破滅の蛾 前編アジア・オセアニア
種類 |
シリーズ
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担当 |
塩田多弾砲
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芸能 |
フリー
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
難しい
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報酬 |
10.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/01〜03/05
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●本文
ナイトウォーカーは、様々な種類が存在する。
何か動物に感染し実体化した時、元の動物の特徴を持ちつつ、昆虫めいた身体的特徴と外観、そして生態とをあわせ持つ生物と化す。
今回のナイトウォーカーは、昆虫で言えば鱗翅目。平たく言えば「蝶」又は「蛾」。そういった種類の特徴を有した存在であった。
「これから、みんなに語りたいと思う。語り終えれば、今回の任務の内容が理解できる事だろう。俺を見ての通り、今回諸君が相対するナイトウォーカーは、恐ろしいだけじゃない、油断したら確実に死ぬ。助かったとしても、確実に悲惨な目に合うだろう。俺のような老いぼれはともかく、皆はまだ若く、おそらく美男美女だろう。だから先に言っておく。『逃げる事』を恥と思うな。もしそれを恥と思うのなら、生き延びて次のチャンスに名誉挽回する事を考えろ。でないと‥‥、俺のようになる」
君たちの目前には、車椅子の男がいた。WEAの腕利きエージェントとして、世界各国で数え切れぬほどのナイトウォーカーを殲滅した記録を持つ男。隣には、助手が控えている。
WEAでは彼に敬意を込め、「Mrスカージ(天罰者)」と呼ぶ。少年時代に正義の味方に憧れた彼は、スーパーヒーローを演じる役者を目指した。が、次第に現実世界での正義の味方を志し、ナイトウォーカーを殲滅するエージェントとして働くようになったのだ。
が、60歳になった時、最後の仕事で同僚や新人を多く失った。そこで彼のキャリアも終わり、彼は引退するはめになったのだった。
彼は左手首を失い、顔は左半分が焼け爛れていた。かけていたサングラスを外すと、左目は白濁していた。
三年前。
スカージは来日し、追っていたナイトウォーカーを追い詰めていたのだ。
コードネームは「ドゥーム・モス」。破滅と虐殺をもたらす、ナイトウォーカーの中でも恐るべき存在。このドゥーム・モスにより、判明している限りでは100人近くの獣人が犠牲になっている。人間を加えると、犠牲者の合計は少なくとも1000人はくだらないだろう。
そして、そいつはまだ健在なのだ。
「ドゥーム・モス」は、非常に特徴的な実体化を行なう。
感染したら、どこかに潜み、そして実体化する。ここまでは通常のナイトウォーカーと同じだ。
が、実体化の際には感染した宿主の皮膚を、サナギの殻のように脱ぎ捨てる。宿主から飛び出すのは、翼長3mはある巨大な蝶または蛾。
武器はその翼。その模様は怪しく美しい。
が、恐るべきは鱗粉。翅から放たれる鱗粉は酸性物質で、強烈な腐食作用を有する。皮膚に触れたら皮膚が爛れ、肉が溶け落ちるほどに。それを周囲に散布しつつ飛び回るため、接近して攻撃する事はかなり難しい。鱗粉をなんとかしたとしても、その翅は鋭くしなやかな刃。すれ違いざまに10人の完全武装した兵士の首を飛ばした情景を、スカージは何度も見た。
ロングレンジからの攻撃も、あまり効果は無い。翅はもちろん、胴体部も甲殻で覆われ防備は万全。マシンガンでの掃射を食らわせても、そいつを多少足止めしたくらい。加えて、そいつの最大飛行速度はジェット機にも匹敵する。まさに、破滅の蛾であった。
