冥土のお仕事☆記憶の檻アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
霜月零
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
04/05〜04/09
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●本文
――思い遺したことはなんですか?
――行きたかった場所はどこですか?
――泣いている人はどこですか?
――その願い、その苦しみ、わたくしたちが解決しましょう!!
その青年は、苦しんでいた。
過去のどうしても忘れられない出来事のせいで。
その記憶を忘れようと、必死にもがいたが、駄目だった。
なぜ、こんな記憶があるのか?
考えれば考えるほど、その記憶は彼を苦しめる。
その記憶に捕らわれて、彼は、今日も苦しみ続ける――。
メイド喫茶『Entrance to heaven』。
略して『EH』
そこは最近流行のメイド喫茶で、シックで愛らしい黒いメイド服に身を包んだ少女達はもちろんのこと、イケメンのウェイターも取り揃えたちょっぴりメイド喫茶としては邪道なお店。
「Dのお時間です」
死神を思わせる黒いマントを羽織った老人が、EHのスタッフ達に声をかける。
『Dの時間』とは、メイド喫茶のもう一つの仕事を意味する。
メイド喫茶『Entrance to heaven』のもう一つの仕事。
それは、死者の魂を天国へと導くこと。
迷い、彷徨える魂を救うこと。
「彼を、救ってあげてください」
短く、店長は呟く。
青年を救えるのは、きっとこのEHだけ。
メイド達は頷き、カメラ目線でずらりと並び微笑んだ。
☆冥土のお仕事キャスト募集☆
深夜特撮番組『冥土のお仕事☆』では、メイド服に身を包んだ特殊能力を持った少女達が、助けを求める幽霊達の願いを叶え、天国へと導いています。
今回は過去の記憶に苦しむ青年を救っていただきます。
●リプレイ本文
●封じられた記憶。
その青年は苦しんでいた。
とても大切な事があったような気がするのに、思い出せない。
胸に残る微かな思いはもどかしく、いっそ大切なそれを忘れたいのだろうかと自問する。
「いや、違う。忘れてはいけないはずなんだ‥‥これはなんだ? 一体‥‥」
わからないのに、思い出すことは出来ないのに、悔やんでも悔やみきれない後悔の念と悲しみが青年―― 橘 桂(神楽坂 紫翠(fa1420))を苦しめる。
その光景を、闇の中からくすくすと悪霊たる柊 塊(月 李花(fa1105))は嘲笑う。
「苦しんでいるね? 記憶って、あってもなくても苦しむモノなんだね。人間ってほんと面白いんだよ」
塊が橘を見つけたのはほんの些細な偶然。
強い怒りと厳しさと、そして優しさを持った肉親の念に絡み捕られて、本人に自覚はなくとも成仏することが叶わなかった橘は、いまはもう塊が奪い盗った記憶に苦しめられ、自分が死んでいることにも気づいてはいなかった。
だから塊はほんの少し悪戯をしたのだ―― 一番苦しく、忘れたくても忘れられない、忘れてはいけない橘の記憶を抜き取ったのだ。
その記憶はいま塊の手の平の上で真珠のように澄み、ほんのりと輝いている。
「珍しいな〜。人間のわりには綺麗な魂の一部なんだよ」
指先で橘の記憶の欠片を弄び、塊は良いことを思いついたと口の端を歪める。
「どうせあいつらがまた来るんだろうし‥‥このくらいの遊びがあったほうが楽しめるんだよ」
ぱちりと指を鳴らすと、瞬間、橘の身体を禍々しい茨が覆い被さる。
それは、橘を現世に縛り付けている肉親の想い。
橘に纏わり付いているその強すぎる想いを塊は利用し、罠を仕掛ける。
一瞬の出来事に恐れおののく彼の身体に茨は溶け込み、その事実を柊の記憶から再び塊は奪い去った。
