レッドゾーンアジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
4.3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
1人
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期間 |
05/14〜05/19
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●本文
その日、結城貴子は車体後ろ半分を宙に浮かせた状態で、かろうじてガードレールに抱え込まれた車体から這いだしていた。
転がり落ちた携帯電話が、鳴り続けている。
ふと鳴った携帯電話に、注意を逸らした瞬間だった。
あっと声をあげた瞬間、ブレーキングのタイミングを一瞬遅らせた愛車は、派手に滑りながらカーブに突っ込んでいた。
携帯電話に手を伸ばすと、ようやく繋がった電話から怒鳴り声が聞こえた。
『結城さん、夜は次の映画の打ち合わせがあるって言っておいたじゃないですか! みんな待ってますよ? ‥‥結城さん?』
声がなかなか出ず、携帯電話を持つ手に力を入れる。
「あ‥‥す、すまんね」
掠れた貴子の声に、電話の向こうのスタッフが怪訝そうに聞き返す。
「どうしたんですか、貴子さん‥‥」
「わ‥‥悪いけど‥‥車、レッカー呼んで‥‥それと、御伽峠‥‥救急車」
そこまで言うと、貴子の意識が切れた。
ベッドの上にむっつりした表情で横になっている貴子の膝に、ぽんと立浪が花束を投げた。
「これ、八卦から。御領社長は“しばらくベッドの上に居てもいよ”だとさ」
「んなつれない事言うなよ。‥‥爪痕の撮影も終わったしさ、ちょっと峠まで足を延ばして‥‥ちょっと悪ふざけが過ぎただけじゃん」
苦笑いを浮かべつつ、貴子が言った。
「夏までには、蟇目大祭に続いて大作の作成を開始する予定になってるじゃないか。まだ何も考えてないのに、余裕があったもんだ」
「それまでに時間があるじゃん。わかってるよ、何か考える」
貴子はいつもその調子だ。時々打ち合わせに参加する以外は、ほとんどスタッフを野放しにしたまま、気ままにふらふらしている。そのかわり、本気で撮影に入ると厳しい。
企画段階の貴子は、最後に確認する以外に出てくる事が無いのだ。
そんな貴子が最近、ウエストシネマの話を聞いて興味を持っている事がある。
ウエストシネマは、八卦から退社した男が経営していた映画館だ。小さな映画を上演するのが好きだった男は今は亡く、孫が経営している。
「‥‥立浪、走り屋の映画が作りたいな。御伽峠で」
「金がかかるばかりだし、ドライビングスキルを持った俳優も少ないし、危険も大きい。だからどこもやりたがらない。金がかかった分儲かるかどうか」
「御伽峠を使えばいい。なあに、ちょっとしたお遊びさ。‥‥思い出すんだ、昔を」
貴子のお遊びに乗ってくれたのか、最低限の予算が貴子に振られた。
昔ね、御伽峠でチーム作ってたんだ。映画が忙しくなって解散しちゃったけど‥‥八卦の社員で作ったチームさ。
映画作ってる奴とか、俳優とか‥‥そんな奴らが速い訳ないって‥‥車に金積んで速くしてるだけだって思われるのが嫌でね、毎日走りにいった。
そうしてるうちに、相手チームの男に惚れたり振られたり、死なれたり‥‥。
今じゃ、いい思い出さ。
−御伽峠は、八卦のホームコースだから‥‥負けられない
そして、レッドゾーンに挑戦する−
<運転技術に自信のある俳優を中心に、小規模映画のスタッフ募集>
・ドライバー兼俳優(スタント無し)
・それに関わる脇役
・スタッフ
<補足説明>
○全部判定で勝ち負けを決定してもいいのですが、お互いに納得済みである場合のみストーリー作りをしてもかまいません(映画ですし)。片方だけが希望していても、相手が本気であれば意味がないです。また、スキル上どうやっても無理な事は出来ません。
