砕かせてはならぬものアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
塩田多弾砲
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芸能 |
フリー
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
8.2万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/04〜03/08
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●本文
引退した獣人、ないしはWEAエージェントの中には、引退後にちょっとした趣味と実益を兼ねて、小さな店を経営する者もいる。
十蔵・クロウリーもその一人。竜獣人の彼は、ちょっとしたアンティークショップを始めたわけである。
基本はアンティークの宝飾品。実家のクロウリー家は旧家であるが、屋敷はもてあまし気味、管理や税金対策などで無駄な支出が多かった。
姪が継ぐことになっているが、余計な宝石やらなにやらは売り払い、現金化したいと思っていた矢先であった。それらを引き取った十蔵は、都会の片隅に小さな店舗を借り、そこに店を開いた。
儲けようとは最初から考えておらず、むしろ近所との交流を楽しみたい、そして生活に困らない小金を稼げればと思ってのことだ。
が、彼の店は、開店一週間後に閉店した。
その日は、詩薫摩(しぐま)・クロウリーが遊びに来ていた。クロウリー家を継ぐ、彼にとっては姪にあたる。
十蔵には妻も子供もいなかったが、弟夫婦、そしてその娘とは家族同然の付き合いをしていた。十蔵がWEAでエージェントとして働いていたのも、自分の家族である彼らを守りたいと思っての事。
戦いの日々は十蔵にとって、辛い毎日。しかし笑顔を忘れずにいられたのは、詩薫摩のおかげとも言えるだろう。
詩薫摩と十蔵は、本当の祖父と孫娘のようにお互いを好いていた。
そして、詩薫摩は今日も十蔵の店を訪ねていた。
周囲は閑静な住宅街。時間は夕刻。
人通りも車もそれほど通らない、静かな場所。そして詩薫摩の通学する中学の近くでもあった。
「おじいちゃま? いる?」
詩薫摩はいつものように声をかける。
店の中は、整然と片付き、商品が並んでいる。狭いようで結構広い店内を抜けると、十蔵の住居へと続く。詩薫摩はそこでいつも、十蔵が淹れるハーブティーとお菓子をご馳走になっていた。
それらはもう、二度と口にできないだろう。
家の中、リビングに入り込んだ詩薫摩は、そこで十蔵を見つけた。‥‥ナイトウォーカーに襲われている状況で。
そして十蔵もまた、竜獣人に獣化し、組み付いていた。
「詩薫摩! 逃げなさい!」
十蔵のその言葉は、すぐには詩薫摩に届かなかった。WEAで聞いたナイトウォーカー、自分たち獣人の天敵。そして十蔵が、一生をかけて戦ってきた怪物。詩薫摩は十蔵から良く聞かされていたが、実物を見たのは初めてだった。
「あ‥‥あ‥‥」
恐ろしかった、恐ろしくて動けない。バケモノは爪が生えた脚を伸ばし、より組しやすい相手と見て詩薫摩へと頭を向けた。
その姿は、正に恐ろしきもの。一ツ目の牙だらけの甲殻に覆われた頭部が、詩薫摩へと噛み付かんと向かってきた。尻尾には、巨大なハサミ状の器官が。
「いやあっ!」
「逃げろ、詩薫摩! 生きるんじゃ! WEAに連絡を‥‥!」
屈みこんだ彼女を助けたのは、十蔵。彼は飾ってあった商品を用いて、ナイトウォーカーに痛手を与えたのだった。
西洋鎧、それが携えていた鎚矛(メイス)。十蔵は重い武器を握り締め、死力を振り絞りコアが鎮座する頭部へと打撃を加えたのだ。
そいつは、苦し紛れに濃く黒い煙を吐いた。1分もしないうちに、周囲の視界が奪われる。
その隙に詩薫摩は、ナイトウォーカーから逃れる事ができた。
彼女がWEAに連絡し、職員が駆けつけたとき。煙は晴れ、ナイトウォーカーの姿はなくなっていた。
そしてもう一つ、十蔵の命もなくなっていた。
「‥‥以上が、詩薫摩嬢から聞いた事だ。見たところ、奴は危機に瀕して煙幕を張る能力を持つに相違あるまい。そして、奴は十蔵・クロウリー氏の店のどこかにまだ潜伏している可能性が高い」
君たちを招集した職員は、状況を説明していた。
「このスライドを見てもらえば分かるように(十蔵の邸宅間取りが写る)、これが十蔵氏の家。そして、ナイトウォーカーが最後に見られた位置がここだ。我々はナイトウォーカーの痕跡がないものか徹底的に調査したが、それらしいものは一切見つからなかった。つまりは、奴‥‥コードネーム『ピンチャー(挟み付けるもの)』は、十蔵氏の家のどこかの情報媒体に隠れている事だろう」
ならば、その情報媒体を処理してしまえばいいのでは?
