煉獄事件〜仇討ちアジア・オセアニア
種類 |
ショート
|
担当 |
立川司郎
|
芸能 |
フリー
|
獣人 |
3Lv以上
|
難度 |
やや難
|
報酬 |
9.9万円
|
参加人数 |
8人
|
サポート |
0人
|
期間 |
04/12〜04/16
|
●本文
−phase:night walker
夜闇の中、一歩一歩進んでゆく。
どこに‥‥行けばいいんだろう。どこに‥‥行きたい?
心の中に問いかける。
俺の中には鬼が居る。鬼は俺の心の、ほんの少し顔を覗かせていた欲望とか、願望とか、衝動とか、そういったものを引っ張り出した。
これは、俺が望まない現実なのか‥‥いや、俺はどこかで望んでいた。その瞬間を心から楽しんでいた。
足を止めると、俺は月を見上げた。煌々と照りつける、冷たい光。
高らかに声をあげ、俺はわらった。
−phase:beast
雨が降り始めた。
この体に押し込めた怒りを鎮めようとするかのように、降り注いでくる。
奴等だけは、絶対に逃さない。八卦暗部実行隊としてではなく、獣人としてでもなく‥‥ただ『中嶋伸也』という、個。
俺は俺だけで、誰の手も借りずに奴を倒す。それが無茶な事でも、それでも‥‥誰かに助けを乞おうとも思わない。
これは俺の仇討ちだから。
奴等は俺が殺す。
妹の心も体も無惨に傷つけた、お前を俺は‥‥許さない。
ぽたり、と俺の手から滴が零れる。
その滴は、街灯に照らされて赤黒く輝いていた。
死の間際‥‥かつて同級生だった人間が、びくりと体を震わせ、こと切れた。
「‥‥やはりNWは矢倉か‥‥」
これで二人目。残るは、矢倉ただ一人。
「NWに憑かれていたら許される、という問題ではないが‥‥まあ、話を聞いていけ」
新しく八卦暗部隠密隊総隊長に着任した、来島兵庫は煙草を吸いながらそう呟いた。
煉獄に居た頃とかわらず、飄々とした態度だ。
「‥‥瀬戸口は今回外した。奴はすぐに激昂するからな、今回の仕事を知ったら冷静には居られまい」
写真を出した、そこに映っていたのは四人の少年だった。
うち一人は、八卦暗部に居た獣人の少年らしい。
「元々仲がいい友達だったらしいが‥‥そのうちの誰かにNWが憑いたらしくてな。中嶋が居ない間に、三人で妹を嬲りものにしたらしい。妹は、喰われて死亡した」
既に二名は死亡。外傷から、警察は獣に襲われたものと判断したらしい。
それもそのはず、中嶋は獣化して襲ったのだから。
「残る少年、矢倉司は逃走中だ。恐らく自宅や学校からあまり離れていないと思われる。奴は腹が減れば、中嶋に接触して来るはずだ」
煙草を灰皿でもみ消すと、来島はふ、と薄く笑った。
「中嶋は捕まえて煉獄に収容、矢倉は退治していい。‥‥分かってるさ」
嫌な仕事だな。
来島は息をつくと、天井を仰いだ。
処置:中嶋に関しては、既に獣人能力を使って二人人間を殺していますので、煉獄に収容されます。相手はNWなので普通に退治してください。簡単にまとめてしまえばそれだけの依頼なのですが‥‥それだけで気が済まない人も居ますし、細かい所は各人に任せます。ただし、中嶋は絶対に逃がさないでください。
中嶋:八卦に居た獣人の少年。高校三年生。妹は矢倉に喰われ、死亡している。
矢倉:中嶋の同級生だった少年。ほかの殺された二名に比べると、中嶋と仲が良かったらしい。
●リプレイ本文
[煉獄]
来島の発注した依頼の短い言葉の中、それぞれ思いを抱いていた。
この中嶋という青年が何故人を手に掛けるに至ったのか、そしてこれからどこに向かうのか。
アジ・テネブラ(fa0160)は、そういった皆の疑問を代理して、来島に問いかけた。
「まず‥‥中嶋さんの今後の処遇も含めてお聞きします。中嶋さんは、何故暗部に所属する事になったのですか? 聞けば、まだ高校生だとか」
中嶋はまだ社会に出ていない、高校生だ。他の瀬戸口も含めた暗部は皆、社会人として活動し、またploject:八卦に所属する者ばかりではないのか。
それについて、来島が答えた。
