銀の時計アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 霜月零
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1.8万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/26〜03/05

●本文

 その時計店は、ビルとビルの谷間に埋もれるように、ひっそりと佇んでいた。
 年季を感じさせるレンガ造りのその店では、おじいさんが一人、カウンターで時計を修理している。
 柱時計に腕時計、懐中時計に目覚まし時計。
 大小ありとあらゆる時計を取り揃えたその中に、それはあった。
 手の平サイズの銀の懐中時計。
 華奢な鎖をつけ、蓋には丁寧な模様が刻まれているそれはどこでも良く見かけるデザインで、これといって高級品ではなかった。
 けれど見る人によっては不思議な魅力に溢れており、手にとらずに入られなかった。
「それが、気に入ったのかい?」
 店主たるおじいちゃんが、銀の時計を手に取ったあなたにやわらかく微笑む。
「その時計はね、一つだけ願いを叶えてくれるんだよ。そう、時計が司る『時間』に関係するものなら、たった一つだけ、持ち主の願いを叶えてくれる。
 けれど忘れてはいけないよ。
 願いが叶ったら、必ずこの店に戻しに来ておくれ。決して多くの願いを望んではいけないよ‥‥」
 まだ買うとも言っていないあなたに店主は銀の時計を握らせると、再び時計を修理しだす。
 手渡された銀の懐中時計を見つめ、あなたは、さて、どうするべきかと首をかしげるのだった。


☆舞台『銀の時計』キャスト募集
 銀の懐中時計にまつわる物語を演じる役者を募集いたします。
 たった一つだけ時間にかかわる願いを叶えてくれるという不思議な時計。
 あなたは、どんな願いを願いますか?

●今回の参加者

 fa0117 日下部・彩(17歳・♀・狐)
 fa0377 ASAGI(8歳・♀・蝙蝠)
 fa0924 谷津・薫(9歳・♂・猫)
 fa1155 深月沙奈(18歳・♀・狸)
 fa2385 霧島・沙耶香(18歳・♀・パンダ)
 fa2654 ゼフィル・ラングレン(20歳・♂・小鳥)
 fa2684 藤元 珠貴(22歳・♀・狐)
 fa2986 朝葉 水蓮(22歳・♀・狐)

●リプレイ本文

●第一幕〜卒業式の日に〜
「めっさ怪しいわよね」
 彩(日下部・彩(fa0117))は銀の懐中時計を手に取り、疑わしげに目を細める。
 その何の変哲もない時計は、時間に関する願いをたった一つだけ、叶えてくれるのだという。  
「‥‥でも、もし本当なら。卒業式の日に戻りたいわね。病気で出られなかったのよね」
 ぽつりと呟かれたその願いに、銀の時計は強く光り輝いた。
 

 次の瞬間、そこは半年前に卒業した彩の高校だった。
「え、え、えっ? なに??」
 突然の出来事にきょろきょろと辺りを見回すと、卒業生だろうか?
 制服の胸に花をつけた少年少女たちが向こうのほうから歩いてくる。
「と、とにかくどこかに隠れなくては」
 とっさに物陰に身を潜め、卒業生達の顔を覗き見て、彩はさらに驚く。
「あれは、由香様? それに、信一郎様や美咲様までいるわ‥‥!」
 ごくりと息を飲む。
 それは、彩がまだ高校生だった頃の同級生の名前だ。
 そしてその同級生達は、その頃と変わらない姿でその場所にいる。
「‥‥これは、もしかして本当に私が出られなかった卒業式なのかしら?」
 自分の出身校だということはすぐにわかったが、時が戻った実感はなかったのだ。
 でもいま目の前を通り過ぎてゆく同級生達を見て、彩は確信する。
「病気で出られなかったあの卒業式に、私は出られるのかしら? でも‥‥」 
 病気で出席できなかったのも彩の人生。
 変えられると言われても、変えたくない。
 彩は微笑んで、こっそりひっそり、卒業式を体育館の扉の隙間から伺う。
 見られなかった卒業式を、こうして見れただけでも十分だ。
「頑張れ若人達!」
 式が終わり、屋上に移動した彩は、花のアーチをくぐって卒業していく同級生達に、こっそりとエールを送る。
 そして再び、時計が光り輝いた。


