空想音楽劇団〜Ark〜ヨーロッパ
種類 |
ショート
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担当 |
霜月零
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/01〜04/05
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●本文
そのオルゴールには、ありとあらゆる物語が詰め込まれていた。
開ける度に紡がれる音楽は異なり、どこからともなく歌が流れ出す。
その歌を歌っているのは一人の少女。
白い服を纏い、オルゴールを手にした少女は舞台の上から客席に微笑む。
そして少女の後ろには、空想楽団。
手にした楽器を奏で、オルゴールに合わせて幻想的な音を紡ぎだす。
「箱舟を、探しているのです。それはとても小さく、そして大きい。
それは世界の全てを飲み込もうとし、世界の全てを拒絶します。
箱舟は、いま、どこにあるのでしょうか?」
少女の声に応えるように、舞台の袖から次々と役者が現れ、箱舟を語りだす。
それは、空想音楽劇団の舞台の一幕。
歌を奏でるだけでは飽き足らず、物語を紡ぎだすその劇団は、いま、存亡の危機に瀕していた。
「ロゼッタが居ない? フィレンディーも? なんてこった!」
劇団の団長は頭をかきむしる。
魅惑の歌い手であり、この劇団の要とも言えるロゼッタ=ジェムナスティが失踪してしまったのだ。
よりによって、空想楽団のバイオリニストと共に。
『探さないで下さい。二人で愛の旅に出かけます』
そんな書置き一つで飛び出した二人の行方は知れず、そして公演はまだまだ続く。
「お前達、今すぐ歌い手とバイオリニストと、役者を連れてくるんだ!」
やけくそになった団長は団員をそう怒鳴りつけると、がっくりとソファーに埋もれるのだった。
☆空想音楽劇団出演者募集☆
空想音楽劇団では、駆け落ちしてしまった二人の穴を埋めてくれる人を募集しています。
そのほかにも、劇を彩る人材を切望しています。
この劇団では音楽を奏でるだけでなく、劇をしてもらいます。
バイオリニストも例外ではありません。
そしてこの劇団ではA〜Zまでを題材にし、劇を上演しています。
今回の題は『Ark』
箱舟です。
●リプレイ本文
●神の御使いを騙るもの
白い衣裳を纏い、オルゴールを手にマーシャ・イェリーツァ(fa3325)は舞台の上で身の上を語り始める。
踊り子たる彼女は、大切な人を失ったのだという。
青い瞳を涙で濡らし、華奢な指先がそっとオルゴールを開く。
そのオルゴールの音色に合わせ、いままでマーシャのみに当てられていたスポットライトが舞台の後方、空想音楽劇団団員達を映し出す。
バイオリンを奏でる水鏡・シメイ(fa0509)、チェロとバイオリンを担当する椿(fa2495)、グランドピアノを弾く冬織(fa2993)。
その他にもバクパイプやフルートなどクラシカルな様々な楽器と共に空想音楽劇団は曲を奏でる。
光の歌姫マリーカ・フォルケン(fa2457)は長く艶やかな金髪を飾り結い上げ、漆黒の歌姫・篠森 アスカ(fa0141)は無表情で冷たい美貌を客席に向ける。
そしてコーラスを担当する女性達も二人の歌姫に合わせて歌いだす。
「あたしには、もう何も残されてはいないのです」
恋人を失い、絶望の淵に立ち、踊ることすらも忘れてしまったマーシャは、神に祈りを捧げる。
彼女にはもう、祈ることしか出来なかったのだ。
「‥‥人の子よ‥‥Ark、箱舟を探してください‥‥それは救いをもたらすもの、それは素晴らしいもの」
そんなマーシャに応えるように、背中に蝙蝠の翼を生やし、黒いドレスを身に纏ったラム・クレイグ(fa3060)が歌いながら舞台袖から現れる。
そのまま舞台の上に設置された高台にラムが上ると、ゆっくりと、舞台の上からピアノ線に吊られた大きな宝石がマーシャの下に降りてきた。
「その宝石は鍵を探し出すためのもの‥‥他の鍵に近づけば惹かれあい熱を帯びるでしょう」
「箱舟‥‥?」
言われるままに、マーシャは疑うこともなく輝く宝石を受け取る。
ラムが神の御使いなどではなく、悪魔の使いであることに気づけない。
絶望が深すぎて、目の前に差し出された偽りの希望を疑うことなど出来なかった。
「あたしの希望!」
くるりとマーシャが宝石を掲げて舞うと、手足につけられた銀の鈴の音がシャラリと響く。
「どうか探し出して‥‥神の造りし箱舟を‥‥」
ラムの声に抗うことなく、マーシャはくるりくるりと舞を舞う。
「箱舟を、探しているのです。それはとても小さく、そして大きい。
それは世界の全てを飲み込もうとし、世界の全てを拒絶します。
箱舟は、いま、どこにあるのでしょうか?」
哀れな操り人形は、言われるまま誘われるままにArkを探す旅に出る。
●箱舟を指し示す鍵
一番手。
バイオリンを奏でる指を止め、萌黄の翼をはためかせて椿は箱舟を指し示す鍵の一人を演じる。
「陽光輝きし昼の世界 打砕き上り来る星々
月光煌きし夜の世界 追い立て迫り来る暁
星々が現われたのは何処
暁が訪れるのは何処
其処へ向えば何が待っているのか‥‥キミは知ってる?」