「俺は、こいつにやられた。20年程前に、こいつが数十人の子供の首をはねたところを見てから、俺はこいつに然るべき報いを食らわしてやろうと常に考えていた。で、数年前に日本へと逃げたらしいが、それ以来行方不明。三年間探し続けたが、見つからん。俺は愚かにも、捜査を打ち切ろうと考えた。もう年だったたからな。だが‥‥、ザコのナイトウォーカーを追っていたら、そいつに遭遇した」
野良犬に感染し、クモまたはカニのような形状に実体化したナイトウォーカー。場所は閉鎖された工場。スカージは新人のエージェントたちとともにそいつと戦い、見事に仕留めた。
コアをえぐり破壊した後、状況終了とばかりに引き上げようとしたその時。新人の一人が見当たらない。探し始めたら、悲鳴が。工場の奥へと向かったら、そこに新人エージェントがいた。
「ドゥーム・モス」とともに。
鱗粉を顔や全身に浴び、焼け爛れた新人。彼はそのまま、モスの翼により首を切断された。
他の獣人たちも皆、戦いに疲れきっていた。銃もほとんど弾丸を撃ちつくし、近接戦闘以外に他は無かった。
「逃げろ! そいつはお前らではかなわない!」
スカージの言葉は、遅かった。モスはその言葉が響いた三秒後。電光石火のスピードで飛行し、すれ違いざまに首や手足を切断したのだ。
運よくそれをかわせた者も、鱗粉を浴び、更に五秒後、モスによって命を奪われた。
スカージは、怒った。そいつの傍若無人さに怒ったのももちろんだが、新人を死なせた自分の愚かさ、間抜けさを何よりも怒った。
そして獣化し、唯一手元に残っていた二丁拳銃で発砲しつつ、そいつをしとめようとした。
「結果はこの通り。俺は左の手首を切断され、鱗粉を顔にもろに浴びて、視力も失ってしまった。
不幸中の幸いというべきか。俺はその時に下水道に落ちた。そこから川に流され、数時間後に救助されたんだ。鱗粉は水で流されたが、片目は完全に潰れてしまった。右目はかろうじて視力を保っているが、それでもほとんどろくに見えない」
スカージの声は、悔恨のそれだった。
「持病もここ数日で、症状が悪化している。おそらく、長くはもたんだろう。これは俺の個人的な恨みを晴らす‥‥って事で構わん。『ドゥーム・モス』を見つけ出し、これを倒してくれ」
助手が、モニターに地図を映し出した。
「スカージさんからの情報と、最近の目撃例から、ドゥーム・モスと思われるナイトウォーカーの出現地域が割り出されました。ここ‥‥閉鎖された遊園地です」
関東近県の、税金の無駄遣いに終わった公営の遊園地。取り壊す事も無く放置されているが、ここで巨大な虫が目撃されたというのだ。蛾ともハエともつかない、恐ろしげな虫が。
「いいか。こいつは実体化する時の『脱皮』した直後が倒せるチャンスだ。胴体の甲殻も柔らかいし、翅も固まってない。鱗粉も出せないしな。一度、偶然その状態で攻撃したんだが、かなりダメージを与えられた。運悪く、別のナイトウォーカーに追われてそれどこじゃなかったんだが。
あともう一つ。モスは別の、ちょいと弱めのナイトウォーカーとつるむ事が多い。推測だが、おそらく脱皮する時に己を守らせるためだろう。そのかわり、モスはそいつのために獲物を多くとり、分けてやる。ちょっとした共生関係を築くわけだ。
おそらく今回もそうだろう。いいか、脱皮し終わった完全体のモスを見つけたら、戦わずに逃げろ! 次のチャンスを待て!」
だが、スカージには次のチャンスは無いように見えた。君たちはそれを見て、心が引き締まるのを感じた。
倒せるか分からない。だが、できるだけの事はしよう。と。
●リプレイ本文
まるで墓場。
遊園地に赴いた泉 彩佳(fa1890)が思ったように、遊園地、ないしはその中心部の観覧車は、墓場の納骨堂、ないしは巨大な墓碑を思わせる。
