テディのきもちヨーロッパ

種類 ショート
担当 霜月零
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 04/01〜04/05

●本文

 みなさんは、知っていますか?
 大切に、大切にされていたぬいぐるみには、魂が宿ることを――。


 その薄汚れた大きなクマのぬいぐるみは、一人の少女のものだった。
 路地裏に転がり、だれも見向きもしないぬいぐるみは、持ち主たる少女の手を離れ、雨風にさらされながら、ずっと待っていた。
 ――少女が迎えに来てくれるのを。
 けれどそのぬいぐるみを見つけたのは少女ではなく一人の女性。
 彼女はぬいぐるみ遊びをする歳でもなかったが、テディベアだけはこよなく愛していた。
 汚れてはいるもののまだ使えそうなそのクマのぬいぐるみを拾い上げ――むしろ抱き上げといったほうが良い大きさなのだが――大切に家に持ち帰り、お湯で洗ってやると、あら不思議。
 クマのぬいぐるみがしゃべりだした!
「ボクをおうちに帰して!」
 突然しゃべりだしたぬいぐるみに度肝を抜かれつつも、そこはそれ、テディベアマニア。
 お風呂で綺麗になったぬいぐるみの可愛さに驚きも吹っ飛んだ。
 彼女はくまのぬいぐるみから事情を聞いて、少女を探すことを決心。
 会社もさくっとお休みして、ぬいぐるみと一緒に旅に出るのだった――。


☆『テディのきもち』キャスト大募集☆
 舞台『テディのきもち』では大きくてしゃべるテディベアと、テディマニアな女性がぬいぐるみの本当の持ち主を探して旅に出ます。
 持ち主たる少女はどこにいるのでしょか?
 なぜ、ぬいぐるみと少女は離れ離れになってしまったのでしょうか?
 様々な謎を解き明かしながら、物語は進んでゆきます。
 果たしてぬいぐるみは、少女に出会えるのでしょうか。
 それはみなさんの力にかかっています。
 

●今回の参加者

 fa0531 緋河 来栖(15歳・♀・猫)
 fa1527 ファウスト=ソリュード(18歳・♂・鷹)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)
 fa2400 アルテライア・シュゼル(24歳・♀・一角獣)
 fa2582 名無しの演技者(19歳・♂・蝙蝠)
 fa2672 白蓮(17歳・♀・兎)
 fa2772 仙道 愛歌(16歳・♀・狐)
 fa3319 カナン 澪野(12歳・♂・ハムスター)

●リプレイ本文

●失ったテディベア
 がたごとがたごと。
 多種多様のアルバイトを日々こなしているファス・ソルスト(ファウスト=ソリュード(fa1527))は小型のトラックの助手席でちょっぴり舌を打つ。
「随分と揺れる道だな」
「我輩も初めて通る道だ。運転が少々ぎこちないのである」
 ファスに頷き、ネームレス(名無しの演技者(fa2582))は前を走る乗用車に目を細める。
 その車には、近所に住んでいたエルフィア(アルテライア・シュゼル(fa2400))が乗っており、引越し先へと向かっている。
 今日はエルフィア一家の引越しで、ネームレスは近所のよしみで自前のトラックを貸し出していた。
 そればかりかネームレスの花屋にバイトに来ていたファスにも協力させ、こうして引越しの手伝いをしているのだ。
 がたごとがたごと‥‥がたんっ!
 一際大きくトラックが揺れる。
「おいおい、パンクしそうな勢いだな」
「これぐらいなら問題ないであろう」
 ハンドルを握るネームレスは、けれど気づかなかったのだ。
 揺れた弾みで荷台から一匹の大きなテディベアが落してしまった事に。
 

