逃走し続けた危険アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
塩田多弾砲
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
1.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
10/31〜11/06
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●本文
××県山中、大薙村の大薙小学校分校。
そのナイトウォーカーは、かなりのくせものだった。単体での戦闘能力はあまり高くないが、妙にすばしっこく、逃げ足が速いのだ。
公園の壁に描かれた絵画に感染していたのを誘き出したは良いが、対戦中に近くを偶然通ったデコトラに潜伏し、逃げてしまったり。
廃屋に追い詰めても、まだ機能していた電話線にて逃走したり。
逃げた先が都営バスの車庫で、数多くあるバスの宣伝車両の宣伝イラストや写真のどれかに潜伏して追っ手を逃れたり。
そのような方法で、まるで追っ手の獣人たちを嘲笑うかのようにして追撃を逃れ続けていたのだ。
しかも、知ってか知らずか、こいつは狡猾だった。
情報媒体に潜伏し、生物に感染しても、できるだけ実体化せず、大きな騒ぎを起こすことなく活動し続けていたのだ。
目立たずに獲物を狙い、捕食し、然る後にその場を逃れ、また別の情報媒体に潜伏し、感染する宿主を探し‥‥の繰り返し。獲物も、犬や猫、ホームレスなど、普通に行方不明になっても疑われにくいようなものばかり。被害が出ても、最悪獣人や人間が一人か二人、大体が野良犬や野良猫などで、表ざたになってもほとんど騒がれない小規模なもの。
そのため、特定するのに時間や手間がかかり、追い詰めるのにも手間がかかってしまっていた。
コアの色が、特徴的なツートンカラー‥‥赤と白の縞模様‥‥なため、いつしかそいつは「赤縞瑪瑙(サードニクス)」もしくは「赤縞」とあだ名されるように。
そして、赤縞は他のより強大で危険なナイトウォーカー事件に比べて、被害が微量であるために後回しされていた。
が、それでもナイトウォーカーには違いが無い。人間の被害者も僅かではあるが発生しているし、倒すべき敵、狩るべき存在である事には変わり無い。
緊急に倒す必要があるわけでは無いが、「赤縞」は何とかしたい問題ではあった。
が、ここに朗報が。
一般市民として生活している獣人から、ナイトウォーカー発見の連絡が入ったのだ。そしてそのナイトウォーカーは、赤縞だと判明した。そいつはいつものように逃げようと試みたが、叶わなかった。
というのも、出現した周辺はど田舎で、情報媒体となるべきものは全くなかったのだ。
発見者の獣人・鷺洲の証言によると。
運転者が用を足すべく、停車したデコトラの側面。
野良犬がそれを見ていると、まるで何かが取り付いたかのように周囲を見回し、まっすぐこちら(鷺洲)の方へと向かってきた‥‥との事だ。
休暇中の鷺洲は、趣味で自然の風景を写真に撮っていたところであった。が、偶然「赤縞」を発見した彼は、そいつが向かってくるのを見て、嫌な予感を覚えた。
バイクで逃げても、追ってくる。ちらりと後ろを向いたら、そいつは目の色が尋常でない赤色だと見て取れた。
追いかけられ、鷺洲がたどり着いた先は‥‥とある村の、学校だった。
「で、廃校となった学校に逃げ込んだ鷺洲氏だが、犬に感染した『赤縞』も追いかけてきた。鷲洲氏の携帯はあいにく電池が切れ、さらに悪い事にバイクもガス欠のうえに故障してしまっていた。小鳥獣人だった鷲洲氏は、獣化し空から自力で脱出しようと試みた。しかし、赤縞もただでは逃がさなかった。そいつは感染して実体化したら、必ず表れる特徴があってな。一つは、その名の通りコアが赤縞瑪瑙模様になること。そしてもう一つは、特徴的な武器を持っている事だ。その武器に、鷲洲氏はやられてしまった」
WEA担当官が、「赤縞」の過去のデータをスライドに写しながら説明した。
「赤縞の奴は、尻から液体を放つ事ができる。まるでゴミムシのようにな。液体は酸で、鉄板も簡単に腐食して穴を開けちまうくらい強烈なシロモノだ。鷲洲氏はこいつを翼に浴びちまって、大火傷を負っちまったんだよ。幸い、命は取り留めたがな。しかし獣化して再び空を飛べるようになるには、まだまだ先になりそうだ。
