レッドゾーン2アジア・オセアニア
種類 |
ショートEX
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
2Lv以上
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獣人 |
2Lv以上
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難度 |
普通
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報酬 |
3万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
07/05〜07/09
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●本文
結城貴子が、映画制作会社ploject:八卦から『レッドゾーン』というカーアクション映画を出して1ヶ月半‥‥。
上映をしたのは、小さな映画館のウエストシネマをはじめとして、僅かな場に過ぎなかった。
有名な俳優を使っている事もなかったし、お金がかかっている訳でもない。しかし体当たりの演技と、峠のカーアクション映画という事もあり、雑誌でもおおむね好評であった。
貴子がそもそも走るようになったのは、一人の男が関わっていた。
まだ20歳そこそこだった貴子の目の前に、18歳の美波優(みなみ・ゆう)という少年が現れた。彼は幼い頃からレーシングカートで慣らしており、そのセンスは並はずれている。
父親は資産家で土地をいくつも持っており、18歳ながらも彼の所有車両は北海技研新車のNS−XX。
八卦で走っていたメンバーも、ことごとく御伽峠で負けた。その頃は貴子も走りには興味が無かったから、そんな事もあるだろうと思っていた。
しかし会って見た所、貴子はすぐに心を奪われた。
「とにかく、考え方があたし達と違うんだわ。NS−XXを何故買ったのかと聞いたら、高いからでもいい車だからでもない。ディーラーで話を聞いたら、一目惚れしたからなんだって」
かと思えば、彼はまだ売れていなかった貴子の自主制作映画を見て、好きだと言ってくれた。彼が好きだと言えば、父親が八卦に掛け合ってそれを映画館で上映させた。
しかし、それは彼の興味の一つでしかなかった。
「結局、あたしの事を面白い奴としか思ってないのね。あいつが好きなのは、あたしの友達だった」
結局、その子と結婚しちゃったんだけど。
と、貴子は笑って言った。貴子はその後、車に興味を持ち始める。
レッドゾーンを作ってその話を思い出した貴子は、それを元にして次の映画を作ろうと思い立った。
「‥‥自分をモデルにして映画作るんですか?」
痛々しそうな目つきで、八卦の仲間が貴子を見る。だが、貴子はおかまいなしだ。
車に興味がなかった一人の女が出会った、天才的ドライバー。彼の事を好きになるが、彼が好きなのは彼女の友達だった。
『私が負けたら、身を引く』
と、友達は彼女にバトルを申し込む。
そして勝負の行方は‥‥。
配役:
主人公?:貴子がモデルらしい。車に興味は無かったが、才能はあるらしい。
友人:貴子の友人で、車好きの女の子。
美波(仮名):貴子が好きになった、NS−XX乗り。
その他:主人公の友人、恋敵、引退峠ドライバー等お待ちしています。
<運転技術に自信のある俳優を中心に、小規模映画のスタッフ募集>
・ドライバー兼俳優(スタント無し)
・それに関わる脇役
・スタッフ
・撮影は御伽峠を封鎖して行われ、車両は全て八卦が用意します。
<補足説明>
○お互いに納得済みである場合のみ、レースのストーリー作りをしてもかまいません。また、スキル上どうやっても無理な事は出来ません。
○対戦の組み合わせ等、話し合いで決めてください。基本的に、2組に分けてチーム戦にするのがすっきりするでしょう。
○これはフィクションの映画ですから、各人は役名や設定を考えて置いてください。キメゼリフがあれば、これも書いておいてくれると嬉しいです。
<データ>