「八卦暗部は主に八卦社員で組織されているが、それ以外にも八卦社員の親族や関係者も存在する。こういう餓鬼を使わにゃならん理由は、まず一つに人員不足がある。この人員不足は、シシリーが暴れた事も加えて蟇目大祭の事件や‥‥それ以前の件があってな、鳳凰からお咎めを喰って大幅削減したからだ」
鳳凰のお咎めの大きな理由について、来島は言葉を濁した。その一連の事件のどこかに、来島が関わっているのではないか‥‥アジは、彼の言葉の裏にそんなものを感じた。
「暗部には現在、激情家が多いように見えます。外部に依頼しなければならないのは、それも原因があるのではないですか? ‥‥あなたは別として、ですが。今回の件、そして桂さんや瀬戸口さん‥‥」
「そりゃ、煉獄の依頼は総じて犯罪者が何らか関わるからな。そう見えても仕方あるまい。瀬戸口は‥‥瀬戸口はなぁ」
口ごもると、来島は煙草をくわえた。
アジは、来島の様子をじっと見ている。すると来島は、煙を吐いてちらりとアジを見返した。
「要するに、俺がなんで煉獄に居たのかと‥‥?」
返事も聞かずに、来島は苦笑した。
「‥‥なんでかねぇ。俺が気にいらない奴が居るんでしょうよ、八卦に」
「あの、来島さん」
おずおずとした態度で夏姫・シュトラウス(fa0761)が声を掛けると、富士川・千春(fa0847)と視線を交わした。
「中嶋さん‥‥この後、どうなるんですか‥‥」
煉獄に収容されるという事は分かった。しかし、その後は?
シシリーは本来、ここから出てこないはずであった。しかし、緋門あすかの一存で釈放されている。そういった可能性は、あるのか無いのか‥‥それによって、中嶋の説得も変わってくる。
だが、来島の返事は良いものではなかった。
「俺の判断だと、中嶋は非常に危うい状態にある。既にあいつは、2人も殺しちまった。いつ、第二のシシリーになってもおかしく無い。いつか出られる、なんて保証はしかねる」
「まあ、殺したらそれだけの責任は背負い込む‥‥それが、世の理の常だからねえ」
後ろで聞いていた坂本清治(fa2953)は、ひょいと来島から煙草を奪うと、勝手に火を付けてくわえた。
安月給なのに、とぽつりと愚痴る来島。無言の彼の中には、中嶋の何が見えているというのだろうか。
1度目の殺害現場、そして2度目。それぞれ学校を中心として半径5キロ圏内で行われている。
この地区の詳細地図を使い、千春はペンデュラムで彼らの居所をサーチしていった。
地道な上に、相当に時間がかかる作業である。
「で、そいつはどれだけ時間がかかるの?」
千春の手の中の振り子を、物珍しそうにマリアーノ・ファリアス(fa2539)が見た。6分ほど念じると、捜し物の場所を示すといわれている。
「一度に‥‥6分です。千春さん自身の力とオーパーツの確率からすると、1/4の確率で当たる事になります‥‥この場合、均等に1/4ずつ場所を示すと思えませんから、オーパーツの示す‥‥」
「要するに、1時間以上かかると」
夏姫にマリスが聞くと、俯いたままこくりと夏姫がうなずいた。
ふう、と千春が手を止めると、視線を上げた。
「私はここで調べているわ。みんな、何か分かったら携帯で教えてくれる?」
「じゃ、連絡先を教えてもらえる? あたしは一斉送信出来るようにして持っているよ」
飛鳥 夕夜(fa1179)は携帯電話を出すと、連絡先を打ち込んでいく。
千春はここに居るとして、まず学校周辺で聞き込みをする為にアジ、佐渡川ススム(fa3134)、マリスが向かった。
矢倉以外の二人が殺された場所へは、飛鳥と坂本清治(fa2953)が。
「それで、あんたはどうする?」
携帯電話にアドレスを入れながら、飛鳥はジーン(fa1137)に聞いた。ジーンも来島から、中嶋の写真を貰っていたようだから中嶋の方に回るのだろうか。
ジーンは、携帯電話をチェックしながら、否と答えた。
「人が2人死んだ場所で俺が調べ回っていると、悪目立ちするかもしれない」
銀色の髪に蒼い瞳。外国人のジーンは、ここでは人より余計に人目を惹いてしまう。
たが、それを言うならばアジも同じだ。夏姫やマリスも、似たようなものである。
「私達は悪い事をする為に、中嶋さんを探しているんじゃない。‥‥結果的にNWとして、矢倉さんを倒さなければならないけど‥‥」
