【AoS】騎馬戦HEROアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 深紅蒼
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 07/23〜07/29

●本文

 夏には夏の風物詩がある。夏祭り・浴衣・花火・夕涼み・肝試し・水着、そして海。芸能人ならばそこに『夏の特番』を思い浮かべることだろう。たとえば、『芸能人水泳大会』だ。

「やだ」
 ごく簡潔に芦田穂高(あしだ・ほだか)は答えた。
「だめ。もう事務所の社長も『うん』と言ってる」
 芦田のマネージャー黒石勇(くろいし・いさむ)も簡素に答える。

 芦田は特撮ヒーロー番組『シャドウスプレッド』で主演を務めている。だいたい1年放映される番組は1/4程度が放映され終わっている。人気は可もなく不可もなく。視聴率は去年よりは少し下がったがそれでもプロデューサーの肩身が狭くなるほどではない。

「番組のテコ入れで参加しろっていうけど、俺泳げないの知ってるよね」
 芦田は開き直った様に言う。この夏の特番に出演するのはいい。しかし、プールで騎馬戦参加は無理だと思う。自慢にもならないが、ここ最近洗面所と風呂以外で水に顔をつけたことはない。
「お前のは泳げないんじゃない。水が怖くて近寄れない‥‥だ」
 真顔で黒石が言った。
「‥‥ぐっ」
 芦田は喉から妙な音を出しただけで反論しなかった。どうやら本当に水が怖いのだろう。
「俺はお前のマネだ。状況はキチンと把握している。それでも尚お前には芸能人なんとか運動会みたいなのに出て貰わんとならん」
「『芸能人水泳大会』だろ?」
「そんな番組だ。ちなみに全世界配信らしい」
 夏でもダークスーツで無表情の黒石はちょっと見、怖い。芦田程度の駆け出し芸能人ではどうにも太刀打ちが出来ない。そんな芦田が全世界に配信される番組に出して貰えるのは破格の抜擢だ。黒石達、事務所のスタッフが必死で取ってきてくれた仕事かもしれない。そう考えると水が怖いなんて言っていられないと芦田も思う。これは大きなチャンスなのだ。

「わかったよ。出る。出るよ! 溺れても出る。それでも良いんだろう?」
 あきらめと反感を押し殺し芦田は言う。しかし黒石は首を横に振る。
「だめだ。お前は今はまだヒーローなんだからな。画面に映る時は格好良くしてもらわなくてはならない。無様なヒーローなんかに子供は憧れないし、母親達も財布の紐を緩めないぞ」
 昨今の特撮ヒーローは人気さえ出ればそこから芸能生活が開けたりする。ドラマ、舞台、バラエティ。今は特撮は若手俳優の登竜門と言っても過言ではない。それもこれも、視聴者を魅了できるかどうかにかかっているのはどの芸能ジャンルでも同じだ。
「だから、俺は‥‥」
「特訓だ」
「え?」
 一瞬黒石が何を言っているのかわからず、芦田は素っ頓狂は顔をで聞き返す。
「ヒーローが壁にぶつかった時は特訓と大昔から決まってる」
「はぁ?」
「お前は騎馬戦の馬の先頭ともう決まっている。騎手はアイドルの女の子だそうだ。しっかりやらないと、そっちからもクレームが来るからな」
 黒石はニヤリと笑った。

●今回の参加者

 fa0262 姉川小紅(24歳・♀・パンダ)
 fa2648 ゼフィリア(13歳・♀・猿)
 fa3211 スモーキー巻(24歳・♂・亀)
 fa3782 祥子(24歳・♀・獅子)
 fa3871 上野公八(23歳・♂・犬)
 fa3916 七氏(28歳・♂・犬)
 fa4123 豊浦 まつり(24歳・♀・猫)
 fa4159 護国院・玄武斎(59歳・♂・亀)

