水から出た魚アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 塩田多弾砲
芸能 フリー
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 3.1万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 02/11〜02/15

●本文

 ある熱帯魚マニアがいた。
 とあるマンションの3F、そこにある彼の住居は、半分以上のフロアを熱帯魚、ないしはその水槽に占められていた。
 水槽の内部には、アロワナやグッピー、ナマズの類から、ピラニアといった凶暴な牙を持つ魚など、種々雑多な熱帯魚が泳いでいた。マンション内は一種の異世界、異空間。そんな趣をかもし出しているのは、熱帯魚の持つ鮮やかな色彩。
 生きる工芸品もかくやのそれらは、目で楽しませ、生命本来の美しさをもかもし出す。
 が、水槽の一つはPCのモニターの真向かいにあり、内部の魚はモニターを見つめられる位置にあった。そして、部屋の主人がPCにてインターネットのとあるサイトを開いた時、彼はコーヒーを飲もうとその場を離れた。
 ネットの画面を、真向かいの水槽に漂っていた魚がじっと見つめていた。そして、魚にある変化が訪れた。
 その水槽はかなりの大型で、内部に飼育されていたのは「プロトプテルス・エチオピクス」という大型の肺魚。アフリカのザイール、ビクトリア湖や白ナイル川に生息している。かなり大型に成長する魚で、肺が発達しているために空気呼吸すら出来る脅威の魚。乾季に完全に干上がってしまうような環境では泥で繭をつくり、その中で夏眠を行う生態を持っている。
 ともかく、このプロトプテルス・エチオピクス。飼い主は海洋科学番組のディレクターで、彼自身も魚が好きであった。猫獣人であった事も手伝ったのかもしれない。
 仕事がひと段落し、彼‥‥河原崎陽一はキッチンでコーヒーを淹れた。
 いざ口にしようとした段になり、仕事部屋から音がした。
 戻って見ると、そこは水浸しに。原因はエチオピクス、ないしはそれが入っていた水槽。それがひっくり返っていたのだ。
 が、彼はこの時もう少し注意深くなるべきであった。彼自身が据え付けた水槽はかなりの重量があり、震度5の地震が起きた時でもびくともしなかったのだ。他の水槽は転倒したにも関わらず、である。
 ともあれ、エチオピクスは貴重で高価、それに彼自身にとっても大切な魚。その場を片付けんと彼は慌てて床に転がっている魚へと駆け寄った。
 数秒後、マンション内に悲鳴が響き、数分後、マンションの内部の全ての生命が消えた。
 ただ一つを残し。

 次の日の朝刊に、奇妙な新聞記事が掲載されていた。
 夜中。かのマンションのすぐ近くを、酔っ払いが通りかかった。
 その酔っ払いは、幻覚を見た。遠目にだが、「奇妙にして奇怪な生き物が歩いているのを見た」、というのだ。それがあまりにリアルなので、彼は目が覚め酔いも覚めてしまった。
 家に帰り、彼はその事を皆に伝えた。もちろん、その時は誰も信じなかった。
 が、夜勤帰りのフリーター、夜中に外の景色を見た受験生など、数人が「奇妙な生き物」の姿を見たのだ。それは最後に、橋から川へと落ちて、そのまま夜の闇の中へと消えていった。
 「奇妙な生き物」、目撃者は全員が、同じ特徴を口にしていた。
 いわく「魚に昆虫の脚をつけたようなかっこう」。
 そして、河原崎陽一のマンション内で、大量の血痕とともに彼が消えている事が判明するのは、このすぐ後であった。

