映っていた何かアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 塩田多弾砲
芸能 1Lv以上
獣人 2Lv以上
難度 普通
報酬 3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/18〜08/22

●本文

 夏には、無駄に怪奇特集なんてものが多く行なわれる。
 無駄に恐怖感を煽り、無駄に信憑性のない理由を述べる。無駄尽くしの番組。が、視聴率を稼げる点に関しては、無駄ではなかった。
 とは言うものの、そのために失われた人命の事を考えると、手放しで喜べるものではない。
 実際、とある廃村の廃屋。そこに赴いたクルーたちは、全員がその命を奪われたのであったから。

 怪奇特番「捨てられた廃村・大杉村に霊の影を見た!」
 ネット上などで騒がれている、謎の廃村。そこに赴き、ちょっと恐怖感を煽り、夏向けの特番でも作ろう‥‥。そんな軽い気持ちで、プロデューサーとディレクターは番組制作を決定。とある廃村へとスタッフを派遣する事に。

 とは言ったが、よくよく調べてみると、廃村は本当にただの廃村。幽霊どころか過去に殺人事件も事故も起こらず、怖い要素など欠片もない。あるのは、古ぼけた廃屋のみ。
 だったら、演出し編集すればいい。どうせ視聴者には、事実などわかるまい。
「ま、夜に暗視カメラで情景を写し、適当なナレーションつけたらなんとかなるべ」
 同行したディレクターは、でっち上げも辞さないような男。その日は廃村に停めた車を基地とし、夜中じゅう撮影する事にした。
 特番だから、事実と異なっててもウケさえ取れればOK。捏造? だから何? たとえ嘘つきと揶揄されようが、高い視聴率を取りさえすれば許される。
 そう考えつつ、彼らは撮影を開始した。

 しかし、彼らは戻ってこなかった。スタッフ全員へと連絡を入れたのだが、誰も連絡がとれない。
 そればかりか、大杉村から戻ってきた様子も無い。一番近くの町までは、車で1時間。そこの旅館にスタッフは泊まる予定で予約を入れていた。が、撮影に行ってから誰一人戻ってこず、キャンセルの連絡も無かった。
 おかしいと思いつつ、プロデューサーから言われたADは、撮影場所まで向かった。
 そして、彼もまた戻ってこなかった。

 おかしい。
 いくらなんでもおかしい。そう考えたプロデューサーは、別のADとともに現場に向かった。
 まさか、本当に幽霊が出てきて、やつらをどうにかしたか? ‥‥ばかばかしい。そんな事があってたまるか。
 そう思いつつ、彼は現場に到着した。
 現場は山奥で、確かに見たところは不気味っぽい。が、空き缶や不法投棄されたゴミなどがあちこちに見られた。
 そして、向かって行ったその先。特番製作の撮影チームの車。そしてディレクターの車が、そこにはあった。
「中は、荒らされてはいないな」
 おそらく、動かそうと思えば動くだろう。そして、車が残っているという事は、車を使わずに連中はどこかに行った‥‥って事になる。
 前方を見たら、そこには廃屋。と言っても、まだ新しい建物だ。ガラスは壊されてないし、内部も空。ここを引き払う時、前の持ち主はちゃんと掃除をしていった物と見える。
 もっとも、鍵の一つが壊されていた。おそらくは撮影チームの連中だろう。ADとともに、PDは中に入って行った。

 その建物は、おそらくは公民館として使うものだったのだろう。鉄筋コンクリート製で、まだ内装はそう汚れてもいない。廃墟になって三年も経っちゃいないと思われた。
 後でわかった事だが、事実ここはそんな曰くのある場所ではなかった。ここは実際に公民館ではあったが、ただ税金逃れのために、無駄に建てただけの事。しかし財政が破綻し、放置されたというわけだ。心霊スポットなどではない。
 だとしたら、スタッフはいったいどこに消えたと?
 公民館内部を歩き回り、彼は広々とした玄関ホールを横切った。吹き抜けとなっている二階のギャラリーには、階段がある。階段の手前には、何かが落ちていた。
 撮影班のカメラが、そこにはあった。となると、二階から落ちたのか?それを確かめるべく、彼は二階へ向かおうと階段に足をかけた。
 が、その時に気づいた。
 階段には、こびりついていたのだ。乾ききった、血痕が。それだけではなく、どうも空気が重い。本能的な危機を感じる。
 このまま、二階へと昇ったら、確実に死ぬ。裏付けのない、得体の知れない恐怖。普段なら笑い飛ばすところだが、笑えないほどにそれは強かった。
「‥‥戻るか」
 明らかに、気圧された。気圧されつつ、PDは戻った。

