☆ハンドベル行進曲☆アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 霜月零
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 11/27〜12/01

●本文

「ハンドベルのね、楽団を作りたいのよ」
 初老の老婆は、昔ながらの暖炉の側で、愛猫を優しく撫でながら幸せそうに囁く。
 小さな頃からの夢だったという彼女は、今年でもう89歳。
 最愛の夫に先立たれ、子供たちも皆成人し、大きな屋敷にただひとり住む彼女はそれなりの資産家。
 街にクリスマスソングが流れ始め、粉雪がはらはらと舞うこんな夜は、幼い頃に聞いたハンドベルの聖歌を思い出すのだ。
 独特の高く遠く澄んだ音色は、大人になった今も忘れることの出来ない宝物。
 その、遠い思い出の日の音を、今またここに再現するべく、私設の楽団を作りたいというのが彼女の願いだった。
 教会にはすでに了解を得て、あとは楽団が出来上がれば彼女の夢は叶うのだ。
 そうして、プロダクションの集まる街の片隅に、こんな求人広告が張り出されることになった。


『ハンドベル楽団、演奏者募集中。経験不問。ハンドベルを純粋に楽しみたい方は、ぜひご入団ください――』
 

●今回の参加者

 fa0201 藤川 静十郎(20歳・♂・一角獣)
 fa0223 六条・ナギ(23歳・♂・狼)
 fa1406 麻倉 千尋(15歳・♀・狸)
 fa1456 焼津甚衛(51歳・♂・鴉)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa1646 聖 海音(24歳・♀・鴉)
 fa1713 玄穣(14歳・♀・豚)
 fa1889 青雷(17歳・♂・竜)

●リプレイ本文

●個性的な楽団メンバー
「まぁまぁ、こんなに沢山の方が集まってくださって嬉しいわ」
 ハンドベル楽団を立ち上げたおばあちゃん――御影石氏は、年季の入った毛糸のショールを羽織ながら微笑む。
「夢を叶えるお手伝いとは素敵な仕事ですね。
 私共役者はお客様に夢をお見せする商いですし、方法は違えど目的は同様かと存じます。
 楽器の扱いは不慣れですが其処は努力次第、力を尽くさせて頂きます」
「未経験ですけど、ハンドベルの音って綺麗でしょ? 一度やってみたかったんですの♪ 機会があって嬉しいですの♪ 頑張りまーす!」
 深々と礼をする歌舞伎役者・藤川 静十郎(fa0201)と、元気一杯の美森翡翠(fa1521)。
「ハンドベルの音って好きー。すごく優しい音なの。
 一個だけじゃただのベルだけど、皆で鳴らす事によって曲になるってところも好きだな、皆で演奏してるって感じが強くて」
 御影石氏が用意したハンドベルの一つを手にとって、麻倉 千尋(fa1406)は楽しげに鳴らしてみる。
「いい音色なんだよな」
「あ〜なんかアニメで見た事ありますねリンリン鈴鳴らす奴、そんな乙女チックなおばあちゃんの夢を叶えますよ〜♪」
 六条・ナギ(fa0223)はベルの音に耳を澄まし、青雷(fa1889)は特撮俳優らしいヒーロー口調で明るく請け負う。
「こういう格好でのお仕事は緊張しますね‥‥でもとても新鮮な気持ちです」
 聖 海音(fa1646)は普段着ている着物をやめて、ハンドベルの雰囲気に合わせたのだろう、白のシャツに黒のボトムを着用し、おっとりと微笑む。
「ハンドベル、鳴らしたことはないんですが、練習すれば私でもできるかもです‥‥と思ったんですが、本業で楽器を演奏される方もおられるみたいですし、足だけは引っ張りたくないです‥‥」
 いつもの思い込んだら命がけな強気はどこへやら。
 今までかかわったことのないジャンルに本業はプロレスラーの玄穣(fa1713)は少々気後れしてしまっているようだ。
「‥‥練習あるのみだ。努力をするんだ」
 そんな玄に一人、みんなから距離をとって部屋の隅に佇んでいた焼津甚衛(fa1456)がぼそりと呟く。
 黒い帽子を目深にかぶり、愛想のないその顔は険しく、あまり人付き合いは良くなさそう。
 御影石氏と目が合うと、帽子を取り、ぺこりと一礼する。
「う、うん! がんばりますっ」
 そんな焼津にファイティングポーズを思わずとって、力いっぱい断言する玄。
 さまざまなジャンルから集まった、個性的な楽団メンバーを前に、御影石氏は心底嬉しそうに微笑んだ。
 

