煉獄事件〜G襲来アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
3Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
7.9万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/01〜03/05
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●本文
その日、珍しい人物の悲鳴があがった。
いつもは怒鳴り声しか聞こえない、瀬戸口茜。PLOJECT:八卦の制作部兼‥‥八卦暗部実行隊煉獄班。短く刈った赤いワイルドヘアの奥の、青い瞳が廊下の向こうを睨んでいた。
「隔壁閉じろ!」
「‥‥どうします、班長。このままだと、収容してる奴らが‥‥」
「どうせこの区画には、シシリーと来島しか居ないんだ! それより奴を外に出すな!」
それはどうかと思う‥‥。監視員の一人が呟くと、瀬戸口が頭を叩いた。
「ふざけんな、じゃあお前が奴を始末するのか!」
「‥‥そういう時こそ、外部から呼べば」
こんな一言があり‥‥。
瀬戸口は沈痛な面もちで、語り出した。
「今回頼みたいのは、煉獄内に潜伏しているナイトウォーカーの始末だ」
先月も確か、似たような事件があった。それを切り出すと、瀬戸口は首を振った。
「どうやら収容している連中に届いた荷物に、ナイトウォーカーが潜んでいたようでな。それに接触した‥‥あるモノに感染したらしい」
口に出すのも恐ろしい‥‥瀬戸口は体を震わせた。
「奴らの中に‥‥擬態したモノが含まれている。カメラで確認した所、未感染のものも含めて総数3体だ。どれが感染体なのか、実体化するまでわからない。君たちにおびき出して、始末してほしい」
瀬戸口は地図を出すと、立ち上がった。
かさり。
どこかで何かが動く音が聞こえた。
本のページをめくりながら、視線を動かす。さらりと銀色の前髪が揺れる。視線の端には、四時間も前に持ってきた食事のトレイが置かれっぱなしだった。
黒い影が侵入し、飛びかかったと同時に鋭く風が舞う。黒光りする足の一本を掴み、引きちぎると奴は羽ばたきながら、再び擬態化して飛び去った。
ちっ、と舌打ちして部屋の隅にあるカメラを見る。
「瀬戸口‥‥てめえ、いつまでナイトウォーカーを野放しにしとくんだ。さっさと始末しろ!」
「そいつは無理だ」
廊下の向こうから声が聞こえる。来島の声だ。
「あいつは大嫌いだからなぁ‥‥ゴキブリ」
再び激しい羽ばたきが聞こえる。どうやらGは、一旦諦めたようだ。
「お前達が入ったら、区画の隔壁を閉じる。それと同時に、シシリーと来島、二名の牢扉を開く。二人は鎖で繋がれているから、奴も必ず狙ってくる。両方の廊下の端と来島、シシリーの部屋にそれぞれ配置して、奴らを待ち受けてくれ。奴が実体化し次第、退路を塞いでくれ」
瀬戸口はそう言うと、それじゃあ後は任せた、と言いはなった。
<依頼に関わる情報>
煉獄:「PLOJECT:八卦」の地下にある。詳細不明。ただ、人の法で裁けなかった仲間を隔離している、私的な施設とだけ‥‥。
区画内:真っ直ぐの廊下で、両端に三つずつ個室がある。他の部屋は使われておらず、廊下右側の真ん中にシシリー、左側の一番奥に来島という人物が収容されている。
G:全部で三体。NWは一体。顔に飛びかかってきます。普段はGに擬態しているもよう。
●リプレイ本文
[明と暗]
煉獄第三区画、八卦地下階の最奥に位置するエリアだ。
ランズ・シシリーとは、そもそも十年ほど前から八卦を苦しめ続けた殺人鬼である。何故、というのは愚問だ。彼にとっての殺戮は、趣味の一つであるのだから。
方や来島‥‥と呼ばれる男は、三十代後半の体格いい男だ。瀬戸口は、彼が投獄された理由については語らなかった。ただ、煉獄担当の八卦暗部メンバーの中には、配置につくと必ず来島の顔を覗いて挨拶をしていく者が居た。
