天使の休息アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
霜月零
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
3.1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/01〜11/15
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●本文
ある秋の日の夕暮れ。
路上に長く伸びる自分の影から逃れるように、必死で駆けてゆく少女――緑香。
その背には、黒い羽根。
(「無理なんだもん‥‥こんな役‥‥」)
はらはらと、涙と共に零れ落ちる羽根が舞う。
彼女は、小さな劇団の子役だった。
だった=過去形。
彼女は、今日、たったいま退団届けを出して逃げ出してきたのだ――ずっと大好きだった劇団から。
原因は、今回演じる役柄だった。
『天使の休息』
題名通り、天界に住まう天使が人間界に下りてきて、人間と出会うほのぼのラブストーリー。
その主役に緑香は見事抜擢されたのだ。
ずっと脇役ばかりだった自分が主役になれる――そう喜んだのは束の間のこと。
演技には自信があった。
天使の微笑みなら、誰にも負けない自信が。
でも。
その背に生えるのは、黒い、黒い羽根。
夜の闇をそのまま抜き出したような漆黒の羽根は、常なら少女の自慢であったけれど、天使の白い羽根には程遠く絶望的だった。
誰かが言った。
「白くスプレーで染めちゃえばいいのよ」
と。
(「そんなの、にせもんだもん‥‥わたしじゃないもん‥‥!」)
ぽろぽろと、ほっぺたを涙が伝う。
日は、もうほとんど落ちかけていた。
「緑香の代わりを探さないとね」
机の上に置かれたたどたどしい字の「たいだんとどけ」をみて、妙齢の団長はタバコをふかしながら呟く。
「団長っ! それはあんまりじゃないですか?」
「なにが? やる気の無い人間は必要ないの」
気色ばむ団員に一瞥をくれて、冷たく言い切る団長。
「ですが‥‥」
「なに?」
「緑香ちゃんはあなたの娘じゃないですか‥‥!」
「娘だからといって、甘やかす気は無いわ。初公演日までもう1ヵ月を切っているの。公演に穴を開けることがどれだけ致命的か、分からないあなたではないでしょう。すぐに子役を探してきなさい」
「‥‥っ、分かりました‥‥探してきますよっ!」
割り切れず、それでも子役を探しにでてゆく団員。
その背を見送って。
団長は、もう一度、深く深く、タバコを燻らせた。
●リプレイ本文
●代役?
『子役緊急大募集』
その話を聞いて、集まった子役達は縞りす(fa0115) 、森野美月(fa0632) 、月岡優斗(fa0984) 、百瀬 悠理(fa1386) 、佐倉 樹(fa1854) の5人。
5人のうち、百瀬は舞台よりも歌が得意だということで、主役オーディションからは外れ、また、月岡も男の子である為に除外。
縞と森野、佐倉が主役候補として、そして百瀬と月岡は共演者として舞台練習に励むことになった。
「ふうん。中々いい子供達が集まったわね。よくやったわ」
団長が子役達を見回して団員に笑う。
褒められた団員は「はあ‥‥」とあいまいに返事をする。
あまり嬉しくはなさそうだ。
「ところで。そこの3人は何かしら?」
団長の鋭い視線は、子役とは程遠い3人の大人に注がれる。
永瀬真理(fa0854) と稲森・梢(fa1435)、新月ルイ(fa1769) だ。
「はぁ〜い、どうも〜♪ デザイナーの新月ルイで〜す♪ よろしくねっ♪」
元気はつらつー♪
ウィンクもバチッと決めて挨拶する新月は正真正銘男性。
つまり生粋のオカマ。
いろんな意味で存在感ありまくりだった。
周りがうっと引く中で、団長はその冷ややかな視線を崩さずに、
「デザイナーは募集した覚えがなくってよ?」
と団員を睨む。
「私は女優の稲森。そこの団員の友人よ。主役だけでなく、あなたの厳しさに耐えられずに逃げちゃった女優がいるそうじゃない。私はその代役で呼ばれたの」
団長の鋭い視線をものともせずに、ふふんと言ってのける稲森。
「最後は私ですね。私はプロダクション『渡り鳥機関』所長の永瀬真理です。当機関は仕事をただ待つだけではなく、自ら出向き、得る事を信条としておりますの」
いいながら、団長に名刺を手渡す永瀬。
「つまり、売込みってわけね? ‥‥いいわ。3人とも見たところやる気はあるようだし、子役以外にも人手は確かに足りないし。手伝って頂きましょう。そうと決まれば、ほら、あなた。彼女達を寮に案内なさい」
団長が団員をどやしつける。
こうして舞台準備が大急ぎで進められることになった。
●緑香ちゃんはどこだろう?
