読んではならない本アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 塩田多弾砲
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1.3万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 03/03〜03/09

●本文

「三毛猫書房」
 そこは、色あせた表紙の本や雑誌を販売している、下町の古書店である。
 白地に、特徴的な三毛猫の看板。でかでかと掲げられたそれは、かつては美しいものだったのだろう。
 今は錆が浮いて汚れきり、汚らしく変色していた。錆は血のように赤く、まるで看板の三毛猫を、死と滅亡が侵食しているような錯覚を覚えた。

 そこは、都の県境にある小さな町。私鉄の各駅停車しか停まらず、なんとなく活気のない地域。
 商店街も、夕刻でもどこか人の数が少なく、閑散としていると言ってもいいだろう。実際、シャッターを閉めっぱなしの店舗もいくつかあるのだ。
 小さな町工場がいくつかあり、高度経済成長の折には、この界隈も人でごった返していた。が、いまやその時の面影は、ほとんど全く見られない。
 
 三毛猫書房の店内は、昼なお暗く、よどんだ空気が外へと漂ってくるような錯覚を覚える。中にはカウンターに店主の老婆が一人座ったきり。
 人付き合いが悪いわけではないが、あまり話好きでもないらしく、他者と言葉を交わす事はほとんどなかった。
 朝10時にシャッターを開け、一日中カウンターに座りっぱなしで、夜10時にシャッターを閉じる‥‥。毎日が、この繰り返し。
 掃除もせず、ろくに本の整理もしない。置いてある本もろくなものがないばかりか、状態も良くない。そのため、店からはますます客足が遠のいていた。

 やがて、2日ほど前より。古書店のシャッターは開かなくなった。
 隠居したのか、あるいは店じまいしたのだろう。古書店を知る近所の者たちは、誰もがそう思った。


 そんな中に、事件が起きた。
 それは、アパートで一人暮らししていた若者。彼は部屋で、凄惨な状況で発見されていた。何かによって体中を噛み千切られていたのだ。
 あまりにひどく噛まれていたため、首や手足はほとんど切断された状態であった。
 被害者の井之頭一也は俳優を自称していたがろくに仕事もせず、する事といえば手当たり次第に女をひっかけるか、毎日ブラブラしているような男で、あまり素行が良いとは言えない人物だった。
 が、彼の友人や知人、誰もが容疑から外れた。
 扉は締め切られていたため、犯人は破られた窓から入り込んだものと思われた。残された足跡は、人間ではないだろうという結論に。
 では、何が彼を? 獣が彼を食いちぎったのか?
 少なくとも、それは既知の獣ではないだろう。人を食いちぎることの出来る獣は、この界隈には居なかった。野良犬がいることはいたが、みなやせ細って人を襲うほどのものではなかった。
 そしてもう一つ。血痕とともに残された足跡は、巨大な獣というより、虫に近い形状のそれだった。

 この事件後、奇妙なものを見た‥‥という声が、WEAに寄せられた。

 事件が起こる前日。
 この辺りに住んでいる、祖父を訪ねた親子連れ。だが、家の庭で遊んでいた5歳の孫娘が、庭から変なものを見たと言い出したのだ。
 老人、大石蔵次郎の住む家は、商店街を見下ろす場所にある。ちょうどそこからは、商店街を一望できたが、正直何もない街。通行人が一日に10人も通ればいい方だ。
 が、夕方。電灯が付く頃になって、孫娘は「おそとに、おばけがいる」と言い出した。彼女の言う事には、庭で遊んでいたところ、商店街に大きな何かが歩いていたのだと。
 それは、「とっても大きな、足いっぱいの虫さん」みたいだったと。遠いのと、夕刻ゆえに暗くなってきたこともあり、それが何かははっきりと分からなかったのだが。
「その虫さんは、どこにいったの?」そう聞かれた孫娘は、「おみせのなかに、はいっていっちゃった」。
 どこのお店か。それをたずねると、
「ええとね、ネコさんのかんばんあるおみせ」
 それは、「三毛猫書房」の看板だった。

 孫娘は、TVの魔法少女ものや、美少女戦士ものがことの他大好きで、いつもごっこ遊びにふけっていた。事実、一昨日前に見たアニメでは、クモだかサソリだかをモチーフとした敵が出てきたのだ。
 きっとそれの影響だろう。蔵次郎と孫の両親は笑い飛ばし、その場は済んだ。

 が、娘夫婦が帰った次の日。件の事件が発生したのだ。
 蔵次郎は、獣人であった。娘は若いころに、養子縁組で引き取った孤児。しかし、実の娘と変わらない愛情を注ぎ育ててきた。ゆえに、彼女は人間である。義父である自分が獣人である事は、婿にも、そして孫娘にも隠してきた秘密。
 彼は孫娘の言葉、彼女が怪物を見たという言葉を思い出した。
 彼はすぐに、WEAへとこの事を連絡した。

