氷室刀剣店の依頼アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
やや難
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
03/10〜03/14
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●本文
映画制作会社PLOJECT:八卦。八卦の取引先である、氷室刀剣店がとある依頼を持ちかけてきた。
氷室刀剣店は、氷室亜矢という獣人の女性が経営する店だ。
刀剣やその小道具を主に扱っており、八卦や鳳凰に撮影用の道具を提供していた。凜とした表情の亜矢が、今日に限って表情を曇らせている。
「実はこの間京都に行った時、ホテルに押し込み強盗が来たのです」
ふう、と亜矢はため息をついた。
「いつも同じホテルに宿泊するものですから、目を付けられたのでしょう。わたくしに警戒心が足りないのは分かっておりますが‥‥」
亜矢は現在二十五才である。五年前に父が死亡し、祖父と祖母、母との四人暮らしだ。刀剣に関する知識が全く無い祖母と母は店に出入りする事がほとんど無く、祖父は元々研師である上愛想があまりよくない為、商売に出向く事はめったに無い。
店は作業場に祖父、店内は元・八卦の事務員であった青年が二人手伝いに来ている。
父と二人で、各地の得意先を回っていた亜矢は、刀剣が十本ばかり入ったバッグをも軽々と抱える。
もしかして、誰か内通者が居るとか。そう聞かれると、亜矢は首を振った。
「若い女の刀剣商なんて、そうそう居るものではありませんから‥‥どこを歩いていても目立つのです。そろそろ、身辺に気をつけた方がよいのでしょうか」
そうですね、身代金を抱えて歩くようなもんですから。突っ込みを受けて、亜矢はやんわりとした苦笑を浮かべた。
「でも、京都にはお得意さんが居るんですよ。呉服屋の加地さんに、刀剣が好きな城崎さんご夫婦。それから今回は、京都に居る鳳凰映像のスタッフに刀を届けなければなりませんし‥‥。映画の撮影や時代劇特番などが控えておりますから、模造刀と刀をお届けする事になっていまして」
亜矢はまた、深くため息をついた。
「幸いにも、嵐山にある涼風館という旅館の女将がご招待くださいまして、今回はそこに宿泊する事に致しました。ですが女将の為にも、また強盗が‥‥などという事にならないように、護衛をお願いしたいのです」
温泉旅行気分で、ご一緒しませんか? 亜矢はふ、と笑みを浮かべた。
依頼:あくまでも、刀剣を守る事が目的。放っておいても亜矢は刀剣を自分で持つと思いますが、小道具もあわせると全部で十数kgになります。持ったまま歩くのは、かなりコツと体力が必要になるでしょう。
涼風館:四十才の美人淑女が女将の和風旅館。強盗に会ったホテルとは、違います。二部屋用意してあり、各部屋に露天風呂完備。食事付き。風呂は美容にいいと評判。二泊します。
依頼に際して:旅館内では、他のお客様の迷惑にならないようにお願いします。また、強盗が獣人とは限らないので、後で言い訳に困るアイテムを持ち出さない方がいいでしょう。亜矢の日本刀は高価な美術品なので、一ふり十万単位のお金(研ぎ代)が消費されます。傷を付けるような事があったら、遠慮なくお代を差し引きます。下手に調査をして、旅館の評判を落とすような事がないように‥‥。
●リプレイ本文
[一日目]
首都から車で数時間‥‥。
夏姫・シュトラウス(fa0761)が時雨・奏(fa1423)に頼んで用意してもらったレンタカーにより、京都に到着していた。
嵐山にある旅館・涼風館は背後に低い山があり、風情のある古い建物だ。トランクから刀の入ったゴルフバッグを取りだした亜矢を、夏姫が止めた。
「あっ、私が‥‥持ちます」
夏姫が荷物を肩にかける。かなりの重量があるのか、夏姫の肩に食い込む。
「しっかり持ち手を掴んで、肩に乗せるようにして持った方がいいですよ。中途半端に肩に掛けていると、紐が食い込んで痛みますから」
「こうですか」
肩にバッグの重量を掛けるようにして、夏姫が抱える。