「‥‥現在判明している事実と照らし合わせ、状況を整理すると‥‥こういうことです。開きっぱなしのHP、それにナイトウォーカーが潜伏しており、たまたま後ろの水槽に入っていた魚、プロトプテルス・エチオピクスに感染した‥‥と」
 WEAの女性担当官が、この件を君たちに説明している。
「件のナイトウォーカー、仮名として『デスフィッシュ』と呼びますが、おそらく以前に追いつつ取り逃がしてしまったナイトウォーカーに相違ないかと思われます」
 過去の事件。それは、せっかく追い詰めたものの、ネットカフェに逃げられ、そこで稼働中の100台のPCにて、開かれていたHPのどれかに潜伏し逃げられたという事件。
 プラウザの履歴で調べようにも、それも無理だった。直後にカフェの入った建物が炎上してしまい、PCが破損して調べられなかったのだったのだ。原因はガス管の老朽化による引火、とのことだった。
「デスフィッシュとなる前の同一個体のナイトウォーカー‥‥奇しくも『デスハウンド』というコードネームを与えられていましたが、こちらも水中や水辺で活動する事を得意としていました。いきなり下水道のフタを空け、そこから獲物を引きずり込み、溺れさせて捕食する。または水辺でいきなり水中から襲い掛かり、引きずり込んで捕食する、など。
 そして、まず間違いなく『デスフィッシュ』のものと思われる事件の報告が入っています」
 彼女が示したのは、最初の事件の現場から、かなり離れた場所。川上に位置する町の、恵ヶ丘公園内にある「メグミ池」。
 池の周囲の散歩コースにて、早朝に飼い犬とマラソンしていた女子高生が、やはり奇妙な生き物を目撃したのだ。それは、マラソンで先行していた犬が、池からいきなり飛び出してきた巨大な魚に襲われ、そのまま水の中へと引きずり込まれた‥‥というもの。
 空手をはじめ各種の格闘技を修得していた彼女は、ごろつき数人を簡単に病院送りにするくらいタフで実力があった。が、この光景には肝をつぶし、逃げ帰ってしまった。
「この池は、下水を通じて川とつながっています。そして池は公園内にあり、図書館がほとりに建っているのです。彼女の犬を餌食にしたのはまず間違いなく、『デスフィッシュ』に違いないでしょう。
 何とかしないと、また逃げられ、新たな悲劇が起こることは必至。もしもこの任務につく意思があるのなら、早急に準備を進めてください」

●今回の参加者

 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa1683 久遠(27歳・♂・狐)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa3800 パトリシア(14歳・♀・狼)
 fa4555 シトリー・幽華(29歳・♀・豹)
 fa4713 グリモア(29歳・♂・豹)
 fa5193 ツァーリ(38歳・♂・虎)
 fa5387 神保原・輝璃(25歳・♂・狼)

●リプレイ本文

 市立恵ヶ丘公園。
 おりしもスポーツ少女の愛犬殺害事件によって、警察の関係者たちが引き上げるところであった。
 少女からの通報を受けた警察は、事件の犯人は逃げ出したペットのワニかなにかだろうと判断。捜索が開始されたものの、一日経過し引き上げる事になった。
「今後は、専門の業者に捜索を委託する」という名目である。かくして専門業者を装った者たち、即ちWEAにて今回の任務についた者たちは、公園内の池周辺にて調査を始めていた。
 公園の池周辺、ないしは池に隣接する一部の場所にはテープが張ってある。つまりは、人払いする手間が若干ではあるが軽減されたと言う事。
「戦う場所‥‥ここがいいかしら」
 夏姫・シュトラウス(fa0761)の瞳が、円形闘技場を髣髴とさせる丸くレンガが敷かれた場所を見つめる。その周囲はコンクリートと木製の低い柵に囲われ、覆うようにベンチが置かれている。
 そこは、森へと続く散策コースと、池周辺のマラソンコースとの分岐点になっている。戦う場所としては、もってこいではあろう。図書館に若干近いのが難点と言えば難点だろうが。
「入り口の封鎖は、なんとかなりそうですね‥‥少なくとも、人払いする手間は省けたかと」
 久遠(fa1683)の言うとおり、公園周辺には野次馬が集まっているものの、公園内には入ってこない。深夜や早朝になれば、彼らの姿もまた無くなるだろう。
「陸に引きずり出したとしても、もしもまた水に入られちまったら‥‥最後だな。勝負は、陸に上がった時って事か」
 鷹のように鋭い眼差しの、小塚透也(fa1797)。鷹の獣人である彼は、引きずり出した時の事を脳内でシミュレートしつつ、空を仰いだ。
 自分は猛禽、鷹の獣人。空からの攻撃で、なんとか目標のナイトウォーカーを倒せればいいのだが。