○誰か一人を主人公にして映画全体のバランスを取りたい、と全参加者が望んだ場合、そうしてもかまいません。また、対戦の組み合わせ等、話し合いで決めてください。基本的に、2組に分けてチーム戦にするのがすっきりするでしょう。
○これはフィクションの映画ですから、各人は役名や設定を考えて置いてください。キメゼリフがあれば、これも書いておいてくれると嬉しいです。
○コース:御伽峠(私道)を封鎖して撮影します。
○車両:八卦で用意しますので、希望車両を申請してください。
○ドライバー:実年齢18才以上限定。免許が無い場合、運転させません。サポート等での映画参加は有り。
○注意:あんまり無茶をすると、怪我します。死なない程度に頑張ってください。
<データ>
○判定:軽業スキルとなりますので、軽業スキルの高い方が有利です。ダイスを振るのは立川のパソコンです。
○車両データ(ショッピングモールから車両を選択すると、データが表示されます)
加:加速能力の修正値。
減:減速能力の修正値。
旋:旋回能力の修正値。
<実際の判定>
○ドライバー:半獣化状態固定。獣化部分は後から画像修正します。メットは使用しないでください(映画なので、顔が見えないと困る)。
○判定:ルート説明を参照ください。各区画ごとに加速・減速・旋回判定対抗判定を行い勝った判定に+1ポイント。得点の高い方が先行しているものとします。
○特殊修正:3箇所、特殊地点をどこかに(4区画中の加速減速旋回、12個のポイントのどこか)割り振ってください。ちなみに同じ地点に+3した場合、次の区画の同じ判定に−1修正がつきます。第5区画で+3した場合、他の判定に−1修正がつきます。
○第5区画の修正:加速→旋回に−1。減速→加速に−1。旋回→減速に−1。
○追加修正
同区画中、減速と旋回両方判定負けした場合:更に−1。
同区画中、加速と旋回に成功した場合:+1。
特殊地点を含めて2本判定勝ちした場合:+1。
特殊地点で判定負けした場合:−1。
勝者:総合的に得点の高い方を勝者とします。
○コース
第1区画
ゆるやかな中速コーナーが続くコース。全てにおいて修正+−0
第2区画
中速コーナーが続くコース。
加速−1
減速0
旋回+1
第3区画
ストレートが続くコース。
加速+1
減速−1
旋回0
第4区画
連続ヘアピンが続くコース。
加速0
減速+1
旋回−1
第5区画
中距離のストレートとヘアピン。
加速0
減速0
旋回0
○判定において、ここはこうしてほしいという希望があれば申請してください。善処します。分からない事は、立浪に聞いてください。
●リプレイ本文
[プロローグ]
あの頃の自分は、まだ車の免許も持ってなくて‥‥そう、バイク便のバイトにようやくなれてきた頃だった。
夜ともなると、ひとの気配も消える御伽峠で、見た。
黒のZZが、コーナー立ち上がりストレートで鮮やかに紅色のTy−R抜き去る一瞬を。
「‥‥わかんないねぇ、洋司。テクニックは私の方が上だ」
Ty−Rから降りた女性が、赤い髪を風から庇いながらZZの方へと歩いていく。ZZは窓を少しだけ開けて、答える。
「赤城、おまえはまだ速くなるよ。‥‥でも、そのヒントを今教えると僕が負けるかもしれないから、今は教えない」
意地悪っぽく青年は言うと、窓を閉じた。
黒のZZの車体の端に、控えめにつけられたRのエンブレム。
「あれ、ルーク帰っちまうのかよ」
「なんか、妹と約束があるとか‥‥」
ルーク‥‥。
ZZとTy−Rが去るのを、自分はじっと見送っていた。
冷たい風が吹き付ける。
短くカットした髪は、ざわざわと風を含んで膨れている。黒い車体のドアに手をかけると、後ろからゆっくりと歩み寄りながら女が声を掛けた。
「気が乗らない走りね、流河」
黒沢流河[ブリッツ・アスカ(fa2321)]は、ちらりと視線を彼女になげると、ドアを開けた。
