冥土のお仕事☆秋の夜長アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
霜月零
|
芸能 |
2Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
3.6万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
09/13〜09/17
|
●本文
――思い遺したことはなんですか?
――行きたかった場所はどこですか?
――泣いている人はどこですか?
――その願い、その苦しみ、わたくしたちが解決しましょう‥‥。
「久しぶり、でしょうか?」
メイド喫茶『Entorance to Heaven』のメイドは、目の前に困ったように立つ佇む女性に泣きそうな微笑みを向ける。
『貴方には、いえ、貴方達には、わたしの姿が見えるのね』
儚げな女性は、その姿も既に儚い。
ほんのりと風景の透けて見えるその身体は、既にこの世の人ではないのだから。
「ええ‥‥。ここ最近、お見えにならなかったから、どうなさったのかなと思っていたんです。‥‥こんな形でもまた会えて、嬉しいです‥‥」
見知った女性の死に、メイドは顔を曇らす。
いつも午前中、彼女はメイド喫茶を訪れていたのだ。
ノートパソコンを片手に、コーヒーを一杯。
窓際の、いつまでも枯れない桜の枝の側で小説を執筆していた。
『小説のことで頭が一杯で、ぼんやりとしていたから、こんなことになってしまったのね。
運転手さんには、悪い事をしたわ』
メイドが淹れてくれたコーヒーを、決して触れることは出来なくともその香りと気遣いを彼女は喜ぶ。
『お願いがあるの。もしよかったら、事故の運転手に、わたしの事を伝えてもらえないかしら?
彼、ずっと苦しんでいるの。
信号を無視してしまったのはわたしなのにね。
彼の部屋の書棚には、わたしの執筆した本が並んでいたわ。
だから余計、苦しめてしまっているの‥‥』
女性の願いに、メイドは頷く。
「必ず、あなたの思いを伝えてみせます」
迷い、彷徨う霊を導くのがEHのメイド達の本来の仕事。
どんなに難しくとも、霊の願いを叶えてみせる。
☆冥土のお仕事出演者募集☆
深夜特撮番組『冥土のお仕事☆』では、メイド服に身を包んだ特殊能力を持った少女達が、助けを求める幽霊達の願いを叶え、天国へと導いています。
そして今回『冥土のお仕事☆秋の夜長』では、連載途中の小説家の魂を救っていただきます。
小説家の女性は、信号無視をしてしまい、交通事故に遭いました。
そして、事故を起こしてしまった運転手は彼女の小説のファンでした。
ストーリーは、参加メンバーによって臨機応変に対応できますし、また、人数が足りない場合などはNPCが参加しますので、どなた様もお気軽にご参加くださいませ。
●リプレイ本文
●プロローグ
(「どうして、あの日僕はあの場所を通ってしまったのだろう?」)
白い病室から雨の振る窓の外を眺める青年は、何度後悔してもし足りない。
ずっと好きだった小説家を殺してしまうなんて。
小説家の信号無視が原因だった。
けれど、自分があの時もっと早く彼女の存在に気づき、ブレーキを踏んでいたら、雨でさえなかったら‥‥。
TVで流れるニュースで、自分が轢いてしまったその人があの小説家の米牧美津子だと知ったときのことはもう、良く覚えていない。
ただただ、後悔の念が青年を責め立てる。
●雨の日
「おや、事故か?」
イケメンウェイター喫茶『Fantasy Space』へ向かう途中だった。
柊 紫苑(神楽坂 紫翠(fa1420))は傘を傾ける。
信号機の下にはいくつもの花束が添えられ、中には小説まで置かれていた。
「つい最近のようだな‥‥」
関わるとろくなことがない。
そう判断して紫苑は足早にその場を去ってゆく。
ただでさえ、ここ最近身体がだるいのだ。
時折、記憶が跳ぶ事すらある。
(「あれの影響だろうか‥‥」)
幼い頃から、紫苑には霊が視えていた。
通常、そういったものは大人になれば自然と見えなくなるというが、紫苑の場合は一向になくなる気配がない。
だから本当に目が悪いわけでもないのにわざと眼鏡をかけ、余分なモノを見え辛くしているのだ。
紫苑は眼鏡を抑え、溜息をつく。
―― その身体が既に自分ではない何者かに使われ続けていることに気づかずに。
●メイド喫茶『Entrance to Heaven』