「緑香ちゃん‥‥でぃすか? その代役という話でぃすが、話を聞いていると、その緑香ちゃんを説得して元の鞘に戻すのがいいと思うでぃすよ☆」
貸し与えられた一室で一休みしつつ、提案する縞。
「団長さん、に話をして、緑香さん、のこと、心当たりがないか聞いてみたの」
ふうっと暖かいココアに息をふきかけて冷ます森野。
猫舌だから、熱いままだと飲めないのだ。
その隣にちょこんと座る百瀬は、喉を労わり、レモネードを飲んでいる。
「森野さん、緑香ちゃんの心当たりは団長はなんていってらっしゃいましたか?」
「ここから、すぐ。おばあちゃん、の家に行っているそうよ」
ふうふうふぅ。
森野はまだ飲めない。
「緑香ちゃんを見つけて相談したい。いまここで演じることをやめてしまったら、きっと緑香ちゃんは後悔すると思うんだ」
緑香と同じく、ずっと演じることが好きで子役を続けてきた佐倉も頷く。
子役同士、まだ一度も会っていなくても何か通じるものがあるのだろう。
「あなたたち、緑香ちゃんの説得もいいけれど、舞台練習はサボってはだめよ?」
稲森が森野のココアに冷たい牛乳を注いでやりながら、釘を刺す。
「はい。ちゃんと、お仕事頑張ります‥‥」
冷たい牛乳のおかげで、やっと飲めるようになったココアに口をつける森野だった。
●シナリオ変更
「団長さん♪ ね、残り時間少ないんでしょ? それならばいっそ、あたしの書いた台本に変える気はない? あたし脚本もかけるのよ♪」
くねくねくね。
うっふんとハートマークが飛びそうなぐらいしなを作ってうきうきと団長に提案する新月。
「‥‥どんなシナリオなのかしら」
微妙な間をあけて、書類から目を上げる団長。
「うっふーん♪ 良くぞ聞いてくれました♪ 下界に降りてくる天使は一人じゃなくて、たくさんいるのよ。さまざまな人間に出会い、天使と仲良くなる人間、天使の存在を信じない人間、天使に「幸せにしてくれ」と願う人間、見世物として利用しようとする人間‥‥さまざまな天使がいて、さまざまな人間がいるワケ。そんな中、いるのよ。黒い羽を持つ天使、というのも」
黒い翼、という言葉に団長の眉がピクリと釣り上がる。
それには気づかずに、
「天使の世界では隅っこに追いやられているけれども、本当に一番天使らしい素質を持っているのはその子。外見だけじゃない。大切なのは、心。やる気。諦めない心。観客に、それを感じてもらうお芝居。一人一人の天使役をフューチャリングして、一組ずつの天使と人間の話を順番にやっていくの。んで、最後は黒い羽の天使のストーリー。人間が、逆に黒い羽の天使の心と容姿を褒めるハッピーエンド。‥‥どう? 団長さん」
自信満々に自分のシナリオを語る新月。
「ふうん‥‥」
「シナリオもそうだけど、これなら主役候補の3人もそうだけど、月岡くんとか百瀬ちゃんにも出番が増えてきっと舞台も盛り上がるわよ♪」
「なかなか面白そうね? きちんとした台本は用意できるのかしら」
「もっちろんよ♪ んもーう、まかせてちょーだいっ♪ 公演までに覚えられるような素敵に無敵でそれでもって短い台詞盛り込んじゃうからっ♪」
苦笑しながら尋ねる団長に、オカマ節大炸裂の新月だった。
●きっと、素敵なんだよ?
