アイドル候補生の舞台アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
3.4万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/07〜03/12
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●本文
ジャリプロには、まだ日の目を見ない候補生達がたくさん居る。
スカウトされて事務所に入っても、デビューする事なく消えていく子供達が大半である。日々レッスンを積んでいても、それが生かされる事なく‥‥。
田部哲哉も、その一人である。
元々その気がなく、親に応募されて入った事務所。アイドルになるつもりはさらさらなく、一度は周囲の説得により続けようと思ったものの、アイドルが嫌である事には変わりがない。
レッスンの合間も、一人でぽつんと窓辺に立つ哲哉。
「田部、おい田部!」
ふ、と哲哉が顔を上げる。背の高い、色黒の少年が立っていた。
中学一年の哲哉より2つ上の14才で、ジャリプロに入って一年が経過す羽崎海だった。いつも元気がよく、ひときわ大きな声を発する。運動神経がいいのか、何をやらせてもそつなくこなした。
その明るい性格に、集まる仲間も多い。
「なあ田部、みんなで一日舞台やろうって言ってるんだけどさ、お前も来いよ」
ええ、田部?
そんな声が聞こえた。哲哉は嫌々やっているという印象がある為、仲間内でもあまりいい顔はされていない。
「いつまでもレッスンばっかりじゃなくてさ、俺達で何かやってみようぜ。あ、事務所には俺から頼んでみるわ」
「でもさぁ羽崎。あいつは‥‥」
「いいじゃねえか、田部を呼んでも。それが嫌な奴は、来なくていいよ」
俺の決定はみんなの決定。羽崎はガキ大将タイプだが、不思議と嫌みがない。
「‥‥俺は行くって言ってない」
静かな口調で、哲哉が呟く。すかさず羽崎が答えた。
「いいから来い! なんか文句ある?」
「‥‥」
黙ったままの哲哉に、羽崎は勝手にOKと判断したらしい。
「裏方は、ちゃんとした人を集めた方がいいよな。で、どんな舞台にしようか」
羽崎は皆を見回して、にぱっと笑顔を浮かべた。
<ジャリプロの一日舞台>
チーム名:羽崎の一存で、WINGSと決まったようです。自分の名前をもじる俺様精神は、そっとしておいてやってください。
参加者:主演メンバーはジュリプロ。16才未満であれば、脇役での参加OK。
メイン:羽崎海、田部哲哉、その他10名程(全員15才未満)
ストーリー:みんな考ええるのが苦手なようなので、お任せするそうです。キーワードは成長、裏切り、死、宝物(言葉の意味は、好きなように解釈ください)、ダウンタウン。或る程度のストーリーは、組立やすいキーワードに設定してあります。
<NPC>
羽崎・海(はざき・うみ)/14才/中学3年
・ジュリプロに所属する少年。ガキ大将の俺様道。面倒見はいいようです。
田部・哲哉(たなべ・てつや)/12才/中学一年
・ジュリアーズ事務所に所属する少年。口数が少なく、あまり積極的な方じゃないようです。前回のシナリオの経緯もあり、舞台には少しだけ興味があるようです。
●リプレイ本文
[子供達の舞台]
打ち合わせもそこそこに、一同は舞台に集結していた。
限られた期日の中、ジュリプロから人がかり出せるのは当日だけである。大道具のトシハキク(fa0629)は、あまり手を掛けずに舞台を仕上げる為に、話を聞きつつ舞台セットの用意を続けていた。
早々に決まったのは、舞台がダウンタウンだという事。
舞台の上に立ち、まずプロデューサー経験のある御神村小夜(fa1291)が公開日までの進行表を書き込みながら話を進めた。
