緋門あすかを救えアジア・オセアニア

種類 ショート
担当 立川司郎
芸能 1Lv以上
獣人 3Lv以上
難度 やや難
報酬 9.9万円
参加人数 8人
サポート 0人
期間 08/22〜08/26

●本文

 ざわざわと、生暖かい風が吹き付ける。
 ぼんやりと、ただ縁側に座って彼女は庭を見つめていた。遠くから彼女を見つめる目がある事に、気付いているだろうか?
 自分に起こった異変に、感づいているだろうか?
 獣のような目をした男は、ゆっくりと携帯電話をとった。
「‥‥来島か? ああ、今の所変化ないぜ。どうする?」
 彼女は‥‥緋門あすかは、シシリーの監視する目の前で、しずかに立ち上がって部屋の奥へ消えた。

 緋門あすかは、PLOJECT:八卦の暗部に関わり獣人を知る数少ない人間である。その性質から、獣人達の活動や暗部を助けていた。
 彼女に変化があったのは、ここ数日の事である。
 最初に気付いたのは、彼女が一人住む神社に出入りしているシシリーであった。いつものような毒のある発言もなく、シシリーをじっと何か言いたげに見ていた。
 シシリーは即座に、彼女の元から姿を消した。
「たぶん、感染している。獣人を緋門に近づけないよう、監視しといた方がいいぜ」
 むろん、俺も見張ってるが。シシリーは来島に連絡を入れると、緋門の行動を遠くから見守った。
 シシリーが覚えている緋門は、最近どこか落ち着かなかったように思う。
「‥‥黒蜥か、それとつながりがある八卦のスパイが仕掛けてくるかもしれません」
 あすかは、シシリーにそう言っていた。
 最近、あすかの身辺を誰かが彷徨いている気配がある。あすかはそれが誰か、来島に調べてもらおうとしていた‥‥その矢先の事だった。
「どうだ、八卦の意見としては?」
 くすりとシシリーが笑って聞いた。電話の向こうの来島は、渋い声でうなった。
『表向き、緋門は人間だから始末していいという意見が多い。しかし社長は、緋門の始末に反対だ。‥‥俺も、緋門は始末したくない』
「そもそも、緋門は『奴』に繋がっているんだろう? 社長の意向はどうあれ、殺しちゃマズイか」
『どうだ、緋門からNWを引きずり出せるか?』
 来島が問うた。
 さて‥‥。シシリーが口を閉ざす。
 あすかに接近せずに、彼女からNWを追い出す事は出来るだろうか‥‥。それが出来なくば‥‥。

設定
依頼:あすかの中のNWが実体化する前に、何とかNWを別の媒体に移させてあすかを保護してほしい。
対象:緋門あすか。神社の巫女をしている人間。八卦とつながりがあり、来島や八卦からの信頼も厚い。最近、周囲を誰かが彷徨いていると話していた。
来島兵庫:八卦暗部隠密隊総隊長。
シシリー:殺人鬼で煉獄に収容されていたが、現在は八卦に協力している。もしあすかの中のNWが実体化した場合、シシリーがあすかの始末に協力する事になっている。

●今回の参加者

 fa0160 アジ・テネブラ(17歳・♀・竜)
 fa0877 ベス(16歳・♀・鷹)
 fa1374 八咫 玖朗(16歳・♂・鴉)
 fa1402 三田 舞夜(32歳・♂・狼)
 fa1423 時雨・奏(20歳・♂・竜)
 fa2196 リーゼロッテ・ルーヴェ(16歳・♀・猫)
 fa2910 イルゼ・クヴァンツ(24歳・♀・狼)
 fa4060 猫宮・牡丹(15歳・♂・猫)

●リプレイ本文

 深夜に鳴り響く、コール音。
 あすかがゆっくりと電話の受話器を取り上げると、見知らぬ声が聞こえた。
『あの人からの伝言はあったか?』
 ‥‥あの人‥‥。
『‥‥知らぬ訳はあるまい。‥‥は、どこだ』
 ゆるりとした動きで、あすかは受話器を置いた。かろうじて残った意志の力か‥‥反射的にそうしたのか。

