超時戦記・アイオンアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 深紅蒼
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 やや易
報酬 0.2万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 10/27〜10/31

●本文


 特撮番組は子供向けということもあって放送時間は30分枠である。しかし、制作者側には時間が短いからといって一切の妥協はない。
「おい! ちょっと流して演ってみろ!」
「はい」
 監督の声にハケていたメインキャスト達が集まってくる。喫茶店『橘』での撮影は、実際に喫茶店を使ってのロケ撮影であった。借りられる時間は決まっている。


■喫茶店『橘』
 営業時間後で人気のない店の中。夜。翔と剛と櫂がカウンター席に座っている。

剛:待てよ翔!
 立ち上がった翔の腕を剛が掴む。翔がふりほどく。
翔:ほっといてくれ! このままやられっぱなしなんて俺は嫌なんだ。
櫂:(間をあけて)冷静になれ。闇雲に戦っても今朝の二の舞だ。
 翔、カウンターを両手で叩く。グラスが倒れて水がこぼれる。


「え? あれ?」
 翔役の片桐阿月が素っ頓狂な声をあげた。
「どうした?」
「監督〜コップに水、入ってないですよ」
 阿月はカウンターに置いてあるグラスを取り上げ、中がよく見えるように監督へ差し出す。
「またか?」
 監督は不審そうな顔をして顔を斜め後ろへと向ける。アシスタントプロデューサーの向井真希が目にはいると、真希に向かって声を掛ける。
「おい、小林はどうした?」
「小林ですか?」
「そうだよ。これは消え物さんの仕事だろ」
「はい! さ、探してきます!」
 真希は大急ぎで喫茶店の外へと出てゆく。

 ここ最近、ロケでもスタジオ撮影でも『消え物』と呼ばれる消耗品類が使用する前に紛失する事が続いていた。1件1件は些細な出来事なので、問題にする者もいない。しかし、頻発するとどうにも気味が悪くなる。特に真希は仕事が増えて迷惑している筆頭だ。
「小林さぁ〜ん! 消え物の小林さぁ〜ん! どこですか?」
「ここで〜す。向井さん、もしかしてまた?」
 キャンピングカーの向こうから小柄な向井緑の姿がひょいと現れた。
「またです〜すぐ来て下さい」
 泣きそうな真希にせかされ、緑は喫茶店の中へと引っ張られていった。

●今回の参加者

 fa0369 天深・菜月(27歳・♀・蝙蝠)
 fa1032 羽曳野ハツ子(26歳・♀・パンダ)
 fa1101 相馬啓史(18歳・♂・虎)
 fa1381 釈杖 ヒカル(17歳・♀・鷹)
 fa1473 勇姫 凛(17歳・♂・リス)
 fa1714 茶臼山・権六(44歳・♂・熊)
 fa1767 伊能 鱗ネ(27歳・♀・蛇)
 fa1814 アイリーン(18歳・♀・ハムスター)

●リプレイ本文

●消える『消え物』達
 特撮番組『超時戦記・アイオン』の撮影現場では時折おかしな事が起こる。撮影で使う『消え物』が撮影前に消えてしまうのだ。食事シーンでの食べ物、破り捨てる紙や落として壊れるグラスなども『消え物』の範疇に入るが、所定の場所にあるべき物がいつの間にか消えている。消え物担当である小林緑はその都度監督に怒鳴られ続けていた。

 その日も監督の怒声が撮影所に響く。
「向井! 小林はどこだぁ。燃えちまう写真がないぞ!」
「はい!」
 生真面目で固い声がすぐに返事をする。消え物担当の小林緑だ。
「でも‥‥あの、確かに写真はここに‥‥」
 小さな声で小林が反論する。
「だっても明後日もねぇーだろうがぁ。ご託はいいんだ、さっさと用意しろ。役者もみんな待ってるんだよ。『写真様待ち』なんだ!」
「はい!」
 脱兎のごとく小林が走る。

 それを撮影所の隅で見ていた天深・菜月(fa0369)は、すぐ隣でコードをさばいていた若い男に話し掛けてみた。多分、音響スタッフの若手かアルバイトだろう。
「こういう事、前にもあったんですか?」
 男は顔をあげる。
「あれ? さっきカメラ前にいた人じゃない? もう出番は終わったのにこんなところで何してるの?」
「見学です」
 菜月はすぐに答えた。新人だから勉強の為に見学したい。理にはかなっている。控えめな菜月の態度に若い男は好印象を持った様だった。半歩ほど笑顔で近寄ってくる。
「そっか。熱心なんだね。実はさ、最近こういう事多いみたいだよ。モチベーション下がるよね、役者もスタッフもさ」
「皆さん困っているですね」
「そりゃそうだよ。なんでもかんでもケツカッチンだしね」
 若い男は溜め息混じりに言う。

