冥土のお仕事☆歌を‥‥アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
霜月零
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/22〜02/26
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●本文
――思い遺したことはなんですか?
――行きたかった場所はどこですか?
――泣いている人はどこですか?
――その願い、その苦しみ、わたくしたちが解決しましょう!!
メイド喫茶『Entrance to heaven』。
略して『EH』
そこは最近流行のメイド喫茶で、シックで愛らしい黒いメイド服に身を包んだ少女達はもちろんのこと、イケメンのウェイターも取り揃えた、ちょっぴりメイド喫茶としては邪道なお店。
そのお店に、一人の少女が訪れる。
少女の顔は、逆光で上手く見えない。
「思い出せないの‥‥」
EHの店員達に、彼女はぼんやりと呟く。
そして真冬だというのに白いワンピースを着た少女は願うのだ。
――歌を聞かせて、と。
「Dの時間です」
全身黒い衣装を纏い、死神を思わせるマントをなびかせた老人が声をかける。
彼こそ、このメイド喫茶『Entrance to heaven』の店長。
そして『Dの時間』とは、メイド喫茶のもう一つの仕事を意味する。
メイド喫茶『Entrance to heaven』のもう一つの仕事。
それは、死者の魂を天国へと導くこと。
迷い、悩み、さ迷える死者の魂を救うこと。
店長がシルクハットを目深に被り、ステッキをかざす。
そうして一堂に並ぶメイドたち。
「彷徨える魂、見事救って見せましょう!」
店長以下、メイド喫茶店員達が、カメラ目線で微笑んだ。
☆冥土のお仕事キャスト募集☆
深夜特撮番組『冥土のお仕事☆』では、メイド服に身を包んだ特殊能力を持った少女達が、助けを求める幽霊達の願いを叶え、天国へと導きます。
『冥土のお仕事☆歌を聞かせて』では、死んだ時のショックで記憶を所々失ってしまった少女の願いを叶えてあげてください。
●リプレイ本文
●遠い日の約束
「きっと、素敵な歌を作るね」
遠くで、誰かがそういっている。
白いワンピースを着た少女――あれは、自分?
満月が輝く海辺で、少女は少年から楽譜を手渡される。
「二人で、完成させようね」
楽譜を大切に抱きしめて、少女は微笑んだ――。
●能力の目覚め
「あれ? 蓮さんはもうその格好に戻ったんだね」
メイド喫茶『Entrance to heaven』、略して『EH』。
最近流行のメイド喫茶で働く高梨雪恵(風間由姫(fa2057))は、黒いマントを羽織った見習い死神の蓮(鹿堂 威(fa0768))を見つけて駆け寄る。
亡くなった兄に良く似た死神は、顔だけでなく仕草なんかも似ていて雪恵はついつい懐いてしまうのだ。
「雪恵、お前俺が見えるのか?」
「見えるんだよ?」
驚いた表情の蓮に、何を当たり前の事をと雪恵は首を傾げる。
先日、彷徨える子供の幽霊を冥界に連れて行く手伝いをEHに要請した蓮は、
『うちの子たちを危険な目に合わせておいて、よもやまさかこのまま何もせずに帰るつもりではないでしょうね?』
とにこやかな笑顔と共に代理店長に肩を叩かれ、この店で実体化して働くようになっていたのだ。
その蓮をいまさら見えないはずが無いではないか?
「雪恵さん、彼はいま実体化していませんよ?」
メイドのサエ(アカネ・コトミヤ(fa0525))が眼鏡をずりあげながら首を傾げる。
「うん、してないんだよ。あなた霊体が見えるようになったんだねっ♪」
おめでとーと、巻髪ツインテールを揺らしながら立花 音羽(あいり(fa2601))が雪恵の背を叩く。
「わわっ、びっくりなんだよっ、いつの間に見えるようになってたのかなっ?」
「たぶんこの間憑依させたのがきっかけニャ。霊と深く関わる事で能力が目覚めたのニャね。きっとこれからも色々能力が身についてゆくニャよ」
ミャー(吉田 美弥(fa2968))が猫尻尾を揺らして幼いながらも先輩メイドらしくアドバイス。
「その霊に関することですけれど、彼女の記憶は戻るのですか?」
月宮悠美(フォーティア(fa2516))がスタッフルームに目線を送り、蓮に尋ねる。
スタッフルームには、記憶を失ってしまった少女の霊――音無・乃愛(犬神・かぐや(fa0522))がいる。
