ヒャクジュウオー!アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 外村賊
芸能 1Lv以上
獣人 1Lv以上
難度 普通
報酬 1万円
参加人数 8人
サポート 1人
期間 03/19〜03/23

●本文

「偉大なる恐怖の神、アーク・ゴーンよ! 今こそ復活の時!」

 邪神に取り込まれた巫女は、自らの胸に鋭利な爪を突き立てて叫んだ。真っ白な肌をたちまち赤い血が染め上げていく。痛みも感じないのか恍惚とした表情で、巫女は体内深く、眠らせていたものを引き抜いた。

 かつて魔獣界の皇子の中で眠っていた、アーク・ゴーンの核だ。

 核は血みどろの巫女の手から、ひとりでに浮き上がる。すると、周囲に満ち満ちていたコワ・エネルギーが凄まじい勢いで核の中へと吸い込まれ始めた。野球のボールほどしかない核が、まるブラックホールででもあるかのように、エネルギーは渦を巻いて入り込んでいく。その勢いは水盤の間の床や壁を剥ぎ取り、アーク城を――いや、魔獣界全体を大きく震わせた。
 巫女はそのただ中に立ち、静かに笑う。
「ふふ‥‥これで、私も、じ ゆ う‥‥」
 邪神に与えられた使命の完遂と共に、巫女の意識は暗闇の中へと落ちていった。


 やがて核は天板を突き破り、魔獣界の外に流れるエネルギーさえも吸い取り始める。
 ハザードを断つ寸前、起こった出来事に、防衛組は呆然とその様を見た。宇宙海賊が凍りついた声を絞り出す。
『‥‥これが狙いか‥‥!』
『どういう事だ?』
『邪神は最初からハザードの恐怖を狙っていたのだ。わざと我々と争わせ、あの男の敗北への強い恐怖を復活の最後の足がかりにしたのだ‥‥!』
 その言葉を裏付けるかのように、核は一直線にマジュウオーの中へと飛び込んだ。それを追い、周囲を滞留するコワ・エネルギーも、マジュウオーへと吸い込まれていく。
 コワ・エネルギーは巨大な竜巻と化して周囲を破壊ししていく。ヒャクジュウオーは立つ事も難しくなり、巻き込まれないように地表に伏せ、大きな岩にしがみついた。
『復活する‥‥邪神が‥‥!』

 やがて核は、全てのエネルギーを吸い取った。

 そこに訪れたのは、静。

 周囲に漂う空気の音さえ聞こえてきそうな、完全なる静寂。

 ヒャクジュウオーの攻撃に身を竦ませた姿のまま停止しているマジュウオーから、黒い鎧に身を包んだ男が一人、降りてきた。ハザードだ。
 いや、姿はハザードだ。しかしその気配――刃物ののように鋭く、人を寄せ付けない、彼の気配が完全に消えうせていた。代わりに、周囲に満ちているのと同じ、不気味な静けさを湛えている。
「感謝する――」
 ハザードは、いやハザードであった者は言った。地に伏せるヒャクジュウオーを眺めやると、顔面に笑みを作った。殺意の消えたその額に、半ばほど核が埋没している。
「君達が私を救ったのだ。この恐怖の神、アーク・ゴーンを」
 とても邪神とは思えぬ、静かで、穏やかな口調である。
「君達の役目は終わった。後は私に任せるが良い‥‥」
 アーク・ゴーンは、静寂を乱さぬ緩やかな動きで、右の手を差し出した。広げられた掌から一閃、闇色の波動が飛び出し、立ち上がりかけていたヒャクジュウオーを打ち据える。闇がヒャクジュウオーを包んだかと思うと、次の瞬間、合体は解け、それぞれの聖獣の姿へと戻ってしまった。驚くみんなの目の前で、その聖獣さえも、緑の光を残して、ブレスの中に消え去る。
「迷い悩み、憎み戦う世界は、私の復活によって終わるのだ。全てを凌ぐ『完全なる恐怖』の前には、勝つ者も負ける者も、富む者も貧しい者もいない。私と言う恐怖の前に全てが等しくなる。だから聖獣よ、魔獣よ。お前達が戦う理由もなくなるのだ」
 アーク・ゴーンの掌の闇は、水のような流れとなって大地を、木々を、空を、音もなく侵食していく。その光景は司令室でかつて発見した、聖・魔獣の戦いの記録映像の中に出てきた、巨大な黒い津波をみんなに思い出させた。
 それはたちまちみんなの所にも押し寄せてきた。逃れようと思う間もなく、津波はみんなを飲み込んだ。
「心静かに、我が闇の中に沈むのだ。我が巫女も、我が宿主も、すでに恐怖の中の平穏を味わっていよう――」
 穏やかなアーク・ゴーンの声が、遠くから響いてきた後‥‥