 羽曳野ハツ子(fa1032)は片桐阿月のサイン色紙をゲットしたところであった。特撮番組の俳優はキャリアの浅い俳優が多く、片桐もメジャーにブレイクしているとは言えないが、この色紙もネットオークションにかければ万単位の落札価格がつくだろう。
「阿月君、ありがとう。すっごく大事にしちゃうわ、私」
「こっちこそ。僕のサインを貰ってくれるなんて嬉しいですよ」
 片桐は屈託無く笑う。そうやって無防備に笑う顔もなかなか‥‥と、思わなくもない。こういうところが特撮番組を見る子供の母親世代を骨抜きにしてしまうのだろう。
「でも、最近撮影が滞るって聞いたんだけど‥‥他の仕事にも差し障るでしょ?」
 ハツ子はそっと探りをいれる。俳優達は物がなくなる事件をどう思っているのだろう。
「別に‥‥僕はコレの他はデカイ仕事はないし。でも、イラついている人もいるみたいだよ。プロデューサーとか監督とか、それから向井ちゃんとか」
 アシスタントプロデューサーの向井真希の名が上がったのは意外であった。
「そうなんだ、ふ〜ん」
 ハツ子は小さくうなづく。伊達メガネの奥の瞳がキラリと光る。

 撮影スタジオの敷地内にある倉庫は幾つかあったが、相馬啓史(fa1101)が潜んでいるところは物があふれかえり、しかも雑然と置きっぱなしにされていた。ごく普通に人が潜んでいても気がつかれる事はまずないだろう。ここに居て真相がわかるかどうか、それは一種の賭けであった。ただスタッフの何人かが言った言葉が気になったのだ。
「そういやぁ、第7倉庫に普段はしまってある物がなくなることがあったなぁ」
「そうでしたっけ? ムラちゃんのホラがまた始まったよ」
「ホラじゃねーよ。ホラーだっつーの」
「うわっ。笑えないっすね」
「うるせー。とにかくな、第七のマネキンとか椅子とかでっかい灰皿とかが無くなるんだよ。まぁすぐ出てくるから無くなるっていうか移動してたっていうか、そういうことなんだけどよ」
「で、ホラーって事は原因は霊?」
「さぁなぁ」
 スタッフ達は笑って行ってしまったが、啓史はここに絞って犯人を待つ。推理も状況証拠も遺留品もいらない。そのものズバリ、現場を押さえてしまえば言い逃れは出来ない。場合によっては『奥の手』を使うつもりで啓史はじっと息を殺した。

 眼鏡の位置をちょっと直し、釈杖ヒカル(fa1381)は腕を組む。
「これは私に対する挑戦じゃな。よろしい受けてたとうではないか」
 いえいえ、そんなことはありません。そもそも事件はヒカルが『アイオン』の脚本を書くようになった後で起こっているし、ヒカルが書いた回に事件が起こるわけでも、ヒカル以外が書いた回に起こるわけでもない。しかし、そうツッコミを入れてくれる者はこの場にいない。自分が係わった作品にケチがつくのが嫌だから捜査に乗り出す、という動機に死角はない。
「この椿事は故意の産物に他ならず、そこには必ず人間の介在があるのじゃ。だから、宇宙人の仕業とか、念動力でとかっていう荒唐無稽な推理は割愛するとして、様々な観点から見て、やはり疑わしきは消え物係の小林さんであろうのぉ」
 ヒカルは撮影所の隅から、やはり別の隅にいる小林を見る。本番を見守る小林の目は狂おしい程に暗い。
「暫し観察させてもらうことになりそうじゃ」
 ヒカルはそっとつぶやいた。

 本番の合間にも何故か監督の怒声が響く。
「こらぁ! ローラースケートで撮影所を走るな!」
「これはローラーブレード。ほら、車輪が縦にならんでるでしょ? 監督ったら、ふっる〜い」
 勇姫凛(fa1473)は監督にも敬語ではなく『タメ口』をきく。『怖いモノ知らずのヒメ』に当人よりもマネージャーが顔色を真っ青にする。凛自身の憎めない性格から表立っていじめられる事はないが、陰口はきっとてんこ盛りだろう。勿論、監督のように真正面から怒鳴ってくる人もいる。
「名称の問題じゃない! それ以上走るなら出て行かせるぞ、小僧!」
「はい! ごめんなさい」
 凛は素直に謝って手近な椅子に座りローラーブレードを脱ぐ。
「お願いします。監督を刺激しないでください」
 向井真希が駆け寄り小声で話してきた。これはある意味チャンスかもしれない。
「ごめんね。僕、監督の事好きだからつい悪さしちゃうんだよね。ほら、好意の裏返しっていうか。ねぇ真希さん、そういうの判るでしょ? 応援したくならない?」

