Other Side of The Sea南北アメリカ
種類 |
ショート
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担当 |
想夢公司
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
12/01〜12/05
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●本文
その少女は防波堤に腰を下ろして海を眺めながら溜息をつきました。
「だって、怒られたってわからないんだもん‥‥」
そう呟くと目に涙を浮かべて俯くも、ぐしぐしと目元を擦って海の向こうを睨み付けるかのように見ます。
「いくら1/2だって言ったって、知らない物はどうしようもないじゃない‥‥!」
そう言う彼女の手には台本が握られています。
『Other Side of The Sea』
舞台は大正時代。
幼い頃にアメリカへ叔父に連れてこられた少女が、叔父との死別と共に訪れる苦難を乗り越えて生きていく様を描くもの。
主演である豊かな黒髪を持つ少女は絵理亜・フォーロードと言い、父親は著名なアクション俳優でその2番目の奥さんとの間に生まれた、日本人とのハーフで17歳です。
演技の世界へとは手を出していなかったエリアですが、父親のスタジオに遊びに来ていたときに主演のイメージにぴったりと抜擢され、すでに幼少時代の子役が演じるシーンも含めて全て収録を終えています。
たった一つ、海岸で海の向こうにある、故郷に思いを馳せるという、ラストシーン、それだけがどうしてもOKが出ません。
演出を担当していた人間も日本のことをよく知らないくせに、こうだああだと押しつけるような指示を出すもので、エリアと衝突した挙げ句、
『勝手にやればいい。困るのは君だ』
スタッフ全員の前でそう言い放ち、恥を掻かせたその男は、エリアが頭を下げに来るまでは自分は戻らないと傲然と言い放ったそう。
「だって可笑しいじゃない、そりゃ、母親は死んじゃったから確認できないけど、あんな訳わからない国だって言われたって信じられないもの」
良くある間違った日本感で説明されても、そのシーン以外は何とかなったそうなのですが、どうしてもこのシーンの感情移入が出来ずにいたエリアは、暫く海を見ていましたが、ふと思い立ったのか立ち上がり、携帯電話を取り上げるのでした。
●リプレイ本文
●その時代
「役に感情移入でけへなのんは、役者にとっても辛い事やものな」
三条院・棟篤(fa2333)が言うのに、エリアは困ったような表情で頷きます。
「せめてもっとこういうところだ、ってはっきり分かっていたらもっとちゃんと想像できるんじゃないかと思って」
「そやね。‥‥にしても日本語は上手なんやな」
「ええ、母の国の言葉だから勉強してたんだけど‥‥」
日本のことはあまり分からないけど、と困ったように付け足すエリア。
「そもそも日本についてはどれぐらい知っていますか?」
弥栄三十朗(fa1323)が言うのに考え込むエリアは、恐る恐るといった様子で口を開きます。
「その‥‥着物という洋服を好んで着る人達、かしら‥‥?」
「えっと、それだけですか?」
「ええ、後は‥‥眼鏡をかけていて首からカメラをさげているとか‥‥」
「‥‥」
それは一昔前の観光客だと言う言葉を飲み込む三十朗に、慌てて謝るエリア。
「その、私本当に日本については詳しくなくて‥‥父も今4人目の再婚相手の機嫌を損ねるようなことはしたくないから殆ど日本のことは話してくれないし‥‥」
「それにしても、この映画のお主の設定はどうなっておるのか聞かせてはくれぬか?」
「設定というと?」