歌いながら椿が伝えるのは方角。
Arkがあるのは東だと。
椿の持つ宝石が輝き、暗い会場の天井に満天の星空を描き出す。
「昼が終わり夜の星が現われるのも、夜が終わり夜明けが訪れるのも東だよ」
マーシャに伝えたい事を伝え、椿は再びバイオリンを奏でだす。
二番手。
光の歌姫マリーカと、漆黒の歌姫である篠森がそれぞれ宝石を掲げて歌う。
「箱舟とは、希望にあふれる物。
希望は、すぐそこにあり、そして消え去りながらも生まれ出でてくるもの」
「箱舟とは、絶望の淵より顔を覗かせる物。
絶望とは、常にそこにあり、そして消え去りながらも生まれ出でてくるもの」
二つの異なる歌詞を同じ音楽に乗せて、交互に歌いあう。
それは箱舟を求めることへの溢れんばかりの希望と、どうしても抱いてしまう未知への一抹の不安を表していた。
篠森は背中の大きく開いた黒のカクテルドレスをまとって高音中心に歌い上げ、マリーカは白いマーメイドラインのドレスをまとい、低音中心に歌い上げる。
透明感のある篠森の高い声と、深みのあるマリーカの低音が見事にハーモニーを織り成した。
二人の歌姫が伝えるのは箱舟の本質。
歌に合わせてマーシャがシャラリシャラリと舞を舞い、鈴の音も合わせて二人から宝石を受け取った。
三番手。
着物姿のバイオリニストの水鏡は、バイオリンを爪弾きながら微笑む。
「古の箱は大地の奥に
優しい眠りに包まれて その時が来るのを待っている
天の星が地に降り注ぐ
大地はそれを五つ写して時満ちる
‥‥星の欠片を手にする物よ、あなたの行く手に幸あらんことを」
宝石をマーシャに手渡し、水鏡はバイオリンを奏でる。
水鏡が伝えるのは鍵の数。
箱舟を手に入れる為に必要な鍵は全部で五つ。
幾重にも星が流れ落ちるかのようなテンポの速い曲を、けれど水鏡は容易に弾きこなす。
そして最後の鍵は冬織だ。
白狼の尾と耳を持つ冬織は、大神の使い。
グランドピアノを奏でながら、歌うように語りだす。
「闇の獣が眠りにつき 光の子らが目を覚ます
天空の綺羅は身を隠し 緋色の衣が世界を包む
人ならぬ者が還る刻 人は求むる物を見つくる」
夜明けの時を表すその歌が伝えるのは刻。
箱舟が現れる時間だ。
「夜明けの時刻は、神々や魔物が己が住処へと還る刻限らしいからの。‥‥魔に魅入られぬよう、気をつけるのじゃ」
マーシャに助言を残し、最後の宝石を手渡す。
「箱舟、それは始まりの船にして最後の希望。
影が示した導きの光。
それを見つけることが叶えば、全ての望みは叶えられる。
だから私は手に入れなければならない。
喪われたものを取り戻すために」
両手に溢れそうな五つの宝石を抱きかかえ、マーシャは客席に掲げる。
ライトの光を反射して、それは五つの光を放つ。
東へ、東へと箱舟を求めて旅を続けてきたマーシャの願いは今こそ叶う。
客席の天井から、ロープを伝ってゆっくりと箱舟が舞台へ舞い降りてくる。
「箱舟よ。どうか願いを叶えて!」
マーシャが叫び、舞台の上で止まった箱舟に宝石を埋め込んでゆく。
一つ、又一つ。
宝石が埋められるたび、箱舟は光り輝く。
●悪魔
「よくぞ探し出してくださいました」
箱舟の前で願うマーシャの前に、ラムが再び姿を現す。
蝙蝠の羽を生やし、慈悲深い笑みをたたえていたラムは、しかしマーシャの側まで歩み寄るとナイフをきらめかせる。
「なぜ? なぜなのっ?」
ラムを神の御使いと信じて疑わないマーシャは、その一撃を踊り子の身軽さで辛うじて避け、叫ぶ。
「そう‥‥それこそは、神の作りし希望の船‥‥楽園へと導く我ら魔物にとって不要で忌々しく目障りなもの!」
箱舟を指差し、ラムが叫ぶ。
ライトが全て落とされ、劇場に稲妻のシルエットと効果音が響き渡った。
「そんなっ、全て偽りだったというの?!」
うっすらと照らされる舞台の上で、マーシャは嵐に翻弄される小船のように、絶望の舞を舞う。
シャラシャラと涙のように鈴が鳴り響いた。
ぽうっ‥‥。
淡いライトがチェロを奏でる椿を照らす。
「キミが求めしものはキミの中に」
ぽっ、ぽうっ‥‥。
歌い続ける光と闇の歌姫を照らす。
「箱舟とは心」
「箱舟とは希望」
ぽうっ‥‥。
バイオリンを奏でる水鏡を照らす。
「希望は今この場所に」
ぽうっ‥‥。
グランドピアノを弾く冬織を照らす。
「全ての鍵が揃いしこの時に、魔を打ち滅ぼす力となるじゃろう」
箱舟を指し示す鍵が全て揃い、劇場のライトが一斉に付き、まばゆい光の中で四人は魔を退ける歌を奏でる!
「あたしは、絶望に屈したりしない。希望は、箱舟はいつもここにあるのよ!」
マーシャが叫び、五人目の鍵として聖なる踊りを軽やかに舞う。
恋人の死で全てを諦め、踊ることも忘れていた彼女の心に希望が灯る。
「やめよ! その歌を、その演奏を、踊りをやめよ! ‥‥あぁ!!」
草木が芽吹き、朝の訪れを告げる希望に満ちたその曲は、魔の使いたるラムは苦しみながら消え去った。
●エピローグ
舞台の上では、いつの間にか箱舟が消え去り、マーシャの手に小さな宝石が残る。
淡く輝くその名はArk。
またの名は、言わなくてももうわかっている。
「精一杯、生き抜くわ。例え小さな光でも」
長い旅を終え、マーシャは絶望の淵から立ち上がる。
そうして、希望に向かって歩き出すのだった。