煉獄事件〜鬼を追う者アジア・オセアニア

種類 ショート
担当 立川司郎
芸能 フリー
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 06/10〜06/14

●本文

 煉獄に新たに、伊吹くるみという少女が収容された。まだ十一歳の少女だが、両親をNWに殺されている。そのNWを探す為に、繁華街に立って情報を集めながら自らを売っていた。
「‥‥シシリーという人に‥‥会ったの」
 牢扉ごしにも、くるみが話す。
 彼女が話しているのは、高校生くらいの少年だった。彼は中嶋伸也。
 くるみは‥‥伊吹くるみは、妹に似ている‥‥。中嶋は、彼女を最初に見た時に驚きのあまり、凍り付いて言葉も発する事が出来なかった。
 本来、あまり重罪ではないくるみは、煉獄に収容されながらも拘束される事はなく、区画内の自由移動は認められていた。あくまでも、彼女や中嶋の収容されている、最深部の区画のみ‥‥だが。
 中嶋は、くるみにはややうち解けた様子を見せている。
 あまり表情を見せず、たどたどしく話すくるみ。
 NWが来た事、両親が死んだ事‥‥そして、繁華街に立っていた事。
 ‥‥シシリーに会った事。
「‥‥何と言っていた‥‥シシリーは」
 彼女の話を聞いて、中嶋は何か意を決したような表情だった。
「何も‥‥。ただ‥‥俺は餓鬼だろうと大人だろうと、関係ねえと言って‥‥私に指輪をくれて、ホテルに行った‥‥。終わったら、私の写真を撮って‥‥帰って行ったの」
「‥‥そうだよな。シシリーは鬼だ。言葉なんて、必要ないさ‥‥」
 うつむいて、中嶋が呟いた。

 事件が起きたのは、そのしばらく後の事だった。
 食事を運んできたくるみを、中嶋が襲い押し倒したのである。
 服に手をかけられたくるみは、何の感情も見せずにじっと見上げていた。
「お兄さんは‥‥シシリーを超えられるの?」
「‥‥俺はシシリーを超える」
 最後まで言い終わらず、中嶋は監視官に殴られて気を失った。

 一連の話を煉獄担当の暗部実行隊から聞いた来島兵庫は、動揺も見せずに無言で暗部を送り返した。
「‥‥あいつは、シシリーの行動をなぞっているんだ。シシリーがしたように自分を鍛え、シシリーがしたように人を殺し、シシリーがしたように‥‥くるみを犯そうとした」
 だが、来島には‥‥そこまで中嶋が出来るとは思えない。
 中嶋は、本当にシシリーになりたいのか? 本当に、理性は全て無くしたのか?
「奴は、シシリーに会わせろと言っている。奴と対戦したいというのが理由だが‥‥シシリーと奴を会わせる訳にはいかん。シシリーはぶっ飛んだ奴だから、あいつの一言一句が中嶋に悪影響を与えかねん。そのかわりの奴を呼ぶといってあるから、お前達‥‥悪いが中嶋の相手をしてやってくれ。なぁに、多少訓練してるからといってシシリー程強くなれる訳じゃない。お前達だったら、タイマンでも勝てるだろうさ」
 ただ‥‥これは、勝つ為の戦いじゃない。
 中嶋は未だに妹の死を超えられず‥‥人間への憎しみを超えられずに居る。
 来島は、深いため息をついて言った。

中嶋伸也:妹を、NWに憑かれた人間に強姦され殺された獣人。憎しみが捨てられず、シシリーのような殺人鬼になろうとする。
伊吹くるみ:最近煉獄に収容された少女。来島やシシリーは、どうやら彼女を警戒しているようだ。
来島兵庫:八卦社の暗部隠密隊総隊長。中嶋の件に関わっており、今回も彼の動向を気にして依頼してきた。
煉獄:現在、八卦暗部実行隊煉獄班が監視をしている私的な監獄。犯罪を犯した獣人を収容している。施設内には監視カメラが付けられている為、中嶋の獄も常に監視されている。
<関連依頼>
煉獄事件〜仇討ち  4月12日〜4月16日公開
煉獄事件〜似た少女 5月11日〜5月15日公開

