悪夢から生まれた悪夢アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
塩田多弾砲
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
2.7万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/20〜07/22
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●本文
‥‥恐ろしい怪物が、暗闇に潜む。
何も知らない大男。彼は、夜の公園に佇んでいる。男は悠然と、その手に巨大な斧を手にしている。
気配を感じた、次の瞬間。振り返ったそこに、彼は見た!
一ツ目のバケモノが、牙と鉤爪をむき出し、男を引き裂こうと迫り来る!
が、男はひるむことなく、血糊がついた斧を振り上げる!
「‥‥カット!」
その声が響き、周囲の人間たちは一休みした。
ここは、とある公園。
そして、とある大学の映像研究会による、自主制作作品の撮影真っ只中であった。
『デモン・ロワイヤル 悪夢の地獄大虐殺』
『‥‥元傭兵の殺人鬼が、自分の快楽のためだけに、人間を殺しまくっていた。
しかし、被害者の魔道士が、死の間際に一つ目の悪魔を召還。さらに、ヤクザや暴走族や不良なども集まる。悪魔は魔力で、異次元空間に全員を閉じ込め、襲っては食いはじめる。悪魔を殺し、その目玉を飲み込めば、現世に戻る事が出来る。が、戻れるのはただ一人。
かくして、極悪な悪魔を殺すため、凶悪な人間たちは殺し合いを始めた‥‥』
この作品を作らんと、撮影は快調に進められていた。一休みしつつ、監督はカメラマンとともに映像のチェックを行なっていた。
「‥‥もう少し、血潮の量が多いほうがよろしいんじゃないでしょうか?」
「そうかな。ちょっと多くない? もう血糊、10リットルは使ってるよ?」
清楚で可憐な様子の、線の細いどこかの令嬢といった雰囲気の女子大生が、カメラマンと話し合っている。
藤枝喜久恵。おっとりお淑やかな女性だが、スプラッタ映画やバイオレンス映画などを事の外好み、映研に入部して血糊たっぷりの映像作品を撮り続けていた。
「フィクションだからこそ、猟奇や暴力は魅力なのです。現実の暴力や猟奇は大嫌いです」とは、彼女の談。
が、彼女が二人の同行者とともに近くのコンビニへと弁当や飲み物、その他の買出しに赴いた帰りの事。
公園には、本物の血潮が振りまかれていた。そして、かつて会員であり友人であったものの肉塊が、あちこちに散乱していた。
その中には、切り殺されたヤクザ役をしていた学生、一ツ目悪魔の着ぐるみに入っていた学生たちも含まれていた。
惨劇の中心には、怪物がいた。まるで直立したカマキリがごとき外観で、虫めいた脚と爪。それは喜久恵らを一瞥し、悪夢のように襲い掛かってきた。
喜久恵は、手足を切り苛まれつつも、命だけはなんとか助かった。しかし、胸を貫かれ、未だに意識が戻っていない。
もう一人のスタッフは首を切断されて即死。死体は腹部を貪られ、内臓が食い散らかされていた。
残る一人は、顧問の教授。彼もまた、ひどい手傷を負わされた。が、幸運にも警邏中の警官が通りかかったために、止めをさされる直前に助けられたのだ。
警官達は、暗くてよく見えなかったが、何者かが生き残りの彼、辻村英二に襲い掛かっているのを見た。そして犯人は、警官を威嚇したかと思うと、そのまま闇の中へと消えていった。
「たぶん、『あれ』は副島に取付いていたんだと思います」
救出されて二時間後。包帯だらけの辻村教授は、病室でWEAのエージェントに話していた。
「副島は、いつもナンパしては彼女をとっかえひっかえする生徒でした。そして、いつも振られたり彼女に捨てられたり捨てたりしても、口数を減らす事のないおしゃべりな奴でもありました。なのに彼は、ここ数日思いつめたような顔で、押し黙っていたんです。まるで、人が変わったかのように」