「‥‥今日は、兄貴が帰ってくるだから‥‥悪いけど小雪、今日は帰るよ」
「最近、黒のZZを探してる子がいるらしいよ。‥‥聞いた?」
村田小雪[森宮 恭香(fa0485)]が流河に聞くと、彼女はさっさと車に乗り込んでドアを閉めた。
「さあ‥‥知らない。探される覚えもないね‥‥強いの?」
くすりと小雪が笑う。
「興味、あるんじゃない。シルバーのスポーツ2000Vだって聞いてるけど」
「知らないね、そんなやつ。たいした奴じゃないんだろ、放っておけば」
エンジンを掛けようとした流河と小雪が、ライトに反応して顔をあげた。駐車場に、誰かが入ってくる。流河のZZの後ろには小雪のRX−78RZ、さらにやや離れた所で、高白百合(fa2431)がミーニクパSのボンネットの上にクマのぬいぐるみを置いたまま、車内の掃除をしていた。
そのシルバーの車体を見て、流河はさっさとエンジンをかけて車を発進させた。小さくため息をつき、小雪も自分の車に戻る。
「百合、帰るよ!」
「え? ‥‥あ、ちょっと待ってよ」
土埃を払っていたマットをはたはた振りながら、百合が声をあげる。
「ちょっと待つっすよ、自分はあんたに用があって‥‥」
車内から、少し日本人離れした整った顔立ちの青年が覗く。そして、マットを車内に戻し終わってぬいぐるみを手に取った百合と目が合う。
「なあ、あの車‥‥前は洋司って男の人が乗ってなかった?」
「流河さんのお兄さんの事ですか? お兄さんはプロになっちゃいました‥‥知らないんですか?」
すたすたと運転席に戻りながら、百合が答える。ぬいぐるみは、助手席にシートベルトで固定した。
「プロ? ‥‥え、じゃあ今の人は‥‥それにその人には、どうすれば会えるんすか」
「えっと‥‥あ、そうだ。私に勝ったら教えてあげてもいいですよ」
何かあったら、こう言えばいい。と、百合は小雪から聞いていた。それが意図することは分かっているつもりだが、百合にとってもあっさり問題から回避する方法の一つでもあった。
青年はきょとんとしていたが、駐車場を出てしばらくすると、百合の車のバックランプを見失う事になる。
[ルーキー]
「もっと速くしたい‥‥ねえ」
スキンヘッドにサングラスを掛けたおっさんが、ボンネットをのぞき込みながらつぶやいた。後ろから、彼の一挙一動を幼顔の青年が見守っている。
ちらりと振り返ると、青年が一歩二歩、後ろに下がった。
筧太郎[もりゅー・べじたぶる(fa1267)]は、はぁとため息をついて頭を掻く。
「何もしなくても、十分バランスいい車だと思うけどなあ、騎刃」
中嶋 騎刃[リュアン・ナイトエッジ(fa1308)]は、それでも納得がいかないといった様子でくってかかった。
「でも、ミーニクパSなんかに負けたっすよ!」
「Sか‥‥FF車で、車重は1.2t。可愛らしい見た目で、女性にも人気。直列4気筒インタークーラー付スーパーチャージャー、ハイオク車、170ps、総排気量千五百‥‥あ、聞きたくなかったら止めてね」
「あ、もう結構っす」
早っ。筧はちょっと残念そうにしながら、車両データの展開をやめた。
「とにかく、前輪駆動のFFはドリフトに向いてない車なんだ。後輪をロックさせてスライドさせるんだけど、伸びにくいしね。それでも横滑りしててきちんと曲がったなら、そりゃたいしたもんだと思うよ」
筧が教えてくれたのは、単に百合が上手いというだけとしか聞こえなかった。クマのぬいぐるみを大事そうに持っていた女の子にあっさり千切られたばかりか、黒いZZも見失ってしまった。
修理工場の端に積まれたタイヤに腰を下ろし、膝に肘をついてぼうっと筧の作業を見ている騎刃に、ひょいと缶コーヒーが差し出された。
手を伸ばすと、それはあったかい缶コーヒーだった。この時期に暖かいコーヒーは、正直微妙だ。にこにこと笑顔で、油に汚れたつなぎを着た女の人が立っている。
これは高田まち子[青田ぱとす(fa0182)]さん。筧さんの自動車修理工場で手伝いをしている人で、恰幅のいい話し好きのおばさんだ。関西に住んでいたのか、いつでも関西弁だ。
