冥土のお仕事☆悪霊の宴アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
霜月零
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
0.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/01〜03/05
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●本文
ソレは、嗤っていた。
目の前でもがき苦しむ赤い塊――否、血塗れの人間を風の刃で切り裂いて、断末魔の叫びを肴に、死した身体から苦しみから解放された魂をその身に取り込む。
取り込まれたかつて人であったその魂は悪霊の一部となって憎しみのみを口にする。
「まだだ‥‥まだ足りないんだよ‥‥」
足元には、沢山の赤い塊――悪霊に捕らえられ、嬲り殺された人々の成れの果て。
悪霊はその人々を踏みにじり、更なる力を得ようと夜の街へと繰り出した。
メイド喫茶『Entrance to heaven』。
略して『EH』
そこは最近流行のメイド喫茶で、シックで愛らしい黒いメイド服に身を包んだ少女達はもちろんのこと、イケメンのウェイターも取り揃えた、ちょっぴりメイド喫茶としては邪道なお店。
「Dの時間です」
閉店時間を迎え、スタッフルームでくつろぐ店員達に、全身黒い衣装を纏った死神を思わせる老人が声をかける。
彼こそ、このメイド喫茶『Entrance to heaven』の店長。
そして『Dの時間』とは、メイド喫茶EHのもう一つの仕事を意味している。
メイド喫茶『Entrance to heaven』のもう一つの仕事。
それは、死者の魂を天国へと導くこと。
迷い、悩み、さ迷える死者の魂を救うこと。
「悪霊が、人々を捕らえている‥‥?」
店長から伝えられた言葉に、店員達は息を呑む。
最近、ニュースで流れる相次ぐ行方不明事件。
その事件は、悪霊が起こしているというのだ。
悪霊は捕らえた人々を殺しただけでは飽き足らず、その魂を自らの身体に取り込み、更なる苦痛を与え続けているのだという。
そして最悪なことに、悪霊は人を殺して取り込めば取り込んだ分だけ力を増し、そして攫う量も増しているという。
店長がシルクハットを目深に被り、カメラ目線でステッキをかざす。
そうして一堂に並ぶメイドたち。
「彷徨える魂、見事救って見せましょう!」
店長以下、メイド喫茶店員達が、カメラに向かって微笑んだ。
☆冥土のお仕事キャスト募集☆
深夜特撮番組『冥土のお仕事☆』では、メイド服に身を包んだ特殊能力を持った少女達が、助けを求める幽霊達の願いを叶え、天国へと導きます。
『悪霊の宴』では、人々を捉えては殺し、苦しめている悪霊を退治していただきます。
●リプレイ本文
●目覚めの日
そこは、とても幸せだった。
大切な弟達と、陽だまりの中で寝転ぶ自分。
(「ずっと、ここにいたいんだよ」)
孤児である自分達を養ってくれている優しい神父さまと、大好きな兄妹達。
ずっとずっと、暖かいこの場所で。
そう願い、まどろむジョン(エミリオ・カルマ(fa3066))の耳に、無邪気を装う少女の声が囁く。
『本当に、それでいいのかな?』
(「いいんだよ、ぼくはここにいたいんだ」)
『いきなり、殺されたのに?』
(「え‥‥?」)
少女の言葉に呼応するように、幸せだった風景が歪んでゆく。
―― 一面の焼け野原。
逃げ惑う自分達。
空襲により狂気に陥った大人。
振り下ろされる鍬。
鳴り止まない悲鳴。
切り裂かれる兄弟達。
成す術もなく殺された兄妹達を抱きしめて、その血の海に沈みながらジョンもまた、切り刻まれてゆく。
「「「嫌だ、いやだ、イヤだっ、嫌だぁぁ!!」」」
ずるり。
古ぼけた教会の跡地から、叫びと共に闇が這い出す。
金色の髪と青い瞳が、黒く染まる。
それはかつて人であったもの。
ジョンと呼ばれた少年の、悲しい成れの果て。
「殺された怨みは晴らすべきなんだよ♪」
その闇に、少女姿の悪霊・柊塊(月 李花(fa1105))がクスクスと笑う。
「「「ぼくは、強くなるんだ‥‥強く、なるんだよ‥‥」」」
ザラリとした声を震わせ、ジョンは夜の街へと彷徨いだす。
その後姿を見つめ、
「ふふっ、いい実験のサンプルだよね。まあ、あいつらに倒されたとしても捨て駒だし、痛くもかゆくないし‥‥がんばって暴れてよ?」
クスクスと嗤いながら、少女は事の成り行きを見守る。
●メイド喫茶『Entrance to heaven』
「一刻も早く‥‥救いを‥‥」
銀の杖をかざして水鏡を見つめ、柚木雪華(白蓮(fa2672))は呟く。
『悪霊が人々を捕らえ、その魂を取り込み強さを増し続けている』
店長からそう聞かされたメイド喫茶の面々は、柚木の千里眼により水鏡に映し出されるその光景に、眉を潜める。
「なんて、凶悪なのでしょう?」
サエ(アカネ・コトミヤ(fa0525))は眼鏡を抑えながら青ざめる。
水鏡には、悪霊たる少年が人々を切り刻み、痛みを出来るだけ長引かせるように嬲りながら殺し、死した魂にすらも苦痛を与え続ける姿が映し出されていた。
悪霊の足元にうず高く積まれた赤い塊は、血塗れた人々の亡骸だ。
その悪霊が、不意に振り向いた。
まるで、こちらが覗いていることに気づいたかのように。
そして次の瞬間、悪霊の指先から赤黒い蔦が放出され、水鏡を通して柚木のの四肢に絡みついた!
