光のウェスタリスアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
深紅蒼
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/30〜11/03
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●本文
●ダンサーがいない?
とあるスタジオでは連日ミュージカルの稽古が続けられている。『光のウェスタリス』という漫画原作をミュージカル化したもので、毎年春・夏・冬に公演が行われている。今は冬公演の稽古真っ盛りだ。主役は5人の巫女達で、これはほぼ毎回変わることがない。大概は無名で芸歴も少ない少女達だ。それでもなんとか続いてきているのは、スタッフや脇役がベテランなのと、『大きいお兄さん達』と呼ばれるアイドル未満の少女達を応援する客の存在であった。
そして、この日最大の危機が稽古場を襲っていた。
「降りる? はぁ? 何を言っているんですか?」
プロデューサー、伊藤清吾(50)の声が高く大きく響く。
「そうじゃありません。でも寺崎にはもう別の仕事が入っているんです」
檜ダンススクールの代表、檜なるみ(48)の声もいつもよりは少し大きい。稽古をしていた役者達も驚いて動きを止め、2人のやりとりに目を向ける。
「寺崎さんがいないんじゃ、こっちは困るんですよ。そんなのあなただってわかるでしょう。あの子はウェスタの初演からずっと『タキタ』役なんだ」
「でも今回のオファーはありませんでしたわ。そうでしょう?」
檜はアシスタントプロデューサーの三上あかね(30)をチラッと見つめた。
「なんだとぉ?」
伊藤も三上をじろりと見る。
「す、すみませ〜ん」
まるで屈伸運動をしているかのような深いお辞儀をして三上が詫びる。
「‥‥寺崎にはなんとか『タキタ』の事、承諾させますわ。でも、出番は大幅にカットしてください。それから、もうこれ以上ウチからダンサーは出せませんからね」
檜は溜め息をついた後、稽古場から出てゆく。伊藤は綺麗に整えられていた髪をグシャっとかき乱す。
「くっそぉ。ダンサーはいねぇし、敵役は出番減らせだとぉ‥‥おい、齋藤ちゃんどこよ。ホン書き直させ‥‥ってそれよかダンサーか! 三上!」
「は、はい!」
伊藤に怒鳴られて三上は飛び上がる。
「踊れる奴、速攻で捕まえてこい! 5人、いや3人でもいい‥‥あの小娘どもを引き立てる踊りが出来る奴引っ張ってこい!」
「はい!」
口答えも質問も今はしちゃならない。長年の経験から、三上はただ即答し稽古場を飛び出していった。
●リプレイ本文
●数日前
その日、全ての応募者に返信メールが届いた。最近は書面ではなくメールでこのような通知が来ることもある。明るいイルミネーションが輝き、着信メロディが軽やかに流れる。
一角砂凪(fa0213)は一人で部屋のTVを見ていた。画面には過去の『光のウェスタリス』上演風景が流れている。
「ふ〜ん。こういう感じなんだ〜」
砂凪は原作を読んだ事はあったが、この芝居を生で見たことはない。そういう演目があることは知っていたが、それよりもやることが沢山あった。フラッと旅に出るのも好きだし、ダンスをするのは更に好きだ。努力すれば昨日よりもっと綺麗に踊れる様になる。限界は‥‥まだ見えない。砂凪にとってミュージカルは少しだけ遠い世界であった。けれど、オーディションを受けると決めたのだから最大の努力をしたい。全力で臨みたい。
「‥‥うーん」
画面の中に広がる舞台をただ砂凪は食い入るように見つめていた。
この世界に足を突っ込んでいると噂話には事欠かない。陸琢磨(fa0760)が『タキタ役』関連の事を耳にしたのは偶然であった。
「知ってる。タキタ役の寺崎さん。別の仕事のオファーを蹴ったんで相当キレてるらしいよね」