●リプレイ本文

●最初の1歩は秘密兵器
 特撮番組の主演に抜擢され、数ヶ月前からなんとなく『芸能人』っぽい生活をしている芦田穂高(あしだ・ほだか)の自室は意外にも明るい2LDKであった。実はマネージメントをしている事務所の持ち物で、家賃は給与から天引きされている。
「これが秘密兵器?」
 芦田は皆が持ち込んだある『品』を見て目を見開いた。
「最初はね、こういうのから始めた方がいいと思うよ」
 姉川小紅(fa0262)はプラスチック製の白いモノを取り出した。
「‥‥自分には芦田さんの恐怖がどの程度なのか計りかねるからな。とりあえず、重症だと考えてきた」
 七氏(fa3916)も鈍く光る金属製のモノを荷物から取り出す。
「四の五の言ってないで、やるしかないんだろう? あんただって将来がかかってるんだし、番組の関係者も事務所の今後にも影響するんだ。覚悟は決まってるよね」
 スッと立ち上がった豊浦 まつり(fa4123)はジッと芦田を見つめる。その挑戦的な視線に芦田も立ち上がった。
「‥‥わかった。やる!」
「その意気だよ」
 まつりはニッコリ笑って七氏や小紅と同じモノを取り出した。まつりが持ってきたのはゲームセンターのクレーンゲームでGETしてきたらしい『洗面器』であった。
「洗面所はこっちです」
 芦田のマネージャー黒石勇(くろいし・いさむ)がリビングに顔を出し、皆を洗面所へと案内した。しかし、洗面台の中に洗面器を置いても芦田の動きが鈍い。
「お湯を入れてみたらどうですか? それでも駄目なら奥の手を使ってみるとか‥‥」
 大人が5人もいてごちゃごちゃの洗面所の外から控えめに声を掛けたのは上野公八(fa3871)であった。
「お湯からってのは私も考えてみたよ。お風呂っぽくてリラックス出来そうだよね」
「冷たさが恐怖と結びついている可能性もありますからね」
 まつりと公八はどうやら同じ意見の様だ。赤い印のついた蛇口をひねり湯を洗面器に張る。
「やってみよう。敵は洗面器だし、ピンチになったらあたしが助けてあげるから!」
 小紅がそっと芦田の背中を押す。その手からほんのり淡い光が溢れ出す。
「‥‥わかった」
 勢いよく芦田が洗面器に顔をつけた。
「やった!」
「どうですか? 獣人化しなくてもいけそうですか?」
「大丈夫、みたいだ」
「やれば出来る! じゃ次は浴槽!」
 小紅、公八、そしてまつりが狭い洗面所内を細かく移動する。
「黒石さん、プールの事ですが‥‥」
 七氏は皆の動きを確認すると洗面所を出て黒石の側へと向かう。この様子ならさほど時間を置かず、もっと大きな施設での『特訓』が必要になるだろうと思ったのだ。

