最高のプレゼントアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 深紅蒼
芸能 1Lv以上
獣人 フリー
難度 普通
報酬 1.3万円
参加人数 12人
サポート 0人
期間 04/05〜04/10

●本文

『人生の代役入りませんか』
 そんな大層なキャッチコピーで運営されているのは劇団リアルステージの派遣部門であった。そもそもは幼稚園や介護施設にこちらか出向き、依頼された劇を見せるのが仕事であったのだが、あるきっかけで『その場にいない、いたらいいなぁな人物』を演じる事になった。例えば披露宴での友人。例えば帰省して両親に紹介する恋人。ただの人材派遣業ではない。依頼人のニーズに合わせ、犯罪行為でない限り極力希望を叶えて差し上げる‥‥それがリアルステージのお仕事である。

 今回の依頼は少々やっかいであった。
「お金はなんとか工面してきました。どうかよろしくおねがいします」
 羽鳥真一(25)は神妙な表情で頭をさげる。

 真一は資産家の次男であり、母に溺愛されて育った。好きな音楽の道で生計をと思い、音楽大学を出たがそれだけで暮らして行けるほど甘くはない。しかも、真一は指揮者志望であった。これほど狭き門はない。世間体を重んじる父は真一にアルバイトなどは認めず、今は『無職』の真一は父に飼い殺しにされているも同然の日々であった。
 その母の誕生日が来る。病がちの母に贈る最高のプレゼント。それは自分が楽団付きの指揮者として、その楽団を指揮して演奏をしてみせること。それを母に聞いて貰う事だと真一は思ったのだ。
「僕の楽団員になってくれる人が欲しいんです。庭で演奏しようと思っているのでフルオーケストラは要りません。けれど、ちゃんと弾ける人を集めて貰えませんか?」

 今回の仕事には、クラシックの演奏者としてそこそこの技量を持ち、かつ架空の楽団員として振る舞う事が求められている。 

●今回の参加者

 fa0491 ハディアック・ノウル(23歳・♂・鴉)
 fa0597 仁和 環(27歳・♂・蝙蝠)
 fa1279 雪樹(17歳・♂・猫)
 fa1716 真鳥・昴(24歳・♂・鴉)
 fa1796 セーヴァ・アレクセイ(20歳・♂・小鳥)
 fa2072 ミスティ(12歳・♂・小鳥)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2172 駒沢ロビン(23歳・♂・小鳥)
 fa2174 縞榮(34歳・♂・リス)
 fa2492 アマラ・クラフト(16歳・♀・蝙蝠)
 fa2778 豊城 胡都(18歳・♂・蝙蝠)
 fa3162 たまた(21歳・♂・狸)

●リプレイ本文

●花曇りの午後
 4月にしては肌寒い風が吹いていた。羽鳥邸の庭を彩る桜の花びらは、その風が吹くたびに舞い落ちてゆく。あと数日もすれば花はすっかり散ってしまうだろう。
「ぎりぎり間に合ったみたいですね」
 ハディアック・ノウル(fa0491)は花曇りの空を見上げて、誰に言うともなしに言った。燕尾服の肩にハラリと薄紅色の花びらが落ちる。演奏開始の時間までにはまだ3時間ほどはあり、この場所には依頼者である羽鳥真一と、彼の今日を限りの楽団員達だけが準備をしている。黒い衣装は灰白色の空にも、うっすらと色づいた花の色ともよく合う。

「団長さん、僕、どうですか?」
 燕尾服に着替えたミスティ(fa2072)は嬉しそうにクルッと1回転してみせる。
「まぁこんなモンだろうな」
 やはり着替えたばかりの真鳥・昴(fa1716)はヘアスタイルを気にしていた。普段よりも随分と大人しめの髪型をしていると、なんとなく落ち着かない。
「第一正装だなんて、なんか緊張してきますね」
 着慣れない服装は楽器の様にすぐに慣れるというわけにはいかないらしい。豊城 胡都(fa2778)は袖口や裾を気にしながら庭にやってきた。