「‥‥!」
 あの時の恐怖に、逆らわずにすんで良かったとPDは思った。
 自分たちの車の中で、ADとともにPDは持ち帰ったカメラにおさめられていたテープの映像を再生した。
 カメラには、レポーターが映っていた。あの公民館内部を、色々と映し出している。
 映像は、あの玄関ホール二階のギャラリーを写していた。古ぼけた、しかしへたくそな画が飾られている。それらをバックに、レポーターが適当な事を言っている。
 と、画面がレポーターから離れ、ギャラリーの奥を映した時。レポーターの悲鳴が響いた。
 そしてすぐに、カメラの映像も回転した。おそらくカメラマンの手から離れ、階段を転げ落ちたのだろう。
 カメラの映像が安定した。おそらく、一階の玄関ホールに落ちて回転を止めたのだろう。そのままカメラは映像を撮り続けていた。
 真横になったまま、あさっての方向を撮っている。血しぶきと、悲鳴。誰か、もしくは何かが跋扈する足音と、咀嚼音。届いているのは音のみで、映像はカメラのレンズが向けられていない、別の方向から響いてきた。
 その音声と悲鳴から、何か得体の知れない存在が、殺戮の宴を繰り広げたに違いない。
 やがて音が途絶え、宴が終わった事を知らせた。
 カメラは、何者かの影をとらえた。影はそのままカメラの死角へと消え、影の主と思われる何かの足音が響いた。
 それ以後、カメラは何の映像も、何の音もとらえていなかった。
 影の形は、明らかに人間ではない、また、獣人のそれとも異なる輪郭だった。

「以上が、現時点で判明している事だ」
 WEAにて、内容を伝え終わった担当官は、モニターのスイッチをオフにした。
「間違いなく、これはナイトウォーカーだろう。諸君らは、ここに赴き、これを殲滅して欲しい。ただし、ひとつ厄介な点がある。
 奴は、何に感染しているかわからん、という事だ。かのPDは腰を抜かし、今はガタガタ震えて話もできない状態だが、同行したADは肝が太く、我々に連絡してくれた。
 で、ADいわく、あの公民館周辺や内部には、手付かずの図書室をはじめとして、ギャラリー、誰かが捨てていった雑誌やマンガの類など、感染できるものがかなり多く存在するとの事だ。その全てを焼き払うと時間がかかる。となると、奴に逃げ出すチャンスを与える事にもなるだろう。それに、人目にもつきやすくなるだろうし。
 なんとか、奴を誘き出し、これを殲滅する。これ以上はいい方法が思いつかんが、それしかあるまい。
 というわけで、この怪物を倒すため、君らの力を貸して欲しい」

●今回の参加者

 fa0225 烈飛龍(38歳・♂・虎)
 fa0295 MAKOTO(17歳・♀・虎)
 fa0431 ヘヴィ・ヴァレン(29歳・♂・竜)
 fa0826 雨堂 零慈(20歳・♂・竜)
 fa2002 森里時雨(18歳・♂・狼)
 fa2122 月見里 神楽(12歳・♀・猫)
 fa2576 ジャン・ブラック(36歳・♂・蝙蝠)
 fa3425 ベオウルフ(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文

 廃墟は、変わらず佇んでいる。
 それを見て、烈飛龍(fa0225)は若干の不安を覚えた。この手の任務、すなわち、ナイトウォーカーの殲滅という任務に参加するのは、彼はこれが始めて。最初というものには、誰もが緊張を覚えるものだ。
 彼のそんな様子を知ってか知らずか、ヘヴィ・ヴァレン(fa0431)は持参した得物を振り回し、調子を見ていた。近くの鉄鋼所、ないしはその屑鉄置き場から失敬した、錆が浮いた鉄パイプ。錆付きとはいえ、武器として用いるには十分であった。
「よし、それじゃ確認するぜ。みんな、これを見てくれ」
 ベオウルフ(fa3425)が皆の前に、公民館の見取り図を広げた。
「俺たちは、二班に分かれて行動する。突入、戦闘想定地点誘引、追撃等を担当する二階班。そして目標が出現した後に、迎撃、逃亡経路封鎖、トラップ等を担当する一階班だ。
 二階班には俺、烈、ヘヴィ、それにジャン・ブラック(fa2576)。この四人で二階に向かい、ナイトウォーカーを誘き出す。
 一階班の四人、MAKOTO(fa0295)、雨堂 零慈(fa0826)、森里時雨(fa2002)、月見里 神楽(fa2122)は、炙り出したナイトウォーカーを逃がさないように、逃走経路の封鎖。並び迎撃準備、トラップの設置をしておく。一階の各部屋に、ナイトウォーカーが居ないかの捜索も忘れるな。
 俺のトランシーバーは、ヘヴィと烈に、そして一階班のMAKOTOに手渡しておき、これを用いて各自で連絡。
 二階班が目標を発見したら、一階ホールへ誘導。トラップをしかけ、然る後に迎撃、これを殲滅する‥‥何か質問は?」
「ひとつだけ」
 神楽が挙手した。
「作戦が終わった後のことですが、よろしければ、遺品を捜しても良いですか?」
「ああ。殲滅を確認した後ならばな」