「まず、舞台の脚本を決めなければいけませんね。‥‥ええと、皆が決めたキーワードはこれね?」
成長、裏切り、死、宝物の4つ。
この中でも、死という言葉が頭を悩ませた。
「‥‥殺伐としていますね」
ぽつりと相沢 セナ(fa2478)が言った。本人達にとっては、あまり深い意味は無いのかもしれない。たまたまよくやるゲームやテレビ番組の話になり、そういうキーワードになった、と羽崎達は話す。
しかしこのまま作れば、セナの言うように殺伐とした話になってしまうだろう。
その時、すう、と百瀬 悠理(fa1386)が顔を上げた。皆の顔を見ながら、タイミングを見て口を開く。
「あの‥‥赤ちゃんを通して描く‥‥というのはどうでしょう」
百瀬が描いたのは、ダウンタウンで生きていく子供達が赤ちゃんを拾い、育てていくというストーリーだった。
「いいんじゃないか?」
桐生董也(fa2764)が短くそう答えると、セナがふと微笑した。
「そうですね、それならキーワードも盛り込めそうですし‥‥百瀬さんの案でいいと思いますよ」
「赤ん坊を出すなら、わざわざ死なせる必要はないかもしれんな。子供達が『死』について考える場面があれば、それはそれでキーワードが生かせる」
桐生はさっそくその方向で、小夜達と案を纏め始めた。
殺伐としている、というセナの言葉を聞いた百瀬は、百瀬なりにすこしそのイメージを和らげたかったのである。演じるのが子供ばかりである事もあり、見る者演じる者があまり死というイメージにとらわれるのも寂しい。
経験もあつい桐生はこの中では一番年輩で、やんわりとしたイメージのセナとは対照的に少し恐い印象がある。だが、年輩者に意見を採り入れてもらった事で、百瀬も少し肩の力が抜けたようだった。
[舞台で演じるということ]
ストーリーのあらましを決めた桐生は、さっそく脚本を小夜と白河・瑞穂(fa0954)の三人で手分けをして書き始めた。
桐生には及ばないが、一人前の演出家を目指す白河。彼女はトシハキクの舞台セッティングも、手伝わなければならない。そこは舞台経験が豊富な都路帆乃香(fa1013)や、舞台に参加する予定の百瀬とアルケミスト(fa0318)達が手伝ってフォローしている。
トシハキクに言って舞台にピアノを残しておいてもらったセナは、桐生達が脚本を作り上げるまでの間、ジュリプロの子供達を呼び集めた。
むろん、アルミや百瀬も一緒だ。
「じゃあちょっと発声練習から、いいですか?」
「えー、やっぱりここでもすんのかよ」
羽崎がそう言ったが、にこりと笑ってセナが答える。
「はい。舞台は舞台、レッスン場はレッスン場ですから」
ちらりと、その様子を遠くから都路が見る。
田部哲哉に舞台を薦めたのは、まず自分だ。その手前もあり、都路は哲哉の様子が気になっていた。
指示で、一人ずつレッスンを始めるセナ。客席で脚本を練っていた小夜がちらりと顔を上げる。桐生は顔を上げず、都路に声をかけた。
「‥‥行った方がいいんじゃないか」
「そう‥‥ですね。ちょっと行ってきます」
都路は、舞台に上がるとセナの横に立った。そこで、それじゃあ、とセナは手を止める。
「羽崎くん、君は普段カラオケで何を歌う?」
羽崎が好むのは、先輩の歌や元気のいい流行のものが主だった。セナがそれをピアノで弾きながら歌うように指示すると、ラップが入ったものでも羽崎は平気で歌った。
羽崎は度胸があり、声質も澄んでいて通りがいい。
一方、哲哉は運動をしていた為か肺活量も多く声はよく出る。だが度胸が足りず、小さくまとまってしまう。
自分がよく歌う曲でボイトレをする事で、彼らの緊張を解こうという狙いがセナにはあったのだが、ここで都路はある問題点を見抜いた。
それをセナに小声で伝える。
「田部君以外、客席の向こうの端に行ってくれるかな」
