわ」
 黒澤の縫った衣装を手に取り、感嘆する束佐。
 ミシンや細かい作業はすべて束佐が担当し、表からは失敗してもばれないような部分のみを黒澤に頼んでいたのだが、この腕前なら全部任せても問題ないかもしれない。
「いや、束佐の指示があってこそだ。それよりもお前、疲れてないか? 少し休んだらどうだ」
「大丈夫ですよ。体力だけは自信があるんです」
 ふふっと笑いながら、次の衣装に取り掛かる。
 完成はもう間近だった。
 

●警備は万全? 
「なあなあ、寝袋用意してきたで。毛布もたんまりや」
 紺屋が劇団の空き部屋に寝室の用意を整える。
「おうっ、ありがとさん。ついでに神流木を寝かしつけてやってくれるか?」
 作業場の隅でいつの間にか丸くなって眠ってしまっている神流木を指差す黒澤。
 その背にかかっているのは、黒澤の上着だ。
「まだちっこいもんなぁ、徹夜は無理ってもんやで」
「送るから、家に帰るようにいったんだが、聞かなくってな」
 やれやれと肩をすくめる。
『いやですよ、かなもみんなと一緒に残るんです。‥‥だめですか? だめなんですかっ? やっぱり、かななんかいたって邪魔だから‥‥』
 かなの『必殺! 瞳うるうる自虐攻撃』をまともにうけて陥落した黒澤は、仕方なしにかなを泊まらせたのだ。
 そして既にかなの親御さんにはちきんと連絡を入れてあったりする。
「了解や。黒澤はん、あんたもあんまり根詰めんと適度に休み取ったりや?」
 神流木を抱きかかえ、黒澤に上着を返してやりながら部屋を出てゆく紺屋。
 

(「ん?」)
 深夜。
 せっかく作った舞台道具をまた壊されたりしない為に、レヴィと最上が見回りをしていた時だった。
 ヘヴィが闇の中で動く人影に目を留める。
 半獣化していたヘヴィは常人の数倍の視力を誇り、暗闇の中でも自由に動けた。
 そっと人影に近づき、物陰から様子を伺うレヴィと最上。
 人影は、きょろきょろと辺りをうかがうと、新しく作られた舞台道具が置かれた部屋に忍び込む。
 その瞬間、レヴィが半柔化を解いて部屋に飛び込み、最上が部屋の電気を入れる。
「!」
「おっと。あんたこんなところで何やってるんだ?」
 急に明るくなった部屋に驚き、逃げようとする人影を捕らえるレヴィ。
「キミ、あのわがまま女優?」
 明かりに照らされた人影は、劇団女優・葛西由紀乃に間違いなかった。
「わがままってなによ。あたしは当然の権利を主張してるだけよ!」
 最上に目を吊り上げて反論する女優。 
「騒がしいな」
「いったい何事ですか?」 
 騒ぎを聞きつけて、黒澤と束佐も作業部屋から駆けつける。 
 団長や劇団員に話しを聞いてはいたものの、葛西はずっと劇団に現れず、助っ人達は全員写真でしか女優の顔を今まで見たことがなかった。
 けれど特徴的な口元のホクロと派手な顔立ちは見間違えようがないだろう。
「とにかくこの手を離しなさいよっ!」
 怒りもあらわに腕を振りほどいて逃げようとする葛西。
 だが、常日頃警備で鍛えたヘヴィの腕はそんなことでは振りほどけない。
 
 カシャリ‥‥!

 逃げようともがく葛西のポケットから、鋏が零れ落ちた。
「っ!」
「舞台女優が、こんな時間に、こんな場所で、何をしていた?」
 怒りもあらわに、葛西を掴む腕に力をこめるレヴィ。
 答えは明白だった。
 唇をかみ締め、俯く葛西。
「そこまで嫌なら、舞台に出なくていいよ。子供達が、お客が楽しみに待っているのに演じることの出来ない女優なんて要らないんだよ。ぶっちゃけ子供を楽しませる能力ないんだよね?」
「なんですって? 演技がないですって?!」
「子供って、大人よりも正直なんだよ。つまらないものには笑わないんだ」
 少女マンガ家を長いこと続けている最上には、子供というものが良くわかっている。
 作品をほんの少し手を抜いただけでも敏感に感じ取り、的確な反応を返してくるものなのだ。
 冷たく言い切る最上に怒りで顔を真っ赤に染める葛西。
 殴りかかりたいところなのだろうが、レヴィに腕をつかまれたままでそれもままならない。   
「なあ、葛西。あんた、芝居をやってて良かったと感じるのはどんな時だ?」
 唐突に。
 本当に唐突に黒澤が葛西に問いかける。
「そ、そんなの、あなたに関係ないでしょ」
 突然の質問に怒りも忘れ、戸惑う葛西。
「忘れちまったんなら思い出してみな。一生懸命稽古をした成果を客から認めてもらった時じゃないのか? 今回の芝居相手は子供達だが、アンタの芝居を楽しみにしている客が居るし、支えてくれる仲間も居る。その想いに応えて最高の仕事をするのがプロってもんだ。違うか?」 
 責めるでなく、怒るでなく。
 じっと、葛西を見つめる黒澤。
 葛西が初めて演技をしたのは小学生の時だった。
 学校の文化祭で主役を演じて。
 すべての客が舞台の上の自分を見つめ、盛大な拍手を送られたあのときの感動。
 自分の努力した結果を認めてもらえたあの瞬間。
 どうして、今までそれを忘れてしまっていたのだろう?
 自分だって、昔は子供だったのに。
 葛西の瞳から涙が溢れる。
「採寸させて頂けますか? あなたにぴったりの、素敵な衣装をご用意します」
 束佐がタイミングを見計らい、葛西に優しく微笑んだ。


●〜エピローグ〜
「こらこらっ、TV撮影ちゃうでっ、足元によってきたらあかんて。静かにしいや」
 きゃあきゃあと騒ぎながら、ビデオを回す紺屋の足元にまとわり着く子供達。
 その子供達が、急にぴたりと大人しくなった。
 館内の照明が落とされ、舞台の幕が上がったのだ。
 騒がしく、少しも大人しくなんてできないはずの子供達が、時に笑い、時に真剣になって舞台を見つめる。
 舞台の上は助っ人達が徹夜して作り上げた美麗な、でもどこか愛らしい背景が飾られ、役者達は束佐がほど良くアレンジした衣装をぴたりと着こなして。
 無事、幕を閉じたのだった。