工場跡のクロイウシアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 塩田多弾砲
芸能 フリー
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/28〜09/01

●本文

 そこは、廃棄された工場跡。
 かつては市営の施設だったそこは、経営悪化とともに民間の会社「黒牛物産株式会社」に運営と権利を委託。やがて、会社が倒産するとともに、工場は市も、土地の持ち主の手も離れ、再開発できない状態で放置されていた。
 看板に大きく「黒牛」という文字が描かれ、それは風雨にさらされつつも、なお色あせない。「クロウシ」と呼ばれるようになったそこは、昼夜を問わず、暇をもてあます不良少年少女のたまり場になっていた。

 獣人にして学生、そしてシナリオライター志望の草津敏郎は、友人の幸田三郎が戻ってこない事を心配していた。
 幸田は人間であり、当然草津が獣人であるとは知らない。が、不良を気取りつつも幸田は、心の奥で寂しがっているのを、草津は知った。
 というのも、草津の事を幸田は気に入り、親切にしてくれていたのだ。ふくよかな体型の草津の事を、幸田はいつも気にかけてくれていた。
 いつだったか、いじめにあっているところを助けてくれただけでなく、その日の昼休みに弁当のおかずをわけてくれもした。
「食えよ。俺が煮たんだぜ、この筑前煮はよ」
 菓子パンと牛乳パックだけだったその日の昼食は、幸田のおかげで味気なさから脱する事が出来た。

 そして、彼らは友人として交流しはじめた。帰りに幸田は、草津にいつもおごってくれた。なぜいつも、こんなに親切なのかを問いかけた事があったが、
「‥‥っせーな、いいじゃねえかよ」
 そう言って、顔を背けただけだった。
 が、あとで彼は知った。死に分かれた彼の母が、自分と似ており、その面影を見ていたのだと。
 そして、それ以外にも色々と知った。幸田は悪ぶっているが、けっして自分から仕掛けたりする事はしない。仲間と認めた者には、おせっかいなくらいに色々と世話を焼いてくれるという事も。
 草津もまた、幸田に対して色々と世話をやいた。彼の影響で、幸田は読書をし始め、草津が投稿している映画の雑誌にも、目を通すようになっていた。
 ともに、映画を見に行くようにもなった。幸田はヤクザ映画や不良もの映画、アクション映画などを好むと思ったら、彼は意外にも、純文学的な静かな映画を好んでいた。
「宣伝がうぜえ感動作は、好きじゃねえんだ」
 ともあれ、映画を通じ、彼らは友情を育むようになっていったのだ。

 が、それは突然終わりになった。数日前から幸田は、件の工場跡に出入りしはじめていた。そして毎日、喧嘩をしてきたかのように生傷が絶えない。
 幸田を問いただした草津だが、彼はそっけなく応えるのみ。
 やがて、彼は学校にも来なくなった。

 幸田から「来るな」と釘を刺されていたが、草津はいても立ってもいられなくなった。幸田を説得しようと、草津は「クロウシ」へと向かったのだ。
 やがて、工場跡、ないしはその内部に彼はやってきた。周囲は高い塀が立ち、入り口の門は鎖で縛られている。が、その扉はチェーンカッターで切られ、出入り自由になっている。誰の仕業かは言うまでもないだろう。
 夕方。薄暗くなっていたが、獣人である彼はなんとか視界を保てた。そして、その嗅覚にも何かが漂ってくるのを感じていた。
 血の臭いを。
 そして、奥の方からかすかに聞こえてくる。人の、うめき声が。
 草津はそこに向かい‥‥自分の友人の最後を看取る事になった。
 
 幸田は、腹を打ち抜かれていた。抉られたかのように、巨大な穴が穿たれていたのだ。が、それはまだいいほうだ。
 そこから更に工場の奥の方へと目を転じると、そこには引きちぎられ、ずたずたになった人間の死体が散乱していたのだった。その一つは、かつて幸田の妹のものだった。数分前までは。

 後で判明した事だが、廃墟に出入りしていた不良グループの中には、幸田の妹、及川さち子が仲間に入っていたのだった。
 幸田の父親は、妻と死別した後にある女性と知り合い、再婚し、娘をもうけた。が、幸田は新たな母親とはそりが合わなかった。
 それだけでなく、仕事がうまく行かない父親は、次第に新たな妻と喧嘩ばかりをするようになっていた。そして、会社が倒産し、収入が激減して新たな仕事を始めるようになってからは、二人の仲は冷え切ってしまった。
 二人は離婚、さち子は母方に引き取られ、そして現在に至っていた。
 が、さち子も寂しさからか、不良グループとともに行動する事が多かった。噂でその事を知った幸田は、さち子を連れ戻そうと、その廃墟へと赴いていた‥‥と、そういう事だった。
 グループの面々は、大量に万引きした本を持ち、それを古本屋に売り飛ばす事で金を儲ける‥‥という事を行っていた。幸田は、なんとかしてそれを辞めさせようとここ数日間、毎日のようにここに来ては、彼らを待ちうけ、さち子を説得していたわけだ。
 ‥‥これらはみな、幸田が残したノートの日記に書かれていた事であった。
 