「柚木さんっ!!」
「こんなことってありなのかなっ?!」
高梨雪恵(風間由姫(fa2057))が手にした竹刀で蔦を討ち払い、河合伊奈(三月姫 千紗(fa1396))がハンマーを霊力で具現化し蔦を叩き潰す!
メイド達の攻撃で柚木を束縛していたそれはすぐに消え去ったが、柚木へのダメージは尋常ではなかった。
「‥‥声‥‥無数の、声が‥‥最初の事件の場所近く‥‥古い‥‥教会‥‥‥」
耳を塞ごうにも、心に直接流れ込んできた悪霊に取り込まれた人々の悲しみと苦しみが、柚木の意識を奪う。
「柚木君、大丈夫かしら?」
ナンシー(ライカ・タイレル(fa1747))が混沌状態に陥った柚木を抱きかかえ、ソファーに横たえる。
「教会‥‥それが、悪霊さんのいる場所なのでしょうか?」
「ああ、たぶんそうだと思うわ。柚木君が倒れる瞬間に、私の中にイメージが送られてきたのよ。だから場所は分かったわ」
力を使い果たし、精神を激しく消耗した柚木を心配げに見つめながら、ナンシーは柳眉を顰める。
本当は、柚木から送られてきたイメージは場所だけではないのだ。
ほんの一瞬だったのだが、悪霊が人であったときのものと思われるイメージも少し流れ込んできていたのだ。
金色の髪を風になびかせて、陽だまりの中で笑う少年。
なぜあの幸せそうな少年が悪霊と化してしまったのか?
イメージを受け取っただけのナンシーにはわからなかったが、何か苦いものが胸に込み上げる。
「急ごうだよ。最近、ずっと蓮さんも店に来ないし‥‥なんか、不安なんだよ」
雪恵がぎゅっと竹刀を握り締める。
死神見習いの蓮(鹿堂 威(fa0768))は、EHで実体化してウェイターとして働かされていたのだが、ここ最近、姿を見ていないのだ。
無断で居なくなる様なタイプには見えなかったのだが、何かあったのだろうか?
「そうね。場所がわかれば、柚木君でなくとも私達だけで空間を繋ぐことは可能なはずだわ。みんな、力を貸して頂戴」
ナンシーがその背に竜の翼を生やし、空間に手をかざす。
それに合わせ、メイド達が祈りを捧げる。
――ゆっくりと、空間が揺らいで教会への扉が開いてゆく。
●蓮
(「来ては、駄目だ‥‥っ!」)
声にならない声で、歪む空間に蓮は叫ぶ。
「「「ふん、まだ動く元気があるんだね。さすが死神ってとこなのかな?」」」
くくっと嗤い、悪霊が蓮の顔を踏み躙る。
「っ!」
四肢を赤い蔦に束縛され、血塗れの蓮は抵抗する術を持たない。
死神とはいえ、まだ見習いであった彼には強大な霊力によって織り成される大鎌を具現化させる能力は無く、それゆえに悪霊に対しても無力だった。
「「「どうしてお前のような弱い奴が冥府から送られてきたんだろうね? 傲慢な人間を裁く為に俺の力にしろという、無慈悲な神のプレゼントだね!!」」」
指一つ、動かすことの出来ない蓮を悪霊は楽しげに嬲る。
そして、歪む空間は扉と化し、EHのメイド達が訪れた。
●悲しい記憶
「蓮さんっ!」
目に入ったその光景に、雪恵は悲鳴を上げる。
悪霊による殺戮は加速度を増し、辺りは人の屍骸でいっぱいだった。
「なんて、酷いことを‥‥!」
あまりの光景に、サエは動揺を隠せない。
咽返るような血の臭いも、切り刻まれたまま転がる人々の亡骸も、そしていままさに殺されようとしていた蓮の姿も、サエから冷静な判断を奪い去る。
「あなたの様な悪霊さんは、冥界にお連れいたします!」
叫び、そのか細い腕に光り輝く銃を霊力で具現化し、怒りのままに虹色の銃弾を悪霊に撃ち放つ!
