ゴミ屋敷の影アジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
塩田多弾砲
|
芸能 |
1Lv以上
|
獣人 |
1Lv以上
|
難度 |
普通
|
報酬 |
1万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
04/13〜04/17
|
●本文
市役所に勤める彼女、裏沢瀬名子。
仕事とはいえ、彼女はその屋敷に向かうのはいつもためらわれた。というのも、臭く汚く、役所に戻った時にその臭いが取れない錯覚におちいるからだ。消臭剤が欠かせなくなったり、臭いにノイローゼになったのもあの屋敷のせいに違いない。
瀬名子は、いわゆる市民のトラブルの解決を担当している。多くはたいした事のない、書類のやり取りで終わるような仕事が主だ。
が、市民トラブルの最たるものとして、目下最大の難問を抱えていた。
それは、「ゴミ屋敷」。
その老人、福田栄一郎の屋敷は大きく、広いものだった。
福田はもと、真面目な会社の重役であった。が、定年間際で会社が倒産、更に定年後に一緒に住むはずだった息子夫婦に対し「住みたくない」と言われてしまったのだ。そして、妻からも離婚された。熟年離婚など自分には関係ないとたかをくくっていたが、彼は自分で知らないうちに離婚される材料を作ってしまっていたのだ。
彼は働き者で真面目ではあったが、他者の言い分を基本的に聞かず、頑固で、なかば強引に自分の言い分を通してしまうタチだった。それゆえ、妻と息子に対しては良かれと思い、色々と口を出していた。
息子に対し、行っていたバンドを無理やりやめさせた。妻に対しても、働いたり何かを学んだりするのを反対した。そんな事をする必要はなく、したところで何の役にも立たない。だからするなと。
悪気があったわけではなく、良かれとして反対していたのだが、それは結果的に彼を孤立させる原因となった。
「親父は自分勝手だよ。あんたなんかと一緒に住めるか」
「あなたの身勝手さには、もうついていけません」
こうして、二人とも彼の前から去って行った。
妻は、息子の家に世話になる事になった。そして、連絡先を知らせずに去られたため、電話も手紙も、元家族の下に届くことは無かった。
仕事一筋に生きてきたゆえか、公私ともに友人を作る術を持たなかった。趣味など当然持たず、暇な時間をどう過ごせば良いのかわからない。
再就職しようかと思っても、手に職を持たない彼は、どこに行っても断られる始末。
次第に彼は、世間に対して歪んだ憎しみを感じつつあった。真面目に働き、家族を養ったというのに。なのに家族は自分を捨て、世間は自分を排除しようとする。
憎たらしい。ああ、憎たらしい。間違っているのは世間の方だ、自分は悪くない。
そして、いつしか彼は自分の住む家に、ゴミやガラクタを集めては積み上げる作業に没頭し始めた。
意味などない。ただ、多くのものに囲まれていると、仕事をしていた頃を思い出し、安堵するのだ。現役時代には、自分の机の周囲には資料や書類の束が多く積まれ、それらを処理するのに忙殺されたものだ。
その歪んだ執念は、やがては数々のゴミを整理し、分別するという行動に変化していった。
近隣の住民が苦情を申し出ても、彼には知ったことではなかった。
「いいですか、福田さん。これ以上は迷惑ですから、どうかゴミを‥‥」
「わかってないな君は。女で、まだ若いくせに意見するとは、人格を疑うね。これは価値観の問題であり、人生における自由行動の問題なんだよ! 迷惑? お互い様だよ!」
「お互い様? ですが、近隣の住民から苦情が出ていますから、ゴミを始末していただけないかと‥‥」
「だから、お互い様だよ! 言ってわからんのか、これだから最近の若者は‥‥まったく、昔に比べて今はなんという時代だろう!」