●今回の参加者

 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa0761 夏姫・シュトラウス(16歳・♀・虎)
 fa1179 飛鳥 夕夜(24歳・♀・虎)
 fa1423 時雨・奏(20歳・♂・竜)
 fa2539 マリアーノ・ファリアス(11歳・♂・猿)
 fa2775 闇黒慈夜光(40歳・♂・鴉)
 fa2910 イルゼ・クヴァンツ(24歳・♀・狼)
 fa3134 佐渡川ススム(26歳・♂・猿)

●リプレイ本文

[1日目]
 煉獄に囚われた中嶋は、鎖で縛られ、獄から出る事すらかなわぬ状態にあった。
「よう、中嶋!」
 扉を開けるなり、軽快な口調で佐渡川ススム(fa3134)は挨拶をした。しかし中嶋は、鋭い目つきで彼らを見返す。
「模擬戦するって呼ばれたんだけど、俺とアジは見物させてもらうよ。まー、8人も要らないだろ?」
「‥‥俺は構わない」
「たまってるから、そんな事言うんだぞ。ほら、俺秘蔵のぇろ本をやるか‥‥」
 佐渡川はそう言うと、鞄から本を取り出した。
 ぱっと横から取ったのは、来島だった。アジは、険しい表情をしている。何を思ったか来島は未成年のアジ・テネブラ(fa0160)を素通りして、イルゼ・クヴァンツ(fa2910)に渡した。
「“激撮美女倶楽部”。現役OL・AV嬢の過激な一日を激写‥‥」
 あわてて、佐渡川がひっ掴む。
「ちょっ、そんな冷静に読まないでー!」
 眉を寄せて、夏姫・シュトラウス(fa0761)がじいいっと佐渡川を睨んでいる。そして飛鳥 夕夜(fa1179)は“あんたにゃ、まだ早いよ”と言ってしっかりとマリアーノ・ファリアス(fa2539)の耳を手で塞いでいた。

 中嶋戦初戦を希望したのは、時雨・奏(fa1423)本人の方である。時雨は、煉獄の中嶋に関わる依頼は受けた事がない。それでも受けたのは、ある理由があったからだった。
 肩を回して体を慣らしながらも、どこかやる気がなさそうな時雨の様子。時雨は木刀、相手は素手だ。
「で、お前鍛える為にわしらが呼ばれた、と。ま、頑張ればなれるやろ‥‥妹を殺した人間と一緒にな。おめでとう!」
 双方半獣化で、開始する。中嶋の動きは、時雨に付いていくだけの速さを持っていた。相手の爪が肩をかすめる。さすがに虎の獣人やと、基礎身体能力はこっちの上やな、と時雨は呟く。
「わし、正直シシリーは好きやないねん。せやけどな、嫌いな人間を誤解されんのも、嫌や。勝手な理想像を組立んな」
 と、下から切り上げる時雨。
「あいつは、訳もなく人殺すんちゃう。目的に至る手段に、躊躇いが無いだけやで。行動自体は冷静かつ理性的に考え動く‥‥ある意味、もっとも人らしいで」
 時雨は片手で木刀を掴み、喉元に突きつけた。
 こいつは自分の弱さを認められずに、全部妹のせいにしてしまっている。そうして殺人鬼になろうとする。
「はよ気づけよ‥‥妹さんも浮かばれんで」