「願いは、叶いましたか?」
 ふと気が付くと、彩は時計屋の前にいた。
 受付では、いつもいるお爺ちゃんではなく、孫娘だというゼフィ(ゼフィル・ラングレン(fa2654))が微笑んでいる。
「‥‥えぇ、叶ったわ。いい物見せて貰いました。どうもありがとうございました♪」
 ゼフィに時計を返し、彩は微笑んで立ち去っていった。


●第二幕〜約束の指輪〜
「願いを叶えてくれる時計、ですか?」
 銀の懐中時計を蛍光灯にかざし、沙耶香(霧島・沙耶香(fa2385))は自宅で首を傾げる。
 そしてふと思い立ち、戸棚を開けるとそこには小さな指輪が入っていた。
 それは、沙耶香が子供の頃、公園で良く一緒に遊んでくれたお姉さんがしていたものだった。
 幼い沙耶香はその綺麗な指輪を一日だけという約束で借りたのだが、しかし借りた翌日からお姉さんは公園に来なくなり、結局返すことが出来ずに今日まできてしまった。
「もしも願いが本当に叶うなら、この指輪お姉さんに返したいです」
 時計を握り締め、願う沙耶香に呼応するように、銀の時計が光り輝く。


「さーやちゃん、そんなに走ると転んでしまうんだよ?」
 青灰色の髪と深い青の瞳が印象的なお姉さん(藤元 珠貴(fa2684))が、公園で元気良く駆け回る少女(ASAGI(fa0377))に声をかける。
 そしてそれを物陰から見つめる沙耶香。
「あれは、子供の時の私と、お姉さん?」
 息を呑み、握り締めた銀の懐中時計と指輪を見つめる。
「本当に、過去に戻ってこれたのですね。でも、どうやってお姉さんにお返ししたらよいのでしょう?」
 まさか自分が未来から来たなどと話しても、到底信じてもらえるわけがない。
 夕暮れになり、迎えに来た母親に手を引かれて幼い自分が立ち去って、たった一人、公園に残ったお姉さんにけれど大人の沙耶香はやっぱりどう話しかけて良いやらわからない。
 と、その時。
「‥‥っ!」
 お姉さんが胸を抑えてその場に倒れ臥した。
「おねえさんっ」
 慌てて物陰から飛び出し、沙耶香はお姉さんを抱き起こす。
 携帯は使えず、けれど公衆電話があったのでそれで病院へ連絡し、お姉さんに付き添って救急車で病院へ。
 白い病院のベットの上で、点滴を打たれるお姉さんの姿は痛々しく、沙耶香の目に涙が滲む。
「あなたが、救急車を呼んでくれたんだね? ありがとうだよ‥‥」
 弱々しく、沙耶香に微笑むお姉さんの顔色はとても悪い。
 白いブラウスからのぞく腕も細く、そして肘の内側には無数の針の痕。
 幼かった自分は気づけなかったが、お姉さんは重い病気を患っていたのだ。
「どこかで‥‥お会いしたかな? ‥‥ううん、きっと初対面だよね? でも、なんでだろう? あなたに、聞いて欲しいんだ‥‥」
 途切れ途切れに、沙耶香に語るお姉さんの言葉は、なんと幼い自分にお姉さんのことをどう伝えればよいかということ。
 病気で、手術の為に長期入院をすることになったのだが、幼い沙耶香に心配をかけたくない。
 けれど、どう伝えてよいか判らない‥‥。
 そういって涙ぐむお姉さんに、沙耶香はふと、ある事を思い出す。
「お引越しは、どうですか?」
「え?」
「遠くに、引っ越してしまうから、しばらくの間会えなくなるって伝えてあげればいいと思うのです」
「‥‥そうか。それなら、さーやちゃんにきっと心配かけずに済むんだよ。明日、伝えてみるんだよ」
 無理して微笑むお姉さんに、沙耶香もついて行きますと手を握る。
 