「あいつら‥‥本を万引きして‥‥その中から、でかい虫が‥‥俺や、皆を‥‥畜生!‥‥」
 苦しみながら、彼は指差し、そして事切れた。
 指差した先には、かなり遠くの方に、おそらく万引きしたものと思われる積まれた本が。そしてさらにその奥へ消えていく、何かの影があった。

「僕はそれを見て、とにかくあいつから少しでも離れようと思ったんです。それで、半獣化して幸田をおんぶし、道まで出て、それから携帯で救急車を呼ぼうとしました。けど、あの怪物の事を話すわけには行かないし、ここに警察がきたとしたら、犠牲もさらに大きくなるだろうって思ったんで‥‥」
 WEAに最初に連絡を入れた、というわけだ。
「けど、WEAの職員さんが来たときには‥‥もう‥‥」
 涙を浮かべ、草津は悔やむようにつぶやく。
 WEAの職員も、彼の証言を聞いた後、工場内をざっと見た。あくまでざっと、だが。
 その結果、推論を立てた。万引きした本の中にナイトウォーカーが潜伏しており、それが不良グループの誰かに感染。そして、実体化した後、幸田や皆を虐殺したのだろう、と。
 かくして、WEAではこのナイトウォーカーを殲滅すべく、任務遂行のためのメンバー召集をかけた。

●今回の参加者

 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa0826 雨堂 零慈(20歳・♂・竜)
 fa1180 鬼頭虎次郎(54歳・♂・虎)
 fa1712 孫・華空(24歳・♀・猿)
 fa4060 猫宮・牡丹(15歳・♂・猫)
 fa4254 氷桜(25歳・♂・狼)
 fa4396 葉桜リカコ(16歳・♀・狸)
 fa4412 雪村聡美(16歳・♀・兎)

●リプレイ本文

 WEAの職員たちは、カメラなど撮影機材、並びに出演者や製作者たちを装い、黒い牛の看板がある工場前に展開した。
「ここで我々は、ダミーの撮影を行ないます。その間に内部に侵入し、目標を殲滅してください」
 WEAの職員の一人が、皆に指示を出す。工場の周囲にも職員が立ち、撮影のためという名目で人払いをしている。
 ダミー撮影は、ホラーアクションものの映画もしくはドラマ。狼男が襲い掛かり、拳銃での打ち合いシーンの撮影という設定で、着弾シーンも撮影される予定だ。故に、着弾用の爆竹も用意されていた。工場内部で大きな音や爆発音がしたとしても、ごまかしがきくだろう。
「わかりました、お世話様です」
 職員に挨拶し、アジ・テネブラ(fa0160)は仲間たちの下へと戻った。
「人払いや獣化に関しては、気にせずにすみそうだな」
「後は、実際に化物を見つけて退治するだけですな」
 雨堂 零慈(fa0826)と鬼頭虎次郎(fa1180)が、工場へと視線を向けた。工場の敷地内は、不気味な佇まいを見せている。
「‥‥仇討ちは性にあわんが‥‥少々むかついている‥‥」
 アルピノの美丈夫、氷桜(fa4254)もまた、雨堂と鬼頭とともに工場を睨みつけていた。

「WEAから、見取り図は調達できたの?」
「できましたよ〜、これです〜」
 孫・華空(fa1712)の問いに、葉桜リカコ(fa4396)が答え、地図を広げた。
「‥‥思ったより広いし、ちょっと部屋数も多いね」
「そうだね。それに、中には大型の機械も置きっぱなしになってる事を忘れないようにしないと」
 猫宮・牡丹(fa4060)と雪村聡美(fa4412)が、見取り図を囲みつつ言った。
 見取り図を前にして、彼らは立案した作戦を検討した。それは、

