煉獄事件〜潜伏するモノアジア・オセアニア
種類 |
ショート
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担当 |
立川司郎
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芸能 |
1Lv以上
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獣人 |
1Lv以上
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難度 |
やや難
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報酬 |
1万円
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参加人数 |
8人
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サポート |
0人
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期間 |
02/04〜02/08
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●本文
暗い地の中の、コンクリートの壁に囲まれた部屋の中、その青い目は2年という月日をそこで暮らしてきたと思えないほど、ぎらぎらと輝いていた。
二年切られる事のなかった銀色の髪は、肩まで伸びきっている。質素な褐色のトレーナーから覗く両手は、よく締まった肉がついていた。
彼は自らをこう呼ぶ。
193937。
「何の意味がある‥‥言え!」
全てを燃やし尽くすような視線。女は、彼から視線を少しも話さず、強い口調で問いかけた。男はうっすらと唇の端を歪めて、その様子を見ている。
「さあ‥‥どういう意味か分かったら、何でも言う事をきいてやるよ。死ぬのは御免被るがな」
流ちょうな日本語で、男が答えた。
「‥‥今なら、奴を殺せる。何故そうしない! 奴は数え切れない程の同胞を殺したんだぞ。生かしておく理由などない!」
大切な妹も‥‥父も、全て。
「瀬戸口、少し落ち着け。気持ちは皆同じだ」
瀬戸口と呼ばれた女は、仲間をふり返って怒気を荒げた。
「本社は何故奴を生かしておく。奴が捕まって2年‥‥体のなまった今なら、殺せる」
「本当にそうかねえ‥‥」
ぽつりと瀬戸口にそう言うと、静かに彼は椅子に座り込んだ。瀬戸口を見返す視線は、とても静かだった。
「よくモニターをチェックしてみろ。奴は今でも、一日のほとんどの時間を筋トレに費やしている。両手と首に鎖が付けられていたとしても、お前を殺すくらい訳無い」
男がモニター画面に手を伸ばすと、切り替わった画面の中では193937は親指だけを使って逆さになっていた。
誰かを守る為ではなく、殺戮の為にある体。
誰かに優しくする為ではなく、罪を犯す為だけにある頭脳。
純粋なる、罪の存在‥‥。
193937は、久しぶりに見る顔に表情をゆるめた。
「オマエが何の用だ‥‥立浪」
「待っていたのだろう? あすかがそう言っていた。お前はそういう奴だと。‥‥ナイトウォーカーがここに‥‥煉獄に侵入した」
彼はそれを聞いて、すうっと目を細めた。
「俺から情報を聞き出そうと」
「今のところ、どこに潜伏しているのか判明していない。‥‥お前はまだ生きていてもらわなきゃならないもんでね、たまには遊びも必要だろう?」
立浪がぽりぽりと頭を掻きながら言うと、193937は口を開けて笑った。
「アハハハ、イイ奴だな、好きだぜお前は」
ぴたりと口を閉ざす。
「ここに入ってくる奴は限られている。一人は上から食料配達して降りて来るスーパーの店員。一人は、俺達が注文した物資を持って降りる配達業者。それから交代の監視員。俺を殺したくて日参する、瀬戸口と、今来たお前。掃除は監視員がやっているのを知ってる。ここ一週間に出入りしたのは、こんな所だろう」
微かな足音、そして話し声、2年の間牢獄に閉じこめられていたも、彼は情報収集をかかさない。
「奴らは、辛抱出来ない。恐らくお前達が存在を察知したのは、今日だろう。でなけりゃ、とっくに犠牲者が出ている」
