煉獄事件〜似た少女アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 立川司郎
芸能 フリー
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 8.2万円
参加人数 8人
サポート 2人
期間 05/11〜05/15

●本文

 街角に立つ、まだ十才ばかりの少女。
 茶色が買った髪と、青い目。顔立ちは東洋人のものだが、そのアンバランスな容姿が気になったのか、しばし人々が足を止める。
 空には、白い月が浮かんでいた。繁華街の片隅に一人で立つ少女は、行き交う人々に目を向ける。
 影が、落ちる。
 男は、手に持った写真と彼女を見比べた。そこに映っているのは、一人の青年と仲良さそうに映っている少女の姿だった。高校生くらいだろうか、写真の少女と目の前の十才の少女はよく似ている。
 ‥‥他人のそら似にしちゃ、よく似てるじゃねえか。
 男はそう呟くと、ひょいと体をかがめて少女の目を見た。
「何してる」
「‥‥一晩買ってくれるひと、待ってるの。あたしを」
 幼い少女に不釣り合いな言葉。
 男はにやりと笑うと、手を差し出した。
「‥‥こいつでかわりにならねえか?」
 男が出したのは、指輪だった。つい先ほど、口先三寸で口説いた女性から貰ったものだ。
「俺の名前は‥‥シシリーだ。俺が買おう‥‥だがお前、何するかわかってるんだろうな?」
「‥‥分かってるよ。ホテルに行くの」
「そうさ、俺は餓鬼だろうと大人だろうと、関係ねえよ」
 シシリーは、少女の手を取った。

 シシリーからの報告書には、一人の少女が裸でベッドの上に座っている写真が同封されていた。八卦暗部隠密隊総隊長の来島兵庫は、それを見てため息をついた。瀬戸口あたりが見れば、今にも切り捨てに向かおうとするだろう。
『見たか、来島。‥‥やっぱり十才は駄目だな、俺が辛いだけじゃねーか』
「俺はそんな話しを聞きたいんじゃない、シシリー報告をしろ」
 来島はのんびりとした口調で聞いた。
『お前の調べ通りだな。あいつ、ここ半月ほど毎日売春行為をしている。よく警察の目をかいくぐってるもんだ』
「じゃあ、やっぱり目的はNW探しか」
『ああ‥‥NWを見つけちゃあ殺って、獣人だったら金だけ取って逃げてるようだな。なかなかやるじゃねえか、罪のなんたるかを知ってる』
 そりゃあ、シシリーにとっては面白い人材だろう。
「伊吹くるみ、って名前だ。どうやら、中嶋の学校に近い所に住んでいたらしい。親は最近死んでる。恐らく、NW絡みだな」
 少女は、親の敵のNWを探しているのだろうか。
 シシリーの話が本当ならば、少女の親を襲ったNWは‥‥もしかすると、中嶋の妹を喰ったNWから増殖した個体かもしれない。
 NWの増殖等の生態はまだよくわかっておらず、そもそも増殖したかどうか確かめる術が無い。しかし同じ所から出没したNWであれば、その可能性は高いだろう。
 それにしても‥‥。
 来島は、ため息をついた。
 この少女、中嶋の妹に似ている‥‥。

設定
伊吹くるみ:十才ほどの少女。最近繁華街で、売春行為をしている。最近両親を殺され、その仇であるNWを探しているらしい。最近煉獄に収容された、中嶋という青年の妹によく顔立ちが似ている(煉獄事件〜仇討ち:4月12日〜4月16日)。確保後は、しばらく煉獄に収容される事になりますが‥‥。ちなみに猫の獣人で、戦闘能力が高いとは思えません。
シシリー:現在、伊吹をマークしている。煉獄出身の犯罪者で、現在は八卦に協力している。‥‥ロリではないようですが、犯罪行為です。

●今回の参加者

 fa0027 せせらぎ 鉄騎(27歳・♂・竜)
 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa0847 富士川・千春(18歳・♀・蝙蝠)
 fa1257 田中 雪舟(40歳・♂・猫)
 fa2775 闇黒慈夜光(40歳・♂・鴉)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)
 fa3392 各務 神無(18歳・♀・狼)

