ふわふわ・新発売!アジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
フリー
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獣人 |
フリー
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難度 |
普通
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
04/06〜04/10
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●本文
会議室に入った秘書は、ひょいとテーブルの上に手を伸ばした。
真ん中にちょこんと置かれていたのは、小さな箱だった。ピンク色をした、両手のひらに入る程のもので、ふたは開けられている。
中を覗くと、白くて丸いチョコレートがいくつも入っていた。
「なにこれ、新商品?」
テーブル上のコーヒーを片付けている若い後輩が、顔をあげる。
「これじゃないですか?」
ホワイトボードに書かれていたのは、ふわふわ、という一言。たしかに箱には同じ言葉が書かれている。
「なんなの、部長。ふわふわって顔じゃないくせに」
そう笑うと、後輩も釣られて笑った。
「何か、CMの案が出ないって聞きましたよ先輩」
「へえ〜。アイドル出してくれないかなぁ‥‥誰かカッコイイ子」
うん、と後輩が首をかしげる。
最近後輩が、アイドルフェスティバルに行ったという話は聞いている。
「誰かいい子、いる?」
「そういえば、この間ジュリプロ候補生の舞台があったんですよ〜。一日だけだから、けっこうチケット取るの大変でしたよ。すっごく面白かったです。アイドルフェスはハイプロ主催だから、ほとんど女の子だったけど‥‥上手い子とか臨時グループとか組んでたりして、けっこー面白かったよ」
「へえ〜。そういう子使えばいいのにね、出演料も安くつくじゃん」
「じゃあ、学ランとか着てるの見たいです〜!!」
「だよね、やっぱ学ランだよね!!」
‥‥これだ。
会議室から遠く離れた管理室で、モニターを眺めていたオヤジ達は呟いた。
会議室、給湯室、喫煙コーナー、様々な所に新商品をセットして監視する事三時間。
ついにCMの手がかりをつかんだ!
「やりましたね、部長! これですよ、これでいきましょう。アイドルでセーラー服!」
「この間松野くんにアイドルフェスティバルのパンフレットを見せてもらいましたが、結構かわいい子がたくさんいましたよ、部長っ! やはりセーラー服ですよ」
「むう‥‥そうか、君たちがそこまでセーラー服が見たいなら、それでいこうじゃないか!」
‥‥セーラー服目的?
ともかく、こうして君たちの元に出演依頼が舞い込んだ。
チョコレートの新商品『ふわふわ』のCMを作る事。舞台は学校、きみたちは生徒を演じてもらう。
−甘くせつない学園生活の思い出‥‥ふわふわ、新発売−
設定
CM出演者:基本的にアイドルのみ。出来るかぎりは学生というコンセプトで出演してもらいます。大人は一人位であればOK。
裏方:制服のデザイン、作成。舞台は近くの中学校で一日借り切って撮影します。混乱を招くので、参加アイドルには見物者に過度のアピールをさせないように、注意しておいてください。なお、クライアントの強い要請により、学ランとセーラー服である事は必須です。
出演NPC:羽崎海、田部哲哉(ジュリプロ候補生)
田部哲哉:四月で中学二年。無口でクール。
羽崎海:四月で高校一年。元気がいい、俺様道な正確。
CM設定:学生達の日常のワンシーンを描いたもの。チョコレートCMなので、必ずチョコレートは印象的に映してください。大人以外全員制服姿で。十五秒、三十秒版を。
『ふわふわ』:白くて丸いチョコレート。口当たりは柔らかく、ふんわりした食感。甘さとカロリー控えめ。ピンク色の手のひらサイズの箱に入っている。撮影現場には、大量に運ばれてきます。
●リプレイ本文
土日と放課後を利用して借り切った中学校の校門には、休みのはずの生徒達が撮影時を待ちかまえていた。