ともかくだ、近くの川に落ち、流れに乗ったのが不幸中の幸い。下流に流され、川岸にたどり着き、彼はその近くの公衆電話からWEAに連絡する事ができたわけだ。
調書をとる前に鷲洲氏は、丸二日眠っていた。目覚めてから彼に話を聞き、件の学校の位置を割り出した‥‥と、こういうことだ」
別のスライドが映し出される。
「こちらで調査したところ、この学校がある村は『大薙村』。周辺地域は再開発地区に認定され、現在は数世帯の家族しか留まっていない。で、彼らもまたすぐに引っ越す予定だがな。ともかく、村は数日以内に新たな住宅地に開発される予定だそうだ。
で、学校もじきに‥‥今から一週間後には取り壊しが行われる」
WEA担当官が、スライドとともに状況を説明し続けた。
「WEAの職員がすぐに駆けつけて、周辺をおさえた。で、廃校を撮影する番組と偽り、ダミーの撮影隊も控えさせてある。後の問題は、実際に内部に入り込み、赤縞を倒すだけだな。分校は三階建ての木造建築で、教室はそれぞれの階に四つづつ。それほど狭くは無いが、広くも無い。また、中には教科書や書物、生徒が残した習字や絵や卒業制作など、潜伏するのに困らないほどの情報媒体がごまんと残されているそうだ」
「取り壊される事は決定しているが、周辺は森林のために山火事の恐れがある。そのため、校舎を焼き払うような方法は最後の手段とすべきだろう。が、幸いにも周辺には人がいないため、かなり派手な事を行っても、見咎められる心配は無い」
「校舎の取り壊しは一週間後。それまでに秘密裏に『赤縞』を殲滅する必要がある。やってくれるな?」
●リプレイ本文
大薙村の周辺地域は、緑したたる深い森。が、そのせいで、まるで周囲から隔離し、人を寄せ付けない印象を与える。
村民たちは決して排他的ではなく、自然破壊を推奨しているわけでもなかったが、村が発展せず徐々に先細りの状態になる事を鑑みて、森を切り開き、開発しなおす事をせざるをえないと決意。
大企業の工場が、高額で土地を買い取り、市の方でも税金を用いて開発する事が決定、それがまさに行なわれる直前の話であった。
「ふむ。閑静な‥‥とはいえんな。『寂れた』という表現が正しい状態だな」
大薙村にやってきた獣人たち、ないしはその一人。
彼は、「名無しの演技者(fa2582)」。名無し(ネームレス)と名乗った彼は、木造校舎を見上げた。彼の瞳に映るは、群青の空の下に佇む、屍のようなくすんだ建造物。
他の者たちもまた、似た感想を覚えている。ナバル(fa4333)とガブリエル・御巫(fa4404)は、この群青の下に翼を広げ、すぐにでも校舎の屋上に降り立ちたい欲求を感じていた。
明らかに何かが、名状しがたい感覚が、校舎より送られている。いやな予感と説明づければ簡単だろうが、そんな安易な結論で片付くような単純なものではない。NWハンターのDarkUnicorn(fa3622)、通称ヒノトは、仲間たちとともに名状しがたき感覚を受け取りつつ、自らの職務、NWを狩り殲滅する事を実行に移さんと気を引き締めた。
「この校舎のどこかに、奴が潜んでいるわけじゃな。心してかからねばな」
内部に入り込み、情報媒体を校庭に集め、焼却。内部の落書きは全て消し、教室内に囮を置く。囮にひっかかり出てきたところをおいつめ、全員でかかって殲滅。
それが、立案した今回の作戦。が、果たしてうまく行くものだろうか。逃がすことなく、うまく目標を攻撃し倒す事が出来れば良いのだが。
その事を心配しつつ、夏姫・シュトラウス(fa0761)は仲間たちとともに校舎内に入って行った。
「ナツキ、どうしたの? 心配そうだね」
夏姫の顔を覗き込んだ鮎川 雪(fa3702)が、彼女に声をかけた。
「い、いえ。その、な、なんでも‥‥」
ないわけがない。が、それでもなにも問題は無いと答えねば。いつもながら緊張してはいるものの、それを気取られて心配かけたくはなかった。
情報媒体の持ち出しがはじまった。が、
「とんだ計算違いだな。これでは‥‥」
「そうですね、これでは‥‥」
シトリー・幽華(fa4555)は、斉賀伊織(fa4840)とともに困惑していた。
