京都冬景色〜往年の‥‥アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 霜月零
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/05〜03/09

●本文

 そろそろ春の足音が聞こえそうな今日この頃。
 窓の外に降り積もった雪を照らす暖かい日差しに、葛西美松は目を細める。
「もうすぐ、春ですねぇ」
 おっとりと呟き、手にした台本に目を落とす。
『京都冬景色〜往年の恋の欠片〜』。
 それは、京都を舞台としたシナリオで、70歳近い主人公が過ぎ去った過去の恋をもう一度、記憶と共に思い出し、過去と現代をそれぞれ表現しながら最後は現代で恋人にめぐり合えるという幸せなストーリーで、葛西美松がその主人公を演じることになっている。
 そしてつい先日、新人芸能人達と一緒に京都を旅し、イメージもしっかりと掴んできた。
 この舞台を演じることにもう、何の迷いもない。
 台本をゆっくりと閉じ、美松は舞台に思いを馳せた。


〜あらすじ〜
 京都を舞台とした恋物語で、若かった昔に主人公は恋を失っています。
 そして年老いて、再び京都の地を訪れた主人公は、もう一度愛する人にめぐり合え、今度こそ二人幸せになれるストーリーです。
 

☆京都冬景色〜往年の恋の欠片〜出演者大募集☆
 近日公演される舞台『京都冬景色〜往年の恋の欠片〜』出演者募集です。
 この物語は主人公の過去と、現在を演じてもらいます。
 若かった昔に恋を失った主人公の現代は葛西美松(NPC)が演じます。
 過去の主人公や恋人、現在の恋人などを募集です。

●今回の参加者

 fa0279 蓮華(23歳・♀・狐)
 fa0642 楊・玲花(19歳・♀・猫)
 fa0910 蓮城 郁(23歳・♂・兎)
 fa1633 アキラ(18歳・♂・蝙蝠)
 fa1836 紅牙 舜弥(15歳・♂・狼)
 fa2467 西風(58歳・♂・パンダ)
 fa2669 加賀谷 勇(26歳・♂・猫)
 fa3081 チェリー・ブロッサム(20歳・♀・兎)

●リプレイ本文

●プロローグ〜遠い昔の思い出
 舞台の幕が上がり、雪景色の京都の神社と、大きな梅の木を背景に、主人公・美咲(葛西美松)とその孫の冬二(紅牙 舜弥(fa1836))が舞台の端から歩いてくる。
 舞台の中央に置かれた古いベンチに二人は腰掛け、冬二は美咲に甘えている。
「ねえ、おばあちゃん。俺の爺ちゃんはどんな人だったの?」
 無邪気にせがむ孫に促され、美咲は遠い昔を思い出す。