 さらにもう一つ。とある事実が浮上してきた。
 事件の被害者である、アパートの若者。彼は獣人だったのだ。
 殺された獣人、井之頭一也の妹、井之頭美玖は、近くの市立高校に通い、アマチュアではあるが音楽活動にいそしんでいた。そこから彼女は、WEAと接触し、連絡を密に行っていた。

『兄は確かに、あまり良い兄ではありませんでした。ですが、私に対してはいつも優しかった、私にとってはたった一人の肉親でした。
 お願いです。何かが兄を殺したのなら、その仇を取ってください!』

 WEAへと送られたメールには、彼女の悲痛な気持ちが込められていた。

 獣人が被害者で、昆虫のような外見をした何かが目撃された。
 となると、犯人が何者なのか。嫌でも予想がつく。
 
 まだ警察は、三毛猫書房が怪しいとは思っていないようだ。アパートと古書店はだいぶ離れている。
 しかし件の古書店に、何かが隠されているだろう。
 連絡を受け取った担当官は、すぐに手配を始めた。この事件の犯人、ないしはその暴挙を止めるための手配を。

●今回の参加者

 fa0476 月舘 茨(25歳・♀・虎)
 fa1423 時雨・奏(20歳・♂・竜)
 fa1522 ゼクスト・リヴァン(17歳・♂・狼)
 fa2161 棗逢歌(21歳・♂・猫)
 fa2814 月影 愛(15歳・♀・兎)
 fa3115 (22歳・♂・鷹)
 fa3120 (14歳・♀・狼)
 fa3126 早切 氷(25歳・♂・虎)

●リプレイ本文

「それじゃ、皆の受け持ちを確認するで」
 現場の隣町。小さな民宿の部屋にて、時雨・奏(fa1423)は仲間の顔を見回した。
 彼らは最初に、それぞれ事前に分担し、事件を調査する事になった。
 月舘 茨(fa0476)は、ゼクスト・リヴァン(fa1522)と組んで、大石老人宅の周辺調査と聞き込み。
 棗逢歌(fa2161)は、被害者の遺族、井之頭美玖への聞き込み。
 月影 愛(fa2814)は、古本屋とアパートと蔵次郎の家の距離間及び、被害者「井之頭一也」の近辺調査。
 飆(fa3115)は苺(fa3120)とともに、フリーカメラマンとレポーターを装い、井之頭一也宅及びその周辺の聞き込み調査。
 そして早切 氷(fa3126)は、三毛猫書房の周辺調査、及び店主の老婆についての調査。
「んで、わしはみんなの情報をここで収拾する、中継役と。擬装用の車両や制服は、WEAが用意してくれる、っと。で、なんか質問は?」
「一つだけ。こんなおしゃべりしてる暇があったら、とっととおっ始めたいんだけどよ?」
 ゼクストが言った。彼はすぐにでも、追い詰め倒すべき敵へと向かい、戦いを挑みたくて仕方の無い様子だった。

「ふーん。それじゃ一也君は、ここ最近ろくに顔を見せてなかったわけだ」
 繁華街の片隅にて。口の端で煙草をくわえながら、月影は確認した。彼女は、被害者とよくつるんでいた悪ガキたちを見つけていた。
「古本屋? 知らねえよ」
「でもよ、昔のエロ本を近くの古本屋で見つけて、それを万引きしに何度か通ってたって言ってたぜ。三毛猫なんとかって店だったな」
 既に三毛猫書房と、被害者のアパートとの周辺調査は終えている。大石老人の家は、古本屋からはかなり離れており、逆にアパートはすぐ近くに建っていた。
「どうやら、怨恨じゃ無さそうね‥‥ん?」
 彼らの一人が、乱暴に手を取って引き寄せようとした。
「なあ、それより俺たちと遊ぼうぜ〜。いいだろ?」
 どうやら、自分のグラビアかビデオを見たのだろうか。その目的は言わずもがな。落ち着き払い、彼女は火のついた煙草を押し付けて放させた。
「悪いけど、お仕事以外ではそういう事はしないクチなの。‥‥このナイフ? なんとなく出しただけよ。すぐにしまうわ」
 向かってくる不良少年の一人の目の前で、彼女は持っていたナイフを華麗に操り、喉に押し付けつつにっこり微笑んだ。