アイドルフェスに比べれば人数は少ないが、フェスには不参加だった稲荷 華歌(fa2759)はちょっと緊張気味。経験豊富な西風(fa2467)ともなれば全く気にならないが、こんな若い子供達に囲まれてきゃあきゃあと言われる事は、あまり無い経験だ。
そんな中、わくわくして学校に入ってきたのは、阿野次 のもじ(fa3092)。
見回すと、今日一日エキストラとして来た泉 彩佳(fa1890)が富士川・千春(fa0847)の側に立っており、悠奈(fa2726)と愛瀬りな(fa0244)が二人に声を掛けてわいわいと話しはじめた。
「あたしもセーラー服、着てみたかったんですけど〜‥‥ちょっと無理かなぁ」
りなは苦笑いを浮かべた。えっ、とびくりと悠奈が肩を振るわせる。
「あ、私も現役高校生じゃないけど」
「ええっ、でも悠奈さんは可愛いじゃないですか! セーラー服だって似合うし」
この中では、リナと西風が教師役で、羽崎海と田部哲哉を含めて8人は学生を演じる。
田部を含めて本来は中学生の者が含まれているが、今回は全員高校生という設定だ。
そして氷咲 華唯(fa0142)はCMに使う楽曲を提供、麻倉 千尋(fa1406)はナレーションを申し出た。プロットを見て、千尋の声や全体の雰囲気に合わせた、爽やかで春らしい曲にしようと思案する。
それにしても千尋、今回は制服もきっちり校則通りと事前にスタッフへ頼んでいたようで、丈から大きさから真面目な雰囲気に仕上がっている。伊達メガネもぴったり合う。
ネクタイ姿の西風は、優しくて包容力のある校長先生のイメージが出ている。
西風は撮影に際して、なんと自分の盆栽を持ってきていた。きっと、暇さえあればちゃんと手入れしているのであろう。
「せっかく借り切るんだから、いろんな場所を使ってなるべく全員が映るようにしましょうか。それと、チョコを食べるシーンはアップで‥‥」
スタッフと打ち合わせをするりな。それに西風も経験からアドバイスをしつつ聞いていた。‥‥と。
「はい、みんなちょっと注目」
少し、のんびりした調子で西風がふり返る。
よいしょ、と持ってきた椅子を経由して机に上がると、のもじが手を挙げた。
「私、阿野次のもじ! 好きな言葉は成り上がり! 気軽に、いっちゃんってよんでね☆」
こら、机の上に上がらない! と、厳しい口調で言ってみせるりなを、西風がまぁまぁ、と押さえに回る。
「おおー! いっちゃん、そんじゃあよろしくなっ」
同じく大きな声で、海が答えた。
「うみ君。俺様、道に正確。大変よろしい」
こくりと頷くのもじ。
やれやれ。哲哉はため息をついた。
【新学期:15秒】
まだ初々しさが残る少年は、たどたどしい手つきでトランペットを持っていた。緊張しているのか、音が上手く出ない。
「何度言わせるの、そこで切るから、後の息が続かないんじゃない」
悠奈の声に、千春が顔を上げた。
ここ最近、悠奈はずっと哲哉に声を上げている。もちろん、悠奈の気持ちは千春がよく知っているけど、部に入って間がない哲哉にはちょっと過ぎた注文ではなかろうか。
千春は、彩佳との話を中断して腰を上げた。
「もう何度言っても同じね。やる気がないなら、辞めなさい!」
哲哉は悠奈をはっと見上げ、それから視線を落とした。手の中のトランペットを見つめる、哲哉の目は何か思い詰めたようで‥‥。
そっ、と千春が哲哉の手を取り、トランペットごしに手を重ねた。
それから、ぽんとピンク色の箱を乗せる。
「大丈夫、もっと柔らかく吹くの。肩の力を抜いて‥‥ね」
哲哉は視線を泳がせ、俯いた。
ふり返った千春の目に映った悠奈は、もう怒ってなどいない。ふ、と彼女が笑った。
−もっと、ふんわり‥‥してみない?−
チョコを口にして哲哉の口の端へ、白いチョコの粉がついている。笑い声をあげた悠奈に釣られて、哲哉‥‥そしてみんなが笑い声をあげた。
−柔らかふんわり、『ふわふわ』 新学期デビュー−
【初恋編:15秒】
校門に影が落ちる。
鞄を片手でもてあそびながら、一人影が過ぎるたびに顔をあげる。鞄の中は、真新しい教科書が詰まっていた。