――無――


 周りは闇に埋め尽くされた。
 目に見えるものはなく、聞こえる音もない。踏みしめる大地の感触も、空気を吸っている感覚も。
 みんなを呼ぼうとしても――頭では声を出していると思っているのに、声にならない。

 自分以外の全てが、全てなくなってしまった。

 それこそが恐怖神の与える、完全なる恐怖だった。

★☆★☆★
『獣王武神(じゅうおうむじん) ヒャクジュウオー』第十六話・概要

ヒャクジュウオーとは‥‥地球征服をたくらむ魔獣界と、聖獣界の戦士から地球の防衛を託された武野小学校五年一組の戦いを描く、小学生をターゲットにしたロボットアニメーション。戦いを通して正しき心を成長させる子供達にスポットを当てる。

 参加希望者は詳細をよく読み、希望届けに記入の上、締め切りまでに届けを出すこと。

☆演技指針☆
アーク・ゴーンとの決着をつける

★新設定
百獣心:小さな鏡。ヒャクジュウオーと一体となったとき、勇気を力に大いなる力を発揮する。かつてはこのアイテムで邪神を封印していた。

☆専門用語☆
・聖獣:聖獣ブレスに封じられた聖獣界の戦士。正義の心によって具現化し、動物をかたどったロボットになる。心の力が弱ければ弱体化、悪ければ召喚さえ出来ない。子供達はブレスで指示を出し、遠隔操作する。大ダメージを受けた時は、数日の修復期間を要する。
・司令室:教室が変形。瞬間移動装置など、さまざまな機能がある。
・聖獣合神:司令室にある宝石を核として、それぞれの聖獣を合体させる。各部分の制御が必要なため、生徒達がコクピットに乗り込む。
それぞれの聖獣が合体後どの身体の部位になるかは、操縦者の意思による。
頭部になった聖獣の操縦者がメインパイロット。その聖獣の能力に準じた強力な必殺技を、一度だけ使える。

・魔獣:聖獣と同じ獣型。この状態ではブレスによる遠隔操作。
・破壊獣:コワ・エネルギーから作られたモンスター。人々を怖がらせてコワ・エネルギーを吸収、徐々に巨大化していく。
・破壊魔獣:魔獣が破壊獣を取り込むことによって人型に変形した姿。聖獣よりも一回り大きく、強力になり、魔獣の必殺に加え、破壊獣の特殊能力が使える。エネルギー制御が必要なため、魔獣界人が実際に搭乗して動かす。

☆希望届け☆
1、希望役(いずれか)
・武野小・五年一組の生徒(前回出演者は同じ役柄が望ましい)
・魔獣界の戦士(同上)
・その他、前回担当脇役など

2、やりたい役柄
・名前
・性別
・外見(簡潔に)
・長所(一言で)
・短所(一言で)
・聖(魔)獣(獣人種族をモデルにしているので、その範囲で決定する事)
・必殺技(一つ)