○判定:軽業スキルとなりますので、軽業スキルの高い方が有利です。ダイスを振るのは立川のパソコンです。
○車両データ:ショッピングモールから車両を選択すると、データが表示されます。課金画面前に確認出来るので、買う必要はありません。
加:加速能力の修正値。
減:減速能力の修正値。
旋:旋回能力の修正値。
<実際の判定>
○ドライバー:半獣化状態固定。獣化部分は後から画像修正します。メットは使用しないでください(映画なので、顔が見えないと困る)。
○判定:ルート説明を参照ください。各区画ごとに加速・減速・旋回判定対抗判定を行い勝った判定に+1ポイント。得点の高い方が先行しているものとします。
○特殊修正:3箇所、特殊地点をどこかに(4区画中の加速減速旋回、12個のポイントのどこか)割り振ってください。ちなみに同じ地点に+3した場合、次の区画の同じ判定に−1修正がつきます。第5区画で+3した場合、他の判定に−1修正がつきます。
○第5区画の修正:加速→旋回に−1。減速→加速に−1。旋回→減速に−1。
○追加修正
同区画中、減速と旋回両方判定負けした場合:更に−1。
同区画中、加速と旋回に成功した場合:+1。
特殊地点を含めて2本判定勝ちした場合:+1。
特殊地点で判定負けした場合:−1。
勝者:総合的に得点の高い方を勝者とします。
○コース
第1区画
ゆるやかな中速コーナーが続くコース。全てにおいて修正+−0
第2区画
中速コーナーが続くコース。
加速−1
減速0
旋回+1
第3区画
ストレートが続くコース。
加速+1
減速−1
旋回0
第4区画
連続ヘアピンが続くコース。
加速0
減速+1
旋回−1
第5区画
中距離のストレートとヘアピン。
加速0
減速0
旋回0
○判定において、ここはこうしてほしいという希望があれば申請してください。善処します。分からない事は、立浪に聞いてください。
●リプレイ本文
[メイキング1]
御伽峠‥‥八卦が所有する山林で、その私道は今でもたまに八卦の社員がドライブコースとして使用する。また、山頂を登っていくと社が一つ、存在していた。
主要配役が現場の御伽峠に揃う中、中松百合子(fa2361)は裏方として結城貴子と打ち合わせを始めていた。
終わったらお酒でも飲みに行きましょう、と髪をバレットで止めながら中松が言うと、結城は嬉しそうに笑った。走りで鬱憤を晴らすのもいいけど、お酒もいいものよ。
中松は相手を推し量るように、結城に言った。むろん、どれだけ走るかなどという質問ではなく、どれだけ酒を飲むのか、であるが。
「それじゃ、予算から確認させてね。‥‥それからスケジュールと‥‥」
八卦で用意したのは、一千万。今回は都内のいくつかの映画館で上映されるが、それにしても車のメンテナンス代などを含めると微妙な金額だ。
車は、八卦の社員が泣く泣く出したとか結城は言っていた。
そんな中で中松が力を入れたのは、森宮 恭香(fa0485)演じる村田小雪と、結城モデルとなる小石川・凪役の長澤 巳緒(fa3280)のメイクと衣装だった。小雪はキュートでセクシーなイメージを強調。ふんわりとグロス髪にアレンジし、レースをあしらったカットソーと白のショートパンツ。一方凪は、その性格を現すようにクールな印象を。前髪は横分けにして、ピンで留めてすっきりとさせる。メイクはブルーの切れ長で、リップグロスは抑え目に。服は、黒のノースリーブシャツに、ライトグレーのクロップドパンツだ。
‥‥あれ、男の人達は?
結城が中松を振り返ると、彼女は楽しそうに長澤と森宮にメイクを施していた。
森宮、そして森宮の父親村田康生役の真田 雪村(fa3101)は前回も登場している。脇を固めるのは真田他、主演の2人に絡む青年、美波優役の緑川安則(fa1206)。2人の友人である、渡大門役の九条・運(fa0378)など。
そして、前作で村田父との絡みで好評を博した筧自動車修理工場の筧太郎こともりゅー・べじたぶる(fa1267)と、高田まち子役青田ぱとす(fa0182)だ。
レッドゾーン2は、小雪が父とのバトルを行った前作から、数年の時をさかのぼる。
[シーン1:刹那]
大きくケツを振りながら不格好ながら、深紅の車がコーナーを抜ける。