アジがきっぱり答えると、ジーンは頷いた。
「そうか‥‥。ともかくひとまず、俺は千春の結果を待つ事にする」
こうして千春とともに残った夏姫とジーンを除く各人は、街に散った。
[矢倉と中嶋]
千春の結果が出るまで、まずアジ達は中嶋と矢倉の学校周辺で彼の所在について聞き込みをしてみた。
同校の者は、皆あまり口を割りたがらないようだ。
「ジーンの言うように、私は来ない方がよかったのかもしれない」
ぽつりと言ったアジに、すかさず佐渡川が言い返す。
「いや、きみは関係ないと思うけどなあ。うん、俺だったら即座に口を割るね」
「‥‥どこを見て話している」
ごり、とアジの拳が佐渡川のこめかみに押し当てられる。
「ごめんなさい、だってその脅迫的な、おっ」
「それより先を言ってみろ、恐い目に合わせてやる」
ふ、と冷たい笑みを浮かべると、アジが言葉を続けた。
「来島さんの膝枕で、お前を介抱してもらう」
「ほんとにご免なさい、柔らかい女の子の膝枕以外は勘弁してください」
「ファリアス、お前はこんな大人になるなよ」
アジに言われ、こくりとマリスは頷いた。
「うん、マリスはお姉さんの味方だもん」
邪気のない笑顔で、マリスは答えてきゅっとアジの手を握った。
マリスからの電話を切ると、飛鳥はふり返って携帯を納めた。
「どうやら、学校の近くに居るのは確かのようだね。昼間の居場所はわからないが、夜間は矢倉が学校近くの公園に居る所を目撃した者が居るらしい」
子供らしく直球で学生達に聞き込んだマリスや、他意のないアジ(と、佐渡川のコンビ?)の聞き込みでそこまでは判明したが、詳しい現在地を掴む事は難しいようだ。
しかしその裏で、千春のペンデュラムもほぼ公園に集中していた。
一人目の被害者が殺害されたのは、明け方。三人でカラオケや公園、コンビニ近辺をウロウロしていて、自宅に戻る途中だったと思われる。その途中の市街地で発見された。
そして二人目が発見されたのはコンビニから駅に向かう途中だった。坂本が聞いた所によると、一人目の被害者はコンビニの袋を下げて、駅との間の路地で発見された。
「来島に聞いた所だと、中嶋は虎型の獣人‥‥俺が居れば完全獣化は防げるが?」
「仇討ちは仇討ちだ。だが、それを免罪符にするつもりであれば、見逃す訳にいかない」
飛鳥は、現場に置かれた花束を見つめ、そう答えた。
ふ、と視線を上げる飛鳥。
「中嶋の妹が殺されたのは、公園だ。奴らがいつも深夜までダベってる所‥‥行ってみよう。もし、矢倉の記憶をNWが利用出来るなら、そこに来るかもしれない」
「実体化しないかぎり、その体はまだ本人のものだ。矢倉がもし本人の意思を持っているなら、そいつは中嶋の妹を殺していないという事になるな」
坂本が、飛鳥と同じ、花束を見ながら言う。だが、NWは免罪符にならない。それは飛鳥も坂本も承知していた。NWが居ようがどうしようが、矢倉達の行為は許されないのだから。
飛鳥が言った時、携帯が再び鳴った。
千春からのメール‥‥矢倉は公園に居るという知らせであった。
[そして、会合]
既にジーンは、配置についていた。気配を殺して、中嶋の到着を待っている。
月夜の晩だ。
影が、隠れたものの影を長く地に這わせる。月光から身を隠す彼らの視界に、何かが映る。
一人は、ふらふらと歩きながら‥‥何かに吸い寄せられるように。もう一人はソレを、エモノを見つけた獣のように隙無く近づく。
冷く蒼い月が、彼らに影を作る。
「矢倉、やっと見つけたぜ。お前で最後だな」
中嶋の言葉を聞いているのか‥‥矢倉は、肩を落としてぼんやりとしている。
「‥‥わかんなくなった。知り合いと友達と‥‥敵って、どう違うんだ。俺、お前と敵の見分けがつかねーよ」
中嶋が、低い声で言う。
「てめぇもだろ? 俺の妹に手を出したのは。この際、誰がNWに憑かれてたかなんて関係ねえんだよ。憑かれてようと無かろうと、みんな同罪だ」
矢倉は、黙っていた。
「ちょっと前に、たまたま煉獄で会った‥‥シシリーって殺人鬼だ。お前はしらねぇよな。奴は言った。“敵だ味方だなんて関係ねえ、殺すか殺さないかの違いだ”ってな」