暗部隠密隊の立浪もまた、煉獄を再々訪れるのは来島の様子を見に来る為であるらしい。
Gことゴキブリ退治に真剣な眼差しのアジ・テネブラ(fa0160)は、小さいながらも頼りになる協力者滄海 故汰(fa2423)を連れて換気口や排水口を塞いで回っていた。
「奴は、暗いところに集まるというけどね。それで踏んだ事が何度か‥‥」
淡々とした口調で言った飛鳥 夕夜(fa1179)の言葉に、一同はしぃんと静まりかえった。アレは出来れば、見るのも勘弁願いたい。踏んだ所を想像したのか、皆ため息をつく。
ふ、と泉 彩佳(fa1890)が顔を上げる。
「そういえば、『忍者』はタマネギの臭いに釣られてくるって聞いたよ。色々用意して、おびき出したらどうかな」
「そうだね。配置は‥‥あたしはどこでもいいけど」
飛鳥が見まわす。どうやら故汰はシシリーの所が良いようだ。アジと鷹見 仁(fa0911)と飛鳥は、以前にも組んで仕事をしている。三人にくわえて橘 遠見(fa2744)が廊下の封鎖に回り、残りは来島とシシリーの部屋に配置した。
「ちょっと聞いてもいいですか?」
ひょいと彩佳は、シシリーの前に立った。
「なんだ」
「シシリーさんはNWを見かけましたか?」
何だかしばらく考え込み、シシリーはにやりと笑った。
「まぁ心配しなさんな、元がゴキブリだから実体化しても大きさはたかが知れてる。左前足を、引きちぎってやったから目印にしな」
あの沈黙が何だったのか、彩佳が様子を伺うように黙り込む。シシリーはくつくつと笑った。
「ゴキブリが居座っちゃあ、飯も出ないじゃないか。さっさと退治して欲しいね。ただでさえ退屈な監獄なんだ、それくらいのショーは見せてくれ」
‥‥これは、仲良く出来ないタイプかもしれない。彩佳は愛想よく会釈をすると、今度は来島にも同じ事を聞いた。
二人の情報を総合すると、シシリーが左前足を引きちぎり、来島は蹴りを入れた事がわかった。来島の攻撃で、頭部が凹んでいるかもしれないとの事だった。
「どうでしょう、それって本当の話でしょうか」
遠見はシシリーや来島の様子を見て、そう呟いた。ここに投獄されている以上、何らかの罪を犯した‥‥という事ではないか?
彼らは狡猾だ。逃げ出すという可能性もある。鎖がチタン合金などで出来ていたりしないかぎり、一旦鎖が錆びて外れでもしたら‥‥。
人の法で裁けなかった、つまり尻尾を出さなかったという意味ではないかと遠見が言う。
それに関して、少しだけ来島が答えた。
「シシリーを警察が逮捕出来ると思うか? それに人間の収容施設内で獣化でもされた日にゃ、大事だ。人間用の監獄で、押さえ込めるとも思えない。有る程度は八卦がフォローして回っていたから、逮捕されていないんだ」
ワイドショーでシシリーが警官を皆殺しにする所なんか、見たくない。
その答えは、尤もだった。
「あなたもそうですか?」
「一応、そういう事になってるなぁ」
人ごとのように来島が答えた。
[一匹見かけたら三十匹居ると‥‥]
今日は獣人以外が周囲に居ない。人間が入ってくる事もない。
最初からフル装備、完全獣化状態で全員待機する事にした為、煉獄内はたちまち手狭になった。
鷹見は背中に羽があるし、彩佳とアジは竜系、夏姫・シュトラウス(fa0761)と飛鳥は虎、そして故汰と小田切レオン(fa1102)が狼。遠見はその金色の髪とほっそりした容姿からして、狐である。
「ゴキブリを逃がすのはともかくとして、NWは逃がす訳にいきませんね」
人間が逃げられる程の大きさがないかチェックする遠見は、シシリー対策なのかNWなのか‥‥。
一方鷹見は、なんだか色々と持ち込んでいた。NW用の木刀、そしてG用の液体洗剤入り水鉄砲を二つ。その予備弾倉の水筒。室内を纏めて殺虫する為の燻煙タイプの殺虫剤。
「締め切った部屋で焚いたら、シシリーさんと来島さんも死んじゃうよう‥‥」