その前を走るのは、真新しいシルバーのRX−78だ。彼女が見るのは、RX−78だけ‥‥その前に居るはずのフェアレデZZは、とっくに居なくなっていた。
「凪、速くなったよ。ガードレール削らなくなったしね」
車を止めると、RX−78からセミロングヘアの女の子が降り立った。凪は、S−2000に乗ったまま、彼女を見上げる。
「FRでドリフトは、誰でも出来るもの‥‥」
そっけなく凪は、彼女‥‥小雪に言い返した。
それに、まだ大門にも追いつけない。ZZの横で、黒皮のジャケットを着た青年がこっちを見てふ、と笑った。
「そういうのは、テールスライドって言うんだよ。ドリフトって言うにはまだまだ早え」
小雪も凪も、走り好きな大門に誘われたのが切っ掛けだった。小雪は車の事にあまり興味を示していないが、父親の影響か車のチューニングだけはきっちりしている。
「でも凪、確かにお前は才能あるよ!」
大門が凪にそう応えた。
大門は、父親への思いが強いが友達のように親しく接してくれる小雪と、ドラテクには天才的な才能があるが普段はクールな凪の2人と、一緒に車について語ったり走ったりしているだけで、日々が楽しかった。
こうして3人の時間を、何より大切にしたかった。
凪にとって目標は大門ではなく、もっと身近な‥‥。
しかしその日、確かに小雪が先に上がってきたはずなのに‥‥頂上に先についたのは、見知らぬNS−XXだった。
NS−XXといえば、北海技研の誇る2シータースポーツカーだ。オプションを含めれば、ものによれば一千万を超える金額。しかし、それに見合うだけの価値がある。
車から降りてきたのは、TシャツとGパン姿とラフな格好の青年だった。
彼は、美波優と名乗った。
「それだけ金を掛けたNS−XXに乗ってりゃ、小雪じゃ勝てる訳がねえ。‥‥だが、俺は負けない」
大門はそう言って、美波を睨み付けた。しかし、美波はふと笑って肩をすくめる。
「勝ち負けで走るのは止めましょうよ。僕が走るのは、彼女の為です」
大切そうに、美波は車を撫でた。
あつくなる大門に対しやんわりとした口調だが、どこか冷めたように見える。
「走るのが楽しいから‥‥好きだからするんです。好きな事だけする、っていいですよね」
好きな事だけに時間もお金も掛けられる、余裕のある態度の美波の言葉はどこか大門をいらだたせた。
小雪と凪と大門‥‥その間に、一人の影が落ちた。
「なかなかやるじゃない、ただのお坊ちゃんかと思ってたら」
「あなたも」
くす、と美波は笑って応えた。
美波の走りは、無理がない。凪には上手くは言えないが、自分が理想とするものがそこにあるのだ。小雪の得意とするコーナーからの立ち上がり加速ではなく、トータルバランスが取れた洗練された走り。
「面白い‥‥。ねえ美波、もう一度一緒に走ってよ。そうすれば私、次は千切られないから」
唇に笑みを浮かべ、小雪は車に飛び乗る。
いつまでも凪は、コーナーの端に立って美波の走りを見ていた。
小雪‥‥いつでも私は、あなたの後ろ姿しか見えない。
走る時も、誰かに恋した時も‥‥。ドラテクについて熱心に耳を傾ける小雪と、彼女にナチュラルな笑顔で応えている美波。
気付くと凪は、そんな2人を見ていた。
ぽつんと立ちつくしたまま拳を握る凪を、黙って大門が見ている。
煙草を持ったまま、中年の男がじっとその看板を見上げていた。
筧自動車修理工場と書かれた、かつて純白に輝いていた看板は、薄汚れて茶色く変色している。しばらく何思うのかじっと見ていたが、煙草をくわえて男は中へと入っていった。
熱気とともに、甲高い女の声が聞こえる。
「‥‥おや村田さん、何やの、そないな所突っ立って。邪魔やから入って来ぃな」
訪れた村田康生に、高田がいつものように元気のいい声をかけた。
巨体を狭い通路に押し込みながら、高田はてきぱきと椅子を引っ張り出して村田の前にドンと置き、置くからポットと湯飲みを持って現れた。
娘は車に傷を付けたりなどしてないか、とさりげなく聞こうとした康生より早く高田がたたみかける。
「村田さん、この間あんたの娘さんの友達の‥‥何やて言うたかな。えらい気合いいれて相談に来たんやで」
小雪と友人の凪が、大門とかいう走り屋とつるんでいるのは知っている。