●今回の参加者

 fa0588 ディノ・ストラーダ(21歳・♂・狼)
 fa0868 槇島色(17歳・♀・猫)
 fa0921 笹木 詠子(29歳・♀・パンダ)
 fa0932 RASEN(16歳・♀・猫)
 fa1521 美森翡翠(11歳・♀・ハムスター)
 fa3345 各務 英流(20歳・♀・小鳥)
 fa3354 藤拓人(11歳・♂・兎)
 fa3654 RURI(18歳・♀・一角獣)

●リプレイ本文

林藤 桔梗(電波系 兎聖獣シンキングラビット) 美森翡翠(fa1521)
昴・A・栞(委員長 猫聖獣ワイルドキャット) 槇島色(fa0868)
飯田 公恵(物静か 大熊猫聖獣アイニー) 笹木 詠子(fa0921)
大高屋 亮(ガリ勉 ユニコーン聖獣モノケロス) 藤拓人(fa3354)
羽田 涼子(活発 鷹聖獣バーニング・ホーク) RASEN(fa0932)
春野 ウララ(天然ボケ 犬聖獣サイレント・ドッグ) RURI(fa3654)

カレンスキー・薔薇騎士(ナルシスト 狼魔獣ケルベロス) ディノ・ストラーダ(fa0588)
ペギリーフ(自称天才策略家 小鳥魔獣オキノタユウ) 各務 英流(fa3345)
セシューム(妖艶 竜魔獣ドラグーン) 星野 宇海



 喉を震わせて確かに発したはずの声が、自分の耳に返ってこない。さ迷い歩いているはずの足が地面を踏みつける感触がない。どこまで行っても景色はおろか、自分の身体さえ見渡せない。
 そこにいた友達は、一瞬にして消えうせてしまった。
(「いやだよう‥‥一人にしないでよ‥‥」)
 涼子の瞳から、涙が溢れた。その感覚さえあやふやに闇に解けてしまう。
 周囲にいつも何かあることが普通だった。いや、涼子の場合は常に周囲に何か、誰かがいるように、いつも自分から積極的に関わっていたのだ。
 一人でいるのが怖いから。
(「一人は、嫌なのよ‥‥」)
 怯える声さえ、闇が全て食べ尽くす。

(「‥‥再びこの闇を目にしなければならぬとは」)
 薔薇騎士は闇の中に佇んでいた。ここでの移動は無意味だ。距離などはないのだから。
 自分以外の存在はすべからく消え去る。闇に飲まれた瞬間搭乗していたクロスボーンカイザーも消えてしまったが、竪琴だけはその腕の中にあった。
 かつて邪神が封印されたときのことを思い出す。あの時は闇の外にヒャクジュウオーがいたが、今聖獣の戦士たちは闇の中だ。薔薇騎士自身も、内側からこの闇を破る事は可能かは分からない。
(「だが、ここで終えるわけには行かない‥‥何か手はあるはずだ‥‥ん?」)
 薔薇騎士は耳を済ませた。『音』が、聞こえた気がしたのだ。
 酷く小さい『音』だった。しかし全くの無である闇の中では、静まった広間で針が落ちたときと同じ、神経質な衝撃を薔薇騎士に与えた。
 耳からではなく、頭の中に直接響いてくるのだ。

 亮は不確かな闇の中で、思いつく脱出方法を片っ端から試していた。でもやっぱり、塾で習っていないことに関してはあまり上手くいかないらしい。不安よりも諦めが先にたったのか、口を付いて出たため息は闇の中に消え去る。
(「懐中電灯でもあれば、辺りの状況が分かるかもしれないけど」)
 そんな事を考えるうちに、次第にみんなや、地球で起こった色々なことが頭の中にめぐり始めた。聖獣と出会ってからの大冒険――楽しい事、苦しい事。もしかしたら、その全ては無駄に終わって、ここで自分は死んでいってしまうのだろうか。
(「僕の人生の中で本当に大事なものって、何だったんだろう‥‥」)
 ふいに飛び出たその疑問は、ひどく深遠で巨大だった。考えた瞬間、自分でもびっくりしたぐらいだ。もしかすると、みんなとの再会を少し諦めてたのかもしれない。
 しばらくじっと考え込んで、それが中断されたのは、不思議な『音』を聞いたからだ。