●楽団の名前は『ブレーメン』
「俺、楽団名考えてきたんだよ。『ブレーメン』ってどうだ?」
 リンリンリーン♪
 ベルを鳴らす練習をしながら、尋ねる青雷に、
「賛成ですの。お話の動物さん達みたいに音楽楽しめたら素敵ですの」
 りんリンりん♪
 やっぱりベルを鳴らしながら美森が頷く。
 小柄な美森は、大きなベルだと重くて支えられず、高音域の音が出る小さなベルを握っている。
 しかし、小さいとはいえベルはそれなりに重く、しかもそれを曲に合わせてタイミングよく鳴らすのだから、見た目よりもずっと重労働。
「‥‥両手で、ベルに近い場所を持つといい。音も安定する。‥‥そう、そんな感じだ」
 音楽知識に長けている焼津が、やはり無愛想に美森の小さな手を包み、ベルを持つ位置を教える。
「ありがとうですの♪」
 にこっ。
 曇りのない美森の笑顔に、焼津の口元が少しだけ笑ったようなきがした。


●夜の練習はこっそりひっそり全員で?
「楽器の演奏も歌も、本気で取り組んだことはないですし、努力は皆さんの二倍〜三倍くらいはやらないと‥‥!」
 夜。
 御影石氏の用意した練習部屋で、ベルと楽譜を睨めっこしながら玄は一人、何度も何度も練習をくりかえす。
「あら? ベルの音がすると思いましたら、玄様もいらしていたんですか?」
「聖さん、丁度よいところにいらしてくださいました。ここ、この高音部の歌い方が上手くいかなくて‥‥」
 勤め先のバーが休みだったから、私も練習に来ましたのよと微笑む聖に、救いの神とばかりに楽譜を指差して助けを求める玄。
 御影石氏に聞かせる曲はみんなとの話し合いで『きよしこの夜』と『ジングルベル』に決定している。
 そしてこれは御影石氏にはまだ内緒なのだが、『きよしこの夜』ではみんなでベルと合唱を披露する予定なのだ。
 だから、歌は御影石氏のいる昼間には余り練習できず、夜、練習部屋を借りて練習していたのだ。
「ベルと同時に歌うのはとても難しいと思いますのよ? ハンドベルはまだ私も練習中の身ですが、歌ならば少々たしなんでおりますから、まずは歌ってみましょうか」
「お、お願いしますっ!」
 玄の真剣な眼差しを受けながら、聖は少し緊張した面持ちで『きよしこの夜』を歌いだす。
 透明感のある澄んだ歌声が響き渡り、そしてその声に重なるように男性陣の低いテノールが響く。
 歌声が、ベルの音がどんどん重なっていく。
 気がつくと、全員、この部屋に集まっていた。
「水臭いっすよ。みんなで練習しましょうや♪」
 夜食用のたい焼きを袋に一杯抱えて青雷がいえば、
「まずは習うより慣れろってヤツだな? 俺も混ぜてくれ」
 六条は髪をかきあげる。
「ふむ。練習は決して恥じることではありません。日々の努力がいざと言う時によい結果を導くのです。精一杯努力し、心を込めたベルの音は、例え上手とはいえなくとも人の心に響くでしょう。私もそのような‥‥人の心に響く演奏を行えたらと思います」
 パチリと扇子を鳴らして懐にしまい、ハンドベルを手に取る藤川。
「‥‥‥協力しよう」
 麻倉と美森のお子様美少女二人の手を引き――むしろほとんどぶら下がられるような格好で――焼津も加わる。
 お子様二人のご両親にきちんと連絡を入れ、また送り迎えも買って出た焼津は、なぜか二人に懐かれ。
「‥‥怖く、ないのか‥‥?」
 練習の合い間に、まとわりつく二人に尋ねると、
「焼津さんはやさしいんですの♪ とってもすきですの♪」
「にゃ? 別にこわくないんだよ。もっとこわい人は事務所で見慣れてるの。音の鳴らし方教えてもらえるとうれしいな」
「‥‥‥‥そうか」
 二人の反応に、短く頷いて、やはり愛想はないけれども丁寧に音の鳴らし方を指導する。
 ミュージシャンとして存在感のある焼津が、この大した仕事でもない依頼を受けたのには、理由があった。 
 ――子供の笑顔を見たい。
 昔、顔を見て、子供に泣かれた。
 そのことがずっと心に残っていたのだ。
(「この仕事は、子供を笑顔にするかも知れない」)
 そんな想いで参加したのだが、その願いは早くも叶えられたらしい。
 目の前で微笑む少女達は、そんな焼津の思いに気づかずに、ただ純粋にベルの音を響かせる。
「誰もが暖かい気持ちを思い起こして、幸せになれる。そんな澄んだ音色が出せればいいな」
 六条の奏でるベルの音が、夜空に響いた。