「皆さん、今日まで本当にありがとうございました。本番もよろしくお願いします」
 真一が急に背筋を伸ばして直立すると、深々と頭を下げた。今日まで打ち合わせやリハーサルで皆を拘束してきた事、そして極めて個人的な『母親へのプレゼント』という企画に参加して貰った事への感謝の発露なのだろう。
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
 愛用の楽器を重そうに運んでいた雪樹(fa1279)が足を止め、両手でケースを抱きかかえたまま真一と、それから仲間達にお辞儀をする。
「神楽も頑張ります!」
 木琴の前にいた月見里 神楽(fa2122)が西洋のお姫様の様にスカートを指先で持ち、腰をかがめて会釈をする。神楽の衣装は白の清楚なロングドレスであった。袖はないので今は上から薄手のコートを着込んでいる。
「今は‥‥真一さんは俺達のコンダクターですからね。あなたがまとめてくれるから、俺達の音は真一さんの望む音楽になる‥‥ですよ、きっとね」
 仁和 環(fa0597)は真顔で言っていたが、最後にくすっと笑って見せる。気障な台詞が気恥ずかしかったのかもしれない。
「本当に期待していますよ、羽鳥さん。いえ‥‥コンダクター」
 音楽家として生きていける者は音楽を志す者のほんの一握り。そしてその中でも指揮者の道は険しく狭い。富豪の次男坊にどれほどのことが出来るのか、実際に演奏家の世界を知るセーヴァ・アレクセイ(fa1796)にはなんとも言えない。けれど、彼の音楽への情熱までも否定しようとは思わない。全てはそこから始まるのだ。
「あの〜済みません。こちら、手伝って貰えませんか?」
 庭に面した一室の大きな一枚ガラスの窓が開いていて、そこから駒沢ロビン(fa2172)が手を振っていた。ロビンのすぐ後ろには黒いグランドピアノが見える。演奏会で使うのだが、一人で運ぶには重すぎる。
「はい。手の空いている方は手伝ってください」
 真一がすぐに走り出す。
「おいらが‥‥」
「私も手を貸そう」
 たまた(fa3162)が真一を追って走り出し、続いて縞榮(fa2174)がゆっくりと歩き出した。

「ん? アマラさんは‥‥」
 セーヴァはまだアマラ・クラフト(fa2492)が姿を見せていないのに気が付く。
「アマラさんは衣装部屋で寝てるそうです。着替えている途中で‥‥」
 真一が振り返って大きな声でそう言う。睡眠時間を削ってヴァイオリンの特訓をしたせいだろう。
「神楽、見に行ってくる!」
 この場にいる唯一の女性、幼いながらも淑女然とした神楽はドレスの裾を気にしながら邸の中へと走り出した。

●愛の調べ
 午後の太陽も少しずつ西へと傾き、羽鳥邸の使用人達が庭に照明装置を手慣れた様子でセッティングしてゆく。その間もチューニングの音が途切れる事はない。
「譜面が見難い人いませんか? 今ならまだライトの調整が出来るんで、遠慮無く言って下さい」
 丁度日没の頃演奏会が始まる予定だ。真っ暗ではないにしても、照明がないと楽譜が読み辛くなるだろう。
「あ、俺は暗譜してますから、なんだったらここの照明を廻しても構いませんよ、羽鳥さん」
 すぐにセーヴァが言う。ここ数日は自分の練習と、それからアマラのレッスンに付き合っていたので他の仕事は出来なかったが、譜はほぼ頭に入っていた。
「そうだね。僕も演奏中はタクトを見ているから、それさえ見えるなら‥‥」
 少し控えめに雪樹が言う。言いながらも調弦に余念がない。皆が集まってから今日まで、日数は少ないけれど『良い演奏をしたい』という気持ちに違いはないことを雪樹はもうわかっていた。だから、安心して演奏できるような気がしている。
「最後の曲の頃は‥‥夜桜かな」
 環はセッティングしたハープの傍らに座り、少しだけ上を向いた。その視線の先には散りゆく桜の樹がある。最初の曲はアレンジした分原曲とは少し違うけれど、和風な調べもこの庭ならばイケるような気がする。
「‥‥みなさん、準備はどうですか?」
 少し前にピアノを搬出した音楽室から黒いスーツ姿の男が現れた。
「紹介します、兄です」
 真一がすぐにそう言った。2人の容貌に似ているところはないが、兄だという男は年齢に似合わない鷹揚な笑みを浮かべた。
「弟が無理を言った様で申し訳ありません。母だけは詳細を知りませんので、そのつもりでお願いします。もうすぐ父と一緒にこちらに来る筈です」
「こちらこそ‥‥こんな綺麗なお庭で演奏出来るなんて、大変光栄です」
 ロビンはピアノの前に置いた椅子に座っていたが、立ち上がって真一の兄に会釈をした。普段音楽室に設置されているピアノのあちこちに白い小花が揺れている。
「神楽も頑張る! 真一さんのお兄さんにも楽しんで貰えるように頑張るね」
「‥‥楽しみしていますよ、勿論」
 神楽がピョンピョン跳びながら言うと、兄は優しい笑みを浮かべうなずいた。