メイド喫茶『Entrance to Heaven』、略してEH。
そのスタッフルームでは、死した小説家―― 米牧の霊とEHのメイド達が頭を悩ませていた。
「運転手さんの事が気になっちゃう気持ちも解りますけど‥‥米牧さんも元気出してくださいね?」
事情を聞いた立花音羽(あいり(fa2601))は、米牧を気遣う。
「交通事故‥‥」
交通事故で亡くなったのだと知り、高梨雪恵(風間由姫(fa2057))は胸を押さえる。
亡くなった兄と同じ死に方だと思うと、より一層悲しみが募った。
「事故を起こしてしまった運転手さんを苦しみから解放してあげたい貴方のお気持ちはよくわかりました。あたし達メイドに任せてください。
貴女の思いを、言いたいことを伝えます。でも、それには貴女の協力が必要です」
咲村柚子(梓弓鶴(fa4048))は米牧の手を両手で握り締めるように包み込む。
実体を持たない米牧の手は本当に握ることは出来ないが、それでも柚子の力強さに沈む米牧の顔に笑みが浮かぶ。
霊体であり、実体に触れることの出来ない自分にできる事があるなら何でもすると米牧は言う。
「米牧さんの小説は、雨も読んでいます。連載途中だった『坂道を登って』もとても好きでした。取り返しのつかない間違いを起こしてしまった主人公が立ち直ってゆく様子は、最後まで読むことは出来なかったけれど幸せな読後感をもたらせてくれました。
だから雨は、米牧さんと会ったのは初めてだけれど、精一杯頑張りますね」
新米メイドの雨(角倉・雨神名(fa2640))はどこか無機質な感じのする少女だったが、それでもその言葉には米牧を思う気持ちに溢れている。
「でも、どうやって米牧さんの想いを運転手に伝えるかが問題だよね」
現実的な河合伊奈(三月姫 千紗(fa1396))は切実な問題を口にする。
「そんなの、あたし達が誠意をもって運転手さんに米牧さんの思いを伝えれば済むんだよ?」
くるるん。
巻き髪ツインテールを揺らして音羽は即答するが、河合は渋い顔。
「音羽さん、物事はそう簡単には行かないんだよ。運転手の事をあたし達がどうやって知ったのか、それに、見ず知らずの人間がいきなり自分の前に現れて死者からの伝言を届けに来たら、どう思うのかな?」
「‥‥かなり、警戒しちゃいますよね」
河合の言葉に音羽はもちろん、雪恵もしまったという顔になる。
Dの時間―― 迷い、彷徨う霊達を天国へと導く事を本来の仕事としているEHのメイド達には霊はとても馴染み深いが、一般の人からすれば霊などという物は存在せず、その存在を信じているというだけで奇異の目で見られかねない。
そう、いきなり運転手に見知らぬメイド達が『米牧さんからの伝言を届けにきました』などと伝えれば、その場で門前払いの可能性もあるのだ。
「それと、米牧さんの言葉だとどうやって信じてもらうかっていう問題もあるんだよ」
「確かに米牧さんからの伝言でも、それを証明する手段ってないかもしれない‥‥」
メイド達の誰かに憑依してもらい、直筆での手紙も書けることにはかけるが、小説は活字。
運転手が米牧さんのファンだったとはいえ、直筆を知っているとも思いがたい。
「小説の続きなんてどうでしょうか?」
ぽん。
雨が思いついたように手を叩く。
「小説?」
「そうです。さっき話した雨の好きな小説は、あと一話で終わるはずでした。運転手さんがファンなら、きっとそのお話も読んでいたと思うし、そのお話の続きを書けるのは米牧さんだけです」
「それっていいんだよ。その小説を渡して、わたし達の気持ちも寄せ書きして送るんだよ!」
雨の提案に、河合も音羽も頷く。
「米牧さん、なんでもするって言ってくれたけど、小説の続きを書くことは可能ですか?」
柚子の問いに、米牧は頷く。
「なら決まりですね。米牧さんはあたしに憑依してください。あたしなら潜在霊力が強いから憑依による疲労で命を落とすことはありません」
通常、長時間憑依された人間は体力と霊力を多く消費し、一歩間違うと死に至る。
それは霊力を持ったEHのメイド達であっても同じこと。
だが霊力だけでなく体力もある柚子なら耐え切れるだろう。
「Dの時間‥‥にしても、小説となると時間もかかりそうですね。小説や寄せ書きは店の常連であった米牧さんの遺品で、運転手に渡すようにカードが添えられていたということにすれば、それほど問題にはならないでしょう。