「そこなのだが、問題がある。場所的に『ピンチャー』が潜伏したと思われるのは、ここと、ここ‥‥。ちょうど、アンティークの商品が置かれていた倉庫にも繋がる。
まず一つ。これらアンティークを調べた結果、かなりの値打ち物も中にある事が判明した。十蔵氏は気づかなかったようだから、おそらくは知らなかったのだろう。絵画に彫刻に稀少本と、商品の中にはクズや贋作も混ざっているが、そうでないもの、本物の貴重品に潜伏していたら、色々な意味でかなりの損失になってしまう。
次に一つ。ナイトウォーカーの一番近くにあったのが、金や銀の細工物や装飾品、そして宝石だったのだ。
とくに宝石のいくつかは、絵や彫刻が透かし彫りされている素晴らしいものがある。調べてみたが、高名な芸術家や細工師の手がけた、かなりの貴重品も含まれている事がわかった。つまり‥‥これらにナイトウォーカーが潜伏している可能性が高いとも言えるわけだ。宝石は頑丈だが、砕くのは不可能ではない。しかし専門家が言うには『ナイトウォーカーが感染している可能性があるとはいえ、正直失うのはあまりに惜しい』との事だ。
ルビー、サファイア、オパール、エメラルド、でもってダイヤモンド。特にこれ、ダイヤモンドに文字を彫りこんだこの指輪などは、今の技術をもっても作るのは難しいものらしい」
スライドに写るは、見事な宝石の細工物や装飾品。おもわずため息が漏れ、美しさに魅せられてしまう。
「君たちの任務は、これらのアンティークのどれかに感染しているナイトウォーカー『ピンチャー』を殲滅する事だ。彼女‥‥詩薫摩嬢は、『すぐにも壊して構わない』と言ってはいるが、彼女にとっては十蔵氏の遺品。売り払うものとはいえ、あまりいい気分では無いだろう。だから『破壊』は、最終的な手段としてくれ」
「『ピンチャー』についても話しておく。こいつはハサミムシのような特徴を持っている個体だが、さっき言ったとおり『煙幕を吐いて姿をくらます』ってな特徴を有している。もとは隣町の大型犬に感染してたが、そいつがここまで来て実体化したらしい。ロングレンジからの攻撃は、煙幕で眼くらましして逃走するだろうから、近接攻撃でしとめる事になると思われる。その際には、頭部の噛み付きと尻尾のハサミに気をつけるんだ。
現在、十蔵氏の店は、シャッターを下ろし閉店状態にしている。中の荷物も、まだ手をつけてはいない。こいつを倒し詩薫摩嬢を安堵させたく思うのなら、正式に任務に参加する申し込みをしてくれ」
●リプレイ本文
「誉められた手段ではないが‥‥やむを得まい」
DarkUnicorn(fa3622)ことヒノトは、生贄として選ばれた犬を目前に、己の贖罪を願った。
確かにピンチャーを倒すためには、ある程度の手段は選んではいられまい。また、ここで何とかして誘き出し、殲滅しないことには、新たな犠牲者が出てくるのも必至。
しかし、それを大義名分に罪の無いイヌを犠牲にして良いものか。犬に感染させ、実体化させる事でそれを討つ。効果的だが、そのような方法を繰り返し使う事で、命を意図的に奪う事に何の疑問も持たなくなってはいないか。
これでは、ナイトウォーカーを倒したとしても、獣人たる自分たちが天敵と同じ存在に堕落してはいまいか。こんな方法で得られた勝利が、真の意味での勝利なのか。戦いには勝ったが勝負に負けた、己の魂や心を捨てた勝利に、何の意味があるのか。
「気分が悪いとは思うが、仕方ねえ。‥‥こんな形だけの謝罪、犬には慰めにもならんだろうがな」
犬神 一子(fa4044)の言葉が、ヒノトの胸にさらに突き刺さる。
一行が立案した作戦、それは‥‥。
:工事の名目で、店に入る。
:次に、戦闘に支障が無い広さの部屋へアンティークの運搬。
:対煙用に、強力扇風機を数基設置。然る後に換気扇が無ければ設置。
:ピンチャー実体化のために、生贄の動物を準備。
:潜伏しているNW誘導のために、感染の可能性があるアンティークを、無価値なものから破壊。
:実体化させた後、扇風機を作動させ、煙幕を吹き飛ばす。以後、全員で交戦し、これを殲滅。