●喋るテディベア
「うーん、今日も疲れたぁ」
 アイリーン(アイリーン(fa1814))は会社帰りの道端でウーンと背伸びをする。
 会社勤めを始めて早数日。
 毎日毎日覚えることが沢山で、今日もくたくただった。
「‥‥ん?」
 帰路を急ぐ彼女はふと目の端に写った何かに目を留める。
「うわあ‥‥キミ、ずいぶん汚れちゃってるわねえ‥‥」
 アイリーンはしみじみと呟く。
 それは路地裏に転がる大きなテディベアだった。
 しかしこれ以上は無いというぐらい薄汚い。
「‥‥うん、決めた!」
 けれどアイリーンは何を考えたのかそのテディベアをよいしょっと背中に背負って、よろよろと歩き出す。
 誰が見ても汚らしいそれを、けれどテディマニアな彼女は見捨ててはおけなかったのだ。
 必死に担ぎ、どうにかこうにか自宅にたどり着くとお風呂場につれてゆく。
 赤ちゃんを洗うように、アイリーンはテディベアの汚れを優しく洗い流してゆくと‥‥。
「‥‥あれ?」
 気のせいだろうか?
 いま、テディベアの瞳が瞬いたような。
『拾ってくださってありがとうございました。僕の名前はエルディって言うの』
「!」
 テディベアのエルディ(カナン 澪野(fa3319))がそのふわふわのお手てを振って挨拶をする。
「えええっーーーーーっ!!!」
 アイリーンの叫び声が響き渡った。


●エルディはどこ?!
「うわあんっ、あたし今すぐ探しに行くっ」
 真新しい家のリビングで、エルディを失った少女・クルス(緋河 来栖(fa0531))はわんわんと泣きじゃくる。
「もう、泣かないの!」
 妹を叱りつつ、クルスの姉・レン(白蓮(fa2672))は妹の涙をハンカチで拭ってやる。
「明日仕事から帰ったら探しに行こう?」
 母親であるエルフィアもクルスを諭す。
 エルディは元々エルフィアが小さな頃から大切にしていたぬいぐるみだから、正直、無くなってしまったのはとてもショックだ。 
 けれどこんな遅い時間に探しに出て、レンとクルスに何かあったらその方が辛い。
「トラックから落ちたなら道沿いを探せばいいわ。お母さん、道筋覚えてる?」
「ええ、もちろんよ」
 ぐすぐすと泣きじゃくるクルスを抱きしめて、エルフィアは思う。
(「明日は会社を休んだほうがいいかしら?」)
 けれど次の日の朝、急に部下の一人から休みの電話がかかってきて、エルフィアは休めなくなってしまったのだ。
「もうこんな時に限って部下が休みだなんて!」
「エルディは私とクルスで探すから安心して?」
 携帯を切るエルフィアに事情を察したレンが声をかける。
「‥‥ごめんね。お願いできるかしら?」
 泣きじゃくる妹を抱きしめるレンに詫びて、エルフィアは仕方なく家を出るのだった。


●エルディの事情
『あのね、女の子を捜しに行きたいの。きっと泣いてると思うの』
 ぷくぷく、ぷくぷく。
 ふんわりおててで、身振り手振り交えてエルディが事情を説明する。
 事情を聞いてみると、エルディはトラックから落っこちて大切な少女・クルスと離れ離れになってしまったらしい。
「まずは‥‥キミを拾った場所から逆にたどってみましょ」
『本当ですか? ありがとうございます』
 喜ぶエルディにアイリーンは会社をさくっとお休みして、一緒にクルスを探しに街へ繰り出すのだった。  
 

●‥‥悪い人出現?!
「むぅ、お腹空いたなぁ‥‥流石に水だけじゃ辛いわ」
 公園の水をすすりながら、売れない腹話術師・アイカ(仙道 愛歌(fa2772))は溜息をつく。
 ここ数日、満足に食事らしい食事を取っていないのだ。
 溜息をつきながらもう一度公園の水をすすっていると、大きなテディベアをカートに乗せてアイリーンが近づいてきた。
「ねぇ、あなた。このテディベアの持ち主を知らないかしら? 小学生ぐらいの女の子で、大きなリボンをつけてるらしいのよね」
「ちょっと見たことないんだよ。この公園には遊びに来てないみたいだね」
「そうですか。ありがとうございました」
 立ち去ろうとするアイリーンのカートから、テディベアが話しかけてくる。
『名前は、クルスって言うの』
「えっ?」  
「ふ、腹話術なの。上手でしょう? そ、それじゃっ」
 顔を引きつらせて、アイリーンはエルディを連れて足早に立ち去ってゆく。
(「腹話術? いいえ違うんだよ。間違いなく、テディベアが喋った!」)
 売れていないとはいえアイカは腹話術師。
 あれが腹話術じゃないことぐらいすぐに見抜けた。
「むふふ、ご飯の種をみつけちゃった」
 喋るテディベアに本来なら驚きそうなものだが、アイカは究極にお腹が減っていたのだ。
 美味しい食事にありつくため、アイカはそっと後をつける。