「「「不思議な力‥‥面白い!!」」」
悪霊の胸がブラックホールのように開き、サエの撃ち放ったそれを一気に取り込んだ。
「そんなっ?!」
「「「お返しだよ、それっ!」」」
悪霊の胸から、サエが撃ちはなったのと同じ、いや、くすみ、変色し濁った銃弾が、黒い光を帯びてメイド達に撃ち放たれた。
「させないわ!」
ナンシーが胸に下げた十字架を握り締め、虚空に印を描く。
瞬間、魔を討ち払う聖水がシャワーのようにメイド達に降り注ぎ結界をなし、悪霊の攻撃を緩和する。
「随分悪趣味だね? でもこの力は取り込めないんだよ。問答無用、鉄拳制裁を食らいなさい!」
ウサギ耳と首に巻いた赤いリボンをなびかせて、河合がハンマーで悪霊に飛び掛る。
「「「どんな力でも取り込んでやる。強くなるんだ」」」」
胸のブラックホールが再び開き、河合の攻撃を吸収しようと蠢く。
けれど狙い違わずハンマーは悪霊の腕に打ち込まれた。
「かかったね? あたしの攻撃は打撃系じゃない。封魔と退魔の護符による祓いが本命だよ!」
ハンマーに殴られた箇所から白い何かがしゅるしゅると抜けてゆく。
それは、悪霊によって殺され、取り込まれた人々の魂だった。
嬲り殺した人々の無念の苦しみを取り込むことによって悪霊は強さを増していたのだが、その取り込んだ人々を引き離すことが出来れば悪霊の力は衰えるのだ。
「「「よくもやったね‥‥許さないんだよ!」」」
怒りに顔を歪め、悪霊の身体から柚木を襲った赤い無数の蔦が四方八方に撃ち放たれる。
光の銃とハンマーと、そして竹刀。
それぞれの武器を持ち、討ち払ってゆくが数が途方も無い。
「駄目よ、これ以上は持たないわ!」
結界で、ギリギリのラインを守っていたナンシーの悲鳴が上がる。
そして同時に結界は破綻し、蔦は一気にメイド達に襲い掛かった。
「こんなもの、こうして‥‥っ?!」
引きちぎろうとした河合の脳に、直接悲鳴が流れ込む。
それは、悪霊に殺された人々の魂の嘆き。
柚木が倒れたのと同じ、耳を塞いでも防ぐことなど出来はしない。
「「「弱い者をいたぶるのは、お前達のほうがお得意様だろう」」」
悪霊の嗤いが闇に響く。
「‥‥救わなければ‥‥彼を‥‥」
EHで意識の戻った柚木は、銀の杖を握り、強く願う。
その目には、涙が溢れている。
柚木は視てしまったのだ。
混沌とする意識の中で、なぜ少年が悪霊と化してしまったのかを。
水鏡を覗くと、悪霊たる少年がメイド達を捕らえて嗤う姿が映し出された。
「‥‥ダメ‥‥そのまま戦ってはいけない‥‥」
見つめる柚木に、悪霊が目を向ける。
『『『またお前だね? 俺にはわかるんだ。そこにいるんだよね? ずっとそこで、俺を嗤っていればいい』』』
憎しみのままに全てを呪う悪霊に、柚木はそれでも願わずにはいられない。
(「どうか‥‥彼を救って‥‥!」)
願う想いは力となり、気がつけば柚木の身体は悪霊の側へと転移していたのだった。
「柚木さん、どうやってここに‥‥ううん、それよりも逃げてだよ!」
身体の自由を奪われ、叫ぶ雪恵に柚木は銀の杖をかざす。
シャラリと鈴の音が鳴り響き、雪恵の、ナンシーの、河合の、サエの、そして蓮の束縛が解けてゆく。
「駄目だよ、力を使いすぎてるんだよ!」
河合が叫ぶ。
柚木の霊力は、とても強い。
EHのメイド達を数人合わせたよりも稀有な力を秘めている。
けれどそれは、生身の身体には強すぎる力でもあるのだ。
力を振るう度に、柚木の身体は蝕まれてゆく。
杖に身体を預けるように、柚木はその場に崩れ落ちる。
「「「お前、弱ってるんだね? 俺の力に変えてやるんだよ。俺は、強くなるんだ!」」」
「違う! 貴方は護りたかっただけ‥‥一緒に‥‥この教会の孤児院で育った弟達を‥‥」
♪〜‥‥
柚木の唇から、微かな歌がこぼれる。
それは、子守唄。
たどたどしく、途切れ途切れに紡がれるその歌声に、悪霊は耳を塞ぐ。
「「「や、やめろ‥‥やめるんだよ‥‥その歌はなんなんだ?! 嫌だ、思い出したくない、嫌だぁあっ!」」」
苦しむ悪霊が、柚木に襲い掛かる!