「では、分かっている事はほとんどないんですね?」
 大石老人宅で、月舘とゼクストは情報が得られないものかと期待していたが、こちらも空振りに終わっていた。
「ああ。せっかく来てもらって悪いが、わしもあれ以来、ここからあの本屋に注目していたんじゃ。だが、店先は閉め切り、事件以来人が行き来した事は全く無い。ああ、WEAに連絡をもらってから、周辺を警護してもらっているから心配はいらんよ。わし自身も、若いころは少しはならしたものだしな」
 彼は部屋の片隅に立ててある、木刀に目をやった。『健康のために』という名目で、庭で素振りしつつ三毛猫書房を見張るというのがここ数日の彼の日課になっていた。
「確かに、ここからあの書店を望むことは出来ますが、結構遠いですし‥‥では、今のところ、こちらには脅威は無いと?」
 ゼクストの言葉に、大石はうなずいた。
「‥‥やれやれ、こちらも空振りだったか」
 お茶をご馳走になっただけで、月舘とゼクストの得るものはなかった。
「さっき連絡したら、アイも空振りだったそうだし。他の人たちに期待するしかないわね」
 空を仰ぎ、月舘はつぶやいた。

「兄は、ろくでもない人間でした」
 泣きながら、被害者の遺族‥‥井之頭美玖は、棗の質問に答えていた。
「ですが、そんな兄ですが、私には優しかった‥‥」
 美玖の言葉に、棗は優しく肩をたたいた。
「そうだね‥‥きっと君のお兄さん、いつかは美玖ちゃんにふさわしい、立派な兄貴になりたかったんだと思うよ。僕はそう思う」
 彼女を呼び止めた棗は、喫茶店に入り、慎重に話を進めていった。その結果、なんとか話を聞く事に成功した。
「じゃあ、お兄さんは古本屋に通ってたわけか」
「ええ。食事を作りにアパートに行った時の事です。その‥‥成人向けの雑誌が部屋に散らばってまして、それをもっと手に入れるとか言ってました。それで、その‥‥暇潰しにと、かなり頻繁に通っていたそうです」
 顔を赤らめつつ、美玖は証言した。
「その時に、古本屋の店主のおばあさんの悪口を言ってました。『あのボケたババアがくたばれば、あそこのエロ本は俺のものになるってのによ』と」

「‥‥ふーむ。じゃあ、三毛猫書房に通ってたわけやね。被害者は」
 棗から報告を聞き、時雨はふむふむとうなずいていた。
「ええ。アイちゃんが調べた、被害者の悪友たちからの証言にもありましたからね。『古本屋に通っていた』って」
「で、俺たちだが。周辺住民からの証言では、なにかでかい蜘蛛だかゴキブリだかを見かけた‥‥というのがあった」
 飆と苺が、次に報告する。

「‥‥ええ、窓のブロック塀に、何か大きなゴキブリみたいなのが走ってるのを見ましたよ。気のせいと思って放置してましたが」
「‥‥たぶん、野良猫か何かだと思います。大きさは結構あったようですが、夜の夜中で、ちらっとしか見なかったもので」
「‥‥あたしが窓を開けたら、もう居なくなってたね。三毛猫書房の裏口で音がしたもんだから、多分そっちから逃げたんでしょ」

「‥っとまあ、こんな感じ。夜に人知れず、カサカサと『何か』が走り回っていたのは事実だね。おいらはそれが何かって何度も尋ねてみたんだけど、みんなはっきりと見てないもんだから、結局分からずじまいさ」
「出来れば、被害者の部屋に入り込みたかったところなんだが、そいつはかなわなかった。が、古本屋の方に『何か』が向かい、そのすぐ後で事件が起きたってのはまず間違いが無さそうだ」
「じゃ、最後は俺だな」
 二人に続き、最後に進み出たのは早切。
「近所の人たちに、三毛猫書房とそこのおばあさんについて聞いて回った。で、結論から言えば、あの婆さんは、家族や友人には全員先立たれたらしい。なんでも去年、事故で爺さんと息子夫婦と孫を全員失ってしまったそうなんだ。それ以来人が変わってしまい、近所の誰とも付き合わず、あの店も爺さんの形見だからやってるってくらいで、開店休業な状態だったんだと」
「一人ぼっちってわけか。気の毒に」と、時雨。
「で、店を閉め切って、その直後にでかい虫の目撃例。そして店は、井之頭のアパートにごく近い場所に建っている‥‥確かに、これは怪しいね。犯人は『虫』で、そいつは三毛猫書房に潜んでいるのは間違いないだろうな」
「でも、ゼクスト君。だったらどうして、『虫』は井之頭君を襲ったのかしら? アパートと三毛猫書房は近いとはいえ、その間の建物にも誰かが住んでるわけでしょ?」
「それは、わしが説明するで。アイちゃん」
 時雨が月影の目の前で、地図を広げた。
「見ての通り、この町の地図や。ここがアパートで、ここが三毛猫書房。この間には、これだけの建物があるんやけど、そのほとんどには、犯行時間には人がおらんかったんや」
 確かに、空き家に中小企業の雑居ビル、小さな町工場などが多かった。
「おそらく偶然にも、犯行時間に井之頭は、書店の周囲から一番近い場所におったんやろ」
「で、襲われてしまったと‥‥それじゃあ、おばあさんは!」
「‥‥おそらくは、やられたんだろうな」
 飆が、鋭い視線でつぶやいた。