「覚えていられると、面倒だしね。まあ、せいぜい苦しんでよ? あははははっ♪」
幼い少女らしく無邪気な容貌からは想像もできない邪悪さで、塊は全てを嗤い続ける。
●メイド喫茶『Entrance to heaven』
「お帰りなさいませご主人様‥‥って、店長でしたか」
サエ(アカネ・コトミヤ(fa0525))がポニーテールを揺らして挨拶をした相手はメイド喫茶Entrance to heaven、略してEHの店長。
死神たる店長は普段はEHの営業時間が終わった後に店を訪れるから、こんな風に実体化して店内に入ってくるのは珍しい。
「ここはcuteなお嬢さんがたくさんいるんだな」
背が高く、日に焼けた褐色の肌と赤い髪が印象的な美女が店長の後に続く。
「こんな時間に珍しいな。‥‥Dの時間か?」
死神見習いの蓮(鹿堂 威(fa0768))も気づき、声をかける。
Dの時間とはEHのもう一つの仕事、悩み、彷徨える哀れな霊を天国へと導くことだ。
そして店長と見慣れぬ美女の後ろには、橘が佇んでいた。
死した魂である橘の姿はEHを訪れる一般人には見えないものだったが、特殊能力を持った店員達にはその姿は実体のようにはっきりと視ることが出来た。
そうしてサエと蓮は店長と謎の美女、そして死した魂・橘と共にスタッフルームへと移る。
まず最初に彼女を紹介しようと店長は言い、
「EHに世話になることになったレイだ。アメリカから来た。いつまでここにいるかは判らないが、滞在中はよろしく頼むよ、colleague」
レイ(シヴェル・マクスウェル(fa0898))は不遜に笑う。
「留学生、ですか? 私はサエです。どうぞよろしくお願いします」
ずり落ちそうになる眼鏡を抑えて、サエは礼儀正しくお辞儀をし、レイを見上げる。
「俺は蓮。死神見習いだ。あんた、強いな?」
見習いとはいえ死神である蓮には、レイの霊力の強さがよくわかる。
EH最強の霊能力を持つ柚木とはまた違った強さと霊力を感じるのだ。
そんな彼女がなぜアメリカからEHに来たのだろう?
「さあ? 強いかどうかは時と場合次第だ、Cool boy。それはそうと、forget、記憶を失った彼の話を聞いてやってくれ」
レイが親指で合図する。
「記憶を失った‥‥? お名前などは覚えていらっしゃいますか?」
『あぁ、自分のことは殆ど覚えている。名前は橘 桂だ。親は橘 泰三。あんなやつらを親だと思いたくは無いがな。きっちり覚えている』
サエの質問に橘は忌々しげに答え、見上げるサエはちょっぴりビクビク。
今日はなんだか背の高い人に周りを囲まれてて、小柄なサエは埋もれそうだ。
けれども橘泰三という名前には聞き覚えがあった。
確か製薬会社の会長も同じ名前だったはず。
「以前にも似たようなことがあったな。記憶を失った事が心残りとなり、成仏できないというケースはよく解るが‥‥」
蓮は過去にEHであった事件を思い出し、思案する。
今回の橘の場合は、生前の殆どの記憶を持ち合わせているようだ。
なのに、何か大切なことを忘れているという。
(「閻魔帳があれば死者の記録を閲覧することが出来るんだが‥‥あの時以来、取り上げられたままだからな」)
今回とよく似た事件の時に蓮は死神たる禁忌を犯し、閻魔帳を死者ではなく生者の素性を調べることに使ってしまったのだ。
禁忌を犯したものには当然罰が下る。
その時の罪はEHメンバーの助けもありなんとか償い、いまもこうして蓮はこの世界に存在することが出来ているのだが‥‥。
(「俺は、一体何者なんだろうな?」)
思い出すことが出来ずに苛立つ橘を見つめ、蓮は今までの自分を振り返る。
蓮は死神『蓮』としてこの世界に生を受け、たまたまEHのメンバーと知り合った。
けれどそこには雪恵がいた。