辻村教授がなんとか命を取り留める事ができたのは、獣人である彼の生命力からであった。
そして、全員ではないが、映研には多くの獣人が在籍していた。十人いる会員の半数、六人は獣人であったのだ。副島は、その中には含まれなかったが。
「珍しく口数が少ないもんだから、何かあったのかと思って話しかけたところ、人が変わったような陰気さを出してました」
今にして思えば、獲物を狙う獣のような眼差しだった‥‥と、教授は付け加えた。
「もう一つ。『あれ』が副島に関係あると言える理由があります。それは、‥‥副島のアクセサリーをつけていた事です」
警官の証言とも一致する。副島は多くのネックレスを首にかけており、全部外して並べたら、街頭で商売を始められるくらいの量であった。
そして、『あれ』もまた、同じく首にかけていた。副島のネックレスを、
「‥‥と、こういうわけだ。『あれ』と呼称するこの存在がナイトウォーカーで、この猟奇事件の真犯人である事は間違いなかろう」
WEAの担当官が、急ぎ集められた者たちに対して状況を説明する。
「しかし、そいつはいまだにどこかに潜伏中だ。生存者の辻村教授か、でなければ喜久恵嬢、奴はこの二人を狙っているかもしれん。既に副島のアパートへWEAのエージェントを派遣したが、もぬけの空だった。
事件発生から、まだ一日しか経っていない。おそらく奴は、情報生命体に戻るまで、どこかに潜伏するのだろう。だが、一度実体化したため、現在は擬態しているものと思われる。現に、犯行時刻の直後。公園の反対側を通りかかったタクシー運転手が、ナイトウォーカーが擬態していると思われる、副島らしき男の姿を目撃している」
担当官は、モニターに地図を映した。
「公園のこちら側には、放置されたスクラップ置き場がある。そして、数人のホームレスのたまり場でもある。そして、件のタクシー運転手は、副島らしき者の姿が、立ち入り禁止の看板を踏み越え、この中に入っていったのを見た。まず間違いなく、この中に潜んでいるのだろう。
WEAの方で、なんとかこのスクラップ置き場の周辺を固めている。内部にはまだホームレスが数人。それにホームレスが飼っている犬や猫なども数匹いる事が確認されている。
そんな中で情報生命体に戻られたら、こいつは逃げて、また別のところで実体化するのは火をみるより明らかだ。なんとしても、追い詰め、殲滅しなければならん」
「スクラップ広場はかなり広く、迷路のような状態だ。迂闊に入り込むと迷うために、近隣の住民はなるべく近付かん。ホームレスたちが威嚇するため、子供達も近付かない有様だ。
そして周囲には住宅街や商店街があり、昼間は人目につきやすい。おそらく戦うとしたら、夜にした方が良いだろう。情報生命体に戻れるようになるのは、ぎりぎり見積もって、あと2〜3日。おそらくはホームレス達に混じっている事だろうが、もしも下手に乗り込んだら、奴は再び実体化し、ホームレスや周辺住民を餌食にするかもしれん。そして最悪、別の人間に感染し、別の場所で殺戮を繰り広げるだろう。
時間が無い、すぐに取り掛かってくれ。この任務を承諾したのならな」
●リプレイ本文
「これが、副島さんですか」
「うむ。困った生徒ではあったが、どこか憎めない奴ではあった」
病室にて。泉 彩佳(fa1890)は辻村の有していたデジカメから、副島の写真をプリントアウトしてもらっていた。
確かに、軽薄そうな雰囲気を漂わせた男である。授業を受けるより、コンパとナンパにキャンパスライフを賭けているかのような若者。
「調子ものではあったが、居なくなると寂しくなる。文化祭の時には、盛り上がった物だったよ」
「仇は取り申す。辻村殿は、どうか治療に専念してくだされ。時に、少々伺いたきことがござるのですが‥‥」
泉に同行していた七枷・伏姫(fa2830)が、質問を切り出した。
「憎むべきナイトウォーカー。そやつの攻撃手段や身のこなしなど、戦闘力に関する事を聞きたいのでござる。よろしいか?」
「どう‥‥だったの?」
「うん。コアの位置まではわかんなかったそうだよ。もしはっきり分かってたら、アヤが一撃で抉り取るんだけどなあ」
