クラシック奏者求む・再アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 深紅蒼
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 01/24〜01/29

●本文

 昨年、レコード会社サザンクロスが新しいユニットを作ろうとクラシック奏者を公募した。それなりに実力のある者達が集まってくれたのだが、音楽プロデューサー田上充が選んだのはたったの2人。サザンクロスとしては最低でも5人は集めたいという腹づもりがあったため、この企画は頓挫していた。しかし、企画室・谷原五郎は諦めていたわけではなかった。年も改まったある日、谷原は再度田上を本社に呼んだ。
「あなたも懲りない人ですね」
 開口一番田上は言った。すでに電話で『イケメンクラシック奏者のユニット』の件で呼び出したことは伝えてあったからだ。
「そりゃそうですよ。あの企画はまだ始まりもしてなかったですからね」
 実際、オーディションを合格した筈の2人は放置状態であった。
「あと最低でも3人は選んで欲しいですよ。世の中にはイケメン奏者の2人や3人、探せば埋もれているでしょう?」
「まぁそうでしょうね。出来れば楽器のバリエーションもあったほうが良いでしょう」
 先日選ばれた2人はそれぞれベース、チェロを得意とする奏者であった。
「春にはキャンペーンを撃ちたいですからサッサと決めちゃう必要があります。なんで今回はテレビ屋さんはオフリミットで‥‥」
「いいんじゃないですか」
「田上さんには審査もですが、売り出し方法なんかも考えていてくださいね。あぁ曲を書いて貰えると助かりますね」
「‥‥ははは」
 谷原の目はどこを見ているのだろう。地に足を着けてなさそうな様子を見て田上は力無く笑った。この企画にサザンクロスの‥‥あるいは谷原自身の存亡がかかっているのだろうか。
「じゃ今回は課題を出しましょう。クラシックの楽曲を1つあげてその解釈と演奏。それからヒップホップダンスを踊って貰いましょう。自前の服でね」
「ダンスですか?」
「そうです。面白そうでしょう?」
 谷原は今度は楽しそうに笑った。

●今回の参加者

 fa0467 橘・朔耶(20歳・♀・虎)
 fa0595 エルティナ(16歳・♀・蝙蝠)
 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa0612 ヴォルフェ(28歳・♂・狼)
 fa2174 縞榮(34歳・♂・リス)
 fa2495 椿(20歳・♂・小鳥)
 fa2765 黒羽 闇風(23歳・♂・蝙蝠)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)

●リプレイ本文

 オーディション前日、審査員で音楽ディレクターの田上とサザンクロスの谷原は応募用紙を眺めていた。
「基本コンセプトは、若い男のクラシック演奏者に変わりありませんね?」
「変えたら、前回選んだ二人はどうするんですか」
 正確には選ばれた一人は女性だが、男装することにも異論がなく、また口調だけ文字に起こせば問題なく男で通じる。よって、サザンクロスの最初の方針に変更はない。
「色味も考えて選んだほうがいいでしょうねぇ」
 田上が、そう呟いた。

 今回のオーディションも前回と同じく、サザンクロスの音楽室。オーディションの参加者は、まず選んだ曲の解釈を述べてから演奏、全員が終わってからヒップホップのダンスを披露と説明された。ダンス曲は用意されていて、演奏が終わると確認が出来る。着替える場合は、演奏が終わってから速やかに行わねばならなかった。

 控え室から最初に呼ばれたのは、縞榮(fa2174)。楽器はサクソフォーンだが、それを示した途端に、田上から問い掛けられたことがある。
「普段、幾つぐらいに言われます?」
「三十半ば‥‥たまにお世辞交じりで三十そこそこと言うところですか」
 どうも年齢が選考基準にあるようだと察しつつ、縞があげた演奏曲目はラヴェルの『ボレロ』。足慣らしに踊っていた酒場の踊り子が、徐々に興が乗ってきて人目を惹きつけ、最後には客も一緒になって踊りだす。そんな解釈だ。
「他の楽器も出来ないわけじゃないが、これが一番得意なので」
 にこりと、案外自信ありげに笑った彼の表情を甘やかと取るか、優男と思うかは人それぞれだろう。少なくともタキシードに着られているとは言われない、しゃんとした立ち姿だった。


 二番手のエルティナ(fa0595)は、黒っぽいシャツにGパンという姿で現れた。長い髪は後ろでまとめている。ヴァイオリンケースを握る手に、いささか力が篭っているようだ。
「演奏の前に、志望理由を聞かせてもらいましょうか」
「今回は男性の演奏者を求めているとの風聞がありましたが、挑戦せずに負けてしまうのは性に合いませんので、参加させていただきました。必要があれば、髪も切ります」
 谷原がほんの少し笑ったようだが、特にコメントはなく、ケースを示された。
「曲目はサン=サーンスの交響詩『死の舞踏』をヴァイオリンで。激しい悲しみが先立つ曲ですが、その中に癒しがあると感じます」
 演奏前に、エルティナはすうと細く息を吸った。
 その後に奏でられた曲は、それまでの落ち着いた態度とは裏腹の激しさを感じさせる旋律として響いた。