 限りなく、深夜に近い早朝。
 池の周辺に獣人たちは隠れ、獲物を釣り上げ、然る後に攻撃する予定でいた。
 幸いにして、木々や藪、ドリンクの自動販売機、ゴミ箱など、隠れる場所には困らない。鷹獣人の小塚は、小高い木の上に待機していた。空中からの戦力として、獲物を狙撃する腹積もりである。少なくとも、池側以外ならばどの方向に逃げたとしても対処できる陣形で待機していた。
 時刻は既に、午前三時半を回ったところ。あと一時間もすれば夜が明け、日が昇り、一日が始まる。その事を思うと、パトリシア(fa3800)は昔に見た映画のタイトルを連想した。
「『死者たちの夜明け』‥‥地獄がいっぱいになると、現世を死者が歩き出す、か」
 ナイトウォーカー。
 実体化した暁には、感染した生命体は屍となる。奇怪にして残酷なる屍、生ける屍に。
 パトリシアのつぶやきに、神保原・輝璃(fa5387)は神妙な表情をうかべた。
 ナイトウォーカー。確かに、なぜこうも多くのナイトウォーカーが発生し、それが歩き出すのか。根本的なところは何も判明していない。まるで時限爆弾のようなもの。爆発する前に突き止め解除しなければならぬのに、自分たちが動けるのは爆発し、犠牲者が出てから。
 ツァーリ(fa5193)が絶望的な空気を読み取り、急に心細さを感じた。
 肥満体の巨体の空手家。彼の分厚いコレステロールの下には、闘志と勇気が燃え滾っている。が、それでも初体験というものには躊躇し、不安を覚える事はいつになっても変わらない。ましてやそれが、ナイトウォーカーという危険と破滅に脚が生えたようなものならばなおさらだ。
「下水の中が、川まで単純な構造なのはいいんだが‥‥それでも、水中に逃げられたらことだ。下水に逃げたら、川へ泳ぎ去る。でなければ、図書館に飛び込んでどこかの本に入り込める‥‥やつの『逃走経路』は、整っているわけだな」
「でなきゃ、それを見越してここに巣食っているのかもな」
 シトリー・幽華(fa4555)とグリモア(fa4713)が、苦々しく状況を確認する。
 囮の夏姫が、池に近い場所を歩き回り、時折立ち止まったり、ベンチに座ったりして、池の水面へと目を向けていた。
 彼女という名の餌を、釣り上げる魚に向けて誘っているところ。この餌に食いつき、釣り上げられれば良いのだが。

 長袖、帽子姿で、池の周辺をかれこれ一時間は歩いただろうか。
 半獣化した夏姫の神経も、少々疲れてきた。ナイトウォーカーは気づいているのだろうか、気づいていたとしたら、なぜ食いつかないのか。己が身を誘うための餌として曝しても、それを見抜いているのだろうか。不安材料ばかりが、彼女の心に暗雲を立ち込めさせる。
 頭の中で、何度目かの作戦内容の整理をする。
 単純に言えば、池の周囲を自分が囮となって歩き回り、おそらく行動がかなり制限されると思われる陸上に釣り上げる。
 待機していた他メンバーとともに、池への退路を塞いで陸上で戦い、しかる後に仕留める。
 うまくいくだろうか? ‥‥いや、うまくいく。少なくとも、そう思いたい。楽観的な都合のいい考えでも、心を折る、意志を折るような悲観的な考えに陥るよりかはましだ。今必要なのは、多くの幸運、そして己を奮い立たせる少々の闘志と勇気。絶望に屈する前に、その絶望と戦おう。でなければ‥‥デスフィッシュと相対した時に、動けなくなるだろう。ただでさえ今、恐怖に震えている。それを助長する必要など、百害あって一利ない。
 必死に己を奮い立たせつつ、彼女は池の周辺を歩き回っていた。
「!」
 やがて、更に数刻経ったその時。
 いきなり、その瞬間が訪れた。夏姫の鋭敏視覚にかなう何かが。

「? ナツキ?‥‥どうしたんだ?」
 鋭い鷹の目が、立ち止まった彼女へ注がれた。小塚に続き、木の陰、藪、自販機陰に隠れている他メンバーもそれに気づいた。
 夏姫は何度か立ち止まったが、それはデスフィッシュではなかった。が、今回ばかりは様子が違う。それに、僅かに水面が揺れている。何かが一直線に、池の岸へと向かってきている。
 池を支配するは、妖気めいた邪悪な空気。蠢動する水面には、生まれていた。‥‥邪悪さしか連想させない、いびつなる翳を。
 全員の心の中に、戦慄が走り、戦闘に際する衝撃が走る。獣化・半獣化し、獣の野生の力が宿る。研ぎ澄まされた爪と牙が、戦いにそなえ鋭く光り、皆の目の中で燃え始めた。‥‥絶望を超えた、魔性の輝きが
 立ち止まった夏姫。半獣化した彼女の目前を、まるで池が異物を吐き出すかのように、水面を割って怪物が出現した。
 鱗に覆われた、ぬめった身体。それはある種の美しさすら感じさせる。‥‥堕落し、腐敗し、腐りきった、退廃的な美ではあるが。
 プロトプテルス・エチオピクスだった怪物は、新たなる死をもたらし、己が貪婪たる欲望を満たさんと、目前の獲物に喰らいつこうとした。
 逃げをうち、陸地の方へと誘う夏姫。そいつがしっかり追ってくる事を確認しつつ、彼女は走った。