初対面の時、蓮を亡くなったという兄・秋葉 蓮と間違え、泣き出してしまった少女。
そして時折、フラッシュバックのように脳裏に映し出される死神・蓮としては知り得ない雪恵との思い出。
雪恵が危機に陥るたび、絶対に守らなくてはならないという想いと、湧き上がる霊力。
いままで故意に目を逸らしていた事実を一つ一つ確認してゆけば、自ずと真実は見えてくる。
(「俺は、死神・蓮であり、秋葉蓮なのだ‥‥」)
事実を受け入れた瞬間、
「‥‥‥っ?!」
蓮の身体に衝撃が走る。
(「指が‥‥っ!」)
すうっ‥‥と。
実体化が解け、霊体と化した蓮の指が消えかかる。
「Oh! Cool boy、無理してはいけない」
レイがすっと消えかけた蓮の手を握る。
彼女から瞬時に霊力が注がれ、蓮の身体は再び実体化するだけの力を取り戻した。
「蓮さん?」
橘への質問に集中していて何が起こったか気づかなかったサエは、小首を傾げる。
「‥‥いや、なんでもない。大丈夫だ」
消えかけた指を握る。
きちんとそこに感覚があることに安堵する。
(「まさか‥‥俺は消えるのか?」)
ぞくりと背筋が凍る。
秋葉蓮としての全ての記憶を取り戻した時。
死神・蓮は消えるのだ。
誰に教わったことでもないが、本能がそれを告げる。
「助かった。感謝する」
レイにだけ聞こえるように蓮は呟き、そうして決意する。
雪恵にだけは、決して知られてはならない、と。
●橘 泰三
橘桂の父親である橘泰三(田中 雪舟(fa1257))は、想像以上に厳しい人だった。
「君達は一体なんなのかね?」
屋敷といって差し支えない豪華な家の前で、訪れたEHのメンバーを泰三はその存在感で威圧する。
そろそろ白い物が混じりだした頭髪はきちんと整えられ、スーツを着ている彼はこれから出かけるところだった。
「あ、あのっ、私たち、橘さんのお焼香に来たんです」
サエが予め用意しておいた訪問理由を告げる。
橘泰三は、サエの記憶どおり製薬会社の会長で、嫌がる桂をどうにか説き伏せて自宅にやってきたのだ。
『親父‥‥』
複雑な表情で桂は泰三を見つめる。
むろん、泰三には桂の姿は見えてはいない。
「彼には生前世話になった。Homecoming、帰国前に彼に別れを告げさせてくれ」
レイが嘘をさくっと言い切る。
「む、むぅ‥‥。ならば息子の部屋に案内しよう。だが、あまり長居はさせれん。これから用事があるのでな」
泰三みずからサエとレイをメンバーを家に上げる。
桂の部屋は生前のままにされており、帝王学や辞書、六法全書などが本棚に整然と並べられ、高級感を漂わすアンティークな机には金髪の少女と桂が幸せそうに微笑んだ写真が飾られていた。
『この女性は‥‥‥‥くそっ、思い出せない』
触れれない指先で少女の写真に触れ、桂は唇を噛み締める。
『この部屋、やけに淀んでいるな?』
実体化せず、サエとレイが門前払いを食らった場合にはこっそりと忍び込む予定だった蓮は、桂の部屋に絡みつく、悪霊とはまた違う嫌な気配を感じていた。
「そろそろいいですかな?」
仏壇には桂の写真と、それとは別に母親らしき女性が赤ん坊を抱き、泰三がベットの側で笑っている写真があった。
サエとレイが出来るだけゆっくりとお焼香を済ませると、泰三はすぐさま二人を急かす。
「お忙しい時に申し訳ありませんでした」
頭を下げるサエに、泰三はほんの少し表情を柔らかくする。
「いや、こちらこそ急かして申し訳ないですな。ご焼香感謝する。では、失礼」
軽く頭を下げて、泰三はお抱え運転手に行き先を告げる。
「向坂桜が亡くなったらしいからな。急いでくれ」
所々掠れて聞き取りづらかったその言葉に、桂の額にはどっと冷や汗があふれ出す。
『向坂‥‥桜‥‥死んだ‥‥?』
心臓が激しく脈を打つ。
そして何故か桜の木の記憶が思い起こされた。
