M〜日替わりの殺人〜アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 霜月零
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 やや難
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/07〜02/11

●本文

「犯人は、貴方だ!」
 名探偵・荒木団十郎役の渋いオジサマが舞台の上から客席に向かってステッキをかざす。 
 スポットライトは客席のたった一人を照らし出し、照らされたその人はゆっくりと立ち上がり、微笑んだ。
 観客から驚きの声が上がる。
『今日は観客のなかに?』
『犯人がまぎれていたなんて、ちっとも気がつかなかったよ』
 そんなざわめきが聞こえないかのように、
「ええ、そう。わたくしが彼を殺したの。彼はいつだって優しかったわ。だけど‥‥」
 彼女はゆっくりと、舞台へと歩みを進め、そうして演技を続ける。

 それは、舞台『日替わりの殺人』の一幕。
 劇団『Mysterious dream』によるそれは、毎回公演のたびに犯人もストーリーも代わっていくことが売りだった。
 昨日犯人だった人物が、今日も犯人とは限らない。
 そして犯人は舞台の上にだけいるとは限らないのだ。
 観客の中にこっそりと紛れ込んでいるかもしれない、いま自分が見ているこの席の隣に犯人がいるかもしれないという期待。
 何度見ても最後まで犯人がわからない面白さは、一度といわず2度、3度とリピーターを呼び込み、劇団にとってそれは嬉しい反面、困った事態を呼び起こした。

「あれ? あの人、劇団の優華さんじゃない?」
 観客席で犯人役として潜んでいた女優を指先し、声を上げる観客。
 そしてまた別の日には、
「どうしてスタッフの中に酒牧啓二さんが? 今日の犯人は酒牧さんなのかしら」
 薄暗い会場の中で、サングラスや鬘で変装していても、コアなファンはすぐさま見破るようになってしまったのだ。
 これでは、『日替わりの殺人』の魅力が半減してしまう。
「ならば、新しい団員を迎えようではないか」
 荒木団十郎役を勤める団長は、悩める団員にパイプをふかしてウィンクした。

●今回の参加者

 fa0182 青田ぱとす(32歳・♀・豚)
 fa0244 愛瀬りな(21歳・♀・猫)
 fa0361 白鳥沢 優雅(18歳・♂・小鳥)
 fa0914 キャンベル・公星(21歳・♀・ハムスター)
 fa2617 リチャード高成(22歳・♂・猫)
 fa2669 加賀谷 勇(26歳・♂・猫)
 fa2724 (21歳・♀・狸)
 fa2820 瀬名 優月(19歳・♀・小鳥)

●リプレイ本文

●舞台の始まり
「皆様日替わりの殺人へようこそです。チケットをお出しになって、こちらからご入場くださいです」
 明るい笑顔と共に、愛瀬りな(fa0244)が劇団『Mysterious dream』の公演を見に来たお客様の切符を切りながら案内する。
 普段の華やかさを抑え、出来るだけ地味な印象になるように髪を後ろで一つに纏め、尚且つ高い演技力でスタッフを自然に演じてきっている彼女が芸能人だとは誰も気づかない。
 劇団Mysterious dreamの『日替わりの殺人』の新メンバーに加えられたのは八人。
 愛瀬ももちろんその一人だ。
 新たな八人を加え、いま舞台の幕が上がる。


●第一の殺人
 舞台の赤い緞帳に映し出されたスクリーンに、崖から落ちる車のシルエットが写る。
 落下してゆく音と、激しい雨と稲妻と悲鳴の効果音が会場に響き渡る。
 それは青年実業家・伊集院甲子郎(リチャード高成(fa2617))が死した瞬間だった。
 そうして、ゆっくりと緞帳が上がってゆく。
 

「言われんでも、あんさんの価値が銭だけや言うんはようわかっとります」
 舞台の上では青田ぱとす(fa0182)がぱたぱたと忙しなく扇子を扇ぎ、鬱陶しげに篠原玲子(キャンベル・公星(fa0914))をねめつける。
 青田のぽっちゃりとした身体をさらに強調するかのようなペチコートを何重にも重ねた赤いドレスはシルク。
 太くたるんだ首に巻きつけた黒羽のマフラーを横に払い、いかにも嫌味な成金を演じる彼女は、手近にあったワイングラスを傾ける。
「あんさんは、伊集院はんを金目当てで殺したんや! あんさんの部屋にあった大量の睡眠薬がその証拠やろ。
 監察医たるあんさんなら薬はいくらでも手に入るんやからなぁ‥‥どうせこのワインも毒入りやろ? なんとかゆうてみぃ!」
 パシャリと中身を篠原にぶちまける。
「れ、玲子さんに何をするんだ‥‥!」
 それまで影のように背中を丸めて玲子の側に控えていた運転手・安川二郎(リチャード高成(fa2617)一人二役)が二人の間に割って入る。
 けれど白衣をワインで染められた篠原はそれでも微動だにせず、深みのある黒い瞳には青田への哀れみさえ込められていた。
 ――そう、まるで死者へむけるかのように。
「あんさんのそのなんもかんも見透かしたような態度があたしは前から気にいらへんかったんよ! ‥‥うっ?!」
 下品に喚き立てていた青田が、不意に胸を押さえて崩れ落ちる。
「なにも薬というものは即効性のものだけではないのです」
 額に脂汗を流し、ぱくぱくと陸にあげられた魚のように空気を求め、もがき苦しむ青田の側に片膝をつき、篠原は空の小瓶を見せる。
「そう、あなたの言うとおりです。伊集院様を死に追いやったのは私の睡眠薬。
 私なら、どんな薬も死亡時刻も、鑑定書も思いのままに出来るのですから。‥‥もう、聞こえていませんか? 残念です」
 少しも残念いは思っていないその口調は、篠原の美貌とあいまって、冷たい恐怖を客席に落とす。


