愚者と汚された思い出アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
塩田多弾砲
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芸能 |
フリー
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
2.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/09〜12/11
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●本文
「おそらく、間違いは無いでしょう。‥‥自業自得なのはわかります。誰も悼む人はいないでしょうし、誰も悲しむ人はいないでしょう。けど‥‥それでも、私にとってはあの頃の優しい兄さんだったんです」
シナリオライターの卵である、根津霧絵。彼女がWEAに持ち込んだのは、一人の愚かで哀れな男の結末。
が、誰も省みることなく死んでいった彼を悼んでいるのは、おそらく霧絵ただ一人だろう。
獣人である事を隠しつつ、霧絵は都内のアパートに、祖母とともに静かに暮らしていた。彼女の両親はナイトウォーカーによって殺されており、親族は母方の祖母しか居なかったのだ。
決して楽な生活ではなかった物の、彼女は二人でつつましく暮していた。
その頃に、近所の大きな家に暮していた、年上の男の子と彼女は知り合った。彼、会沢博史はやや強引でわがままなところはあったものの、霧絵に対し色々としてくれていた。お互いに友達が少ないせいか、二人は友達になり、一緒になってよく遊んだ。
が、ある時。霧絵の祖母が亡くなり、WEAが、北海道に暮している祖母の友人一家が引き取ろうと言っているという話をもってきた。彼女の一家もまた、子供を一人、さらに息子夫婦の孫を一人、ナイトウォーカーに食い殺されていたのだ。
こうして、霧絵は北海道に引越し、会沢と別れる事になった。
北海道の里親一家は、霧絵を本当の娘のように愛情を注ぎ、厳しくも優しく育ててくれた。成長した霧絵は、シナリオライターになる夢を持ち、都内の映画学校に入学する事を決意。願書を出した後に合格し、晴れて高校卒業後に進学する事になった。
そして、アパートを見つけ、さらに新生活の準備を着々と整えていた時。ふと、子供の頃の兄さん、会沢博史の存在を思い出した。ちょうどあれから10年。何をしているだろう?
こうして、金曜日の午後。彼女は会沢家を再び訪ねた。が、人が居るはずなのに、家はひっそりとしていた。
呼び鈴を鳴らすも、出てきたのはやる気の無さそうな初老のホームヘルパー。霧絵が来訪の目的を話すと、彼女もまた事情を話した。
なんでも、会沢家では霧絵が引っ越した後あたりに、両親が不仲になり、母親が離婚し家を出て行ってしまった。
父親は博史に大量の小遣いを与え、自分は仕事のみで家を全く省みないように。帰宅しない日が一週間に数度だったのが、一ヶ月に数度。やがては年に数度となった。
博史はさらにわがままになり、高校も中退。そして何もしないままに、ぶらぶらと毎日を過ごすようになってしまった。うるさい事を言う者は周囲におらず、金はたっぷり持っている。さらに友人も少なく、人付き合いが好きなわけではない。
結果、彼は学校にも行かず、する事といえば部屋に引きこもってネットをするか、たわむれに意味もなく外を出歩くくらい。薄暗い部屋で、彼はもはや呼吸する事すら面倒な様子で、毎日の時間を無駄に流し、今日に至っていたのだ。
「ええ、なんでもお父さまの会社で働かないかという話はあったんですけどね。飽きっぽいのと、わがままなのとで、すぐにやめちゃったんですよ。で、そのお父さまも事故でなくなり、叔父さんがこの家の光熱費や水道代、電気やガス代を出してるそうなんですが‥‥」
