思い出を破壊するものアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 塩田多弾砲
芸能 フリー
獣人 2Lv以上
難度 やや難
報酬 3.7万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/11〜06/15

●本文

 こうもりの翼の如き夜の闇が、今宵もまた世界を覆いつくす。
 それは、死したもの、いまだ生ある者を問わず、日が西に沈むと同時に現れ、夜という帳を下ろす。
 そして、夜の帳がおりた世界には、夜に歩くものが歩き始める。

 柏原静江は、屋敷の相続手続きをし終わったところであった。
 東京都の某市に位置するそこは、いまだに緑がしたたる、自然溢れる環境。ここを生涯初めて訪れた者は、まず知る事となる。空気には味があり、それはとてつもなく美しくもうまいものである事を。
 21世紀となっても、まだ残された自然はあり、自然に囲まれた閑散とした村はある。そこの地主である柏原家は、かつては広くこの一帯を支配していたが、今や昔の面影は無く、屋敷は継ぐべき者は無い。
 犬獣人である静江は、都内で小さな芸能プロダクションを経営している社長。そして、彼女は両親がおらず、家族は血のつながりが無い二人の妹、そして叔父のみ。
 その叔父が、今まで数年間屋敷に住み、管理していた。引退したWEA職員であった彼は、故郷に戻り愛犬のクロとともに屋敷にて過ごしていた。が、早くもそれが終わってしまったのは、ひとえに夜歩くものが原因。
 ともかく、表向きは変死とされた。屋敷に多くある書物や骨董品を整理していたところ、何物かによって襲われ、噛み殺された‥‥というのだ。
 調査の結果、何か分からぬが「獣(多分野良犬か何か)に襲われたもの」と結論付けられ、早急に処理された。
 が、愛犬のクロの姿がどこにも見当たらないのが、気になる点ではあった。

 さて、そのような事があり。屋敷と財産は姪である静江が相続する事に。納骨も終わり、彼女はようやく遺品の整理に取り掛かる事ができた。
 が、そこで静江は怪我を負う。

 場所は、屋敷内の展示室。骨董品を数多く飾ってあるそこは、一種のギャラリー。多くの来客が、このギャラリーに飾られていた骨董品を見て、目を丸くしたものだ。
 が、それも昔の話。今は倉庫と化し、由来も銘柄もろくに知らない古物や古書が詰め込まれた状態に。これらを前に、静江の鼻には犬獣人なだけあって「におい」を感じ取った。叔父の、そして、これに触れこれを見た者たちのぬくもりが。
 が、その「におい」をとらえた時。彼女は回避するのに些か遅れてしまった。悪意の「におい」、害為す存在が放つ「におい」を。「におい」を放っていた存在が、古物のどれか‥‥掛け軸などの美術品や古書などのどれかから現れ、静江に噛み付いた。

「静江姉に噛み付いていたそいつは、どんな奴か分からなかった。ただ、黒くて大柄で、まるで巨大な野良犬みたいだったよ」
 静江の妹、柏原紅葉。彼女の双子の妹、柏原若葉が語っていた。
「静江姉さんは、血のつながりがないとはいえ、私たちの姉さんです。悲鳴を聞いてかけつけた時には、姉さんはズタズタにされていました」
「ああ。それでもあたしたちは獣化し、何とか静江姉を取り戻すべく戦ったんだよ。後先考えずにね」
 竜獣人の双子は、果敢に戦った。重傷を負っていたものの静江も加勢し、黒い怪物‥‥ナイトウォーカーは蔵の中へと消えていったのだ。
「WEAに連絡して、こうやってみなさんに御知らせできた次第。幸いにも姉さんは大事無いとの事ですが‥‥」
「それでも、あたしたちの姉を傷つけた憎い奴。そして、あたしたちの叔父さんを殺したのも多分あいつだろう。どうか、仇を討ってほしい」