御伽峠に行っている事も、周りから聞いて知っては居た。元々小雪も凪も、車に興味があるタイプではない。せいぜい、高速道路でスピードリミッターを体感していればいいだろう程度に思っていた。
しかし、凪は筧の所にやって来た。
私にドラテクとマシンの事について、教えてください。
いつも口数少なくクールな凪が、筧に頭を下げて言ったのだ。
「そのNS−XX乗りっていうのは、どんな奴なんだ」
「おっ! 村田さん、興味がわいた?」
筧がからかうように笑いながら聞くと、康生はいつものように表情一つ変えずにそっぽを向いた。
「走り屋の男なんかに惚れたら、ろくな目に遭わない」
「同じやないの、元走り屋やん」
高田が言う。
「‥‥まあアレだ、その色男ぶりを、直接確かめてみてやってもいいが」
「そりゃあええ。凪ちゃん、喜ぶわきっと!」
のそのそと歩きながら、高田はさっそく凪に電話を掛けに事務所に入っていった。
「どうなんだ」
康生が、後ろで作業をしている筧に聞く。
筧ははは、と笑った。
「凪ちゃんの方? ‥‥タイヤがえらく片減りしてるのが気になるかな。たぶん、ドリフトをちゃんと体得してないんだろう‥‥ちょっとスピンターンをさせて見てみたいね」
「‥‥」
康生が気になっているのは、もちろんNS−XX自体も気になる車であるのだが、この一連の話に娘が関わっているという事だ。
何だかんだと言いながら、康生は小雪が走り屋になるのも、走り屋の恋人を持つのも反対だ。
筧の所を出た康生は御伽峠の中腹に車を止め、周囲を見回した。
つきあわされた筧は、ジャケットのポケットに手を入れて、くわえ煙草でコースを見ている。高田は“もう寒いのかなわんわ”とぶちぶち言いながら、デジカメを持たされ、待機している。
まずは一台、ZZ。筧が聞いた話では、この車は恐らく小雪達の友人の大門だ。
「極東産業製。こいつは一昔前、憧れたもんだけどな‥‥まあ今は、他にもいい車があるから見劣りするねえ。あいつのZZ、ニトロ積んでるらしいよ」
「ニトロ積んだら速うなるん?」
きょとんと高田が2人を見る。
「‥‥ニトロを積んでも速くはならんな‥‥」
ぽつりと康生が言うと、筧は乾いた笑い声をたてた。
そして2台目のNS−XX。トータルバランスは取れている、と康生が呟いた。筧はその後ろ姿を見送りながら、声をあげた。
「それにしても、わざわざNS−XXねえ。あの坊ちゃん、彼女に惚れたから買ったって言ったそうな」
「ただの女じゃないぞ」
ちらりと康生が高田を見ると、2人の話には興味なさそうに先ほどの映像を見ていた。そしてふいと顔をあげる。
「‥‥何やの、そのNS−XXて。あたしも知らん車やね、高い車?」
「NS−XXに代表されるミッドシップは、一般にエンジンが車体中央よりに配置してある後輪駆動の車で、運動性能はいい。ただ、乗った感じがFRやFFとは違うから、慣れるのに時間がかかる。2シートなのは、エンジンがドライバーの後ろにあるからなんだ。むろん、後ろにトランクは無い」
じゃあ本来のエンジンルームには何が入っているの、などという質問は高田はしなかった。エンジンルームの中は、エンジンしか入ってない訳ではないからだ。
エンジンが後方にある分、重力バランスが他の車とは違ってくる。
「だが、乗って楽しい車だMRは。‥‥いい選択だな」
にやりと康生が笑って言った。
[メイキング2]
生ぬるい風が吹き付ける空を、じっと中松は見上げていた。まだ峠の夜は寒いだろうからと、役者の為にコートと虫除けスプレーを用意していた。そういう細かな心遣いは、中松ならではだろう。
「あなた今回走らないけど、それでいいの?」
中松がそう問いかけたのは、美波役の緑川である。脇役のもりゅーや青田を除き、全員がバトルする事になっている。
「今回は森宮や長澤がメインの映画だからな、私は走らなくてもかまわない」
「そうね、それならちょうど2ペアでちょうど良いかしら。‥‥女の子達が走る頃には‥‥綺麗な月が出ているといいわね」
まだ陰ったままの夜空を見つつ、中松が言った。
[バトル:康生VS大門]
「お前が大門か?」
一人の中年男が、自分をじっと見返している。大門がそうだと応えると、男は話を続けた。