その麓にあるお化け屋敷は、安っぽい間抜け面の怪物や幽霊が描かれている。が、今の獣人たちにはその間抜け面を笑い飛ばす余裕は無かった。なぜなら、確実に存在するからだ。お化けよりも恐ろしく、お化けよりも危険なる存在が。
「HAHAHAHAHA! 事前に情報収集したとおりだNE〜っっっ!」
訂正、一人だけ笑い飛ばせる者がいた。が、頓狂な笑い声とは裏腹に、ジョニー・マッスルマン(fa3014)の言葉尻には震えがあった。
彼とて人の子(獣人だが)。それに、このような状況でただ単にへらへらとするだけの馬鹿ではない。
皆、怖いのだ。怖くて怖くて震えそうで、それを必死になって止めている。整えた装備、携えた武装、そしてなけなしの勇気。自分たちが持っているこれらは、果たして破滅をもたらす妖虫に通用するか。それは神のみぞ知る。もっとも、神の御許に召されるか否かもまた、神のみぞ知るのだが。
怖さを払拭しようと、ジョニーは無駄に笑わせようと試みていたが、その試みは失敗していた。
廃墟が放つ威圧感がこれほどまでに息詰まると、彼らは身をもって体験していた。
数時間前、最終打ち合わせ。
「下水道は、良く整ってはいるようぢゃな。少なくとも、後で逃げ道には困らないぢゃろう」
天音(fa0204)が、先刻のミーティングを思い出しつつ言った。
皆の出した結論はこうだ。
「今回は、偵察のみ」
「逃げ道は、下水道」
偵察がうまく良くか否かはともかく、最初に脱出路の確保をしておかねばならない。各人で導き出した結果、「地下の下水道に逃げ込む」というもの。
「しかし‥‥今回もおそらくいるだろう、『もう一匹』が気になるな‥‥」
緑川安則(fa1206)の沈着冷静な言葉が、安穏とした雰囲気を壊す。もとより彼は、あらゆる可能性を考えていた。奴を、『ドゥーム・モス』を倒す可能性を。
「現地についての情報は、WEAで調べてくれた。だから俺たちの役目は、実際に戦う事だけだ。だけなんだが‥‥」
九条・運(fa0378)の言葉が濁る。ヒーローに憧れ、ヒーローを演じている男。そして現実にもヒーローめいた戦いを行なっている男。並みの事では動じないだけの実力と度胸を身に付けた彼ではあったが、それでもドゥーム・モスに対しては躊躇し、恐怖を感じるのを否定できない。
「ま、今回は戦うつもりはない。次に確実にしとめるつもりで、今回は様子見に徹するつもりだ」
と、陸 琢磨(fa0760)。
「あたしも同感だ」
尾鷲由香(fa1449)が、睦に続けて言う。
「聞いた話によると、かなりの恐ろしい能力を持つ奴みたいだからね。初戦で焦らず、まず最初は相手の能力を見極める事に徹したいと思う」
ナイトウォーカーを、激しく敵対視しているミカエラ・バラン・瀬田(fa0203)もまた、それに同意していた。
が、彼女の心中は穏やかではなかった。可能ならば、敵を倒したい。破滅の蛾を葬り去りたい。
無謀な行動を是としない彼女の理性が、その蛮行を押し止めていたが、それでもやはり不満であり不安であった。
現在。現場。
税金の無駄遣い以外何物でもない「遊園地」。
当時の市役所の担当役員による「金をかければ、それだけで客が入ってくる」。その思い込みが実現したこの遊園地だが、結果は正反対。最初の年の入場者数は予想の二割という不人気ぶりだった。
が、それにしても獣人たちにとっては厄介な場所である事には変わりない。
巨大な観覧車が獣人たちを見下ろし、威圧する。あたかも、「破滅の蛾」がごとく。
鋭敏視覚と双眼鏡で何度も見たが、動く物は見られない。
周囲にも、人の気配はしない。目撃されても大丈夫なように、彼らは用意していたコスチュームに身を包み、己の時間を保っていた。
「内部にハ、数日前に入り込んだイヌが一匹いるそうデス」
半同胞、住み着いた蝙蝠に聞いたミカエラ。彼女の言うとおり、何者かの入り込んだ後が散見された。
「どうだ? 何かがいるみたいな気配は?」
「ちょっと、まだ‥‥」
一行は、内部に入り込んで探し始めた。そして、パビリオンの一角で、やはり何かがかりそめの生活をしていたらしい痕跡もあった。