WEAの事務所が差し入れた、イチゴジャムメロンパンを口いっぱいにほおばりつつ、泉は湯ノ花 ゆくる(fa0640)の問いに答えていた。
「だが、何も分からなかったわけではござらぬ。辻村殿の話によると、彼奴の戦い方は、カマキリのそれに近いとの事でござった。両腕の鎌も脅威なれど、もっとも恐ろしいのはその足。すばやく跳躍してかわし、然る後に必殺の一撃を食らわす、とのことらしい」
おそらく普通には、一対一の接近・格闘戦ではまず勝てぬでござろう‥‥と、伏姫は付け加えた。
「藤枝‥‥さんは?」
「心配いらぬ。花を持って見舞いに赴いたが、現在は安定している状態との事ござった」
「眠っていたから、すぐに帰ったけどね」
ここは、WEAの事務所の一角。会議室であり、皆が今回の任務における作戦を練る場所でもあった。
「WEAの方で、包囲網や人払いなどの作業は協力してくれるとさ。あと、犬猫のチラシ代、それにホームレスへの場所取り代などは、ここから捻出しろとの事だ」
ぶっきらぼうな口調で、陸 琢磨(fa0760)が封筒を机の上に投げ出した。つまり、私費を使う必要は無くなったわけだ。
「じゃあ、後は公園の地図の写しを手に入れて、周辺状況の確認ッスね」と、森里時雨(fa2002)。
「それと、行方不明ペットのチラシ作成と、周辺での行事の確認。それから色んな小道具の用意だね」と、ベス(fa0877)。
「するべき事が、決まったみたいですね。うまくいくといいんですけど‥‥」
角倉・雨神名(fa2640)の不安そうな声に、深森風音(fa3736)は励ますように言った。
「そうだね。被害を出さない様、無事に依頼をやり遂げたいね」
彼らが立案した作戦。それは、以下のようなもの。
まずは、行方不明のペットを探すという設定で、チラシ張りと捜索とを装い、ゴミ置き場内部に潜入。内部の地形や状況を確認しておく。
ホームレスに対しては、メロンパンを配ったり、犬猫を飼っているところから話題を作り、互いに知り合いとなって情報を聞き出す。
その後、近くで行われる花火のイベントにて。ホームレスに場所取りの仕事を依頼し、場所を外してもらう。
然る後、内部で副島に擬態しているナイトウォーカーを発見、これを殲滅する。
泉とベスは猫探しの名目で、チラシやビラを張り、それにかこつけて公園内を捜索。森里と深森、陸に伏姫もその手伝いを。
湯ノ花と角倉は、ホームレスたちにメロンパンをふるまい、打ち解けて情報収集。
そして、夜になったら公園内に入り込み、ナイトウォーカーを探し出し、これを叩く。ホームレス達は、湯ノ花や角倉たちの「場所取りの依頼」で人払いさせておく。
‥‥といった感じで、彼らは役割分担をしていた。
折りしも、角倉と門倉は二人のホームレスと話していた。彼らは猫や犬を連れている。
「ああ、保障もないし不安も多いが、この暮らしも悪くは無い」
「はー、そうなんですか」
「猫? いや、見なかったなあ。この子たちも見なかったって言ってる」
猫を抱いたホームレスの一人が、湯ノ花の写真にかぶりをふった。それに呼応し、猫もまた「みー」と鳴いた。
「わぁ、かわいい〜♪ この猫ちゃん、名前なんていうんですか? ボクも猫を飼ってるんですよ」
角倉が、思わず手を伸ばし頭を撫でる。
「ほう、嬢ちゃんも猫を飼ってるのかい。こいつの名前はだな‥‥」
語るにまかせ、他のメンバーは公園内の捜索に努めていた。
公園は、いつしか廃材や廃車などを不法投棄されるようになった場所。ゆえに、今ではそれらがあちこちに山を作り、複雑な様相を見せていた。
ホームレスは、大体10人前後がそれぞれ好きな場所で寝起きしている。外から見たら分からない場所に、寝床を作っていたりする者もいた。ホームレス同士は、互いの顔を知っているわけではない。彼らはあまり交流せず、見知らぬ者がやってきたとしても、干渉しない事が暗黙の了解になっているようであった。
が、それでも一人、様子のおかしい者がいる‥‥と聞き出した。