 呼ばれて、黒のトップスに着物を羽織った仁和 環(fa0597)は、愛用の三味線を小脇に抱えて入室した。挨拶前に名前を確認され、演奏曲を尋ねられる。三味線についてのコメントはなかった。
 案外話が分かるのか、それともはなから可能性がないのかと思い悩むこともなく、仁和はストラップをかけながら撥を握りなおした。
 彼が選んだ曲目はチャイコフスキーの組曲『胡桃割り人形』から『トレパーク』。
「この曲は小曲ながら、胡桃割り人形のほぼ中心。特にトレパークはロシアの農民舞曲。チャイコフスキーの郷土愛に満ちた曲じゃないかと思ったら、土地が育てた楽器の三味線とも通じる部分を感じるからね」
 丁寧な一礼の後に始まった演奏は、津軽のイメージを含んだものだった。また、おまけとばかりに撥なしの指弾きもつけ、『面白いねぇ』とのコメントを引き出している。

 待ってましたといわんばかりの勢いで入室した椿(fa2495)は、一風変わった楽器を持参していた。服装は、誰でも着ていそうなカジュアルなもの。
「馬頭琴か」
「イケルですね」
 田上と谷原が同時に挙げた名前は、どちらもその楽器を示している。日本では馬頭琴の名のほうが、幾らか知られているだろうか。ただしクラシック音楽の楽器としてではない。
「バイオリンは他と被るので、この草原のチェロにて、ビゼーの『カルメン』組曲二番『ハバネラ』を。これはカルメンが男を誘惑する曲だけど、己の武器をしたたかに利用して生きてる印象。彼女の自由、孤高と誇り高さを示している。自由奔放さもね」
 だから、草原を渡る風のごときイケルの音と合うはず。そう告げて、しばしお耳を拝借と恭しく一礼した椿の姿に、居合わせたスタッフが息を呑んだ。

 折り返して五人目のヴォルフェ(fa0612)は、目を引く体躯をしていた。楽器は手にしていない。
「履歴書に、スタントマンだと書いてあったけれど?」
「そうです。ピアノは趣味で弾きますが、独学なので拙いところがあるかもしれません」
「目の色がいいですね。スタントだと隠れるのがもったいないような」
 谷原が感心した通りに、ヴォルフェの目は右が緑、左が青に見える。田上もしばらくしげしげと眺めてから、据付のピアノを示した。
「演奏曲はリストの『タランテラ』です。一曲で恋愛映画のような変化をする曲ではありますが、自分ならではの特徴を入れてみたいと思います」
 随分と丁寧な礼をして、ヴォルフェはピアノに向かった。真剣な表情で、大きな手を滑らせての演奏には力強さがある。

 豊城 胡都(fa2778)が入室したとき、田上が応募用紙に目をやった。何か確認したのだろうが、豊城は見た目は落ち着き払っている。服は黒の上下にGジャンのカジュアル系だ。
「初めまして、フルート奏者の豊城胡都といいます。よろしくお願いしますね」
 物腰柔らかに頭を下げ、女性かと見紛うような微笑を浮かべた豊城は、言葉通りにフルートを取り出した。他の楽器はやらないのかと問われての返答が。
「以前はバンドを組んで、ドラムを叩いていました。今はほぼフルートです」
 吹くのはボロディンの歌劇『イーゴリ公』より『ダッタン人の踊り』。昨今ヒーリングクラシックとしてよくあげられるとの注釈に、谷原が頷いた。
「イメージですが、素敵な王子様が広大な原野から遠い祖国のお姫様を思う感じ‥‥かな」
 想いはいつか相手に届く。そんな優しくも自由な曲と口にして、豊城はフルートを持ち上げた。

 タキシードで現れた黒羽 闇風(fa2765)は、明るい表情で挨拶を終えた。
「言い方があれだけど、ちょっとお兄さんに見えるね」
「時々言われます。その分と同じか、それ以上に名前が売れるとありがたいけどなかなか‥‥デビュー確約なんて、絶対に挑戦しないと後悔すると思って」
 そういう気分は大事だと田上が笑って、黒羽に演奏曲を尋ねてきた。黒羽の選んだのは、パッヘルベルの『カノン』。楽器はヴァイオリンだ。
「いい音楽は心に残るもので、どれだけ時間が流れても消えないものだと考えてます。この曲も静かな情熱とでもいうか、ゆったりした流れの中に、聞く人の心に訴えかける力強さがある」
 言葉にした通り、黒羽は丁寧にヴァイオリンを奏で始めた。けれどもその表情は楽しげで、また力強さを持ち合わせていた。