●一章〜出会い
 それは、ある寒い冬の日だった。
「この神社は学問の神、菅原道真公が祭られていることで有名だけど、元々は五穀豊穣の神が祭られていたとされているわ。
 境内のいたるところに【牛】が神使として祀られているのよ」
 若かりし頃の美咲(楊・玲花(fa0642))がとある神社を訪れると、そこの巫女・桜樹千歳(蓮華(fa0279))がその神社について丁寧に説明をする。
 金髪碧眼の彼女は高い神通力を持ち、この神社のご神木とも言われる梅の木の精とも会話が出来るという噂だった。
 東京の呉服問屋の一人娘で、戦火を避けて本家筋である京都の親戚を頼って疎開してきていた美咲には、その噂が本当かどうかはわからなかったが、金髪碧眼というあまり見ないもの珍しさよりも彼女の人柄に惹かれ、よくこの神社にお参りに来ていた。
 桜樹は大きく満開の梅の木に手を添えて、
「この梅は何百年も生きているらしくて、それだけにいくつか伝承があるんだけど、共通することがあるの。
 それは澄んだ心の持ち主や忠実な者に幸福を分けてくれること。梅の花言葉通りね」
 ふふっと微笑む。
 美咲は彼女と一時語らうと、雪の中を静々と立ち去ってゆく。
「あっ」
 不意に、その鼻緒が切れた。
 小石に躓くように、その場に倒れこむ美咲に、たまたまその場に居合わせた青年(アキラ(fa1633)が駆け寄って手を差し出す。
「大丈夫ですか?! お怪我‥‥は‥‥」
 美咲の顔を見つめ、惚けた様に言葉を失う青年。
「ありがとうございます。助かりますわ」
 そんな青年の態度をほんの少し不思議に思いながら、その手をそっと取り美咲は立ち上がる。
 けれど鼻緒が切れているから、再びよろけそうになる。
「俺で良ければ‥‥直します。‥‥掴まってて下さい」
 美咲の言葉に我に返り、片膝をついて青年は丁寧に鼻緒をすげはじめる。
「器用ですね」
 男性にしては白く華奢なその指先を、美咲はじっと見つめる。
「‥‥その、あんまり‥‥見つめないでください‥‥」
 そんな美咲の視線を頭越しに感じてか、青年は耳まで真っ赤になってつぶやく。
「まあ、ごめんなさい。殿方を不躾にみつめるものではありませんよね。失礼しましたわ」
「あ、いえ、失礼なんてそんな! ‥‥はい、直りました」
 一瞬顔を上げ、慌てて否定して、青年は直した下駄を美咲に履かせる。
「本当に、何から何まで助かりましたわ。失礼ですが、あなたのお名前をお聞きしても宜しいかしら? 私は美咲というのよ」
「雪彦です。美咲さんですか。素敵なお名前ですね。また‥‥貴女に会えるでしょうか?」
「えぇ、もちろん」
「寒いですから‥‥使って下さい‥‥」
 自分がつけていたマフラーを雪彦はそっと美咲に差し出す。
 微笑む二人に、梅の花びらがはらはらと舞い落ちる。
 そして仲良く話しながら去ってゆく二人を見つめるのは、梅の精(蓮城 郁(fa0910))と桜樹。
 質素ながらも着物を幾重にも重ね、白地をベースに透かしの入った千早を羽織った梅の精は、深緋の扇をぱちりと鳴らす。
「あの二人のことが、気に入ったの?」
 桜樹の言葉に、梅の精はただ、やんわりと微笑んだ。


●二章〜婚約者
 雪が解け、花が芽吹く春。
 美咲と雪彦、愛し合い惹かれあう二人は、けれど戦時中と言うこともあり、人目を忍んで初めて出会った神社での逢瀬が続いていた。
 そんなある日のこと。
「雪彦兄さま」
 黒髪の少女・雪(チェリー・ブロッサム(fa3081))が二人の前に現れた。
 雪彦より、二、三歳年下だろうか?
「婚約者だから兄様はおかしいね、雪彦さんて呼ぶね」
 いつもの癖で、つい、と笑いながら、愛らしい少女は雪彦の腕を組む。
「雪、なぜここにっ?」
「叔母様から聞いたのよ。いつ出撃命令が来てもいいように、神社へのお参りが日課になってるって。でも中々戻ってこないからおば様が心配なさって、私が迎えに来たの‥‥こほっ、こほんっ」
「雪っ?!」
「慌てなくて大丈夫‥‥ちょこっと、咳が出ただけだから」
 胸を押さえ、健気に笑う雪の顔は真っ青だった。
 雪の母親は身体が弱く、雪もその体質を受け継いでしまっているのだ。
「‥‥早く家に戻ろう。無理をしてはいけない。美咲さん、今日はごめんなさい」
 雪彦と雪は美咲に軽く頭を下げて、二人仲良く去ってゆく。 
「‥‥婚約者、ね」
 遠ざかる二人の、否、雪彦の背を、美咲は切なく見つめる。