「残念だなあ、お前が先に死ねばよかったのに」
ぽつりと恐い事を、立浪が言った。
「そいつはどうも。‥‥さて。お前と瀬戸口と監視員は違う。奴らは獣人に憑依出来ないからな‥‥モニター室に居るのは誰だ。機械の調子でも悪くなったか?」
「‥‥」
立浪は黙っていた。
「敷地内に常駐するのは獣人ばかりだ。入ってくるとすれば、敷地にいつでも出入り出来る業者の誰かだろうな。お前達、たしか業者の出入りは一日二回の決まった時間に限っていたと思うが」
すうっと立浪は、後ろをふり返った。殺意のみなぎる目で、瀬戸口が193937を見ている。
「瀬戸口、モニター室に居る業者を帰すな。それと上に居る宅配業者と店員を集めるんだ」
「‥‥分かった」
瀬戸口はぎゅっと拳を握りしめ、頷いた。
<依頼に関わる情報>
煉獄:とあるビルの地下にある。詳細不明。ただ、人の法で裁けなかった仲間を隔離している、私的な施設とだけ‥‥。
内容:ナイトウォーカーに憑かれているのが誰なのか調べ、どうにかして引きずり出してください。処分はお任せします。
瀬戸口:二〇代の女。とある映画製作会社所属。
立浪:同上、男。映画脚本家。
煉獄の前に憑いていたと思われる人物:郵便局の配達員。菜食主義のはずがここ数日肉食だったとか、しきりに苛々していたなどという話がある。
容疑者一人目:煉獄の監視モニターを修理に来た業者。とりあえずモニターの修理は終わったらしい。
容疑者二人目:スーパーの店員の青年。丁度配達に来た所を、配達業者とともに立浪に呼び止められた。眠いのかちょっとぼんやりしている。
容疑者三人目:配達業者。いつもと違う人間なのは、今日入社したばかりだかららしい。はやく帰りたそうにしている。
●リプレイ本文
■煉獄事件〜潜伏するモノ(ショートシナリオ)
煉獄。カトリックの教義において、天国に至る前に死後罪を浄化する為に赴くとされている場所だ。
まあ、実際に閉じこめている連中の罪が浄化されるかどうかはともかくねえ。
と、立浪が話しながら奥へと案内した。建物の入り口には、PLOJECT:八卦と印されているのが見えた。
二重に閉じられた鉄の扉の奥に、地下に続く階段があった。狭く冷たい、コンクリートの階段が伸びる。
その一番奥に、彼の独房はあった。
銀色の髪が揺れる。話は聞いていた為、必要以上に彼に接近したり煽ったりする者は居ない。立浪はちらりと彼を見た。
「‥‥さて、それじゃあ作戦会議といくかね」
「なんだ、一人たりねぇな。八人じゃなかったのか」
193937が声を発した。低くよく伸びる声だ。
こいつが193937か‥‥。美川キリコ(fa0683)は、サングラスを押し上げながら、奴を見やった。確かに立浪が言う通り‥‥逃がすと、命が無さそうだ。
「こんな所に来るのはゴメンだとさ」
「そりゃそうだろうな」
くくっ、と193937が笑った。
彼から一番遠くで様子を見ていた夏姫・シュトラウス(fa0761)は、ぎゅっと孫・華空(fa1712)の服を握る。少しふり返りつつ、孫が話しを切り出した。
「せっかくなんだからさ、映画を撮る手伝いをしてもらうって事で三人を尋問してみようぜ。しばらく演技したら、ナイトウォーカーも我慢出来なくなって正体現すだろうさ」
「そう‥‥ですね」
夏姫は小さく頷くと、鞄に納めた手帳を開いた。
「ええと‥‥調べた所、修理業者の会社とスーパー、それから配達業者の集配局は、郵便局員の配達エリアから外れています。唯一彼らが顔を合わせる可能性があるのが、この場所ですね」
「監視カメラの修理業者がナイトウォーカーなら、何かカメラに細工をされている可能性もあるわね」
アキ(fa2477)が言った。
一通り話を聞いた鷹見 仁(fa0911)は、腕を組んで天井を見上げた。
確かにそうだが‥‥そもそも外からカメラを破壊出来ないかぎり、修理業者に乗り移るのは確実じゃない。
「修理業者は、カメラが破壊されていなかったら来てなかった訳だからな。それに配達業者は新人だろ。そこまで読んでいたとは思えない。‥‥だとすると、残るはスーパーの店員しか居ない」
きっぱりと言い切った鷹見に、楽しそうな顔で193937が手を叩いた。
「お利口さん!」
目を伏せ、鷹見は肩で息をつく。付き合っていたら切りがないようだ。