●リプレイ本文

 八卦本社、地下1F。暗部隠密隊の執務室がある。執務室とはいえ、あまり使われない机と資料の保管庫がある位だ。
 来島兵庫は、デスクの上に古い資料を置いて、目を通していた。
 アジ・テネブラ(fa0160)と佐渡川ススム(fa3134)、そして最後に田中 雪舟(fa1257)が入って、扉を丁寧に閉めた。
「そうそう‥‥獣化キャンセルは瀬戸口の勘違いだったらしい。誰でもキャンセルできる。すまん」
 読み違いでした。混乱させて申し訳ないです。
 さて、気を取り直して。
 事前にアジ達が呼んでいた事もあり、暗部執務室にはシシリーも来ていた。来島に暗部の資料を見る事を禁じられているのか、ドアのそばに立っている。
 佐渡川は、壁に背を預けて立つシシリーを見た。目が合った、とシシリーがにいっと笑った。
 こいつがシシリー。
「さ、さぶいぼ立った‥‥」
 肩をすくませる、佐渡川。しかしシシリーは、眉を寄せて声をあげた。
「さぶいぼ?」
「さぶいぼ知らないの? あのな、さぶいぼって言うのは‥‥」
「頼むから邪魔をしないで、佐渡川さん」
 佐渡川が言い終わるより先に、アジが言った。佐渡川は口を閉ざし、体を小さくした。
「来島さん、シシリーさん。まず伊吹くるみさんについての情報や、気がついた事を教えてください」
 特に、シシリーは直接会っているはずだ。
 来島は、彼女に一枚の写真を見せた。彼が渡したのは、伊吹くるみの顔を写した写真だ。これは、シシリーが撮った写真をカットしたものだと来島が話した。
「さすがに、お嬢さんにあの写真を見せる訳にゃいかないからなぁ」
 と、来島が首を振ってため息をついた。
 すう、とシシリーが懐に入れていた手を出し、ドアの所に立っていた雪舟に渡した。彼の手元を、佐渡川ものぞき込む。
 ホテルと思われる場所のベッドの上に、少女が裸で座っている写真だった。視線は、カメラの方を向いていない。
 アジは、加工された方の写真をじっと見つめた。虚ろな目をしている。
「これが伊吹くるみさん‥‥」
「どうやら住んでいる場所も遠くは無かったようですが、お互いが顔見知りという事は無いでしょうか?」
 雪舟が来島に聞いた。雪舟にも、幼い頃姉に似た女性の後を追いかけた覚えがあるという。
「さあ‥‥そういう話は聞かないが。今夏姫が会っているはずだから、何か聞けるんじゃないのか」
「そうですか」
 雪舟は、ちらりとドアの方を振り返った。

 あの時、捕らえた復讐者‥‥人を手に掛けた少年。現在、かつてシシリーと来島が居た区画に一人で収容されている。
 壁ぎわに、うずくまって膝を抱えている。すべての存在を拒否するかのような、冷たい空気に満ちていた。夏姫・シュトラウス(fa0761)は、しばらく声をかけられずにそうして立っていた。
 かつてシシリーは、偶然とはいえ彼と一度会っており、その際に非常に重要な言葉を発していた。
 そのときの彼にとっては意味の無い言葉であっても、その後復讐者となった時に‥‥彼の心に変化をもたらした。
 伊吹くるみにも、同じように何か言ったのではないか。夏姫は、それを恐れていた。だが、今彼が苦しんでいて、そして妹に似た少女伊吹くるみが心を失っている‥‥それは確かではないか?
 夏姫は、すうっと背を向けた。
 また来ます、と言い残して。

 住宅街に不釣り合いな、大柄の男がじっと立っている。
 ロングコートにサングラス姿は、やはりここでは目立つ。
「さて、NWの手がかりを探すとは言ったが‥‥」
 せせらぎ 鉄騎(fa0027)は息を吐いて、宅地を見た。そこにあったはずの家は、わずかに残った柱木を残して燃え尽きていたのである。
 来島の言う通り、すべての証拠が無くなっていた。
 鉄機は通りがかった女性を捕まえると、伊吹家について質問した。
「いつ燃えたんですか」
 女性は、鉄機を少々いぶかしそうに見て身を引きながら、答えた。
「この間ご両親が亡くなった日ですけど‥‥放火だったそうです」
 短く答えると、女性は足早に去っていった。
 放火? NWが出没して都合よく放火されてすべてが消え去ると。
 来島から詳しい報告書を見せてもらった田中は、こう言っていた。
『確かに放火なんですが、ご両親の体は一部の骨を残して無くなっていたそうだ。燃えた尽きたとは思えない事から、警察も動いているようですね』
 こんな住宅街の、しかも人が死んだ家の周辺をうろうろしていては、鉄機の方が不審者だ。
 あとは仲間の元に戻って、対策を練るとするか‥‥。
鉄機は、コートのポケットに手を入れると、歩き出した。

