劇団リアルステージアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
深紅蒼
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
3.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
01/19〜01/24
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●本文
『人生の代役入りませんか』
そんな大層なキャッチコピーで運営されているのは劇団リアルステージの派遣部門であった。そもそもは幼稚園や介護施設にこちらか出向き、依頼された劇を見せるのが仕事であったのだが、あるきっかけで『その場にいない、いたらいいなぁな人物』を演じる事になった。例えば披露宴での友人。例えば帰省して両親に紹介する恋人。ただの人材派遣業ではない。依頼人のニーズに合わせ、犯罪行為でない限り極力希望を叶えて差し上げる‥‥それがリアルステージのお仕事である。
そして1つの依頼が舞い込む。
依頼人:高野史弘(たかの・ふみひろ)22歳 大学3年生 東京都練馬区でアパート暮らしをしている。バイトなし。
内容:実家の母親が1人暮らしをしている息子を案じて上京してくる。母が安心して田舎に帰れるようにして欲しい。
希望:友達が沢山いるようにして欲しい。出来れば女友達も。実際には友達と呼べるような人はいない。
「適役って誰かいるかしら?」
「そう気にすることもないだろう。ごく簡単な仕事だからな」
「う〜ん、そうねぇ。でも『騙す』事だ‥‥なんて難しく考えちゃう子は駄目よ」
「役者なんてそんなものだろ」
「‥‥誰もが割り切ってる訳じゃないのよ。この仕事はその場で『スタート』とか『OK』とか言ってくれないんだもの」
男は女の言い分が良くわからないかの様に笑った。けれど、当然本心かどうかはわからない。
●リプレイ本文
●それから前日まで
依頼人である高野弘文のアパートには劇団リアルステージから派遣された者達が集まっていた。実家の仕送りのみで学費と生活費の全てまかなう弘文の部屋は、いかにもうらぶれた感のある築20年の古アパートであった。
「というわけで、あたしたちが史弘のお友達。これからよろしくね」
さっそく依頼人を敬称略で呼び、月舘 茨(fa0476)は僅かに首を傾げて挨拶した。ここに来るまでは掃除から始めなくてはならないかと思っていたのだが、意外にも部屋は古いなりに綺麗に掃除されていた。依頼人は多分あわてて掃除したのだろう。
「高野君、はじめまして。コユキと申します」
しとやかに一礼し、紅雪(fa0607)は笑顔を浮かべた。清楚だが華やかな紅雪に依頼人は目を奪われるばかりで身動きもしない。
「俺は‥‥高野さんの大学の後輩ってことで。まぁこんなナリだし、留学生って事でお願いします」
褐色の肌をしたトシハキク(fa0629)が笑った。チラッと見える白い歯が好ましい印象を与えそうなのだが、依頼人の視線はおどおどとしたままだ。
「あの‥‥設定とかは後でまとめて伝えた方がいいんじゃないですか? バラバラだと高野さん混乱してしまいそうですから」
長い黒髪を掻き上げ、キャンベル・公星(fa0914)がチラリと依頼人を見た。視線が合うと依頼人はまるで少年の様に顔を赤くして視線を外す。その慌てぶりがおかしくてつい笑ってしまう。
「とりあえずさ、打ち合わせするなら早く始めよう。あんたも俺もみんなも、暇をもてあましてるって訳じゃないだろ?」
結城 始(fa2543)はほんの少しだけ不機嫌そうに言った。事実、常に学業との両立に苦心している始には空いた時間があれば試験勉強なんかもしたい。しかし、たったそれだけの言葉に依頼人はビクッと身体をのけぞる。
「脅かしてどうする。依頼人にはお袋さんが上京してくるまでマジで友達付き合いして俺達に慣れて貰うつもりなんだから、最初からビビらせるなって」
苦笑しつつも鷹見 仁(fa0911)は始をたしなめる。
「わかってるって。やることはしっかりやる」
大きく溜め息をつき、始が表情を和らげる。眼鏡ケースからフレームレスの眼鏡を掛けるとガラリと雰囲気が変わる。
「お母さんを安心させたいなんて、偉いよ〜。その気持ち、大事だよねぇ〜〜大丈夫〜気楽にやろうよ」
唐突にミュージカル俳優の様に、諸葛文徒(fa1286)は歌い始めた。立ち上がり、大きな身振り手振りまでつける。さして広くもない部屋なので、文徒の手足が壁や窓、そして他人の身体にまでガンガン当たる。
「こら、やめろって」
「暴れな〜い!」
「座れ〜」
「痛いってば」