 ナイトウォーカー、コードネーム「ファング・イン・ザ・ダーク(Fang In the Dark)」、通称「FID」。
 そいつは、二つの特徴を持つ。「周囲にあわせ自身の色を変える」「悪臭を放つ」。
 まず、行動の際には体表の色をほぼ完璧に変化させる事ができる。ちょっと見には、透明になったと勘違いしてしまうくらいに。それゆえ、夜間に光の無い場所ではまず見つかりにくい。が、カメムシのごときその姿と同じく、悪臭を放つ性質を有している。行動の時には悪臭を放つゆえ、「嗅覚」で相手を特定する事ができる、というわけだ。
 が、今現在「FID」はどこにいるのか判然としない。まだ柏原の屋敷内に潜伏しているものと思われるが、どこに潜んでいるのかが分からないのだ‥‥とは、FIDというコードネームを名づけたこの任務の担当官。
「我々が可能な限り調査した結果、FIDはおそらく、柏原氏の屋敷内のどこかに感染し、潜伏しているものと思われます。屋敷内にはネット環境は無く、TVは壊れたものがあるだけですが、古書や骨董など、潜伏するには困らない媒体が多く置かれていますので」
 担当官に続き、紅葉が言った。
「でも、できれば屋敷や中のものを壊したり、燃やしたりするのは止めて欲しいんだ。あの屋敷は、あたしたちの‥‥思い出の場所だからね」
「あの骨董は、叔父様がとても大切にしていたもの。できるだけ破壊するような措置は取りたくないんです」
 若葉が最後を締めくくる。
 放っておけば、大事になるのは火を見るより明らか。君たちはすぐに立ち上がり、参加の表明をし始めた。

●今回の参加者

 fa0898 シヴェル・マクスウェル(22歳・♀・熊)
 fa1449 尾鷲由香(23歳・♀・鷹)
 fa1797 小塚透也(19歳・♂・鷹)
 fa2025 御剣緋色(18歳・♂・竜)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa4555 シトリー・幽華(29歳・♀・豹)
 fa5387 神保原・輝璃(25歳・♂・狼)
 fa5745 ブレイズ(19歳・♂・竜)

●リプレイ本文

「確かに、空気がうまいな」
 腕時計を見つつ、肺いっぱいに空気を吸い込んだシヴェル・マクスウェル(fa0898)は、澄んだ空気の美味さに改めて感心した。ここに住んだら、都会の空気などまずくて吸えたものではなくなるだろう。
 それを堪能しつつ、彼女は腕時計を弄り続けた。Night−War、ナイトウォーカーを感知するオーパーツ。憎むべき敵が近くにいると、淡い光を放つ仕掛け。
 しかしそれは今、モンスターが近くには存在しないと告げている。少なくとも、50m近くには居ない。
 そして、悪臭もしない。やつは近くには居ないのだろう。今のところは。
 シトリー・幽華(fa4555)が、呼吸感知を行なった。が、彼女の答えもやはり同じ。近くには反応がない。少なくとも近くにはやつは、FIDは居ない。
「だがそれでも」
 と、豹獣人のレスラーは周囲を見回した。
「やつが見当たらないからといって、やつが居ないわけじゃあないからな」

「ペイントボールはいくつか手に入ったけど‥‥問題のナイトウォーカーが見つからないのなら、話にならないよなあ」
 尾鷲由香(fa1449)はボールの一つを手に取りつつ弄び、ポケットにしまった。
 皆、屋敷にたどり着き調査を始めたところ。が、悪臭もしくは不可視なる怪物の姿を追い求めるも、やはり見つからない。仕方ないので‥‥情報媒体の片付け。そして、戦闘する場所の確保を始めた。
 古書や美術品の類が、依頼人が言っていたように結構ある。それらのどれかに潜んでいるのか、それとも実体化したままで近くに潜んでいるのか。巻物を運びつつ、小塚透也(fa1797)は、鷹獣人らしく獲物を探して視線を周囲に向けている。
「‥‥いないな‥‥やはり、クロが?」
 推測を口にするも、今の時点ではそれを確かめる術は無い。
 黒肌の歌手、御剣緋色(fa2025)も、警戒を怠らない。干からびた猫の死体を蔵の前に見つけた彼は、怪しく思っていたのだ。‥‥情報媒体に戻っているのでは無いか、と。
「‥‥だが、それでも」
 それでも、クロでない可能性は少なくない。あるいは、あの死体もクロが、ないしはクロに感染したやつが餌食にしたものかもしれない。
 ともかく、戦いの時が来たら、然るべき行動に出なければ。戦いに際し、彼の心が引き締まった。