まだまだ肌寒いというのに白いワンピース姿の少女は、自分の名前と、なぜか歌を聞きたいという願いだけを持ってこの店を訪れたのだ。
しかもその聴きたい歌がなんなのかさえも彼女は覚えていない。
正直、特殊能力を持つEHのメイド達も困惑気味なのだ。
「可能性はある。彼女が聞きたいと願う歌を聞かせれば、たぶん戻るんじゃないか?」
あいまいな答え方の蓮に、ちょっぴり不満気味なメイドたち。
「死神さんといえど、全てがわかるわけではないのですね」
「随分、てきとーなんだね?」
「適当というより、事実だ。死んだ時に記憶を失ってしまう事は良くあることだが、その記憶の回復方法はそれこそ人それぞれ、いや、霊それぞれだ。
絶対な事なんてないんだ。それに死神でも俺は見習いだし‥‥あー、くそっ」
自分で言ってて蓮はだんだんと凹んできたのか、誤魔化すように有線のチャンネルを変える。
店内に、クラシック調のバイオリン曲が流れ出す――。
●思い出の歌
「この曲は、なんていうのかしら?!」
スタッフルームの奥から、乃愛が飛び出してくる。
いままで、立花やミャー達が色々な流行の曲を聞かせても特に反応をしなかった彼女がいまや肩で息をする勢いだ。
「んと、この曲は『無題』だよ。昔、クラシックのコンサートで如月翔が演奏してね、卓越した演奏力と無題な為に話題になったんだよ。この曲があなたが捜していた曲なのかなっ?」
乃愛の為に必死で曲を探し続けていた立花が身を乗り出す。
普段クラシックなど聞かず、若い女の子ならポップスよねとばかりにそっち系のレンタルCDを借りまくって乃愛に聞かせていた立花は、それらにまったく無関心な乃愛の反応を見てクラシック系も頑張って調べ初めていたのだ。
「判らないわ。でも、気になるのよ」
目を伏せ、流れる曲に耳を澄ましてみても、何も思い出せない。
「この曲を作曲した者が、この子と関係があるのなら、作曲者の過去を閻魔帳で調べれば何か解るかも‥‥」
ぽつりと呟いた蓮はメイドたちと乃愛の視線に、しまったと口を押さえる。
閻魔帳は死者と生者の生涯が記されたもので、死神にはその写しが同じ閻魔帳という名前で配布されている。
けれど生者に関する記載は死神の文字が読めない人間はもちろんのこと、死神自身も触れてはいけない情報なのだ。
ならばそんな情報は初めから掲載しなければいいのだがいかんせん、死者と生者は表裏一体。
生者が死者に、そして死者が生者に生まれ変わり輪廻転生を繰り返す以上、二つの情報は切り離せないのだ。
「すまない、いまの言葉は忘れてくれ」
苦い思いで、蓮は口を噤む。
●禁忌
「どうか、お願いなんだよっ!」
「お願いなんだよ、もうあなたしか頼れないんだよ」
普段はお願いされる側のメイド達が蓮に頭を下げる。
もう手がかりは蓮の閻魔帳しかないのだ。
「‥‥わかった。でも、見るのは俺だけだ」
深く溜息をついて、蓮は懐から閻魔帳を取り出す。
「ミャー達にも見せてほしいのニャ。一緒に調べればきっと早いニャ」
「それは絶対に駄目だ! いま、調べるから待っていてくれ」
覗こうとしたメイド達から閻魔帳を隠す。
見せてしまったら、彼女達にまで罪が降りかかってしまうから。
「はぁ、減俸くらいで済めばいいけど‥‥」
蓮は一人、ページをめくる。
●如月翔
新進気鋭のバイオリニスト如月翔(輝・リアトリス(fa1250))。
さらさらの黒髪に温厚で優しげな顔立ちの好青年は、その長い指先でバイオリンを奏でる。
流れる曲は『無題』。
海外に留学しつつも、如月は年に一回、約束の日の為に日本に戻って来ていた。
「また今年も、あの場所で奏でましょう」
窓の外には大きな月。
如月の脳裏に、遠い過去に失った海辺での約束がうつる。
真っ白いワンピースを着て、如月が作曲した楽譜を握り締め、
『きっと、素敵な歌を作るね』
そう微笑んでいた彼女はもういない。
如月が留学するその日に、彼女は事故で死んでしまったから。
「僕が約束などしなければ、きっと彼女は今も生きていたのでしょうね‥‥」
悔やんでも悔やみきれない。
如月は、彼女への思いを胸に、再びバイオリンを奏で出す。
●歌
「意味がないわよ!」
メイド喫茶のスタッフルームで、乃愛が癇癪を起こす。
「乃愛さん、落ち着いてください」
「だってそうでしょう? 私はもう死んでるわ。いまさら歌を作って歌ったって何の意味もないわよ!」
唇を噛み締めて泣く乃愛。
蓮から伝えられた情報。
それは『無題』の作曲者・如月翔と自分の関係だった。