「元気ないなあ、どうしたん?」
「‥‥自分女の人に偏見は無いつもりっすけど、あんな可愛い車で、しかも女の子にあっさり千切られたって思うと‥‥ちょっとショックっす。黒いZZの事も、分からなかったし」
騎刃は、黒いZZの青年にあこがれて車を買い、走り込んだのだ。あの時のあの人が、騎刃の目標でもある。
「ミーニクパSって、そんな速い車なんすか?」
「んー、あたしには速いとか遅いとか、よう分からへん。でも、車だけが速うてもあかんのやないかな。車の性能を100%120%持ちあげるんが、あんたら運転手やと思うよ」
黙って聞いていた騎刃は、すっくと立ち上がると、筧の方へとまっすぐ向かった。
「筧さん!」
突然の大声に、筧がびくっと振り返る。
「な、何だ?」
「自分に、ドラテク教えてほしいっす!」
「はい? 何で俺?」
視線を泳がせる筧が、高田と目を合わせる。
高田は、腰に手をやって首をかしげた。
「なんであかんの、筧さん‥‥昔走った言うとったやないの?」
「いやいやいや‥‥おじさんは今は、鯖煮に命をかけてるから。おじさんと車の関係は、今はご飯と鯖煮なの、分かる?」
何とか取り繕おうとする筧だったが、騎刃はどうも本気らしい。
また明日、来るっす‥‥と言い残し、騎刃は帰って行った。
「教えてあげればいいじゃない、ケチね」
床に座り込んだ筧がちらりと振り返ると、工場の入り口の柱に背を預けた女性がくすくすと筧を見て笑っていた。
「おや薔子ちゃん、今日は一人? 旦那さん元気にしてるの」
「出張中。来週まで帰って来ないの」
高田が聞くと、岩本 薔子[桜 美琴(fa3369)]が体を起こして、こちらに歩いてきた。
どれくらい、久しぶりだろうか。薔子と示し合わせたように、中年の男が入ってきた。
薔子、筧、そして洋司。そして‥‥その時の彼らにはただ煩いだけだった、村田康生[真田 雪村(fa3101)]。
「洋司がプロに行っちゃって、何年になるかな‥‥」
じっと床を見つめたまま、薔子が口を開いた。彼女の目は、あの日を見ているように遠い。
「何だ、峠を走る相手がほしいのか? それならホレ、あのルーキーの面倒を見てやってくれよ」
「いくら暇を持てあましてても、子供のお守りはまだ早いわよ」
からかうように筧が言うと、苦笑いを浮かべて薔子が手を振った。
騎刃のタイヤの状態を見ていた村田は、ライダーあがりだな、とぽつりと呟いた。
「バイクでもスライドはするだろ」
筧が答える。
「バイクでスライドするのに比べたら、車で滑るのは怖くないかもしれんな。それがドラテクに生かせる訳じゃないが」
「あなたが面倒見てやれば、村田さん」
薔子が言う。
あら、いいんじゃない。と、話を聞いていた高田が同意を示す。子供の勉強を教える位の気持ちで同意してもらっちゃ、村田も困る。
「勝手な事を言うなよ、俺はゴールド免許なんだ。‥‥大体そんなものは、自分でカタを付けるもんだ」
村田はそう言い残すと、先に出て行った。
それに‥‥もし騎刃の面倒を見る事になったら、おそらく‥‥あいつと顔を合わせる事になる。
[決断]
ひょい、と百合が振り返ると、いつの間にか後ろに小雪が立っていた。小雪はいつになく真剣な表情をしていた。
「どうしたんですか、今日はいい天気ですよ」
にっこり笑って百合が話しかける。天気がいいので、今日は百合は洗車をしている。
ぬいぐるみは、車内で待機。
ホースを小雪に過掛けないように傾け、きょとんと見つめる。
「‥‥何かありました?」
「ねえ百合、あんた‥‥もしあの子がもう一回バトル申し込んだら、受けて立つ?」
あの子‥‥。小雪が言っているのは、おそらくこの間の青年だろう。
「何回やっても同じだと思いますけど」
「もし‥‥すごいサポートが付いたとしたら? たとえば‥‥二十年前御伽峠を騒がせた、イルダーナフとか」
「イルダーナフ‥‥って誰ですか?」