 橘・朔耶(fa0467)が最後になったのは、楽器の都合だ。自前のマリンバを持ち込み、組み立て直していたからである。その様子を確認しにきたスタッフが一人。
「ああ、あなたも目の色が変わってますね。言われるのは嫌ですか?」
「いや、別に。よく男にも間違えられるくらいなので、このオーディションも受けることにしました」
 橘が選んだのは、ショパンの『子犬のワルツ』だ。クラシック曲としても、楽器演奏者達には課題練習曲としても知られた曲ゆえ、今回は個性を問われることになろう。タイトルに違わぬ軽やかな犬の動きと、楽しい雰囲気をイメージさせるように演奏するつもりだ。
 白のシャツに黒のスラックス、オーケストラではなく、こじんまりと楽しむ室内楽のときのような服装で、橘はマリンバの前に立った。
 もちろんマレット(撥)も自前。当然2本どころの本数でもない。

 一通りの演奏が終わったところで、ヒップホップダンスの審査になった。こちらは自信なさそうな者も多かったが、一番手の縞がタキシードのまま臨んだことで、後に続く参加者の気分はほぐれたようだ。
「後は野とやれ山となれって、そこまで思い切ったら問題ないんだよ」
 踊り終わった縞のコメントは、なかなかに意味深だ。
 シャツをTシャツに着替えたエルティナは、コルセットで胸を締めてダンスに臨んでいる。これで踊りきったのだから、田上と谷原が感心していた。
「この苦労が報われるといいわよね」
 エルティナの呟きに、何人かが自分を思って頷いている。
 仁和は相変わらず洋服の上に着物でダンスに向かった。戻ってきたときには、なにやら着物は諸肌脱ぎの状態だ。
「ヒップホップって決まりがないはずだから踊ったけど、歌舞伎が頭に浮かんだ」
 控え室の面々が、一体何を踊ってきたのかと思案顔になるようなコメントである。
 椿も演奏のときと服も変わらず、楽しげに出向いていった。『決まりがないはず』の言葉に勇気付けられたらしく、鼻歌交じりだ。
「先に歌った人がいると、気が楽でよかったよ」
 この後で歌うつもりの者はいないようだが、けっこう何でもありかと、皆思っていた。
 ヴォルフェは更衣室から作業用のつなぎで登場し、案内係の度肝を抜いていた。控え室でちょっとステップの練習をしていた時も、身ごなしの軽さで注目を浴びている。
「もしかすると、ダンスよりエクササイズのようだったかもしれません」
 身体は良く動いたんだけれどと、ヴォルフェはなにやら思い起こしている。
 豊城はジャンパーを脱いで、黒の上下だけになってから、基本のダンスステップを幾つかおさらいして、審査に出向いていった。
「音楽とリズムは捉えたけど、体がなかなか。笑顔だけは上手に出来たと思います」
 笑顔の一言に、確かにと頷いた者と慌てた者とがいるようだ。
 黒羽はタキシードからタンクトップにジーパン、スニーカーと大変身して、跳ねるような足取りで呼ばれていった。
「アクロバティックに頑張ってみたけど、どうだったかなぁ」
 服装は単色の組み合わせで地味だが、動きはよほど派手だったらしい。
 こちらも最後の橘は、黒のタートルネックシャツにブルージーンズと演奏時よりカジュアルな服に着替えていた。メンズのシャツかもしれない。
「演奏と同じ雰囲気でと思ったが、どうだったろうな」
 当然ながら、審査が行われている音楽室の様子をうかがい知ることは出来ない。

 そして、審査のほうは、田上と谷原の意見が割れていた。基本的に田上の意見が優先だが‥‥
「若い男って条件ですよ」
「実年齢なんか明かさなければいいでしょ。楽器は使いたいのが色々ありましたけど、まず見た目と演奏の腕、売り出すのに特徴も必要ですよ。一から鍛えるほど、時間くれるならまた話は別ですが」
 そんな時間はない。出来れば早急に、今すぐにでも売り出したいのが谷原の本音だ。実際にはユニットのコンセプトの決定など、色々やることがあるわけだが。
「楽器も結局古今東西揃い踏みって様相ですか」
「色々使えるのを揃えたんだから、弱音は禁物ですよ。じゃ、合格者は縞榮、椿、豊城胡都の三名で」
 ところで、と田上が言い出したとき、谷原は嫌な予感がした。
「サザンクロスさんで、女性か、東洋楽器ユニットなんかいかがです?」
 このユニットが売れた場合は、追加オーディションでもいいしと、無責任なことをいう田上に、谷原は無視を決め込むことにした。
 まずは、決まった五人の『料理』が先だ。

(代筆:龍河流)