残酷の沼アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
塩田多弾砲
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芸能 |
フリー
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
17.4万円
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参加人数 |
10人
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サポート |
0人
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期間 |
11/01〜11/10
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●本文
汚濁した水面。
そこには、まさに何かが潜んでいそうな不気味さをかもし出していた。
水藻と泥により、沼は薄汚い泥の色に濁りきっている。時折、濁りの中を魚が泳いでいるのが見かけられるが、まるで汚濁した水中を漂い泳ぐ行為そのものを恥じるかのように、元気が無かった。
誰もが好んで、こんな汚れた沼に飛び込み泳ぎたいとは思わないだろう。
そして、更なる事実を知ったら、沼に近づく事すら嫌悪するに違いない。この沼には、潜んでいたのだ。外見そのもののような、凶悪にして醜悪な存在が。
その男、山下三郎、通称yama�Vは、後先考えずに行動する男だった。
深く考えず、その時の勢いと感情にまかせた言動を繰り返しており、そのために苦汁を舐めたり後悔する事もしばしば。更に加え、反省する事を知らず、同じ過ちを何度も繰り返すといった事もまたしばしば。ブログを運営していたが、その管理もレスもおざなり。しかも後先考えずに無知で独りよがりな発言しては、反論する者の発言を削除してばかりだから、評判も悪かった。
この性格がわざわいしたせいか、彼は数日前に仕事をしくじり、クビにされていた。
そして更に悪い事に、彼はワニを飼っていた。以前にTVで見て、彼はワニにいたく感激した。そしてその時の勢いで、揃えるべきものも揃えずにワニを購入したのだ。また、彼は怪獣映画が好きで、ワニに怪獣のような魅力を覚えていた。
風呂桶に水張って、そこに入れておけばなんとかなるだろ‥‥と考え、一ヵ月後。ワニを飼うために必要な道具や装置の代金、それに餌代がかさむ事に気づき、自身の食費や交遊費をかなり削らない事にはやっていけない事に気づいた。
そして、あらためてワニの大きさに気づいた。大きくてカッコいいワニをと思い、彼は30cmほどの大きさのを購入していた。だが、ネットや本などで調べたところ、「ワニは1m以上に成長する」と知り愕然とした。
アパートはワンルームで、決して広く無い。しかもペットは厳禁。何とかなるだろと何も考えずに飼っていたyama�Vだが、収入も途絶え、さすがにこれはまずいと思った。
かくして面倒になった彼は、ワニを処分する事にしたのだ。すなわち、公園の沼に捨てようと。
夜中。スポーツバッグにワニを入れたyama�Vは、公園に赴き、沼へと向かった。
沼の周辺は、夜中には人通りがほとんど無い。また、木々が生い茂り昼間でも公園の外からは何をしているかは、良く見えないことが多かった。夜になると闇に覆い隠され、隠れていると見つからないほどだ。
ホームレスも多くいるが、彼らに何が出来る? ちょっと行ってちょっと捨てて、そのまま帰って知らんぷりしときゃ何とかなるだろ。
かくして、夜中。彼はワニをこっそりとバッグに入れ、公園の沼に放り投げ、家へと戻っていった。
沼の周辺には、ホームレスが持ち込んだゴミが散乱していた。エサを求め岸にあがったワニは、そのゴミに鼻先を突っ込んだ。
その中には、マンガ雑誌や文庫本、古くなった教科書や参考書など、燃えるゴミの日にホームレスの一人‥‥なんでも拾ってくる事から「拾い屋」と呼ばれている‥‥が見つけて持ち込んだ書物も多く存在していた。
夜が明けると、ホームレスは全員が公園から姿を消していた。‥‥一人を除き。「拾い屋」という通り名を持つ彼は、たまたまyama�Vがワニを沼に捨てる現場を目撃していた。
が、それをどうとも思わず、彼は別の公園へと向かって行った。
そして、yama�Vは1〜2週間後の夜。この公園に訪れていた。
うさばらしに、彼は酒を飲んでいたのだ。
