クラシック奏者求む!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
深紅蒼
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや難
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報酬 |
1.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
11/11〜11/15
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●本文
●演奏家求む!
世の中には音楽プロデューサーなる者がいる。何をする仕事なのかは今ひとつわからないが、素人を発掘してきて歌手にしたりすることもあるらしい。無名の音楽家と良い音楽を欲しがる番組製作者との橋渡しをすることもある。
レコード盤は廃れてしまったが、今でもレコード会社などと言ったりする。サザンクロスはどちらかといえば、後発のレコード会社であった。それだけに契約しているアーティストも少なく、押さえている楽曲も足りない。その本社ビルの応接室に2人の人物が打ち合わせをしていた。
「そこで音楽プロデューサーの田上さんにお願いなんですよ」
サザンクロスの企画室長、谷原五郎は身を乗り出す。
「クラシックテイストの演奏グループですか? まぁ、そういうアーティストがいないわけじゃないし、当たった事もありますけどね。2匹目のどじょうですか?」
田上充は苦笑しつつ煙草に手を伸ばして寸前で止める。今朝から禁煙を始めたのを思い出したのだ。
「イケメンを揃えるってのはどうです? 探せば見栄えのする演奏家だっていなくはないでしょう。近頃の若いモンは素人でも結構イケてるのがいますからね」
「谷原さんはチャレンジャーですねぇ。まぁ、子供向けの特撮番組でお母さん世代に受けてブレイクしたイケメンがいないわけじゃないですからね」
「どうですか?」
谷原が探るような目を田上に向ける。知らずに溜め息が出た。
「しょうがないですね。他ならぬ谷原さんのお願いなら、聞かないわけにはいかないでしょう」
「助かりますよ、田上さん。実はですね、もうTOMITVさんにタイアップの話を打診してましてね。やー田上さんに断られたらどうしようかと思いましたよ」
谷原は笑って椅子に深く座る。
「TVがつけば、まぁそこそこなんとかなるかもですね。期間限定で荒稼ぎしてもいいですしね」
「‥‥それは言わずもがな、ですよ」
田上と谷原は少しずるそうに笑った。
なんて裏事情は音楽業界の端っこにぶる下がっていれば嫌でも耳に入ってくる。それでも音楽で食うためなら逆に利用してやるくらいの気持ちでいる奴はごまんといる。しばらくしてTOMITVに特番の告知と演奏家募集のコマーシャルが流れ始めた。
年齢不問・性別不問。楽器不問。新しい感覚のクラシックグループを世に出すため、演奏家を募集中。田上充がプロデュース。芸能活動全面的にサポート。サザンクロスと専属契約でCDデビュー確約。今すぐ番組ホームページへアクセス。
●リプレイ本文
●南十字星の挑戦
クラシックレコードのレーベル、サザンクロスはソフト不足を解消すべく1つの企画を立ち上げた。TOMITVとタイアップし特番でアーティストを募り、新ユニットを結成する。審査宣伝楽曲など、音楽プロデューサーの田上充を起用し派手にデビューさせる。応募してくるアーティスト達にとっても、このオーディションは賭けであったが、主催するサザンクロスにとっても、のるかそるか……大事な賭であった。
控え室の1つで田上は煙草と灰皿をじっと見つめていた。こういうスッキリとしない気分の時は煙草に手を伸ばしたくなるが、今朝も娘と禁煙を約束したばかりだったのを思い出す。娘は可愛いが、こういう時はやっぱり煙草に手が伸びてしまう。しかし‥‥吸って帰ると必ず娘にバレてしまうのだ。そこへ扉が開いた。