買ったばかりの制服は、小柄な華歌には大きい位である。
誰かの足音。華佳はぱっと顔を上げた。校門から一人の少年が現れ、華佳の前に通りがかる。
凛とした目つきの彼は、中学校の通学路で遠くから見かけた、あの時のままで‥‥漆黒の髪が揺れて、きらりと光った。
「あ‥‥」
声を上げようとした華歌。だが、校門からぱたぱたと足音が近づき、氷咲は足を止めた。
「氷咲くん!」
二人の少女が、氷咲の側に駈け寄る。一人は髪を結い上げた細身の子。もう一人はショートカットで長身の‥‥。
“ああ、そうや。あの人‥‥部活紹介の時にいた吹奏楽部副部長の千春先輩と、部長の悠菜先輩やな”
自然な仕草で、千春が氷咲の腕を取る。氷咲は少し気にするように千春の手を見たが、そうしていると二人のあとに続くようにして、また吹奏楽部らしき女子生徒が駆け寄って取り囲んだ。
「氷咲くん、今帰りなの?」
「仕方ないなあ、千春は。今日だけだからね、氷咲くん」
悠奈はちょっと強めの口調で、氷咲に言った。
わいわいと、千春先や悠菜達は氷咲と話している。
“うち、声を掛けられへんかった‥‥。氷咲先輩、行ってしまう”
氷咲は、華歌が知らないような、うち解けた顔で話していた。華歌はかけようとした声を飲み込み、両手で鞄を持つ。
ぽつん、と影が一つだけ残された。ゆっくりと校門の中に歩いていく、華歌。
すると、すうっと手が伸び、小さな箱が差し出された。ゆっくりと華歌が、視線を上げる。
「‥‥羽崎‥‥くん」
「今帰りか?」
華歌が黙っていると、羽崎はチョコを手の中に押しつけた。
「元気だせよ」
日に焼けた顔に満面の笑顔で羽崎はそう言うと、行ってしまった。
じいっと羽崎の後ろ姿を見送って‥‥うちは、手の中のチョコに視線を落とした。
チョコ‥‥甘い。両手で箱を、ぎゅっと抱えた。
−ふわふわと恋が芽生える春の午後−
【仲直り編:30秒】
あれ、私が貰うはずだったチョコなのに!
のもじは、廊下の人目も気にせずに大声で叫んだ。廊下を歩く同級生やクラスメイトは、ちらりとこちらを見るが、いつもの事か‥‥といった表情で、くすくす笑いながら通り過ぎていく。
「なんだよ、チョコ一個で文句言うなよ」
何でチョコ一個を人にあげた位でのもじが怒るのか、海は分かっていないようだ。
「ふんのふんのふーん」
つん、とのもじはそっぽを向いて、のもじは教室に入った。
眉をひそめて、海も隣の教室に入っていく。
だけど、一度こじれた喧嘩はなかなか謝る機会もなく‥‥。
廊下ですれ違っても、選択教科で同じ教室に入っても、謝ろうとしたタイミングはずれたまま。
終業の鐘が鳴り、海が立ち上がってのもじの名前を呼んだ。
「いっちゃん!」
「阿野次さん、ちょっと」
声が重なるようにして、のもじは愛瀬先生に呼び止められた。のもじは聞こえなかったのか、振り返る事もなく愛瀬の方に行く。
「あら、何か用だった、羽崎くん?」
はじめてその時、のもじは振り返った。
愛瀬が海にそう聞いたが、ふるふると首を振って海は駆けだした。
「海!」
愛瀬との話もそこそこに、のもじが追いかける。
教室を飛び出したのもじは、誰かにぶつかって後ずさりをした。
「いた‥‥あ、校長先生」
「おお、すまんかったな。大丈夫か?」
のんびりとした口調で西風先生は聞いた。西風先生の体を避けるようにして、廊下を見る。まだ、居る。
「‥‥あ‥‥」
「すまんが阿野次くん、この壷をちょっと運んでくれんかのう」
校長は、両手に一つずつ抱えた壷を見せる。海は、もうそこに居なかった。
ぽつん、と落ちる影。
目の前を、クラブ活動の終わった人たちが下校していく。その中に、ショートカットの1年生の姿を見つける。たしか、稲荷という、海のクラスメイトの‥‥。
彼女と一瞬、目が合う。
革鞄と一緒に持ったバックの口から、ピンクの箱が覗いている。
「おい!」
その声に、華歌も、のもじも振り返る。海はまっすぐこっちに駆けてきた。すう、と華歌が視線を落とし、早足に歩いていく。
ちょっとそわそわしながら、のもじが口を開いた。
「あ‥‥あのさぁ」
ひょい、と開いた口に、海が何かを放り込んだ。
ん?