●三章〜兄
 婚約者がいると知り、身を引こうとする美咲は、けれどどうしても雪彦のいる京都から離れられないでいた。
 本来なら、京都はあくまでも一時的な滞在だったのだ。
 本当はもっと田舎の疎開先へ行くはずだった。
 けれど無理を言って、今日までずっとこの場所に留まっていたのだ。
 蝉の鳴き声が響く中、いつもの神社で美咲は一つ、溜息をつく。
「本当に、まだここにいたんだな」
 不意にかけられた声に、美咲ははっとする。
「お兄様っ、どうしてこちらに?」
 そこにいたのは、美咲の兄・勇(加賀谷 勇(fa2669))だった。
「それはこちらが聞きたい台詞だ。疎開先から美咲がまだ来ないと連絡を受けて来てみれば‥‥戦況が悪化しているというのに、なぜお前はまだここにいる? この地もいつ戦火に巻き込まれてもおかしくないんだぞ!」
「お兄様‥‥」
 妹を心配するあまり、怒りを露わにする勇に、美咲は俯くしかできない。
「俺が田舎まで送る。着いて来い!」
「いやっ、それだけはっ‥‥この地を離れたくないのよっ」
「まって! 美咲さんに何をなさるんですか!!」
 美咲の腕を掴み、引きずるように連れ去ろうとする勇に、雪彦が掴みかかる。
「何だお前は?」
 けれど華奢な雪彦はあっさりと勇に掴みかかった腕を逆手にされて呻いた。
「雪彦さんっ、しっかり! お兄様、どうか彼の手を離して」
「‥‥そうゆうことか」
 必死の妹の表情で、勇はすべてを悟る。
 即ち、雪彦のせいで妹は疎開先に向かわないのだと。
「驚かしてすまなかったな。俺は美咲の兄だ。君に、少し話がある。時間をもらえるか?」
「お兄様とは知らず、失礼を致しました。えぇ、大丈夫です。あ、でもその前に、美咲さんにこれを」
 着物の袖から簪を取り出して、美咲に手渡す。
 そして少し頬を染めて、雪彦は勇と共に立ち去ってゆく。
「これは、手作りね? なんて素敵なのかしら」
 長く艶やかな黒髪を束ね、そっと簪をさしてみる。
 梅の花のモチーフがあしらわれたそれは、美咲の美しさをより一層引き立てた。
「共にいられずとも、私はこれで十分だわ」
 ポツリと呟いたその言葉に、けれど疑問が投げかけられる。
「本当に、それで良いの?」
「桜樹さん、いつからそちらに?」
 その声は、桜樹のものだった。
 巫女装束の桜樹は、神秘的な青い瞳で美咲をじっと見つめる。
「‥‥えぇ、良いのよ。それが、お互いの為なの」
 寂しげに微笑んで、美咲は立ち去ってゆく。
  
  
●四章〜別れの時
 その日は、突然やって来た。
 なぜか雪彦の婚約者である雪の使いの者に呼ばれ、その家を訪れた美咲は病の床に付していた雪から赤い手紙を見せられる。
「召集礼状‥‥!」
 それは、美咲が一番恐れていたことだった。
 ついに雪彦に召集令状が届いてしまったのだ。
「雪彦さんが愛しているのは‥‥貴方だから‥‥雪彦さんを‥‥どうか、お願い‥‥」
 大好きな雪彦の大切な人だから。
 雪は美咲の手を握り、全てを託してそっと息を引き取った。
 

「早く、作り上げなくては」
 雪の思いを受け止め、美咲は千人針を作り出す。
 千人の女性が赤い紐で手拭に結びを作り、それで日の丸を作る。
 そうすると千人の願いの強さで大切な人が無事、帰還するといわれていたのだ。
 美咲は兄に、桜樹に、そしてお世話になっている親戚の方々へ。
 それが終わったら、京都の町へ出て通りすがりの女性にも頭を下げ、必死に祈りを込めて完成を目指す。
 けれど運命は残酷。
 雪彦の出征の日には間に合わなかった。
 千人の女性に結んでもらうことの出来なかったそれは、けれど美咲の手で所々に五円が縫い止められていた。
「ごめんなさい、雪彦さん。私は、あなたに何もしてあげられないわ‥‥っ」
 完成させることの出来なかったそれを手渡し、軍服姿の雪彦に、美咲は泣きじゃくる。
「必ず。貴女の待つこの神社へ帰って来ます」
 雪彦は舞台の上から客席に向かって凛々しく敬礼をし、振り返らずに舞台から去ってゆく。 
  