「デスフィッシュ」は、例えるならば魚に昆虫めいた脚を生やした姿をしていた。四本の脚は、さながらテナガコガネを思わせるそれ。バッタのように跳躍する事は向かないが、クモめいた歩行力を兼ね備えている。
 そいつもまた、同類どもと同じく飢えていた。尽きることなき飢餓感。魚の状態を止めている顎が、ごちそうを期待してガチガチと開閉する。
 そいつは見た、獲物が振り返り、己に対して身構える様を。その爪が、まるで魔物を討つ宝剣がごとく向けられている。
 負けじと、大口を開けて対抗するデスフィッシュ。鋭き牙が並んだ顎は、ワニすら羨む凶悪さ。額にあたる部分に、一ツ目のようにコアが鎮座していた。
 が、周囲を取り巻く存在にそれは気づいた。後方に二人、両脇に四人、六名の獣人がナイトウォーカーを囲んだのだ。
「下水道にも、マンホールからも離れた場所だ。逃がしはしない!」
 シトリーが、ナックルとガントレットに固めた両拳を構える。
「水辺にも近づけさせないぜ、覚悟しろ!」
 同様に、神保原もまた両手のダークデュアルブレードを構えた。ナイトウォーカーに対し、威力を倍増させる両手剣。デスフィッシュを切り刻まんと、刃自体が震えているようにも見える。
 パトリシアもやはり剣を‥‥ソードofゾハルを、久遠も木刀を得物に携えている。グリモアは爪を、ツァーリは完全獣化し、豚めいた虎獣人の姿になっている。
 囲まれた死の魚は、一瞬だけ迷ったそぶりを見せると‥‥夏姫へと突進した。

 全身のばねを用い、己が身体を飛び跳ねさせる。そして、目標に喰らいつき水中に引きずり込む。それが彼の怪物、デスフィッシュの戦法。
 それと同じ戦法を、怪物は夏姫へと仕掛けた。その頭部をくわえ込み、強力な顎の筋肉と頑丈な歯と牙で噛み砕く‥‥。いつもの事だ。
 が、今度はそれが最後になるだろう。
 夏姫の細振切爪による鋭い爪の攻撃が、すれ違いざまにデスフィッシュにヒットしたのだ。カウンターアタックをもろにくらった魚の化け物は、高速振動する虎獣人の少女、彼女の両手の爪により、顎を深く切り裂かれたのだ。
 肉を切り裂き、骨を砕き、爪が深々と魚の肉体を切断する。デスフィッシュという名の情報生命体は、おそらく知ったことだろう。
 激痛という名の感覚を。
 化け物はもんどりうって転倒したが、すぐに体勢を整え、水辺へと向かって逃走を図った。
「逃がさないぜ! 飛羽針撃!」
 空中からの伏兵が、デスフィッシュを襲った。鋭い羽の一閃がそいつの脚を貫き、移動力を奪い取る。
 怪物に反撃の隙を与えない。勝機を見出した神保原は、ダークデュアルブレードで止めの一撃を切りつけた。両手剣の刃が、やすやすと魚の身体を切り裂いていく。まるで刃そのものが欲しているかのようだった。ナイトウォーカーの苦痛と魂(あればの話だが)、そして生命を。
 パトリシアの剣が、続け様に襲いかかる。おそらくコアは感知できなかったろう。持ち主に守護を与えるゾハルの剣の閃きは。
 魚の首が切断され、地面に転がった。シトリーのナックルがコアを砕き、デスフィッシュへと与えた。‥‥死(デス)を。
 
 夜明けの朝日に眼をしばたかせつつ、ツァーリはWEAの職員たちによる後片付けを一瞥した。
 そしてまた、一日が始まる。WEAへの報告書に、レスラーとしての仕事。しなければならないことは、山ほど控えている。
 初めてのナイトウォーカー殲滅の任務。ほとんど活躍はできなかったが、彼は様々なことを学んだ。狩るべき邪悪なる存在。そいつと相対し、そいつと戦う事がどういう事なのか。おぼろげにだが分かったような気がする。
 もしも次にこいつらと戦うことがあったら‥‥その時までに、己をもっと鍛えておこう。まだまだ自分、戦えるとも!
 改めて、彼は己に鍛錬を課す事を近い、新たな戦いへと闘志をみなぎらせるのだった。