彼はいつも「オレは大きなことをやるぜ」と吹聴していたが、何も結果を残した事などなく、何一つ成しえた事などなかった。その事を面接で指摘され、しどろもどろになったyama�V。電話で不採用と知った後、「あの職場はオレには不十分だ」と勝手な理屈を付け、彼は酒を飲んでウサ晴らししようと思い立った。
近くのコンビニで缶ビールを大量に購入し、沼を臨む公園のベンチで彼はそれを空けていた。‥‥たまたま、「拾い屋」と呼ばれているホームレスに見られているとは気づかずに。つい先刻に戻ってきた彼だが、仲間たちの姿が見られないため、公園内をあちこちと歩き回っていたのだ。
「あの若いの‥‥こないだワニを捨てたやつか?」
いぎたなく缶ビールを胃に流しこむyama�V。そして、彼の首がうつらうつらと船をこぎ始めているのを「拾い屋」は見た。
ひょっとしたら、残っているビールを失敬できるかもしれん。それに、空き缶も手に入れられたら、いくらか金になるし。そう思い立った「拾い屋」は、こっそりとyama�Vに近付き始めた。
その時、水面に何かが浮かび上がってきた。それはまるで、浮かんでいる木か何かに見える。が、木ではない。沼の岸辺にたどりついたそれは、昆虫めいた長大な脚を伸ばし、立ち上がったのだ。
それは、ワニだった。正確には、昆虫のような脚を生やした、化物ワニであったが。
「な‥‥なんだ?」
yama�Vはようやく目を覚まし、そして我に帰った。
が、叫び声を上げさせる暇も無く、怪物ワニはyama�Vの首を大顎でくわえ、水中へと引きずり込んだ。
「‥‥で、この『拾い屋』は知り合いの結城信照氏の家に転がり込んだ。結城氏は獣人であり、かつてWEAにも勤めていた。現在は町内会の会長で、近隣パトロールをしつつ、時折ナイトウォーカーに関する情報もWEAに届けてくれる。今回もそうだ」
WEAにて、公園の写真が君たちの前に映し出された。
「結城氏は、『拾い屋』とは公園で良く話し合いする仲だそうだ。で、『拾い屋』から事情を聞き、そこから事件が明るみに出た‥‥と、こういう訳だ。WEAでも若干調査したが、それらしいものは発見できなかった。しかし‥‥」
担当官が、渋い表情になる。
「かのホームレスたちが生活していた場所を調べたところ、ねぐらのダンボールやテントが、何かに引き裂かれたような痕跡があった。獣か何かが暴れたような痕跡がな。それに『拾い屋』の話によると、沼に集まるはずの野良猫たちの姿も見えんとの事だ。そいつらもまず間違いなく、ワニにやられたんだろう」
別の写真が映し出された。ずたずたになった、ホームレスたちの居住跡の写真だ。
「山下とやらについても、調べは付いている。捨てた時の目撃者が他にもいてな、そこから調べていったら、こいつがワニを購入し、一ヶ月経って沼に捨てたという事が判明した。購入した時期に自分とこのブログでも、『ワニを飼い始めた』などと発言している。ま、見ての通り唯我独尊で軽率な発言ばかりで、捨てる時も迷惑や責任など全く頭に無かった事は間違いなかろう。
ワニに感染したナイトウォーカーが、今も沼のどこかに潜んでいる。こいつを殲滅するのがこの任務だ。できるか?」
●リプレイ本文
「‥‥あー、このyama�Vって人。言っちゃ悪いが、記憶力あるんやろか? というか、文章の推敲くらいやっといてほしいですわ」
事件の原因である人物の、そして今はワニに食い殺された人物の残したブログ『yama�VのGreat・Room』を調べていた獣人たちの一人、時雨・奏(fa1423)はうんざりした表情を隠さずに言った。
yama�Vがいつワニを購入したか、そしていつ捨てたのかを確認しようと、一同はWEAのPCルームにてブログを開いていた。が、その内容は矛盾した自分勝手で自画自賛、自己満足と自惚れが満載した身の無い内容ばかりで、その場にいる全員が呆れか不快感、怒りを感じざるを得なかった。それでいて自分には、正義があり誇りがあると本気で言い切っているのだから始末に終えない。
『ホームレスなんかゴミだね、ゴミ! あんな生きる価値のない奴らを生かしておく必要なんか無いよ。見つけたら即刻処刑で全て解決。うわ、オレって結構イケてるアイデア出すじゃん?(笑)』
『(反論のレスに対し)最近オレに文句つけるバカがいるけど、そんなやつらはここに来なくていいよ。ここはオレのブログで、オレの意見に反対なら最初から読むな! オレはオレだ、オレが正しいと思うから正しい! それで十分、文句あるか!』
「yama�Vとやら‥‥、ただの威張り屋だな。意識はしてないが、自分は大したものだと思い込んでいる節がある。正直なところ‥‥、唾棄すべき下劣な人間だ」
苦々しく、雨堂 零慈(fa0826)は感想を口にした。
「『オレは偉人になりたい。職場じゃ変人で通ってるが(笑)』‥‥ま、ワニに食われて死んじまった今、文句をつけるべきじゃないとは思うが‥‥どうもなあ」