瀬名子はウンザリした。いつもの事だが、この老人の言葉は支離滅裂だ。自分と世間を嫌悪しているのは分かるが、それをうまく言葉にする術を持たないのだろう。そして次第に、支離滅裂な妄言を真実であるものと自分自身思い込み、それを正そうとも疑おうともしなくなる。福田と何度か話し合いをして、彼女はそれを確信した。
市では、公的に彼のゴミ収集を止めさせる条例も法律も、権限も無い。こうやって忍耐強く、説得するしかないのだ。その成果が、ゼロに等しいと分かってはいても。
市議会でもこの件は話し合われたものの、「前例が無い」という理由から具体的な対策は提案されず、結局放置の見ない振り。瀬名子は市議会のお偉方に、このゴミ屋敷の臭いを四六時中嗅がせてやりたいと思った。
更に悪い事に、老人は犬を飼い始めた。飼うといっても、野良犬や猫を拾っては庭や屋敷内に放すだけなのだが。が、餌はやったらやりっぱなし、フンの始末もせず、悪臭が更に強く漂うように。ハエが飛び回り、不衛生さにさらに磨きがかかってしまったのだ。
老人は、野良犬や猫を回りにはべらせ、歪んだ満足感を得ていた。
この惨状を聞いて、瀬名子の知り合いがゴミ屋敷を訪れた。フリーライターの彼、多摩豊雄は、瀬名子から聞いて屋敷の事を記事にしようと、取材を試みたのだ。
住宅街の一角、悪臭が漂い、その一角はほとんどが引っ越してしまったゴミ屋敷。三階建てで、かなりの広さ。庭もまた結構広い。
が、豊雄は疑問に思った。『犬を飼いはじめたため、その鳴き声もまたうるさい』と聞いたのだが、屋敷はひっそりとしていたのだ。
ゴミは相変わらず積まれているが、人の気配はもちろん、動物、ないしは動く存在を感知しなかった。
寝ているのか、それとも何かが起こったのか。
疑問に思ったところ、彼は屋敷の主が庭先を歩いているのを見つけた。声をかけようとしたが、強烈に嫌な予感がして、それは憚られた。
老人は、うつろな状態で庭を歩いていた。その様子にも疑問を感じた。というのも、福田は60歳以上でも精力的で、無駄に元気なために周囲が気圧される‥‥という瀬名子の言葉と違っていたからだ。
が、今の彼の様子はそれと正反対。まるで生ける屍、ゾンビみたいだ。
福田はちょうど、屋敷内へと扉を開けて入って行くところだった。その扉が閉まり、姿が目前から消えるその寸前。彼は見た。
福田は、その手に持っていたのだ。死した子犬を。
逃げたい気持ちを抑えつつ、豊雄は無断で入りこみ、屋敷内に入りこもうとした。
が、屋敷の居間、ないしはその窓に映った影を見て、彼は踵を返し逃げ出した。そして、嫌な予感が当たった事に気づき、助かった事を神に感謝した。
そこに映ったのは、人の影ではなかった。昆虫めいた、異様な存在を思わせるシルエットであった。
かくして、獣人であった豊雄はWEAにこの旨を連絡した。まず間違いなく、屋敷には潜んでいる。ナイトウォーカーが‥‥と。
●リプレイ本文
「‥‥臭い」
問題の屋敷が視界に入ってからというもの、アルケミスト(fa0318)は鼻をつまみ、イヤそうな表情を浮かべていた。彼女の白い肌に金髪、碧い瞳は、見た者にある印象を与える。名匠が作ったフランス人形が、命を持ち動き出したかのような印象を。
「ああ、確かにな。ったく、下水道の次はゴミ屋敷かよ。シャワーを何回浴びたところで、臭いが取れそうにもないぜ」
「まったくだ。こんなのにこそ、公共の福祉を適用して欲しいものだな」
焔(fa0374)のぼやきに、ヘヴィ・ヴァレン(fa0431)が相槌をうった。実際、おぞましい臭気が彼らの鼻を侵食しつつあった。空気に色が付くとしたら、その周辺は汚濁した色彩となって視覚そのものも侵されるのではないか‥‥と、そういう突拍子も無い妄想が、容易に頭の中に浮かぶ。
「ま、確かにあんまり長居はしたくないね。とっとと終わらせ、ここを片付けようぜ」
「そうですねー。お片づけしたあとの紅茶はおいしいですよね」
どんよりし始めた空気を払拭しようと、九条・運(fa0378)と月見里 神楽(fa2122)はつとめて明るい声で言ったが、その試みは失敗した。