「いらっしゃいましたね」
 金色に輝くトランペットを手にしたハディアックは、主賓の登場を見逃さなかった。今日が誕生日だという真一の母は上品な色合いの着物姿であり、腕を組んだ父は暗色のスーツ姿であった。2人がいかにも高価そうな椅子に腰を下ろすと、庭のあちこちで照明が一斉に灯った。調弦の音がふっつりと途切れる。定刻であった。本番が始まるのだ。楽団員と同様に燕尾服を着た真一が観客である父母、そして兄の正面に立つ。
「お誕生日おめでとう。ぼ‥‥私からのプレゼントです。どうぞ受け取って下さい。曲目は、『さくらさくら』『花のワルツ』そして、『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』です」
 真一は一礼し楽団員に向き直る。ポケットから取り出したタクトを高く掲げた。このか細い1本の棒が音楽を創り上げる。振り下ろす。寸分の狂いもなくそれぞれの楽器が音を奏で始めた。

 懐かしい旋律がヴァイオリンとチェロの弦でゆったりと再現されてゆく。セーヴァとアマラの左手の指弦を捉え、弓が踊りの様に同じように動く。たまたのヴァイオリンも参加している。ロビンのピアノが和音を奏で、雪樹の音も一切乱れずヴァイオリンの音に絡み合う。更に環の手が軽やかに動き密やかにハープの音を奏で、神楽は軽快な動きで木琴の暖かい丸みを帯びた音を引き出してゆく。ミスティのフルートはそっと旋律をなぞり、胡都の吐息と指がクラリネットのどこか優しい響きを春の宵に広げてゆく。昴のコントラバスの低い音が加わると、音は更に深みを増し味わいを醸し出す。

「まぁ。和楽器ではない『さくらさくら』なんて‥‥」
 真一の母は嬉しそうに笑って横に座る夫を見る。
「お母さんに喜んで貰えたなら、真一も楽団の皆さんもきっと嬉しいと思いますよ」
 母のすぐ後ろに座る兄が低い声でそっと言った。
 3曲が終わると、3人の聴衆は立ち上がって拍手をした。皆、立ち上がって一礼し、指揮者である真一も深々と礼をする。
「アンコールをお願いしても良いのかしら?」
 母は拍手をしながらおっとりと尋ねる。真一はただ笑顔を浮かべ、再度楽団員に向き直った。タクトがあがる。振り下ろされる。それは今宵もっとも相応しい曲。荘厳な前奏に続き流れたのは、誰でも聞いたことがあるあのフレーズ‥‥。『Happy Birthday』であった。
「まぁ‥‥真一さんったら」
 母の目が照明のせいかキラリと光った。


 庭は先ほどは変わり、仄かな常夜灯だけがぼんやり灯っている。何日もかけて練習をし何時間もかけて準備をした『舞台』は幻の様に消えている。そして、数日だけの楽団も終わりを告げる。
「皆さん、ありがとうございました。お陰様でステキな誕生日プレゼントをすることが出来ました」
 先ほどまでコンダクターとして背筋を伸ばしていた真一は、深く何度も頭を下げた。
「こちらこそ。勉強させていただきました」
 正装から普段着に着替えたハディアックは愛用のサングラスをかける。こんなに暗い場所では視界が悪くなりそうだが、行動に支障はないようだ。
「真一さんのタクト、演奏しやすかったよ。‥‥幸せな嘘ならたまにはいいよね」
 環はニコッと笑う。そっと肩にかかった桜の花びらを手で払う。
「演奏は音楽家の言葉だから。伝わるといいよね」
 雪樹も環につられるかのように笑った。
「きっと伝わってるじゃねーの? だっておふくろさん、嬉しそうに涙流してたじゃん」
「そうだよね。桜は散っちゃっても、今日の事はきっとずっと覚えていてくれるんじゃないかな? 僕はそれで充分」
 昴がどこかぶっきらぼうに言うと、ミスティはぎゅっと楽譜を胸に抱きしめながら言った。
「神楽の事も褒めてくれて本当に嬉しい。子供だって演奏家なんだよ、神楽は」
 少しだけ胸を反らせて神楽が自慢気に言う。今日までの『一生懸命』が評価され、嬉しくてたまらないのだろう。ロビンはふっと視線を庭から母屋へと移した。練習や打ち合わせで数日通ったこの邸だったが、これからはそういう事もなくなってしまう。どこか寂しさが胸の奥から湧いてくる。
「‥‥こことも、皆さんとも今夜でお別れなんですね」
「そうだね‥‥」
「そういわれると、おいらもちょっと‥‥」
 栄もたまたも、なんとなく寂しさに囚われる。
「短い間でしたけど、楽しかったから‥‥でも、またどこかでお逢いしましょう」
 胡都が皆に会釈をする。
「みんなありがとう。セーヴァには特に‥‥」
 アマラも礼を言って皆に背を向ける。そして皆も広い庭を歩き出す。セーヴァは最後に振り返り、真一に右手を差し出した。
「また‥‥音楽を志す限り俺達は何度でも逢える。そうだよな、真一さん」
「‥‥はい。きっとまた」
 真一は差し出された手を強く握った。