『桜‥‥? そこに、何かがあるのか?』
わからない。
けれど、きっと記憶を取り戻す手がかりに違いないのだ。
桂の記憶にある桜の場所は分かっている。
四人、急ぎ桜の場所へと向かいだす。
●向坂 桜
ずっと、少女―― 向坂桜(朝葉 水蓮(fa2986))は待っていた。
事故で離れ離れになってしまった恋人―― 桂のことを。
まだ蕾でしかない桜の木の下で。
少女はずっと、待っている。
「ここだね。Japanの桜は見事だというけれど、蕾ばかりとはregretta」
レイはそんなことを言いつつも、公園に植えられた一本の桜を見つめる。
そこには向坂桜が佇んでいた。
向坂はふと、俯いていた顔をこちらに向ける。
その顔は桂の部屋に飾られていた少女と同じだった。
そして、桂と目が合うと、その赤い瞳に大粒の涙を浮かべる。
『逢いたかった‥‥ずっと、会いたかった!』
最愛の人に逢えた喜びのままに、向坂は桂に駆け寄ってくる。
そうして桂の記憶が一気に思い起こされた。
『俺は、そうだ‥‥あの時、事故で死んで‥‥彷徨っている時にあの少女に‥‥駄目だっ、俺に近づくな!』
塊に奪われた記憶を思い出した瞬間、桂の身体から無数の黒い茨が鞭の様にしなり飛び出して、近くにいたサエを、レイを、そして蓮を攻撃する!
「そんなっ‥‥一体なぜ?!」
茨に捕らわれながら、サエはどうにか脱出しようと試みる。
このままでは霊力を具現化して銃を作り出すことが出来ない。
「Darkness‥‥? 邪気が見えるな‥‥」
襲い来る茨を霊力を帯びさせた強靭な拳で叩き伏せ、レイは虚空を見つめる。
パシリッ!
空間が割れ、ついに悪霊たる柊塊が姿を現した。
「世の中そんなに、上手くいくとはかぎらないんだよ」
中に浮かび、塊はクスクスと嘲笑う。
「くっ、これは一体?!」
絡み捕られた茨から、蓮に思念が流れ込んでくる。
それは、泰三の想い。
母親が若い男と家を出てゆき、男手一つで桂を育て上げた。
誰よりも完璧で、決して片親であることを馬鹿にされたりはしないように、厳しく育て続け―― いつの間にか、桂の心は泰三から離れていってしまった。
『失いたくない』
茨から溢れるのは泰三の厳しさの裏に隠れた深い愛情と悲しみだ。
『親父‥‥なんで‥‥』
自らも茨に捕らわれていた桂は流れ込む想いに涙する。
「こんな物、こうするんですっ!」
サエが霊力を指先に集中し、茨を切り裂く。
「Cool! よく出来ました。ついでに力を貸してくれるとなおGood」
レイがサエにウィンクする。
もちろん、護りは蓮が請け負う。
死神たる蓮の魔力に護られた二人は、茨を放出し続ける桂ではなく、元凶たる悪霊・塊に攻撃を繰り出した。
「あなたのような悪霊さんは、冥界にお帰り願います!」
「culprit、覚悟はいいか?」
霊力を最大限にまで溜めたサエのホーリーナパームと、拳に霊力の全てを溜めたレイがその豪快な一撃を塊に撃ち放つ!
眩い閃光と共に、塊は消え去った。
●エピローグ
『あなたのこと、愛してるから‥‥。ずっとずっと、愛してるから‥‥』
『俺もだ。もう決して離しはしない‥‥!』
元凶と共に茨は消え去り、全ての記憶を取り戻した桂は、ずっと約束の場所で待ち続けていた向坂を抱きしめる。
その二人の身体は、薄っすらと薄れてゆく。
現世に縛り付けられていた想いが消え、成仏するのだ。
『ありがとう‥‥』
向坂はEHメンバーに微笑み、二人が消えた後には満開の桜が咲き誇るのだった。
闇の中。
塊は痛む腕を抱きしめて、傷を癒す。
「抜かったんだよ‥‥あいつ等に遅れをとるなんて。‥‥これから主のために、本気を出さないとやばいかな? 功績出さないと、戦禍衆の邪魔入りそうだし‥‥ね」
塊の何処までも黒い瞳は、ここではない何処かを見つめていた。