やはり、金だけ出して放置の状態、とのことだった。ヘルパーも、仕事であるためにこの家の家事を行なっているものの、博史の部屋には数えるくらいしか入ってない。内部はゴミ屋敷そのもので、掃除しようとすると、刃物を手に迫り、出ていけと喚くとの事だ。
亡き父親、そして叔父が言うには「放っておけ」
「ま、ニートって言うんですか? あんな子供も子供ですが、あんなのを甘やかす親も親だと思いますわ‥‥。あ、そろそろ定時ですから、帰らないと。お帰りになる時には、家の鍵は郵便受けの中に入れといてください」
そう言うとヘルパーは、そそくさと帰ってしまった。この家で何が起ころうが、自分は関係ないという態度を隠しもしていない。
彼女が帰った後、霧絵も博史の部屋を訪ねた。ずっと前に一度だけ遊びに来たことがあったので、その時の記憶を辿りつつ、二階へと歩を進めた。
後でわかった事だが、博史はネット通販で、かなり多くのマンガを購入していた。おそらく、その一つが原因だったに違いないだろう。
霧絵は、博史の部屋に入った。まだ昼の三時過ぎだというのに、カーテンを締切り薄暗い部屋。内部には、漫画や玩具が所狭しと並び、あちこちに放置されたスナックや食べ物の容器が散乱していた。食事は先刻のヘルパーが作りおきしておくとの事だったが、買い置きさせていたカップ麺ばかりを口にすることも多い‥‥とも聞いていた。
万年床のベッドの上にもゴミやマンガが散乱し、机の上にはPCが。
そして、その前に座っていたのが、成長した博史。しかし、昔の見る影はそこには無く、丸々と太った肉塊のような姿があった。すえた臭いは、風呂にろくに入ってないせいだろう。部屋の中は、汚らしい野良犬の臭いと同じものが漂っていた。
が、その物体は、霧絵の方を向くと、「額に」目を見開いた。
それだけでなく、背中に昆虫めいた長い脚を伸ばしつつあるのを、霧絵は見た。
「‥‥かつて、自分の本当の両親を殺した怪物。あれと同じ目、そして同じ脚でした。それからどうしたかは、よく覚えていません。ただ、立ち上がろうとした兄さんから逃れ、気がついたら会沢家から離れた空き地で、ドカンの中に入り込んでいたんです。ようやく気づき、一息つきました」
複雑な表情で、彼女は言った。
「ヘルパーさんは、一週間に三日、月・水・金の11時から3時までに家事を行い、帰っていくそうです。声をかけても出てこないし返事もしないそうなので、黙って入って黙って出て行くそうですが‥‥兄さんに取り付いた怪物がヘルパーさんを、ないしは近隣の皆さんを襲うと思うと‥‥」
霧絵は顔を静め、そして決意めいた顔で懇願した。
「兄さんはわがままでしたし、自分勝手な人でした。けど、いくらなんでも‥‥これは、酷すぎます。どうか、皆さんで怪物をやっつけてください。お願いします‥‥」
辛そうな表情を浮かべつつ、彼女は一礼した。
●リプレイ本文
「網戸はもちろん、雨戸も閉まってる、か。ま、取り付いてる奴が窓を開け放つとは思えんがな」
ヘヴィ・ヴァレン(fa0431)は、ターゲットの潜む家、ないしはその外回りを検分していた。
今回の目標ナイトウォーカーは、おそらく外に出ることはまず無いだろう。実体化し、体も腐敗し始めているはず。
ならば、情報媒体に戻られるまえに、なんとしてでも倒さないとならない。
「戦いそのものも未知数なれど、痕跡を残さずに処理する‥‥この事が一番厄介な問題でしょうね」
河辺野・一(fa0892)のつぶやきに、ヘヴィは同意しうなずいた。
決行は、夜中、もしくは明け方になるだろう。周辺は閑静な住宅街であり、あまり人通りが多くは無い。それに、目標の家は角にあり、隣は建て替えで取り壊し予定との看板が立てられていた。
「外から見たところ、戦うのに困るほどの狭さではなさそうですね」
「だな、内部のレイアウトがわかるものがありゃ良かったんだが、ま、仕方ねえか‥‥ん? どうした?」
「‥‥いや、なんでもない」