それを見ていた華坂瀬 朱音(fa0742)は、小道具の入ったバッグを手に取った。
「これくらい、私達がしますから」
にこりと笑って朱音が言った。
それに比べて‥‥。後ろに立っていた銀色の髪の少女イルゼ・クヴァンツ(fa2910)が、男性陣を見つめる。
「女性が荷物を持っているっていうのに、あなた達は何をするの?」
淡々とした口調の中に、刺すような冷たさを感じる。
ふるふると黒澤鉄平(fa0833)がオーバーに首と手を振った。
「いやいや、俺はこう見えても非力なんでね。最近だんだん年齢がこたえて来て‥‥」
その横をすり抜けて、小さな影が旅館に駆け込んでいく。日宮狐太郎(fa0684)はカメラを手にしてロビーに立つと、きょろきょろと見まわした。
「わー、なんかすごい古そうな所だね」
「ようこそいらっしゃいました」
和服の女性が、すう、と頭を下げた。髪を後ろで一つにまとめ、櫛をさしている。こんにちは、とぺこりと頭をさげると、狐太郎はすっ飛んでいってしまった。
「あ。狐太郎!」
あわてて、彼を八咫 玖朗(fa1374)が追いかける。年の離れた弟のような気分だ。
「こいつは申し訳ない。‥‥まだ子供なもんでね」
と、さりげなく鉄平が手を差し出す。愛想良く笑顔を浮かべ、女将は快く握手してくれた。
荷物を持った夏姫と朱音、そして亜矢に付き添うようにしてイルゼと尾鷲由香(fa1449)がロビーに入ってくる。
「お、黒澤さん。さっそく女将をナンパか?」
にや、と尾鷲が笑う。
「雰囲気があっていいなー、と思うだろうが普通は。なぁ時雨」
いきなり話しを振られ、時雨・奏(fa1423)ははぁ? と聞き返した。
「まあ、女将は美人さんやと思うけどな、いきなり話し振られても困るわ、わし」
関西人みな芸人ちゃうからな、おもろい突っ込みもうまいフォローも出来へんで、と時雨が言い返す。
どうやらピリピリしているのは、イルゼだけであるようだ。
「私だって、温泉楽しみたいけど‥‥」
損な性格。
部屋に荷物を置くと、それぞれさっそく周囲をチェックしはじめた。
部屋は一階、奥の襖を開くと垣根に囲まれた露天風呂がある。本館からは離れにあたる為、通路も人通りは少なかった。
多人数の為気遣ったのかもしれないが、いっそ人通りの多い本館の方が強盗も来ないかもしれない。尾鷲は荷物から何かを取り出す夏姫に、注目した。
たくさんの鈴と、紐を用意している。すう、と目を細めてイルゼが声をあげた。
「鳴子を作るんですね」
「はい。これがあれば‥‥人が入れば気づくかもと思って」
入り口と窓に、鈴を付けて回る夏姫。こうしておけば、簡易警報装置になる。
そうしているうちに、男性陣も打ち合わせの為にやってきた。
「鳴子か‥‥そいつは気づかなかったな」
黒澤は、夏姫のつけた鳴子に感心した。
借りてきた猫のようにちょん、と座った玖朗は、あの、と声を発した。
「それじゃあ‥‥明日もお仕事があるようですし、打ち合わせをしましょう」
「そうですね。明日の予定は‥‥」
亜矢が手帳を出して確認する。
「まず午前中に鳳凰映像に刀を届けて‥‥午後からはお得意さんを何軒か回って、夕方ここに戻ってきましょう」
「あー‥‥ちょっとええかな」
す、と時雨が手をあげた。手に持っていた封筒から、一枚を写真を撮りだした時雨は、それを亜矢の前に差し出した。
「ちょっと話の腰折るようで悪いんやけど‥‥出来たらでええから、この刀の事調べてもらえへんかな」
時雨が出したのは、パソコンからプリントアウトした写真だった。そう、ミサキのサイトに紹介されていた刀の写真である。
拡大された方の写真を見ると、亜矢は首をかしげた。
「新々刀ですか。これ‥‥どこかで見た覚えがありますね。わかりました、ちょっと聞いておきます」
「じゃ、話しを戻すよ。泥棒、今日来るかもしれないし明日来るかもしれない。離れだから、ちょいと暴れてもわかんないだろうけどさ」
尾鷲が、すう、と外の方に手をやりながら言った。
たしかにここだと、暴れても表には事が気づかれないだろう。
「いざとなったら、撮影だったって言っちゃえばいいんじゃないか?」
「‥‥んー。せやけど、女将に迷惑がかかるんはなぁ‥‥」