●おばあちゃんと一緒
「まあまあ、みなさん随分上達しましたねぇ」
 短期間でめきめきと上達した楽団メンバーの音に、御影石氏は感嘆の声を上げる。
「そういえば、団長のハンドベルの思い出とか聞かせて頂けませんか?」
「おばあちゃ‥‥じゃなくて団長、あたしもききたーい♪」
 練習の合い間に、やっぱりたい焼きを摘みながら青雷は御影石氏に思い出をたずね、麻倉もねだる。
「あらあら、こんなおばあちゃんの思い出話なんてつまらないわよ?」
 遠慮しながらも、御影石氏はポツリポツリと語りだす――初めて、ハンドベルを聞いた日のことを。ベルの音に合わせた聖歌隊の歌声‥‥遠い記憶の、大切な思い出。
 頬を染めて、嬉しそうに思い出を語る御影石氏に、
(「本当に、ハンドベルが大好きなんだな‥‥俺は、おばーちゃんに幸せをプレゼントする天使になるぜ」)
 青雷は心の中で誓うのだった。
  
 
●心に響くベルの音色〜おばあちゃんの為に
 教会で。
 イエス・キリストの像の前に並ぶ8人。
 白いシャツと、黒いボトムやスカートを身につけ、手にはそれぞれのパートのベルを握っている。
 観客は、御影石氏ただ一人。
「曲は、きよしこの夜です」
 聖が、その柔らかな物腰と共に、歌声を紡ぎだす。
 一番を歌い終わると、2番を全員でコーラス。
 そうして、3番はいよいよハンドベル。
 おばあちゃんを喜ばす。
 ただそれだけの為に、8人は厳かにベルを奏でだすのだ。
 低音部は、藤川と玄。
 中音部は、青雷と聖、そして麻倉。
 高音部は、六条と焼津と美森。
 大切に、大切に。
 御影石氏が大切にしているベルを細心の注意を払いながら扱い、自分のパートに専念する藤川。
 何度も何度も繰り返し練習した音を、みんなの足を引っ張らないように精一杯再現する玄。
 元気に鳴らしたり、優しく鳴らしたり、ベルの音にアレンジを効かせる青雷。
 各個の奏でるベルの音一つ一つが音の流れとなり、音楽として響くのを楽しむ聖。
 いつもの元気な雰囲気を厳かに変え、神聖な心持ちでベルを奏でる麻倉。
 ギターを演奏するときの気持ちを思い出す六条。
 完璧な演奏と共に、周りへのフォローも入れる焼津。
 小さなおててで、楽しみながらベルを鳴らす美森。
 8人の演奏は、決して完璧とはいえなかった。
 けれど御影石氏を、おばーちゃんを喜ばしたいという優しい気持ちは本物で、その心は、澄んだ音色を醸し出すベルの音に交わり、おばあちゃんの胸にそっと降り注ぐ。
 両手を口に当て、嬉し泣きをする御影石氏。
 窓の外には麻倉の願いを叶えたかのような、小さな粉雪が舞い始めていた。