ヘヴィは、佐渡川ススム(fa3134)が沈んだような顔をしているのを見かけた。記録によると、こいつは普段は下ネタを連発するお調子者のはず。なのに思いつめたような、何かを思い込むような表情をうかべているのは、些か意外な感があった。
「さーって、とっととみんなのとこに戻って、さくっとやっつける作戦でも立案しましょうかねえ」
彼がおどけた口調で促したが、それは本心からのものでない事は明らかだった。
「仕方ない、か‥‥」
そんな言葉で済むわけがなく、済ます訳にもいかないのは十分承知している。いるが‥‥最近、それに『慣れちまってる気がする』。
獣人の天敵であるナイトウォーカーを退治する。が、その任務をいくつもこなしていくうち、その犠牲者の存在に慣れ、悼む事をおろそかにしてはいないか。
「‥‥思い出しちまったな」
自分、もしくは昔の自分を。
忘れていた訳ではない。少なくとも、そう願いたい。佐渡川は不安を払拭するかのように、今回の任務へと心を新たにした。
「俺は皆に従うぞ! なにをすればいい!?」
「とりあえずは静かに」
河辺野の言葉に、パンダ獣人の常盤 躑躅(fa2529)は素直に従った。
WEAが、とある芸能事務所の名目で借りた、狭いウィークリーマンション。表向きはロケハンに使用するという事であったが、実のところは今回の任務の拠点として借りたのだった。ここで獣人たちは、作戦を練っていた。
「もう一度まとめると、こういう事になるかしら」
今回の作戦内容を、沢渡霧江(fa4354)は確認するために反芻した。
「決行の時間帯は夜中から明け方。全員が手袋を着用し、指紋を残さないようにして郵便受けの鍵を用いて内部に。
侵入する時は慎重かつ注意深く。顔を見られないように。
内部は、外から中を見られないように雨戸やブラインドを閉める。戦いの場は屋内で、二階から一階の広いリビングに目標を誘導。退治したのちに、家電製品のプラグをショートさせ、漏電からの火災にみせかけ放火。ナイトウォーカーの死体を焼却する。
然るのちに、我々は退散‥‥と」
「死体の焼却は、家でするの? 全焼しない限り、見つかると怪しまれると思うし、どこかに運んで焼却した方が良いと思うけど‥‥」
叢雲 颯雪(fa4554)が疑問を口にする。が、ヘヴィと沢渡はそれを否定した。
「もっともだが、残念ながらこの周辺には、焼却できるような広い場所が見当たらん。あっても、人目がつきそうなところばかりだしな」
「ええ。叢雲さんの危惧ももっともだが、それを行なうだけの場所の確保ができず、目撃される可能性がある以上、致し方ないかと」
「‥‥」
「各務さん、どうしました?」
各務 神無(fa3392)の様子を見て、鮎川 雪(fa3702)が声をかけた。
「いや‥‥考えてたのよ。優しいなって、霧絵さんをね」
たとえどんなに親しい存在でも、ナイトウォーカーが憑いたら戦い、倒せ。そう教えられてきた彼女にとって、霧絵の言葉が胸に深く響いていたのだった。
「‥‥ま、私じゃ彼女にかける言葉は思いつかないわ。ススムにでも任せるとしましょ」
つぶやきながら、彼女は今日数十本目の煙草をくわえた。
屋敷は、ひっそりしていた。幸いにも、この辺りは大通りからは多少入り込んだところにある。住宅街ゆえの利点と言うべきか。
それでも、油断は禁物であるし、皆は油断なく行動していたが。
とにもかくにも、容易に入り込んだ一行は、油断なく任務にあたり行動を開始した。
推測したとおり、一階のリビングは広かった。ここにおびき寄せて戦えば、場所の物理的な問題はなんとかなるだろう。
「さて、問題はここからですね‥‥」
河辺野が、ごくりと唾を飲みつつ言った。獣化した猿獣人の彼の両手と尻尾の三本のナイフも、不安そうに切っ先が揺れている。
同じく、他のメンバーも獣化を完了していた。傷痕だらけで迷彩ウロコの竜獣人・ヘヴィに、ソニックブレードを持ったアルピノのエゾオオカミ獣人な各務。
同じく狼獣人の鮎川は、格闘術を得意としているがゆえに、バトルガントレットとクローナックルを腕に装着していた。