「屋敷は封鎖された。あとは、奴さんが来てくれればいつでもOKなんだがなー。ああっ、臭いはすれども姿は見えず、ほんにアナタはどこいるの‥‥ってな感じだねー」
 佐渡川ススム(fa3134)の言葉を無視し、神保原・輝璃(fa5387)はもくもくと作業にとりかかっている。
「‥‥作業終了。あとは、やつが出てきたところを倒すだけだ」
 冷徹な声で、まだ見ぬ敵へと言葉を吐いた。
「ああ。叩き潰してやるぜ。思い出の品にとりつき、隠れ蓑にするなんざな。胸糞が悪い野郎だ」
 ブレイズ(fa5745)が、清涼な外の空気を吸いつつつぶやいた。土蔵も、屋敷も、かなりの年代のものである事は見て取れる。おそらくは、姉妹だけではなく、数え切れないほど多くの人々の思い出を受けて、ここに建っていたのだろう。
 それを、件のバケモノは汚すような事をしている。それを許せるほど、自分は心が広くも無ければ間抜けでもない。
 早く出て来いと、ブレイズは祈った。俺の拳で、てめえを砕いてやる。

 臭いがする!
 ‥‥そう思ってみたら、本物のカメムシだった。
 FIDらしきものの気配を感じ取ったところ、何度もそういう「におい」を嗅ぎ取った。そのたびに、彼または彼女は臨戦態勢に入り、そして期待外れの結果になった。
 その日も暮れそうになった頃。シヴェルのNight−Warに反応があった。

「けど、反応あっても一度だけとはな」
 夕方から朝にかけ、光ったのは一度だけ。次の日の日中に至るも、それ以降は全く反応が無かった。
 シトリーが呼吸感知で周辺を捜索する。
 やはり、いない。息をしているのは、極普通の生き物たち。ナイトウォーカーのナの字もない。あの淡い光は、気のせいか‥‥?

 そう思いかけた、その時。
 再び、反応があった。そして、庭先に悪臭が漂っているのに気がついた。

 全員が、警戒し戦闘に備えている。今、庭先を張っていたのは、尾鷲、小塚、神保原。
「!?」
 生い茂る木々をかきわけ、何かが接近してくる。が、それが何かはわからない。
「なら、分かるようにするまでさ!」
 大きく振りかぶって、尾鷲はカラーボールを、「何か」が居る辺りへと投げつけた!
 カラーボールは、むなしく地面にたたきつけられ、むなしく汚すのみ。別のカラーボールを手にすると、そんな必要があるのだろうかと、尾鷲は思った。
 ‥‥においが、更にきつくなってきたのだ。
 鋭い視線の鷹獣人は、尾鷲のみならず。小塚もまた、獣化し、獲物を狙う猛禽よろしく「それ」の居場所を確定せんとした。
「皆を連れて来た。俺は、鋭敏聴覚を発動させる!」
 神保原、狼獣人は、獣化し、事に当たり始めた。
 そして、他のメンバーたち。‥‥シヴェルとシトリー、熊と豹は開放した蔵の扉を背中に、御剣とブレイズ、佐渡川、黒と白の龍に猿は書庫への入り口を背に、身構えた。
「! シヴェル、そっちだ!」 
 神保原が叫ぶ。悪臭が、シヴェルとシトリーの方へと接近していったのだ。
「!」
 二人の目の前で、再び別のカラーボールが炸裂した。それは僅かに直撃から逃れたものの‥‥足一本は、完全に着色された。
 つまりは、これでやつが何処にいるか。把握しやすくなったわけだ。
 そいつは、FIDは、シヴェルとシトリーの意図に気づいたのか、足をせわしく動かしつつ蔵から離れていった。
「逃がすか!」 
 全員が武器を携え、そいつを撃たんと迫る。
 シヴェルはスライスカッターと、木の棒‥‥に見えるオーパーツ、シャイニングソードを。シトリーはバトルガントレットとソニックナックルをそれぞれの腕に装着している。
 御剣もまた、ソーンナックルにバトルガントレットで武装。ブレイズはメリケンサックを両拳に、佐渡川は白手袋に見えるオーパーツ、シャイニンググローブを右手にはめていた。
 神保原と尾鷲、小塚が携えているのは剣だ。神保原はダークデュアルブレードを、尾鷲はレイ・フォールションを、小塚は流星剣にクローナックルとを構えている。
 絶望にも似たうなり声を上げつつ、FIDは‥‥獣人から逃れんと、開け放した蔵へと己を逃がしていった。
 しかし、皆はほくそ笑んだ。それは、逃がしたのではなく、逃げられたのでも無い。蔵の内部に逃げ込んだところでなんともならない。
 獲物が徐々に追い詰められていくことを、獣人たちは確信していた。