「いやっ、ぜったい、かえんないっ」
カーテンにしがみつき、泣きじゃくる緑香。
その背に生えている黒い翼も駄々をこねるようにパタパタと揺れる。
「おまえめっちゃわがままだぞ、おい!」
むきーっと逆切れする月岡。
リス特有のふわふわ尻尾がさらにぶわわっと膨らむ。
緑香の居場所は、劇団の直ぐ側にある緑香の祖母の家だった。
稲森は『迎えに行く気はないわよ?』と言い切り、新月は『だめだめ、悪いけどいま台本作りでちょー忙しいのっ』と多忙を極め、永瀬も『緑香さんのことはとても気になるのだけれど、もう一つ、片付けなくてはならないことがあるのよ』とのことで、大人たちはこられなかった。
だから森野から話を聞いて、稽古後、子役達で緑香を迎えに来たのだが‥‥。
「わがままじゃないもん、いやったらいやっ!」
わーんわんわんわんっ。
劇団関係者を名乗ったとたん大泣きし出して、この始末。
「‥‥俺、パス。こうゆうの苦手だ」
ぽふっ。
ぐったりと力尽きる月岡。
森野の肩をたたいてバトンタッチ。
「これ、一緒に飲もう? 身体、温まるから。みんなも」
えぐえぐっと泣きじゃくる緑香に、そしてみんなに暖かいココアを差し出す森野。
甘い香りが部屋に充満し、ぷっくりと膨れていた緑香もおずおずと手を差し出して受け取る。
「ねえ、緑香さん。どうして、かえるの、いや‥‥?」
ゆっくり、ゆっくり。
緑香の涙が止まるのを待って、
「私も獣人だけど、貴女とは違うよ? 同じ様に天使にも翼の色が違うのが居ても、良いと思うけど」
森野は緑香のその小さな頭をなぜてあげる。
「でもっ、真っ黒なんだよ? ぜったい、へんだよっ」
「黒い羽が嫌い? ボクは好きだよ‥‥すごく綺麗。黒は女の魅力を最大限に引き立ててくれるって言うよ」
緑香の羽根を見つめ、褒める佐倉。
「私、演技はぜんぜんできないから‥‥緑香さんは凄いと思うんです。緑香さんなら主役が出来るから‥‥だから選ばれたんじゃないですか? 私、緑香さんの演じる天使、観たいです」
にこっ。
やさしく微笑む百瀬。
「しまりすも小さい頃から子役としてやってきたでぃすから、緑香ちゃんの気持ちはよく分かるでぃす‥‥しまりすたち子役というのは、いくら文句を言っても『大人の言うことを聞くもんだ!』って言われるだけでぃしたからねい‥‥最近ようやく自分の意見が通るようになったでぃすよ。だから、緑香ちゃんの言いたいことも分かるでぃすが、もう少し団長さんの言葉も良く聞いて、考えて、そして理解するといいと思うでぃす。今後それがいいことになると思うでぃすよ☆」
同じ子役として、的確なアドバイスを贈る縞。
「でも、わたし、もうやめちゃったんだもん‥‥」
「だーっ、もう、ややこしいなっ! おまえな、ほんとに恵まれてるじゃんか。俺なんて主役やりたくたってできないんだぜ。一生懸命毎日練習してるけど、俺は、お前の代わりにはなれないんだよ。だけどお前はその気になれば主役が出来るんだぞ。やめちゃったなら、もう一度やればすむことじゃんか」
うじうじ、うじうじ。
はっきりしない緑香に再び切れる月岡。
月岡は、それはもう傍で見ていても驚くほどに一生懸命稽古に励んでいた。
『万が一で主役の可能性もあるじゃん。端役でもなんでも、俺は舞台に上がりたいんだ』