 ともかくも、早くくるみを探さなければならない。
「伊吹さん宅の周辺での聞き込みは、鉄機さんが先に行ってくれています。実際には、放火事件という事になっているそうです」
 そう雪舟が言うと、アジが写真を見せた。
 来島とシシリーに会い、繁華街でくるみに会った状況や場所について聞いてある。
「これで、あとはサーチペンデュラムに託して捜索しよう」
 アジの視線の先で、各務 神無(fa3392)が鎖を解き放った。
 ゆらりと、円錐が揺れた。
「私と千春さんは、NWの囮としてここに残ろう。ペンデュラムの捜索にも時間がかかるだろうから、皆は待機していてくれ」
「では私は、近くから見ている。‥‥二人だけにするには、心配だからね」
「ありがと、アジちゃん」
 にこりと笑って、富士川・千春(fa0847)が言った。
「私‥‥思うんだけど、NWのお客さんには、まだ会ってないと思うの。だって、10歳の子が1人でNWを倒せるとは思えないもの」
 たしかに千春の言うように、写真の少女は体格がいいわけでも、運動神経がよさそうでもなければ、格闘センスがいいようにも見えない。仮にNW戦の経験があるとしても、1人で倒すには無理がある。
「もしかすると、シシリーさんのようにNWを相手に出来る、強い獣人を探していたんじゃないかしら」
「しかしその場合、会ったシシリーさんに何か言っていておかしくないと思いますが。むしろ私は、彼女は中嶋に会おうとしているんじゃないかと考えます」
 雪舟が考え込みつつ、言った。
「会って‥‥どうするんだ」
 佐渡川が聞き返すと、そうですねぇ、と言ったきり雪舟は黙った。
 それにしても、夜光さんはどこに行ったのかな‥‥。千春がつぶやくと、きょろきょろと佐渡川が周囲を見回した。
「そういや、最初からあんまり顔見なかったな。打ち合わせの時は居たんだけどなぁ」
 神無がペンデュラムでくるみを探している間、闇黒慈夜光(fa2775)は一人繁華街を歩いていた。
 元来聞き込みに向いた容姿でも性格でもなく、夜間の繁華街に人捜しなど面倒な話を聞いてくれる者も居ないだろう。
 都心の人々は、無関心だ。特に夜は。
 初日にサポートに来た小鳥遊真白(fa1170)とMIDOH(fa1126)がそれぞれ調べた結果、繁華街に少年が歩いているという話がちらほらとあった。
 MIDOHは繁華街を彷徨く少年達に聞き込みをし、真白は鴉を使う他NW戦に使う公園の周辺を見てまわった。
 彼女たちにできるのは、どうやらここまでらしい。
 ペンデュラムが指す。伊吹くるみが、今立っている場所を。繁華街を歩きつづけた夜光の元にも、連絡が入った。
 彼女はぽつん、と繁華街の端に立っていた。希に彼女に視線を向ける者も居るが、幼い彼女に声を掛ける事がためらわれるのか、振り返りつつ通り過ぎていく。
 街灯の明かりを背に、夏姫が彼女の前に立った。影に入った彼女の顔が、夏姫を見上げる。
 そっと腰を下ろすと、夏姫はぎゅっとくるみを抱きしめた。
「くるみさん」
 まだ成長しきらないくるみの体は、夏姫の腕の中にすっぽりと収まる。
「わ、私達が‥‥あなたを助けますから‥‥だから、もう無理しなくてもいいんですよ」
 少女は、静かにゆっくりと‥‥夏姫を見つめる。そして、取り囲む彼らを見返した。くるみの頬に手をやったアジは、じっと目を見ている。
 佐渡川は、しゃがんで膝をつくと頭をなでてやった。
「よけいなお世話かもしれないけどな、許してくれ。力になりたいんだ」
 彼女の様子‥‥。
 この中で一番演技も高く、人生経験も豊富な雪舟は、何となく彼女の様子に違和感を感じていた。
「私は昔、忘れる事でそれを乗り越えて来たが‥‥キミがつらいなら、私も少しだけ力になりたい」
 アジが言った。
 苦しんでいる‥‥。いや。彼女の目は、空虚だった。そういえば、シシリーは確かにこの子と交渉を持ったと言っていたが‥‥彼女に動揺は見られない。
 すると、夜光が口を開いた。
「嬢は復讐したいんでございやしょう。その御手伝い、させちゃ貰えやせんかい?」
 夜光の言葉に、即座に神無が反論した。
「‥‥復讐は、一時甘美だ。しかし終われば、空虚が心を穿つ。相手の命を奪う事は、本当の復讐じゃない」
「何かを生むために復讐する者なんざ、おりやせんよ。‥‥それを果たさにゃあ先に進めねぇから、止まった時間を動かすために復讐するんでござんす」
 言い返した夜光から、彼の本意がどこにあるのか神無には分からなかった。
 お互いの意見は、相容れない。神無が息を吸った、と夜光が続けて言葉を発した。
「‥‥が、もし嬢が復讐を望まないと言うなら、そうしやしょう」
 周囲の視線が、くるみに向けられる。
 そっと手を話すと、夏姫がくるみを見据える。
 やがてくるみは、ぽつりと言った。
「NWは‥‥あたしが‥‥倒す。出来るから‥‥」
「でも‥‥無理だわ、相手がどんなNWかも分からないのに‥‥」
 千春が眉を寄せて強い口調で言うと、夜光は背を向けた。
「それじゃ、決まりでございやすね」
 小さな少女は、ポケットから小さなナイフを出した。
 ヒトであったもの。‥‥それを、あなたは殺せるというの? どうしてそこまで、心と体を傷つけるの。
 夏姫が、か細い声で言った。