「じゃ、メンバーを4・2・2に分けようか。四人が尋問、残る二人で見張りをするんだ。じゃなきゃ、尋問してないうちの一人がナイトウォーカーだった場合逃げられちまうかもしれねえからな」
孫が意見を求めるように視線を巡らせると、一番小さな滄海 故汰(fa2423)がぴょんと飛び上がって手をあげた。
「故汰達は、他のお兄ちゃん達を見張るの!」
「でも‥‥お一人来られていませんけれど、どうしますか?」
エリーセ・アシュレアル(fa0672)が孫に問う。ここに来たのはエリーセ、キリコ、夏姫、鷹見、孫、そして故汰とアキの七名。本来八人のはずだったが、もう一人は連絡が取れていない。
孫の作戦では、残る容疑者2名の見張りに2名ずつを要する。一人来ていない為、このままだと誰かが一人で一人を見張っていなければならない。
皆が瀬戸口と立浪を交互に見ると、やがて視線は立浪に止まった。冷静さが無い瀬戸口よりも、立浪の方が信用出来そうだ。
自分の方を差し、立浪がきょとんとした顔をした。
「僕? ‥‥ほとんど戦えないけど、いいのかな」
「大丈夫だよ! ‥‥夏姫が居れば、一人でやっつけてくれるって」
にいっと孫が笑って夏姫を見ると、彼女は恥ずかしそうに帽子で顔を隠した。
エリーセがすう、と故汰を見下ろす。
「それじゃあ、一緒に見張りをしましょうか?」
「うん。お姉ちゃん、よろしくね」
故汰に、エリーセが笑顔を向けた。
一人目。修理業者だ。
鷹見は、彼の可能性は薄いと見ていた。壁に背を持たれて、その様子を見守る。一応話はしておいたが、緊張の色が濃く見られる。
そりゃあそうだろう、突然映画の撮影をしたいから協力してくれ‥‥と言われて連れ込まれたのだから。
鷹見もキリコも、そして孫もアキも。それぞれ半獣化した状態で姿を見せた。
「ほ、ほんものみたいですね」
まさか本物とは思わないだろう。修理業者がそんな言葉をぽろりと発した。
「何言ってるの、本物だとか偽物だとか」
くすくすとアキが笑う。
孫がテーブルに手をつく。
「さあ、アレをどこにかくしてのか喋ってもらおうか」
「ええと‥‥」
修理業者は違うな。鷹見が呟いた。
数十分の尋問イベントから解放され、修理業者は故汰とエリーセの元に送られた。空いた独房の中に連れ込まれ、修理業者は二人を横目で見た。
故汰は犬の耳が、エリーセは角のようなものがはえている。
「‥‥これで終わったのかい」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう」
丁寧に故汰がお礼を言うと、彼はほっと息をついた。
「今日は、けもみみ探偵のドラマなの。故汰は狼さんなの」
くるりと故汰が同意を求めるようにエリーセを見ると、エリーセはびくっと体をすくませ、顔を赤らめた。
「えっ? あ、はい。私は‥‥竜のけもみみ‥‥です」
竜のけもみみ、というのも変な話だが、ドラマなら何でもアリではなかろうか。男はなるほど、と感嘆の声をあげた。
二人目。スーパーの店員だ。
あなたの推理が正しければ、この男ね。
アキがすうっと目を細めて、鷹見に囁いた。193937もどうやら、鷹見の推理が一番正解に近いと感じているようだった。
しっぽを揺らしながら、腰に手をやった孫が男の前に立つ。まだ若い、二十才ほどの青年だった。テーブルを挟んだ正面に孫が立つ。アキはすう、と背後に回って男の肩に手をやった。
「さて‥‥何でここに連れてこられたか、ちゃんと分かってんだろ?」
孫がじっと見据える。
男はじっとりと汗をかいていた。
「すごい汗ね‥‥何か言いたい事、あるんじゃない?」
アキが顔を近づける。
息があがっていた。静かにキリコが拳を握りしめる。鷹見は壁から体を起こした。
「‥‥お前か」
孫が呟くと、男が顔を突っ伏した。体がぐにゃりと変質する。細い昆虫のような腕が両脇からメキメキと生え、体が硬質化していく。
キリコは完全に獣化すると、テーブルを退けて組み付いた。
「くっ‥‥ここから逃がしゃしないよ!」
「コアを探すんだ!」
孫が叫ぶ。キリコが組み付いているナイトウォーカーに、孫は回し蹴りを叩き込む。
めきめきと腕を伸ばし、ナイトウォーカーがキリコの肩を掴み爪を食い込ませた。更にもう片方の手をキリコへと向ける。
鷹見の目がそれを捕らえた。
「させるか!」