「な〜んだ、こんな場所に居たんですか、田上さ〜ん。探しちゃいましたよ〜」
扉と壁の隙間から顔を覗かせたのはサザンクロスの谷原五郎だった。谷原は妙に馴れ馴れしい口調で溜め息まじりに言う。
「ここで待ってくれってオタクの社員さんが言ったんですよ」
少しムッとする。けれど、気が紛れたのかあれほど狂おしく感じていた煙草への欲求が少し柔らぐ。
「TOMOTVのADなんて半泣きでしたよ。そろそろ時間ですから、一緒に現場入りしましょう。今日はよろしくお願いします」
「‥‥はい」
田上は重い腰をあげた。
実夏(fa0856)は審査会場に入った。サザンクロス本社で最も大きな音楽室が今回の現場であった。普段は殺風景な部屋なのだろうが、今は目を焼きそうな程の眩しいライト、ぶっといコード類が床を這い、複数のTVカメラと音響マイクが設置されている。
『廻ってます』と殴り書きされた画用紙がカメラの向こう側で掲げられている。もう本番だと言うことなのだろう。オーディションに撮り直しは期待していない。実夏は覚悟を決めた。
「キーボードでバッハを弾きます。自分流ですが、アレンジもさせて貰ってます」
かすれ気味の低い声でそういうと、実夏はキーボードの前に立つ。リハで使った楽器だ。癖もなく万人向きのよい子だ。俺がうまいこと歌わせたるな‥‥と、心密かに思う。売れる曲が欲しいなら、若い奴らをターゲットにするべきだ。CDを買うのはその世代が多いからだ。そして、屁理屈こねるような音楽じゃ若い奴は見向きもしない。判りやすいこと、心地よいこと。それを頭に置きつつメロディラインを丹念に丁寧にたどる。
神楽坂 紫翠(fa1420)はフルートを持参してきた。
「キミはソレが得意なの?」
谷原がたずねると紫翠は笑顔を浮かべた。
「はい。自分はフルートかピアノを弾こうと思っていました。ただ、ピアノは持ってくるわけには行きませんでしたので、フルートも持ってきました」
「なるほどね。じゃ演奏を聴かせて下さい」
田上が促す。
「わかりました。よろしくおねがいします」
紫翠は銀色にピカピカ光るフルートを取り上げると、すっと構えた。最初の1音はさすがに緊張する。曲から受ける自分なりのイメージを聞く人に届けたい。丁寧に丁寧に。1つ1つを大事に奏でる。心を込める‥‥ただ、それだけしかない。
次に入ってきたのは椎葉・千万里(fa1465)だった。
「可愛いねぇ。女の子だね」
谷原は目を細めた。
「はじめまして!」
千万里は名前を名乗るとペコリと頭を下げる。手は木目も美しいヴァイオリンがをしっかりと抱えている。
「キミはヴァイオリンを演奏するんだね」
田上が念を押すと千万里はやっぱりペコリと頭を下げた。
「体を動かしながら弾くンがうちのスタイルなんですけど‥‥ちょっと変わってるかもしれへんけど、聞いて下さい」
左の顎で楽器を固定する。心の中で『いけー!』と叫ぶ。千万里は激しく弓を持つ右手を動かし始めた。弦を押さえる指が微妙な音の揺れを生む。上半身が激しく揺れ、大きくバレエジャンプを飛ぶ。
「おぉ〜」
思わず谷原が唸った。
藍雑玖・梅蘭(fa1569)は審査員の前に進み出るとお辞儀をした。
「自己紹介をします。僕はドイツ人と日本人のハーフで藍雑玖梅蘭です」
「言われてみれば、そんな顔立ちだね」
谷原は少しだけ身を乗り出す。髪も瞳の色も、生粋の日本人ではない色調だ。今までいじめられた事もあったが、これからはきっと武器になるだろう。目指すのは実力もあり、華もあるアーティスト。売れなきゃこの世界で生き残れない。その為の大事な武器にしたい、しなくてはならない。
「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーべンの曲をやります。名曲ばかりですが、負けないように拙いながらも頑張ります」
藍雑玖はキーボードの前に立ち、静かに両手を鍵盤の上にそっと降ろした。