情報媒体、すなわち、紙切れや印刷物、書物など、持ち運べるものに関しては、量は多いもののなんとか持ち出せるだろう。
が、この学校には、なぜか壁に埋めこんだ彫刻の類が多かった。装飾品というだけにあらず、〜年度の卒業作品として、廊下の壁一面、廊下の床一面が、びっしりと生徒たち製作の彫刻で埋められている事もおかしくは無かった。
玄関ホールには、一方の壁には巨大な絵、昭和50年卒業生の卒業制作で、これを運び出すのは人の手だけではほぼ不可能だろう。壊すにしても数日はかかるし、燃やすにしても山火事になるほどの炎が必要だろう。消すにしても、その絵は彫刻で描かれていた。
「柱には、トーテムポールみたいな彫塑、壁一面にはパネル。これでは、解体を先に行なった方が早いかもしれん」
「でも、落書きはほとんど無いことが、不幸中の幸いでしたけどね」
斎賀の言うとおり、落書きらしきものはほとんどまったく見られない。というかそれもそのはず、ただでさえ人数が少ない村。わざわざここまでやって来て、学校に入り込んで落書きするような酔狂な者はいなかったのだ。
「落書きを消すより、この彫刻を剥がす方が問題だな。とはいうものの‥‥」
「最初から、校舎を燃やす事を考えたほうが良かったのかも。こんなに大きな彫刻じゃあ、カンナを使ってもおいそれと消せないですね」
「ま、認めなくちゃならんだろうな。俺たちの立案した作戦は、考えが足らなかったって事を」
ネームレスの言葉に、うなずくしかない一同だった。
ともかく、可能な限り情報媒体の運び出し、ならびに焼却処分が続けられていた。が、こちらもこれがベストであるかはちょっと言いがたい。
書類の類はかなり多く、運び出し炎に入れるだけでもかなりの重労働であったのだ。朝から始めた仕事だが、4〜5時間休み無しで続けても終わる気配は一向に無い。おそらく、一日で終わらないことは間違いないだろう。各教室はともかく、三階の図書室には本が丸ごと残されており、それを運び出すだけでも厄介だ。
だがそれでも、彼らはもくもくと作業を続けていた。
そして、
三階の教室、4・5・6年生兼用教室に入っていた頃。全員が完全に、ないしは半分獣化した状態で作業に当たっていたのだが、それは唐突にはじまったのだ。
教室を探り、皆が外に情報媒体を持っていったその時。そこには夏姫が一人、取り残された。まだ媒体は半分以上残っている。後ろの壁にかかっている額には、教科書に掲載されている偉人の顔写真が入れられていた。まず間違いなく、教室に生徒が溢れていたころ。その眼差しをもって子供たちの沈黙の守護者として責務を全うしていた事だろう。
が、夏姫が一人になったとたん、鋭敏視覚が「それ」をとらえた。
偉人の顔写真から、「それ」が這い出てくるのを見たのだ。「それ」はゴミムシのようなスマートなからだつき。しかし、強力なばねをひめた後ろ足が、逃走を容易たらしめんものにしているのは確実だった。
そして、そいつが逃走し続けた危険な存在である事の証拠が、頭の部分に認められた。コアが、赤縞模様のコアが、そこにはあったのだ。
『みんな、来て! 出たわ!』
全員にいきわたっていた、WEAより貸し与えられたトランシーバーに連絡が入る。すぐに夏姫の元へと、全員が駆けつけた。
教室内では、怪物は右往左往していた。一人になったところを餌食にしようと企んでいたのだが、中々その機会がなかった。一人平らげたら、すぐに逃走しよう‥‥。意思はなく知性もないが、怪物は本能でそう考え、実行に移したのだった。
が、夏姫もまた、自らを囮にさせて釣り上げる事を予想していた。それが早まった、ただそれだけの事。
半獣化していた虎獣人の彼女は、爪のある両手を身構えた。もとより彼女の本業はレスラー、戦う事に躊躇など無い。
飛び掛ってきた「赤縞」の首を掴むと、夏姫はブレーンバスターで床に叩きつけた。
「!?」
が、すぐにもちなおした赤縞は、奇妙な叫びとともに向かおうとしたが‥‥できなかった。
即座に駆けつけた獣人たちが、教室へとやってきたのだ。
「ふん、やはり現れたか? 醜いやつじゃ!」
ヒノトが両手にドス、頭部の角を掲げつぶやいた。一角獣獣人の彼女は角と両手の三刀流で対抗せんと考えていたのだ。蝙蝠獣人のネームレスはトカレフに模造刀、獣化した狼獣人の鮎川はバトルガントレットとクローナックルを腕に装着している。