百合にそう切り返され、ははっと小雪が笑った。
「そうだよね、わかんないか」
彼女が何を言いたいのか分からないが‥‥百合はちょっと考え込んで答えた。
「小雪さんがそうまで言うなら、受けてもいいですよ。走れれば、それでいいです」
そう。百合はそうだよね。
小雪は笑顔に戻って、言った。
黒いZZ‥‥流河の手の届かない遠い所に行って走る、兄。
分かっている、兄はすごい人だ。だから兄がプロに行くと決めた時‥‥兄からZZを譲り受けて、嬉しかった。
だけど、それが自分を苦しめているのも事実だ。
このZZは、自分には重すぎる荷物だ‥‥。
静かに流河は、愛車を見つめる。ふいと視線を動かすと、背後に一台の車が停車した。
「またあんたか‥‥」
車から騎刃が降りて来る。
「俺はあんたとは走らない。‥‥俺は兄貴とは違う‥‥兄貴はもっと速かった」
だから、俺の背中に兄を見るな。
「流河さんがそう言っても、自分はやるっすよ。あのぬいぐるみの子にも勝って、あなたにも勝つっす」
「そうか‥‥そういう台詞は、百合に勝ってからいえよ」
きっぱりと、流河は言った。
そして騎刃は毎晩、御伽峠の麓にある駐車場に村田と筧に呼び出される事になった。
村田が教える様子を、やや離れた所で薔子と鱈だが見ていた。特に高田は、ハラハラしている。
「薔子ちゃん、大丈夫なん、あの子」
「‥‥ドリフトというより、むしろテールスライドね。後輪滑らせてるだけだものね。あの子は、FF車でいいような気が‥‥」
ぼそっと薔子が言うと、それを聞きつけたのか村田がこちらに戻ってきた。
「バイク乗りだから、スローインファーストアウトは出来てる。今からドリフトしようなんざ、無理だ‥‥無理な事はしなくてもいいだろう」
「ちょっと、ほんとに勝てるの?」
眉を寄せて、薔子が声を上げる。
村田は、たばこを口にして、さあ‥‥と言った。
「言いつけを守って走ってくれりゃ、ケツが見えなくなる程には離されないと思うがな。あとは俺とおまえが一勝すれば勝てる」
「‥‥なんか冴えないチーム戦ね」
「おもしろそうやん、なんかワクワクするわ」
‥‥そう言っているのは、高田さんだけのようです。
[そして‥‥]
御伽峠山頂に、三台の車が止まった。
流河、そして小雪と百合が続いて車から降りる。
先に到着していた騎刃は、彼女たちの到着を待っていた。
「‥‥あんた、ほんとに百合でいいのか? ほんとは兄貴とやってみたかったんだろ」
流河が聞くと、ふるふると騎刃が首を振った。
「今は、百合さんに勝たなきゃ先に進めないっす。それから今度は、流河さんに勝てるように、もっと速くなるっすよ」
「そうか」
ふ、とうっすら笑うと流河が見返した。
「それじゃ、俺達は観戦させてもらうよ」
「いや‥‥それが、今回どうしてもチーム戦がいいって人がいまして」
と騎刃が振り返ると、やや後ろに止まった車から薔子と村田が出てきた。
「あ、パ‥‥パパっ‥‥!」
びくっと体を震わせ、小雪が後ずさりをした。
「パパさん‥‥ですか?」
きょとんと百合が、狼狽する小雪を見つめる。小雪は村田を見たまま、口を開いた。
「私は‥‥私は走るのを止めない。私を止めに来たつもりかもしれないけど‥‥私は‥‥」
「わかった」
「‥‥」
小雪が口を閉ざすと、鋭い視線で村田が小雪をにらんだ。
「おまえが俺に負けたら、走るのを止めろ。‥‥それでいいな」
「パパこそ、無理してガードレールにつっこんだりしないでよね」
つんとそっぽを向いて、小雪はそう言った。
[第一戦 村田小雪 VS 村田康生]
カウントダウンは、騎刃のバイク便の後輩である結城 紗那(fa1357)が立った。
紗那はちょっと心配そうに、ちらりと騎刃の方を見た。しかしインカムに手をやり、しっかりと二台の車を見据える。
筧と高田は、第4区画のヘアピンに待機した。
「どれだけ走るのか‥‥見せてよね」
ぎゅっと小雪はハンドルを握りしめ、唇を舐めた。