:四人一組で、二班づつで行動。
:トランシーバーで互いに連絡し、各所を探索。
:どちらかが遭遇したら、片方も速やかに現場に向かい、協力してこれを殲滅する

「四人づつ二組。で、誰と誰が組みますかいな?」
 鬼頭が質問する。その結果、

Aチーム:アジ、雨堂、葉桜、氷桜
Bチーム:孫、鬼頭、猫宮、雪村

 このようなチームに分かれる事となった。
 半分が、この手の仕事。すなわち、ナイトウォーカーの殲滅任務に参加した事がない、もしくはそれほど多くない者だ。
「ならばなおの事、拙者たちがしっかりせんとな。さて‥‥」
 オーパーツ「レイジングスピリット」を振りつつ、雨堂は静かにつぶやいた。
「今宵の剣は一味違う。覚悟するんだな、ナイトウォーカー」

「こちらAチーム。現在のところ異常なしだ」
『こちらBチーム。現在一階部分を捜索中。現時点ではいまだ発見ならず』
「了解、このまま捜索を続行する」
 二階部分を捜索中の雨堂らが、一階を担当している孫らのグループへと連絡を入れた。彼らは皆完全獣化し、事に当たっていた。
「‥‥どうだ?‥‥」
「何か〜、分かりましたか〜?」
 氷桜と葉桜、狼と狸の獣人が、アジへと問う。が、サーチペンデュラムを手にした彼女は、首を振るだけだった。
「何も‥‥情報媒体は処分したはずなのだけど‥‥」
 オーパーツを手にした竜獣人の少女は、焦りを感じるかのように周囲を見回した。既に始末できるだけの情報媒体は始末してある。というか、古新聞や雑誌、書籍などの類は、ほとんど存在していなかったのだ。
 最初に入り込んだ、工場内に散乱していたものを焼却し処分した後、彼らは探索し始めていた。あの焼却した媒体の中に、ナイトウォーカーが存在していれば良かったのだが。
「場所を変えて、もっと試してみるしかあるまい。奴の常識など知る由もないが、もし俺がナイトウォーカーなら、簡単に始末できるような情報媒体には潜まん」
 アジと同じ竜獣人の雨堂が、推論を口にする。
「‥‥しかし、雨堂。‥‥既に情報生命体に戻っていたとしても、我々に感知できるのか?‥‥」 
「できないな。しかし、我々を餌としている以上、媒体に感染している奴が実体化する可能性は高いはず。何せ拙者らにとって、やつらは天敵だからな」
 確信めいた勘を、雨堂は感じ取っていた。奴は居る、と。

 一階部分を受け持ったグループも、捜索に難儀していた。というのも、捜索し始めたその部屋には、鉄くずやガラクタが放置されていたからだ。
 さび付いた機械、またはその一部が煩雑に散乱し埋もれていた。大小さまざまなギアやシャフト、ネジやモーター、ワイヤーなどがいいかげんに置かれており、どこに何が置いてあるか見て分からない状態。おそらく、工場が稼動していた時分には、整理整頓など考えていなかったに違いない。
 所々には、まだそれほど経っていないカップ麺やスナック、缶ビールなどの食いカスやゴミが散乱していることから、おそらく不良グループはここで飲み食いをしていたのだろう。
 壁にスプレー缶で描かれた、複雑なデザインのダギング(落書き)は、壁の下地を覆い隠している。それを眺めながら、孫たちは部屋を捜索していた。
「気をつけてよ‥‥その鉄くずの下から、いきなり襲い掛かってくるかもしれないからね」
 トカレフを手に、猿獣人として獣化している孫は、鉄くずを探っている仲間を見つつ注意を促した。
「お、脅かさないでくださいよ」
 雪村、兎の獣人が孫の言葉に脅えるかのように身震いした。彼女とともに行動している猫宮も、両手に携えたパニッシュメントの銃口が震えている。
「参ったなあ‥‥見つけるのがこんなに難しいとはね」
「そういうもんだ。戦う事も大変だが、戦う相手がどこにいるかを、まずははっきりさせなきゃならん。その行動の方が、ある意味大変なもんだ」
 猫獣人の美少年に、虎獣人の悪役俳優が言った。
「‥‥ここには無いみたいだな。次に行こう」
 猫宮に促され、孫らは先へと進んだ。
 そして、彼らが去った後。壁の落書きから、何かが飛び出してきた。

 二階を探し終わった雨堂らは、一階へと降りてきた。二階で見つかったものは、ガラクタばかりだったのだ。
「見つからなかったですね〜」
「ペンデュラムも反応なし。これだけ探しても、何も出てこない。となると‥‥一階のどこかにあるのだろうけど‥‥」
 葉月とアジは、周囲を見回した。既にここは、一階班が探し回ったあとだ。
「孫殿たちが、何かを発見して無いだろうか‥‥」
 雨堂がそれを口にした時。
『‥‥こちら鬼頭! 早く着てくれ! 場所は別練の工場内! 渡り廊下から‥‥』
 切羽詰った口調で、トランシーバーからがなり声が響いた。そこまで言うと、それは沈黙した。