「だってさ、あれは伊藤さんの詰めが甘いんだ。スケジュール押さえないなんて、普通あり得ないでしょ」
「寺崎さん、もう降りたがってるんでしょ? だって35じゃん。そろそろ別の仕事でキャリア積みたいよね」
「だろうなぁ。俺だってなぁ‥‥」
廊下を歩く2人づれの会話は嫌でも聞こえてくる。
「‥‥そうか」
やりたくない奴がいるなら辞めればいい。嫌々仕事されたって周囲も客も迷惑だ。製作サイドのお偉方が役者の交代を渋るなら、俺が奪ってやればいい。野心のない奴などこの世界にも‥‥いない。
まだ舞台で演技をした経験はない。舞台には生である事の楽しさと怖さがあるのだと聞いた。それがどういう事かは良くわからないが、チャンスがあるならやってみたい。月李花(fa1105)はどのような仕事であっても意欲的であった。芸能界で仕事をするには若すぎて、何をしても『子役』というカテゴリーに納められてしまいそうであったが、それだけに仕事の選り好みをするほど慣れすぎてもいない。
「まだリィファだから、リィファじゃなきゃって仕事はないけど、でも絶対にそうなる。そうなってみせるの。夢なんだもん、絶対に諦めない」
死ぬほどダンスがしたいわけでも、歌を歌いたいわけでも、この作品に思い入れがあるわけでもない。なにせ李花の自我の歴史は11年に満たない。けれど、立ち止まっていては何も始まらない。これが何かの扉になるかもしれないと李花は密かにわくわくしていた。
麻倉千尋(fa1406)はオーディション告知のメールに小躍りしそうなった。親を拝み倒してムーンライトシアターまでミュージカルを見に行った。有料放映も購入し録画した。それほど好きな『光のウェスタリス』の舞台に立てるのだ。
「あ、まだオーディションだったっけ」
最近少し独り言が多くなったかもしれない‥‥千尋は『独り言に気をつけよう』と深く胸に刻む。けれど気持ちはオーディションへと向かって突っ走る。合格しちゃえばいいんだ。そうすれば晴れてあの舞台に立てる。あの眩しいぐらいに華やかなライトを浴びるって、きっととても気持ちが良いのだろう。誰だって最初からスターじゃない。のし上がっていけばいいんだ。頑張れば、きっと上に向かって登っていかれる!
「千里の道も一歩からだよ。千尋、第一歩を踏み出しますっ!」
両手をぎゅっと握る。気合い充分。今なら何でも出来そうであった。
ネットカフェで検索をしてみる。ヒット数に思わず眉をひそめてしまう。観月・あるる(fa1425)は更にキーワードを入力してみた。数が1/100位に減る。新人とはいえ歌手であるあるるは帽子を目深にかぶっている。
「やっぱ、やれるだけはやっておきたいもん」
オーディションに参加する事が正式に決まり、あるるは原作漫画や過去の公演資料を集めていた。求められているのはダンスがあまり得意でなさそうな主役達を引き立てる役。それがダンサーだと制作者側は思っているらしい。
「でも‥‥」
あるるの目は画面を見ている様で実は全然違うモノを視ている様だった。ふと心に湧いたアイデアに虜となっている。出来ないだろうか、不可能だろうか‥‥否。やろうと思えばなんだって出来る。しかもお手軽にだ。
「そうよ‥‥そうよね。だって私、歌いたいもの」
あるるは口元に淡く笑みを浮かべた。
これは少し畑違いな仕事だとはわかっていた。オーディションの通知メールを見ながら大曽根カノン(fa1431)は考え込む。
「出来るかしら‥‥」
ようやくグラビアの仕事の要領がわかってきたところだ。カメラマンに怒鳴られたり、ダメだしされまくりで休憩になることも少なくなってきた。けれど、まだまだ自分的には納得していない。もっと出来るんじゃないかと思う。そんな状態なのにオーディションを受けることにしてしまった。勿論、学業もある。それもおろそかには出来ない。実験は多いし、色々な実習もあるし、当然そのレポート提出もある。自分は人より欲張りなのかもしれないと思う。あれもこれも、みんな諦めたくない。