罵声や悲鳴があがる。
「あの、よろ‥‥よろしくおねがいします」
文徒から離れた場所に座っていた依頼人は、その騒ぎのせいか少し落ち着いてきたらしい。低い聞き取りにくい声であったが、なんとか挨拶らしいものをしてくる。
「まだ一人来てないけど、始が言うのももっともだし‥‥打ち合わせ始めようか」
茨が皆を見ながら提案する。
「そうですね。先ず皆さんの設定と携帯電話の登録から始めましょうか」
紅雪がリストをこの部屋唯一のテーブルに置いた。
その頃、真田・勇(fa1986)は携帯電話で様々な文体のメールを作成していた。男性っぽいものや、女性らしい文章。それらの例文を登録しておく。
「メル友倍増計画で色々小細工させてもらっちゃいますよ」
言いながらも勇の親指は携帯電話のボタンを高速で連打していた。
●当日
テーブルの上は簡易コンロが置かれ、その上に大振りの土鍋がかかっている。1人暮らしの史弘の部屋に暖かい湯気がのぼり、そして人の笑い声が響く。彼が上京してから4年以上が経っているが、これほど賑やかで楽しそうだった事はない。
「まぁまぁ、いつも史弘がお世話になりまして‥‥」
上京してきたばかりの母親は皆の顔を見るたびに頭を下げる。
「いえ‥‥お世話になっているのは私の方です」
礼儀正しい後輩という設定になっている始は『佐藤祐樹』と名乗り、部屋へとやってきた母親にキッチリとした礼をし、詫びまで言う。
「今日は鍋パーティの日で‥‥バッティングしてしまって済みません」
「いいえ、いいんですよ。史弘にも用があるから来るなって言われていたのに、私が押し掛けてしまったんですから」
「お、おふくろぉ」
朗らかに母親は笑う。依頼人である史弘が小声で母親を呼んだ。こういう場面はやはり気恥ずかしいらしい。
「あたしが今夜の鍋奉行なんだけど、お口に合うかなぁ〜?」
台所から皿に切った野菜を載せた茨が顔を出す。髪を白っぽいバンダナで留めている。
「あ、あのさ、彼女は料理が得意なんだよ」
まるで台詞の様な棒読みではあったがなんとか史弘が茨の事を母親に語る。
「そうなんですかぁ」
母親は目を細める。横から紅雪がそっとグラスを母親の前に置いた。
「何をお飲みになりますか? アルコールもジュースもありますけれど‥‥」
ニッコリと極上の笑顔を浮かべると、釣られたように母親も笑顔を見せる。
「そうですねぇ。じゃあウーロン茶を」
「はい」
2リットル入りのペットボトルからウーロン茶をグラスに注ぐ。今日の紅雪はごくシンプルなワンピース姿だ。
「高野さんのお母さん、何か嫌いな食べ物ってありますか?」
タカホシ・キヨミと名乗ったキャンベルはエノキダケと椎茸の乗った皿を持ったまま尋ねる。設定上、他の者達とはちょっと距離を置いている。
「お気遣いをありがとう。でも好き嫌いはないんです」
「よかった」
「あ、携帯」
史弘は机の上にあった携帯電話にあわてて飛びつく。軽快な着信メロディが途切れる。会話はほんの一言三言で終わった。
「これからトシも来るって」
「先輩の部屋、これ以上入れるかな?」
普段より幾分口調を変えて仁が言った。設定は史弘の後輩だが、親しい間柄ならばとそれほど固い口調は使わない。
「大丈夫! 詰め込んじゃえばいいって」
茨が言うとほぼ同時に玄関のチャイムが鳴った。史弘がダッシュで扉へと向かう。
「や〜ふみひろ〜今夜も呑みにいかないか〜いって‥‥あれ、鍋?」
全開になった扉の向こうで、ギターを抱いたさすらいの吟遊詩人文徒が立って『やぁ』と手をあげていた。
「今夜は友達と‥‥それからかぁさんが‥‥」
言い終わらないうちにまた携帯電話が鳴る。
「じゃ、ボクもお邪魔しま〜す」
携帯電話に呼ばれて引き返す史弘を追うように、文徒はいそいそと部屋に上がり込んだ。
「おお! 人が一杯だ〜じゃ一曲やりましょうか?」
さっそく文徒がギターをかき鳴らす。
「もう鍋始めちゃおう」
「そうですね」
茨とキヨミが取り皿や箸、つけだれを運んでくる。
「乾杯しようぜ。グラス廻して〜」
「わかった」
仁と始がそれぞれに行き渡るようグラスを配る。当然どれもこれも異なる形と大きさのグラスだ。
「皆さん、準備いいですか?」
紅雪が優しく尋ねる。それぞれ思い思いのグラスを手にする。依頼人もその母親もだ。
「じゃ‥‥」
またしても玄関のチャイムが鳴る。史弘が玄関へ走る。
「コンバンワ」
ひょっこり出たのはトシハキクの人懐っこそうな浅黒い顔であった。
某所では、勇が沢山の携帯電話を駆使していた。
「これで息子の事、安心してくれるでしょうか。してくれるといいですけど」
勇は今持っていた携帯電話を置き、更に別のを取り上げた。
その日、依頼人の部屋からは遅くまで笑い声が絶えなかった。