 トランシーバーが壊され、戦いの場に緊張が走る。
 去った後、皆は渡り廊下から別練の工場へと向かうところだった。後方に、何かがいきなり突進してくるのに気づけたのは、幸運以外の何ものでもない。
 猪のように、そしてサイのように、甲殻にその身を包まれた怪物は、餌を得ようと突撃をかけたのだ。幸いにもそれは不発に終わったが、長引かせるとまずもって不利だろう。
 巨大な三本角の、甲虫を思わせるナイトウォーカーは、角を振り立てて突進した。
「危ない!」
 トカレフから、パニッシュメントから、弾丸がナイトウォーカーへと浴びせられる。が、ほとんど隙間のない、重厚にして堅牢な甲殻は、弾丸を弾き飛ばし、無力なものと化した。
「まかせろ! ‥‥ぐわっ!」
 長い角による一撃で、鬼頭は弾き飛ばされた。
「銃が効かないならーっ!」
 孫が、爪を伸ばしてそいつの後方から掴みかかった。
「あなた達は下がってて!」
 猫宮と雪村は、それでなくともどう動いていいのか分からなかった。どうすれば良い? どうすれば、この怪物を倒せる?
 二人の悩みは、すぐに終わった。ナイトウォーカーが角を用いて、背中の猿獣人の女傑をひっかけて投げ飛ばしたのだ。
「きゃあっ!」
 孫の身体が、立ち直ろうとした鬼頭の上に投げつけられる。
 そして、二人に襲い掛かろうとした矢先、残る四人が駆けつけた。

「はぁ〜、あんな大きな口でガブっとされたら痛いですよね〜」
「何を間抜けた事を言ってる! 痛いどころか、死ぬぞ!」
 雨堂が叱咤する。ここは戦場であり、戦場では間抜けな判断や行動は即、死につながる。
 みたところ、ナイトウォーカーの外観はカブトムシ、それも南米産の巨大にして荒々しいカブトムシのそれに似たデザインであった。故に、目に見える部分は皆、隙間無く装甲で覆われている。コアは顔面部に露出しているが、角と顎の一撃をかわしつつコアへの攻撃を仕掛ける事は、実際不可能であった。
「‥‥何をすれば良い? 俺たちは、こいつと戦った経験が無いんでな‥‥」
「孫さんと鬼頭さんを助けて。その後で、私たちの援護を!」
 降魔刀を手に、アジは突撃した。それに続き、雨堂もまた突撃する。
 降魔刀とレイジングスピリットが、甲殻の相手に刃を突き立てた。が、甲殻の装甲が刃を弾く。鋭い三本の角が、突き刺さんと、薙ぎ払わんと振り回された。
 が、関節と関節の、僅かな隙間。二人の獣人はそこに勝機を見出していた。
「くっ! なんて堅い装甲!」
「こいつぁ、一筋縄ではいかんな!」
 何度も何度も、同じ箇所に攻撃を加え続ける。が、ようやくほんの僅かな穴が穿たれたのみ。
「たーっ!」
 金剛力増で、復活した鬼頭が刃をつきたて、さらに装甲の穴を広げる。が、それでも僅かな傷に過ぎないが。
「あいにくね、外からは丈夫でも、内部は脆いってのは常識よ!」
 やはり復活した孫が、小さなその傷にトカレフの銃口を突っ込み、引き金を引いた。
「!」
 甲殻内で、体組織を破壊しつつ暴れまわる弾丸。それは装甲では守りきれない攻撃。頑丈な装甲が、かえって仇になったという例だ。
 動きを鈍らせたナイトウォーカーのコアを、アジは降魔刀で抉り取り、引導を渡した。

「ありがとうございます、みなさん‥‥。これで、彼の無念も‥‥」
 状況が終了した後、草津は皆に何度も礼を述べた。
「お友達の仇は討ちました。私たちに出来るのはここまで‥‥」
 アジが、皆を代表して彼に声をかける。
「草津君に出来るのは、私たちが出来ない『ここからさき』のこと‥‥」
「先の、事?」
「ええ。まだ‥‥傷は癒えないと思うけど‥‥君の心が少し落ち着いたら、考えてみてね‥‥?」

 草津は、友をなくした、が、彼は友人の分まで長生きし、彼の好きな映画、ないしはその脚本を書き続けようと、後に決意した。
 今も草津は、幸田が好むだろう映画の、脚本を書き、脚本家の夢を叶えんと努力している。