シシリーの名前に、夏姫やアジが反応する。しかし口出しせず、黙って見つめる。
「‥‥そん時は、怒りしか湧いてこなかった。でも、今は分かる。殺すのに理由なんていらねーんだ。ただ、俺は今お前をぶっ殺したい‥‥だからお前を殺すんだよっ!」
咆哮を上げる中嶋の体に、虎のような縞模様が現れる。
制止せず、坂本は彼の様子を見守っていた。と、同時に矢倉にも変化が見えた。
体が鱗で覆われ、額に赤いコアが浮き出してゆく。
動いたのは中嶋が先、しかし矢倉はその攻撃を受け止めた。獣じみた動きで、矢倉が飛びかかる。何とか中嶋は防いでいるが、おそらく中嶋の方がやや劣性だ。
「下級のNWだ‥‥誰か2、3人行けばしのげるが‥‥どうする」
坂本が様子を伺いながら、聞いた。
ええい、と飛び出したのはマリスだった。続けて、マリスを追って飛鳥、ジーン。
思わず手を止めてふり返った中嶋を、矢倉のかぎ爪が引き裂いた。後ろから、飛鳥が庇うように受け止める。
「マリス達も手伝う!」
「‥‥余計な事をすんな! どうせ八卦の差し金だろう」
「それでも、目の前で同じ仲間“獣人”が喰われそうになってるのを‥‥黙って見ていられない。そんな奴は、もうヒトじゃない」
ジーンは中嶋にそう言うと、前に立ちふさがった。
中嶋は、飛鳥ががっちりと押さえ込んでいる。
「妹さんの敵討ちなんだろ? 一人でやって返り討ちにされちゃ、妹さんも喜ばんぜ」
飄々とした口調で、佐渡川が話した。中嶋のわめき声を片手で制す、佐渡川。
「まあまあ、あんたの言い分もわかる。だから俺達ゃ、お前が矢倉と戦うまで待ってたんじゃないか。‥‥奴はお前は親友なんだろ?」
「違う。敵だ」
「そんな風に言うな」
お前一人不幸、みたいな言い方。小さな声で佐渡川は言うと、背を向けた。それ以上何も言わず、ジーンの加勢に入る佐渡川。
ゆっくり飛鳥が手を離すと、中嶋はNWに向かって疾走した。
親友、と佐渡川が言った矢倉の額に手を伸ばし、中嶋がコアに爪を立てる。力を込めると、ようやくコアは体から引き裂かれ‥‥変質したNWの“体液”が体をぬらした。
そうか‥‥シシリーの気持ちが、ようやく心から理解出来た。
か細く中嶋はそう呟いた。
だが、このまま逃がす訳にはいかない。飛鳥と、そして坂本が前後を塞いだ。
「どこに行くつもりだ」
飛鳥が、冷たい視線を投げかける。坂本は何も言わず、様子を見ている。
話し合いはどうぞ、と千春と夏姫を促す。だが、自分はここから逃がすつもりはない。坂本の目はそう言っている。
千春の横をすり抜けて前に出たのは、アジだった。
アジは手を振りあげ、中嶋をひっ叩いた。
「君は、逃げてるだけよ。自そんな風に自分を捨てて生きれば楽でしょうよ。でも、君は殺した人と‥‥何より君自身に何をすべきか、忘れないで」
高い声でそう言うと、アジは視線を落とした。アジをちらりと見つつ、夏姫がおずおずと中嶋の前に立つ。
「‥‥あの人のように、ならないで下さい。な、NW事件を経験するたびに思うんです。本当にこれしか方法がなかったのかって‥‥だ、だから‥‥絶対に後悔するような選択肢だけは、選びたくない」
夏姫の目は、しっかりと中嶋を捕らえていた。
「あなたを‥‥死なせたくない。‥‥私、きっと後悔するから‥‥我が儘ですよね」
ぽん、と佐渡川が夏姫の頭に手を置く。
「こんな可愛い子が、死なないで! って懇願してるんだぞ」
「そうだよ、マリスには妹さんの気持ちは分からないけど‥‥きっと、夏姫さんと同じ気持ちだと思うよ」
佐渡川の言葉を奪うようにして、マリスが言った。シシリーって人の事は知らないけど、と付け加えて。
力が抜けたのか、中嶋は無言のままだった。
煉獄に彼を送り届け‥‥アジと夏姫達、シシリーを知る者に不安が残った。
「第二のシシリーとなる‥‥来島さんは言ってましたよね。‥‥そ、それって死よりも残酷‥‥かもしれません」
夏姫が小さな声で言った。
だけど‥‥。NWに家族を殺された奴がみんな殺人鬼になったら、世の中の獣人の殆どが、闇に落ちなきゃならなくなる。
坂本はそう言って、ちらりと佐渡川を見る。
何だか一瞬、佐渡川が真剣な表情をしていた気がした。