 もう、蔵の中には物は入っていない。昨日の時点で全ての道具を別の場所に運び出し、空にしていたのだ。
「逃げられないぜ、観念するんだな」
「ああ、お前の運命もここまでだ!」
 シヴェルとシトリーが内部へと潜入すると、彼女たちに続いて御剣と佐渡川、ブレイズが、中へと入って行った。
 蔵の内部は暗く、かび臭く、非常に大きいものの、戦うスペースがあるとはいいがたい。
「もう袋の鼠ならぬ、袋のナイトウォーカー! すぐに狩り出してやるぜ!」
 御剣の言葉とともに、彼へと向かっていく影‥‥!
 完全獣化した竜獣人とFIDとの、猛烈な取っ組み合いが行なわれた。
「この野郎! くせえん‥‥だよっ!」
 ソーンナックルの手で、彼は怪物の足をつかみ、引っ張った。
「おいみんな! こっちにあいつが‥‥ちくしょう!」
 毒づいたのも致し方ない。彼はソーンナックルをつけた右の手に、しっかりと握りこんでいたのだ。‥‥カラーボールに染まった脚、のみを。
 FIDは悪臭のみを残し、再び潜伏せんと試みたに違いない。が、彼らもまた、それに対する対抗手段を素早くとっていた。
「まかせろ、こんなコトもあろうかとっ!」
 石灰粉入りの袋が投げつけられた。蔵の内部に、もうもうと煙めいた埃っぽい粉塵が充満した。
「ビンゴ! あそこだ!」
 シヴェルが指差した方向には、土蔵の壁が。そして壁には、得体の知れない何かが、五本足となった巨大なカメムシがよたよたした足取りで土蔵の壁を登っている。
 獣人たちが追いつめんとした時。
 壁にある、空気穴。そこに施された窓枠や、昨日中にふさいだ板や木材を食い破り‥‥FIDは逃げてしまった。

 FIDは、もしも笑えるとしたら笑っていたにちがいない。なにせ、自分を追い詰めた獣人を出し抜いたのだから。
 が、窓から外に出たFIDは、すぐに己の命が終わる事を予想できなかった。
「観念しろって言われたでしょ!? 悪あがきせずに、とっととあの世に行きなさいっ!」
 空中で待機していた尾鷲の、鷹獣人のフォールションの一撃が、FIDの胴体を深く切り裂いたのだ。
 庭に落ちたFIDは、なおも悪あがきせんと逃げようとする。
「おおっと、そうは問屋がおろさないぜ!」
 が、逃がすことなく、小塚の流星剣が新たな一撃を食らわした。
 体液にまみれた、ナイトウォーカー「FID」。切苛まれたそいつに対し、神保原がダークデュアルブレードをふりあげた。
「ここまでだ‥‥逝くがいい!」
 止めの一撃が、FIDを両断した。

「やはり、あれはクロだったのかな」
 小塚は、皆が後始末をしている間、クロの姿を探し続けていた。
 おそらくは、それに相違なかろう。止めをさし、息の根を止めた後のFIDの姿。それを見た時、そいつの姿はまさに、カメムシと犬とをあわせ持ったようなデザインだったのだから。
「やつは、柏原さんの思い出だけじゃない。クロの事も破壊したのか‥‥くそっ!」
 ナイトウォーカーは、FIDは、故人の思い出を汚し、壊した。そして、飼っていた犬に取り付き、亡きものとした。
 仇は討った。が‥‥ほろ苦い。高揚感のある勝利とは、到底言えないだろう。
 柏原姉妹は、なかば予想はしていたようだが。それでも‥‥心は晴れない。
「だが、これで思い出を破壊するやつは居なくなった。あとは‥‥被害者たちの冥福を祈るだけだ」
 ガラにも無く、小塚は思った。安らかなれ、と。