 次の日。
 トラックや業者の車に乗って、獣人たちは三毛猫書房へと向かっていた。
 昼なお人通りが少なく、周囲の人間もあまり関心を向けないためか、あまり通行人も見当たらなかった。また、周辺住民たちには昨日、『本日、業者の人間がやってきて、棚卸しなどを行う』と言ってある。ゆえに、大きな音を立てたりしても、ある程度は大丈夫だろう。
 WEAが用意してくれたつなぎを着込み、皆は「三毛猫書房」に向かった。
「‥‥いるぞ。少なくとも、中に誰か居る!」
 飆が、鋭敏嗅覚で内部を伺う。彼の鋭い鼻は、感じ取っていた。
 腐臭と、血の臭いとを。
 扉をこじ開け、内部へ。そこに広がっていたのは、とんでもない悪意の塊であった。
 見た目はどうという事はない。しかし、どこか歪で、正常でない感覚。埃がたまりきり、雪のようにうっすらと積もっている。
 そして、店の奥には、老婆が一人座っていた。死斑が出て、ほとんど生命を感じさせないその様子。それを否定し、嘲笑するかのように、ゆるゆると動き始めていた。
 それは老婆の皮を脱ぎ去るように、怪物の姿を身にまとった。ナイトウォーカーという名の怪物の姿を。
 老婆の上半身はそのままだが、下半身はクモか虫を彷彿とさせるそれに。そして、老婆の胸部にナイトウォーカーとしての頭部とコアが付いている。
 獣人たちを見据えたナイトウォーカーは、よだれを垂らしつつ爪上の四本脚で立ち上がり、歩み始めた。
 向かってくると思ったが、そいつは向きを変えて裏口から逃げ出そうとする。
 が、裏には既に飆と苺、早切が待ち構えている。表玄関には月舘、棗、ゼクスト、月影、そしてみなの後ろの方から時雨だ。
 ナイトウォーカーは、自分が囲まれている事を知ったのは、何度か一撃を喰らった後だった。
 長い脚が邪魔をして、かえって彼らの動きについていけなかった。半獣化した獣人が振るう武器や爪の強力な一撃が、確実にダメージを与え、蓄積させていく。
 本棚を倒したナイトウォーカーは、次第に苦痛の悲鳴を上げ始めた。そして、手近の本棚の下に逃げ込もうとした時、そいつは止めをさされた。
 棗が「瞬速縮地」を用い、ナイトウォーカーの懐に入り込んだのだ。
「僕は、大嫌いなんだ。目の前で女の子が怪我したり悲しむのを見るのはね!」
 半獣化した彼の爪が、コアを抉り出す。
 きりきり舞いした怪物は、やがて数冊の本を破き、引き裂く。
 あっけない最後だった。ナイトウォーカーは自らの罪を受け止めるかのように崩れ落ち、そのまま動かなくなったのだ。

「事件としては、単純だったんだな。それと知らずにナイトウォーカーが潜んでいた古本を開き、おばあちゃんが感染した。そして怪物と化して、一番近くに居た獲物、つまり井之頭一也を狙い、食ったと」
 飆は、概要を報告書にまとめつつつぶやいた。
「散らかったこの古本、どうなるんだろ?」
「さあね。けど、用心のためにWEAの方で処分するんじゃあないかしら? どのみち、もう読む人も、売る人もいなくなっちゃったからね」
 棗の疑問に、月影が答える。
「けど、誰にもわからんかったやろうなあ。こんな古本の中に、読んじゃあかん本が混ざってるなんてな。気がつかなくて当然やで」
「読んではならない、本か‥‥」
 時雨の言った事を、苺は口の中でつぶやいた。

 その後、WEAが事後処理を行い、事件の痕跡は消し去られた。
 三毛猫書房の古本は、全てがWEAの処理班によって持ち去られ、処理された。
 井之頭を殺した事件は、部屋に連れ込んだ野犬の仕業という事にされ、表面上の事件捜査は打ち切られた。
 アパートにも、三毛猫書房にも、もう人はいない。