 そして午後からはイルゼ戦が行われた。イルゼも中嶋と同じく、素手である。
 中嶋が獣化するなら獣化、半獣化するならそれで相手をしようと言ったイルゼに、中嶋は半獣化で望んだ。出来るなら完全獣化は避けたい所であったから、望む所だ。
 時雨も言っていたように、虎獣人は身体能力に優れている。筋力を増強し、鋭い爪で殴られたらイルゼとてただでは済まない。対してイルゼは、素手ではさほど殺傷能力がない。
 むろん、イルゼを殴る事が出来るならば、の話だが。
「一つ聞いてもいいですか? もしこの模擬戦で私を相手にしたならば、シシリーという人はどういう行動を取るでしょうか。模擬戦をしようとした事すら、シシリーをなぞっているの?」
 返事は待たない。イルゼは、それが言いたかっただけだから。
 イルゼは構えた。開始と同時に、中嶋が先に動く。イルゼはそれを待ちかまえるように、立ったままだ。中嶋の動きは大振りで、見極めるのもたやすい。
 相手は疲れる様子がないが、イルゼの体力は保たない。簡単に一撃を当てて終わらせる。
「私は、あなたの心中は分からない。でも、シシリーを越えたいと思うなら、最初に言ったことを考えて見て‥‥。後出しで同じ道を歩いても、越えられはしません」
 中嶋の言うシシリーを、勝手な理想像と言い捨てる時雨と、同じ道を歩いていてはシシリーを越えられないという、イルゼ。
 苛立ちをあらわにする、中嶋の背中が、そこにある。

[2日目]
 中嶋家の墓の前に、夏姫は静かに立っていた。この墓は、中嶋の両親と妹のものだ。
 墓石の前には、花一輪供えられた様子もない。あまりに寂しい、現実。夏姫は近くで花を買うと、供えて去った。
 ここまで来たのは、伊吹くるみについて調べる為だ。夏姫は以前使われたくるみの写真を手にして、くるみの家の周辺で話を聞いてまわった。
 信じているから、無実を証明したい‥‥そういった気持ち。
 しかし、よく知る人物であればあるほど、帰ってくる言葉は同じだった。
 “似ているけど違う”すなわち、別人である可能性。
 来島の言うように、黒蜥が全てを焼き尽くし両親すら始末し、別人を差し向けたというのか? その事に夏姫はショックが隠せなかった。

 3戦目の飛鳥は、開始前にイルゼから中嶋の身体能力の高さや、戦いで目についた点を聞いていた。
「心配はいらないとは思いますが」
「まあ‥‥がむしゃらにやって、少し頭を冷やすきっかけになればいいんだけどね」
 イルゼの話を聞いても、やはりやる事は同じだ。中嶋の前に、飛鳥は立った。
「さて、ご希望に添える模擬戦相手になれるか分からないけど、やるからには手加減なんてしないからね」
 剣術屋である飛鳥は、中嶋にあらかじめ木刀を使うか、獣化して戦うかと聞いた。
 中嶋は同じ虎獣人である飛鳥には、完全獣化状態で望む事を告げた。それにより、飛鳥も獣化。鋭い爪を持つ中嶋に合わせるように、飛鳥はバトルガントレットを装着した。
 飛鳥との戦いもまた、経験豊富な飛鳥が一枚上手だった。
 まずは相手の動きを見ている、飛鳥。
 スピードは十分、だがまだ戦い方は喧嘩と同じレベルだ‥‥。飛びかかった中嶋を、すうっと身を半ば避けてかわし、蹴りあげる。
 待つ飛鳥に、爪を振りかざす。しかしそれは、飛鳥の皮膚を僅かに切り裂いただけだった。飛鳥は続けて胸元を掴むと、拳をたたき付ける。
「あんたは強くなりたいんじゃないのか? 焦るあまりに、妹を酷い目にあわせた連中と同じような事をしてどうするよ。猿真似するのは、てっとり早い方法だろうさ。でも、それじゃ強くなる所か、シシリーと同じになんてなれないよ」
「奴らを‥‥人間を支配する。この力で! その為の力だ」
 中嶋が叫んだ。
 そう言えば、あんたは猿獣人だったね。そうマリスに話しかけ、飛鳥は一言謝って去った。別に猿真似という言葉は、比喩にすぎないからマリスも気にしていない。
 試合を前にして、マリスは来島に中嶋の現在の公の扱いについて聞いていた。来島が言うには、マリスが考えていたように『引っ越した』という扱いになっている。
「来島サン‥‥中嶋の同級生に、会いに行ってもいいカナ?」
 同級生‥‥人間の知人から、彼を気遣う言葉をもらえれば、彼を説得する際の材料にならないだろうか。
「‥‥中嶋を裏切ったのは、その人間の同級生だからなあ」
 来島の意見は、冷静だった。