●探して探して
『僕が話せる事は秘密なの?』
 物陰に隠れ、慌てるアイリーンにエルディはしょんぼりと尋ねる。
 エルディはとても大きいから、背負って捜し歩くのは無理だと判断して旅行用のカートに乗せていたのだが、もう一つ理由があったのだ。
 それは、普通のテディベアに見せかける為。
「いい? 普通はテディベアは話したり出来ないの。あなたが喋れるってわかったら、大騒ぎになっちゃうわ」
『わかったの。僕、他の人の前では喋れないふりをするの』
「喋れることは悪いことなんかじゃないけれど、世の中って普通じゃないと受け入れてくれないものなのよ」
 嫌な世の中に軽く溜息をついて、アイリーンは再びクルスを探し出す。


 その頃、クルスとレンもエルディを探して街を彷徨っていた。
「う‥‥きっともう、見つからないんだよっ」
「そんなこと言わないの! あ、すみません、大きなテディベアを見ませんでしたか?」
 探しても探しても見つからないエルディにクルスは再び泣きじゃくり、レンはそんな妹を励ましながら通りすがりの人たちに尋ねて回る。
(「ほんとにもう、見つからないのかな」)
 妹につられてレンもなんだか泣きたくなって来る。
 新しい家は高校も近くなって喜んでいたのに、こんなことになるなんて。
 諦めそうになる気持ちをクルスの為に頑張って、レンはエルディを探し続ける。


●目撃者、発見☆ でも、警察沙汰?!
『クルスのお姉さんがいっていたの。今度のお家は学校が近くなるって』
 エルディが新しい家の手がかりを思い出し、アイリーンは隣町に向かって歩き出す。
 クルスの姉の制服は茶色だったという。
 この近辺の高校なら制服は緑のブレザーが主流だから、茶色の制服というのは珍しい。
 だからアイリーンもそれが隣町の高校の制服だと覚えていたのだ。
「住んでいる方向はわかったけど、もっと詳しい情報が欲しいわね」
『でも‥‥』
「どうしたの?」  
『もう僕は要らないのかな‥‥本当は捨てられちゃったんじゃないのかなぁ』
 エルディの黒いつぶらな瞳に涙が浮かぶ。 
「馬鹿、まだ諦めちゃダメ、クルスさんだってキミとの再会を願ってるんだから!」
『‥‥』
 会いたいのに会えない不安から、エルディの心はどんどん落ち込んでゆく。
 そして花屋の店先を通りかかった時だった。
「あら、御免なさい」
 ドン!
 落ち込みながらも捜し歩く二人を、後をつけていたアイカがワザとぶつかる。
 その拍子にカートからエルディは転げ落ち、アイカの背からは丸めた茶色いぼろ布が零れ落ちる。
「あらあら、ほんとにごめんなさい?」
 謝る振りをして、アイカは毛布の代わりにエルディを抱きかかえる。
「ちょっと、あなたの荷物はこっちよ?」
 アイリーンがすかさず毛布を拾って突きつける。
「ええっと、そうだったかしら? 似ていたから間違えちゃったんだよ。あはははは‥‥」
 アイカは乾いた笑いと共にエルディをアイリーンに手渡す。
(「うーん、やっぱり失敗だよ。ボロ布じゃ当然だよね」)
 アイカは自分のテディベアと間違った振りをしてエルディを連れ去ろうと思っていたのだが、エルディのような等身大のテディベアはとても高価。
 食事もままならない赤貧状態のアイカに買える筈が無かった。
 アイカの愛用の腹話術の人形も熊だったけれど、大きさがぜんぜん違う。
 泣く泣く公園に落ちていたボロ布を代用したのだが、あまりにもお粗末過ぎた。
(「仕方ない、こうなったら‥‥」)
「おまわりさんっ、あの人があたしのテディベアを盗んだんだよ!!!」
 街中でアイリーンを指差して、アイカは叫ぶ。
「ちょっ、あなた何言ってるの?!」
「おまわりさん、おまわりさーんっ!」
「誤解よ、このテディベアはクルスさんという女の子の持ち物なのよっ」
 叫ぶアイカにアイリーンは声を荒げる。
 すると、花屋で丁度アルバイトをしていたファスが店から顔を出した。
「あんたいま、クルスさんって言ったか?」
『あっ!』
 エルディが叫びかけ、慌てて口をつぐみ、アイリーンが慌てて問う。
「キミ、クルスさんを知っているの? この子の持ち主なのよ」
「ああ、そのテディベアね。見たことあるっすよ。昨日引越し手伝った時に確かあったはず」
 アイリーンはエルディをそっと見る。
 エルディはそれに気づいて小さく頷いた。
(「ついに見つかったのね?!」)
「その子の家、どちらですか?!」
「引越し先? えーっと、確か隣の街って聞いてたっすね。そこの大通りを南へ真っ直ぐずーっと行くと、標識と地図があるっすよ」
「おいおい、その説明じゃわからぬであろう。人に道を説明する時は地図を持って丁寧に‥‥あれ?」
 店からネームレスが出てきて、アイリーンの抱きしめるエルディに目を留める。
「そのテディベア‥‥あいたー。参ったな。そのぬいぐるみ落としていたか〜。あの子がすごく大事にしてたのに。こりゃ謝りに行かないと駄目だな。よし、今から届けに行ってくるのである。貴殿は留守を頼む」
 ネームレスはファスに留守を頼み、
「‥‥すまないな。我輩の手違いで。すぐに連れて行くからな〜」
 アイリーンとエルディをトラック乗せて、クルスの家へ走り出す。