泥棒が入ったと知られれば、女将や旅館に傷がつくのではないか。そう時雨が言うと、黙っていた鉄平も頷いた。
「そうだな‥‥女将の事を考えれば何も無いのが一番だな」
「刀を守るのが優先なんですから、それさえしっかりやって‥‥あとは温泉を楽しみましょうよ」
朱音もそう言い、旅館に通報しないという方向で話しがまとまった。
部屋は男女別(まあ当たり前だが)、風呂は男女時間を分けて入る事で荷物を守る。仕事の道中は、玖朗が彼女に付いていくと申し出た。本人、刀にも少々興味があるらしい。
玖朗が荷物を女性部屋に預けて戻って来ると、鉄平は一人中庭を眺めていた。
「鉄平さん、せっかくですから温泉に入ってみませんか?」
温泉は各部屋、庭に少し渡った所に設置されている。高い垣根が覆っている為、プライバシーも守られるというわけだ。
「なんだぁ? 狐太郎と時雨はどうした」
温泉といえど、入る者は玖朗と鉄平しかいない。そういう玖朗は、この機会に極の鉄平の背中でも流そうと考えて誘ったのだが、当の鉄平は温泉の事はすっかり忘れていた。
「狐太郎は、後から一人で入るんだって。時雨さんは‥‥あすかちゃんにおみやげ買うんやー、って言って出ていっちゃいましたよ」
もっとも、美容などというものは男連中にはかなりどうでもいい要素なのだろうが。ましてや、温泉に男同士肩を寄せ合って入り、語り合うなど、さらにどうでもいい事かもしれない。
「そうか。じゃ、しょうがないな。二人で風呂はいるか」
鉄平は眉を寄せてうーん、と唸った。女同士で温泉というのは色気があるが、男同士で温泉というと、あまりいいイメージが浮かばないのは何故だろうか。
「せ、せっかくだからチームの事も考えましょうよ」
「チームか。すまんな、俺があまり顔出せないもんでなぁ」
「仕方ないですよ、みんな仕事それぞれしてますから」
そんなこんな、色気もなにもない会話をしながら二人は温泉に浸かっていた頃。
旅館のおみやげコーナーで、時雨は女将におみやげを選んでもらっていた。
女将が特別に仕入れてもらった扇子がある、というので『あすかちゃんに、みやげー!』と持っていこうかと。
「‥‥何やの夏姫ちゃん。どないしたん?」
いつの間にか、夏姫が後ろに立っていた。話しかけ辛そうに、顔を赤くしてうろうろしていた夏姫は、時雨に声を掛けられて近づいてきた。
「狐太郎君がどこかに行っちゃったらしいんですけど‥‥知りませんか?」
「さあ、知らん。狐太郎、玖朗と鉄平のオッサンが入った後に一人で風呂はいる、て言うてたけどな。そのうち戻って来るやろ」
唯一、旅館内をうろうろしていても不審に思われない年齢。狐太郎は、子供気分で不審者捜しをしていた。
仲居さんにすれ違っても、関係者以外立入禁止の部屋に入ろうとしても、にっこり笑って制止されるだけで不審に思われない。
夕方を過ぎ、旅館の中を歩いている人はほとんどが浴衣を着た宿泊客だった。
離れに泊まる自分達は、本館から離れに続く道やその周辺に警戒の目を向けていた。
離れの方へと夏姫が歩いてくると、ちょうどこちらに向かって狐太郎が走って来た。
「夏姫お姉さん、なんか変な人がいたよ!」
「変な‥‥人?」
きょろきょろと夏姫が見回す。日が暮れる薄暗い庭には、もうそれらしい影は無い。
「ジャンバー着て、靴はいて、庭の草むらの方歩いてたよ。みんな温泉入って浴衣着てるのに、こんな時間にこんな庭の奥歩くの変だよね」
「わかりました。‥‥狐太郎君。一緒に探しに行きましょう」
二人は周囲を捜して回ったが、狐太郎が見たという人影はもう見あたらなかった。
[2日目]
鳳凰の撮影所には居合刀を、そして痛んだ模造刀を受け取って荷物が更に増え、夏姫はそれでも黙って荷物を持って回っていた。
持たなくてもいいかと玖朗が視線を送るが、夏姫は口数少なく拒否する。
何軒かお得意先を回り、荷物は少しだけ減った。
「今日売った刀‥‥何ていうものなんですか?」
夏姫が聞いた。
「あれは、月山貞一の短刀です。綾杉肌という独特の鍛え肌をもっていて、とても美しい刀ですよ。私はとても好きです」
「おいくら‥‥」
「三百万です」
さんびゃくまーん??