 玄関ホールに四人を残し、四人の獣人は元公民館の二階へと上がった。
 乾ききった血痕に加え、まだ生乾きの血痕もまた見られる。おそらく、新たな犠牲者のものに相違あるまい。
 WEAがなんとか入手した建物の見取り図は、不完全なものであった。無いよりマシなものと考えておいたほうがいいだろう。
 二階は広めの廊下が走り、左手前には和室に続く扉。中程度の右奥には応接室がある。廊下の奥には、エレベーターホール。ゴミ箱や煙草の吸殻入れが置かれ、更に三階へと続く階段が見えた。
 注意しつつ、ヘヴィは二階応接室へと入っていった。
『こちらベオウルフ、どうだ? 何か見つかったか?』
 トランシーバーから、連絡が入る。
「こちらヘヴィ。受信状態良好。現在地、二階の応接室。絵や石膏像があるが、現時点では怪しいものは無さそうだ。捜索を続行する」
 ヘヴィは、自身の鋭敏視覚を働かせ、部屋に存在する全てを見通さんと眼を凝らしていた。が、それでも怪しい物は何一つ見つからない。
 壊れて判然としないが、絵画や石膏像はありふれたもののようだ。贋作か、それほど価値があるものではないのだろう。いくつかを鉄パイプでつついてみたが、やはり何の反応も無い。
 がたん。絵をつついた時、それが壁から床へと落ちた。とっさに身構えたが、変わった様子は無い。
 確認終了と判断した彼は、別の部屋へと向かって行った。

『こちらヘヴィ、応接室は、俺の見たところ異常なし。絵に穴が開いちまったが、ナイトウォーカーは出てこねえな。別の部屋へと移動する』
「こちら烈、了解」
 ヘヴィからのトランシーバーに、烈は返答した。
「こちらの方は、まだ異常なしか否か分からない状況ですけどね」
 烈とコンビを組んだジャン・ブラックは、二階ギャラリーのすぐ隣、和室に入っていた。
「少なくとも、人目を気にせずにいられるのは有り難いな。こうして、本来の姿を曝していられるんだからな」
 つぶやきつつ、烈はジャン・ブラックとともに和室を探索している。
 畳が敷かれた、一室14畳の部屋。それを襖で区切ってある。襖を取り払った場合、42畳の大広間になるわけだ。
 奥にはそれぞれ床の間があり、掛け軸の類が下げられていた。襖も、半分以上は残されている。色あせ、埃で汚れているものの、襖に描かれているのは微細にして精緻な日本画。
「見事な絵だな」
 それを見て、烈は思わずつぶやいた。無銘とはいえ、このような廃墟で朽ちるに任せるのはあまりに惜しい絵であった。
 二人は暫く、和室、ないしはその半分を探索した。そして、次の半分へ向かっていく。
 二人が去った後。絵が描かれた床の間の掛け軸が、室内でゆらりと動いた。

 ベオウルフは、資料室を漁っていた。三階の、ほとんど屋根裏部屋に近い場所。しかし、結構な広さである。
 もっともその中にあったのは、資料が詰め込まれた簡易な本棚だけだが。
 注意深く、いくつかに目を通した。が、あったのはパンフレットやチラシ、市が出している小冊子のバックナンバーが主で、内容もろくなものではなかった。
「ま、重要書類は持ち去ったんだろうけどな。しかしこんなもん残しとくくらいなら、燃えるゴミの日に出しとけっての」
 そうつぶやいた時。
「!」
 それが聞こえ、戦慄が走った。紛れもない、銃声。
『こちらへヴィ、聞こえるか!?』
 切迫した声が、トランシーバーから響く。
「こちらベオウルフ。どうした!」
『ナイトウォーカーだ! 和室で烈とジャン・ブラックが交戦中、俺もすぐに向かう!』
 それだけ聞けば十分だ。パンフを投げ捨て、ベオウルフは階下へ向かった。