豹獣人のシトリーは木刀とクローナックルを、狼獣人の斎賀もネームレスと同様に、トカレフと模造刀を手にしていた。
鮎川はさらに、板を数枚抱えていた。ヒノトの言葉にて持ち出した、机に用いていた天板だった。
ぶざまな犬と昆虫とが合成された醜い混合物を思わせる「赤縞」の外観だが、表情はうかがえない。否、獣人たちに囲まれて、それは躊躇するように頸をぐるりと回した。
そして、唐突に行動した。後足のばねをもちいてジャンプすると、天井に張り付いたのだ。「赤縞」はそのままゴキブリの様に天井をすばやく走り、包囲網を潜り抜けて逃走を試みたが、
「逃がさん!」
「逃がしません!」
ネームレスと斎賀のトカレフが火を噴いた。そいつの甲殻に弾丸が効くか不安はあったが、弾丸は簡単に甲殻を貫き、汚らしい体液を撒き散らした。
悲鳴を上げながら床に落ちる赤縞。足をばたつかせているそいつに止めをささんと、獣人たちは接近したが、そいつは最後の悪あがきを見せた。
その尻から、酸の奔流を放ったのだ。きつい臭いを放つ液体の先には、鮎川の姿があった。
「はっ!」
が、鮎川は天板の分厚い板を楯代わりに突き出した。たちまちのうちに腐食した板は、大きな穴を開け、次第に溶けてただの木片に化す。
板は鮎川を、そして周囲の獣人たちを酸から防いだ。が、動揺し躊躇したため、そいつを取り逃がす事まで防げなかった。
赤縞はそのまま、窓に取り付いた。尻の酸を再び放ち、外へと逃げ出す。
はまっているガラス窓は、頑丈だった。耐震用にとはめ込まれたものだったが、壊れることなく今になっても欠ける事無くそこに在る。が、赤縞の酸の前には薄氷にも等しい代物、簡単に溶かしたのち、そいつは空中に飛び出した。
もしもそいつが笑えるとしたら、確実に笑っていたことだろう。獣人たちを嘲笑い、いつものように逃げ出せた事に快哉の笑みを浮かべた事だろう。
だが、その笑みはすぐに消えた事だろう。ガブリエルとナバル、鷹と鴉の獣人が、空中に飛び出した赤縞に対してカウンターを食らわせたのだ
「!」
逞しい翼が空中に羽ばたき、滞空している二人の獣人。ナバルの放ったトカレフの弾丸が数発、醜い怪物の体を貫いた。
「食らいなさい! これで、終わりですわ!」
すかさず、ガブリエルによる空中からのとび蹴りが、赤縞へとヒットした。本業のプロレスでは、彼女は容赦の無いヒールレスラーで通っている。確かな実力と実戦で鍛えられた一撃が、赤縞の胴体に食い込み、汚らしい体液を飛び散らせた。
校庭にたたきつけられた赤縞は、暫くひくついていたが、起き上がって逃走を図った。が、それも終わりを迎えた。
「これまでだ、いいかげん往生しろ!」
自前の翼で飛び出したネームレスが、イミテーションソードで怪物の体を貫き、コアを抉り出したのだ。
「どうやら、僕たちの仕事は終わったと見ていいでしょうね」
体を伸ばしながら、鮎川は疲労した体を揉み解した。
戦闘終了後、念のためにと校舎を再び調査し、結果何も見かけず発見されないと彼らは確認した。鮎川の言葉とともに、夏姫もまた安堵したかのように緊張を解き、ため息をついた。
「そ、そうですね、はあっ‥‥」
「うむ、ともかくこれで厄介な問題は片付いた。少なくとも、もうこいつが誰かに悪さを行なうことは無いぢゃろう」
満足そうに、ヒノトがNWの亡骸を見つつ言った。もう腐敗し崩壊し、原型を止めていない。
「しかし、落書きを消してきれいにした校舎を、卒業生たちに見せたい‥‥と思っていたが、それは叶わなかったな」
薄汚れたままの校舎に視線を向けつつ、残念そうな口調でシトリーは言った。もとより落書きなどほとんど無く、掃除する必要が無かったために汚れたままだったのだが。
「でも、校舎は喜んでると思いますよ。少なくとも僕やみんなが、最後の最後に中に入り込んだ悪い奴を退治したんですからね。新しい校舎に、あんな奴が入り込まないと良いんですけどね」
シトリーをフォローするかのように、ナバルはつぶやいていた。彼の手には、音楽室に置かれていたギターがあった。
いつしか、彼はそれを奏で始めた。別れの寂しさと切なさを謳った物悲しい曲を、ナバルは弾いた。
森と校舎は、それをじっと聞き入るかのように佇み続けた。