消える舞台アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
深紅蒼
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1.5万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/15〜07/21
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●本文
コーディネーター麻生真由子が持ち込んだ依頼は『代役』であった。
「最近ね、公演中に関係者が消える事件があちこちで起こっているの。私が知っているだけで6月中に17件あったわ。もしかしたらもっとあるかもしれない」
公演の規模や演目にこれといった共通点はない。ミュージカル風のものもあったし、漫画原作を舞台化したものもあった。台詞がまったくないパントマイム調の舞台や朗読劇っぽいものからも忽然と『誰か』が消えている。役者の場合もあったし、舞台監督や音声や照明スタッフだった時もある。ただ、事件が起こる日時には法則があった。
「事件はね、必ず東京都内で2日おきにソアレで起こるのよ」
勿論、都内で行われる芝居はとんでもなく多い。とてもじゃないがその全てを監視することなど出来ない。
「私が依頼を受けたのはこの劇団。あのね、この日都内で行われるソアレはここだけなのよ」
麻生がシステム手帳から1枚メモを抜き取ってテーブルに置いた。『劇団ホワイトウェハース』夏公演。タイトルは『真夏の夜の夢2006』となっている。普通の劇場で芝居をすることの少ない当劇団らしく、この公演も今は使われていない教会を使って行われる。業界では休むことが多い月曜日の夜。
「代役はこの日だけでいいわ。もし、どこかに欠員が当日出来たらそこを埋めてもらいたいの。まぁ念のためって事ね。何事もなければ待機だけで済むかもだけど、どう?」
受けるのか受けないのか? 麻生は尋ねているようだった。
●リプレイ本文
●真夏の夜は悪夢?
劇団『ホワイトウェハース』の立ち稽古は本番を直前に控えて、上演場所となる教会を使っていた。祭壇と前の3列あたりまでの席が芝居に使われ、5列目以降が客席となる。内部はイミテーションのツタが壁に沢山掲げられ、レンタルで運び込まれた観葉植物が所狭しと置かれている。ごく普通の蛍光灯が煌々と照らし出す中、役者が芝居をしているが、演出家の怒声が時折響いて中断させる。
西園寺 紫(fa2102)は照明を担当している高杉という男に尋ねた。
「まだ照明はあてなくていいんですか?」
紫は視線を眼下に向ける。ここは教会の正面入り口すぐ上。学校にある体育館の様に壁をぐるりと回廊の様に取り巻くスペースがある。その一角であった。高杉と紫の間にはいかにも使い込まれた照明装置がある。その下に色セロファンを張った様なフィルターが幾枚も並べられている。
「‥‥まだ‥‥まだ、いいと思うよ。下手にこっちが参加すると、あっちが困りそうだからね」
高杉にとっては10歳以上も年下の紫だが、二人っきりでいると照れてしまうようだ。言葉も作業の手もぎこちない。
「パックの役をしている方って小柄なんですね。身長は私の方が大きいかしら」
紫は芝居の進行と役者達の立ち位置を気にしながら祭壇付近を見つめる。地味なスエットを着た小柄な役者があちこちを走り回っているが、あれがパック役なのだろう。
「それ、気にしているみたいだから本人に言っちゃ駄目だよ」
「そうなんですか。わかりました。あ、高杉さんは携帯電話持ってますか?」
「え? まぁ持ってるけど‥‥」
振り返った紫がニコッと笑うと、高杉はあわてて顔を下に向けた。
祭壇の左右にある扉。そのから中に入ると壁をはさんで祭壇の裏側に出ることが出来る。そこが音響班の仕事スペースだった。
「ここじゃ舞台の様子が見えませんけれど、良いのですか?」
Laura(fa0964)は教会には似つかわしくない黒い機材の山を見つめて首を傾げる。
「置く場所がここしかなかったんだよねー。セッティングしちゃったら誰か1人は前に出てないと駄目っぽいかなぁ〜」
明るい茶色の髪に劇団で販売している黒いキャップを被った原田が軽い口調で言う。
「ほんと、ボスは行き当たりばったりなんだよね〜」
呆れているのか困っているのか、原田の様子だけではよくわからない。
「ここ、エアコンもないんですよね。大変じゃありませんか?」
「そう〜劣悪な労働環境ってやつ?」
Laura自身は少しも辛そうでも暑そうでもないが、機材の発する熱もあり、原田は汗だくの様だ。それでも効果音を色々鳴らしてみては、チェックに余念がないようだった。