「NS−XXについて聞きたい」
「あいつは、もう帰った。‥‥また美波かよ。あいつのおかげで、最近つまんねえ事になってんだよな‥‥」
大門の側には、凪も小雪も居なかった。彼の言葉は、少し寂しげに聞こえる。
「そうだな。‥‥話に聞くXX、お前じゃまだ相手にならないだろう」
「あんた、何なんだ一体」
大門は、黙ってZZを見ている男に返答を求めた。
すう、と顔を上げる。
「お前さん程度の腕で、あれこれと走りを語ってもらわれると困る者さ」
‥‥娘に、と康生小さな声で呟いた。大門はぎゅっと拳を握ると、後ろに立っていた筧へ視線を向けた。
「おい、カウント頼むぜ」
「‥‥おい、本当にやるの?」
眉を寄せ、筧が康生を見た。
先行したのは、康生の方だった。ロータリーエンジンの叩き出すパワーはZZの比ではなく、現役を退いたとはいえまだ大門に負ける程には衰えてもいない。
性能差が出る頂上付近では、特に康生のRX−78RZが強い。
「何だ‥‥あのおっさん、素人じゃねえ‥‥!」
大門は手に力を込める。康生はちらりとバックミラーを見ると、大門の車が後方に退いているのに気付いた。
このままじゃ、一人勝ちしてしまう。ややゆるめると、大門が追いつくのを待った。
大門とて、このまま負ける気はない。
「‥‥行くしか‥‥ない!」
「あのスピードで曲がれるのか‥‥?」
ややもオーバーと思えるスピードでコーナーに入ると、ガードレールを掠めるようにしてZZがすり抜けた。康生の78RZの後ろに、ライトが迫る。
「この凍え! この恐れ! たまらねえな」
大門がにやりと笑う。
「なるほど、一応車の性能限界は分かっているのか。だったらなおさら‥‥ロータリーの強さと現実ってものを見せてやろう」
すう、と背筋を正すと、康生がアクセルを踏み込んだ。78RZの加速は、せっかく大門が詰めた距離をじりじりと引き離し、中速コーナーをするりと抜けていった。
この先の連続ヘアピンで詰められなければ、ZZではもう挽回する事が出来ない。
「ZZ‥‥吼えろ!」
意識を集中し、ハンドルを切った。ベストラインは分かっている‥‥後はそれに乗せるだけだ。コーナーの進入には、自信を持っている!
なのに‥‥。
「何でだよ‥‥あのオヤジ、詰めさせねえ!」
最後のヘアピン、康生はじわりとアクセルを踏んで加速した。そのまま停止せず、康生の車はスピンターンして頂上に戻り、筧を回収して去ってしまった。
「RX−78RZでZZと走るなんて、ちょっと大人げないんじゃない?」
無言の康生に、筧が低い声で言うのだった。
[バトル:小雪VS凪]
メンテナンスを終えた2000Vが、静かにたたずんでいる。高田がぴかぴかに洗った凪の車は、彼女が乗るのを待っていた。
しかし凪の表情は冴えない。
「‥‥あたしはホンマなあ、五月蠅いの嫌やねん。だけど、あのぼっちゃんはな、違っててん。ええ目しとるで。子供みたいに、きらっきら目ぇ光らせてな、これ乗りたい! って全身で言うとんねん、思わず笑ったわ」
振り返ると、高田がにこにこ笑って彼女の側に立っている。
美波‥‥小雪に奪われたくない、車もあの人も!
「小雪。私は‥‥あなたに負けたくない。私と勝負して‥‥!」
向上の外、日差しで影を作り小雪がこちらを見ていた。
小雪は、真剣な凪の表情に驚いたような表情を浮かべ、そして頷いた。くるりと背を向けて歩いていく、小雪。
小雪が見えなくなるのを黙って見送る凪は、それからようやく口を開いた。
「こんな事をしたって叶わないのに‥‥馬鹿ね」
うつむいてそう言った凪の肩に、高田がそっと手をやった。
「凪ちゃん、手加減なんかするなや? それが礼儀やねん。あの車もこの車も‥‥凪ちゃんの車も、みんなあたしの大事な子ぉなんやで」
「うん‥‥私、全力で走るから」
凪は目に涙を浮かべながら、精一杯顔を上げて言った。
康生と筧が手を加えた78RZは、美しいエンジン音を響かせて発進した。凪は78RZのやや後ろを付いて走る。
小雪はまだふらついている凪と違い、コーナー出口の加速もタイミングを逃さない。
二台の車が、直線を駆け抜ける。ちらり、と小雪が視線を横にやった。