稲妻が走り、腕を切り裂いた。続けてアキが、ナイフを振りかざす。
すでにヒトでもなく、獣でもなく、見た事もないモノへと変質したそれは、キリコを振り払うように身震いした。壁に叩き付けられたキリコに、飛びつく。
すかさず孫が後ろから組み付いた。キリコと孫、格闘に長けた二人が隙を作る為に引きつけてくれている。狭い室内で二人は、巧みに攻撃を避けていた。
鷹見が木刀を持ち替え、機会を待つ。どこかにコアがあるはずだ。
アキがすうっと指をあげる。
「あそこ!」
右脇に、何かが赤く輝いていた。
鷹見は一瞬、見逃さずに突いた。
念のために宅配業者を調べた後、二人は立浪が丁寧に礼を言って送り出した。もちろん、詫びとして映画DVDをプレゼント。
立浪が戻ってくると、瀬戸口は一人廊下に立って待っていた。どうやら彼らは、193937の所に居るらしい。
「終わったぜ、193937」
「意味がわかったのか」
193937が聞き返す。鷹見は肩をすくめた。さっぱり分からない。
ただ、そう呼ぶ事に意味があったのではないか。おい、とかお前とか貴様としか呼ばれていなかっただろうから、自分が望んだように呼ばれるのはどんな反応をするのか、見たかった。
だが、奴から驚きとか喜びなどというものは感じられない。
にやりと笑った。
「わかんねえのか?」
「193937‥‥1939年、3月7日‥‥ですか」
エリーセが首をかしげた。そう。キリコも同じように考えていた。
「第二次世界大戦とか」
「元素記号という事も‥‥考えられます」
夏姫が言う。
彼らの話を、193937は楽しそうに聞いている。が、その様子からすると、どれも外れていそうだ。
うーん、と頭を悩ませていた故汰が、じいっと193937を見つめた。
「故汰にはわかんないの。数字を似た英語にしてみたり、五十音にしてみたりしたの。でもよくわかんないの」
そうっと故汰が手を伸ばす。
「銀色の髪‥‥青い目。故汰の父様と一緒なの。もしかして親戚?」
「親戚などと言うと、一緒にされた親戚が可哀想だよ」
立浪が笑顔でそんな事を言った。
唇を歪め、193937が笑う。
「くくっ、それにしても‥‥お前ら、揃いも揃って七歳児以下かよ」
言い返す言葉もないので、キリコとエリーセは黙って視線を逸らす。
「出来のいい弟でしょ?」
にこりと笑ってアキが言い返す。
「その出来の良い弟に免じて、何かヒントはくれないのかしら」
「そうだな、そのままじゃまず解読出来ないだろうさ。‥‥311123を組み合わせる。ただし9の3は無い。これが解けて五〇点だな。まあ、残る五〇点はお前らじゃあ分からんだろうが」
193937に‥‥311123を組み合わせる?
9の3は無い?
彼の言葉を利いて、はっと立浪が目を見開いた。
「‥‥そうか。僕とした事が、ソレを忘れていた。‥‥なるほど、それで193937か」
一人ぶつぶつと何か言っている立浪を、夏姫けげんそうに見つめた。
立浪の事、こんな所に閉じこめられている193937の事。夏姫は、少し場を離して煙草を取りだした立浪に、そっと近づいた。キリコが夏姫の様子に気づき、その後ろに立つ。
「あの方‥‥何の犯罪を犯したんですか?」
立浪は煙草を一つくわえ、オイルライターで火をつけた。
白い煙が立ち上る。
「‥‥僕や瀬戸口はね、PLOJECT:八卦って言う鳳凰傘下の映画製作会社に所属していてね。奴は欧州からこっちに、勉強に来ていた。欧州じゃ子役としてそこそこ頑張ってたみたいなんだけど‥‥10年前、とある事件の容疑者にあげられて‥‥それきり、我々獣人達と対する立場となった」
以後、八卦が送った数々の追っ手や無関係の者を虐殺。
立浪はじいっと壁を見つめたまま、息をついた。
「2年前に捕まるまで、ついに奴を倒す者は現れなかった‥‥殺し、犯し、嬲り‥‥あいつをヒトという物差しでは計れない」
ふ、と立浪は顔をあげた。表情が先ほどまでとは違い、和らいでいる。
「まあ、今の所は檻の中だから」
かしかしと髪をかき、キリコが眉の間に皺を寄せた。
「瀬戸口っちゃんがあんなに怒ってんのは、そういう事か。じゃあなんで殺しちまわないのさ」
「‥‥まぁ、色々とね」
「名前は‥‥何と言うんですか?」
夏姫は、背筋に冷たいものを感じつつ聞き返した。
「奴の名前?」
立浪は口を開いた。
奴の名前は‥‥ランズ・シシリー。