カウントダウンが開始し、ゼロと同時に二台同時に飛び出した。
先行したのは、康生の方である。ストレートの加速、コーナーのつっこみと立ち上がりも上手くタイミングをとり、後続の小雪に抜かせる隙がない。
ミラーをちらりと確認し、康生はふっと笑った。
まだ、離されていない。
娘は、危険な目にあわせたくない。それが親心というものだ。しかし、小雪は自分でその道を選んだ。
『‥‥慌てるな、大丈夫‥‥まだ詰める事が出来る‥‥』
小雪は、心中で呟きながら康生の車を睨み付けた。
コースを頭の中に描き、ラインを思い描く。
『まだ駄目だ‥‥この先、コーナーが続く所まで何とか後ろに付いてなきゃ‥‥』
小雪の心中を読んだように、康生はアクセルを踏み込んで引き離そうとする。スピードの伸びるポイントだとはいえ、康生はきっちりとその分限界まで減速してコーナーを抜けていく。
『よし‥‥っ!』
左コーナーが見えると、小雪はアクセルを踏み込んだ。
パパより速いスピードで曲がらなきゃだめだ‥‥それをストレートに繋がなきゃ‥‥。限界までスピードを乗せたまま、つっこんだ。
『曲がれる‥‥』
ここを抜ければ、立ち上がりストレートから次の右コーナーまでに、抜く事が出来る。
康生の車は、若干インを残してコーナーを抜け‥‥小雪はカウンターを当てながら、コーナー出口でアウト側に取った。
「並んだ‥‥!?」
康生が視界の右側に移る影を確認し、声をあげた。康生を抜いた小雪のRX−78は、先行したまま第3区画のストレートも駆け抜けていく。
「‥‥全く‥‥あいつに似て来やがって」
小さく康生は呟き、テールランプを見つめた。
「だが、まだおまえに負けてやる訳にはいかんからな」
そして勝負は、後半に持ち込まれる。
二、三区画に待機させていた者から状況を確認した筧は、かすかに聞こえる音を頼りに待ち続けた。
「‥‥筧さん、どうなんの‥‥お父ちゃん勝つの、小雪ちゃん勝つの? ‥‥ああ、親子対決やて」
「まあ、村田さんも小雪ちゃんも、同じRX−78だからなあ。でも、この先のヘアピンを上手く切り抜けないと、すぐ追い返される事になる。連続ヘアピンは、集中力の持続が必要だから」
言っている所に、二台のヘッドライトが見えてきた。
コーナーの立ち上がりには自信がある小雪は、一つ目二つ目も綺麗にクリアする。しかし元より、カウンターのハンドル操作やアクセルワークは難しい所、何度も続くと集中力がとぎれやすくなる。
『そんな‥‥っ』
「‥‥よし、それじゃあ貰うか」
康生は小雪が抜いたと同じようにラインを取り、立ち上がりをアウトから抜いた。
駐車場前に先に到着したのは、康生だった。
ショックを受けた表情で、小雪が車から降りてくる。
「‥‥私‥‥」
顔を上げた小雪の頭を、康生がくしゃりと撫でた。
「やっぱりおまえは、あいつの娘だ。一度でも俺を抜くとはな‥‥仕方ない」
「‥‥走っていいの?」
小雪がぱっと表情を明るくすると、康生はすうっと笑った。
[第二戦 岩本薔子 VS 黒沢流河]
あの車‥‥。
薔子は、流河の乗ってきたZZをじっと見つめていた。あいつが来る訳、ないものね。
ふと自嘲的に笑うと、薔子は流河に声をかけた。
「主婦業も忙しくて‥‥退役兵だけど、どうぞお手柔らかにね」
「‥‥」
流河は、何も答えなかった。あらあら、ずいぶんと舐められたものだわ。
ため息をつき、薔子は運転席側のドアを開けた。
「‥‥それなら、どうぞお先に」
スタートをワンテンポ遅らせ、薔子はZZの後ろについた。
NAとは、一般にはターボやスーパーチャージャーを搭載していないエンジンを指す。その分、軽量。薔子のシビークTy−Rは峠御用達ともいわれた、FF車である。
FFとは、前部搭載エンジンで前輪を駆動する方式、という意味である。FRとは前部搭載エンジンで後輪を駆動する方式。また、車体中央付近に搭載されたエンジンによる後輪駆動方式を、MRと呼ぶ。