 シシリーも時雨も居なくなった緋門神社‥‥あすかは、ひとり普段通りの生活を送っているようだった。緋門神社への接近は、八卦内外問わずに獣人は全てシャットアウトしてある。
 あすかの監視は、シシリーと立浪が交代で行っており、出来るかぎり他の人間との接触も避けさせていた。
 あすかを知るベス(fa0877)やアジ・テネブラ(fa0160)も、彼女の感染はショックである。ベスはその話を聞いて、やや想定はしていたのか、
「いつかこんな事が起こる、と思っていたけど‥‥まさかあすかさんが‥‥」
 と表情を曇らせた。特には時雨・奏(fa1423)、ほとんどシシリーと一緒にあすか宅に住み込んでいたようなもんである。
「シシリーと一緒やっちゅうのは複雑やけど、案外気に入ってんねんで‥‥それやから、今は失いとうない」
 成人男性が2人も住み込んでいる、というのは結構問題あるんじゃないか‥‥とアジは思ったが、あすか自身がそれを認めているなら自分が口を挟む問題ではあるまい。
 しかし今問題なのはあすかに取り憑いたNWと、彼女の周辺を彷徨いているという存在である。アジ達は、それが甲斐ではないかと考えている。
 しかし、もし甲斐の目的が陰刀や八卦鏡であるなら、取り憑かせたあすかをNW化して持ち出せば、あまり目立たずに持ち運べたのではないか?
 アジの疑問に、時雨は甲斐以外の誰かの仕業である可能性もある、と話した。
「彷徨いとるのは、リザードの連中か‥‥それとも甲斐に感染させられた人間かもしれへんな」
 いずれにせよ、関わっているのは黒蜥(リザード)‥‥というのが一致した意見‥‥であった。

 あすかからNWを引きずり出すにおいて、まず考えられたのが『囮を使って、あすかから引き出す』というものであった。
 携帯電話で離れた所からあすかに連絡し、手元に犬などを連れてそこに取り憑かせるのである。移動した事が分かれば、感染した犬を倒す。
 三田 舞夜(fa1402)は、不審者対策の為に犬を選んでいると連絡し、写メを送ってはどうかと提案した。自分達が油断していると見せかけ、なおかつ周囲に感染可能な対象が居ると気付かせる為である。
「写メというのはいい案だね。‥‥でも、携帯電話でも感染するのかな? コードは繋がってないけど」
「携帯でも“情報元のやりとり”だから感染するそうだ。‥‥これで感染するなら、無線なんかでも簡単に移動出来る事になるけどね」
 平然とした口調で、三田が言った。平然としてはいるが、結構それはそれで大変な事である。何が原因でNWが移ってしまうか分からないからだ。
 ベスや時雨は、先の台湾での大規模な遺跡発掘活動を利用し、資料を輸送中に野犬に襲われたなどと連絡してはどうかと話した。
「でも、三田さんの案がいいかもしれないね」
 ベスが同意を示した。
 NW戦も経験している獣人が、たかが野犬に襲われてあすかに連絡というよりも、不審者が彷徨いている事自体は聞いて知っている訳だから、番犬を選んでいると知らせる方が確実かもしれない。
 ベスはイルゼ・クヴァンツ(fa2910)や猫宮・牡丹(fa4060)に協力してもらい、ターゲットとする犬を探しに向かった。
 三田は二頭見つけて、どちらか選択してもらうと言って写メを送ってはどうかと言っていた。しかし犬を二頭見つけるのは、これで結構難儀だ。
「あの‥‥ちょっと調べたんだけどね、保健所とか動物愛護センターでも、最近は行ってすぐに引き取って帰れるって訳じゃないみたいなんだ。東京でも、講習受けたりしなきゃならなかったりして手続きが大変みたい。‥‥ペットショップとかで持てあましてる犬とか、探せば居るかもしれないけども」
 ベスが、ちょっと苦笑ぎみに頭を掻きながらイルゼと猫宮へ言った。
 本来ベスは、狂犬病にかかっている等で処分される予定の犬を引き取ろうと考えていた。あすかの為とはいえ、先のある命は犠牲にしたくない。
 イルゼはこくりと頷いた。
「動物の虐待が、世間では問題視されていますからね‥‥身元や目的等がはっきりしない者には渡さないのでしょう」
「それは獣人としてはいい事なんだけど、犬が見つからないのはそれで問題だね」
 腕を組んで、猫宮が考え込んだ。
「それで、ベスは何か手に入れる方法は考えついた?」
「ぴ? うん、来島さんに相談したら、『何とかする』って言って‥‥あんまり健康な犬とかかわいがられてる犬とか、可哀想だからって言ったんだけどね」
「へえ、良かったじゃないか。‥‥で、どこから連れて来るんだ」
 きょとんと猫宮が2人を見返すと、イルゼが少し目を伏せた。
「‥‥それって、どこの犬なんでしょう。八卦の番犬だというならまだいいのですが、研究室に居たとか、NW憑きとか‥‥」
 ここに来る前に、時雨が話していた事が気に掛かる。黒魚村は八卦の非合法な実験施設だったのではないか、というものだ。なおさら不安が残った。
「あり得る‥‥かも」
 はは、とベスが乾いた笑いを浮かべた。