何をするのか分からないまま、彼らは一番向こうに立つ。客席の端に行くと、セナが再び哲哉に発声を促す。
そう、セナが一番声が大きいと言った田部の声でも、端に行けば行く程聞き取りづらくなる。それが歌ではなくセリフになり、客席に人が満員になるとまた更に聞き難くなる。
「あのね、舞台だと小さな演技は見えにくいんです。演技も大振りにして、声もちゃんとお腹から出さないと、端に居るお客さんには分かりませんよ」
それが舞台終了までずっと、続くんです。ずっと大声を出さなきゃならないんですよ。
都路が言った。
舞台がしんと静まりかえる。と、アルミが都路の袖を引いた。
「‥‥半獣化で‥‥舞台に立ってもいいですか? ‥‥羽は‥‥隠しますから」
自分の声だと、端まで届かないかもしれない。声と演技に自信が無いアルミは、半獣化して集中力を高めて参加するようだった。
脚本が上がると、舞台での練習が開始した。こうなると都路がついていなければならず、手伝いをしていたアルミや百瀬もあまり手が空かなくなってきた。
何度も都路が言い聞かせた事もあり、各人ある程度メリハリのついた演技が出来るようになった。それでもどうやっても補えない部分は、演出担当の桐生と白河の出番である。
「皆さん、これ‥‥差し入れです」
舞台で練習中の羽崎達に、百瀬がトレイを持って上がってきた。少しの間だけど、仲良くなれたら‥‥そう言って、百瀬がサンドイッチを作って来たのである。
「お、これ手作り?」
「すげー、腹減ってたんだ」
一時の間、子供に戻ってサンドイッチをほおばる。ちょん、と横にアルミも座って、百瀬の顔を見た。そっと百瀬がサンドイッチを差し出すと、アルミも口をつけた。
羽崎は相変わらず、初対面の百瀬だろうがアルミだろうが、平気で声をかける。
羽崎の興味は、アルミの羽は飛べるのか飛べないのか、というちょっとした所にあるようだった。アルミが返事を考えているうちに、羽崎が次を喋ってしまう。
「俺は竜だから羽があるけど、飛べねーよ?」
「‥‥羽崎は重すぎるんだ」
「重くねーよ、筋肉だ」
ぽつりと哲哉が言うと、羽崎が言い返した。
[羽崎と田部、それぞれ]
二日ばかり様子を見ると、小夜と白河にも彼らの特徴が見えて来はじめた。
羽崎が中心に居るのは変わらないが、元来自分本位な彼は他の者にあわせる事が出来ない。一方哲哉は一人、寮でも練習している様子がある。羽崎や他の者に、若干ライバル心があるようだった。これはいい傾向、と都路談。
そしてドイツ出身だという百瀬が、それをきっかけにアルミと話すようになっていた。二人とも、子守の役に決めたようだった。
「アルケミストさんと百瀬さんは、希望通り子守をする少女役でいいと思います。二人の息も合ってきたようですし」
白河は、脚本を見ながら小夜に言った。
「あとは‥‥各自に見せ場があるといいんですけども。アルケミストさんと百瀬さんのシーンは重要ですし‥‥やはりリーダーは羽崎くんでしょうか?」
「そうですね、演技はともかくとして、羽崎君は纏め役に適任でしょう。あとはこの医者の息子役は哲哉くん‥‥でいいかしら?」
意見を求めるように小夜が桐生をふり返ると、こくりと桐生も頷いた。
[そして開幕]
ダウンタウンで暮らす少年達。生きる為に窃盗を繰り返す彼らが、赤ん坊を拾う所から話は始まる。
子供達だけで生きていく彼らは、大人の手は必要ないと考えている。どこかから拾ってきたラジカセから、軽快な音楽が流れてくる。
ここで流す音楽は、セナは小夜の注文通りにテンポのいい明るい音楽にした。ダンスは普段レッスンを欠かさない彼らにとって、演技よりは得意分野のようだ。
そしてダンスが終わる頃、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。