 獣化していたのが幸いし、ジャン・ブラックはそいつへ機敏に対処できた。が、拳銃の弾丸をものともしないそいつを目の当たりにすると、闘志が削られるのを感じざるを得なかった。
 ガバメントの弾丸は、確かに怪物の身体を貫いた。そのはずなのに、かすり傷を負ったようにも見えない。
 後ろには、烈が控えている。しかし、飛び道具を持たない彼は、どう対処すべきか迷った。接近できたら、ダマスカスブレードがものを言うのだが。
 銃声を聞いて駆けつけたへヴィもまた、さすがに躊躇を隠しきれない。二人よりもこの怪物の同類とは何度も戦い、屠って来たが、やはり気が楽にはなるわけでもない。
「下がってろ!」
 手のパイプを回転させつつ、竜獣人は棒術による一撃を食らわせた。通常ならば、直撃したら骨は砕け、重傷を負わせるに足る一撃。
 が、
「なっ‥‥!」
 鉄パイプを大顎で挟み込んだ怪物は、そのまま切断した。手元の短くなった棒を投げつけ、ヘヴィは退却する。
 が、怪物は逆だった。そいつは吼えると、突撃をかけたのだ。凶暴な顎が迫るのを見て、ヘヴィ、烈、そしてジャン・ブラックはとっさに判断し、行動した。
「逃げろ!」
 扉を開け、廊下へと転がり出る。それと同時に、怪物の鼻先で閉めた扉が撓んだ。更に数度、体当たりする怪物。脆くも扉は吹っ飛び、怪物は悠々と廊下へ進み出てきた。
「大丈夫か! ‥‥こいつは!」
 かけつけたベオウルフへと、怪物はその頸を傾け、新たな獲物を認識したかのように大顎を開いた。
 そいつの外見は、形容するならばクワガタムシであった。が、それは既存の動物に例えるなら、野犬や巨大ゴキブリと言い換えても通用する外見をしていた(後でわかった事だが、実際に野犬‥‥捨てられていた大型犬に感染していたらしい)。全身を甲虫のごとき甲殻で覆い、頭部に巨大な鋏状の大顎があることで、クワガタの印象を強めているに過ぎない。大顎の根元、顎の上部に、一ツ目のごときコアが鎮座していた。ぶざまな胴体を、哺乳類にも昆虫にも似た四本足で支えている。その先端には鉤状の爪が生え、まるで鎌の刃を移植したようにも見えた。
 ベオウルフは二階廊下の奥の方に、烈、ジャン・ブラック、ヘヴィは一階へと続く場所に佇んでいる。
 ナイトウォーカーは、まずは手近な獲物を狙わんと、ベオウルフへと向き直った。対する狼獣人は、両手にメリケンサック。
 携帯しているヴァイブレードナイフを引き抜こうかと考えた刹那、怪物はベオウルフへと突撃した。
 身構えたベオウルフだが、怪物はぴょんと飛ぶと壁に張り付き、鉤爪を食い込ませ、壁、そして天井へとジャンプしつつ、狼獣人に迫った。
 ベオウルフは即座に、廊下の端に置かれたスチール製のゴミ箱を手に取り、それを投げつけた。
 それを大顎で受け止めた怪物は、易々と両断した。恐るべき鋏は、まるで切断できぬものは無いかのような鋭さを見せ付ける。が、既に行動していたベオウルフは、それを見てにやりとした。それは「あえて切断させるために」投げつけたのだから。挟み込み、切るまでの僅かな時間。その時間を稼いだ彼は、俊敏脚足で加速し、怪物の脇をすり抜けたのだ。
 四人の獣人は、そのまま廊下から出ると、二階ギャラリーへ、一階へ続く階段へと姿を消した。
 咆哮した怪物は、いっぱい食わされた事を怒るかのように、獣人たちを追った。