常盤はパンダ獣人へと獣化しており、ソードと鞭を携える。
佐渡川はすでに行動し、リビングから情報媒体‥‥それほど多くはなかったが‥‥を、別の部屋へと運んでいった。それを手伝い、沢渡と叢雲も獣化し事にあたっている。それぞれ獣化し終え、狼と豹の獣人の姿をあらわにしていた。
さすがに、家の中は掃除が行き届いている。が、件の部屋の前まで来ると、どうしても躊躇し、二の足を踏んでしまいそうになる。
ふと、皆の鼻に何かが漂ってきた。
それは、腐臭だった。肉が腐る時、腐った時の臭い。皮膚が爛れた時の臭い。そんな不愉快な臭いが混ざったものが、件の部屋から漂ってきたのだ。
用心しつつ、皆は扉を開いた。散らかった内部、ないしはその中心部に、そいつがいた。
かつては、そいつはどんな外観だったのか。その面影は残していない。人間であった事すら、そいつは連想させていなかった。
ナイトウォーカーとしての外観ならば、クモを思わせる長大な四本足が、胴体をぶざまに支えつつも立っている状態のデザイン。偶然にも、人間の頭部だった頃のものに、そいつのコアが鎮座していた。
「鮎川さん、お願いします! 常盤さん、とにかく叩いて! みんな、行きますよ!」
その言葉とともに、皆は攻撃を開始した。
長い脚で立ち上がっているものの、本体が重いためか、そいつの動きはいつも相手をしているNWのそれ以上に鈍い。棍棒のように振るわれたそいつの一撃をかわすと、常盤のソードが脚の関節にねじ込まれる。
「はーっ!」
動きを止めたところで、鮎川が攻撃を仕掛けた。鈍い一撃をやすやすとかわし、彼女は懐に飛び込むと、そのまま勢いをつけて投げ飛ばした。
部屋のほこりやごみ、ガラクタが衝撃で飛びはねる。ある程度の攻撃を行った彼女は、そのまま階下へと誘うように姿を消した。
獲物を追い、そいつはよたよたした歩調で獣人たちの姿を追った。
「来るぞ!」
佐渡川らは、リビングに降りてくる怪物の姿をみとめ、しっかりと身構えた。
が、怪物のよたよたした動き、精彩を欠いたようなそいつの動きは、皆を些か仰天させた。
四本足だが、今は常盤の攻撃のために一本が使えない。が、それでもそいつの動きは、まるで千鳥足であった。
「おらぁっ!」
ヘヴィが、己の拳で叩きつけるようにパンチを繰り出し、
「はーっ!」
各務のソニックブレードが、文字通り空を切った。
やがて勝負は、あっけないほどに決まってしまった。河辺野が両腕のナイフで脚の一撃を止め、そいつの頭部に尻尾のナイフの一撃をきりつけたところ、そいつはあっけないほどに力を落とし、動かなくなった。
コアを抉り取っても、まだ信じられない面持ちの皆だった。確かに、各々の一撃は協力だ。が、それにしてはあっけなさ過ぎる。
弱っていたのか、あるいは何か別の理由があるのか。
「‥‥まさか‥‥宿主が‥‥」
そんなことはないだろう。が、それでも佐渡川の言葉を否定する者はいなかった。
次の日、地元新聞は小さな記事を載せていた。会沢家の全焼事件を。
本当に数行の小さな記事で、あまり注目に値せずと言っているようにも見えた。
戦闘が終了した後、一行は火事を作るための工作を施していた。ブレーカーが漏電して点火し、という仕掛けを施しえていた沢渡らは、すぐに撤退の準備に入っていた。
幸いにも、電気ストーブがその家には数多くあった。
「家で、寒かったために多くの電気ストーブにを付けて、それを漏電の原因とする」
この考えがうまく行き、会沢家は哀れな長男とともに、完全に灰になっていしまった。
「ありがとうございます。けど‥‥」
事後、霧絵のところに報告しに行った佐渡川や河辺野。が、思い出のアルバムでも確保できればと思っていたが、それも叶わなかった。あの家には、アルバムというものが置いてなかったのだ。
しかしそれでも、彼女は笑顔で答えた。
「兄さんのあの時の思い出は、私の中にあります。ですから‥‥これで、いいんです」
一筋の涙とともに、霧絵はつぶやくように言った。