 監督は声を掛けられ振り返る。そこには着流し姿の茶臼山・権六(fa1714)が立っていた。権六は仕事に手抜きは一切しない頑固な脚本家だ。監督とは一緒に仕事をしたことはない。
「お邪魔します、監督」
「珍しい人が来たな。特撮の現場に何の用だ?」
「職探しだよ。恋愛、アクション、ミステリー、ボーイズラブ何でもござれなんだが、何かないか?」
「俺の組は真面目な特撮ヒーロー物だぞ。おい、向井! このオヤジの相手を頼む!」
 明らかに監督は権六を苦手としているようであった。様々に流布されたうわさ話を聞きかじっているのだろう。
「はい! ただいま!」
 撮影所の隅から向井の声がした。
「すみません。監督は撮影の合間でとてもご多忙で‥‥」
「わかってる。おぬしの顔を立てんと困るだろう。ちょっと現場を見せてもらったら素直に帰るから安心してくれ」
「お願いします。では私はこれで‥‥」
 向井も忙しい身なのだろう。権六をそのままにしてまた走っていく。
「さて、誰から話を聞くかな」
 すっかり話を通したつもりで、権六は事情を聞けそうな者を探して視線を巡らせた。

 メイク室は修羅場は過ぎ、のんびりとした雰囲気になっていた。この後撮影所入りする役者の予定もない。伊能鱗ネ(fa1767)はメイク道具を片づけながら、隣で同じように片づけをするメイク係に声を掛けた。
「あのさ、ここだけの話なんだけど、向井ちゃんと小林ちゃんの仲が微妙って‥‥それってマジ?」
 燐ネは手の指それぞれに違うマニキュアを施し、その手で取った筆で顔を撫でてみる。商売道具の筆だけあって、肌触りは絶品だ。
「えー聞かないよ? そんな話。あの『消え物』が消えちゃう事件じゃ2人とも困ってるらしいけどね」
 メイク係はハスキーな声で笑う。
「監督さぁ、シャウト系じゃん? だからさぁ、すーぐ怒鳴るんだよねぇ。アタシみたいにナイーブな神経だとあーゆータイプ超ダメ」
 メイク係はかすれた声でダラダラと話し続ける。
「でも、それって小林ちゃんの責任なのかな? 消え物係だからって四六時中消え物と一緒にいるわけにはいかないよね」
 燐ネは手際よくカバンにメイク道具をしまってゆく。それでもお喋りは途切れさせない。

 ここ数日、美術スタッフとして参加しているアイリーン(fa1814)は、仕事の合間にまた奔走している小林と向井を見た。
「また走ってるわ」
 毎日1回は2人で走っている。
「また消え物が消えたのか‥‥まったく迷惑だよな」
 美術スタッフの一人がぼやく。
「こんなに頻繁なのに、誰も気が付かないなんてあり得ないわよ」
 そうは言ってみるが、撮影現場には意外と関係者ではない者も入ってくる。スポンサー関連のお客様、TV局絡みのスタジオ見学者、幼稚園の子供達。
「本番始まっちゃうと、みんなそっちしか見ないからな。大人数でも人の目なんかあてにならないんじゃないの〜」
 美術スタッフはそれだけ言うと、かさばる機材を持って先に歩き始めた。
「向井さんと小林さんが原因なのかな‥‥それとも別に原因があるのかな」
 アイリーンが首をひねると、その目立つ金色の髪もサラリと動いた。

 彼等が撮影現場に潜入し、数日経つ頃にはこの奇妙な事件は唐突になりをひそめた。誰が仕掛けたビデオカメラに犯人が写っていたからとか、倉庫で張り込みをしていた人に現場を見られたからだとか、状況から犯人を割り出して直談判した者がいたからだとか、とにかく様々な噂があったが、それも半月もしないうちに消えてしまうことだろう。ただ、見学者の案内を主にしていたアルバイト学生が辞めてしまった事に気が付いた者は少なかった。長期間務めていたのだが、それほど彼は目立たない存在であった。或いは‥‥彼は向井か小林に淡い恋心を抱いていたのかもしれないが、誰もあえて犯人の罪を問おうとは思わなかった。
 事情を知っているのか監督からちょっとした報酬を更に受け取り、この事件は幕を閉じた。