「叔父さんはどういう用件で海を渡り・お主を連れてきたのじゃろ? 海外へ殖民で移住させられたのは明治が多かったがの‥‥会社を興そうと野心に燃え? それとも戦災孤児だったお主を連れて逃げてきたのかね?」
「えっと‥‥」
鬼王丸・征國(fa0750)に聞かれて思い出しつつ口を開くエリア。
「たしか、戦争よる好景気で一財産築いた叔父が、子供もいなかったことを理由に兄夫婦から貰い受けて連れてこられた、と言う話しでした」
エリアの言葉に頷く鬼征は、エリアに話して聞かせるかのようにゆっくりと説明を始めました。
「外国と戦うのが初めてだった国が、大きな戦で何回も勝利してしまったので、繁栄を謳歌し、意識や経済の変化が起こった時期でもある」
言われる言葉にこっくりと頷いて見るエリアに、鬼征は続けます。
「同時に戦争で非常に多くの人命が失われた時期でもある。そこからも意識の変化は生れる訳じゃが、お主の叔父殿はどの様な立場でおぬしは故郷に対してどの様な思いを抱けるか‥‥」
掘り下げ過ぎかも、と言う鬼征に変わり三十朗が用意してきたのは大正浪漫を謳ったコミックで、時間があるときに読んでみると良いという言葉に、エリアは頷くのでした。
●エリアの素顔
「実際の撮影現場とか、演出とかはプロの人に任せるわ。私は、エリアと話がしたいの」
そう言いエリアを別室へと連れて行ったのはリドル・リドル(fa1472)。
「ねぇ、着てみて? きっと似合うと思うわ」
「わぁ、綺麗ねぇ‥‥」
リドルが見せた着物を見てうっとりと溜息をつくエリアは、リドルが着付けてくれるのに少し緊張した面持ちで見ています。
「はい、できたわ」
着付け終わり可愛らしく締められた帯に長い髪も軽く纏めてあげると、他の人を入れるのに恥ずかしそうな嬉しそうな表情で着物を見てはエリア。
「へぇ、可愛いね」
「本当に、良く似合っています」
雨宮 巧(fa1586)が言うと同意を込めて頷くスティグマ(fa1742)。
「さて、じゃあそろそろお昼にしよう。たいした物は出来なかったけど、ちょっと日本の物を作っておいたんだ」
そう言ってたくみが持ち込んだのはお盆の上の大皿に乗っけた稲荷寿司とお椀によそったお豆腐のお味噌汁。
「もしかして、これが味噌スープ? 私食べるの初めて」
「えっと、大正時代というと、お夕飯は牛鍋です〜?」
「いや、合ってるような違うような‥‥」
お稲荷さんとお味噌汁を食べ始めてから安部彩乃(fa1244)が首を傾げて言うのに、若が首を傾げて言うと、わたわたとしながら口を開く東高陽。
「じゃ、じゃあじゃあ峠の茶屋のお団子とお茶が〜」
「それはそれで何かもっと古い感じが‥‥」
スティが笑って言う横では、エリアがいなり寿司を恐る恐るといった様子で口へとは媚び、吃驚したような顔でたくみを見ます。
「あ、甘いんですね。色や雰囲気でしょっぱい感じなのかと思ってました」
そう言いつつもお気に召したようでにこにことしつついなり寿司とお味噌汁を食べるエリアにたくみも作った甲斐があったのでしょう、笑顔で見ています。
昼食が終わりのんびりと寛ぎつつ談笑する一同に、リドルがバイオリンで幾つか、輪の曲や当時流行った曲を演奏してみせると、先程から聞いた情景を思い描いているのか目を瞑って聞き入るエリア。
「不思議ね、バイオリンの音色なのに、異国情緒たっぷりで‥‥」
「ふふ、気に入って貰えて何よりだわ」
着物のことも含めてそう言うリドルに、エリアは本当に嬉しそうに微笑むのでした。
●故郷の面影
「故郷‥‥間違った知識ならそれは当然感情移入出来ないのは当然です」
風樹蒼護(fa0872)の言葉に頷いてから、続きを待つエリア。
「前任者は不思議な日本観を持っておられたようですが‥‥まずは前の人のいっていたことをすっぱりと忘れて、皆から聞いた話などを考え、あなたが感じたものを考えてみるべきです」