「迷子か、ホームレスか。どちらにしろ、そいつは二つのうちのどちらかには間違いないだろう。だが‥‥どっちだ?」
睦が、疑問を口にする。モスは自身の弱点が、脱皮直後というのは知っているはず。ならば、そいつを守らせるために別のナイトウォーカーを呼び寄せて守らせるのも分かっているはず。
が、ミカエラが言うには、蝙蝠が言うには『数日前に入り込んだのは、「一体」のみ』との事。つまり、そいつがモスか、あるいはモスの脱皮を護衛させるための三下の方か、分からないって事。
最初に目撃された奴も、「蛾ともハエともつかない」と言っていたから、ひょっとしたらそいつはモスと関係ないのかもしれないし。
だが、それでもそいつはナイトウォーカーである事はまず間違いではないだろう。なぜなら、そいつの「食いカス」を発見したからだ。
遊園地内の売店が入っている、ビルの一室。
そこには、死体の山が築かれていた。否、死体の一部を使った山だった。そしてそれは、まだ新しく、数日前に殺されたものらしいと判断できた。
訂正、数時間前に殺された物も含まれている。というか、その方が多い、なぜなら、まだ血が乾いておらず、べとついていたからだ。
「何か‥‥あるな」
改めて、緑川はつぶやいた。場の凄惨さに、そして不安と恐怖に。
「!!」
銃声が響く。
緑川は、遊園地内のレストラン。その中心部である大ホールにいた。
丸いドーム状の建物の中、汚れた動物の巨大なオブジェがあちこちから垂れ下がっている。天井には巨大な丸いガラスをはめ込んだ天窓があり、破られていた。そこから、外の空気が入り込んでくる。
寒々しい空気とともに、曇り空がそこから見える。皆が駆けつけた時、IMIUZIを片手に構えた緑川の姿が。
「気をつけろ! 何かいる!」
駆けつけた一堂は、それぞれ物陰に隠れ、対処せんと身構える。
「‥‥ナイトウォーカーか?」
「間違いないぢゃろう!」
九条と天音が、それぞれ武器を持ちて見えざる敵に対し視線を泳がせる。
「どうするの? 多分お供のナイトウォーカーだろうけど、こっちも倒さない方が良いんじゃない?」
「そうしたいケド、そうもいってられナイよ! くっ‥‥!」
アヤとミカエラも、やはり獣化しつつ互いに正反対の言葉を交わす。
「しかし、最悪‥‥『奴』だとしたら、勝ち目はないぞ‥‥!」
「‥‥ここから、一番近い下水道までは」
「OH! デンジャラスなシチュエイションだネ〜ッHAHAHAHA!‥‥‥HOLY SHIT! ガッデム!」
睦とジョニーが、虚空を見つめ鋭い視線を泳がせた。
しかし、逃げるにしても倒すにしても‥‥こうなったら戦うのみ!
出し抜けに柱の影から現れたそいつは、空中をホバリングしつつアヤとミカエラが隠れていた柱へと突撃していた。
「!」
「!!」
一瞬、それは「蛾」に見えた。が、「蛾」はすばやい動きでジグザグに飛行すると、アヤとミカエラの隠れた柱に突進する!
二人は左右に転がり、その攻撃を避けた。
そして、二人は感謝した。幸運と、不運に。
「ドゥーム・モス‥‥じゃあナイ! 三下の方!」
「けど‥‥このままじゃあ逃げられないわっ!」
まさに、猛禽もかくやの急降下攻撃。そいつは一見スズメバチに見えたが、スズメガに似た外観をしていた。
しかし、スズメガとは異なる点が一つ。擬態しているスズメガには、当然ながら擬態元のスズメバチが有した針を持っていない。
しかし、そいつは持っていた。尻に針を有し、餌を、ないしは餌と認識したアヤへと猛襲したのだ。
UZIの弾丸が宙を切り、そいつの翼に直撃した。翼の一部を吹き飛ばされたそいつは、床の上に転がる。
脇に転がり、対処しようとした次の瞬間。
「みんな、‥‥逃げるんぢゃッ!」
一秒混乱し、二秒で立ち直った彼ら。天音の言葉を理解し、行動に移るまでに五秒かかった。
そして、有無を言わさず逃げた。ここからすぐ近くの下水道、ないしはマンホールまでは、走って五分程度。