WEAの手配により、扇風機数台、そして感染用の犬の確保は出来た。既に扇風機は現場に送られており、犬も然り。
が、運悪く「寿命があとわずかの老犬、または病気で余命いくばくもない犬」は調達できなかった。調達できたのは、どこかの馬鹿者の悪戯により、後足の片方を切断された柴犬。何とか持ち直して回復したものの、脚のせいでどこからも引き取り手が無い。時間的に、用意できたのはこの犬だけだった。
「‥‥胸糞が悪い。正直、我輩がナイトウォーカーそのものになったような気分であるな」
名無しの演技者(fa2582)、通称ネームレスがつぶやく。名前が無い自分だが、今回はまるで、己の誇りや情けまでも無くしたような、そんな錯覚を覚えた。
既にこのような作戦を取った時点で、ある意味獣人たちは敗北していたのかもしれない。
「‥‥最後に、弔いたいです。ただの自己満足であっても」
斉賀伊織(fa4840)、マジシャン見習いが発した言葉に、ヒノトと犬神、ネームレスも同意した。
「で、詩薫摩ちゃん。ご近所さんたちには伝えてくれたかな?」
「ええ。工事するという事はお伝えしました」
質問する天目一個(fa3453)へ、詩薫摩は返答した。
十蔵・クロウリー家の一角を利用して作られた、彼のアンティークショップ。住宅の一室をもとに作られた店舗ゆえに、十分な広さを有しているとは言えないものの、戦闘するにはそれほど不都合は無い程度の広さではあった。
既に他のメンバー‥‥シトリー・幽華(fa4555)、グリモア(fa4713)、神保原・輝璃(fa5387)により、着々と準備が整えられている。
「感染の可能性ゼロなアンティークは、こっちに移しといたぜ」
グリモアは己の受け持ちが終了したため、別の作業を手伝い始めた。
「あ、それと詩薫摩ちゃん。もう一つ聞きたいんだけど‥‥」
飄々とした口調を崩すことなく、天目が質問する。
「ハサミムシの怪物の事なんだけど、こいつが煙を体のどこから出したのかは分からなかったかな? ちょいと確認しておきたいんだ」
「で、どうだったんじゃ?」
「奴さん、ハサミムシで言えば胸部と腹部の中間辺り。この辺にある器官から煙を放ってた‥‥って言ってたね」
全ての準備が整い、最終打ち合わせの時。天目はヒノトに質問されていた。「ピンチャー」のスケッチに鉛筆で書き込み、天目は更に続ける。
「煙が出るスピードは、かなり素早いっぽいようねえ。おじいさんが襲われて10秒もしなかったうちに、怪物は全身を煙に覆っちゃったそうだから」
「ふむ‥‥予想以上に煙を出す能力に長けている、と思って良さそうだな」と、シトリー。
「扇風機は用意した。こいつで風を起こせば、確実とは言わないが、煙幕をかなり吹き飛ばせるだろうよ。とはいうものの‥‥」
輝璃が、シトリーに続けて言う。
「まずはその、ハサミムシ野郎をいぶり出さなきゃあな」
作戦開始。
感染の可能性があるアンティークは、既にえり分けてあった。その数、優に50点。内、A:値打ち物と思われるもの・20点。B:贋作ではあるが、決して値打ちは低くはないもの・10点。C:値打ちが全く低いガラクタもしくは安物・15点。
更に悪い事に、書物の類はA及びBがほとんどであった。
「詩薫摩嬢は、A・Bの品も壊して構わない、とは言っていたが‥‥」
それでも、グリモアには躊躇があった。できるだけ、アンティークは壊したくは無い。例えそれが、値打ちの無い贋作であっても。
「作戦を確認するぞ。紋章や精緻な紋章を有する物以外は可能な限り移動、情報媒体となるものはここに置く。感染媒体となる犬を置いておく。感染すれば、囮役が捕まえた状態で一気に吶喊。我輩は攻律音波と虚闇撃弾の最大火力で、攻撃の補佐を行った後に切り込む‥‥いいな?」
ネームレスの言葉に、全員が頷いた。
Cのアンティークを全て破壊したが、当然ピンチャーは出てこない。
Bのアンティークも、半分が処分したが、やはり出てこない。まさか、Aのどれか、ないしは宝石に?