「薔子はあれでドリフトが上手いんだけどね‥‥FF車でドリフトするのはちょっとコツがいるんだ。Fドリって言うんだけど、FFはスライドしても曲がりにくいし、すぐリアタイヤがもどるから伸びないんだなぁ‥‥。わざわざドリフトに拘ってる薔子は珍しいよ」
とにかくストレートで踏みまくる流河は一区画二区画と全力で抜け、薔子をやや引き離した。
『直線ってのは、ブッ飛ばすためにあるんだよ!』
流河が叫ぶ。
しかし薔子に、焦りはなかった。コーナーが続いても、その調子で居られるかしら。
薔子は流河のZZを見失わないように、追従する。なお流河の勢いは落ちず、第3区画のコーナーでもかまわず踏み込んでいく。
「ストレートで踏むには、それだけコーナーでの減速が肝心‥‥口だけって訳じゃないのね」
くすりと薔子は笑った。
「でも‥‥スピードだけじゃ、峠は走れないのよ」
四区画のヘアピンにさしかかると、薔子の本領発揮。
それまで後ろで追従するだけだった薔子は、あっという間に流河を追い抜き、荷重移動と遠心力ですっ飛んでいった。
『な‥‥速いっ』
鮮やかに薔子のRが、横滑りして抜けていく。さすがにコーナーを得意とするだけあって、連続コーナーでは薔子の方が一日の長だ。
高田は感嘆して、筧の肩をばしばし叩いた。
「へえ〜、たいしたもんやね。あんな氷の上でスリップしたみたいなんで、上手いこと走ってくんやから」
「ああ、薔子はほんとに見本みたいなFドリするよ」
筧は薔子の消えた方向を、静かに見つめていた。
心臓が高鳴っている。
流河は、必死に薔子を追おうとしていた。
負ける? 俺はこれまで、必死に走って来た。この、“俺の”ZZと!
『‥‥何だ‥‥何か言ってた。兄貴が‥‥』
兄貴が‥‥。
『薔子は‥‥』
そうだ。はっと思いだし、流河は正面を見据えた。
『薔子は確かに上手いんだけど、やっぱりドリフトのコントロールが難しいのか‥‥コーナー出口で、若干もたついてる感じがある。連続ヘアピンになると、特にそれが顕著になる。立ち上がりで失敗したら、負けだよ‥‥。まあ、言わないけどね』
そう言って笑っていた。
『‥‥くっ‥‥ドリフトはFRの十八番なんだよ!!』
「‥‥まさか‥‥」
ZZが、いつの間にか後ろに張り付いている。せっかく引き離したというのに‥‥!
薔子は唇を噛みつつ、くくっと笑った。
「兄妹そろって‥‥私の欠点を見抜いたっていうの‥‥」
流河の心臓は、高鳴っていた。それでも、死ぬ気で踏み込んでいく。
‥‥そこまでの勇気は、私には無い‥‥。
タッチの差で、ZZが先にゴールを踏んだ。
流河は、運転席に座ったままだった。車を降り、薔子が窓を叩く。流河はちらりと見上げ、窓を開けた。
「ありがとう‥‥俺、全然ちゃんと走れてなかった。でも勝って‥‥嬉しいよ」
流河はそう言うと、手を差し出した。薔子はその手を、握り返す。
「ううん、私もとても楽しかったわ。本気で走ったのなんか、久しぶりだもの」
「久しぶり‥‥か」
流河は呟くと、ちょっと悲しそうな笑顔を向けた。
「これで‥‥兄貴も認めてくれるかな」
こくりと薔子が、うなずいた。
[第三戦 中嶋騎刃 VS 高白百合]
これで、一勝一敗。
百合と騎刃は頂上に残されたまま、スタートを待っていた。
並んだスポーツ2000VとミーニクパSを前にして、立っていた紗那が口を開いた。
「騎刃先輩、黒いZZの男の人に憧れて車を買ったんですよ」
「‥‥え、それって流河さんのお兄さんですか?」
百合が聞くと、騎刃はぽりぽりと頭を掻いた。
「元々‥‥バイクはそこそこ走り込んでたっす。でも、あの人の走りを見て‥‥圧倒されたっすよ。そうしたら、俺に入らないかって言ってくれたチームがあったんだ」
「そうですか‥‥」
騎刃の顔は、輝いている。
百合はそれを見つめ、そっと視線を落とした。流河や小雪、そして彼ら。みんな、何か思い出や大切な思いを持っている。
しかし、百合には無かった。
「私は‥‥特に勝ちたい! とか一番になりたい、とかじゃなくて‥‥ただ、走りたいから来ているんですけども」