床に転がっているナイトウォーカーに止めを刺すことなく、彼らは逃げた。ナイトウォーカーを憎悪しているミカエラも、それくらいの分別はつく。
天音は、天窓へと視線を向けていた。
空は曇り。何かの小さな影がそこに映るのが見えたが、それは何か、最初分からなかった。
しかし、鋭敏視線を発動したところ、天音の鋭い視線に飛び込んできたのは‥‥スカージから聞いた怪物の姿。
10秒たって、全ての獣人がいなくなった。そして、15秒後に、そいつが「そこにいた」
翼が放った、衝撃波。それがドーム内部を吹き飛ばし、まるで悪魔か何かが召喚されたかのように周囲を散乱させた。
周辺においてあるベンチやゴミ箱、
手負いのナイトウォーカーすら、それのあおりをくらって転がり、壁に叩きつけられる。が、何とか立ち直ると、ナイトウォーカーは新たに出現した「それ」に対し、向き直った。
まるで、主人を迎える従者のごとく。
「それ」は、蛾の姿をしていた。
下水道のマンホール。
一行は手持ちの剣や道具などで、マンホールの蓋を開けようととりかかった。
「はやく‥‥早くしろ!」
九条が焦る。蓋は溶接されているかのようにぴったりと閉じて、開こうともしない。
「開いた!」
あけるのに、時間がかかりすぎた。七秒もかかったのだ。
その間に、後ろのほうから「それ」の気配を感じ取ったのだ。
全員が、飛び込むように下水道内へと身を躍らせる。最後に緑川が飛び込んだ時、視界の端に「それ」の姿を認めた。
蓋をしている暇などない。飛び込み、下水の中へと身を躍らせた。
3秒後、開きっぱなしのマンホールから、そいつが横切るのが見えた。
そして、粉が降りかかってくるのも。すぐに身をよじって、それをかわす。
「‥‥間違いは、無かったな。奴だ、『ドゥーム・モス』だ!」
「三下の方も、どんなものか何とか分かりましたね。あとはこのまま、逃げて対策を練り直せば‥‥」
そのとき、何か大きな音が聞こえてきた。
気のせいかもしれないし、ひょっとしたら獣人特有の物でなく、全ての生物が有している生存への本能めいたものだったのかもしれない。
「‥‥なあ、ここにいるのは、なんかヤバイ気がするんだが」
「確かに‥‥俺もそう感じる。ここにいたら、モスはおいそれと入って来れない。安全なはずだが‥‥」
九条と睦のいうとおり。
ここにいると、確実に死ぬ。
少なくとも、安全ではない。
全員が、そんな胸騒ぎを感じていた。
「逃げよう、完全に安心できない限り、こんなところでグズってる事は無い」
そして、下水内を走って30秒後。
全員が、「ドゥーム・モス」の恐ろしさを身をもって知った。
下水道が、落盤を起こしたかのように崩落したのだ。
WEAの事後調査の結果、原因はやはりドゥーム・モス。そいつは屹立していた巨大観覧車、ないしはその基部を翼で切断し、倒壊させたのだ。
そして観覧車は、そのまま下水道、ないしはそれが走っている場所に倒れこみ、地下を走る彼らをそのまま押しつぶした。
その事件は、表向きは「老朽化による崩壊」で済まされた。そして、ガレキに埋まっていたため、獣人も全員が、奇跡的にかすり傷ですんでいた。地下に潜っていたのと、悪い予感に従いすぐに移動したのが功を奏したのだ。生き埋めされた場所が、モスが手出しできなかったのも幸運だった。
「‥‥彼らが、賢明で幸運だったため、今回は生き残れた。だが‥‥なんて奴だ!」
救出され、病院で治療を受けている彼らを前に、スカージは改めて仇敵の恐ろしさを、「ドゥーム・モス」の恐ろしさに戦慄した。
「奴を倒さない事には‥‥この世界そのものも破滅してしまうかもしれん。早く、早く奴を倒さないと! だが‥‥」
板ばさみめいた感情が、彼を襲う。
「若者を、こうやって犠牲にするのはたくさんだ! ‥‥どうすれば、どうすれば奴を倒せる? 若者を犠牲にせずにすむ? 誰か‥‥教えてくれ!」
その答を得られる日は来るのか。スカージは己の無念さを改めて味わっていた。