●終章〜止まらない涙
 雪彦が戦場に赴いて数日。
 大切な兄までも同じ戦場に赴くことになり、美咲は日々、神社で祈りを捧げていた。
 来る日も来る日も。
 愛する人達の無事を祈って。
 暑かった夏は終わりを告げ、緑の木々は赤く染まり落ち葉の絨毯を作り上げる。
 その絨毯の上に白い雪が積もり始めた頃、美咲の待つ神社に、一人の青年が現れた。
「雪彦さん?!」
 駆け寄る美咲は、けれど立ち止まる。
「ただいま、美咲。雪彦でなくて、すまない」
「お兄様、ご無事だったのね? 嬉しいわ」
 美咲の目に嬉し涙が浮かぶ。
 けれどそんな美咲に、勇は唇を噛み締める。
「お兄様?」
「美咲。よく、聞いてくれ。雪彦のことだ」
「雪彦さんのことをご存知なのですね!」
「ああ。俺の所属部隊と雪彦の部隊は同じ方面に出動したんだ。だから、あいつがいた部隊のことは、把握している‥‥情報が、入ってきたんだ‥‥」
 顔を輝かす美咲に反比例して、勇は歯切れが悪くなってゆく。
「お兄様‥‥?」
「美咲、すまない」
 勇は美咲から目を逸らし、赤茶色に変色した千人針を差し出す。
 所々に五円が縫い止められたそれは、美咲が完成させることの出来なかった千人針に他ならない。
「どうしてこれが? ‥‥いや。いやよ、いやああああっ!」
 兄に縋り、美咲は魂も裂けんばかりに泣き伏した。


●エピローグ〜いつまでも幸せに
「そんなに愛し合ってたのに、そんなのってないよ!」
 冬二が老いた美咲にぷっくりと頬を膨らます。
 ハッピーエンドを期待していたのに、悔しくて仕方がないのだろう。
「ちぇっ、つまんねーの」
 不貞腐れて、そのまま雪の中を冬二は駆けて行く。
「これこれ、そんなに走ったら転んでしまいますよ‥‥きゃっ!」
 やんちゃな孫を追いかけて駆け出した美咲は、けれど自分が転んでしまう。 
 その美咲に、すっと手が差し出された。
 在りし日のように。
 驚いて顔を上げたそこには――。
「貴女のもとへ帰るのに、四十年も掛かってしまった」
「雪彦さんなの?」
 思い出の中よりも、ずっとずっと年老いて、けれど優しい瞳はそのままに。
 雪彦(西風(fa2467))は美咲を抱きしめる。
「ずいぶんと、待たせてしまいました‥‥」
「えぇ、えぇ、待ちましたとも。ずっとあなたを、待っておりましたわ。‥‥お帰りなさい」
 人目もはばからず、泣きながら抱きしめあう二人を邪魔しないように冬二はそっと美咲の背に隠れる。
 紹介されなくたって、もうわかったのだ
 目の前のお爺ちゃんが、冬二の祖父だということを。
 二人、在りし日のように手を繋ぎ、ゆっくりと舞台袖に歩いてゆく。
 その後ろをご機嫌に付いて付く冬二。
「良かったわね」
 そんな彼女らを見守るのは、桜樹と梅の精。
 年老いてもなおも美しい桜樹に微笑んで、梅の精はひらりと舞う。
 
 ――万代に 年は来経とも 梅の花 絶ゆることなく 咲きわたるべし
     どれほど歳月が過ぎようと、この梅のように貴方を想う恋心は咲き続ける――

 梅の精の舞いに合わせ、舞台の上から、そして客席の上からはらりはらりと梅の花びらが舞い落ちる。
 舞台の上の枯れていた梅の木が、一瞬にして満開になる。
 美咲と雪彦に、そして全ての人々に。
 幸せが訪れますように‥‥。