「俺は、またみているだけなのか?!」
目の前で行われる悪霊の無慈悲な行為に、けれどずっと悪霊に捕らわれていた蓮は満足に動くことも出来きない。
(「また? 俺はいま、『また』って言ったのか? 以前にも悪霊に苦しめられたことがあったのか?」)
自分の口から出た言葉に戸惑う蓮の脳裏に一つの情景が描き出される。
それは、雪恵の姿。
いま着ているメイド服ではなく、私服姿で泣きじゃくっている。
『お兄ちゃん‥‥』
そういって楽譜を握り締め、蓮はそんな雪恵の頭を撫でながら、囁くのだ。
『ずうっと愛してるよ。だから、幸せになるんだ。それが、俺の一番の望みだ』
微笑みながら、触れることの出来ない妹を愛おしく見つめ――そして光の中へと消えてゆく。
(「これは、一体? まさか‥‥雪恵はほんとに俺の妹なのか?!」)
わからない。
けれど、これだけは事実。
(「もう二度と、見ているだけなんてごめんだ」)
蓮の気持ちに呼応して、背中に艶やかな黒い翼を生やし、腕にはバイオリンが現れる。
強い思いに応えて具現化したそれは、弾いた筈のないものだというのに蓮の身体にすっと馴染んだ。
弾き方は、身体が覚えている。
蓮は導かれるままに、バイオリンを奏でだす。
「「「その音は‥‥っ!」」」
メイド達をいままさに取り込もうとしていた悪霊がその手を止める。
バイオリンから奏でられる曲は、子守唄。
柚木の歌ったそれに他ならない。
そしてその場にいる全ての人々に、柚木が視た悪霊の過去が脳裏に刻まれる。
「そんな‥‥こんなのって酷いよ‥‥どうして‥‥っ」
全てを知ったメイド達は、涙を流さずにはいられない。
悪霊は、いいや、ジョンは、戦争の恐怖に錯乱した大人たちに目の前で弟たちを殺され、そして嬲り殺されたのだ。
どうして、恨まずにいられる?
「どうか、正気に戻ってだよ!」
蓮のバイオリンに合わせ、メイド達が歌を歌う。
それはジョンがまだ幸せだった頃に歌われた、神父様の子守唄。
ジョンを想い、ジョンの為だけに紡がれるそれは、悪霊と化した彼の心に正気を取り戻す。
「ぼくは‥‥どうして、強くなろうとしたのかな‥‥」
その身体に取り込んでいた人々の魂が、するすると抜けてゆく。
全ての魂が抜けた後に残ったのは、金色の髪の少年。
陽だまりの中に笑っていた頃のジョン。
「‥‥あなたの、帰るべき場所に。お帰りなさいませ‥‥」
柚木が杖を振るい、天国への門を開く。
子守唄を聞きながら、ジョンは光の中へと消えてゆくのだった。
●エピローグ〜邪悪な影
「あ〜あ、やっぱり負けちゃったみたいだね?」
事の成り行きを遠くから全て監視していた柊は、クスクスと嗤う。
「まあ、こっちとしては、いいデータそろったから、良しとしようかな? 主のために、次は、どんな奴を用意しようかな?」
クスクスと楽しげに。
少女の声が夜の闇に響くのだった。