セーヴァ・アレクセイ(fa1796)はチェリストであった。他にも色々扱える楽器はあるが、田上は最も得意な楽器を弾いて欲しいと言い、それならばとチェロが選ばれた。会場にでっかい楽器が運び込まれてくる。その様子もTVカメラは捉えている。もし、セーヴァがオーディションに合格すれば、このシーンも番組として放映されるかもしれない。
「何を弾きましょうか? 有名どころで『G線上のアリア』とかやりましょうか? それとも即興でアニメの挿入歌とかを?」
薄く笑みを浮かべたセーヴァは落ち着いて見えた。
「クラシックの楽曲に固執してはいないんだね」
田上の言葉にセーヴァはうなずく。
「はい。クラシックに興味を持ってくれる人が増えたら嬉しいし。俺というチェリストを知ってもらえたら嬉しいですから。とっかかりは何でも良いんです」
セーヴァはそういうと、演奏に入った。
沢渡操(fa1804)は一種異様な雰囲気を持つ者であった。カメラもTVスタッフも、審査員達さえ、眼中にはない風である。素っ気ないほど普通に所定の位置まで歩くと、まっすぐに田上を見つめる。
「沢渡操、楽器はベースだ。性別は女だが別に男としてデビューしてもいい。今のところ、バンド活動はしていないが、昔とった杵柄だ。腕はなまってないと思うぜ」
「良いね。さっそく演奏してもらいましょう」
田上は即座に言った。谷原は操の態度や口調に憮然としている。
「そうだな。『月光』でもやるか。ベートーヴェンじゃない、ドビュッシーだ。ベースだけだとインパクトはないかもしれないが、まぁそういう楽器だからな」
「べースでクラシック?」
谷原の口調はいささかトーンが高すぎた。『否』と言っているようなものだ。
「‥‥驚く事じゃないだろう。古典的な楽器でポップスをやる時代だぜ」
操はベースのストラップを頭から掛けた。使い慣れた愛器のいつもの重みが肩にかかる。気負いも緊張もなにもなかった。
月見里神楽(fa2122)はスティックを両手にしっかりと握りしめて入ってきた。その様子は年齢もあって健気で愛らしく映る。
「よろしくおねがいします。ドラムの演奏をします」
神楽はぺこりと頭をさげた。
「どうしてオーディションに参加したの?」
最も陳腐な質問を谷原がした。神楽は少しだけ首を傾げる。
「はい。神楽は将来演奏家になりたいので、勉強する気持ちで今日はここに来ました。合格したらすごく嬉しいし、もっと勉強させてもらえるから嬉しいけど、落ちちゃっても、自分の力がわかるし、悪かったところを直すことが出来るから‥‥です」
ゆっくり考え考え神楽は言った。神楽にとって、オーディションを受けることで失うモノは無いはずだった。合格しても駄目だったとしても、有益になる。だけど、理屈抜きにやっぱり合格はしたい。
「クラシックもロックンロールも勉強してきました。聞いて下さい」
神楽は設置済みのドラムセットの小さな椅子に腰掛けた。
最後に入室してきたのはアルヴェレーゼ(fa2163)だった。このサザンクロス本社に到着したのが最も遅かったからだ。使い捨てカイロで冷えた指先を暖め、それでも待ち時間はたっぷりあった。
「弾く曲がなんでも良いんでしたら、俺、普段弾き慣れているエチュードをやります」
アルヴェレーゼはヴァイオリンを構える。左手の指と右手の弓が激しく動く。それでいて、1音1音きっちりと弦を押さえ震わせてやらなくてはならない。美しい澄んだ音。納得にいく音だけを出すように、指の押さえ、弦の角度、体の角度、姿勢。なにもかもが、美しい音の為にある。愛おしい人を思う様に、大切に大切に奏でる。審査委員でもなんでも、俺の音楽を聴いてくれる人を笑顔にしたい。それしかなかった。
審査は終わった。
「どうしますか?」
谷原は田上に尋ねる。実質、今回の企画は田上一人に決定権が委ねられていた。
「売れる‥‥稼げるユニットを作るというのが目的ですよね?」
「もちろん。慈善事業じゃありませんからね」
「‥‥わかりました」
田上は1つうなずいた。
「沢渡操とセーヴァ・アレクセイ。2人を合格にしましょう。沢渡は男装でね」
「2人ですか? それじゃ足りませんよ、全然」
「じゃあまたオーディションですね‥‥谷原さん」
田上は含みのある笑みを浮かべた。