焔(fa0374)もまた、うんざりして読み進めていった。該当する箇所を発見した時、皆は必要以上に安堵したのは言うまでもない。
公園の沼にて。
yama�Vが食い殺された場所の近く、ないしはそこのベンチに、桐沢カナ(fa1077)の奇妙な姉妹が座り込んでいた。灰代傀儡により作り出した、彼女の複製であり、傀儡である。
雨堂はそれに、マグロ用の針と糸とを仕込んでいた。平たく言えば、カナの傀儡をエサに釣り上げようという魂胆だ。カナ本人も雨堂の横に、すなわち木の上に控えている。
時雨は半獣化し、鋭敏視覚にて囮の周辺を見張っていた。彼の横には、焔が控えている。
ワニが釣り上げられた後、その退路を絶つ役目はベオウルフ(fa3425)、リネット・ハウンド(fa1385)が受け持っている。
天目一個(fa3453)は、その三人とともに釣り上げられたワニを攻撃する役目。
かかってくれるか否かは、神のみぞ知る。人払いに立つ美角やよい(fa0791)、平山・粋(fa4530)、山田クリスティン(fa4839)の三人は、それがうまく行き、何事も無くミッションが完了してくれる事を祈った。
公園の周辺には、人通りが少なく、車もほとんど通らない。作戦を開始してから1時間。車どころか人っ子一人通らない、静かなものだった。
WEAに人払いを頼んだものの、今回はあいにく人員を裂くことが出来ず、各自でなんとか対処して欲しいという御達しであった。とはいっても、人の通行はもとより多くは無い。それほど心配する事は無いだろうとの事だった。
沼にも、ほとんど何も浮かばない。以前には水面を何羽もの鳥が降り立ち、群れを成して翼を休めたりしていた物の、ここ最近はそれもめっきり減っているようだった。
一旦、解除してやり直すか‥‥という考えが浮かんだ時。
「!」
水面に、さざ波が立った。
「明るい世界にようこそ、ついでに怪物くんもようこそ‥‥やな!」
時雨、竜獣人の強化された視覚に、異変が飛び込んできた。それは近くの焔にも伝わり、彼は即座にベオウルフらにその事を合図した。
「‥‥来るぞ!」
武器と装備を携え、怪物が水中から出現するのを、獣人たちは待った。ただ、待った。
そいつは飢えていた。
ホームレスたちを食いつくし、さらには短い間、ワニの持ち主だった人間をも食った。が、ワニそのものが飢えていたせいか、貪婪にして底なしの食欲を持つそれは、沼の魚を、更には、翼を休めた水鳥たちをも餌食にした。
が、足りない。まだ足りない、まだまだまだ足りない。永遠に苛み続ける食欲に揺り動かされ、そいつは感覚に獲物を見つけ、捕らえた。
マヌケな元飼い主にそうしたように、一瞬にして水中から立ち上がったそいつは、長く頑丈な、そして恐るべき顎を開き、獲物に食らいついた。
「かかった!」
カナの分身は即座に掻き消え、雨堂の釣り針、巨大な鉤と形容しても良いくらい巨大な針は、そいつの顎の、ないしは一箇所に引っかかった。
大物が釣れた、しかし、釣り上げられるか、釣り上げた後に倒せるかは別問題。隠してあったテグス巻き取り用のリールと釣竿を手にして、雨堂は仲間たちの下へと駆けつけた。
「皆、頼む!」
「おまかせよ!」
「任せるでござる!」
「いくよっ!」
「せーのっ‥‥!」
金剛力増の能力を持った四人の獣人、熊獣人の天目、虎獣人の平山、熊獣人の焔、牛獣人のやよいがかけつけ、釣竿を持ち、リールを巻き上げたのだ。彼ら四人があわせた強力ですら、ほとんど引き上げるのは不可能。むしろ逆に水中へと引き込まれそうになっていた。
が、次第に、徐々に、その巨体が水中から引きずり出された。二人の熊獣人と虎と牛の獣人の金剛力増は、とうとう怪物を陸地に、空気の中に曝す事に成功したのだ。
「な‥‥」
雨堂は言葉を失い、
「なんて‥‥おぞましい‥‥野郎だ!」
ベオウルフは吐き気をもよおしつつ言葉をひねり出した。
感染されたワニ自体には罪は無い、むしろワニも被害者だ。しかし目前のそいつは、まるでワニそのものもyama�Vという害悪を媒介し、その分ナイトウォーカーに邪悪を含ませ増大させた‥‥そんな幻想を抱かせるような、見る冒涜のごときデザインをしていた。
大雑把に説明すると、そいつの体はワニの胴体部分が甲殻で覆われ、そして長いクモのような、甲殻の脚で胴体を支えて屹立していた。水中にいる時にはそれをたたみ、陸上でもいざとなったらこのように展開する。移動手段であると同時に、強力な武器である事は間違いない。
否、太く長い、しなやかな鞭と棍棒をあわせたかのような尻尾と、恐竜すら羨む、牙が並んだその顎。それを見ただけで心も体も萎縮し、勇気がしぼむのがありありと感じられた。
怪物は吼えると、すばやい動きで飛び掛ってきた!