「待ってくれ、違うんだよ。僕は何も見ていないんだよ、なにも‥‥っ!」
 偶然、木陰から篠原の殺害現場を見てしまった白鳥沢 優雅(fa0361)が恐怖に叫ぶ。
 演技力のない白鳥沢は、けれどいまは本物の叫びをあげていた。
 なぜなら篠原の持つナイフが本物であると団長から告げられていたからだ。
 深く、深く自分の胸に突き立てられたかのようなそれとともに、白いシャツが血糊で赤く染まってゆくのを見て、舞台の上で叫ぶ白鳥沢は観客には迫真の演技として写った。


 舞台の上では篠原による次々と殺人が行われてゆく。
 

「なぜっ‥‥?」
 そしていま、舞台の上で殺されたのは篠原。
 コートを羽織り、帽子を目深にかぶった男の顔は、観客からは見えない。
 篠原の艶やかな黒髪が舞台に散らばる。
 よもやまさか自分が殺されるなどと少しも予想はいなかった様子で、驚きに目を見開く彼女は、けれど死の瞬間、愛おしそうな目線を犯人に向けたことに観客は気づけただろうか?


「先生まで殺されてしまうとは‥‥」
 篠原のお抱え運転手である安川は、連続殺人事件の解明に乗りだした名探偵・荒木団十郎の前で涙ぐむ。
「いやいや。これは想定の範囲内でしょう? 安川さん、あなたにとっては」
 くるりと杖を回し、名探偵・荒木十五朗がパイプをふかす。
「な、なんのことだ‥‥?」
「安川さん、いや、伊集院さんとお呼びするべきかな? あなたは少しばかりのミスを犯した」
 ぼさぼさの黒髪でおどおどとした安川と、青年実業家の堂々たる美青年・伊集院。
 まったく似ておらず、しかも伊集院は一番最初に殺された人物。
 客席からざわめきが漏れる。
 舞台の上では名探偵が推理を続ける。
 殺されたのがほぼ全員、過去の事件に関わる人達にも関わらず、篠原のみが無関係だった事。
 そのことから、犯人は篠原の関係者だと語る。
「犯人は、あなただ!」
 名探偵の声に合わせ、一斉にライトが安川を照らす。
 そして観念した安川は、曲げていた背をすっと伸ばし、黒髪の鬘をするりと脱ぎ捨てる。
 さらさらと光り輝く金髪に、観客から驚きの声が上がる。
「復讐‥‥それに人生の全てを捧げてきたのだ!」
 仮初の安川の姿を捨て、青年実業家たる本来の姿も脱ぎさり、舞台で叫ぶのは一人の復讐鬼。
 大切な家族を金の亡者共に無残にも殺され、たった一人取り残された哀れな被害者。
「篠原を‥‥玲子を殺したのは‥‥口封じ‥‥違う。復讐以外に我が心を奪われたのが許せなかった‥‥玲子‥‥」
 咽び泣く彼に、観客も涙した。


●殺人は天井から
 舞台の上で、新たな殺人による推理を語っていた名探偵が、ステッキを天井にかざす。
 殺されていたのは加賀谷 勇(fa2669)。
 180を越す長身で、殺陣もそつ無くこなせる彼は、いまは胸にナイフのコサージュを突き立てて赤い薔薇を咲かせていた。
 「犯人はあなただ!」
 名探偵が叫んだ次の瞬間、結(fa2724)が上からワイヤーに吊るされて降りてくる。
「よく解ったわね、私が犯人だって」
 ショートパンツにトレーナー姿の彼女は、どこからどう見ても裏方スタッフ。
 流石に天井から犯人が降りてくるなどとは思わなかった客席からは歓声が上がる。
 本当に裏方作業も手伝っていた彼女は確かに何度も舞台にあがり、殺害する機会はいくらでもあった。
「舞台の上にいる役者のことなら、スタッフの私が一番良くわかってたわ。だからあの日も彼がその位置に立つことは予想できたのよ。
 でもまさか、気づかれるとは思っていなかったわ。流石、名探偵さんって所?」
 探偵の推理に観念した結は、肩を竦めた。