 二階ギャラリー、そして一階を見下ろした怪物は、そこに数体の獲物の姿を認めた。
 MAKOTO、雨堂 零慈、森里時雨、月見里 神楽もまた、階段を見上げ、一階ロビーを見下ろしているナイトウォーカーの姿を認めた。彼らはロビー、ないしはそこに置かれている家具や物の陰に潜み、目標に対する用意を整えておいたのだ。
 一階を捜索している途中、彼らはMAKOTOのトランシーバーに切迫した声を聞き、ロビーに駆けつけたのだった。トラップは仕掛け終わっている。出入り口も、可能な限り封鎖している。
 後は、目標を発見、攻撃し、殲滅するのみ。今正にその目標が出現し、階段上より見下ろしている。
 悪夢の塊を、クワガタムシにしたようね‥‥と、MAKOTOは思った。
 零慈も同様だ。彼は今、昆虫図鑑の表紙写真の、クワガタムシを思い出していた。一階奥の図書室にて見つけたもので、時代小説を拾った拍子に目に入ったものだ。
 ナイトウォーカーは、そんな零慈の思惑を知ってか知らずか、吼え、階段に足をかけず、そのまま跳躍し飛び降りた。
 森里と神楽。二人のすぐ近くに降り立った怪物は、その顎をもって肉体を切断せんと迫る。
「どわーっ! 予想外! こっちにくんな!」
 階段のトラップが無駄になり、森里は叫んだ。それに肉迫した怪物は、獲物を両断せんと顎を広げ、飛び掛った。が、取り乱していた森里は、次の瞬間にニヤリとほくそ笑んだ。
 自分が楯にしていた、ソファのトラップを発動させたのだ。ソファの前面には、細い糸が張られていた。ナイトウォーカーは顎でそれを挟み、易々と切断した。
 それが仇になった。鋼線が切断されるのと連動し、壁際の家具の陰に仕込まれた銃の引き金が引かれた。そして銃より発射された強力な弾丸は、ナイトウォーカーの身体へと命中した。ほとんどは甲殻に弾かれるも、数発は甲殻の隙間に命中し、体液を飛び散らせた。怪物があげた咆哮は、痛みによるそれだと獣人たちは悟った。
「いまだ!」
 ベオウルフの言葉に、MAKOTOと零慈が反応した。虎獣人の格闘家は火尖鎗を手に地を駆け、翼を広げた竜獣人の侍は宙を舞う。
 空中の竜獣人に気をとられたナイトウォーカーは、槍の一撃を脚の根元に受けた。
「とあーっ!」
 MAKOTOの槍、ないしはその炎の穂先が、怪物の体組織を焼き焦がし、切断する。
 脚を失い、躊躇し動揺した隙を狙い、零慈が強襲した。
「迷わず、成仏せよ!」
 携えた二刀‥‥右手の日本刀が、ナイトウォーカーの大顎を受け止めた。すかさず、左手のレイジングスピリットの刃が顎の基部、関節部分に食い込む。オーパーツの刃が、堅牢な甲殻を突き破り、大顎の片方を切断した。
 明らかに、苦痛の、そして苦悶の叫びをあげている。踵を返して逃走を図るナイトウォーカーだったが、出入り口はすでにベオウルフと烈、ジャン・ブラックとヘヴィが立ちはだかっている。
 武器を失ったナイトウォーカーは、もはや驚異ではなかった。絶望を打ち砕く刃のきらめきとともに、竜虎二人の獣人は、怪物のコアへと同時に攻撃を放った。
「「はーっ!」」
 MAKOTOの火尖鎗がコアを抉り、零慈のレイジングスピリットがコアを叩く。崩れ落ちた本体とともに、ナイトウォーカーのコアは床へと落ち、砕け散った。

「どうやら、複数は存在しない‥‥という事で間違いは無さそうだな」
 怪物を倒しても、ベオウルフは油断なく、そして抜け目無く捜索を続けていた。そしてそれは、彼の杞憂に終わった。
「多数のスタッフを餌食にしたんだから、複数いると思ったんだがな‥‥ま、考えすぎで良かった」
 状況が終了したと同時に、彼は安堵した。安堵のため息をついたのち、彼は森里らのトラップ解除を手伝おうと、近くへと歩み寄っていった。
「‥‥わっ、たっ! それ引っ張らんで!」
 森里の素っ頓狂な声に、皆の顔に笑顔が浮かぶ。が、神楽だけは、浮かない顔をしていた。
「どうした、神楽さん。どこか怪我したのかい?」
 烈の問いかけに、彼女はかぶりをふった。
「犠牲になった方々の、遺品を捜していたんですが‥‥どうやら、もう無いみたいなのです」
「そうか‥‥」
 相槌を打ちながら、彼は思った。
 今回は、戦闘に長けた仲間が居てくれたおかげで倒す事が出来た。が、次に相対する時には、そのような幸運に恵まれるとは限らない。今日この時に経験した、戦いの場に流れる空気。これを未来に生かし、この怪物の犠牲者が少しでも減るように、より精進しなくては。
 床に残る血痕を見つめつつ、彼は心の中でつぶやいた。