獣人たちは、多くが清掃業者のつなぎを身に付けている。乗り込んでいるトラックも、清掃業者のロゴがついたそれ。WEAが手配した架空の業者のものではあったが、誰もそんな事は知らないだろう。
傍目には、このゴミ屋敷を掃除しに来た者たちであるとしか見えない。ここのゴミを片付けにきたのか? それは半分正しく、半分は間違っていた。彼らはここの掃除をするために来た。ただし、掃除するのはゴミだけではない。ゴミと同じくおぞましい存在、それもまた、排除せねばならない。
ナイトウォーカーという、おぞましい存在を。
一行は事前に、河辺野・一(fa0892)が作成したコピーを受け取り、その内容を頭の中に入れていた。
おそらくは戦いの場となるだろう、福田邸の見取り図。瀬名子及び豊雄の協力によって手に入れたものだ。
それを見たところ、屋敷は二世帯住宅として建てられた立派な物。広く大きなそのつくりは、福田が思い描いた家庭の‥‥妻と、息子夫婦と、そして孫たちの笑顔に溢れる、幸せな空間を作り出し、共有するはずだった物。
庭は広く、子供向けにブランコまで据え付けられていた。ゴミ屋敷になる以前より、福田老人自らが「孫のために」と工作キットを購入し、据え付けた代物らしい。今は、廃物の一つでしかないが。
「んじゃ、確認するッス。自分こと、リュアン・ナイトエッジ(fa1308)と、九条さん、アルケミストさんとヴァレンさん、月見里さんの五人が、屋敷内に潜入。で、アルケミストさんは『光学迷彩』で、四人の後ろから入り込む。
羅刹王修羅(fa0625)さん、河辺野さん、焔さんの三人は庭や外部に待機し、もしも目標が外に飛び出してきたら逃がさないように迎撃と。河辺野さん、こんなとこッスかね?」
リュアンの言葉に、河辺野はうなずいた。
「ええ。できるだけ屋敷の内側に追い詰め、中で決着をつけたほうがいいでしょう。図面上では、一階、または二階の居間。この二つの部屋が庭に対して大きな窓と面しています。もしも奴が外に出てくるとしたら、このどちらかを破ってくる事が考えられますね。内部にゴミを積んでいて、窓も開けられない‥‥という事になっていなければいいんですが」
「ま、要は外に出さず、中で片を付ければ良いのぢゃろう? もしも化物が外へ逃れてきたならば、妾の一撃で目にものを見せてくれよう」
修羅の言葉が、頼もしく響く。彼女の異なる色を持つ左右の瞳、赤と青、ルビーとサファイアのように美しい瞳は、いよいよ近付いてきた屋敷を見据えていた。
ふんぷんたる臭気をまとい、屋敷は来る物を拒むかのように佇んでいた。庭の一角で、黒っぽく変色した犬のぬいぐるみがあったが、それは無数の虫にたかられた犬の死骸であった。
庭の中央に近い場所には、鉄骨の廃材や細長い鋼線が積まれていた。ワイヤーが絡み、コンクリ用の鉄骨もある。
ヴァレンはそこから、鉄パイプを一本とりあげた。所々に錆が浮いているものの、武器として用いるには申し分ない。
「人の気配がしないな‥‥どうする? 乗り込むか?」
「だな。声をかけたところで、埒が明かないだろうし。とっとと乗り込み、やっつけちまおう」
ヴァレンとともに、九条は意気込んだ。多摩記者経由で瀬名子より得た情報では、福田はゴミを分類しており、外に生ゴミ、庭の外側に廃材や燃えないゴミを、家の内部に書類や古本、雑誌類を、そして古着や古い家具、ガラクタなどを入れているとの事だ。
「これのどこが分類してるんだよ‥‥いかれてるぜ、まったく」
焔のつぶやきに、誰もが反論しなかった。
五人はそれぞれ獣化、半獣化し、おぞましい屋敷内へと足を踏み入れた。アルケミストのみ『光学迷彩』で透明化していたが、それでも足元にたまった細かいゴミや埃で、大体の位置が分かってしまう。
薄暗かったため、電気のスイッチを入れたが、点かない。電気を止められたのか、あるいは電灯や電球が壊れたり切れているのか。どちらにしろ、天井までゴミが積もった現状では、明かりをつけたところであまり役に立ちそうに無い。
「おい、ここ行き止まりか?」