 リーゼロッテ・ルーヴェ(fa2196)が、シシリーの所へ電話をかけている。八咫 玖朗(fa1374)は、ちらりと彼女を横目に見た。玖朗もシシリーに頼みごとがあったのだが、正直シシリーに面と向かって何か頼み事をするというのは、怖い。
 何者かわからない、元凶悪殺人犯、目的の為なら(全く)手段を選ばないとくれば、誰に何を言われたって安心なんか出来っこない。ロッテにお願いすると、彼女はいいよと言ってくれた。‥‥彼女は怖くないのだろうか?
 一方、彼女と別に三田があすかの所へと電話をかけていた。即座に情報媒体が形態に移動して来られるなら、面倒な手間をする必要がない。
 犬を用意し、移動したと見計らった所で携帯電話を犬に接触させれば、確実に乗り移るだろう。三田は獣人であるから、乗り移る心配はない。
「‥‥あ、緋門さんか? わざわざすまないね、俺が三田だ。‥‥ああ、他の連中も側に居るよ。何でも、時雨とベスは台湾の資料を輸送中だと言ってたけど?」
 軽い声で、三田が会話を続ける。三田はベスから言われたように、彼女と時雨が輸送任務中に怪我をした事を伝えた。
「これから任務が残っているらしいから、犬は業者に預けてそっちに送るが‥‥いいかな」
 今を逃せば、もう自分達獣人に接触する機会はないかもしれない。NWがそう認識する判断力があるかどうか疑問だが、今ここに獣人がいると知れば、我慢する理由もなかろう。
 三田は写メを送る為に、一端電話を切る。カメラを起動すると、犬に向けた。
「じゃ、せっかくだから写ろうかな」
 ひょいと猫宮が、フレームインする。すると、ベスも続いて犬に手を回した。腕には包帯を巻いてあり、ちょっと痛そうに苦笑いを浮かべる。
 彼女が抱いたのは、黒いゴールデンレトリバーであった。
 再び、三田が電話をかける。
「どうも‥‥あすかさん、写真は届いたか?」
 すう、とロッテが携帯電話を握る。三田は電話をとりなおした。
「あすかさん?」
 携帯電話が落ちる音。ロッテは、小声を出した。
「シシリー?」
『移動したぜ‥‥たぶんな。何が起こったか、気付いたって様子だ。立ったまま、震えてるな‥‥あいつもNWに憑かれちゃ怖いって感じるんだな』
 からからとシシリーの笑い声が電話から聞こえる。
 移動した‥‥その言葉を側で聞いていたイルゼは、三田が携帯電話を犬に向けるのを見るや、即座に行動を開始した。日本刀を抜き放ち、飛びかかる。
 一瞬犬の動向を待ち、その体が異質なものへと変化するのを見届けると斬りかかった。
 玖朗、猫宮達も戦闘態勢をとる。
「猫宮、戦闘慣れしてないあなたはあまり無理をしないように‥‥」
 イルゼの前に出た猫宮を、彼女は視界に入れつつNWを刀で突いた。
 傷を受けてなおこちらに飛びかかるも、この程度であれば見切れる。上空から、玖朗がツメで掴んだ。猫宮は、NWの気を引くべく何度かツメで攻撃を試みている。
 ロッテが電話を切る頃、完全獣化したイルゼがNWのコアへと刀を叩き付けていた。

 あすかの動向が気になるロッテ、アジ、玖朗達が時雨の車に乗せてもらって向かう中、イルゼは一人現場に残ってNWの残骸にしゃがみ込んだ。
 それは既に、犬とは呼べぬもの。
 顔を上げると、車に乗り切れずに置いていかれた猫宮と三田が立っていた。
 じいっと猫宮がのぞき込む。イルゼはしずかに犬を抱えた。
「ここで私たちに使われなければ、もっと違う‥‥良い飼い主の元で幸せに暮らせたかもしれませんね‥‥考えても仕方のない事ですが」
「嫌でも襲いかかって来る存在だからな、別にこっちが望んで来てもらっている訳じゃない」
 今回は別だが、と三田が言った。
 そう。あすかが犠牲になったとしても、元より人間の犠牲は想定内‥‥。
「お墓、作ってもいいでしょうか」
「じゃ、手伝うよ」
 イルゼが聞くと、猫宮が少し笑って言った。