店は私が何とかしますから、みなさんは小説を頑張って下さい」
久我有瀬(イルゼ・クヴァンツ(fa2910))はそういって後のことは任せて店内へと戻ってゆく。
そしてメイド達が頭を悩ませる様子を、雪村くれは(夢想十六夜(fa2124))は黙って聞き耳を立てていた。
室温調節をされた店の中では、メイド達の大半はまだ半袖のメイド服を着用していたのだが、彼女は肌の露出、特に腕を庇うように黒い長袖のメイド服を着用していた。
無駄口を一切せず、通年を通して長袖の彼女はお客様をもてなす事をメインとしたメイド喫茶の中では少々変わった存在。
愛想をむやみに振りまかず、けれど常連客達からは密かな人気を誇っていた。
「‥‥‥」
無言のままその場を離れて久我と共に店に戻り、その仕事を手伝いながら雪村は心の中で筆をとる。
●みんなの想い
「え‥‥遺品?」
柚子に憑依し、何とか完成させた小説を手に、メイド達は運転手の病室を訪れていた。
「米牧さんの想いがいっぱい詰まってるんだ。早く読んで」
河合が戸惑う運転手を急かす。
メイド達の後ろには、米牧が不安げな様子で成り行きを見守っていた。
運転手は突然病室を訪れたメイド達と、そして米牧の遺品だという小説を見比べ、恐る恐るページをめくる。
製版されている物と違い、プリンターでコピー用紙にプリントアウトされただけのそれは、とても本物の原稿には見えない。
けれど読み進めていくうちに、運転手はあっと叫び声を上げた。
「これっ、この小説は、一体‥‥っ?!」
運転手が驚くのも無理はない。
そこには、主人公の過去の過ちが明かされていたのだ。
連載中、決して明かされることのなかった過去の過ちは交通事故として描写され、そして被害者の身内がヒロインと共に主人公の元を訪れ、決して恨んではいない事と未来を見つめて欲しい事を願う。
そう、今まさに運転手の身に起こっている事とほぼ同じ事が書かれているのだ。
だがそれを書くには彼女は事故にあった後でなくては書けるはずもなく、事故当時、即死だった彼女が書ける筈がない。
けれどこの文体は間違いなく牧野の物で、だからこの小説は間違いなく彼女が書いた物だとわかるのだが、いかんせん、現実に気持ちが追いつかない。
「米牧さんの遺品なんだよ。米牧さんはね、ずっと貴方を心配してるんだ」
「過去は取り返しがつきませんが‥‥未来はこれから創ることができます」
「一人で全てを抱え込まずに、あなたの人生も頑張って生きてください。わたし達メイドでよければ、いつでもお店でお待ちしています」
「米牧さんは、最後まであなたのことを心配されています。彼女の想いが伝わったなら、自分を許してあげてください」
口々に小説家の気持ちと運転手を想う自分達の気持ちを語るメイド達に、運転手は正直戸惑いを隠せない。
と、その時。
「‥‥歌?」
何処からともなく歌が流れてくる。
―― 祈り捧げしその両手に 触れるは優しき人の掌
―― 思い出せしは優しき思い どうかその人の分まで幸せに‥‥
洗練されているとはいい難い、どこか不器用な歌詞はけれど懐かしさと優しさを感じる歌声にのり、運転手の心の動揺を溶かしてゆく。
頭で理解しようとしなくていい。
ただ、今あるこの事実を、奇跡を受け入れよう。
「僕は、生きていていいんですか‥‥?」
ずっと思っていたのだ。
米牧の代わりに、自分が死ねばよかったのにと。
運転手の問いに、メイド達は大きく頷く。
「ありがとう‥‥っ」
小説を抱きしめ、運転手の瞳には涙が溢れる。
病室の窓の下では、歌い、思いを伝え終えた雪村がそっとその場を立ち去るのだった。
●エピローグ
「みなさん、お疲れ様です。さあ、最後の仕事をはじめましょう」
メイド達と米牧が店に戻ると、久我が最後の仕事を促す。
最後の仕事―― それは、米牧を天国へと送ること。
メイド達の力を合わせ、天国への門を出現させる
『私の思いを叶えてくださり、ありがとうございます』
米牧はメイド達に一人ひとり礼をいい、天国の門へと歩みだす。
「‥‥貴方が‥‥輪廻を巡り‥‥生まれ変わっても‥‥また、小説家に‥‥。私は‥‥貴方の小説が、また読みたい‥‥」
その後姿に、雪村はポツリと呟く。
「生きていても、死んでいても、姿形が変わっても‥‥それがお客様である限り、私達は歓迎いたします」
久我が門に手をかけ、開く。
『ありがとう』
米牧はもう一度みなに礼を言い、光溢れるその場所に旅立って逝くのだった。