「違うッス、ここは台所ッスよ。この中を通っていけば、二階に続く扉があるはずッス」
ヴァレンはかつて、部屋の入り口だった場所に立っている。が、そこにはうずたかく積まれたチラシに雑誌、壊れた家電品で塞がれていた。
「くそっ、よくもまあこんなに集めたもんだ」
別ルートから遠回りしつつ、九条はぼやいた。何ヶ月前、否、何年か前の週刊誌が山積みになっている。おそらくは、どこかの資源ゴミ捨て場から持ち帰ったに違いないだろう。
「あれは‥‥げっ、ウジが沸いてやがる」
「九条さん、どうしました?」
「い、いや月見里。なんでもない。知らない方が身のため、精神のためだ」
鋭敏視覚を用いた九条だが、彼はそれを激しく後悔した。
「‥‥使えそうな‥‥物‥‥結構‥‥ある‥‥」
姿を消したまま、一行の後ろからとことこ付いて来ているアルケミストは、粗大ゴミを見つつぼそりとつぶやいた。
二階にあがったとたん、先刻から強くなってきた腐臭が更に強まった。その元に、徐々に近付いているのがわかる。まず間違いなく、二階の居間、即ち福田老人がいると思われるあの部屋に、腐臭の原因があるに違いない。
が、中から何かの音がする。ぴちゃぴちゃずるずる、ぐちゃぐちゃもぐもぐ。明らかに人間でない存在が、汁っぽい何かを咀嚼している音。
獣のそれにしては、正直なところ異常に感じられる。それに、なぜこんなに腐臭が漂うのだ? 犬の死体を運び込んでいるとの事だが、それに原因が?
「‥‥みんな、害虫退治するぜ。用意はいいな?」
九条の声とともに、皆は身構え、そして扉を開いた。
「!」
そこは、凄惨な眺めだった。部屋はあたり一面、動物の死骸でいっぱいだったのだ。
正確には、半ば骨と化した犬や猫、その他ペットの小動物の死骸。それも、死して腐敗し白骨化したのではなく、遺体を貪り食って骨が残ったかのように、肉片がこびりついた死骸。
そして部屋の主にして屋敷の主である福田老人は、部屋の中央で犬の死体とともに居た。
彼の身体は、あちこちの皮膚がボロボロに腐りかけていた。片目の眼窩からは、眼球が垂れ下がっている。しかし、それは生きていた。生きて食っていた。ウジがわいた子犬の死体を。老人が咀嚼するたびに、腐汁が顎からしたたり、腐臭を更に強めていく。
獣化、半獣化した一行。老人は彼らをみて、喜ぶかのようにその姿を変形させた。
ナイトウォーカーは、醜く変貌した顎と節足と爪で、周囲の獣人を攻撃せんと立ち上がった。その背より生えた甲殻類めいた脚が、かつて老人だった者の胴体をぶざまに支えて、四肢であった部分に昆虫めいた一本爪が生える。
かつて福田老人だったそれは、獣人たちに襲い掛かった。が、獣人の方もまた、そいつを迎え撃つ用意が出来ていた。
ヴァレンとリュアン、二人の竜獣人に爪を振るった怪物は、その攻撃が受け止められたのを知った。リュアンはたくみに関節をとり、そいつの脚の一本をねじる。
隙ができたところに、九条の拳が入った。腰の入った重いパンチ、ぐしゃっという生理的嫌悪感の混じった感触が、九条の拳を通じて伝わってきた。
すかさず、ヴァレンの鉄パイプによる一撃が加えられた。鋼鉄の塊が、怪物の脚を一本砕く。ぶぢゅるという、ゴキブリを踏み潰した時のような音。それが、アルケミストの耳に届いた。
身構えていた月見里とアルケミストだが、彼女たちはすぐに理解した。
「銃‥‥使わなくて、良さそう‥‥」
「そうですね。あの様子だと‥‥!?」
月見里が言葉を切る。起き上がったナイトウォーカーが、居間の窓へと突進したのを見たのだ。
「!!」
焔たちが、暇してちょっと呑気していた矢先。二階の窓が割れ、化物が庭に落ちてきた。
「来たな、化物め!」
待ちかねたかのように修羅が進み出た。オッドアイの凛々しき竜獣人の女傑は、左手に日本刀を携え迎撃に出る。
それが恐るべき武器だという事は、焔と河辺野にも一目で理解できた。
老人の肉体を用いたおぞましいオブジェは、甲殻に覆われた脚をたくみに操り、逃げようとする。
「逃がさん! ハッ!」