[3日目]
 自身の対戦の日、闇黒慈夜光(fa2775)はアジ、佐渡川とともに伊吹くるみを訪れていた。くるみも一応、区画内の獄を使っている。狭い獄の中は、誰かの意向なのか子供らしいベッドカバーやカーテンで飾られていた。
「ちぃと気になったんで、寄らせてもらいやした」
「元気にしているようだね。‥‥中嶋くんの事は、大変だったみたいだけど‥‥」
 アジは、くるみの様子を気にとめつつ聞いた。彼女に変化はない。それが、アジには気になって仕方なかった。彼女が何を聞いても、あいまいな問えしか帰ってこない。
 答えを最初から持って居ないのか、それとも忘れてしまっているのか?
「何かお土産を持って来ようと思ってたんだけど、何がいいかな」
 佐渡川が、くるみの顔をのぞき込んで聞いた。
「本‥‥ここは‥‥たいくつ」
 確かに、ここは獄だから遊具も何も無い。わかった、と佐渡川が頷いた。
「それで、嬢は仇討ちを終えて気が晴れやしたか?」
 夜光が聞いた。
「‥‥一つ‥‥終わった。それだけ」
「無くした物は戻りやせんが、新たに得る事は出来やしょう。どうか少しずつでも飲み込みなせぇ」
 そう言い残し、三人はくるみの元を去った。
 しかし、あれが伊吹くるみでなかったら、ここにいる少女の心の中には何があるのだろうか。それでもあの嬢の心に傷があるのには、変わりありやせんでしょう。
 夜光が、そう言った。

「素手ですかい。珂珂珂、それじゃ‥‥修羅道ってのがどんなもんなのか、教えて差し上げやしょう」
 中嶋を相手にして、夜光は木刀のリーチをうまく利用して戦った。元々身体能力的に、虎に圧倒的に劣る夜光は、長期戦になったらこちらがスタミナ負けをしてしまう。
 なるべくこちらが体力を使わないように、受け流しを中心として相手の攻撃を受け続ける。労力は最小限にして、打ち込みはせずに待っていた。
 それでも、こっちが先に尽きちまいやすか。
 中嶋が疲れるまで待とうと思っていた夜光だったが、どうやら待ちきれないようだ。
「心乱された力で、何が出来やしょう。自分の心の傷すら乗り越えられずに、誰を超えるんでござんすか?」
 振りの大きな中嶋の一閃を避けると、木刀を構えた。
「道ってな選ぶもんであって、逃げ込むもんじゃありやせん。そして、修羅道を選ぶってのは鬼になる事でもありやせん。何処までも、人で在り続けるから修羅なんでさぁ!」
 夜光は、隙をついて渾身の突きを繰り出した。
 体勢を崩して、中嶋が床に転がる。
「‥‥このっ!」
 瞬間起きあがって飛びかかろうとした中嶋と夜光の間に、アジが飛び出した。