 
「おねーさん、お引越ししちゃうですか? やだやだ、さーや、ぜったいに嫌!」
 夕暮れが近づき、そろそろ帰宅する頃、幼い沙耶香が泣き叫ぶ。
(「ああ、このシーン、覚えています。お姉さんが引っ越してしまうから、私は駄々をこねてこの指輪を借りたのです」)
 そして沙耶香の記憶の通り、幼い自分にお姉さんは指輪を手渡し、やっと泣き止んだ幼い沙耶香はいつもと同じように迎えに来たお母さんに手を引かれて公園を後にする。
 もう二度と、お姉さんに会えなくなるとも知らずに。
「ついて来てくれて、ありがとうだよ」
 物陰に隠れていた沙耶香に、お姉さんが声をかける。
「私こそ、遊んでくれてありがとう。‥‥お姉ちゃん」
 驚くお姉さんに、沙耶香はずっと大切にしていた指輪を手渡す。
 うっすらと、沙耶香の身体が掻き消える。
「これ、この指輪は‥‥っ、会いに来てくれてありがとうだよ、さーやちゃん‥‥」
 消え去る沙耶香に、お姉さんの嬉しそうな声が届いた。


●第三幕〜失った時間をもう一度〜
「もし、戻れるのなら私を、私をあの日に戻して‥‥」
 銀の懐中時計を握り締め、水蓮(朝葉 水蓮(fa2986))は切実に祈りを捧げる。
 愛する人を全て亡くしてしまった水蓮には、もうこの時計しかすがるものが無かったのだ。
 時計は、願いを聞き届け、光り輝く。


 ふと気が付くと、目の前に亡くした妹がいた。
 ふんわりとした柔らかそうな茶色の髪。
 くりくりとした黒い瞳。
 セーラーカラーの赤いブラウスを着て、右手にはクレープを握っている。
「水蓮さん?」
 姉の自分をさん付けで呼ぶところも、少しも変わっていない。
 生きて、動いて、いま自分の目の前にいる。
「サナ‥‥!」
 涙ぐみ、水蓮は妹を抱きしめる。
「ちょ、どうしたのかな? 痛いんだよ?」
 おろおろとする妹を、水蓮はそれでも離さない。
 これは、間違いなく三年前の妹の誕生日。
 あの日、水蓮は些細なことで妹と喧嘩して、そうして妹は永遠に帰らぬ人となったのだ。
「今日は、いっぱい遊ぼうね?」
「うん、ありがとうだよ」
 にっこりと微笑む妹と手を繋ぎ、ホテルで買い物をし、ディナーも楽しむ。
「ずっと、この瞬間が続けばいいな」
 幸せに浸り、呟く水蓮は、けれどふと、レストランの時計を見て気づいてしまう。
 自分が時計に願ったのは、この日に戻して欲しいということだけ。
「まさか‥‥でもっ!」
 時計が、0時の時を刻むと同時に、水蓮の身体がうっすらと消えてゆく。
「いや、戻りたくない‥‥」
 元の時間に戻っても、水蓮に待っているのはたった一人の孤独な時間。
「水蓮さん、今日は楽しかったんだよ。ずっと、大好きだよ」
 消え行く水蓮に、サナが微笑む。
「私も、あなたが大好きだから‥‥っ」
 消えるその瞬間に、水蓮は二度と会えない妹をぎゅっと抱きしめた。


「‥‥戻って来てしまったのね」
 見慣れた風景に、水蓮はそっと溜息をつく。
 たった一日。
 されど一日。
 喧嘩別れしてしまった妹と過ごせた時間は、水蓮の胸に暖かいものをよみがえらせる。
「‥‥ありがとう‥‥」
 銀時計にお礼を言い、彼女はそっと瞳を閉じた。


●第四幕〜幸せな未来の為に〜
「急いで、急いで、急がなくっちゃだよ!」
 薫(谷津・薫(fa0924))は妹の奈々(ASAGI(fa0377)・一人二役)の手を引いて、母親の待つ病院へと駆けて行く。
「お兄ちゃん、待ってなんだよ、奈々、もう走れないんだよ」
 工事中のマンションの下で立ち止まり、奈々は肩で息をする。 
「ごめんね、急がないと間に合わなくなっちゃうんだ。頑張ってだよ?」
 そういって奈々に手を差し出す薫の首には、銀の懐中時計がかかっている。
『たった一度だけ、時に関する願いを叶えてくれる』
 そんな噂を聞いて、薫と奈々はその時計を借りたのだ。
 事故にあった薫を庇い、いままさに死にかけている母親を助ける為に。
「うん、奈々がんばるんだよ」
「あっ?!」
 それは、一瞬の出来事だった。
 たったいま微笑んでいた妹が、薫の目の前から消え去る。
 辺り一体に悲鳴が沸き起こる。
 ――建設中のマンションから、鉄筋が落ちてきてしまったのだ。
 冷たく、重いその鉄鋼の隙間から、妹の白い手が覗く。
「いやだ、こんなの、嫌だよっ、お願い、妹の代りに僕を犠牲にして!」
 泣き叫ぶ薫の願いに呼応して、銀の時計が光り輝く。