修羅の刃が一閃し、怪物の脚が一本切断された。
ひっくり返ったところを、焔は素手で、河辺野はナイフを三本構え、油断なく怪物を見据える。
猿獣人の、両手と尻尾に握られた刃。そのきらめきに引かれたかのように、潜入組が二階の窓から降り立った。
「おい、そろそろ止めをさすぜ!」
九条がチェックメイトをかけんと、皆に叫んだ。
怪物が逃げないようにと、周囲を囲む。が、そいつは組しやすいと考えたのか。月見里とリュアンの方へと突っ込んできた。
「来るッス! 気をつけて!」
「‥‥!」
が、空中からの攻撃が、ナイトウォーカーの頭部に直撃した。獣化したアルケミストによる、空圧風弾の一撃だ。怪物は動揺し、突進する目標を見誤る。
突進の勢いを利用し、リュアンは怪物の身体を受け止め‥‥柔道、ないしは合気道の技を利用した投げを食らわせた。
投げられた先は、鋼材が置かれている場所。サボテンのように突き出た鉄骨が、怪物の身体を串刺しにして動きを封じる。
「止めです!」
月見里が一瞬にして、怪物の身体へと移動した。瞬速縮地によってコアの間近に接近した猫獣人の少女は、コアへと強烈な一撃を食らわせた。
「‥‥臭い‥‥汚い‥‥もう嫌‥‥」
「ああっ、アルミ、大丈夫か? あーあ、こんなに汚れちまって」
ゴミの後始末を始めた一行だが、アルケミストが数度目の「頭からゴミかぶり」をしてしまい、焔は必要以上に気をもむ事となった。
ナイトウォーカーを倒した後、屋敷内と庭を捜索した結果、安全が確認された。少なくとも、危険な存在は無くなったわけだ。‥‥この屋敷に詰まれた廃棄物以外は。
で、装った清掃業者の真似事を始めたわけだが、どういうわけかアルケミストのみ、ゴミをかぶってしまったり、詰まれた雑誌が崩れてきたり、生ゴミを踏んですっ転んだりと、散々な目にあってしまっていた。
WEAが用意したトラックに、次々にゴミが積まれていく。が、一台では足りないため、もう二〜三台都合してもらうことになるとは、開始時には思いもしなかったが。
「しかしまぁ‥‥よくこんなにしたもんじゃのぅ‥‥」
修羅が何度目かの、同じぼやきを口にした。ゴミは念入りに詰まれ、思った以上に大量であったのだ。
「あう〜、神楽も手伝うとは言いましたが、こんなにとは思いませんでした〜」
月見里も、へたりこむ。が、へたった場所に、河辺野はアルバムが落ちているのを見つけた。
「これは‥‥?」
拾い上げ、中を見てみる。写真は丁寧に分けられ、それぞれ一つ一つにコメントが書き加えられていた。
「‥‥『自慢の息子、日本一の一年生に進学』『温泉旅行 たまには家内にいい思いを』『家族三人で。今日は焼肉パーティ』『息子の結婚式。世界一の花婿と花嫁』『妻との結婚記念日。いつまでも一緒に』‥‥」
そこにあったのは、幸せそうに微笑む福田と、福田の家族の姿。
「‥‥おじさん、かわいそうだよ」
月見里が、自分が止めをさしたナイトウォーカー、ないしはそれに感染された老人に対し、改めてつぶやいた。
「‥‥そうじゃな。この老人も、問題が無かったわけではないだろう。しかし、家族を愛する気持ちはあった。決して、悪人ではなかった。それは確かじゃ」
修羅の言葉に、河辺野の静かにうなずいた。
「ええ。埋もれていたけれど、これは宝物ではないでしょうか。‥‥ご家族の方に、遺品として受け取ってもらえればいいのですが」
何が、このような悲劇を起こしてしまったのか。福田本人か、彼を捨てた家族か、彼に取り付いたナイトウォーカー、それとも‥‥。
その答えは、誰にも分からないだろう。河辺野はアルバムを手にしながら、物思いにふけった。
数日後。WEAの手引きにより、「福田は、飼っていた犬に噛み殺され、変死体で発見」「ゴミ屋敷は、持ち主が居なくなったために市で強制撤去」という事になった。
ゴミに限らず、屋敷内のほとんどの物は焼却処分。屋敷そのものも、解体される運びになった。遺族は福田の遺体を引き取り、喪に服すことに。
誰も居なくなった屋敷。そこに影が差す事は、もう無い。