●薄倖の美女
 舞台の上で、たったいま殺人を犯してしまった瀬名 優月(fa2820)はこれまでの人生を振り返る。
 彼女は、いつでも一生懸命だった。
 けれど結果はいつも失敗。
 どれほど努力しても、どれほど幸せを願っても、彼女にそれが訪れることはなかった。
 そしていま、彼女は最大の罪を犯してしまった。
 路地裏で恐怖に逃げ惑い、彼を突き飛ばしたその先に石があった。
 その石に後頭部を強打して、彼は死んでしまった。
 殺す気などなかったのだ。
 けれどそれは言い訳に過ぎず、暗い現実がそこに横たわる。
 彼女はその場から逃げ出した。


「僕が犯人? 馬鹿いわないで欲しいんだよ」
 場面が変わり、優雅に紅茶を嗜んでいた白鳥沢に、刑事役が事情聴取を行っている。
 ライトの効果なのか、彼の周囲には何故かきらきらと輝くものがあり、その美貌に客席の女性陣からは感嘆のため息が漏れる。
 刑事役は、頭をかきむしる。


「犯人は、貴方。そう、貴方だ!」
 白鳥沢や他の犯人を思わせる役者達に翻弄された刑事役と観客の前で名推理を語り、探偵がステッキを瀬名に突きつける。
「今まで私の運命の歯車は狂いっぱなしだったけど‥‥これで正しい方向に動き出すのよ、きっとね‥‥」
 偶然の殺人。
 そしてそれを見られてしまったことにより次々と殺人を犯すことになってしまった彼女は、やっと安らかになれたのだった。


●最終日〜交差する舞台の内と外〜
「はい、チケットはこちらです。二列にお並びになってお待ちくださいです」
『日替わりの殺人』舞台最終日。
 今日も地味な服装に身を包んだ愛瀬が明るくチケットを切る。
 その横を、加賀谷が意味ありげに通り過ぎる。
 一瞬、愛瀬は目を見開き、けれど次の瞬間には何事もなかったかのように笑顔でチケットを切ってゆく。
 その細かな演技に、気づいた観客は何人いただろう?
 舞台はもう、始まっているのだ。
 いま、この時から。


「はぁ。バレたら一文にもならしませんな。傷の保険も降りひんし、大赤字やわ」
 舞台の上では青田が誰かから札束を受け取り、「ひぃ、ふぅ、みぃ」と数を数える。
 相手は舞台のセットに隠れて観客からは見えず、見えるのはその細く白い腕だけ。
「まぁ、今回はこれで勘弁してやりましょ。しっかし、あんさんも運のないお人やなぁ。あんな事件さえなければ今頃あんさんは大女優やったかも知れへんのにねえ。
 ま、金さえ入ればあたしにはどうでもえぇことやけどな」
 誰かを脅迫し、大金を受け取ってご満悦の青田は、白い腕がナイフをきらめかせた事に気づかない。
 息を呑む観客の前で、青田はその短い生涯を終えた。


「犯人は、そう、加賀谷さん。あなたですね?」
 名探偵がパイプをふかす。
「‥‥そうだ、やったのは俺だ。あいつらがあんな事を持ち出して来なければ‥‥」
 加賀谷は青田達に過去のスキャンダルを持ち出され、脅されていたのだと語る。
 そうして、次々と殺していったのだと。
「確かに、それは事実でしょう。特に青田さんは、定職にも付いていなかったというのに嫌に羽振りがよかった。
 けれど、それが全てではない。この殺人には、共犯者がいる。それは、あなただ!!」
 舞台の上で、名探偵が会場の入口にステッキをかざす。
 一斉に当たるライトは、そこに佇んでいた愛瀬を照らし出す。
 観客からはこれ以上はないというほどの驚きの声が漏れた。
 だれが、ここ五日間モギリに徹していた地味に見える彼女を犯人だと思うだろうか?
 けれどライトを受け、髪を解いた彼女の美貌は冴え渡り、スタッフなどではなく一流の女優であることをその存在感で知らしめる。
「残念だが名探偵さん、そいつは無関係だ。全ての殺人は俺がやったんだ。あんたもいま言っただろう!」
「‥‥もう、いいんです。ありがとう、加賀谷さん」
 全ての覚悟を決めた表情で、愛瀬はスポットライトを浴びながらゆっくりと舞台に向かって歩みを進める。
「青田さんを殺したのは、あたしです。あたしは、ずっと彼女に脅されていたんです‥‥」
 舞台女優を目指していたこと。
 スキャンダルのせいで夢を断念させられたこと。
 それでも未練は捨てられず、劇場の切符売りの仕事をしていたこと。
 そうして加賀谷と知り合い、いつしか恋人になっていたこと。
 夢を絶たれたスキャンダルをネタに、いまもなお、青田たちに脅迫されていたこと‥‥。
 全てを語り、愛瀬は舞台へ上がる。
「舞台でライトを浴びるお前の姿、こんな形で叶う筈じゃなかった」
 加賀谷は涙を流す愛瀬の髪を撫で、抱きしめる。
 二人の愛の深さに、観客も涙する。
 舞台の幕がゆっくりと下りてゆく。

 
 こうして、劇団『Mysterious dream』の舞台公演『日替わりの殺人』は、新たなメンバーによる犯人役で大成功を収めたのだった。