思わず一同から声が漏れた。
今日も何事もなく終えた。
ずっと緊張しっぱなしだったイルゼも、朱音の強引さに乗せられて、全員で温泉に入る事になってしまった。
「あの‥‥わ、私も‥‥ですか」
恥ずかしそうにタオルを体に巻いた夏姫が、もじもじとしている。朱音はくすりと笑ってタオルに手をかけた。
「夏姫さん、湯船の中はタオル禁止ですよ!」
「あ、ちょ‥‥っ」
おたおたする夏姫にかまわず、イルゼはさっさと体を洗って出ていこうとした。その手をがっちり掴む尾鷲。
「まあまあ、せっかく来たんだからみんなで入ろうよ」
湯船の中では、亜矢が笑顔で待っていた。
「女同士なんですから、恥ずかしい事なんてありませんよ」
「あ、亜矢さんは‥‥細いから‥‥」
夏姫が小声で言う。朱音は両手を投げ出して、すっかりリラックスモードだ。尾鷲は夏姫を湯船につけると、自分も湯に体を沈めた。
きょろ、と朱音が亜矢を見る。
「そう言われれば亜矢さん、あんな荷物を抱える割に色も白いし綺麗な肌ですね」
「でも夏姫さんと朱音さんも、けっこう良い体してますよ」
「き、筋肉です‥‥」
プロレスラーである夏姫は、これでも相当鍛えてある。尾鷲はヒーロー志望だった、というだけあって細い華奢な体付きという訳にはいかないが、身長は176、とイルゼと同じく長身だ。
ちら、と朱音は背を向けているイルゼを見る。
「イルゼさん、ここは温泉ですけども」
「私は遊びに来たのではないから‥‥はいっ?」
いつのまにか後ろに亜矢が寄っていて、ふわりと両胸を掴んだ。
くす、と亜矢が笑う。
「リラックスです、イルゼさん」
「あ、亜矢!」
それを見た朱音が、あはは、と笑い声をあげた。
隣の部屋の温泉では、今頃女性五人が仲良く裸の付き合いをしているのだろうか。
言葉にしなくとも、何となく静まりかえった部屋の空気が、思いを現している。
「なんだ、時雨。一緒に入りたかったのなら‥‥今狐太郎が入っているぞ。裸の付き合いをしてこい」
「何で、狐太郎と風呂はいらなあかんの」
鉄平に時雨が言い返す。せっかくだから、みんなで入ればいいのに‥‥そう玖朗が言おうとした時、すう、と鉄平が手をあげた。
「‥‥むこうの中庭を、何か横切った」
ちりん、とどこかで小さく鈴の音が聞こえた。
「回り込むぞ」
静かに三人は、中庭に降りた。
気配を感じた。
ふ、とイルゼが顔をあげる。
「‥‥何か聞こえました」
男の怒号が聞こえる。ばっ、と朱音は湯船を飛び出すとタオルを巻いて扉を開けた。
夏姫の悲鳴が聞こえる。イルゼが何か叫んでいるが、朱音は気にせず外に出た。部屋の縁側で、鉄平と玖朗が中年の男を押さえ込んでいた。
さすがにイルゼも飛び出せずに居ると、尾鷲がタオルと桶を取った。
見知らぬ男がもう一人、こちらに向かって来る。それを時雨が追う。時雨は朱音の姿を見て、驚いたような顔をした。
ひゅ、と温泉の扉の隙間から桶が飛ぶ。尾鷲が投げた桶は、朱音の横をすり抜けて男の頭に直撃した。
「行かせませんよ」
するりと身を近づけ、腕を取った。そのまま体を捻り、腕を絡めて地面に押しつける。
にこりと笑い、朱音が顔をあげる。
温泉の扉の影から、イルゼがこちらを睨んでいた。
「‥‥朱音、あなたには羞恥心は無いのですか」
「ありますよ、人並みに」
さすがに、あそこまでは出来ないね。尾鷲がぽつりと呟いた。
捕り物に参加出来なかった狐太郎は、残念そうに後始末を見送っていた。
結局捕まえた二人の男は、亜矢が知り合いに連絡して引き取ってもらったのである。
「‥‥いいのか、あの二人」
女将に迷惑を掛けたくない、というのは分かるが。尾鷲が聞くと、亜矢が頷いた。
「恐らく、刀剣界と無関係ではないはずです。彼らの処遇は、任せておきました」
「欲しけりゃ、買えばいい。なんで盗んでまで持っていくかねえ」
鉄平は、腕を組んでため息をついた。そうですね、と亜矢は言葉を返しつつ、続ける。
「でも‥‥それだけではありません。あの人達、転売屋なんですよ。刀を他の闇業者に売るんです。最近は海外でも刀が売れますからね」
「刀は美術品で、工芸品‥‥お金にする事した脳にない人には、手にして欲しくないですね」
イルゼはそう言うと、亜矢の大切な荷物へ視線をやった。