 深夜の室内プール。その片隅に子供用の丸いビニールプールが置かれている。ごく一部の照明以外点灯されていないので、ここから遠い方は薄暗くて不気味にも見える。
「どんな感じ?」
 祥子(fa3782)はビニールプールの中であぐらを組んで座っている芦田に声を掛ける。祥子は側の椅子にゆったりと座っている。
「どうって言われても‥‥」
 競泳用のキャップを被り、水中眼鏡をネックレスの用に首から下げ、丈の長い水着を着た芦田は困惑気味だ。プールでの特訓と言われて緊張してきたのだが、ビニールプールとは思っていなかったようだ。
「そこから普通のプールを眺めていても、アカンなぁって風には考えたりはせんの?」
 水着姿でプールサイドに腰を降ろし、足で水面を蹴って水しぶきをあげていたゼフィリア(fa2648)が身をひねり芦田に声を掛ける。
「このくらい離れていたら大丈夫だ」
「トラウマってホントにやっかいなモンやね〜」
 ゼフィリアは溜め息と一緒に言う。ヒーローの素顔など見るモノではないのかもしれない。当然ながら普通の獣人が演じているのだから、素で超人な訳ではない。わかっているのだが‥‥どこか割り切れない自分がいる。
「ふ〜ん」
 祥子が腿に肘をつき前屈みになり芦田を見つめる。
「この程度の水なら怖くないのよね。ここでなら水に身体も浸せるんでしょ?」
「ああ」
 言いながら芦田はビニールプールの中で身体を伸ばす。
「やっぱり、子供頃に川で溺れたって体験かな?」
 シャツ姿のスモーキー巻(fa3211)が断定的に言う。プールサイドということで裸足なのが、なんともミスマッチだ。
「俺は覚えてないんだけど?」
 確かに芦田は物心つく前に川で溺れた事がある。本人は勿論覚えていない。
「本人が覚えていなくても、影響が出ることはあると思うよ」
 潜在意識化の恐怖。或いは家族などにより後天的に植え付けられた記憶。どちらの場合でも水を怖がる原因になり得るだろう。
「じゃ、そろそろでっかいプールの水に慣れて貰おうか。なぁ〜に、取って喰われるわけじゃなし、ほら入んな」
 やはりプールサイドの椅子に腰掛けていた護国院・玄武斎(fa4159)が張りのある声を出す。ご隠居と呼ばれているようだが、まだまだ若い者には負けない気概はある様だ。
「‥‥そうだな。時間も限られているし、やるしかない」
 どこか特撮番組でありそうな台詞を言い、芦田が立ち上がる。
「広いプールに男1人じゃ無粋だね、ほら、そこらの若いモンも入った入った。あ、準備運動は忘れなさんなよ」
「は〜い」
「もっちろん!」
 ゼフィリアと祥子が立ち上がる。
「あっしが鬼コーチを引き受けたからには容赦はしないよ」
 玄武斎はニヤリと笑った。しかしその枯れた様子を見ると、決して腹黒い様には見えないから不思議だ。


 黒石は芦田がロッカールームに向かうと皆に礼を言った。
「お陰でなんとか様になりました。ありがとうございます」
 最後の模擬騎馬戦という難関をなんとか芦田は成し遂げた。消して格好良く活躍できるという動きではないが、少なくてもビビって硬直する事はない。
「よござんしたね。まぁあっし達がお力になれたっていうんなら、こんなに嬉しいことはござんせんよ」
 玄武斎が笑う。
「最悪は水難救助するつもりだったが、その必要もなくてなによりだ」
 真顔で七氏が言う。冗談ではなく、本気でもし芦田が溺れたら助けるつもりだったのだろう。
「さっきの騎馬戦でもわざと水しぶきが芦田さんに掛かるようにしたんですが、競技に夢中でした」
 公八は両手を犬かきする様に動かして見せる。
「あたしの力もちょっとは役にたってるかな?」
 小紅はそっと自分のてのひらを見る。自分の力は芦田の心に平静さを取り戻せたのだろうか。
「きっと効果あるって思うよ、うちが保証するわ」
「ありがとう」
 ゼフィリアに小紅は笑顔を向ける。
「じゃ、今夜は黒石さんのおごりでパーッと行っちゃう?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ祥子が皆と黒石を見る。
「打ち上げでしたら、店は予約しています。勿論、みなさんが芦田の恐怖症を克服させてくれると信じていましたから」
 無表情に黒石が言う。
「素直じゃないなぁ黒石さんは。芦田君の事がとっても心配な癖に」
 巻が苦笑する。
「仕事ですから」
 ここで芦田が戻ってきた。
「焼き肉ってマジ?」
「マジマジ! 着替えてくるからちょっと待って」
「急いで着替えなきゃ!」
「ほ〜焼き肉なんて久しぶりだね〜」
 皆口々にロッカーへと向かう。
「しょうがないねぇ‥‥アンタ、こういう時はもっと笑うモンだよ」
 まつりは笑いながら肩をすくめ、黒石の横をすり抜けてロッカーへと向かった。

 そして、騎馬戦の結果やいかに‥‥。