そう呟いて、頑張っていた月岡にしてみれば、手を伸ばせばすぐにでも主役に届くのに手を伸ばさない緑香はとても傲慢に見えた。
「『天使』って言葉の意味ってなんだと思う? ボクは優しい心を持つ人ってことなんだと思うんだ。行こう? 皆が緑香ちゃんの優しい笑顔を待ってるんだよ」
佐倉が、そっと緑香に手を差し伸べる。
「行こうぜ。団長には俺も一緒に謝ってやるからさぁ」
恥ずかしそうに、照れてそっぽを向きつつ手を差し出す月岡。
おずおずと、差し出された二人の手を握る緑香。
「天使の羽が黒くったって変じゃないです☆」
劇団の寮に緑香を連れて帰る途中の道すがら。
百瀬が楽しげに歌いだす。
つられるようにみんな歌って。
調子っぱずれだったり、音程がめちゃくちゃだったりして。
ご近所さんに「こらー、うるさいぞー!?」なんて怒られたりもして。
でも楽しくて。
さっきまで泣き続けていた緑香が笑うのを見て、
(「やっぱり、きてよかったな」)
と思う百瀬だった。
「安心しましたか?」
みんなで緑香を説得して劇団に連れ戻すことに成功したらしく、劇団の事務所にまで楽しげな歌声が響く。
暗い事務所でただ一人、窓辺に佇んでいた団長は、永瀬の問いかけに驚いて振り返る。
いつの間にいたのだろう?
気づかなかった。
「‥‥何のことかしら」
「とぼけても駄目ですよ。緑香さんのこと、ずっとご心配だったのでしょう?」
助っ人に来てから数日。
永瀬は劇団の雑務をこなしながらずっと団長の様子を見ていた。
いくら厳しい人間とはいえ、自分の子供がいなくなって気にならない親などいないと永瀬は思っていた。
そして案の定、団長は食事もまともに取れなくなっていたのだ。
幸い、緑香の居場所は直ぐに知ったようで、だからこそ特に探すそぶりも見せずにいたのだろうが、それを永瀬は知っていたから、だから子供達が緑香を連れ戻すといったとき、ここに残ったのだ。
「心配? やる気のない人間を心配するほど私は暇じゃないわ」
煙草に火を付けるが、上下逆さまだ。
(「自分の娘だからこそ、厳しくするよう自分に言い聞かせてるのね」)
生存競争の激しいこの業界を甘い考えでは生き残ることなど出来ない。
例え心配で食事もままならなくなろうとも、毅然とした態度を『団長』としてとらなければならなかったのだろう。
「やる気がない人を外すのは悪い判断では無いけど、やる気が出るようにするのも仕事じゃないかしらね」
素直になれない団長が緑香を受け入れやすいように、口添えしてあげながら、あらかじめ厨房を借りて作っておいたお粥を差し出す永瀬。
「これは、なに?」
「お粥ですよ。料理は普通程度しか出来ませんから、味の保障はしませんけれど。疲れた胃には、丁度いいわよ?」
「‥‥わかったわ。ありがたく、いただくことにしましょう」
永瀬にすべて見透かされていることに気づいた団長は、なんともいえない表情で頷いた。
●〜エピローグ〜
舞台の上で。
スポットライトを浴びて、輝く天使の子供達。
黒い翼の天使を真ん中に、深々と客席に向かって礼をする。
場内は割れんばかりの拍手でいっぱいだった。
幕が下りても、まだ拍手は鳴り止まない。
「また、一緒に仕事しましょうね?」
と細い目を更に細めて緑香に、みんなに稲森は微笑んだ。