[4日目]
 人間形態で戦うと言ったマリスを、さすがのアジも止めた。中嶋は半獣化状態。しかし今までの経過を見ても、いかに素人の中嶋でもマリスに負ける事はまず無い。
 マリスにはマリスなりに考えがあるようだったが、模擬戦はアジの予想通りとなった。
 中嶋の動きをマリスは全く読む事が出来ず、ガードも受け流しも出来ずに一撃を受けた。
 それだけで、既にマリスの体は大きく斜めに爪痕が残り、激しく出血している。よろりと起きあがった所にさらに一撃。
 これが、人と獣の力の差‥‥。見ていた来島が、飛び出して後ろから羽交い締めにする。
「はいはい、ここは監獄だから、人殺しは禁止」
 アジがマリスを助け起こすと、マリスは懐から手紙を出した。あの、マリスがもらってきた同級生の手紙。
 だが中嶋は、それを憎しみに満ちた目で見て、開封もせずに破り捨てた。
「俺は人間なんか信用しない」
「‥‥ヒトを傷つけるだけのチカラは、悲しいチカラだヨ。悲しいチカラに負けない、それが本当の強さなんじゃないカナ?」
 かすれる声で、マリスは言った。
 飛鳥達相手には勝たせてもらえなかった中嶋も、系統によっては簡単に五分に持ち込めたり勝ててしまう‥‥。そういう、獣の力だ。
 猿真似するのは、てっとり早い方法‥‥そう言った飛鳥の言葉はどこか心に引っかかっているようだった。しかし夜光とマリスの戦いは、逆に“獣の力”を示す結果となった。

 マリスとの戦いの後、時雨とアジ、佐渡川は三津屋臣に会いに行っていた。
 中嶋と伊吹くるみの件で着ている三人には、あまり多くの時間を割いてもらえなかった。
 まず時雨が、三津屋に携帯用ブザーを手渡した。以前ここにNWが潜入した事もあり、獄の中とはいえ油断は出来ない。
「三津屋さん‥‥伊吹くるみにリザードから、接触はあるかな?」
 アジが聞いた。
「接触はあると思う。というか、接触がなくともテレパシーで問いかける事が出来るし、あらかじめ何をするのか指示は受けているだろう」
「そうですか‥‥」
 少し不安そうに、アジが答えた。
 所で、三津屋は何故ここに入っているのか。ぽつりとそう聞いた佐渡川を、アジと時雨が振り返った。
「何しに来たんや、お前」
 時雨がつっこむと、佐渡川は苦笑して頭を掻いた。

[5日目]
 何があっても止めないでください。夏姫は、開始前にアジにそう言った。
 あまりに酷いなら止めるかもしれない。そう断ったあとで、アジが付け加えた。
「でも、あなたはそこまでしない人だと分かっています」
 ぺこりと頭を下げると、夏姫は帽子を取った。相手は完全獣化状態‥‥夏姫も、獣化状態を取る。
 しかし中嶋が手を出しても、夏姫は避けようとしなかった。
 マリスと同じ‥‥だが、夏姫も中嶋と同じ虎獣人だ。渾身の力で爪を叩き付けても、倒れる事はなかった。少しずつ傷が夏姫の体を埋めていく。体力を削がれていくのを感じる。
「あ、あなたは‥‥シシリーのような殺人鬼にはなれません。あなたは‥‥シシリーになりたいんじゃない。大切な人を失った悲しみから逃げているだけです」
 墓前には、花一つ供えられていなかった。本当なら、中嶋が居るはずの墓前に彼が居ない。その事を告げると、中嶋は少し躊躇した。
「妹も父も母も‥‥どうでもいい!」
「違います。‥‥今、あなたは悲しんでいたもの‥‥。悲しみを知っているなら‥‥それを他の人に味合わせる為ではなく、知ってるからこそ‥‥そんな思いをさせない為に、その力をふるうべきではないですか‥‥」
「煩い!」
 夏姫は、耐えているだけなのに‥‥なかなか倒れない。
「私は倒れません。私には、くじけぬ意志があります‥‥。そして思いを乗せた言葉もある」
「‥‥くそっ!」
 中嶋は壁をたたき付けると、背を向けた。彼が後悔していようと、してなかろうと‥‥墓参りに行く事すら出来ない。
 夏姫は、ただ見送っていた。

 どうやら、飛び込みで戦う必要はなさそうだ。佐渡川はひとつ、息をついた。言いたいことは、彼女が言ってくれた。
「‥‥あの時‥‥仇討ちは止めるべきだったのかもしれない」
 小さな声で佐渡川が呟いた。