透かし彫りの宝石細工のひとつ‥‥奇しくもそれは、ピエロの笑い顔が刻まれていた。あたかも獣人たちの空しい努力を見下し、嘲笑うかのよう。
それでも辛抱強く、Bの残り5点を破壊し始めた。見事な細工物だが、金メッキの杖。贋作ではあるが、レプリカである事を差し引いても気に入ったために、クロウリー家の先祖はこれを購入したのだった。
それを叩き潰したところ‥‥犬が動き出した。
その変容は、素早いもの。たちまち甲殻が頭部を覆い、コアが露出した。片方のみの後足が巨大な尻尾と変形し、先端にハサミが出でる。
昆虫めいた脚が生え、体が細長く、まるで虫に、正に虫そのものな姿へと変貌した。
そいつは、電光石火、一瞬の隙を突いて手近の獣人に、即ち犬神へと強襲した。
が、周囲全ての獣人は、獣化・半獣化し、武装を整えていた。そいつ‥‥ピンチャーはそれに気づくことなく、犬神、ないしは獣人を餌食にせんと襲いかかったのだ。
が、ピンチャーの鋏が獲物に届く前に、獲物とされた方は十分な対策をとっていた。蝙蝠獣人のネームレスはホールソードを携え、一角獣のヒノトは10tハンマーとドスを装備。熊獣人の天目は警棒とメリケンサックを、ナックルとバトルガントレットを腕に装着するは犬獣人の犬神と豹獣人のシトリー。
同じく豹のグリモアは、丸腰なれど鋭い爪がそれを補っている。
二人の狼獣人、伊織と輝璃。二人は剣で武装していた。見習いマジシャンは日本刀を、便利屋はダークデュアルソードを。
ピンチャーのトゲと牙だらけの頭部、ないしは顎が、犬神へと襲い掛かる。左右に開く顎は、それ自体がハサミそのものだ。一ツ目のごとく、コアが頭部の額に鎮座していた。
が、犬神はそれをかわし、側頭部へと拳の一撃を食らわせた。コア自体に攻撃したくとも、隙が無かったのだ。
後ろのほうから、輝璃がソードで切りかかった。しかし、その刀身はナイトウォーカーの身体を切り裂くことなく、ハサミにくわえ込まれた。
「ちっ! 臆病モンと思ってたら、中々やりやがる!」
ハサミの尾を動かし、輝璃を壁へと投げつけたピンチャーは、頭突きで犬神をも同様に突き飛ばした。アンティークが置かれた棚、そしていくつかのアンティークを壊し、吹っ飛ぶ。
不気味な咆哮とともに、ピンチャーは更なる敵を迎え撃たんと向き直った。
天目は、冷や汗を流していた。
「これでは‥‥煙を出す器官を潰すことは出来んな!」
その通り。胸部と腹部の中間にある器官は、胴体内部に内蔵されている気孔めいた穴であり、外から潰せるような代物ではなかったのだ。
そんな事を考えつつ、警棒で殴りかかった天目だが、それはハサミに弾かれた。すぐさま強烈な頭突きが彼を襲う。
突き飛ばされた彼は、敵が先刻の器官を動かしているのを見た。即ち、煙を吐き始めたのだ。
視界を閉ざし、見えない状態にする。が、今回はそれはかなわぬ事。
扇風機が作動し、強風がナイトウォーカー、ないしはその煙を吹きとばした!
もはや、強風は己を丸裸にしたものと当然。さらにそこへ、グリモアの放雷紫爪が炸裂した!
「はーーーーっ!」
電撃が、ピンチャーを無力化し、強風が、ピンチャーの煙を払う。
止めとばかりに、ネームレスのホールソードの刃が、頭部に、そしてコアに突き刺さった。
「これで、おじいちゃまも報われたと思います」
ピンチャーは滅んだ。コアをえぐられ、そのまま果てたナイトウォーカーだったが、詩薫摩は気が晴れない。
敵討ちが出来たのは確かだが、十蔵が戻ってこれたわけではないからだ。
「皆さん、ありがとうございました」
彼女の挨拶を聞きつつ、任務終了。あとかたづけに。
どこもそうであるように、その後故人の持ち物は全て処分され、店もまた解体の憂き目に。
が、詩薫摩の心には、いつでも十蔵がいた。思い出は、決して解体されることなく、あり続ける。
思い出とともに、詩薫摩は決意した。十蔵の意志を継がんと。
自分もWEAで、この怪物を殲滅する仕事に就こうと。