 笑っている。
 嫌な笑いだ。
 そして、どこか悲しい。
 何故かは、知っている。
(「アイーダ‥‥」)
 声ならぬ声で、公恵は呼びかけた。無の闇の中に、着崩した着物姿の黒い女性をイメージする。もう一人の自分は挑発的な笑みを浮かべた。
(「‥‥私が望んだ神の恐怖とは、この程度のものだったとは。失望したよ‥‥フフ‥‥」)
(「そう思えるのは、私と一緒だからだわ」)
(「理解に苦しむ。私のような悪意の塊など、冥王星再生の力にして消し去ってしまえばよかったのだ」)
(「それは違う‥‥あなたがいるから、私なの。そして、私がいるから、あなた」)
 公恵は無の世界で、自分と決着をつけようと、思った。
 心は不思議と穏やかだった。
(「この闇が恐ろしくないのは、私とあなたが、一緒にいるからよ。そうでなければ、不安でどうしようもなくて、多分、今のみんなとも友達になれなかった」)
 アイーダから言葉はなかった。それは公恵の言葉の一つ一つが、身にしみて分かるからかもしれなかった。
 その時、公恵にも『音』が聞こえた。

(「なぜだ‥‥心が、落ち着く――」)
 栞は空ろな闇の中に身を漂わせていた。
 何もない、落ちることもかなわない闇。戦いの日々、全てが洗い流されるような心地がする。
 これがアーク・ゴーンの望んだ世界だというのなら、別に悪い事ではないのではないか、そんな考えさえ頭の中をかすめていく。
 そう、随分昔に、この闇に似たものに抱かれたことがある。
 とろけるような感覚は、子供ながらに忙しく過ごしていた日々を遡り、遠い記憶を引き戻すようだった。
 それはとても温かくて落ち着く、唯一無二の――
『栞』
(「おかあ、さん‥‥?」)
『闇に飲まれてはいけない。あなたには光の世界があるの。戻りなさい』
 深遠の闇の向こうから一瞬、声が聞こえたような気がした。そう思った瞬間、すぐに別の『音』が割って入った。

 感じられるものは何もない。死んでしまった虫でさえ何かしらの印象を伝えてくるのに、この闇はただぽっかりとしているばかりだ。桔梗の瞳を隠す、長い前髪が小刻みに震える。
 自分の聖獣ブレスを指先でなぜる。感触はないが、シンキングラビットの思いが、流れ込んでくる。
(「そう‥‥ここにあるんだわ‥‥。闇の恐怖にごまかされて、気付いていないの。シンキングラビット、そうよね?」)
 シンキングラビットがそうだ、と言っているのが分かる。
(「でも、この闇を消す事は出来ない。どうしたらみんなを探せるかしら‥‥」)
 伝わるシンキングラビットが意志に、桔梗ははっとした。
(「私の力で?」)
 桔梗には人の考えている事を感じ取れる能力があったけれど、どうも他の人にはないらしい。だから、ずっと隠してきた。
 五感を使わない力は闇の中でも届くはずだ。今シンキングラビットと話をしているように。
 闇の中に目を凝らす。くっと顎を上げたとき、隠れていた瞳が覗いた。決意の宿った瞳が。
(「私が、探さなきゃ‥‥!」)
 手を広げ、闇の奥の奥まで届くように、祈りを込めて呼びかける。
(「みんな、私はここ。すぐそばにいるわ。だからお願い、返事をして‥‥!」)