「お兄ちゃん?!」
 奈々は、目の前で起こった出来事がわからなかった。
「どうして、お兄ちゃんがこんなことに?!」
 自分に手を差し伸べていた薫の上に、鉄筋が落ちてきたのだ。
 鉄鋼の下敷きになった薫の首にかかる、銀の時計を握り締め、奈々は願う。
「お願い、奈々達がここに来る時間に、鉄柱が落ちてこないようにしてなんだよっ」
 願いを聞き届け、再び時計は光り輝く。


「急いで、急いで、急がなくっちゃだよ!」
 幼い兄妹が手を繋ぎ、建設中のマンションの脇道を通り過ぎ、小さな病院へ駆け込んでゆく。
 そこには、二人の大切なお母さんが入院しているのだ。
「お母さんっ!」
 病室に駆け込む二人の子供達に気づき、母親はうっすらと目を開ける。
「‥‥‥‥」
 何か言おうとして、けれどもう彼女には話す力も残されていない。
「大丈夫だよっ、僕たちが助けるんだよ!」
 薫が母親の手を握り、銀の時計を奈々に手渡す。
「この時計に願って欲しいんだよ。僕はもう、願い事をしてしまったから」
「えっ?!」
 薫の口から紡がれた言葉に、奈々は目を見開く。
「奈々も、願っちゃったんだよ!」
「ええっ?」
「どうしよう、奈々、お兄ちゃんの分があると思ってたから、使っちゃたんだよ!」
 お互いがお互いを庇いあい、時計の力を使ってしまったことなど知らなかったのだ。
 時計によって変えられた事故にあった記憶を、二人とも持ってはいなかったから。
「お母さん‥‥っ」
 幼い兄妹が、母親の手を握り締める。
 その手は、どんどん冷たくなってゆく。
「‥‥もう一回、使っちゃえ!」
 奈々が、薫を見つめる。
「そんなことしたら、何が起こるかわかんないんだよ? この時計は本物なんだ。本当に願いを叶えてくれるんだよ。だから、願いは一人一つというのも、きっと本当なんだよ?」
「時計もいい事に使うなら、もう一回ぐらい使ってもきっと許してくれるんだよ。奈々、何が起こってもいい。お母さんが消えちゃうほうがいやなんだよっ!!」
 泣きじゃくる奈々に、おろおろと薫は首にかけた銀の時計を取り外す。
「二人、一緒に使うんだよ」
 何が起こっても、二人なら、きっと。
 そういって、薫と奈々は銀の時計を握り締める。
 片方の手は、ずっと母親の手を握り締めたまま。
 幼い兄妹は、銀の時計に祈りを捧げる。


「この時計が気になるんですか?」
 薫がふと気が付くと、目の前に時計屋のゼフィが微笑んでいた。
 その目線は、薫の握っている銀の懐中時計に注がれている。
(「あれ? どうして僕は時計なんか握ってるんだろう?」)
 首をかしげると、店の外からお母さんの呼ぶ声がした。
「お兄ちゃん、早くしないとお父さんが帰ってきちゃうんだよ?」
 奈々が薫の服の袖を引っ張って急かす。
「この銀の時計はね、たった一つだけ、願いを叶えてくれるんですよ。時間に関する願い事を、一人につき一回です」
「ふうん? 凄い時計なんだね。でもお母さんが呼んでるから、またなんだよ♪」
 薫は時計をゼフィに返し、妹と共にお母さんの元へと駆けてゆく。
「お幸せにです」
 幸せそうに駆け去る幼い兄弟に、ゼフィはにっこり微笑んで。
 銀の時計を再びショーケースに飾る。
 カチコチカチコチ。
 時計は今日も時を刻む。
 小さな時計屋さんの片隅で、貴方が訪れるのを今も待っている。