「私が感じた、ですか?」
「ええ。それが難しいようでしたら‥‥」
そう言って少しエリアを、考えるような様子で見ると続ける蒼護。
「海の向こうにある故郷に思いをはせる‥‥という演技を目的にするのであれば、あなたが思い浮かべるのは日本であることが望ましいかも知れないですが‥‥しかし、そこで思い起こすのはアメリカでも構わないわけですね」
「‥‥‥‥‥‥え‥‥?」
「あなたが懐かしむのは『日本』と指示はされていますが、本当のところ、思い起こすのは、『故郷』なんですよね」
蒼護の言葉にはっとしたように顔を上げるエリア。
彼女のみならず、スタッフ全員が日本を思い浮かべると言うことに固執し過ぎていた様子を見て取ったためか、そう言うと、軽く首を傾げる蒼護。
「‥‥私、もう一度脚本を読み直してきます!」
弾かれたようにそう言って自室に戻るエリアを、蒼護は笑って見送るのでした。
●Other Side of The Sea
本番前。
映画だから取り直しが聞く、そう言ってしまえばそれまでですが、それでも緊張のためか古い昔からある着物に袴を身に付けたエリアは、緊張した面持ちで脚本を繰り返し読んでは息を緩やかに吐いています。
「‥‥お邪魔しますよ」
顔を出したスティに少し青ざめた表情のエリアは笑みを浮かべようとしながら迎えますと、その様子に深呼吸、と笑いながら声をかけるスティ。
「日本のこと、想像できましたか?」
「はい、今までみたいに変にもやもやした状態じゃなくて‥‥この映画の女性が懐かしがっていたのは、こんな時代だったんだって‥‥なんだかすっきりしました」
そう言うエリアに、スティは口を開きました。
「‥‥もし、日本の事を知っても上手く感情移入出来ないのでしたら、こうしてみたらどうでしょうか? 一度、亡くなったお母さんの事を思い出してみて下さい」
「母を?」
「出来れば楽しそうに微笑んでいる姿を‥‥」
難しいのか目を瞑って想像していたエリアは、思い浮かべることが出来たのか頷きます。
「思い浮かべたら、そのお母さんが、先ほどの日本の話を懐かしそうに話して居ます」
「‥‥」
「‥‥どうですか? 懐かしい気持ちになりませんか?」
スティが聞くと、目を瞑ったまま微笑を浮かべるエリア。
「登場人物の少女も、幼い頃にアメリカに来ている訳ですから、本当は日本のこともあまり良く知らないはずです。でもきっと、叔父さんから色々日本の話を聞いていたのでしょう」
「‥‥‥ほんと、その通りね。有難う、私、やってみるわ」
そう言うと呼ばれて砂浜に移動するエリア。
撮影が始まり、海の向こうを見つめると、エリアは微笑を浮かべて目を瞑ります。
「本当に‥‥懐かしいわ‥‥」
風が髪を撫で、夕暮れ時の黄金色に輝く海へと向かってそう呟くと、エリアは暫く立ちつくします。
「‥‥還りたい‥‥きっと海の向こうには私の居場所はもう無いのだろうけど‥‥」
そう呟いて、ぐんとエリアに近付くカメラ。
「いつか‥‥いつか還ろう‥‥海の向こうの故郷に‥‥」
今まで取った全てで悲しそうにどこか苛立ったように言っていたその言葉は、いまは自然と穏やかなもので。
懐かしそうに、愛おしむかのように微笑んで言うと、エリアはそのまま立ちつくし、宣告される『カット』。
「良かったよ! これで全行程完了! 後は私たちの仕事だからな」
監督がそう言ってエリアの肩をぽんと叩くと、力が抜けたのか砂浜にへたり込むエリア。
エリアは、やがて立ち上がって一同の所へと戻ると、初めて役になりきれた気がしたと笑って言います。
「本当に‥‥本当に有難う!」
そう、エリアは何度も何度も礼を言うと、微笑を浮かべて目元の涙を拭うのでした。