 心に不安を抱えたまま、神無と千春と囮として路上に立った。やや離れた所で、アジがくるみをつれて見ている。
 ほかの者は全て、NWを待ち受ける為に近くの公園に待機していた。華やかな服に身を包んだ神無と千春は、それぞれ公園の近くで周囲を見回す。
 MIDOU達の話にあったのは、繁華街を歩いていた少年。年は高校生くらいであったという。行き交う少年達の中から、一人で歩いている子を探す神無と千春。
 ふと、千春の目が一人の少年を捕らえた。
 ぐい、と腕を引っ張ると、少年が千春を見返した。
 面倒そうに顔をあげ、それから少年は何かを見つけたように、驚いた表情をみせた。
 何が心の中で支配しているのか、既に彼には分からないであろう。
「公園の方に行かない‥‥? あなた、ラッキーよ」
 めいっぱい笑顔を作って、千春が言った。
「だって、アイドルと『一戦』出来るんだもの」
 千春の様子に気づいた神無も、駆け寄る。そしてゆっくり、アジがくるみを連れて影から現れる。くるみは、アジの手を引くようにして歩き出す。
 公園に誘われた少年に待っていたのは、5つの視線‥‥。
 もはや言葉も発さず、唸り声を上げて少年が飛びかかった。額にコアが現れ、体が鱗に覆われていく。体は一回り大きくなり、彼は俊敏な動きで、正面に立った鉄機にかぎ爪を向けた。
 無手で、どことかまわず攻撃する鉄機に対し、夜光は相手の動きを止める為に間接を狙う。佐渡川は‥‥どうやら右手にハリセンを持っているようだが、それで攻撃するのか‥‥。一見、コミカルだ。
 戦いは無惨で、つらいものだ。
 手足を壊されたヒトの形をしたものを、額のコアのとどめを、そして命を、
 少女に奪わせる事は残酷か?
 それでも、彼女が望むのであれば。夏姫が彼女を振り返る。
 夜光が、懐に手を入れる。静寂が、包んだ。
 そのとき、ぴくりと神無が動いた。鋭い突きで、仕込み傘をコアに突きつける。乾いた音をたててコアが崩れ、体の形が崩れていった。
 立ちつくしたまま、神無が傘を握りしめる。
「‥‥哀しみの激情は、涙と共に洗い流すべきだ。それでももし復讐の炎が燻ると言うなら、私はそれを消す為に、依頼ではなく君の為だけに‥‥剣を執ろう」
 街頭の明かりが差し、夜光が何かつぶやいて背を向けた。一人、そしてまた一人とその場から姿を消して‥‥そこにはNWの残骸が残された。

 全てが終わり、千春と佐渡川や夏姫、雪舟を連れて来島に面会に来た。
 外国製のたばこを持参しようとした千春だったが、あまり売ってないそのたばこを探すのも大変な上、千春は未成年だった為買えず‥‥。
「千春さん達の意見もありましてね、彼にくるみさんを託してみてはどうかと。私もそれには賛成です」
 雪舟が切り出すと、椅子に掛けていた来島が見上げた。夏姫が、彼の言葉を継いで話す。
「それが‥‥傷を舐めあうだけの家族ごっこでも‥‥二人で前に進めるかもしれない‥‥と思います」
 むろん、それが中嶋をかえって傷つける事にもなるかもしれない。
 ぽり、と佐渡川が頭をかいた。
「まあ‥‥あのな。あの二人に必要なのは冷たい牢屋じゃなくて‥‥暖かいぬくもりじゃないかなー、と‥‥」
 ちょっと目を泳がせながら、言った。

 彼らが帰った後、その話を聞いていたシシリーはくく、と笑った。
「甘いねえ‥‥あのガキがリザードの差し向けた罠だとは、考えないのか」
「わかってる。‥‥だが、たとえ黒蜥の罠だとしても‥‥俺も、ちょっとだけ可能性を信じてもいいかなぁ、なんて言うのはおかしいか。中島が第二のシシリーにならない可能性ってやつをさ」
 飄々とした様子で、来島が笑った。