口の中が甘い香りで一杯になる。
「ごめんな」
ふわりと、海が抱きしめた。うっすら方を赤くし、立ちつくしたままのもじが肩に顔を押しつけた。
−このふわふわ感、言葉ではあらわせない−
【コマワリ編:15秒】
弁当箱を鞄に納める氷咲の目の前に、箱が差し出される。
ふ、と氷咲は顔を上げた。
氷咲の前の席から椅子を引き出し、千春が座る。机の上に出されたのは、チョコの箱だった。悠奈に促された華歌が、後ろからちょっと恥ずかしそうに手を伸ばす。
「教室内で何を食べているの」
つんとした口調で言い放ち、千春が眼鏡を上げる。
「‥‥食べてみろ」
氷咲が、すうっと箱を千春に差し出す。横を向いたまま、千春はちら、と箱を見て手を伸ばした。
−教室で、ふわっ−
ちょっと沈み込んだ様子の哲哉。少し背を向けるようにして立っている悠奈の様子からすると、今日も厳しく言われたらしい。
フルートを納めながら、ちらりと千春が悠奈を見る。
するとホルンを片手で抱えた千尋が、ぐい、と手を差し出した。ピンク色の箱が悠奈と哲哉の間に現れる。
哲哉と悠奈は、箱を見てお互い目を合わせる。
くすっ、と最初に笑ったのは悠奈だった。遠慮がちに箱に手を差し入れた哲哉に続き、悠奈の後ろから千春が抱きついて箱に手を伸ばした。
ぱくりとチョコを口に入れた華歌と千春。
−部活のあとに、ふわっ−
校庭の木陰に寝そべって、腕相撲をしている のもじと海。
海は余裕の表情で、のもじを笑っている。するとのもじは、ひょいと空いた左手を伸ばし、海の頭にぽす、とチョップ。
海が腕相撲の手を離すと、のもじが海の頬に手を伸ばした。
むにゅ、と伸びた海の顔を見て、のもじが口を開けて大笑い。むっとした海が、横に置いてあったチョコを取り上げる。
あ、と声をあげて取り返すのもじ。起きあがると、のもじが海の口にチョコを押し込んでくすりと笑った。
−大好きな人と、ふわっ−
今日も西風先生は、校長室で盆栽いじり。
窓から薄く日の差し込むデスクの上で、角度を変えて観察しながら剪定する。
顔を上げると、ドアを開けて愛瀬が入ってきた。
「また盆栽ですか?」
にこりと笑う愛瀬。お茶でもどうぞ、と愛瀬は煎れ立てのお茶をデスクに置く。
それからワンテンポ置いて、そうっとチョコの箱を出す愛瀬。二人の目があい、西風は申し訳なさそうにすう、とデスクの下から開けられたチョコの箱を出して見せた。
びっくりしつつも、愛瀬が笑った。
−職員室でも、ふわっ−
−そして、みんなでふわふわ−
仲良さそうに二人でチョコを食べている、のもじと海。クールな表情でチョコの箱を持つ氷咲の周りには、吹奏楽部の彩佳と千尋たち。華歌は千春の側に居るが、ちらりと海の方を見た。
出席簿を胸に抱えた愛瀬は皆の一番端で、チョコの箱を持った西風校長と笑いながら話をしている。
−ふわふわ、新発売。
【撮影終了】
「西風先生、寄せ書きいうても‥‥何書けばよろしいのか分かりまへんが‥‥」
ペンを持ったまま、困ったように華歌が西風をふり返る。
お世話になったこの学校に、寄せ書きを残そうといったのは西風だ。
「何でもいいんじゃ、気持ちを表す事が出来れば、のう」
「それが一番難しいさかいなぁ‥‥」
ううん、と華歌が悩む。
皆の撮影はこれで終わりだが、千尋と氷咲はまだ仕事が残っていた。甘いものはあまり好きではない氷咲は、嫌という程チョコを食べさせられ、ちょっと可哀想だった位だ。
それでも千尋や悠奈がそうしたようにチョコを持って帰るのは、仲間のおみやげにする為である。
「はいはい、みんな。家に帰るまでが『遠足』、なんだから気を抜かないでね」
愛瀬がそう言うと、皆が声を合わせて返事をした。