「それは駄目なの、シシリーのおじちゃんが死ぬのっ!」
あればゴキブリではありません。遠見が彩佳と故汰に、冷静な突っ込みを入れた。
「しかし人体に害があるので、焚いて閉鎖するのもどうかと思いますが」
「そうだな、まあ結局地道にやるしかないな」
鷹見は、洗剤を手に取った。
区画地図の上にペンデュラムを下げ、念じ続けること数分‥‥。鷹見がそんな方法でゴキブリを探している間、彩佳は端で傘を手に目を光らせていたし、遠見はNWと収容犯に対する警備の為に立ち続けていた。
「それ、どれくらいの確立で当たるんだ?」
ぽつりと飛鳥が聞く。
「‥‥俺の底力だと、多分1/3‥‥ペンデュラムの信用度とGの数を合わせると、恐らくNWに当たるのは1/9くらい‥‥」
六分×9回か。軽く一時間かかる計算だ。一応燻煙剤は、2部屋以外には撒いてある。
そうなれば、目で探す方が速い。飛鳥は意識を目に集中させた。
来島の部屋では、アジと同じく傘を持って待機する彩佳が、来島の側に立っている。
最大限まで視力を強化して、冷たいコンクリートの室内を見張る。ドアの前に立ったレオンは、じっと耳をすませた。
鷹見が振るペンデュラムの音に混じって、何か聞こえる。
「‥‥そこだ!」
レオンが指す方向を、鷹見と飛鳥がふり返った。即座に飛鳥が殺虫剤を向ける。
Gはスプレーに気づかず(無理もないが)、真っ直ぐ飛鳥の方にジャンプした。思わず避けた飛鳥の横をかすめ、鷹見の頭に‥‥。
「!!!」
思わず手で払う、鷹見。
そんな二人の様子を見ながら、遠くからスプレーを吹く遠見。遠見とてゴキブリは嫌だから、接近されないうちに叩くべし。
「そこを動くな、G!」
鷹見は出力最大、雷を放った。地を這うようにして、雷が黒いGを直撃する。
ドアからその様子を見る故汰の頬を、そよと風が吹いて撫でた。
「‥‥おまえら、ゴキブリ一匹にそこまで死力尽くすか」
「な‥‥NWかもしれませんから」
そう言う夏姫は、手袋と雨合羽に新聞紙、と完全防備だが。
焦げ付いたゴキブリの残骸を、遠見と鷹見がのぞき込む。
「まずは一匹、だな。あと2匹だ」
「ペンデュラムの確立より、獣化して探す方が速いと思いますが」
遠見は再び立ち番に戻る。鷹見は次の攻撃準備をしつつ、ペンデュラムの方へと戻った。
「来島さんはG、恐くないんですか?」
彩佳が聞くと、来島はは、と苦笑した。
「嫌に決まってるだろ。‥‥まぁアレだ。シシリーは恐くないらしいぞ。あいつが言うには、海外にはペット用のゴキブリが居るらしいな。マダガスカル‥‥何とか言う名前らしい」
「ペット? ‥‥な、なんでそんなものをペットにするんだ! アレは台所の敵だ、闇だ、天敵だ‥‥はっ‥‥き、来っ!」
傘を開いて威嚇すると、隙間からGを確認しつつスプレーを吹く。しかもこのG、明らかに普通のものより大きめだ。
アジはいつもより殺気立っていた。ゴキはするりと避けると、背を向ける。殺虫剤を念入りに、しつこい位に吹き付けるアジ。
「逃がさん!」
「そいつ、足が無かったぞ!」
飛鳥が駈け寄る足下をくぐり抜け、Gは来島の部屋に入った。
「じゃあ、こいつが犯人か!」
レオンが剣を鞘から引き抜く‥‥と、部屋に入ったGが動きを止めた。傘を避けながら、彩佳がGを見る。
「‥‥これがNWですね」
しゅ、と殺虫剤を吹いたとたん、Gが本性を発揮した。
靴底ほどに巨大化したGは、いびつな形に変化していく。足が伸び、牙を生やしたGは羽を広げてレオンに飛びかかる。どうやらこの大きさが、このNWの限界らしい。
「○×$&%!!」
巨大なGのジャンプ攻撃を受け、レオンはとっさに避けた。
ちゃっかり彩佳は傘でガードしながら、レオンの後ろに立つ。
「わ、私はレオンさんのサポートです」
「俺だって嫌だよ!!」
そうこうしているうちに、彩佳の傘にGが張り付く。傘越しに巨大なGの影が‥‥。
「あ、アヤの傘が‥‥」
「‥‥南無三‥‥」