金剛力増を用いた四人は、疲れきった体を動かす事すら出来ぬほどに疲労していた。すぐには動けない。すなわちそれは、餌食にされる事を意味する。
「山田! 後を頼む!」
「了解!」
仲間たちの回復はクリスティンにまかせ、半獣化した雨堂は空中から強襲した。レイジングスピリットが、脚を狙って断たんとする。
ベオウルフ、リネットもまた、そいつに対し立ち向かっていった。時雨は自身の視力を働かせ、そいつのコアを索敵する。
ヴァイブレードナイフと、メリケンサックで武装したベオウルフ、ソーンナックルとダークを備えたリネットが、吼えるそいつにダメージを与えていく。が、それはほんのわずかな、かすり傷であった。
空中から急降下した雨堂だが、すんでのところで尻尾の一撃をかわせた。稲妻のようなそれは、ぶち当たった近くの木を簡単にへし折ってしまったのだ。
ヴァイブレードナイフの切っ先を食い込ませようとするベオウルフもまた、近づけない。悪夢そのものの顎が、近くに立つ電灯の鉄柱に噛み付いたのだ。そのままデスロール‥‥食いついたままで体を回転させ、対象を食いちぎる攻撃を放つ。
鋼鉄製の鉄柱が、紙細工でできているかのようにずたずたになり、欠片と化した。
再び、そいつが向き直ったが。
「飛操火玉!」
拳大の火球が、ワニの頭部や眼球などに、次々と放たれた。カナの飛操火玉もまた、ダメージとしてはわずかなもの。ではあったが、状況を好転させるに足る攻撃であった。
「はっ!」
雨堂の刃が、脚の一本を切断する。明らかに痛みのうめきを、ナイトウォーカーはあげていた。
「コアを発見! 胸部だ!」
時雨の言葉とともに、復活した天目、平山、焔にやよいが立ち上がり、飛びかかった。
咆哮とともに、ナイトウォーカーは尻尾の一撃を放とうとする。しかし、脚を一本失ったためか、攻撃には精彩を欠いていた。リネットがすかさず、威力がそがれた尻尾を受け止め、抱え込んだ。
間髪入れず、再び金剛力増を発動させた四人が一斉に飛び掛り、ワニを押さえ込んだ。
「長くは‥‥もたない!」
「十分だ、まかせろ!」
わずかに動きを止めた、その刹那。
ベオウルフのヴァイブレードが、ワニの胸部、ないしはコアへと食い込んだ。
「早く家に帰ってお風呂に入ろ‥‥」
体についた泥を見て不快そうにつぶやいたリネットは、さっさと帰ってしまった。他の者たちは、それを止めようとはしなかった。というか、疲れきってできなかったのだ。
状況が終了し、後始末が出来るようになるまではしばらくの時間を要した。やがて疲労がいくばくか回復した後、彼らは立ち上がって後の片付けを始めた。
「‥‥にしても、恐るべきやつだった」
雨堂はあらためて、今回相対した敵の恐ろしさを思い起こし、恐ろしげに震えた。
が、ワニと、食い殺されたホームレスに対しては、憐憫の情を抱いていた。yama�Vとやらが生きていたら、この状況を見せてやりたい。おそらくは責任逃れして、見苦しい言い訳を並べ立て、自身の悪行を絶対に認めないことだろう。
他の者たちもまた、心中では同様の事を考えていた。それらを統括するような言葉を、時雨はつぶやいた。
「迷惑な事件やのう‥‥」
まったくだ。その愚者のせいで、いくつの命が無碍にされたか。
石を積んで作ったささやかな鎮魂の墓石に手を合わせ、雨堂は悼んだ。