そいつは、腐臭を漂わせ、体のそこかしこが崩れたようになっていた。身体にはアクセサリーをジャラジャラいわせ、お近づきにはなりたくない印象。
「間違いない‥‥みたいだな」
陸が、確信とともにつぶやいた。
長くは持たない。頬の肉が腐って削げ落ち、唇の周囲は原型を止めていない。
副島に取り付いたそれは、濁った精神で焦りを感じていた。なんとかして、新たな依代を見つけないと。
‥‥だが、じきに情報に潜伏できるように回復できるだろう。それまでしばし待つことにしよう。
が、それの感覚は、多くの獲物が接近してくるのをそれに教えた。
構うものか。餌を多く食って越したことは無い。
生きた殺傷機械は、立ち上がり、粗末な寝床から飛び出した。
それは、並々ならぬ雰囲気を漂わせ、本能により結ばれた糸を手繰られるかのように、獲物へと接近していった。
そこはさながら、円形の広場。中央にドラム缶などが置かれ、冬には焚き火が行なわれる。
そこでたった一人で腰掛けているのは、アクセサリーを全身からぶら下げた、軽薄そうな姿の少年。手には紙袋を抱え、そこからビール缶をひとつ取り出しては、中身をぐいと傾けていた。
「あれ? アンタ、イカしたアクセ付けてんじゃん。どこで買ったん?」
少年は、副島を見て軽い口調で話しかける。
「あのさ、アクセ好き同士、これもナンかの縁ってコトで、買出しちょいと手伝って欲しいんだけどさ」
さらに少年は、ますます言葉をかける。自分が、危機に陥っているなどと思いもしないかのように。
が、その時に気づいた。危機に陥っていたのは、副島の、自分の方だったと。
周囲には、誰も居ない。それもその筈、ほとんどのホームレスには、近くの花火大会の場所取りをしてもらっている。つまり、近くには少年の仲間しかいない。すなわち、獣人たちが。
本能の警告に気づいた副島は、その事実に気づき、立ち止まって‥‥変形した。
森里は、飲んでいると見せかけていたビールを捨て、紙袋内の強い酒類のビンを、変形しつつある「それ」に対して投げつけた。
「それ」は、紙袋ごと全てのビンを斬り捨て、内部の酒を浴びつつも変形を止めなかった。
「ちっ! 気づかれたか!」
「大丈夫! 想定内ッスよ! 想定内!」
隠れていた陸が出てくると、戦闘体勢をとった。そして、少年‥‥森里もまた、同じく構える。路上でのストリートファイトは、自分にとって専門。が、この敵は得物を手にした相手と同じ存在であり、その危険度は並みのチンピラやストリートファイターなどとは比べ物にならない。
伏姫が剣の包みを解き構えた時には、すでにそいつは変形を完了していた。両腕から伸びるは、鎌というより蛮刀めいた凶悪な刃。それに目を奪われると、下半身のバッタのような四本脚を見逃すことになる。それが、強烈な跳躍力とフットワークを怪物に与えていた。
確かにそいつは、直立したカマキリにそっくりだ。そいつの頭部に、ナイトウォーカーである何よりの証拠、邪悪に胎動する宝珠のごとき、巨大な器官‥‥コアが光り輝いていた。
陸、伏姫、森里。矢面に立つ狼獣人二人と犬獣人一人は、そのコアの輝きを消さんと、戦いの場へ牙をむき出した。
左目尻の傷痕が浮かび上がるのを、陸は感覚的に知った。血液が体中に循環し、拳法を極めた自らの四肢に力を送り込まれるのが感じられる。水鏡の刃にも自らの力を込めんと、彼は集中し力を滾らせた。
半獣化した伏姫の刀でも、怪物の邪悪な双刃を断つ斬撃を放てるかは、神のみぞ知る。
だが、放ってみせよう。伏姫の糸目が、はっきりと見開かれた。その眼に討つべき敵を焼き付けるがごとく。
やはり獣化した森里も、すばやく準備を整えた。路上での格闘バトルはお手の物。この相手にも、それが通用すればいいのだが。
離れた場所より見守るは、五人の仲間達。湯ノ花にベス、泉に角倉、そして深森。
蝙蝠獣人の湯ノ花は、獣化し翼を広げる。空中に浮かぶ彼女の顔には、別の物が浮かんでいた。不安という名の焦燥が。同様に鷹獣人のベスもまた、空中から攻撃を仕掛けるべく、翼を広げている。
竜獣人の泉は、本職のプロレス技をいつでもかけられるよう、神経を張り詰めた。