 あすかの元に戻ると、彼女はいつも通りに冷静な表情で待っていた。シシリーが言っていたような動揺は見せていない。
 周辺にまだ不審者が居る事も考え、アジや時雨達はあすかの側に。玖朗とベスはサーチペンデュラムで、甲斐が側に居ないか調べていた。
 シシリーには、側に不審者が居るか調べて感知しておいてほしいと玖朗はロッテ経由で伝えてある。それを含めた、あすか邸にある重要物品の回収も、時雨が別口で頼んでいた。
 わしが行きたいけど、こういう隠密事はあいつが向いとるねん。
 時雨はそう呟いて、シシリーに頼み込んだ。
 彼が連れて戻ってきたのは‥‥甲斐でもなく、リザードでもなかった。この中の誰もが覚えのない、二〇代ほどの年齢の若い男だった。
 あすかが、彼を見て何かに気付く。
 ちらりと玖朗が見上げ、それを問うた。
「‥‥何か‥‥知っているんですか?」
 何の為にあすかにNWを憑かせたのか、誰が何の目的で‥‥。玖朗もアジもずっと考えていた。
「そいつは、八卦の編集部の奴だな。暗部隠密隊だったが、最近来島の命令で現場から外された‥‥と記憶しているが」
 くくっと笑い、シシリーが背を向けた。すうっロッテが、その後を追いかける。
 歩きながら、ロッテが言葉を投げる。
「‥‥シシリーさん、聞かせて。何故あすかさん一人の為に、八卦がここまで必死になるんだ? 単に協力者だから、だけじゃない‥‥何かがあるんじゃないの」
 ロッテの質問に、シシリーが足を止めて振り返った。彼はうっすらとした、考えの読めない笑い方をしている。
「今、獣人の存在を把握している人間が、日本に何人居ると思う」
 黙っているロッテに、シシリーが煙草に火をつけながら続けた。
「俺が知るかぎりじゃ‥‥今まで十数人。あすかは、そのうちの一人って訳だ。確かにNWに寄生されるってデメリットがあるが、獣人研究上で人間の協力者は比較対象としても必要な存在だ。獣人関係で万が一の事故が起こっても、あすかは人間だから対象外だし、そもそも居て困る存在じゃない」
 少ないとは思っていたが、自分たちの事を知る人間が数える程だとは知らなかった。
「人間だからダークサイドに堕ちる危険もないし、獣人同士の身勝手な権力争いも思想も関係無い。‥‥ま、あすかが何で暗部に関わってるのか、本当の所は知らねえ。八卦の重要な人間に繋がっているって噂だが‥‥な」
 重要な‥‥人間? ロッテが小さく口にした。

 縛られた男を前にして、あすかは縁側に正座して静かに見つめた。ベスはペンデュラムをふる手を止め、あすかに声をかける。
「周囲に甲斐は居ないみたいだよ。‥‥そっちはどう?」
 ベスが玖朗を見ると、彼も頷いた。
「そうですね。シシリーさんの言うように、甲斐は居ないようです」
 でも、だとすればこの男は一体‥‥。玖朗が黙って彼の顔を見ていると、あすかが声をかけた。
「香月さんから頼まれたんですね。私が、会長と繋がっているんじゃないかと‥‥」
 男が黙り込んでいると、あすかはため息をついた。
「八卦の会長は‥‥名前だけの、実在しないモノです。叢雲一騎という人間は、存在しないのです。あなた方本家が何をもって私を調べているのか知りませんが、いつのまでも内部分裂を繰り返す事を、社長も望んではいません。今は黒蜥を壊滅させる事が、主であるはずではありませんか?」
 あすかはため息をつくと、男に近づいて紐解いた。
「お行きなさい。‥‥調べても無駄なのです」
 男とすれ違いように、シシリーが戻って来る。一瞬シシリーは、男と視線を合わせた。
「八卦本家の差し金‥‥か。面倒だねえ、八卦のヒトは」
 くくっと笑うと、あすかは無言で部屋に戻っていった。そろりと玖朗がシシリーの顔を見上げると、アジが思い切ったように声をかけた。
「‥‥大丈夫なのか?」
「大丈夫だろうさ。あすかは社長のお気に入りだからな、本家もこれ以上手荒な事はしねえよ。‥‥そう。八卦社内じゃ、古い考えやしきたりを守ろうとする、古い血筋の奴らを本家って呼んでいてな、副社長の香月はそのトップなのさ」
 要するに、八卦の主権争い‥‥。
 甲斐以上に面倒な事が、起こっていそうだ。アジは玖朗と視線を合わせ、息を吐いた。