 そしてその数分後。
 クルスとレンが花屋を訪れていた。
「昨日はありがとうございました。あの、お聞きしたいのですが大きなテディベアは見かけませんでしたか?」
 まず最初に引越しの手伝いのお礼を言い、レンは尋ねる。
「あー‥‥あのテディベアなら拾ったって姉さんが来てましたよ。ネームレスさんが送っていったから、今頃家についてるんじゃないっすか」
「うわああんっ、エルディにまた会えない〜」
 ぽろぽろと泣き出すクルスの目は泣きすぎてもう真っ赤だ。
「落ち着きなさい。もう見つかったも同然よ。さあ、帰りましょう」
 レンがクルスの涙を拭きながら微笑む。
 ネームレスさんが送ってくれたのなら、もう大丈夫だ。
「車で家まで送ってあげたいけど、留守番頼まれてるんだよな‥‥」
「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
 レンはファスにお礼を言い、一秒でも早く家に帰ろうとクルスの手を引いて去ってゆく。  


●エピローグ
「‥‥る、留守なの?」
 やっと辿り着いた家のインターホンを鳴らすが、誰も出てこない。
 肩を落とすアイリーンに、背中から声がかかった。
「アイリーン、あなた仕事を休んで何故此処にいるの?」
「部長?!」
 そこにいたのは、アイリーンの上司であるエルフィアだった。
 事情を説明していると、
「エルディ!」
 少し遅れて家に戻ってきたクルスが泣き笑いしながら駆け寄ってくる。
『やっと、会えたね』
 エルディも嬉し泣きしながらクルスの頭を撫でようとして―― でも、出来なかった。
 身体が動かないのだ。
 それどころか声ももう小さく擦れてきている。
(「そっか。もう、時間なんだね」)
 本能的に、自分がもう動くこともしゃべることも出来なくなることをエルディは悟る。
『‥‥僕はもう、喋る事も歩く事も出来ないけど。心はずっと此処にあるよ‥‥側にいるよ。忘れないでね‥‥』
 消え行く声が、クルスを包む。
「うん、もう絶対はなれないんだよ。ずうっと、いっしょだよ」
 喋れるかどうかなんて関係ない。
 クルスにとって、エルディは大切なお友達。
 アイリーンはもちろん、エルフィアも、レンも、そして一部始終を隠れてみていたアイカも、出会えた二人にほっと涙ぐむのだった。