「高校時代、演劇部だった事を思い出して頑張るしかないわね、ウン」
カノンは小さくうなづくと、木製のどっしりとした机に向かった。先ずはこの免疫学に関するレポートを提出しなくてはならなかった。
オーディション通知メールが来て以来、小宮あき(fa1696)はプロダクションの稽古場でダンスの練習をし始めた。資料として集めた上演DVDを見ながら色々と研究する。ダンスはダンスでもこれは『魅せる』ダンスでなくてはならない。だから、全身が映る鏡で大きく見栄えがするよう心掛けて踊ってみたり、同じプロダクションの仲間にチェックしてもらって指摘して貰う。左右の指先からつま先まで、ピンと神経を張って踊らなくてならない。台詞じゃなく体を使って伝えられなくてはならないのだと思う。
「頑張って合格したい。人がいなくて困る気持ちわかるし、だから私が合格して助けてあげたい。それに、今の自分の力を試してみたい」
ミュージカルは経験がない。けれど、同じ芝居だし板の上で演技する事には変わりがないと思う。
「さて! もう一回やろうかな」
すっと立ち上がるとあきはDVDのリモコンを操作する。首にかかっていたタオルを外す。前奏が流れ始めた。
原作の漫画は全巻購入して一気読みした。明らかに少女漫画に分類されている漫画だし、買うのは少し勇気が必要だった。けれど恥ずかしいと思っているのは自分だけなのかもしれない。レジにいた店員は無表情に精算をし『紙袋は必要ですか?』と聞いた。勿論『下さい』と言った。ンなもんそのまま持って帰れるか。ミュージカルの上演DVDも買った。妥協して適当な仕事をするのは嫌だった。アイドルだからと軽く見られるのは気に入らない。世間の目を変えさせるのは自分が努力するしかない。小鳥遊日明(fa1726)は自分に厳しかった。実力を付けなくては、正当な主張も我が儘扱いされる事はもう判っていた。
「基本的に女の子のお話なんだよな」
日明は画面を見ながらつぶやく。男の自分が食い込むにはどうしたらいいのだろうと考える。味方‥‥はきっと女の子ばかりだろう。
「やっぱり敵の役かなぁ‥‥う〜ん」
映像の最後にあった『次回上演の宣伝』を見ながら、日明はうなった。
●オーディションの朝
指定された日、指定された時間。場所は普段使っている稽古場であった。いつもならばひっきりなしに流れる音楽と手拍子、怒声、発声練習。しかし今はひっそりと静まりかえっている。誰もいない床貼りのスペースと、それに対面する位置にテーブルと椅子が数個。
「さ、始めようか」
プロデューサーの伊藤清吾が入ってきた。後ろから檜なるみや作曲家の田上充、脚本家や演出家、スポンサーからも若い男が来ている。
「最初の方、どうぞ」
審査員が席につくと、アシスタントプロデューサーの三上あかねが応募してきたダンサー達を1人ずつ招き入れる。ごく地味にオーディションが始まった。彼等は歌唱、ダンス、芝居そして自己アピールについて審査される。
歌唱力はあるるが実力を示し、ダンスで抜きんでていたのは琢磨と砂凪そして日明であった。李花はのびのびとした歌と身軽な動きを見せた。カノンの演技は悪くはなかったがプロ級とはいかずダンスや歌も同程度であった。あきの演技には多少癖はあったが、舞台慣れしているところは即戦力となるだろうという印象を与えた。千尋は何が抜きんでていると言うわけではなかったが、自己アピールでの審査員ウケがよかった。逆にあるると日明の様に、ダンサーとしてではなく、新しい役狙いで芝居を変えたいという希望がわかるアピールは伊藤の表情を厳しくした。
数日後、結果がやはりメールで送信された。○の描かれたメールは砂凪、琢磨、千尋そしてあきに送られた。これから冬公演まで時間がない。にわかに忙しくなりそうであった。