立ち稽古が続く。玖條 響(fa1276)は客席からその様子をじっと見つめていた。立ち稽古には何度も参加してきたが、やはり本番を控えた稽古風景は空気が違う。張りつめたその雰囲気は嫌いではない。何か良い物を創ろうとすればそれに見合っただけの代償が求められる。
「響君、随分ご熱心ね」
淡く香水の香りがした。滑る様に響の近くに腰を下ろしたのは辻 操(fa2564)であった。完璧にメイクアップした美しい横顔が間近にある。けれど、響はすぐに視線を立ち稽古に戻した。
「えぇ。時間がありませんから。何が起こって誰がいなくなるのかわかりませんから、出来るだけ沢山の役を把握しておかないと‥‥」
「そうね。私も私に出来て不自然じゃない役は全部台詞も立ち位置も間も覚えておきたいわ」
操も真剣な眼差しを芝居に注ぐ。眠るティターニア。オベロンとパックの軽快なやりとり。人間の恋人達が繰り広げるままならぬ恋の掛け合い。
「うわっ‥‥さすがにシェークスピアよね。長台詞ばっかり。こんなに長いと全員分の台詞なんて頭に入るかしら?」
するりと長袖のカーディガンを脱ぎ、和泉 姫那(fa3179)は響と操が並んで座る関戸は少し離れた場所に収まった。目はしっかりと舞台を見据えている。
「根性で覚えるしかないだろうな。自分が芝居に出るような事はないと思うが、スタッフこそダンドリをちゃんと覚えてないと不味いだろうから‥‥な」
自前の作業着を着た七氏(fa3916)が壁際にいた。
「ビデオは?」
響が尋ねる。響は自分の所有するビデオカメラ4台をこの教会に持ち込んでいた。主に荷物置き場など、人の目がなかったり人が出入りする事が少ない場所に設置されている。
「あぁ、なんとかレンタルしてきた。めぼしい場所にセッティングした。あと、当日は正面の出入り口と、芝居も撮るつもりだ」
勿論、劇団側の了承は取ってある。
「そういえば、ナブッカさんは?」
姫那は首を傾げる。いつも食い入る様に稽古の様子を見ていたナブッカ・ターダス(fa4097)の顔が客席にない。
「今日はあっちみたいだな」
七氏が顔を少しだけ動かす。示し方は稽古をしている舞台の袖にあたる扉付近。その開け放たれた扉の向こうにナブッカの姿があった。
唯一この場にいない新月ルイ(fa1769)は都内を走り回っていた。勿論、立ち稽古の様子も気になる。けれどルイには他にもどうしても調べておきたい事があった。麻生真由子に頼み込んで貰ったリスト。そのリストにある劇団などを片っ端から訪ねる。どれも、本番のさなかに失踪した人が出て、大変な目にあったところばかりだ。
「じゃ出番の直前にいなくなったのね?」
「そうだよ。1ベル鳴ってからいないなんてあり得ないよ。もし、あの子が戻ってきても、もう俺は仕事したくないね」
ある舞台監督は消えた新人女優をこう言って非難した。
「うちは3時間前だったかなぁ。3日前に照明さんが消えて困ったところも知ってるよ」
「まぁ! ありがと。って、それガセじゃないでしょうね?」
「マジマジ! 大マジよ」
「ふぅ〜ん」
まだ見習いで売店係りが消えた劇団の主催はルイに凄まれ、あわてて言い添える。調べていくと、舞台の合間や前に消える人が多かった。実際に芝居をしている間に消えた人はいない。
「どういうことなのかしらね。それに消えたピアニストもいるっていうし、あっちも気になるのよね」
けれどこれ以上手がかりはなさそうだ。ルイは捜索を打ち切り教会へと向かった。
そして、2幕があがる直前にアクシデントが発覚した。ティターニア役の萩島レナが行方不明になったのだ。20分の休憩時間のうち、すでに10分が経っている。
「なんで!」
姫那が叫ぶ。
「単独行動は慎んでくれるようにお願いしていたんだけど‥‥」
悔しそうに響が言う。
「‥‥辻さん、いけますか?」
ナブッカは静かな口調で操に言う。
「勿論よ」
操は即答した。
「じゃこっちに来て。メイクと着替えを急いで貰うから。あたしも手伝うし」
ルイが操を促す。操は無言でうなずき2人が足早に祭壇の奥側へと向かう。
「自分もフォローに入ります。劇団の方にも連絡します」
ナブッカは首のあたりに引っかけてあったヘッドセットをしっかりと頭部に装着し、操やルイとは別の方向へと走る。
「照明の方は全員います」
「音響の方もいます」
紫とLauraが戻ってきた。
「客席も特に騒ぎは起こってないな」
七氏が言う。1人で来た客がいなくなっているかもしれないが、これまでも客が被害にあった事はないので、まず平気だろう。
「後でビデオを見返してみましょう」
「そうだな」
響が言うと七氏は重い口調で返答した。
舞台は無事に終わった。設置したビデオカメラを回収して画像を再生してみると、客に紛れて正面入り口から出ていく萩島レナの姿が写っていた。カメラを意識して、映らない様にしているが、沢山のビデオカメラ全てから逃れることは出来なかったようだった。