リーダー役の羽崎は、舞台の端にゆっくりと歩いていく。
そこで見つけたのは、赤ん坊だった。
子守の仕事をしている少女役は、百瀬である。百瀬は赤ちゃんを羽崎から受け取り、そっとあやした。
「赤ちゃんをあやすのは、こうです」
しっかりと抱え、語りかける百瀬。百瀬の様子を、アルミがのぞき込んでいる。
泣きやまない、赤ん坊に四苦八苦する少年達。
夜泣きに悩まされたり、ミルクの時間の為に夜中に起きるなど、自分達が味わってはじめてその大変さに気づく少年達。
赤ん坊を抱いたアルミを、上からスポットが照らす。暗い舞台の真ん中に座る、アルミと百瀬。アルミがか細い声で‥‥しかし舞台の端まで聞こえるように、歌い始めた。
『Hush Little Baby』という、マザーグースの子守歌である。
歌い終わったアルミが、ぽつりと‥‥お母さん、と呟いた。舞台に微かに聞こえる程の声量で。脚本にない言葉であったので、百瀬も少し驚いた様子だ。
しかし演技は続ける。
ミルクを差し出す百瀬は、将来自分は子守を続けたいと語った。
「私も‥‥なれるかな‥‥」
「一緒になりましょう! 保母さんとか、ベビーシッターとか‥‥」
明るい口調で、百瀬が語る。
やがて第三幕。赤ん坊が熱を出して、少年達は医者を捜して回る。
哲哉演じる少年は、父親が医者であった事を話す。弟に父に助けてもらおうと言われるが、それを拒絶する哲哉。
だが一向に熱が下がらない赤ん坊を見て、哲哉と弟は父親の元へと戻るのだった。
弟やリーダーに説得されるシーン、ここは肝心なシーンなのだが、哲哉は長調子で焦ったのか、セリフに詰まってしまった。
すぐに思い出して続けたものの、哲哉は動揺しているようだった。
「早めに暗転しよう。照明は羽崎の方にやってくれ」
桐生の指示で、トシハキクが照明の位置を移動させる。
裾に戻ってきた哲哉を迎えたのは、袖から見ていた白河と都路だった。
白河は柔らかな表情で、哲哉を迎える。
「完璧な演技をしよう、なんて思わなくてもいいんです。舞台、楽しみにしていたんですよ‥‥頑張って」
「そうですよ。忘れたり間違ったり、それでもみんなでフォローしあえるから舞台、なんです。それが舞台の楽しさなんですよ」
都路は、まだ舞台の上に居る羽崎を見ながら言った。彼が間違えば、羽崎達が、そして桐生や裏方のトシハキクがフォローする。
「始めての舞台なんですから‥‥あなたも楽しんでしましょうよ」
白河が哲哉の目をじっと見る。彼はこくりとうなずき、舞台に戻っていった。
少年達は赤ん坊の世話を通じて、徐々に外の世界に出ていく。
そして外の世界で赤ん坊の親を見つけ、彼らは子供を親に返してやる事を決意する。
医者の父の元に帰る兄弟、子守の職を見つける少女達、ストリートライブで自活しようとする子供。
それぞれが未来に向かって行き‥‥舞台は幕を下ろした。
舞台はおおむね好評で、ことジュリプロの少年達の舞台という話題性もあって、少女から年輩の女性まで、幅広い客層で席を埋めた。
デビューもしていない彼らにとって、ファンに囲まれる経験は無かったようだ。あわててトシハキクが彼らを控え室に送る羽目になり、背中のリュックの中に羽を隠していたアルミは逃げるようにして戻った。
「いい舞台でしたね。みなさん、お疲れさま」
白河がぺこりと頭をさげると、誰からともなく拍手があがった。
少年達に混じって、ジュースで乾杯をしている百瀬にアルミ。彼らの様子を微笑ましく見ている都路と、セナ。桐生は、今日の舞台をふり返っているようだ。
「どうかしました?」
「あ‥‥いいえ。彼らが‥‥」
トシハキクは、小夜から視線を少年へと向ける。
この舞台の少年達のように、彼らもまた‥‥明るい舞台の上へと上がる日が来るのだろう。いつの日か。