ぎゅっとぬいぐるみを抱え、百合が話し出す。
「えっと‥‥豆腐の上に置くネギっていうか‥‥あっ、ネギを乗せないお家もありますよね。何て言えばいいでしょう」
と焦る百合を、くすりと騎刃が笑った。
やがて、勝負の瞬間が来る。紗那の合図とともに、二台がスタートする。
百合の運転は、自然だった。彼女の車はコンパクトで、見た目が可愛らしい。高田は彼女を見た時、
「あれ、百合ちゃんて走り屋さんなん? このファンシーなんで走るのんか? ハンドル握ったら性格変わるとかそんな人?」
などと聞いていた。
百合の車も薔子と同様に、FF車だ。本来、百合も特にドリフトが得意だとかいう訳ではなかった。その上、加速においても2000Vには及ばない。
その分、全般バランスがとれた運転をしているのである。
一、二区画とストレートが続き、騎刃が一瞬の隙をついて前に抜き出た。
百合は、無言でそれを見送る。しん、とした空気が車内に漂う。百合は騎刃の車に離されないように、アクセルを踏み込んだ。ストレート、そしてコーナーを立ち上がると騎刃の車が目前に迫る。
ちらりと騎刃はミラーを見た。
「もう後ろに‥‥」
百合は三区画でコーナーにさしかかると、無理なく騎刃よりインに車をつけた。そのまま、すうっと風のように抜き返す。
このまま四区画に入ったら、抜かれたままで見失ってしまう。
村田は‥‥。村田が言っていた。四区画では無理に加速するな、立ち上がりは絶対失敗するな、最悪でも最後のヘアピンでミスをするなと。
ミスをするな、と言われても‥‥。百合は、あの車をよく使いこなしている。四区画にさしかかると、ゆるやかな曲線を描いて百合の車が駆けた。
ふ、と百合は唇の端をつり上げる。
このまま勝てる‥‥百合はそう思っていた。
だが、流河とて薔子に勝っている。騎刃に勝機がないとはいえないのではないか。騎刃は言いつけ通り、無闇にアクセルを踏み込むのをやめた。前を走っている百合を追えばいい分、万が一対向車が来たらなどという心配があまり無い。
コーナーに出来るだけ余裕を持たせて進入し、早めの脱出を心がける‥‥。村田も言っていた。立ち上がりは失敗するな、と。
そして最後のヘアピン、はやる心を抑えて切り込んだ。
じりじりと、追いつめている。ちらりと百合がミラーを見た。百合のラインは騎刃を追い越させないように、阻害にかかっている。
「あと少し」
騎刃はアクセルを踏み込んだ。
「二度目の負けは‥‥」
やはり、間に合わないのか‥‥百合の車を、追い越せない。
後は‥‥根性と、判断力だ。村田の、最後の言いつけ。
「根性! ‥‥死ぬ気でつっこんで、意地でも曲がるっすよ!」
コーナー手前で百合を抜き、ストレートで加速した車体から、いつもよりスピードを残したままコーナーに入った。イン側が開く‥‥百合が、その隙をついた。
しかし一端抜いたものを、そうおいそれと抜かせる訳にいかない。
ガードレールスレスレを擦りながら、騎刃の車が脱出した。
百合は車の前に立つと、ようやく表情を取り戻して笑顔を浮かべた。あの、緊張したような無表情さは無い。
「‥‥抜かれちゃいましたね」
「いや、百合さんはすごいっす。‥‥またやっても、勝てるかどうか」
「そんな事、無いです。‥‥もっと速くなってくださいね。‥‥楽しかったから‥‥」
くるり、と百合は背を向けた。
[アフター]
「‥‥あれ、真田さんどこ行くん?」
R−78の窓を覗きながら、青田が聞いた。撮影に使用した車に、真田が白いスーツ姿で乗っていた。
助手席には、カーネーションの花束が乗っている。
指されたカードには何かが書いてあるようだが、青田には見えない。軽く手をあげ、真田は車を発進させた。
見送った青田に、桜が声を掛ける。
「真田さんなら、奥さんに会いに行くとか言ってたわよ」
「そうなん?」
きょとんとした顔で、去っていく車を見つめる青田。
‥‥父の日は来月だ、まったく‥‥。車中、真田は呟いた。