一瞬、NS−XXが見えた。
「美波‥‥」
美波なら、パパにも勝てるかもしれない。美波となら、もっともっと自分の走りは先に進める。美波なら‥‥。
「ちゃんと見てろよ」
二台を見送り、大門が美波に言った。涼しげな表情で、美波は暗中のライトを見つめている。彼は、それさえ楽しそうに見ている。
「‥‥今の凪じゃあ小雪に勝てない」
「でも凪は、すぐに自分のものに出来る‥‥才能を持っている。走れば走るだけ速くなれる」
ずっとそれを、見てきた。だから大門は、美波より凪の事も小雪の事もよく分かるのだ。
どこまで凪が小雪に迫るのか、それを確認したいから居るのだから。
中速コーナーを抜ける頃、驚異的加速で追い上げた凪だったが、やはりコーナーを一つ抜けるたびにじりじりと離されてしまう。
思ったラインを取れずアンダーを出す、減速が足りない、カウンターステアがうまく切れない。
そんな凪を振り返る余裕は、今の小雪にはない。やや先行しているとはいえ、それは小雪が全力で走っているからだ。
「凪‥‥全力で来て。私はあなたと全力で走りたかったんだから!」
凪は、焦りが走りに見えている。直線に入ると、再び凪がアクセルをめいっぱい踏み込んできた。
二台はヘアピンにもつれ込み、小雪は凪よりブレのないライン取りで左右に切っていく。
加速は78RZに負けていないはず、性能も負けていない。ドリフトの苦手な凪の為、筧のセッティングは若干オーバー気味に仕上げてある。筧や康生から、いっぱい話も聞いた。週末は地味に駐車場でターンの練習をした。
「車は負けてないのに‥‥何で小雪に追いつけないの!」
思わず、凪は叫んでいた。
「嫌だ‥‥このまま終わりたくない‥‥!」
目を見開き、凪の2000Vは78RZを睨む。
“どうしても連続ヘアピンで駄目だったら、教えたようにクラッチを蹴るか半クラで維持してみて。振り返しにももたつく事はないと思う。‥‥車は傷むけどね”
筧の言葉が、その時脳裏に蘇った。
その時、凪は綺麗なラインを描いて小雪の後ろに迫っていた。小雪は思わず、声をたてて笑った。
「はは、凄いよ‥‥凪、ちゃんと出来たじゃない‥‥ドリフトが!!」
若干進入の遅れた小雪が直線に入った頃には、凪が差を詰めていた。
永遠とも思える、この距離。
詰まらなかった、距離。
しっかりとこちらを見据えた凪に、小雪は笑顔ですうっと手を差し出した。
小雪も凪を見つめる。
「‥‥凪、やったね。ちゃんと出来たじゃない」
「でも‥‥ちゃんとは出来てない。クラッチ蹴りで繋いだだけだから」
「違うよ。ちゃんと綺麗にライン取れてた。‥‥凪、また走ろう。きっと上手くなるよ」
小雪の言葉に、凪が笑顔をつくった。
「そうかな‥‥。うん、小雪ありがとう」
ふいと視線を動かすと、反対側の車線でNR−XXが停止したのが見えた。やや後ろで大門が車を止め、軽く手を挙げて抜き去った。
凪はまっすぐ、美波の所へ歩いていく。
美波は少し申し訳なさそうに、こちらを見ていた。
「‥‥ごめん。僕は、やっぱりあいつの事が好きだ」
「分かってた。だから謝らなくていいの」
ふるふると首を振り、凪と小雪を振り返る。
大丈夫、ここには大切な人もある、2000Vもある。そう笑顔で言った凪の頭を、美波がそっと撫でた。
[END]
クランクアップを迎えた結城と中松が楽しみにしているのは、何といっても打ち上げの酒だ。
さあ、結城の酒はどこに底があるのか確かめてやろうと思っている中松の前に、森宮が立ちはだかる。
「まさか、2人で打ち上げに行っちゃったりしませんよね?」
くす、と笑うと森宮が振り返る。すう、と息を吸って、思い切りはき出した。
「打ち上げで飲みに行くよ〜! 結城さんのおごりだって」
「ちょ‥‥」
「あら、それならよかった。安心して飲めるもの」
中松はにっこり笑って言った。
「酒か‥‥まあ、打ち上げならつきあおか」
青田が他の者をせかしながら、歩いてくる。一見若く見える九条や長澤も、中松が最初の免許証確認の時点で二十才以上だと確認済みだ。
「中松が飲みたいだけだろ」
もりゅーが言うと、彼女も否定はしなかった。
そしてその夜、中松が結城の底を確認したのか、打ち上げがどうなったのかは謎として‥‥。