 みんなが聞いた音、それは共感能力を全開にした、桔梗の呼び声だった。


(「桔梗ちゃん!?」)
 最初に返事をしたのは、ウララだった。
(「大丈夫? 怪我はない?」)
(「平気‥‥転びようもないものね」)
 ウララのいつもどおりのちょっぴりずれた心配に、桔梗は小さく笑う。
(「みんなを探すの。手伝ってくれる?」)
(「もちろん。でも、どうやって‥‥?」)
(「王家の光で闇を照らすのだ、王女ビューティス」)
(「その声は‥‥薔薇騎士‥‥それともカレンスキー皇子?」)
(「ふっ」)
 薔薇騎士はウララの疑問に短い笑いで答え、
(「少女よ。この共感の力で王女の祈りを受け、他の戦士に伝えるのだ。出来るかね?」)
(「‥‥やってみる‥‥」)
 ウララはみんなの顔を思い浮かべ、共に戦ってきた聖獣たちに祈りを捧げる。
 暖かい、力に満ち溢れた意識が、ウララから流れ込んでくる。桔梗はその意識を、そのまま闇の中に放出した。桔梗の力を借りて王女の意識は闇を縫い、無の世界を駆けていく。
 そこに『音色』が加わった。薔薇騎士の抱いた竪琴の爪弾き。曲目はなぜか少し前に地球で流行ったものだ。

『君が手を差し伸べてくれるから
幼い頃の夢に飛び立とう
限り無い希望に翼を羽ばたかせ
振り向かず未来に』

 ウララも良く知っている曲で、無意識に心の中でその歌を口ずさむ。
(「この歌‥‥」)
(「呼んでいるぞ‥‥奴らが」)
 共感意識の中に、誰かの声が混じった。不思議に意識は同じ所から二つ、流れてきた。公恵と、アイーダ。どちらともなく歌いだした声は、絡み、溶け合い、一つになっていく。

『目を閉じても逸らしても 消えてしまう真実はない
闇の中迷っても ほら 君は一人じゃない
手を伸ばして さぁ その姿見えなくても
君が信じてくれるなら 私はここにいるよ』

『机の前で一生を終えそうだけど
こんな波瀾万丈な冒険は二度とできやしない
勇気を持って一歩踏み出そう』

(「大高屋くん」)
 不意に加わった声の主を、みんなが迎える。
(「どうして頭の中に声がするのか分からないけど、でも、会えてよかったよ」)
 はにかんだような、亮の声が響く。


――歌、だと――
 闇の中心で、アーク・ゴーンが『音』に気付いた。
 意識を共にして、無の闇を蹂躙している。
――聖魔獣の戦士‥‥まだ役目の終わりを受け入れぬか。心さえ無に帰さねば、分からぬか――
 闇の神は、黒い世界に向かって手を差し伸べる。


 みんなの意識は闇の中を漂い、仲間を探し続けた。誰かを見つけるたびに探せる範囲は広がっていく。
(「涼子ちゃん!」)
 ウララがさ迷う涼子を見つけた。涼子は不意に届いた声に驚き、周囲を見渡す。何も見えないが、ウララはしっかりとした声で応じてくれる。
(「大丈夫、みんないるよ」)
(「‥‥ば」)
 声が詰まった。声と共に姿が見えていたら、飛びついて胸で泣き喚いたかもしれない。後から後から、喜びの感情が零れ落ちてくる。
(「バカ、急に居なくならないでよ‥‥」)

『そうよ、私は独りじゃない!』

 みんなが歌っている。そっとワンフレーズ歌って、みんなの声に聞き入る。
 歌う声は増えて、合唱へ変わっていく。闇に端があるなら、今はその端の端まで行き届くばかりの勢いに思えた。