それを聞き、まだ全ての記憶ではないものの、乃愛は自分が何の歌を聞きたかったのか思い出したのだ。
けれど思い出しても乃愛はもう死んでいる。
如月が作った曲を歌う事なんてもう二度と叶わないのだ。
「二人で作った歌と曲は、きっと素敵なんだよ。みんなで一緒に作るんだよっ」
立花が強引にペンと紙を突きつける。
「死んじゃったら、それで全部なかったことになっちゃうのかな? 思い出はきっと残るんだよ。大好きだったら大好きだった分だけ、いっぱいいっぱい残るんだよ。だから、投げ出しちゃ駄目なんだよ」
雪恵も乃愛を励ます。
「如月さんも、あなたの作る歌詞をきっと楽しみにしていらっしゃると思います。歌がなくとも、本当はお会いしたいのではないですか?」
最後にサエに肩を抱かれるように乃愛はソファーに座らされ、こくりと頷く。
乃愛は、本当は如月に会いたくて仕方がないのだ。
記憶が全て戻ったわけではないけれど、それでも逢いたい想いが溢れてる。
「あたし、書くわ。二人の為の歌。約束の日までに完成させて見せるわよ」
涙を拭い、乃愛は微笑んだ。
●約束の場所
月の美しいとある海辺。
メイドたちと死神、そして乃愛はそこに佇んでいた。
「ここで間違いないでしょうか?」
月宮が乃愛に尋ねる。
その手には先の尖った飾りの付いたペンダントが握られており、それは面白いようにくるくると良く回っていた。
月宮の特殊能力・ダウジングだ。
「ええ、ここで間違いないわ。よく二人で散歩してたのよ」
乃愛が懐かしそうに目を細める。
月の良く見える海辺で如月と約束をし、彼女は約束の日にその場所へ向かう途中に事故にあってしまったのだ。
「ねえ、あの人がそうかな?」
立花が向こうの岩陰を指差す。
そこには、一人の青年――如月翔がいた。
「あなた達はいったいなんですか?」
突然話しかけてきたメイド達に、如月は不信感を抱く。
「乃愛さんから、伝言を届けにまいりました」
「乃愛から? ふざけないで下さい、彼女はもう亡くなったんです!」
「えぇ、その通りです。彼女は死して、いまこの場にいるのです」
月宮の言葉に、如月は言葉をなくす。
彼にはメイドたちの側に佇む愛する少女の姿は見えていない。
『翔君‥‥』
伝わらない声で、乃愛は翔を呼び涙ぐむ。
サエが一歩進み出る。
「乃愛さん、わたくしの中に入って頂けますか?」
『え?』
「憑依すれば、声も届くし、歌えるんだよ」
雪恵も頷く。
そうして恐る恐るサエと同化する乃愛は、やはり驚きに目を見張ったままの如月を見つめる。
「翔君、わたし、歌を作ってきたの。二人の約束の歌よ?」
「何で、その事を? 本当に、乃愛? そんな、こんなことって‥‥っ」
「如月さん。彼女の為に、弾いてあげてください」
月宮に促され、戸惑いながらも如月はバイオリンを奏でだす。
そうしてその曲に、乃愛の歌声が重なる。
――この空は 貴方へと続いている
そう思うだけで幸せになれる
貴方とまたこの海を一緒に歩けると想うから
私は強くなれる だから笑って見送るわ
貴方の笑顔が好きだから
今は離れ離れになっても
瞳を閉じれば いつでも二人は逢えるから――
如月を想い、綴ったその歌詞は、乃愛を想い、奏でる如月の曲に溶け込んで、最初で最後の聴きたかった歌となる。
「ずっと、見守っているわ」
歌い終わり、如月に微笑んでサエの身体から乃愛は自然と離れる。
その身体がほんのりと光り輝く。
「さあ、還ろう」
蓮がその手を引く。
「成仏するのかニャ? いってらっしゃいませニャ!」
ミャーが猫尻尾を振る。
「乃愛‥‥ありがとう。愛しています」
天へと上って行くのであろうもう見えない乃愛に、如月はずっと伝えたかった言葉を囁いた。
●エピローグ
「ニャ? これは何かニャ?」
数日後。
メイド喫茶に届いた郵便物をミャーが興味深々に開く。
「CDなんだよ。送り主は‥‥如月さんだよっ♪」
立花が早速CDをパソコンに入れる。
流れ出す曲は『noa』。
「これ、乃愛さんの歌なんだよ」
声はサエのものだったが、あの時に歌った乃愛の歌。
無題だったあの曲に愛する少女の名をつけて、如月が送ってきたのだ。
「どうしてあの時の歌が収録されているのでしょうか? 録音機器など何もありませんでしたのに」
「ニャーニャー、細かいことは気にしちゃ駄目ニャ。素敵な曲ニャのニャ」
首を傾げる月宮に、ミャーが真実を口にする。
理屈や理由より、いまそこにそれがあることが事実なのだから。
月は、今日も夜空に美しく輝いていた。