飛鳥は自虐的に笑うと、サバイバルナイフを構えた。黒くてつやつやしている羽の隙間に、ナイフを突きつける。
固い羽に、刃が挟まった。叩き付けたレオンの剣は、摩擦力の低い羽の上で滑ってうまく傷をつけられない。
「Gのくせに‥‥!」
「腐ってもNWか」
飛鳥はナイフをようやく引きはがすと、息を吐いた。
[G殲滅]
そのころ、最後の一匹がシシリーの所に現れていた。
「これはNWじゃないですよね‥‥」
夏姫は新聞紙を構えたまま、誰問う事なく呟く。見えては居ないが、声を聞くだけで状況は分かる。巨大なGなど見たくないので、シシリーの部屋に待機していた。
それに、NWがもう一体居ないとは限らない。
故汰は洗剤を手に、Gを追いかけ回していた。ちょこまかと動き回るGは、シシリーの手の隙間や夏姫の足の間を這い、逃げ回る。
「ゴキブリさん、めっなの!」
洗剤がようやくゴキブリを捕らえ、のろのろと動きを弱めた。
夏姫はきっ、とGを睨み付ける。手にした新聞紙を、思い切り叩き付ける夏姫。何かに取り憑かれたかのように、地を叩き続けた。
じいっと見るシシリーと、黙って夏姫の手が止まるのを待つ故汰。やがて急に正気に戻り、夏姫は手を止めた。そろり、と新聞から手を離す。
足でシシリーがひょいと退けると、完全に潰れて体液を撒き散らしたGがそこにあった。
「こいつはNWじゃないな」
ふらふらと夏姫がへたり込む。
ごめんなさい、もう晩ご飯は食べられません‥‥。
依然として格闘中のレオンと飛鳥、彩佳はその素早さと堅さに手こずっていた。
最悪の事態、牙を立てるかとも考えていたレオンは、どうやらそこまでしなくとも済みそうな大きさのNWにほっとしていた。
「‥‥仕方ねえ、覚悟決めるか‥‥」
剣を放ると、レオンはGに飛びかかった。
噛みつくのを考えれば、手で捕まえるのなどマシな方だ。ゴキブリを追いかける狼と虎‥‥。廊下では雷で始末した鷹見も、ここではさすがに雷を使う訳にいかない。
入り口で飛鳥と鷹見が立ちふさがると、背後を傘で彩佳が塞いだ。
Gの動きが一瞬、止まる。
「捕らえたっ!」
がっちりとレオンの手が、Gを捕らえた。かさかさと動くGの感触が、レオンの手に伝わる。
「レオン‥‥お前の犠牲は無駄にはしない」
押さえ込まれたGを、鷹見の木刀が叩く。間髪入れず、飛鳥のナイフが羽を貫いた。
[後始末]
結局、NWが憑いていた荷物は誰に届いたものだったのか。
レオンは、瀬戸口に聞いた。夏姫も言っていたが、この煉獄でNW事件が起きるのは知っているだけでも2度目だ。
「あの‥‥ここでNWは多いのですか? それとも‥‥レオンさんが言うように」
意図的に送り込まれたのか。
瀬戸口は、うん、と返答する。
「来島かシシリーかのどちらかだ、とは分かるんだけど‥‥。鳳凰も知ってる話だから言うが‥‥うちには、『暗部』という裏の組織があってな。そのうち実行隊は私のような戦闘能力重視の隊だ。皆、映画の仕事と兼任だ。暗部実行隊が門を見張っては居るが、気づかず通してしまったり、情報媒体で入ってきたりする場合がある。‥‥まあ、ウチは獣人が多く居るからな、そういうものが来やすい訳さ。餌だらけだからね」
「もしかすると‥‥誰かが‥‥」
不安そうに夏姫が聞くと、瀬戸口は天井を仰いだ。
「どうだろうな、その可能性もあるかもしれん‥‥が、今はわからないな」
「八卦の混乱‥‥もしくは、奴らの暗殺が目的か?」
レオンは、廊下の向こう‥‥闇に閉ざされた第三区画を見つめた。
独房内を掃除しながら、故汰はちらりとシシリーを見上げた。
故汰が掃除をしているのは、まだシシリーに聞きたい事があるからである。
「シシリーのおじちゃん、お願いがあるの」
シシリーは、おじちゃんと呼ばれても気にする様子もなく故汰を見下ろす。
「お願いは聞かない」
「ええっ、どうしてもヒントが欲しいの。この間の193937、わかんないの」
「じゃあずっと考えるんだな。あれ以上ヒントなんか無ぇよ」
しゅん、と故汰は耳を垂らした。