 その時初めて、栞は頭の中で鳴り響く歌に気付いた。
(「そう、だ‥‥みんな‥‥帰らなきゃ」)
 ぼんやりとそう思う。
『そう‥‥みんながあなたを待っているのよ。頼りにしている。栞、あなたを‥‥』
(「私を‥‥」)
 次第に意識がはっきりしていくのに気がつく。闇はまだ身体を心地よくひたすが、頭を振って退ける。
 みんなが呼ぶ声が聞こえる。栞の名を懸命に呼んでいる。
(「ここにいるぞ‥‥私は――聖獣防衛組・五年一組委員長、昴・A・栞は、ここだ!」)
(「組長!」)(「栞!」)(「昴さん!」)
 叫んだ途端、みんなが声を大にして出迎えてくれた。
(「栞が遅刻なんて珍しいわね!」)
 元気に涼子が笑った。栞は素直に謝った。
(「これで聖獣防衛組、全員集合ね」)
 公恵が静かに微笑む。その時、あまり聞きなれない女性の声がみんなの元に届いた。
(「戦士よ、歌いなさい‥‥」)
(「セシューム‥‥セシュームなのか?」)
(「‥‥私はアーク・ゴーンの巫女‥‥セシューム」)
 薔薇騎士の声が緊張をはらむ。セシュームの声は弱々しい。
(「歌いなさい‥‥心を一つに‥‥百獣心が目覚め、闇を切り裂く光が降り立つ‥‥全ての心が、一つの『百獣王』となる」)
 共感意識の中に一つの映像が現れた。光り輝くヒャクジュウオーが、闇の波を払う。
 かつてアーク・ゴーンを封印したときの記憶。歌に乗せて、セシュームがみんなに教えているのだ。
 しかし、像はすぐに途切れた。感覚を失ったはずの闇の中で、激しい痛みが襲った。雷に打たれたかのような衝撃がみんなを貫く。
(「アーク・ゴーンが私達を滅ぼそうとしている‥‥無の存在を受け入れたら、消えてしまう‥‥歌うのよ‥‥」)
 セシュームが呼びかけ、歌いだす。みんなもそれに声を合わせた。

 そこにもう一つ、声。ちょっと音痴である。
(「をぉ! ねーちゃん! ぬわ、ビリビリするである!?」)
 声の主はペギリーフであった。セシュームの意識を感じ取って何となく歌った途端、目の前にセシュームが現れ、身体には電撃が流れ込んだ。
(「突然真っ暗になったら今度は電撃‥‥訳が分からんである!!」)
 折角作ったガラパゴスゾウガメ型脱出ポッドは、闇に飲まれて消えてしまった。魔獣を呼んでも反応がない。ペギリーフは身一つで、闇に浮かぶ姉へと駆け寄った。
 姉は瀕死の状態で、それでも口を小さく動かして歌っていた。耳には聞こえないが、頭の中に響いてくる。
(「まったく‥‥こーなってはアーク・ゴーンさまに逆らう事など無理なのだ! 我輩の画期的大発明達もどっかに行ってしまった今、世界はこのまま、恐怖に包まれるのである!」)
 それでもセシュームは歌い続けた。死に臨んだ彼女が、命を燃やして歌っているのが、ペギリーフにも感じられた。
(「べ、別にアーク・ゴーン様に逆らうつもりではないのであるぞ!」)
 と前置き、鼻歌で応えると、電撃が再び襲った。
 それでも、なぜか歌うことを止められなかった。

『私は退かぬ 省みぬ
如何なる困難が あろうとも
自らに強い心が 在る限り
誰にも負ける事は無い』

(「意識をしっかり持て!」)
 薔薇騎士が叫ぶ。アーク・ゴーンの力がのしかかる。気を緩めれば、声は愚か、その存在まで押しつぶしてしまいそうな、力。懸命にみんなは歌う。互いの姿は見ない。でも、そこに意識が共にいる、その感覚がはっきりとあった。みんなの歌声が自分の挫けそうな心を支えてくれる。他のみんなも、自分の歌声できっと支えられているのだ。
(「ああ、これかもしれない」)
 出し抜けに、亮は思った。闇の中で一人で悩んだ疑問の答えを見つけた気がした。
(「恐怖を打ち破ろうと努力できる力‥‥コレってやっぱり大事で、凄い事なんだ‥‥!」)
 その時、世界が、揺れた。
 闇の中にポツリと、白い光が生まれたのだ。