角倉と深森、二人の一角獣獣人は、後方に下がり、仲間が傷ついた時の治療に専念するつもりだ。
「うおおおっ!」
雄たけびとともに、二人の狼獣人は駆け出し、蟷螂の化物もまた駆け出した。
ナイトウォーカーの両手の刃が、二人を切り捨てんと空を斬る。重い一撃が、受け止めた伏姫の刀にずしりと響いた。
「つっ! 流石に強い! だが、この程度でへこたれるわけにはいかぬでござる!」
伏姫の日本刀が、ナイトウォーカーの片腕、ないしはその関節部に向けて振り下ろされた。が、脆いはずの関節の継ぎ目でも、切断には至らない。
逆に彼女は、そいつからの逆襲を受けてしまった。鎌を用いず、体当たりをぶちかましたのだ。予想外の攻撃方法に、後ろ様に吹っ飛ぶ伏姫。
「伏姫! ちっ!」
後方から切りつけようと試みた陸だが、鎌が彼の刃を受け止めた。
「たーっ! ‥‥ぐわっ!」
俊敏脚足で接近した森里だが、こちらも予想外の攻撃を、その怪物の蹴りを受けてしまった。腹をしたたかに蹴られ、ヘドを吐く。
その隙を狙い、首を切断せんと鎌を振るう。
刃が命を刈り取る寸前、彼の命を救う攻撃が放たれた。
「虚闇撃弾!」
「副島さん‥‥ごめんなさいっ! 飛羽針撃!」
生物のみに打撃を食らわせる一撃が、ナイトウォーカーの胴体を揺らがせる。抜き取られた鷹の羽の、手裏剣のごとき一撃。それはナイトウォーカーの頭部に深く突き刺さった。
致命傷とならずとも、打撃になり、動揺させるには十分。そして、森里が鎌より逃れるにも十分な一撃。
入れ替わりに、両拳にソニックナックルをはめた泉が、ナイトウォーカーへと攻撃を仕掛けた。
「はっ!‥‥くうっ!」
気圧が変化し、聴力が一時的に奪われる。が、それだけの価値はあった。片方の鎌を折る事ができたのだ。
痛みか、怒りか。吼えた怪物は跳躍するかのように脚を折り曲げた。が、既にそいつの逃走は封じられていた。
陸、そして角倉の治癒命光で回復した伏姫が、刃を振り下ろしたのだ。ただし、上半身の甲殻にではなく、下半身、ないしは脚に。
バッタのごとき跳躍力を与えていた四本の脚の半分が、陸の水鏡の刃、伏姫の日本刀によって切断された。怪物が、明らかに痛みに咆哮する。
しかしそれでも、そいつの跳躍は超人的であった。半分になった脚でジャンプし、ゴミがうず高く詰まれた袋路地へと逃げる。
が、そこには罠が仕掛けられていた。足元のワイヤーをひっかけ、かなりの重量の廃材が降り注ぐ。細長い鉄骨や廃材が、針刺しのごとくナイトウォーカーの全身に突き刺さった。
深森の治癒命光にて復活した森里は、自らがしかけたトラップの結果に満足し、にやりと笑った。
満身創痍の怪物は、ふらふらになりながらも逃れようと試みる。が、すでに逃走手段を奪われた怪物は、獣人たちからの攻撃をかわす術を持たなかった。鎌を振るおうとも、すでにそれは折れてしまっている。
「止めだ!」
懐に入った陸が、寸頸を叩き込み、
「破っ!」
俊敏脚足で勢いをつけた伏姫が、その勢いでコアへと一撃を食らわせた。
コアとともに、ナイトウォーカーは迎えた。最後の時を。
「ぴょ? 何かあったの?」
ベスが、近付くパトカーのサイレンを聞きつける。
「ちょいと、トラブルが起きました。後の始末は、我々が行ないます。皆さんは、速やかにここを離れてください」
WEAの職員が、獣人たちに言った。
ナイトウォーカーが沈黙したのを確認した直後、周囲が騒がしくなっていた。夜中とはいえ、どうも戦いの時の音が響いたらしい。誰かが呼んだパトカーが、近くに止まる様子が聞こえてくる。
「面倒ごとは御免だ。みんな、はやいとこずらかろうぜ」
陸に従い、皆はその場を後にした。
後日。
意識を取り戻した喜久恵と、回復した辻村教授は退院した。まだ本調子では無いものの、徐々に回復しつつある。映画を観る事は大丈夫だが、撮る事に関してはまだ抵抗があるとの事だ。
副島の両親も、悲しみにくれ、むせび泣いた。
唯一の救いは、その原因たる存在を討ち取った事。
悪夢がこれ以上、連鎖し生まれる事が無きよう、切に願う皆であった。